饭饭TXT > 海外名作 > 《风之又三郎/風の又三郎(日文版)》作者:[日]宫泽贤治【完结】 > 風の又三郎.txt

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作者:日-宫泽贤治 当前章节:15420 字 更新时间:2026-6-19 09:32

 一郎はまるであわてて、

「どう、どう、どうどう。」と言いながら一生けん命走って行って、やっとそこへ着いてまるでころぶようにしながら手をひろげたときは、そのときはもう二匹は柵(さく)の外へ出ていたのです。

「早ぐ来て押えろ。早ぐ来て。」一郎は息も切れるように叫びながら丸太棒をもとのようにしました。

 四人は走って行って急いで丸太をくぐって外へ出ますと、二匹の馬はもう走るでもなく、どての外に立って草を口で引っぱって抜くようにしています。

「そろそろど押えろよ。そろそろど。」と言いながら一郎は一ぴきのくつわについた札のところをしっかり押えました。嘉助と三郎がもう一匹を押えようとそばへ寄りますと、馬はまるでおどろいたようにどてへ沿って一目散に南のほうへ走ってしまいました。

「兄(あい)な、馬あ逃げる、馬あ逃げる。兄(あい)な、馬逃げる。」とうしろで一郎が一生けん命叫んでいます。三郎と嘉助は一生けん命馬を追いました。

 ところが馬はもう今度こそほんとうに逃げるつもりらしかったのです。まるで丈(たけ)ぐらいある草をわけて高みになったり低くなったり、どこまでも走りました。

 嘉助はもう足がしびれてしまって、どこをどう走っているのかわからなくなりました。

 それからまわりがまっ蒼(さお)になって、ぐるぐる回り、とうとう深い草の中に倒れてしまいました。馬の赤いたてがみと、あとを追って行く三郎の白いシャッポが終わりにちらっと見えました。

 嘉助は、仰向けになって空を見ました。空がまっ白に光って、ぐるぐる回り、そのこちらを薄いねずみ色の雲が、速く速く走っています。そしてカンカン鳴っています。

 嘉助はやっと起き上がって、せかせか息しながら馬の行ったほうに歩き出しました。草の中には、今馬と三郎が通った跡らしく、かすかな道のようなものがありました。嘉助は笑いました。そして、(ふん、なあに馬どこかでこわくなってのっこり立ってるさ、)と思いました。

 そこで嘉助は、一生懸命それをつけて行きました。

 ところがその跡のようなものは、まだ百歩も行かないうちに、おとこえしや、すてきに背の高いあざみの中で、二つにも三つにも分かれてしまって、どれがどれやらいっこうわからなくなってしまいました。

 嘉助は「おうい。」と叫びました。

「おう。」とどこかで三郎が叫んでいるようです。思い切って、そのまん中のを進みました。

 けれどもそれも、時々切れたり、馬の歩かないような急な所を横ざまに過ぎたりするのでした。

 空はたいへん暗く重くなり、まわりがぼうっとかすんで来ました。冷たい風が、草を渡りはじめ、もう雲や霧が切れ切れになって目の前をぐんぐん通り過ぎて行きました。

 (ああ、こいつは悪くなって来た。みんな悪いことはこれから集(たが)ってやって来るのだ。)と嘉助は思いました。全くそのとおり、にわかに馬の通った跡は草の中でなくなってしまいました。

 (ああ、悪くなった、悪くなった。)嘉助は胸をどきどきさせました。

 草がからだを曲げて、パチパチ言ったり、さらさら鳴ったりしました。霧がことに滋(しげ)くなって、着物はすっかりしめってしまいました。

 嘉助は咽喉(のど)いっぱい叫びました。

「一郎、一郎、こっちさ来う。」ところがなんの返事も聞こえません。黒板から降る白墨の粉のような、暗い冷たい霧の粒が、そこら一面踊りまわり、あたりがにわかにシインとして、陰気に陰気になりました。草からは、もうしずくの音がポタリポタリと聞こえて来ます。

 嘉助は、もう早く一郎たちの所へ戻ろうとして急いで引っ返しました。けれどもどうも、それは前に来た所とは違っていたようでした。第一、あざみがあんまりたくさんありましたし、それに草の底にさっきなかった岩かけが、たびたびころがっていました。そしてとうとう聞いたこともない大きな谷が、いきなり目の前に現われました。すすきがざわざわざわっと鳴り、向こうのほうは底知れずの谷のように、霧の中に消えているではありませんか。

 風が来ると、すすきの穂は細いたくさんの手をいっぱいのばして、忙しく振って、

「あ、西さん、あ、東さん、あ、西さん、あ、南さん、あ、西さん。」なんて言っているようでした。

 嘉助はあんまり見っともなかったので、目をつむって横を向きました。そして急いで引っ返しました。小さな黒い道がいきなり草の中に出て来ました。それはたくさんの馬のひづめの跡でできあがっていたのです。嘉助は夢中で短い笑い声をあげて、その道をぐんぐん歩きました。

 けれども、たよりのないことは、みちのはばが五寸ぐらいになったり、また三尺ぐらいに変わったり、おまけになんだかぐるっと回っているように思われました。そして、とうとう大きなてっぺんの焼けた栗(くり)の木の前まで来た時、ぼんやり幾つにも別れてしまいました。

 そこはたぶんは、野馬の集まり場所であったでしょう。霧の中に丸い広場のように見えたのです。

 嘉助はがっかりして、黒い道をまた戻りはじめました。知らない草穂が静かにゆらぎ、少し強い風が来る時は、どこかで何かが合図をしてでもいるように、一面の草が、それ来たっとみなからだを伏せて避けました。

 空が光ってキインキインと鳴っています。

 それからすぐ目の前の霧の中に、家の形の大きな黒いものがあらわれました。嘉助はしばらく自分の目を疑って立ちどまっていましたが、やはりどうしても家らしかったので、こわごわもっと近寄って見ますと、それは冷たい大きな黒い岩でした。

 空がくるくるくるっと白く揺らぎ、草がバラッと一度にしずくを払いました。

 (間違って原の向こう側へおりれば、又三郎もおれも、もう死ぬばかりだ。)と嘉助は半分思うように半分つぶやくようにしました。それから叫びました。

「一郎、一郎、いるが。一郎。」

 また明るくなりました。草がみないっせいによろこびの息をします。

「伊佐戸(いさど)の町の、電気工夫の童(わらす)あ、山男に手足いしばらえてたふだ。」といつかだれかの話した言葉が、はっきり耳に聞こえて来ます。

 そして、黒い道がにわかに消えてしまいました。あたりがほんのしばらくしいんとなりました。それから非常に強い風が吹いて来ました。

 空が旗のようにぱたぱた光って飜り、火花がパチパチパチッと燃えました。嘉助はとうとう草の中に倒れてねむってしまいました。

      *

 そんなことはみんなどこかの遠いできごとのようでした。

 もう又三郎がすぐ目の前に足を投げだしてだまって空を見あげているのです。いつかいつものねずみいろの上着の上にガラスのマントを着ているのです。それから光るガラスの靴(くつ)をはいているのです。

 又三郎の肩には栗(くり)の木の影が青く落ちています。又三郎の影は、また青く草に落ちています。そして風がどんどんどんどん吹いているのです。

 又三郎は笑いもしなければ物も言いません。ただ小さなくちびるを強そうにきっと結んだまま黙ってそらを見ています。いきなり又三郎はひらっとそらへ飛びあがりました。ガラスのマントがギラギラ光りました。

      *

 ふと嘉助は目をひらきました。灰いろの霧が速く速く飛んでいます。

 そして馬がすぐ目の前にのっそりと立っていたのです。その目は嘉助を恐れて横のほうを向いていました。

 嘉助ははね上がって馬の名札を押えました。そのうしろから三郎がまるで色のなくなったくちびるをきっと結んでこっちへ出てきました。

 嘉助はぶるぶるふるえました。

「おうい。」霧の中から一郎のにいさんの声がしました。雷もごろごろ鳴っています。

「おおい、嘉助。いるが。嘉助。」一郎の声もしました。嘉助はよろこんでとびあがりました。

「おおい。いる、いる。一郎。おおい。」

 一郎のにいさんと一郎が、とつぜん目の前に立ちました。嘉助はにわかに泣き出しました。

「捜したぞ。あぶながったぞ。すっかりぬれだな。どう。」一郎のにいさんはなれた手つきで馬の首を抱いて、もってきたくつわをすばやく馬のくちにはめました。

「さあ、あべさ。」

「又三郎びっくりしたべあ。」一郎が三郎に言いました。三郎はだまって、やっぱりきっと口を結んでうなずきました。

 みんなは一郎のにいさんについて、ゆるい傾斜を二つほどのぼり降りしました。それから、黒い大きな道について、しばらく歩きました。

 稲光りが二度ばかり、かすかに白くひらめきました。草を焼くにおいがして、霧の中を煙がぼうっと流れています。

 一郎のにいさんが叫びました。

「おじいさん。いだ、いだ。みんないだ。」

 おじいさんは霧の中に立っていて、

「ああ心配した、心配した。ああよがった。おお嘉助。寒がべあ、さあはいれ。」と言いました。嘉助は一郎と同じようにやはりこのおじいさんの孫なようでした。

 半分に焼けた大きな栗(くり)の木の根もとに、草で作った小さな囲いがあって、チョロチョロ赤い火が燃えていました。

 一郎のにいさんは馬を楢(なら)の木につなぎました。

 馬もひひんと鳴いています。

「おおむぞやな。な。なんぼが泣いだがな。そのわろは金山掘りのわろだな。さあさあみんな団子たべろ。食べろ。な、今こっちを焼ぐがらな。全体どこまで行ってだった。」

「笹長根(ささながね)のおり口だ。」と一郎のにいさんが答えました。

「あぶないがった。あぶないがった。向こうさ降りだら馬も人もそれっ切りだったぞ。さあ嘉助、団子食べろ。このわろもたべろ。さあさあ、こいづも食べろ。」

「おじいさん。馬置いでくるが。」と一郎のにいさんが言いました。

「うんうん。牧夫来るどまだやがましがらな、したども、も少し待で。またすぐ晴れる。ああ心配した。おれも虎(とら)こ山(やま)の下まで行って見で来た。はあ、まんつよがった。雨も晴れる。」

「けさほんとに天気よがったのにな。」

「うん。またよぐなるさ、あ、雨漏って来たな。」

 一郎のにいさんが出て行きました。天井がガサガサガサガサ言います。おじいさんが笑いながらそれを見上げました。

 にいさんがまたはいって来ました。

「おじいさん。明るぐなった。雨あ霽(は)れだ。」

「うんうん、そうが。さあみんなよっく火にあだれ、おらまた草刈るがらな。」

 霧がふっと切れました。日の光がさっと流れてはいりました。その太陽は、少し西のほうに寄ってかかり、幾片かの蝋(ろう)のような霧が、逃げおくれてしかたなしに光りました。

 草からはしずくがきらきら落ち、すべての葉も茎も花も、ことしの終わりの日の光を吸っています。

 はるかな西の碧(あお)い野原は、今泣きやんだようにまぶしく笑い、向こうの栗(くり)の木は青い後光を放ちました。

 みんなはもう疲れて一郎をさきに野原をおりました。わき水のところで三郎はやっぱりだまって、きっと口を結んだままみんなに別れて、じぶんだけおとうさんの小屋のほうへ帰って行きました。

 帰りながら嘉助が言いました。

「あいづやっぱり風の神だぞ。風の神の子っ子だぞ。あそごさ二人して巣食ってるんだぞ。」

「そだないよ。」一郎が高く言いました。

 次の日は朝のうちは雨でしたが、二時間目からだんだん明るくなって三時間目の終わりの十分休みにはとうとうすっかりやみ、あちこちに削ったような青ぞらもできて、その下をまっ白なうろこ雲がどんどん東へ走り、山の萱(かや)からも栗の木からも残りの雲が湯げのように立ちました。

「下がったら葡萄蔓(えびづる)とりに行がないが。」耕助が嘉助にそっと言いました。

「行ぐ行ぐ。三郎も行がないが。」嘉助がさそいました。耕助は、

「わあい、あそご三郎さ教えるやないぢゃ。」と言いましたが三郎は知らないで、

「行くよ。ぼくは北海道でもとったぞ。ぼくのおかあさんは樽(たる)へ二っつ漬(つ)けたよ。」と言いました。

「葡萄(ぶどう)とりにおらも連れでがないが。」二年生の承吉(しょうきち)も言いました。

「わがないぢゃ。うなどさ教えるやないぢゃ。おら去年な新しいどご見つけだぢゃ。」

 みんなは学校の済むのが待ち遠しかったのでした。五時間目が終わると、一郎と嘉助と佐太郎と耕助と悦治と三郎と六人で学校から上流のほうへ登って行きました。少し行くと一けんの藁(わら)やねの家があって、その前に小さなたばこ畑がありました。たばこの木はもう下のほうの葉をつんであるので、その青い茎が林のようにきれいにならんでいかにもおもしろそうでした。

 すると三郎はいきなり、

「なんだい、この葉は。」と言いながら葉を一枚むしって一郎に見せました。すると一郎はびっくりして、

「わあ、又三郎、たばごの葉とるづど専売局にうんとしかられるぞ。わあ、又三郎何してとった。」と少し顔いろを悪くして言いました。みんなも口々に言いました。

「わあい。専売局であ、この葉一枚ずつ数えで帳面さつけでるだ。おら知らないぞ。」

「おらも知らないぞ。」

「おらも知らないぞ。」みんな口をそろえてはやしました。

 すると三郎は顔をまっ赤(か)にして、しばらくそれを振り回して何か言おうと考えていましたが、

「おら知らないでとったんだい。」とおこったように言いました。

 みんなはこわそうに、だれか見ていないかというように向こうの家を見ました。たばこばたけからもうもうとあがる湯げの向こうで、その家はしいんとしてだれもいたようではありませんでした。

「あの家一年生の小助(こすけ)の家だぢゃい。」嘉助が少しなだめるように言いました。ところが耕助ははじめからじぶんの見つけた葡萄藪(ぶどうやぶ)へ、三郎だのみんなあんまり来ておもしろくなかったもんですから、意地悪くもいちど三郎に言いました。

「わあ、三郎なんぼ知らないたってわがないんだぢゃ。わあい、三郎もどのとおりにしてまゆんだであ。」

 三郎は困ったようにしてまたしばらくだまっていましたが、

「そんなら、おいらここへ置いてくからいいや。」と言いながらさっきの木の根もとへそっとその葉を置きました。すると一郎は、

「早くあべ。」と言って先にたってあるきだしましたのでみんなもついて行きましたが、耕助だけはまだ残って「ほう、おら知らないぞ。ありゃ、又三郎の置いた葉、あすごにあるぢゃい。」なんて言っているのでしたが、みんながどんどん歩きだしたので耕助もやっとついて来ました。

 みんなは萱(かや)の間の小さなみちを山のほうへ少しのぼりますと、その南側に向いたくぼみに栗(くり)の木があちこち立って、下には葡萄がもくもくした大きな藪(やぶ)になっていました。

「こごおれ見っつけだのだがらみんなあんまりとるやないぞ。」耕助が言いました。

 すると三郎は、

「おいら栗のほうをとるんだい。」といって石を拾って一つの枝へ投げました。青いいがが一つ落ちました。

 三郎はそれを棒きれでむいて、まだ白い栗を二つとりました。みんなは葡萄(ぶどう)のほうへ一生けん命でした。

 そのうち耕助がも一つの藪(やぶ)へ行こうと一本の栗(くり)の木の下を通りますと、いきなり上からしずくが一ぺんにざっと落ちてきましたので、耕助は肩からせなかから水へはいったようになりました。耕助はおどろいて口をあいて上を見ましたら、いつか木の上に三郎がのぼっていて、なんだか少しわらいながらじぶんも袖(そで)ぐちで顔をふいていたのです。

「わあい、又三郎何する。」耕助はうらめしそうに木を見あげました。

「風が吹いたんだい。」三郎は上でくつくつわらいながら言いました。

 耕助は木の下をはなれてまた別の藪で葡萄をとりはじめました。もう耕助はじぶんでも持てないくらいあちこちへためていて、口も紫いろになってまるで大きく見えました。

「さあ、このくらい持って戻らないが。」一郎が言いました。

「おら、もっと取ってぐぢゃ。」耕助が言いました。

 そのとき耕助はまた頭からつめたいしずくをざあっとかぶりました。耕助はまたびっくりしたように木を見上げましたが今度は三郎は木の上にはいませんでした。

 けれども木の向こう側に三郎のねずみいろのひじも見えていましたし、くつくつ笑う声もしましたから、耕助はもうすっかりおこってしまいました。

「わあい又三郎、まだひとさ水掛げだな。」

「風が吹いたんだい。」

 みんなはどっと笑いました。

「わあい又三郎、うなそごで木ゆすったけあなあ。」

 みんなはどっとまた笑いました。

 すると耕助はうらめしそうにしばらくだまって三郎の顔を見ながら、

「うあい又三郎、汝(うな)などあ世界になくてもいいなあ。」

 すると三郎はずるそうに笑いました。

「やあ耕助君、失敬したねえ。」

 耕助は何かもっと別のことを言おうと思いましたが、あんまりおこってしまって考え出すことができませんでしたのでまた同じように叫びました。

「うあい、うあいだ、又三郎、うなみだいな風(かぜ)など世界じゅうになくてもいいなあ、うわあい。」

「失敬したよ、だってあんまりきみもぼくへ意地悪をするもんだから。」三郎は少し目をパチパチさせて気の毒そうに言いました。けれども耕助のいかりはなかなか解けませんでした。そして三度同じことをくりかえしたのです。

「うわい又三郎、風などあ世界じゅうになくてもいいな、うわい。」

 すると三郎は少しおもしろくなったようでまたくつくつ笑いだしてたずねました。

「風が世界じゅうになくってもいいってどういうんだい。いいと箇条をたてていってごらん。そら。」三郎は先生みたいな顔つきをして指を一本だしました。

 耕助は試験のようだし、つまらないことになったと思ってたいへんくやしかったのですが、しかたなくしばらく考えてから言いました。

「汝(うな)など悪戯(わるさ)ばりさな、傘(かさ)ぶっこわしたり。」

「それからそれから。」三郎はおもしろそうに一足進んで言いました。

「それがら木折ったり転覆したりさな。」

「それから、それからどうだい。」

「家もぶっこわさな。」

「それから。それから、あとはどうだい。」

「あかしも消さな。」

「それからあとは? それからあとは? どうだい。」

「シャップもとばさな。」

「それから? それからあとは? あとはどうだい。」

「笠(かさ)もとばさな。」

「それからそれから。」

「それがら、ラ、ラ、電信ばしらも倒さな。」

「それから? それから? それから?」

「それがら屋根もとばさな。」

「アアハハハ、屋根は家のうちだい。どうだいまだあるかい。それから、それから?」

「それだがら、ララ、それだからランプも消さな。」

「アアハハハハ、ランプはあかしのうちだい。けれどそれだけかい。え、おい。それから? それからそれから。」

 耕助はつまってしまいました。たいていもう言ってしまったのですから、いくら考えてももうできませんでした。

 三郎はいよいよおもしろそうに指を一本立てながら、

「それから? それから? ええ? それから?」と言うのでした。

 耕助は顔を赤くしてしばらく考えてからやっと答えました。

「風車もぶっこわさな。」

 すると三郎はこんどこそはまるで飛び上がって笑ってしまいました。みんなも笑いました。笑って笑って笑いました。

 三郎はやっと笑うのをやめて言いました。

「そらごらん、とうとう風車などを言っちゃったろう。風車なら風を悪く思っちゃいないんだよ。もちろん時々こわすこともあるけれども回してやる時のほうがずっと多いんだ。風車ならちっとも風を悪く思っていないんだ。それに第一お前のさっきからの数えようはあんまりおかしいや。ララ、ララ、ばかり言ったんだろう。おしまいにとうとう風車なんか数えちゃった。ああおかしい。」

 三郎はまた涙の出るほど笑いました。

 耕助もさっきからあんまり困ったためにおこっていたのもだんだん忘れて来ました。そしてつい三郎といっしょに笑い出してしまったのです。すると三郎もすっかりきげんを直して、

「耕助君、いたずらをして済まなかったよ。」と言いました。

「さあそれであ行ぐべな。」と一郎は言いながら三郎にぶどうを五ふさばかりくれました。

 三郎は白い栗(くり)をみんなに二つずつ分けました。そしてみんなは下のみちまでいっしょにおりて、あとはめいめいのうちへ帰ったのです。

 次の朝は霧がじめじめ降って学校のうしろの山もぼんやりしか見えませんでした。ところがきょうも二時間目ころからだんだん晴れてまもなく空はまっ青(さお)になり、日はかんかん照って、お午(ひる)になって一、二年が下がってしまうとまるで夏のように暑くなってしまいました。

 ひるすぎは先生もたびたび教壇で汗をふき、四年生の習字も五年生六年生の図画もまるでむし暑くて、書きながらうとうとするのでした。

 授業が済むとみんなはすぐ川下のほうへそろって出かけました。嘉助が、

「又三郎、水泳ぎに行がないが。小さいやづど今ころみんな行ってるぞ。」と言いましたので三郎もついて行きました。

 そこはこの前上の野原へ行ったところよりも、も少し下流で右のほうからも一つの谷川がはいって来て、少し広い河原になり、すぐ下流は大きなさいかちの木のはえた崖(がけ)になっているのでした。

「おおい。」とさきに来ているこどもらがはだかで両手をあげて叫びました。一郎やみんなは、河原のねむの木の間をまるで徒競走のように走って、いきなりきものをぬぐとすぐどぶんどぶんと水に飛び込んで両足をかわるがわる曲げて、だあんだあんと水をたたくようにしながら斜めにならんで向こう岸へ泳ぎはじめました。前にいたこどもらもあとから追い付いて泳ぎはじめました。三郎もきものをぬいでみんなのあとから泳ぎはじめましたが、途中で声をあげてわらいました。すると向こう岸についた一郎が、髪をあざらしのようにしてくちびるを紫にしてわくわくふるえながら、

「わあ又三郎、何してわらった。」と言いました。

 三郎はやっぱりふるえながら水からあがって、

「この川冷たいなあ。」と言いました。

「又三郎何してわらった?」一郎はまたききました。

 三郎は、

「おまえたちの泳ぎ方はおかしいや。なぜ足をだぶだぶ鳴らすんだい。」と言いながらまた笑いました。

「うわあい。」と一郎は言いましたが、なんだかきまりが悪くなったように、

「石取りさないが。」と言いながら白い丸い石をひろいました。

「するする。」こどもらがみんな叫びました。

「おれそれであ、あの木の上がら落とすがらな。」と一郎は言いながら崖(がけ)の中ごろから出ているさいかちの木へするするのぼって行きました。そして、

「さあ落とすぞ。一二三。」と言いながらその白い石をどぶん、と淵(ふち)へ落としました。

 みんなはわれ勝ちに岸からまっさかさまに水にとび込んで、青白いらっこのような形をして底へもぐって、その石をとろうとしました。

 けれどもみんな底まで行かないに息がつまって浮かびだして来て、かわるがわるふうとそこらへ霧をふきました。

 三郎はじっとみんなのするのを見ていましたが、みんなが浮かんできてからじぶんもどぶんとはいって行きました。けれどもやっぱり底まで届かずに浮いてきたのでみんなはどっと笑いました。そのとき向こうの河原のねむの木のところを大人(おとな)が四人、肌(はだ)ぬぎになったり、網をもったりしてこっちへ来るのでした。

 すると一郎は木の上でまるで声をひくくしてみんなに叫びました。

「おお、発破(はっぱ)だぞ。知らないふりしてろ。石とりやめで早ぐみんな下流(しも)ささがれ。」そこでみんなは、なるべくそっちを見ないふりをしながら、いっしょに砥石(といし)をひろったり、鶺鴒(せきれい)を追ったりして、発破のことなぞ、すこしも気がつかないふりをしていました。

 すると向こうの淵(ふち)の岸では、下流の坑夫をしていた庄助(しょうすけ)が、しばらくあちこち見まわしてから、いきなりあぐらをかいて砂利(じゃり)の上へすわってしまいました。それからゆっくり腰からたばこ入れをとって、きせるをくわえてぱくぱく煙をふきだしました。奇体だと思っていましたら、また腹かけから何か出しました。

「発破(はっぱ)だぞ、発破だぞ。」とみんな叫びました。

 一郎は手をふってそれをとめました。庄助は、きせるの火をしずかにそれへうつしました。うしろにいた一人はすぐ水にはいって網をかまえました。庄助はまるで落ちついて、立って一あし水にはいるとすぐその持ったものを、さいかちの木の下のところへ投げこみました。するとまもなく、ぼおというようなひどい音がして水はむくっと盛りあがり、それからしばらくそこらあたりがきいんと鳴りました。

 向こうの大人(おとな)たちはみんな水へはいりました。

「さあ、流れて来るぞ。みんなとれ。」と一郎が言いました。まもなく耕助は小指ぐらいの茶いろなかじかが横向きになって流れて来たのをつかみましたし、そのうしろでは嘉助が、まるで瓜(うり)をすするときのような声を出しました。それは六寸ぐらいある鮒(ふな)をとって、顔をまっ赤(か)にしてよろこんでいたのです。それからみんなとって、わあわあよろこびました。

「だまってろ、だまってろ。」一郎が言いました。

 そのとき向こうの白い河原を肌(はだ)ぬぎになったり、シャツだけ着たりした大人が五六人かけて来ました。そのうしろからはちょうど活動写真のように、一人の網シャツを着た人が、はだか馬に乗ってまっしぐらに走って来ました。みんな発破の音を聞いて見に来たのです。

 庄助はしばらく腕を組んでみんなのとるのを見ていましたが、

「さっぱりいないな。」と言いました。すると三郎がいつのまにか庄助のそばへ行っていました。そして中くらいの鮒を二匹、

「魚(さかな)返すよ。」といって河原へ投げるように置きました。すると庄助が、

「なんだこの童(わらす)あ、きたいなやづだな。」と言いながらじろじろ三郎を見ました。

 三郎はだまってこっちへ帰ってきました。

 庄助は変な顔をしてみています。みんなはどっとわらいました。

 庄助はだまってまた上流(かみ)へ歩きだしました。ほかのおとなたちもついて行き、網シャツの人は馬に乗って、またかけて行きました。耕助が泳いで行って三郎の置いて来た魚を持ってきました。みんなはそこでまたわらいました。

「発破(はっぱ)かけだら、雑魚(ざこ)撒(ま)かせ。」嘉助が河原の砂っぱの上で、ぴょんぴょんはねながら高く叫びました。

 みんなはとった魚を石で囲んで、小さな生け州をこしらえて、生きかえってももう逃げて行かないようにして、また上流のさいかちの木へのぼりはじめました。

 ほんとうに暑くなって、ねむの木もまるで夏のようにぐったり見えましたし、空もまるで底なしの淵(ふち)のようになりました。

 そのころだれかが、

「あ、生け州ぶっこわすとこだぞ。」と叫びました。見ると一人の変に鼻のとがった、洋服を着てわらじをはいた人が、手にはステッキみたいなものをもって、みんなの魚をぐちゃぐちゃかきまわしているのでした。

 その男はこっちへびちゃびちゃ岸をあるいて来ました。

「あ、あいづ専売局だぞ。専売局だぞ。」佐太郎が言いました。

「又三郎、うなのとった煙草(たばこ)の葉めっけたんだで、うな、連れでぐさ来たぞ。」嘉助が言いました。

「なんだい。こわくないや。」三郎はきっと口をかんで言いました。

「みんな又三郎のごと囲んでろ、囲んでろ。」と一郎が言いました。

 そこでみんなは三郎をさいかちの木のいちばん中の枝に置いて、まわりの枝にすっかり腰かけました。

「来た来た、来た来た。来たっ。」とみんなは息をこらしました。

 ところがその男は別に三郎をつかまえるふうでもなく、みんなの前を通りこして、それから淵(ふち)のすぐ上流の浅瀬を渡ろうとしました。それもすぐに川をわたるでもなく、いかにもわらじや脚絆(きゃはん)のきたなくなったのをそのまま洗うというふうに、もう何べんも行ったり来たりするもんですから、みんなはだんだんこわくなくなりましたが、そのかわり気持ちが悪くなってきました。

 そこでとうとう一郎が言いました。

「お、おれ先に叫ぶから、みんなあとから、一二三で叫ぶこだ。いいか。

 あんまり川を濁すなよ、

 いつでも先生(せんせ)言うでないか。一、二い、三。」

「あんまり川を濁すなよ、

 いつでも先生言うでないか。」

 その人はびっくりしてこっちを見ましたけれども、何を言ったのかよくわからないというようすでした。そこでみんなはまた言いました。

「あんまり川を濁すなよ、

 いつでも先生、言うでないか。」

 鼻のとがった人はすぱすぱと、煙草(たばこ)を吸うときのような口つきで言いました。

「この水飲むのか、ここらでは。」

「あんまり川をにごすなよ、

 いつでも先生言うでないか。」

 鼻のとがった人は少し困ったようにして、また言いました。

「川をあるいてわるいのか。」

「あんまり川をにごすなよ、

 いつでも先生言うでないか。」

 その人はあわてたのをごまかすように、わざとゆっくり川をわたって、それからアルプスの探検みたいな姿勢をとりながら、青い粘土と赤砂利(あかじゃり)の崖(がけ)をななめにのぼって、崖の上のたばこ畑へはいってしまいました。

 すると三郎は、

「なんだい、ぼくを連れにきたんじゃないや。」と言いながらまっさきにどぶんと淵(ふち)へとび込みました。

 みんなもなんだか、その男も三郎も気の毒なようなおかしながらんとした気持ちになりながら、一人ずつ木からはねおりて、河原に泳ぎついて、魚(さかな)を手ぬぐいにつつんだり、手にもったりして家に帰りました。

 次の朝、授業の前みんなが運動場で鉄棒にぶらさがったり、棒かくしをしたりしていますと、少し遅れて佐太郎が何かを入れた笊(ざる)をそっとかかえてやって来ました。

「なんだ、なんだ。なんだ。」とすぐみんな走って行ってのぞき込みました。

 すると佐太郎は袖(そで)でそれをかくすようにして、急いで学校の裏の岩穴のところへ行きました。そしてみんなはいよいよあとを追って行きました。

 一郎がそれをのぞくと、思わず顔いろを変えました。

 それは魚の毒もみにつかう山椒(さんしょ)の粉で、それを使うと発破(はっぱ)と同じように巡査に押えられるのでした。ところが佐太郎はそれを岩穴の横の萱(かや)の中へかくして、知らない顔をして運動場へ帰りました。

 そこでみんなはひそひそと、時間になるまでいつまでもその話ばかりしていました。

 その日も十時ごろからやっぱりきのうのように暑くなりました。みんなはもう授業の済むのばかり待っていました。

 二時になって五時間目が終わると、もうみんな一目散に飛びだしました。佐太郎もまた笊をそっと袖でかくして、耕助だのみんなに囲まれて河原へ行きました。三郎は嘉助と行きました。みんなは町の祭りのときのガスのようなにおいの、むっとするねむの河原を急いで抜けて、いつものさいかち淵(ぶち)に着きました。すっかり夏のような立派な雲の峰が東でむくむく盛りあがり、さいかちの木は青く光って見えました。

 みんな急いで着物をぬいで淵の岸に立つと、佐太郎が一郎の顔を見ながら言いました。

「ちゃんと一列にならべ。いいか、魚(さかな)浮いて来たら泳いで行ってとれ。とったくらい与(や)るぞ。いいか。」

 小さなこどもらはよろこんで、顔を赤くして押しあったりしながらぞろっと淵(ふち)を囲みました。

 ぺ吉(きち)だの三四人はもう泳いで、さいかちの木の下まで行って待っていました。

 佐太郎が大威張りで、上流の瀬に行って笊(ざる)をじゃぶじゃぶ水で洗いました。

 みんなしいんとして、水をみつめて立っていました。

 三郎は水を見ないで向こうの雲の峰の上を通る黒い鳥を見ていました。一郎も河原にすわって石をこちこちたたいていました。

 ところが、それからよほどたっても魚は浮いて来ませんでした。

 佐太郎はたいへんまじめな顔で、きちんと立って水を見ていました。きのう発破(はっぱ)をかけたときなら、もう十匹もとっていたんだとみんなは思いました。またずいぶんしばらくみんなしいんとして待ちました。けれどもやっぱり魚は一ぴきも浮いて来ませんでした。

「さっぱり魚、浮かばないな。」耕助が叫びました。佐太郎はびくっとしましたけれども、まだ一心に水を見ていました。

「魚(さかな)さっぱり浮かばないな。」ぺ吉がまた向こうの木の下で言いました。するともう、みんなはがやがやと言い出して、みんな水に飛び込んでしまいました。

 佐太郎はしばらくきまり悪そうに、しゃがんで水を見ていましたけれど、とうとう立って、

「鬼っこしないか。」と言いました。

「する、する。」みんなは叫んで、じゃんけんをするために、水の中から手を出しました。泳いでいたものは急いでせいの立つところまで行って手を出しました。

 一郎も河原から来て手を出しました。そして一郎ははじめに、きのうあの変な鼻のとがった人の上って行った崖(がけ)の下の、青いぬるぬるした粘土のところを根っこにきめました。そこに取りついていれば、鬼は押えることができないというのでした。それから、はさみ無しの一人まけかちでじゃんけんをしました。

 ところが悦治はひとりはさみを出したので、みんなにうんとはやされたほかに鬼になりました。悦治は、くちびるを紫いろにして河原を走って、喜作(きさく)を押えたので鬼は二人になりました。それからみんなは、砂っぱの上や淵(ふち)を、あっちへ行ったりこっちへ来たり、押えたり押えられたり、何べんも鬼っこをしました。

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