その時の私は恐ろしさの塊(かたま)りといいましょうか、または苦しさの塊りといいましょうか、何しろ一つの塊りでした。石か鉄のように頭から足の先までが急に固くなったのです。呼吸をする弾力性さえ失われたくらいに堅くなったのです。幸いな事にその状態は長く続きませんでした。私は一瞬間の後(のち)に、また人間らしい気分を取り戻しました。そうして、すぐ失策(しま)ったと思いました。先(せん)を越されたなと思いました。
しかしその先(さき)をどうしようという分別はまるで起りません。恐らく起るだけの余裕がなかったのでしょう。私は腋(わき)の下から出る気味のわるい汗が襯衣(シャツ)に滲(し)み透(とお)るのを凝(じっ)と我慢して動かずにいました。Kはその間(あいだ)いつもの通り重い口を切っては、ぽつりぽつりと自分の心を打ち明けてゆきます。私は苦しくって堪(たま)りませんでした。おそらくその苦しさは、大きな広告のように、私の顔の上に判然(はっき)りした字で貼(は)り付けられてあったろうと私は思うのです。いくらKでもそこに気の付かないはずはないのですが、彼はまた彼で、自分の事に一切(いっさい)を集中しているから、私の表情などに注意する暇がなかったのでしょう。彼の自白は最初から最後まで同じ調子で貫いていました。重くて鈍(のろ)い代りに、とても容易な事では動かせないという感じを私に与えたのです。私の心は半分その自白を聞いていながら、半分どうしようどうしようという念に絶えず掻(か)き乱されていましたから、細(こま)かい点になるとほとんど耳へ入らないと同様でしたが、それでも彼の口に出す言葉の調子だけは強く胸に響きました。そのために私は前いった苦痛ばかりでなく、ときには一種の恐ろしさを感ずるようになったのです。つまり相手は自分より強いのだという恐怖の念が萌(きざ)し始めたのです。
Kの話が一通り済んだ時、私は何ともいう事ができませんでした。こっちも彼の前に同じ意味の自白をしたものだろうか、それとも打ち明けずにいる方が得策だろうか、私はそんな利害を考えて黙っていたのではありません。ただ何事もいえなかったのです。またいう気にもならなかったのです。
午食(ひるめし)の時、Kと私は向い合せに席を占めました。下女(げじょ)に給仕をしてもらって、私はいつにない不味(まず)い飯(めし)を済ませました。二人は食事中もほとんど口を利(き)きませんでした。奥さんとお嬢さんはいつ帰るのだか分りませんでした。
三十七
「二人は各自(めいめい)の室(へや)に引き取ったぎり顔を合わせませんでした。Kの静かな事は朝と同じでした。私(わたくし)も凝(じっ)と考え込んでいました。
私は当然自分の心をKに打ち明けるべきはずだと思いました。しかしそれにはもう時機が後(おく)れてしまったという気も起りました。なぜ先刻(さっき)Kの言葉を遮(さえぎ)って、こっちから逆襲しなかったのか、そこが非常な手落(てぬか)りのように見えて来ました。せめてKの後(あと)に続いて、自分は自分の思う通りをその場で話してしまったら、まだ好かったろうにとも考えました。Kの自白に一段落が付いた今となって、こっちからまた同じ事を切り出すのは、どう思案しても変でした。私はこの不自然に打ち勝つ方法を知らなかったのです。私の頭は悔恨に揺(ゆ)られてぐらぐらしました。
私はKが再び仕切(しき)りの襖(ふすま)を開(あ)けて向うから突進してきてくれれば好(い)いと思いました。私にいわせれば、先刻はまるで不意撃(ふいうち)に会ったも同じでした。私にはKに応ずる準備も何もなかったのです。私は午前に失ったものを、今度は取り戻そうという下心(したごころ)を持っていました。それで時々眼を上げて、襖を眺(なが)めました。しかしその襖はいつまで経(た)っても開(あ)きません。そうしてKは永久に静かなのです。
その内(うち)私の頭は段々この静かさに掻(か)き乱されるようになって来ました。Kは今襖の向うで何を考えているだろうと思うと、それが気になって堪(たま)らないのです。不断もこんな風(ふう)にお互いが仕切一枚を間に置いて黙り合っている場合は始終あったのですが、私はKが静かであればあるほど、彼の存在を忘れるのが普通の状態だったのですから、その時の私はよほど調子が狂っていたものと見なければなりません。それでいて私はこっちから進んで襖を開ける事ができなかったのです。一旦(いったん)いいそびれた私は、また向うから働き掛けられる時機を待つより外(ほか)に仕方がなかったのです。
しまいに私は凝(じっ)としておられなくなりました。無理に凝としていれば、Kの部屋へ飛び込みたくなるのです。私は仕方なしに立って縁側へ出ました。そこから茶の間へ来て、何という目的もなく、鉄瓶(てつびん)の湯を湯呑(ゆのみ)に注(つい)で一杯呑みました。それから玄関へ出ました。私はわざとKの室を回避するようにして、こんな風に自分を往来の真中に見出(みいだ)したのです。私には無論どこへ行くという的(あて)もありません。ただ凝(じっ)としていられないだけでした。それで方角も何も構わずに、正月の町を、むやみに歩き廻(まわ)ったのです。私の頭はいくら歩いてもKの事でいっぱいになっていました。私もKを振(ふる)い落す気で歩き廻る訳ではなかったのです。むしろ自分から進んで彼の姿を咀嚼(そしゃく)しながらうろついていたのです。
私には第一に彼が解(かい)しがたい男のように見えました。どうしてあんな事を突然私に打ち明けたのか、またどうして打ち明けなければいられないほどに、彼の恋が募(つの)って来たのか、そうして平生の彼はどこに吹き飛ばされてしまったのか、すべて私には解しにくい問題でした。私は彼の強い事を知っていました。また彼の真面目(まじめ)な事を知っていました。私はこれから私の取るべき態度を決する前に、彼について聞かなければならない多くをもっていると信じました。同時にこれからさき彼を相手にするのが変に気味が悪かったのです。私は夢中に町の中を歩きながら、自分の室に凝(じっ)と坐(すわ)っている彼の容貌(ようぼう)を始終眼の前に描(えが)き出しました。しかもいくら私が歩いても彼を動かす事は到底できないのだという声がどこかで聞こえるのです。つまり私には彼が一種の魔物のように思えたからでしょう。私は永久彼に祟(たた)られたのではなかろうかという気さえしました。
私が疲れて宅(うち)へ帰った時、彼の室は依然として人気(ひとけ)のないように静かでした。
三十八
「私が家へはいると間もなく俥(くるま)の音が聞こえました。今のように護謨輪(ゴムわ)のない時分でしたから、がらがらいう厭(いや)な響(ひび)きがかなりの距離でも耳に立つのです。車はやがて門前で留まりました。
私が夕飯(ゆうめし)に呼び出されたのは、それから三十分ばかり経(た)った後(あと)の事でしたが、まだ奥さんとお嬢さんの晴着(はれぎ)が脱ぎ棄(す)てられたまま、次の室を乱雑に彩(いろど)っていました。二人は遅くなると私たちに済まないというので、飯の支度に間に合うように、急いで帰って来たのだそうです。しかし奥さんの親切はKと私とに取ってほとんど無効も同じ事でした。私は食卓に坐りながら、言葉を惜しがる人のように、素気(そっけ)ない挨拶(あいさつ)ばかりしていました。Kは私よりもなお寡言(かげん)でした。たまに親子連(おやこづれ)で外出した女二人の気分が、また平生(へいぜい)よりは勝(すぐ)れて晴れやかだったので、我々の態度はなおの事眼に付きます。奥さんは私にどうかしたのかと聞きました。私は少し心持が悪いと答えました。実際私は心持が悪かったのです。すると今度はお嬢さんがKに同じ問いを掛けました。Kは私のように心持が悪いとは答えません。ただ口が利(き)きたくないからだといいました。お嬢さんはなぜ口が利きたくないのかと追窮(ついきゅう)しました。私はその時ふと重たい瞼(まぶた)を上げてKの顔を見ました。私にはKが何と答えるだろうかという好奇心があったのです。Kの唇は例のように少し顫(ふる)えていました。それが知らない人から見ると、まるで返事に迷っているとしか思われないのです。お嬢さんは笑いながらまた何かむずかしい事を考えているのだろうといいました。Kの顔は心持薄赤くなりました。
その晩私はいつもより早く床(とこ)へ入りました。私が食事の時気分が悪いといったのを気にして、奥さんは十時頃蕎麦湯(そばゆ)を持って来てくれました。しかし私の室(へや)はもう真暗(まっくら)でした。奥さんはおやおやといって、仕切りの襖(ふすま)を細目に開けました。洋燈(ランプ)の光がKの机から斜(なな)めにぼんやりと私の室に差し込みました。Kはまだ起きていたものとみえます。奥さんは枕元(まくらもと)に坐って、大方(おおかた)風邪(かぜ)を引いたのだろうから身体(からだ)を暖(あっ)ためるがいいといって、湯呑(ゆのみ)を顔の傍(そば)へ突き付けるのです。私はやむをえず、どろどろした蕎麦湯を奥さんの見ている前で飲みました。
私は遅くなるまで暗いなかで考えていました。無論一つ問題をぐるぐる廻転(かいてん)させるだけで、外(ほか)に何の効力もなかったのです。私は突然Kが今隣りの室で何をしているだろうと思い出しました。私は半ば無意識においと声を掛けました。すると向うでもおいと返事をしました。Kもまだ起きていたのです。私はまだ寝ないのかと襖ごしに聞きました。もう寝るという簡単な挨拶(あいさつ)がありました。何をしているのだと私は重ねて問いました。今度はKの答えがありません。その代り五、六分経ったと思う頃に、押入(おしいれ)をがらりと開けて、床(とこ)を延べる音が手に取るように聞こえました。私はもう何時(なんじ)かとまた尋ねました。Kは一時二十分だと答えました。やがて洋燈(ランプ)をふっと吹き消す音がして、家中(うちじゅう)が真暗なうちに、しんと静まりました。
しかし私の眼はその暗いなかでいよいよ冴(さ)えて来るばかりです。私はまた半ば無意識な状態で、おいとKに声を掛けました。Kも以前と同じような調子で、おいと答えました。私は今朝(けさ)彼から聞いた事について、もっと詳しい話をしたいが、彼の都合はどうだと、とうとうこっちから切り出しました。私は無論襖越(ふすまごし)にそんな談話を交換する気はなかったのですが、Kの返答だけは即坐に得られる事と考えたのです。ところがKは先刻(さっき)から二度おいと呼ばれて、二度おいと答えたような素直(すなお)な調子で、今度は応じません。そうだなあと低い声で渋っています。私はまたはっと思わせられました。
三十九
「Kの生返事(なまへんじ)は翌日(よくじつ)になっても、その翌日になっても、彼の態度によく現われていました。彼は自分から進んで例の問題に触れようとする気色(けしき)を決して見せませんでした。もっとも機会もなかったのです。奥さんとお嬢さんが揃(そろ)って一日宅(うち)を空(あ)けでもしなければ、二人はゆっくり落ち付いて、そういう事を話し合う訳にも行かないのですから。私(わたくし)はそれをよく心得ていました。心得ていながら、変にいらいらし出すのです。その結果始めは向うから来るのを待つつもりで、暗(あん)に用意をしていた私が、折があったらこっちで口を切ろうと決心するようになったのです。
同時に私は黙って家(うち)のものの様子を観察して見ました。しかし奥さんの態度にもお嬢さんの素振(そぶり)にも、別に平生(へいぜい)と変った点はありませんでした。Kの自白以前と自白以後とで、彼らの挙動にこれという差違が生じないならば、彼の自白は単に私だけに限られた自白で、肝心(かんじん)の本人にも、またその監督者たる奥さんにも、まだ通じていないのは慥(たし)かでした。そう考えた時私は少し安心しました。それで無理に機会を拵(こしら)えて、わざとらしく話を持ち出すよりは、自然の与えてくれるものを取り逃さないようにする方が好かろうと思って、例の問題にはしばらく手を着けずにそっとしておく事にしました。
こういってしまえば大変簡単に聞こえますが、そうした心の経過には、潮(しお)の満干(みちひ)と同じように、色々の高低(たかびく)があったのです。私はKの動かない様子を見て、それにさまざまの意味を付け加えました。奥さんとお嬢さんの言語動作を観察して、二人の心がはたしてそこに現われている通りなのだろうかと疑(うたが)ってもみました。そうして人間の胸の中に装置された複雑な器械が、時計の針のように、明瞭(めいりょう)に偽(いつわ)りなく、盤上(ばんじょう)の数字を指し得(う)るものだろうかと考えました。要するに私は同じ事をこうも取り、ああも取りした揚句(あげく)、漸(ようや)くここに落ち付いたものと思って下さい。更にむずかしくいえば、落ち付くなどという言葉は、この際決して使われた義理でなかったのかも知れません。
その内(うち)学校がまた始まりました。私たちは時間の同じ日には連れ立って宅(うち)を出ます。都合がよければ帰る時にもやはりいっしょに帰りました。外部から見たKと私は、何にも前と違ったところがないように親しくなったのです。けれども腹の中では、各自(てんでん)に各自(てんでん)の事を勝手に考えていたに違いありません。ある日私は突然往来でKに肉薄しました。私が第一に聞いたのは、この間の自白が私だけに限られているか、または奥さんやお嬢さんにも通じているかの点にあったのです。私のこれから取るべき態度は、この問いに対する彼の答え次第で極(き)めなければならないと、私は思ったのです。すると彼は外(ほか)の人にはまだ誰(だれ)にも打ち明けていないと明言しました。私は事情が自分の推察通りだったので、内心嬉(うれ)しがりました。私はKの私より横着なのをよく知っていました。彼の度胸にも敵(かな)わないという自覚があったのです。けれども一方ではまた妙に彼を信じていました。学資の事で養家(ようか)を三年も欺(あざむ)いていた彼ですけれども、彼の信用は私に対して少しも損われていなかったのです。私はそれがためにかえって彼を信じ出したくらいです。だからいくら疑い深い私でも、明白な彼の答えを腹の中で否定する気は起りようがなかったのです。
私はまた彼に向って、彼の恋をどう取り扱うつもりかと尋ねました。それが単なる自白に過ぎないのか、またはその自白についで、実際的の効果をも収める気なのかと問うたのです。しかるに彼はそこになると、何にも答えません。黙って下を向いて歩き出します。私は彼に隠(かく)し立てをしてくれるな、すべて思った通りを話してくれと頼みました。彼は何も私に隠す必要はないと判然(はっきり)断言しました。しかし私の知ろうとする点には、一言(いちごん)の返事も与えないのです。私も往来だからわざわざ立ち留まって底(そこ)まで突き留める訳にいきません。ついそれなりにしてしまいました。
四十
「ある日私は久しぶりに学校の図書館に入りました。私は広い机の片隅で窓から射す光線を半身に受けながら、新着の外国雑誌を、あちらこちらと引(ひ)っ繰(く)り返して見ていました。私は担任教師から専攻の学科に関して、次の週までにある事項を調べて来いと命ぜられたのです。しかし私に必要な事柄がなかなか見付からないので、私は二度も三度も雑誌を借り替えなければなりませんでした。最後に私はやっと自分に必要な論文を探し出して、一心にそれを読み出しました。すると突然幅の広い机の向う側から小さな声で私の名を呼ぶものがあります。私はふと眼を上げてそこに立っているKを見ました。Kはその上半身を机の上に折り曲げるようにして、彼の顔を私に近付けました。ご承知の通り図書館では他(ほか)の人の邪魔になるような大きな声で話をする訳にゆかないのですから、Kのこの所作(しょさ)は誰でもやる普通の事なのですが、私はその時に限って、一種変な心持がしました。
Kは低い声で勉強かと聞きました。私はちょっと調べものがあるのだと答えました。それでもKはまだその顔を私から放しません。同じ低い調子でいっしょに散歩をしないかというのです。私は少し待っていればしてもいいと答えました。彼は待っているといったまま、すぐ私の前の空席に腰をおろしました。すると私は気が散って急に雑誌が読めなくなりました。何だかKの胸に一物(いちもつ)があって、談判でもしに来られたように思われて仕方がないのです。私はやむをえず読みかけた雑誌を伏せて、立ち上がろうとしました。Kは落ち付き払ってもう済んだのかと聞きます。私はどうでもいいのだと答えて、雑誌を返すと共に、Kと図書館を出ました。
二人は別に行く所もなかったので、竜岡町(たつおかちょう)から池(いけ)の端(はた)へ出て、上野(うえの)の公園の中へ入りました。その時彼は例の事件について、突然向うから口を切りました。前後の様子を綜合(そうごう)して考えると、Kはそのために私をわざわざ散歩に引(ひ)っ張(ぱ)り出(だ)したらしいのです。けれども彼の態度はまだ実際的の方面へ向ってちっとも進んでいませんでした。彼は私に向って、ただ漠然と、どう思うというのです。どう思うというのは、そうした恋愛の淵(ふち)に陥(おちい)った彼を、どんな眼で私が眺(なが)めるかという質問なのです。一言(いちごん)でいうと、彼は現在の自分について、私の批判を求めたいようなのです。そこに私は彼の平生(へいぜい)と異なる点を確かに認める事ができたと思いました。たびたび繰り返すようですが、彼の天性は他(ひと)の思わくを憚(はば)かるほど弱くでき上ってはいなかったのです。こうと信じたら一人でどんどん進んで行くだけの度胸もあり勇気もある男なのです。養家(ようか)事件でその特色を強く胸の裏(うち)に彫(ほ)り付けられた私が、これは様子が違うと明らかに意識したのは当然の結果なのです。
私がKに向って、この際何(な)んで私の批評が必要なのかと尋ねた時、彼はいつもにも似ない悄然(しょうぜん)とした口調で、自分の弱い人間であるのが実際恥ずかしいといいました。そうして迷っているから自分で自分が分らなくなってしまったので、私に公平な批評を求めるより外(ほか)に仕方がないといいました。私は隙(す)かさず迷うという意味を聞き糺(ただ)しました。彼は進んでいいか退(しりぞ)いていいか、それに迷うのだと説明しました。私はすぐ一歩先へ出ました。そうして退こうと思えば退けるのかと彼に聞きました。すると彼の言葉がそこで不意に行き詰りました。彼はただ苦しいといっただけでした。実際彼の表情には苦しそうなところがありありと見えていました。もし相手がお嬢さんでなかったならば、私はどんなに彼に都合のいい返事を、その渇(かわ)き切った顔の上に慈雨(じう)の如く注(そそ)いでやったか分りません。私はそのくらいの美しい同情をもって生れて来た人間と自分ながら信じています。しかしその時の私は違っていました。
四十一
「私はちょうど他流試合でもする人のようにKを注意して見ていたのです。私は、私の眼、私の心、私の身体(からだ)、すべて私という名の付くものを五分(ぶ)の隙間(すきま)もないように用意して、Kに向ったのです。罪のないKは穴だらけというよりむしろ明け放しと評するのが適当なくらいに無用心でした。私は彼自身の手から、彼の保管している要塞(ようさい)の地図を受け取って、彼の眼の前でゆっくりそれを眺(なが)める事ができたも同じでした。
Kが理想と現実の間に彷徨(ほうこう)してふらふらしているのを発見した私は、ただ一打(ひとうち)で彼を倒す事ができるだろうという点にばかり眼を着けました。そうしてすぐ彼の虚(きょ)に付け込んだのです。私は彼に向って急に厳粛な改まった態度を示し出しました。無論策略からですが、その態度に相応するくらいな緊張した気分もあったのですから、自分に滑稽(こっけい)だの羞恥(しゅうち)だのを感ずる余裕はありませんでした。私はまず「精神的に向上心のないものは馬鹿(ばか)だ」といい放ちました。これは二人で房州(ぼうしゅう)を旅行している際、Kが私に向って使った言葉です。私は彼の使った通りを、彼と同じような口調で、再び彼に投げ返したのです。しかし決して復讐(ふくしゅう)ではありません。私は復讐以上に残酷な意味をもっていたという事を自白します。私はその一言(いちごん)でKの前に横たわる恋の行手(ゆくて)を塞(ふさ)ごうとしたのです。
Kは真宗寺(しんしゅうでら)に生れた男でした。しかし彼の傾向は中学時代から決して生家の宗旨(しゅうし)に近いものではなかったのです。教義上の区別をよく知らない私が、こんな事をいう資格に乏しいのは承知していますが、私はただ男女(なんにょ)に関係した点についてのみ、そう認めていたのです。Kは昔から精進(しょうじん)という言葉が好きでした。私はその言葉の中に、禁欲(きんよく)という意味も籠(こも)っているのだろうと解釈していました。しかし後で実際を聞いて見ると、それよりもまだ厳重な意味が含まれているので、私は驚きました。道のためにはすべてを犠牲にすべきものだというのが彼の第一信条なのですから、摂欲(せつよく)や禁欲(きんよく)は無論、たとい欲を離れた恋そのものでも道の妨害(さまたげ)になるのです。Kが自活生活をしている時分に、私はよく彼から彼の主張を聞かされたのでした。その頃(ころ)からお嬢さんを思っていた私は、勢いどうしても彼に反対しなければならなかったのです。私が反対すると、彼はいつでも気の毒そうな顔をしました。そこには同情よりも侮蔑(ぶべつ)の方が余計に現われていました。
こういう過去を二人の間に通り抜けて来ているのですから、精神的に向上心のないものは馬鹿だという言葉は、Kに取って痛いに違いなかったのです。しかし前にもいった通り、私はこの一言で、彼が折角(せっかく)積み上げた過去を蹴散(けち)らしたつもりではありません。かえってそれを今まで通り積み重ねて行かせようとしたのです。それが道に達しようが、天に届こうが、私は構いません。私はただKが急に生活の方向を転換して、私の利害と衝突するのを恐れたのです。要するに私の言葉は単なる利己心の発現でした。
「精神的に向上心のないものは、馬鹿だ」
私は二度同じ言葉を繰り返しました。そうして、その言葉がKの上にどう影響するかを見詰めていました。
「馬鹿だ」とやがてKが答えました。「僕は馬鹿だ」
Kはぴたりとそこへ立ち留(ど)まったまま動きません。彼は地面の上を見詰めています。私は思わずぎょっとしました。私にはKがその刹那(せつな)に居直(いなお)り強盗のごとく感ぜられたのです。しかしそれにしては彼の声がいかにも力に乏しいという事に気が付きました。私は彼の眼遣(めづか)いを参考にしたかったのですが、彼は最後まで私の顔を見ないのです。そうして、徐々(そろそろ)とまた歩き出しました。
四十二
「私はKと並んで足を運ばせながら、彼の口を出る次の言葉を腹の中で暗(あん)に待ち受けました。あるいは待ち伏せといった方がまだ適当かも知れません。その時の私はたといKを騙(だま)し打ちにしても構わないくらいに思っていたのです。しかし私にも教育相当の良心はありますから、もし誰か私の傍(そば)へ来て、お前は卑怯(ひきょう)だと一言(ひとこと)私語(ささや)いてくれるものがあったなら、私はその瞬間に、はっと我に立ち帰ったかも知れません。もしKがその人であったなら、私はおそらく彼の前に赤面したでしょう。ただKは私を窘(たしな)めるには余りに正直でした。余りに単純でした。余りに人格が善良だったのです。目のくらんだ私は、そこに敬意を払う事を忘れて、かえってそこに付け込んだのです。そこを利用して彼を打ち倒そうとしたのです。
Kはしばらくして、私の名を呼んで私の方を見ました。今度は私の方で自然と足を留めました。するとKも留まりました。私はその時やっとKの眼を真向(まむき)に見る事ができたのです。Kは私より背(せい)の高い男でしたから、私は勢い彼の顔を見上げるようにしなければなりません。私はそうした態度で、狼(おおかみ)のごとき心を罪のない羊に向けたのです。
「もうその話は止(や)めよう」と彼がいいました。彼の眼にも彼の言葉にも変に悲痛なところがありました。私はちょっと挨拶(あいさつ)ができなかったのです。するとKは、「止(や)めてくれ」と今度は頼むようにいい直しました。私はその時彼に向って残酷な答を与えたのです。狼(おおかみ)が隙(すき)を見て羊の咽喉笛(のどぶえ)へ食(くら)い付くように。
「止(や)めてくれって、僕がいい出した事じゃない、もともと君の方から持ち出した話じゃないか。しかし君が止めたければ、止めてもいいが、ただ口の先で止めたって仕方があるまい。君の心でそれを止めるだけの覚悟がなければ。一体君は君の平生の主張をどうするつもりなのか」
私がこういった時、背(せい)の高い彼は自然と私の前に萎縮(いしゅく)して小さくなるような感じがしました。彼はいつも話す通り頗(すこぶ)る強情(ごうじょう)な男でしたけれども、一方ではまた人一倍の正直者でしたから、自分の矛盾などをひどく非難される場合には、決して平気でいられない質(たち)だったのです。私は彼の様子を見てようやく安心しました。すると彼は卒然(そつぜん)「覚悟?」と聞きました。そうして私がまだ何とも答えない先に「覚悟、――覚悟ならない事もない」と付け加えました。彼の調子は独言(ひとりごと)のようでした。また夢の中の言葉のようでした。
二人はそれぎり話を切り上げて、小石川(こいしかわ)の宿の方に足を向けました。割合に風のない暖かな日でしたけれども、何しろ冬の事ですから、公園のなかは淋(さび)しいものでした。ことに霜に打たれて蒼味(あおみ)を失った杉の木立(こだち)の茶褐色(ちゃかっしょく)が、薄黒い空の中に、梢(こずえ)を並べて聳(そび)えているのを振り返って見た時は、寒さが背中へ噛(かじ)り付いたような心持がしました。我々は夕暮の本郷台(ほんごうだい)を急ぎ足でどしどし通り抜けて、また向うの岡(おか)へ上(のぼ)るべく小石川の谷へ下りたのです。私はその頃(ころ)になって、ようやく外套(がいとう)の下に体(たい)の温味(あたたかみ)を感じ出したぐらいです。
急いだためでもありましょうが、我々は帰り路(みち)にはほとんど口を聞きませんでした。宅(うち)へ帰って食卓に向った時、奥さんはどうして遅くなったのかと尋ねました。私はKに誘われて上野(うえの)へ行ったと答えました。奥さんはこの寒いのにといって驚いた様子を見せました。お嬢さんは上野に何があったのかと聞きたがります。私は何もないが、ただ散歩したのだという返事だけしておきました。平生(へいぜい)から無口なKは、いつもよりなお黙っていました。奥さんが話しかけても、お嬢さんが笑っても、碌(ろく)な挨拶(あいさつ)はしませんでした。それから飯(めし)を呑(の)み込むように掻(か)き込んで、私がまだ席を立たないうちに、自分の室(へや)へ引き取りました。
四十三
「その頃(ころ)は覚醒(かくせい)とか新しい生活とかいう文字(もんじ)のまだない時分でした。しかしKが古い自分をさらりと投げ出して、一意(いちい)に新しい方角へ走り出さなかったのは、現代人の考えが彼に欠けていたからではないのです。彼には投げ出す事のできないほど尊(たっと)い過去があったからです。彼はそのために今日(こんにち)まで生きて来たといってもいいくらいなのです。だからKが一直線に愛の目的物に向って猛進しないといって、決してその愛の生温(なまぬる)い事を証拠立てる訳にはゆきません。いくら熾烈(しれつ)な感情が燃えていても、彼はむやみに動けないのです。前後を忘れるほどの衝動が起る機会を彼に与えない以上、Kはどうしてもちょっと踏み留(とど)まって自分の過去を振り返らなければならなかったのです。そうすると過去が指し示す路(みち)を今まで通り歩かなければならなくなるのです。その上彼には現代人のもたない強情(ごうじょう)と我慢がありました。私はこの双方の点においてよく彼の心を見抜いていたつもりなのです。
上野(うえの)から帰った晩は、私に取って比較的安静な夜(よ)でした。私はKが室(へや)へ引き上げたあとを追い懸けて、彼の机の傍(そば)に坐(すわ)り込みました。そうして取り留めもない世間話をわざと彼に仕向けました。彼は迷惑そうでした。私の眼には勝利の色が多少輝いていたでしょう、私の声にはたしかに得意の響きがあったのです。私はしばらくKと一つ火鉢に手を翳(かざ)した後(あと)、自分の室に帰りました。外(ほか)の事にかけては何をしても彼に及ばなかった私も、その時だけは恐るるに足りないという自覚を彼に対してもっていたのです。
私はほどなく穏やかな眠りに落ちました。しかし突然私の名を呼ぶ声で眼を覚ましました。見ると、間の襖(ふすま)が二尺(しゃく)ばかり開(あ)いて、そこにKの黒い影が立っています。そうして彼の室には宵(よい)の通りまだ燈火(あかり)が点(つ)いているのです。急に世界の変った私は、少しの間(あいだ)口を利(き)く事もできずに、ぼうっとして、その光景を眺(なが)めていました。
その時Kはもう寝たのかと聞きました。Kはいつでも遅くまで起きている男でした。私は黒い影法師(かげぼうし)のようなKに向って、何か用かと聞き返しました。Kは大した用でもない、ただもう寝たか、まだ起きているかと思って、便所へ行ったついでに聞いてみただけだと答えました。Kは洋燈(ランプ)の灯(ひ)を背中に受けているので、彼の顔色や眼つきは、全く私には分りませんでした。けれども彼の声は不断よりもかえって落ち付いていたくらいでした。
Kはやがて開けた襖をぴたりと立て切りました。私の室はすぐ元の暗闇(くらやみ)に帰りました。私はその暗闇より静かな夢を見るべくまた眼を閉じました。私はそれぎり何も知りません。しかし翌朝(よくあさ)になって、昨夕(ゆうべ)の事を考えてみると、何だか不思議でした。私はことによると、すべてが夢ではないかと思いました。それで飯(めし)を食う時、Kに聞きました。Kはたしかに襖を開けて私の名を呼んだといいます。なぜそんな事をしたのかと尋ねると、別に判然(はっきり)した返事もしません。調子の抜けた頃になって、近頃は熟睡ができるのかとかえって向うから私に問うのです。私は何だか変に感じました。
その日ちょうど同じ時間に講義の始まる時間割になっていたので、二人はやがていっしょに宅(うち)を出ました。今朝(けさ)から昨夕の事が気に掛(かか)っている私は、途中でまたKを追窮(ついきゅう)しました。けれどもKはやはり私を満足させるような答えをしません。私はあの事件について何か話すつもりではなかったのかと念を押してみました。Kはそうではないと強い調子でいい切りました。昨日(きのう)上野で「その話はもう止(や)めよう」といったではないかと注意するごとくにも聞こえました。Kはそういう点に掛けて鋭い自尊心をもった男なのです。ふとそこに気のついた私は突然彼の用いた「覚悟」という言葉を連想し出しました。すると今までまるで気にならなかったその二字が妙な力で私の頭を抑(おさ)え始めたのです。
四十四
「Kの果断に富んだ性格は私(わたくし)によく知れていました。彼のこの事件についてのみ優柔(ゆうじゅう)な訳も私にはちゃんと呑(の)み込めていたのです。つまり私は一般を心得た上で、例外の場合をしっかり攫(つら)まえたつもりで得意だったのです。ところが「覚悟」という彼の言葉を、頭のなかで何遍(なんべん)も咀嚼(そしゃく)しているうちに、私の得意はだんだん色を失って、しまいにはぐらぐら揺(うご)き始めるようになりました。私はこの場合もあるいは彼にとって例外でないのかも知れないと思い出したのです。すべての疑惑、煩悶(はんもん)、懊悩(おうのう)、を一度に解決する最後の手段を、彼は胸のなかに畳(たた)み込んでいるのではなかろうかと疑(うたぐ)り始めたのです。そうした新しい光で覚悟の二字を眺(なが)め返してみた私は、はっと驚きました。その時の私がもしこの驚きをもって、もう一返(いっぺん)彼の口にした覚悟の内容を公平に見廻(みまわ)したらば、まだよかったかも知れません。悲しい事に私は片眼(めっかち)でした。私はただKがお嬢さんに対して進んで行くという意味にその言葉を解釈しました。果断に富んだ彼の性格が、恋の方面に発揮されるのがすなわち彼の覚悟だろうと一図(いちず)に思い込んでしまったのです。
私は私にも最後の決断が必要だという声を心の耳で聞きました。私はすぐその声に応じて勇気を振り起しました。私はKより先に、しかもKの知らない間(ま)に、事を運ばなくてはならないと覚悟を極(き)めました。私は黙って機会を覘(ねら)っていました。しかし二日経(た)っても三日経っても、私はそれを捕(つら)まえる事ができません。私はKのいない時、またお嬢さんの留守な折を待って、奥さんに談判を開こうと考えたのです。しかし片方がいなければ、片方が邪魔をするといった風(ふう)の日ばかり続いて、どうしても「今だ」と思う好都合が出て来てくれないのです。私はいらいらしました。
一週間の後(のち)私はとうとう堪え切れなくなって仮病(けびょう)を遣(つか)いました。奥さんからもお嬢さんからも、K自身からも、起きろという催促を受けた私は、生返事(なまへんじ)をしただけで、十時頃(ごろ)まで蒲団(ふとん)を被(かぶ)って寝ていました。私はKもお嬢さんもいなくなって、家の内(なか)がひっそり静まった頃を見計(みはか)らって寝床を出ました。私の顔を見た奥さんは、すぐどこが悪いかと尋ねました。食物(たべもの)は枕元(まくらもと)へ運んでやるから、もっと寝ていたらよかろうと忠告してもくれました。身体(からだ)に異状のない私は、とても寝る気にはなれません。顔を洗っていつもの通り茶の間で飯(めし)を食いました。その時奥さんは長火鉢(ながひばち)の向側(むこうがわ)から給仕をしてくれたのです。私は朝飯(あさめし)とも午飯(ひるめし)とも片付かない茶椀(ちゃわん)を手に持ったまま、どんな風に問題を切り出したものだろうかと、そればかりに屈托(くったく)していたから、外観からは実際気分の好(よ)くない病人らしく見えただろうと思います。
私は飯を終(しま)って烟草(タバコ)を吹かし出しました。私が立たないので奥さんも火鉢の傍(そば)を離れる訳にゆきません。下女(げじょ)を呼んで膳(ぜん)を下げさせた上、鉄瓶(てつびん)に水を注(さ)したり、火鉢の縁(ふち)を拭(ふ)いたりして、私に調子を合わせています。私は奥さんに特別な用事でもあるのかと問いました。奥さんはいいえと答えましたが、今度は向うでなぜですと聞き返して来ました。私は実は少し話したい事があるのだといいました。奥さんは何ですかといって、私の顔を見ました。奥さんの調子はまるで私の気分にはいり込めないような軽いものでしたから、私は次に出すべき文句も少し渋りました。
私は仕方なしに言葉の上で、好(い)い加減にうろつき廻(まわ)った末、Kが近頃(ちかごろ)何かいいはしなかったかと奥さんに聞いてみました。奥さんは思いも寄らないという風をして、「何を?」とまた反問して来ました。そうして私の答える前に、「あなたには何かおっしゃったんですか」とかえって向うで聞くのです。
四十五
「Kから聞かされた打ち明け話を、奥さんに伝える気のなかった私は、「いいえ」といってしまった後で、すぐ自分の嘘(うそ)を快(こころよ)からず感じました。仕方がないから、別段何も頼まれた覚えはないのだから、Kに関する用件ではないのだといい直しました。奥さんは「そうですか」といって、後(あと)を待っています。私はどうしても切り出さなければならなくなりました。私は突然「奥さん、お嬢さんを私に下さい」といいました。奥さんは私の予期してかかったほど驚いた様子も見せませんでしたが、それでも少時(しばらく)返事ができなかったものと見えて、黙って私の顔を眺(なが)めていました。一度いい出した私は、いくら顔を見られても、それに頓着(とんじゃく)などはしていられません。「下さい、ぜひ下さい」といいました。「私の妻としてぜひ下さい」といいました。奥さんは年を取っているだけに、私よりもずっと落ち付いていました。「上げてもいいが、あんまり急じゃありませんか」と聞くのです。私が「急に貰(もら)いたいのだ」とすぐ答えたら笑い出しました。そうして「よく考えたのですか」と念を押すのです。私はいい出したのは突然でも、考えたのは突然でないという訳を強い言葉で説明しました。