饭饭TXT > 海外名作 > 《ノルウェイの森/挪威的森林(日文版)》作者:[日]村上春树【完结】 > 挪威的森林 (日文版).txt

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作者:日-村上春树 当前章节:15373 字 更新时间:2026-6-15 22:18

 「わからないな」と彼は本当にわからないという顔をして言った。「ぼ、僕の場合はち、ち、地図が好きだから、ち、ち、ち、地図の勉強してるわけだよね。そのためにわざわざと、東京の大学に入って、し、仕送りをしてもらってるわけだよ。でも君はそうじゃないって言うし……」

 彼の言っていることの方が正論だった。僕は説明をあきらめた。それから我々はマッチ棒のくじをひいて二段ベッドの上下を決めた。彼が上段で僕が下段だった。

 彼はいつも白いシャツと黒いズボンと紺のセーターという格好だった。頭は丸刈りで背が高く、頬骨がはっていた。学校に行くときはいつも学生服を着た。靴も鞄もまっ黒だった。見るからに右翼学生という格好だったし、だからこそまわりの連中も突撃隊と呼んでいたわけだが本当のことを言えば彼は政治に対しては百パーセント無関心だった。洋服を選ぶのが面倒なのでいつもそんな格好をしているだけの話だった。彼が関心を抱くのは海岸線の変化とか新しい鉄道トンネルの完成とか、そういった種類の出来事に限られていた。そういうことについて話しだすと、彼はどもったりつっかえたりしながら一時間でも二時間でも、こちらが逃げだすか眠ってしまうかするまでしゃべりつづけていた。

 毎朝六時に「君が代」を目覚し時計がわりにして彼は起床した。あのこれみよがしの仰々しい国旗掲揚式もまるっきり役に立たないというわけではないのだ。そして服を着て洗面所に行って顔を洗う。顔を洗うのにすごく長い時間がかかる。歯を一本一本取り外して洗っているんじゃないかという気がするくらいだ。部屋に戻ってくるとパンパンと音を立ってタオルのしわをきちんとのばしてスチームの上にかけて乾かし、歯ブラシと石鹸を棚に戻す。それからラジオをつけてラジオ体操を始める。

 僕はだいたい夜遅くまで本を読み朝は八時くらいまで熟睡するから、彼が起きだしてごそごそしても、ラジオをつけて体操を始めても、まだぐっすりと眠りこんでいることもある。しかしそんなときでも、ラジオ体操が跳躍の部分にさしかかったところで必ず目を覚ますことになった。覚まさないわけにはいかなかったのだ。なにしろ彼が跳躍するたびに――それも実に高く跳躍した――その震動でベッドがどすんどすんと上下したからだ。三日間、僕は我慢した。共同生活においてはある程度の我慢は必要だと言いきかされていたからだ。しかし四日目の朝、僕はもうこれ以上は我慢できないという結論に達した。

 「悪いけどさ、ラジオ体操は屋上かなんかでやってくれないかな」と僕はきっぱりと言った。

 「それやられると目が覚めちゃうんだ」

 「でももう六時半だよ」と彼は信じられないという顔をして言った。

 「知ってるよ、それは。六時半だろ?六時半は僕にとってはまだ寝てる時間なんだ。どうしてかは説明できないけどとにかくそうなってるんだよ」

「駄目だよ。屋上でやると三階の人から文句がくるんだ。ここなら下の部屋は物置きだから誰からも文句はこないし」

 「じゃあ中庭でやりなよ。芝の上で」

 「それも駄目なんだよ。ぼ、僕のはトランジスタ?ラジオじゃないからさ、で、電源がないと使えないし、音楽がないとラジオ体操ってできないんだよ」

 たしかに彼のラジオはひどく古い型の電源式だったし、一方僕のはトランジスタだったがFMしか入らない音楽専用のものだった。やれやれ、と僕は思った。

「じゃあ歩み寄ろう」と僕は言った。「ラジオ体操をやってもかまわない。そのかわり跳躍のところだけはやめてくれよ。あれすごくうるさいから。それでいいだろ?」

 「ちょ、跳躍?」と彼はびっくりしたように訊きかえした。「跳躍ってなんだい、それ?」

 「跳躍といえば跳躍だよ。ぴょんぴょん跳ぶやつだよ」

 「そんなのないよ」

 僕の頭は痛みはじめた。もうどうでもいいやという気もしたが、まあ言いだしたことははっきりさせておこうと思って、僕は実際にNHKラジオ体操第一のメロディーを唄いながら床の上でぴょんぴょん跳んだ。

 「ほら、これだよ、ちゃんとあるだろう?」

 「そ、そうだな。たしかにあるな。気がつ、つかなかった」

 「だからさ」と僕はベッドの上に腰を下ろして言った。「そこの部分だけを端折ってほしいんだよ。他のところは全部我慢するから。跳躍のところだけをやめて僕をぐっすり眠らせてくれないかな」

 「駄目だよ」と彼は実にあっさりと言った。「ひとつだけ抜かすってわけにはいかないんだよ。十年も毎日毎日やってるからさ、やり始めると、む、無意識に全部やっちゃうんだ。ひとつ抜かすとさ、み、み、みんな出来なくなっちゃう」

 僕はそれ以上何も言えなかった。いったい何が言えるだろう?いちばん手っ取り早いのはそのいまいましいラジオを彼のいないあいだに窓から放りだしてしまうことだったが、そんなことをしたら地獄のふたをあけたような騒ぎがもちあがるのは目に見えていた。突撃隊は自分のもち物を極端に大事にする男だったからだ。僕が言葉を失って空しくベッドに腰かけていると彼はにこにこしながら僕を慰めてくれた。

 「ワ、ワタナベ君もさ、一緒に起きて体操するといいのにさ」と彼は言って、それから朝食を食べに行ってしまった。

 僕が突撃隊と彼のラジオ体操の話をすると、直子はくすくすと笑った。笑い話のつもりではなかったのだけれど、結局は僕も笑った。彼女の笑顔を見るのは――それはほんの一瞬のうちに消えてしまったのだけれど――本当に久しぶりだった。

 僕と直子は四ッ谷駅で電車を降りて、線路わきの土手を市ヶ谷の方に向けて歩いていた。五月の半ばの日曜日の午後だった。朝方ばらばらと降ったりやんだりしていた雨も昼前には完全にあがり、低くたれこめていたうっとうしい雨雲は南からの風に追い払われるように姿を消していた。鮮かな緑色をした桜の葉が風に揺れ、太陽の光をきらきらと反射させていた。日射しはもう初夏のものだった。すれちがう人々はセーターや上着を脱いて肩にかけたり腕にかかえたりしていた。日曜日の午後のあたたかい日差しの下では、誰もがみんな幸せそうに見えた。土手の向うに見えるテニス?コートでは若い男がシャツを脱いでショート?ハンツ一枚になってラケットを振っていた。並んでペンチに座った二人の修道尼だけがきちんと黒い冬の制服を身にまとっていて、彼女たちのまわりにだけは夏の光もまだ届いていないように思えるのだが、それでも二人は満ち足りた顔つきで日なたでの会話を楽しんでいた。

 十五分も歩くと背中に汗がにじんできたので、僕は厚い木綿のシャツを脱いでTシャツ一枚になった。彼女は淡いグレーのトレーナー?シャツの袖を肘の上までたくしあげていた。よく洗いこまれたものらしく、ずいぶん感じよく色が褪せていた。ずっと前にそれと同じシャツを彼女が着ているのを見たことがあるような気がしたが、はっきりとした記憶があるわけではない。ただそんな気がしただけだった。直子について当時僕はそれほど多くのことを覚えていたわけではなかった。

 「共同生活ってどう? 他の人たちと一緒に暮すのって楽しい?」と直子は訊ねた。

 「よくわからないよ。まだ一ヵ月ちょっとしか経ってないからね」と僕は言った。「でもそれほど悪くはないね。少くとも耐えがたいというようなことはないな」

 彼女は水飲み場の前で立ち止まって、ほんのひとくちだけ水を飲み、ズボンのポケットから白いハンカチを出して口を拭いた。それから身をかがめて注意深く靴の紐をしめなおした。

 「ねえ、私にもそういう生活できると思う?」

 「共同生活のこと?」

 「そう」と直子は言った。

 「どうかな、そういうのって考え方次第だからね。煩わしいことは結構あるといえばある。規則はうるさいし、下らない奴が威張ってるし、同居人は朝の六時半にラジオ体操を始めるしね。でもそういうのはどこにいったって同じだと思えば、とりたてて気にはならない。ここで暮らすしかないんだと思えば、それなりに暮せる。そういうことだよ」

 「そうね」と言って彼女は肯き、しばらく何かに思いをめぐらせているようだった。そして珍しいものでものぞきこむみたいに僕の目をじっと見た。よく見ると彼女の目はどきりとするくらい深くすきとおっていた。彼女がそんなすきとおった目をしていることに僕はそれまで気がつかなかった。考えてみれば直子の目をじっと見るような機会もなかったのだ。二人きりで歩くのも初めてだし、こんなに長く話をするのも初めてだった。

 「寮か何かに入るつもりなの?」と僕は訊いてみた。

 「ううん、そうじゃないのよ」と直子は言った。「ただ私、ちょっと考えてたのよ。共同生活をするのってどんなだろうって。そしてそれはつまり……」、直子は唇を噛みながら適当な言葉なり表現を探していたが、結局それはみつからなかったようだった。彼女はため息をついて目を伏せた。「よくわからないわ、いいのよ」

 それが会話の終りだった。直子は再び東に向って歩きはじめ、僕はその少しうしろを歩いた。 直子と会ったのは殆んど一年ぶりだった。一年のあいだに直子は見違えるほどやせていた。特徴的だったふっくらとした頬の肉もあらかた落ち、首筋もすっかり細くなっていたが、やせたといっても骨ばっているとか不健康とかいった印象はまるでなかった。彼女のやせ方はとても自然でもの静かに見えた。まるでどこか狭くて細長い場所にそっと身を隠しているうちに体が勝手に細くなってしまったんだという風だった。そして直子は僕がそれまで考えていたよりずっと綺麗だった。僕はそれについて直子に何か言おうとしたが、どう表現すればいいのかわからなかったので結局は何も言わなかった。

 我々は何かの目的があってここに来たわけではなかった。僕と直子は中央線の電車の中で偶然出会った。彼女は一人で映画でも見ようかと思って出てきたところで、僕は神田の本屋に行くところだった。べつにどちらもたいした用事があるわけではなかった。降りましょうよと直子が言って、我々は電車を降りた。それがたまたま四ツ谷駅だったというだけのことなのだ。もっとも二人きりになってしまうと我々には話しあうべき話題なんてとくに何もなかった。直子がどうして電車を降りようと言いだしたのか、僕には全然理解できなかった。話題なんてそもそもの最初からないのだ。

 駅の外に出ると、彼女はどこに行くとも言わずにさっさと歩きはじめた。僕は仕方なくそのあとを追うように歩いた。直子と僕のあいだには常に一メートルほどの距離があいていた。もちろんその距離を詰めようと思えば詰めることもできたのだが、なんとなく気おくれがしてそれができなかった。僕は直子の一メートルほどうしろを、彼女の背中とまっすぐな黒い髪を見ながら歩いた。彼女は茶色の大きな髪どめをつけていて、横を向くと小さな白い耳が見えた。時々直子はうしろを振り向いて僕に話しかけた。うまく答えられることもあれば、どう答えればいいのか見当もつかないようなこともあった。何を言っているのか聞きとれないということもあった。しかし、僕に聞こえても聞こえなくてもそんなことは彼女にはどちらでもいいみたいだった。直子は自分の言いたいことだけを言ってしまうと、また前を向いて歩きつづけた。まあいいや、散歩には良い日和だものな、と僕は思ってあきらめた。

 しかし散歩というには直子の歩き方はいささか本格的すぎた。彼女は飯田橋で右に折れ、お堀ばたに出て、それから神保町の交差点を越えてお茶の水の坂を上り、そのまま本郷に抜けた。そして都電の線路に沿って駒込まで歩いた。ちょっとした道のりだ。駒込に着いたときには日はもう沈んでいた。穏かな春の夕暮だった。

 「ここはどこ?」と直子がふと気づいたように訊ねた。

 「駒込」と僕は言った。「知らなかったの? 我々はぐるっと回ったんだよ」

 「どうしてこんなところに来たの?」

 「君が来たんだよ。僕はあとをついてきただけ」

 我々は駅の近くのそば屋に入って軽い食事をした。喉が乾いたので僕は一人でビールを飲んだ。注文してから食べ終るまで我々は一言もロをきかなかった。僕は歩き疲れていささかぐったりとしていたし、彼女はテーブルの上に両手を置いてまた何かを考えこんでいた。TVのニュースが今日の日曜日は行楽地はどこもいっぱいでしたと告げていた。そして我々は四ツ谷から駒込まで歩きました、と僕は思った。

 「ずいぶん体が丈夫なんだね」と僕はそばを食べ終ったあとで言った。

 「びっくりした?」

 「うん」

 「これでも中学校の頃には長距離の選手で十キロとか十五キロとか走ってたのよ。それに父親が山登りが好きだったせいで、小さい頃から日曜日になると山登りしてたの。ほら、家の裏がもう山でしょ?だから自然に足腰が丈夫になっちゃったの」

 「そうは見えないけどね」と僕は言った。

 「そうなの。みんな私のことをすごく華奢な女の子だと思うのね。でも人は見かけによらないのよ」彼女はそう言ってから付けたすように少しだけ笑った。

 「申しわけないけれど僕の方はかなりくたくただよ」

 「ごめんなさいね、一日つきあわせちゃって」

 「でも君と話ができてよかったよ。だって二人で話をしたことなんて一度もなかったものな」と僕は言ったが、何を話したのか思いだそうとしてもさっぱり思いだせなかった。

 彼女はテーブルの上の灰皿をとくに意味もなくいじりまわしていた。

 「ねえ、もしよかったら――もしあなたにとって迷惑じゃなかったらということなんだけど――私たちまた会えるかしら?もちろんこんなこと言える筋合じゃないことはよくわかっているんだけど」

 「筋合?」と僕はびっくりして言った。「筋合じゃないってどういうこと?」

 彼女は赤くなった。たぷん僕は少しびっくりしすぎたのだろう。

 「うまく説明できないのよ」と直子は弁解するように言った。彼女はトレーナー?シャツの両方の袖を肘の上までひっぱりあげ、それからまたもとに戻した。電灯がうぶ毛をきれいな黄金色に染めた。「筋合なんて言うつもりはなかったの。もっと違った風に言うつもりだったの」

 直子はテーブルに肘をついて、しばらく壁にかかったカレンダーを見ていた。そこに何か適当な表現を見つけることができるんじゃないかと期待して見ているようにも見えた。でももちろんそんなものは見つからなかった。彼女はため息をついて目を閉じ、髪どめをいじった。

 「かまわないよ」と僕は言った。「君の言おうとしてることはなんとなくわかるから。僕にもどう言えばいいのかわからないけどさ」

 「うまくしゃべることができないの」と直子は言った。「ここのところずっとそういうのがつづいてるのよ。何か言おうとしても、いつも見当ちがいな言葉しか浮かんでこないの。見当ちがいだったり、あるいは全く逆だったりね。それでそれを訂正しようとすると、もっと余計に混乱して見当ちがいになっちゃうし、そうすると最初に自分が何を言おうとしていたのかがわからなくなっちゃうの。まるで自分の体がふたつに分かれていてね、追いかけっこをしてるみたいなそんな感じなの。まん中にすごく太い柱が建っていてね、そこのまわりをぐるぐるとまわりながら追いかけっこしているのよ。ちゃんとした言葉っていうのはいつももう一人の私が抱えていて、こっちの私は絶対にそれに追いつけないの」

 直子は顔を上げて僕の目を見つめた。

 「そういうのってわかる?」

 「多かれ少なかれそういう感じって誰にでもあるものだよ」と僕は言った。「みんな自分を表現しようとして、でも正確に表現できなくてそれでイライラするんだ」

 僕がそう言うと、直子は少しがっかりしたみたいだった。

 「それとはまた違うの」と直子は言ったが、それ以上は何も説明しなかった。

 「会うのは全然かまわないよ」と僕は言った。「どうせ日曜日ならいつも暇でごろごろしているし、歩くのは健康にいいしね」

 我々は山手線に乗り、直子は新宿で中央線に乗りかえた。彼女は国分寺に小さなアパートを借りて暮していたのだ。

 「ねえ、私のしゃべり方って昔と少し変った?」と別れ際に直子が訊いた。

「少し変ったような気がするね」と僕は言った。「でも何がどう変ったのかはよくわからないな。正直言って、あの頃はよく顔をあわせていたわりにあまり話をしたという記憶がないから」

 「そうね」と彼女もそれを認めた。「今度の土曜日に電話かけていいかしら?」

 「いいよ、もちろん。待っているよ」と僕は言った。

 はじめて直子に会ったのは高校二年生の春だった。彼女もやはり二年生で、ミッション系の品の良い女子校に通つていた。あまり熱心に勉強をすると「品がない」とうしろ指をさされるくらい品の良い学校だった。僕にはキズキという仲の良い友人がいて(仲が良いというよりは僕の文字どおり唯一の友人だった)、直子は彼の恋人だった。キズキと彼女とは殆んど生まれ落ちた時からの幼ななじみで、家も二百メートルとは離れていなかった。

 多くの幼ななじみのカップルがそうであるように、彼らの閥係は非常にオーブンだったし、二人きりでいたいというような願望はそれほどは強くはないようだった。二人はしょっちゅうお互いの家を訪問しては夕食を相手の家族と一緒に食べたり、麻雀をやったりしていた。僕とダブル?デートしたことも何回かある。直子がクラス?メートの女の子をつれてきて、四人で動物園に行ったり、プールに泳ぎに行ったり、映画を観に行ったりした。でも正直なところ直子のつれてくる女の子たちは可愛くはあったけれど、僕には少々上品すぎた。僕としては多少がさつではあるけれど気楽に話ができる公立高校のクラス?メートの女の子たちの方が性にあっていた。直子のつれてくる女の子たちがその可愛いらしい頭の中でいったい何を考えているのか、僕にはさっぱり理解できなかった。たぶん彼女たちにも僕のことは理解できなかったんじゃないかと思う。

 そんなわけでキズキは僕をダブル?デートに誘うことをあきらめ、我々三人だけでどこかに出かけたり話をしたりするようになった。キズキと直子と僕の三人だった。考えてみれば変な話だが、結果的にはそれがいちばん気楽だったし、うまくいった。四人目が入ると雰囲気がいくぶんぎくしゃくした。三人でいると、それはまるで僕がゲストであり、キズキが有能なホストであり、直子がアシスタントであるTVのトーク番組みたいだった。いつもキズキが一座の中心にいたし、彼はそういうのが上手かった。キズキにはたしかに冷笑的な傾向があって他人からは傲慢だと思われることも多かったが、本質的には親切で公平な男だった。三人でいると彼は直子に対しても僕に対しても同じように公平に話しかけ、冗談を言い、誰かがつまらない思いをしないようにと気を配っていた。どちらかが長く黙っているとそちらにしゃべりかけて相手の話を上手くひきだした。そういうのを見ていると大変だろうなと思ったものだが、実際はたぶんそれほどたいしたことではなかったのだろう。彼には場の空気をその瞬間瞬間で見きわめてそれにうまく対応していける能力があった。またそれに加えて、たいして面白くもない相手の話から面白い部分をいくつもみつけていくことができるというちょっと得がたい才能を持っていた。だから彼と話をしていると、僕は自分がとても面白い人間でとても面白い人生を送っているような気になったものだった。

 もっとも彼は決して社交的な人間ではなかった。彼は学校では僕以外の誰とも仲良くはならなかった。あれほど頭が切れて座談の才のある男がどうしてその能力をもっと広い世界に向けず我々三人だけの小世界に集中させることで満足していたのか僕には理解できなかった。そしてどうして彼が僕を選んで友だちにしたのか、その理由もわからなかった。僕は一人で本を読んだり音楽を聴いたりするのが好きなどちらかというと平凡な目立たない人間で、キズキがわざわざ注目して話しかけてくるような他人に抜きんでた何かを持っているわけではなかったからだ。それでも我々はすぐに気があって仲良くなった。彼の父親は歯科医で、腕の良さと料金の高さで知られていた。

 「今度の日曜日、ダブルデートしないか?俺の彼女が女子校なんだけど、可愛い女の子つれてくるからさ」と知りあってすぐにキズキが言った。いいよ、と僕は言った。そのようにして僕と直子は出会ったのだ。

 僕とキズキと直子はそんな風に何度も一緒に時を過したものだが、それでもキズキが一度席を外して二人きりになってしまうと、僕と直子はうまく話をすることができなかった。二人ともいったい何について話せばいいのかわからなかったのだ。実際、僕と直子のあいだには共通する話題なんて何ひとつとしてなかった。だから仕方なく我々は殆んど何もしゃべらずに水を飲んだりテーブルの上のものをいじりまわしたりしていた。そしてキズキが戻ってくるのを待った。キズキが戻ってくると、また話が始まった。直子もあまりしゃべる方ではなかったし、僕もどちらかといえば自分が話すよりは相手の話を聞くのが好きというタイプだったから、彼女と二人きりになると僕としてはいささか居心地が悪かった。相性がわるいとかそういうのではなく、ただ単に話すことがないのだ。

 キズキの葬式の二週間ばかりあとで、僕と直子は一度だけ顔をあわせた。ちょっとした用事があって喫茶店で待ちあわせたのだが、用件が済んでしまうとあとはもう何も話すことはなかった。僕はいくつか話題をみつけて彼女に話しかけてみたが、話はいつも途中で途切れてしまった。それに加えて彼女のしゃべり方にはどことなく角があった。直子は僕に対してなんとなく腹を立てているように見えたが、その理由は僕にはよくわからなかった。そして僕と直子は別れ、一年後に中央線の電車でばったりと出会うまで一度も顔を合わせなかった。

 あるいは直子が僕に対して腹を立てていたのは、キズキと最後に会って話をしたのが彼女ではなく僕だったからかもしれない。こういう言い方は良くないとは思うけれど、彼女の気持はわかるような気がする。僕としてもできることならかわってあげたかったと思う。しかし結局のところそれはもう起ってしまったことなのだし、どう思ったところで仕方ない種類のことなのだ。

 その五月の気持の良い昼下がりに、昼食が済むとキズキは僕に午後の授業はすっぽかして玉でも撞きにいかないかと言った。僕もとくに午後の授業に興味があるわけではなかったので学校を出てぶらぶらと坂を下って港の方まで行き、ビリヤード屋に入って四ゲームほど玉を撞いた。最初のゲームを軽く僕がとると彼は急に真剣になって残りの三ゲームを全部勝ってしまった。約束どおり僕がゲーム代を払った。ゲームのあいだ彼は冗談ひとつ言わなかった。これはとても珍しいことだった。ゲームが終ると我々は一服して煙草を吸った。

 「今日は珍しく真剣だったじゃないか」と僕は訊いてみた。

 「今日は負けたくなかったんだよ」とキズキは満足そうに笑いながら言つた。

 彼はその夜、自宅のガレージの中で死んだ。N360の排気パイプにゴムホースをつないで、窓のすきまをガムテープで目ばりしてからエンジンをふかせたのだ。死ぬまでにどれくらいの時間がかかったのか、僕にはわからない。親戚の病気見舞にでかけていた両親が帰宅してガレージに車を入れようとして扉を開けたとき、彼はもう死んでいた。カー?ラジオがつけっぱなしになって、ワイパーにはガソリン?スタンドの領収書がはさんであった。

 遺書もなければ思いあたる動機もなかった。彼に最後に会って話をしたという理由で僕は警察に呼ばれて事情聴取された。そんなそぶりはまったくありませんでした、いつもとまったく同じでした、と僕は取調べの警官に言った。警官は僕に対してもキズキに対してもあまり良い印象は持たなかったようだった。高校の授業を抜けて玉撞きに行くような人間なら自殺したってそれほどの不思議はないと彼は思っているようだった。新聞に小さく記事が載って、それで事件は終った。赤いN360は処分された。教室の彼の机の上にはしばらくのあいだ白い花が飾られていた。

 キズキが死んでから高校を卒業するまでの十ヵ月ほどのあいだ、僕はまわりの世界の中に自分の位置をはっきりと定めることができなかった。僕はある女の子と仲良くなって彼女と寝たが、結局半年ももたなかった。彼女は僕に対して何ひとつとして訴えかけてこなかったのだ。僕はたいして勉強をしなくても入れそうな東京の私立大学を選んで受験し、とくに何の感興もなく入学した。その女の子は僕に東京に行かないでくれと言ったが、僕はどうしても神戸の街を離れたかった。そして誰も知っている人間がいないところで新しい生活を始めたかったのだ。

 「あなたは私ともう寝ちゃつたから、私のことなんかどうでもよくなっちゃったんでしょ?」と彼女は言って泣いた。

 「そうじゃないよ」と僕は言った。僕はただその町を離れたかっただけなのだ。でも彼女は理解しなかった。そして我々は別れた。東京に向う新幹線の中で僕は彼女の良い部分や優れた部分を思いだし、自分がとてもひどいことをしてしまったんだと思って後悔したが、とりかえしはつかなかった。そして僕は彼女のことを忘れることにした。

 東京について寮に入り新しい生活を始めたとき、僕のやるべきことはひとつしかなかった。あらゆる物事を深刻に考えすぎないようにすること、あらゆる物事と自分のあいだにしかるべき距離を置くこと――それだけだった。僕は緑のフェルトを貼ったビリヤード台や、赤いN360や机の上の白い花や、そんなものをみんなきれいさっぱり忘れてしまうことにした。火葬場の高い煙突から立ちのぼる煙や、警察の取調べ室に置いてあったずんぐりした形の文鎮や、そんな何もかもをだ。はじめのうちはそれでうまく行きそうに見えた。しかしどれだけ忘れてしまおうとしても、僕の中には何かぼんやりとした空気のかたまりのようなものが残った。そして時が経つにつれてそのかたまりははっきりとした単純なかたちをとりはじめた。僕はそのかたちを言葉に置きかえることができる。それはこういうことだった。

 死は生の対極としてではなく、その一部として存在している。

 言葉にしてしまうと平凡だが、そのときの僕はそれを言葉としてではなく、ひとつの空気のかたまりとして身のうちに感じたのだ。文鎮の中にも、ビリヤード台の上に並んだ赤と白の四個のボールの中にも死は存在していた。そして我々はそれをまるで細かいちりみたいに肺の中に吸いこみながら生きているのだ。

 そのときまで僕は死というものを完全に生から分離した独立的な存在として捉えていた。つまり<死はいつか確実に我々をその手に捉える。しかし逆に言えば死が我々を捉えるその日まで、我々は死に捉えられることはないのだ>と。それは僕には至極まともで論理的な考え方であるように思えた。生はこちら側にあり、死は向う側にある。僕はこちら側にいて、向う側にはいない。

 しかしキズキの死んだ夜を境にして、僕にはもうそんな風に単純に死を(そして生を)捉えることはできなくなってしまった。死は生の対極存在なんかではない。死は僕という存在の中に本来的に既に含まれているのだし、その事実はどれだけ努力しても忘れ去ることのできるものではないのだ。あの十七歳の五月の夜にキズキを捉えた死は、そのとき同時に僕を捉えてもいたからだ。

 僕はそんな空気のかたまりを身のうちに感じながら十八歳の春を送っていた。でもそれと同時に深刻になるまいとも努力していた。深刻になることは必ずしも真実に近づくことと同義ではないと僕はうすうす感じとっていたからだ。しかしどう考えてみたところで死は深刻な事実だった。僕はそんな息苦しい背反性の中で、限りのない堂々めぐりをつづけていた。それは今にして思えばたしかに奇妙な日々だった。生のまっただ中で、何もかもが死を中心にして回転していたのだ。

次の土曜日に直子は電話をかけてきて、日曜に我々はデートをした。たぶんデートと呼んでいいのだと思う。それ以外に適当な言葉を思いつけない。

 我々は前と同じように街を歩き、どこかの店に入ってコーヒーを飲み、また歩き、夕方に食事をしてさよならと言って別れた。彼女はあいかわらずぽつりぽつりとしか口をきかなかったが、べつに本人はそれでかまわないという風だったし、僕もとくに意識しては話さなかった。気が向くとお互いの生活や大学の話をしたが、どれもこれも断片的な話で、それが何かにつながっていくというようなことはなかった。そして我々は過去の話を一切しなかった。我々はだいたいひたすらに町を歩いていた。ありがたいことに東京の町は広く、どれだけ歩いても歩き尽すということはなかった。

 我々は殆んど毎週会って、そんな具合に歩きまわっていた。彼女が先に立ち、僕がその少しうしろを歩いた。直子はいろんなかたちの髪どめを持っていて、いつも右側の耳を見せていた。僕はその頃彼女のうしろ姿ばかり見ていたせいで、そういうことだけを今でもよく覚えている。直子は恥かしいときにはよく髪どめを手でいじった。そしてしょっちゅうハンカチで口もとを拭いた。ハンカチで口を拭くのは何かしゃべりたいことがあるときの癖だった。そういうのを見ているうちに、僕は少しずつ直子に対して好感を抱くようになってきた。

 彼女は武蔵野のはずれにある女子大に通っていた。英語の教育で有名なこぢんまりとした大学だった。彼女のアパートの近くにはきれいな用水が流れていて、時々我々はそのあたりを散歩した。直子は自分の部屋に僕を入れて食事を作ってくれたりもしたが、部屋の中で僕と二人きりになっても彼女としてはそんなことは気にもしていないみたいだった。余計なものが何もないさっぱりとした部屋で、窓際の隅の方にストッキングが干してなかったら女の子の部屋だとはとても思えないくらいだった。彼女はとても質素に簡潔に暮しており、友だちも殆んどいないようだった。そういう生活ぶりは高校時代の彼女からは想像できないことだった。僕が知っていたかつての彼女はいつも華やかな服を着て、沢山の友だちに囲まれていた。そんな部屋を眺めていると、彼女もやはり僕と同じように大学に入って町を離れ、知っている人が誰もいないところで新しい生活を始めたかったんだろうなという気がした。

 「私がここの大学を選んだのは、うちの学校から誰もここに来ないからなのよ」と直子は笑って言った。「だからここに入ったの。私たちみんなもう少しシックな大学に行くのよ。わかるでしょう?」

 しかし僕と直子の関係も何ひとつ進歩がないというわけではなかった。少しずつ少しずつ直子は僕に馴れ、僕は直子に馴れていった。夏休みが終って新しい学期が始まると直子はごく自然に、まるで当然のことのように、僕のとなりを歩くようになった。それはたぷん直子が僕を一人の友だちとして認めてくれたしるしだろうと僕は思ったし、彼女のような美しい娘と肩を並べて歩くというのは悪い気持のするものではなかった。我々は二人で東京の町をあてもなく歩きつづけた。坂を上り、川を渡り、線路を越え、どこまでも歩きつづけた。どこに行きたいという目的など何もなかった。ただ歩けばよかったのだ。まるで魂を癒すための宗教儀式みたいに、我々はわきめもふらず歩いた。雨が降れば傘をさして歩いた。

 秋がやってきて寮の中庭がけやきの葉で覆い尽された。セーターを着ると新しい季節の匂いがした。僕は靴を一足はきつぶし、新しいスエードの靴を買った。

 その頃我々がどんな話をしていたのか、僕にはどうもうまく思いだせない。たぶんたいした話はしていなかったのだと思う。あいかわらず我々は過去の話は一切しなかった。キズキという名前は殆んど我々の話題にはのぼらなかった。我々はあいかわらずあまり多くはしゃべらなかったし、その頃には二人で黙りこんで喫茶店で顔をつきあわせていることにもすっかり馴れてしまっていた。

 直子は突撃隊の話を聞きたがっていたので、僕はよくその話をした。突撃隊はクラスの女の子(もちろん地理学科の女の子)と一度デートしたが夕方になってとてもがっかりした様子で戻ってきた。それが六月の話だった。そして彼は僕に「あ、あのさ、ワタナベ君さ、お、女の子とさ、どんな話するの、いつも?」と質問した。僕がなんと答えたのかは覚えていないが、いずれにせよ彼は質問する相手を完全に間違えていた。七月に誰かが彼のいないあいだにアムステルダムの運河の写真を外し、かわりにサンフランシスコのゴールデン?ブリッジの写真を貼っていった。ゴールデン?ブリッジを見ながらマスターベーションできるかどうか知りたいというただそれだけの理由だった。すごく喜んでやってたぜと僕が適当なことを言うと、誰かがそれを今度は氷山の写真にとりかえた。写真が変るたびに突撃隊はひどく混乱した。

 「いったい誰が、こ、こ、こんなことするんだろうね?」と彼は言った。

 「さあね、でもいいじゃないか。どれも綺麗な写真だもの。誰がやってるにせよ、ありがたいことじゃない」と僕は慰めた。

 「そりゃまあそうだけどさ、気持わるいよね」と彼は言った。

 そんな突撃隊の話をすると直子はいつも笑った。彼女が笑うことは少なかったので、僕もよく彼の話をしたが、正直言って彼を笑い話のたねにするのはあまり気持の良いものではなかった。彼はただあまり裕福とはいえない家庭のいささか真面目すぎる三男坊にすぎなかったのだ。そして地図を作ることだけが彼のささやかな人生のささやかな夢なのだ。誰がそれを笑いものにできるだろう?

 とはいうものの<突撃隊ジョーク>は寮内ではもう既に欠くことのできない話題のひとつになっていたし、今になって僕が収めようと思ったところで収まるものではなかった。そして直子の笑顔を目にするのは僕としてもそれなりに嬉しいことではあった。だから僕はみんなに突撃隊の話を提供しつづけることになった。

 直子は僕に一度だけ好きな女の子はいないのかと訊ねた。僕は別れた女の子の話をした。良い子だったし、彼女と寝るのは好きだったし、今でもときどきなつかしく思うけれど、どうしてか心が動かされるということがなかったのだと僕は言った。たぶん僕の心には固い殻のようなものがあって、そこをつき抜けて中に入ってくるものはとても限られているんだと思う、と僕は言った。だからうまく人を愛することができないんじゃないかな、と。

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