饭饭TXT > 海外名作 > 《华丽一族/華麗なる一族(日文版)》作者:[日]山崎丰子【完结】 > 華麗なる一族.txt

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作者:日-山崎丰子 当前章节:15369 字 更新时间:2026-6-16 06:24

「姉さんはどうして結婚しないんだ、人の世話ばっかりして」

 相子は応えなかった。

「将来、どうするつもりか、一度、聞いておこうと思っていたんだよ、いつまでも万俵さんのところに厄介になっているわけにもいかんだろう」

 弟は、万俵家における姉の立場に或《あ》る種の疑問を抱いているような云い方をした。

「どうして、そんなことをいうの?」

「姉さんは再婚話の相談にでも来たんじゃないかと、幸江が云うんだ」

 自分の眼をかすめて、そんなことを弟に耳打ちしたのかと、相子は不快になった。

「だったら、どうだって云うの、妙なところへ再婚して、迷惑を背負い込みでもしたらと、心配してるんじゃないの、失礼ね、充分な待遇をして貰《もら》って、結構、楽しくやっていますから、ご心配なく」

 と云ったが、いくら実の弟でも、寧子と妻の座を分け合っている事実まで知られたくはなかった。

「そりゃあ、僕たちの生活とは違うんだし、何ともいえないが、僕には、姉さんが特に幸せそうには見えない、人の家の世話ばかりでなく、もっと自分自身の将来も考えて、そろそろ幸せな結婚をしてほしいと思うよ」

 そう云われると、相子は大介と睦《むつ》み合いながらも一向に子供ができず、寧子の子供たちの世話ばかりしていることに、空《むな》しさを感じたが、

「私は自分の生きたいように生きて来たし、これからもそうするわ」

 弟の親身な心配を、強気に突っ撥《ぱ》ねた。

「そりゃあ、姉さんは自分のしたいように生きているつもりだろう、しかし姉さんは、ほんとうの女の幸福というものを、アメリカでの離婚後、見失っているんじゃないかな、少なくとも、僕の眼にはそう見えるよ」

「そうかしら、それはあなたの思い過しよ」

 相子はこともなげに云ったが、昨夜の痴態がありありと思いうかんだ。相子が、名実ともに単なる家庭教師の立場でいたら、とっくの昔に万俵家をお払い箱になり、或《ある》いは弟にも身の振り方を相談に来たかもしれない。だが、万俵大介と体の関係を持ち、寧子と妻の座を二分している今の相子は、万俵家の閨閥《けいばつ》作りのプロデューサーであり、正妻の寧子と同等、あるいはそれを上回る権限さえ与えられている。そしてその権限によって、万俵一族の繁栄のために大介の陰の力にさえなっている。しかし、今、弟から云われてみると、自らは大いに権限を振るっているつもりでも、逆に大介から振り廻されているのかもしれないという気もして来た。躍起になって万俵一族のために尽しているのも、いわば正妻らしい能力を何ら備えていない寧子への当てつけで、いずれは大介の愛をかち得て、正妻の座を得ようとする浅はかな女心に過ぎないのかもしれない。もしそうだとしたら、やはり大介の大きな手の中で、自分は自在に操られているのかもしれないと思った。

「どう、姉さん、飯を食って、ゆっくりして帰ったら――」

 日が暮れ、向いのアパートの窓に灯りがついていた。

「いいえ、やはり、いろいろと忙しい時だから、またのことにするわ」

 万俵家のダイニング.ルームが眼にうかび、今夜は自分が大介の妻の座に坐る日であると思うと、すぐにもタクシーを飛ばして、晚餐《ばんさん》に間に合うように帰りたいという衝動に駈《か》られた。

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 四   章

 阪神銀行の大会議室では、全国支店長会議が開かれていた。

 正面の壁面には、紺碧《こんぺき》の海に白い波濤《はとう》の神戸港を象徴する大行旗と、全国の支店網を記した日本地図が掲げられている。それを背にして、万俵頭取を中心に、大亀、小松の両専務、芥川、荒武、渋野、舟山、新井の五常務が居列《いなら》び、その役員席に向い合って、本店営業部長、東京支店長、名古屋支店長など、戦艦クラスの大支店長を筆頭に、全国百三十カ店から招集された支店長が威儀をただしている。

 さらに支店長席の左側には本店の部長級、右側には監査役が列んでいたが、平均年齢四十五歳、ダーク.スーツの支店長たちで埋めつくされた大会議室は、それだけでも重々しい空気に覆《おお》われていた。全国支店長会議は、銀行にとって年に一度の、あらゆるスケジュールに優先する重要行事で、病気以外の欠席は認められなかったが、今年は、いっそう白熱した雰囲気《ふんいき》があった。

 一カ月前、頭取から各支店長宛《あて》に『必直披《ちよくひ》』で出された招集状に、今年度の全国支店長会議は“一兆円突破特別会議”と銘打たれ、議題の大半が預金増強に関するものだったから、各支店長は、自《おの》ずと異例の事態を察知して、今日の会議に臨んでいた。事実、冒頭における万俵頭取の開会の辞でも、一兆円達成が強く訴えられ、経理担当の大亀専務、総務担当の小松専務の挨拶《あいさつ》も、例年の型を破っていた。

 さらに東京事務所長として、専《もつぱ》ら中央の情報収集、政治活動に従事し、本店には月二度しか姿を見せない忍者部隊長の芥川常務も、今日ばかりは、頭取、専務に続いて預金増強を力説し、そのあと、“荒武者隊長”の異名を持つ業務担当の荒武常務が、頑丈な肩をマイクへせり出し、機関銃のような勢いで、喋《しやべ》っていた。

「頭取をはじめ、各役員方から繰り返し、本会議の趣旨が説明されましたように、今年は預金増強の年であります、振り返ってみれば、昨年は念願の八千億預金を達成、都市銀行の年間平均伸び率一五パーセントを大幅に上回る良好な成績をあげました、しかし、八千億から若干、足踏み状態が続いて、業績が今一つ冴《さ》えない、折しも、頭取の開会の辞にもありました如《ごと》く、今年は金融再編成が推し進められる激動の時期であり、当行にとっても存亡の岐路にあたって、是が非でも今年度中に二千億の預金を増強して、一兆円の大台を達成したい、そのために全国支店長の皆さんに一大奮起をお願いする次第であります」

 大会議室に響き渡るような大声でまくしたてると、机上のコップの水を飲み干し、またも息もつかせぬ勢いで喋りつづけた。

「まず、二千億の月別目標額でありますが、上期《かみき》九月までに八百億、下期《しもき》来年三月までに一千二百億、それをめど[#「めど」に傍点]に各店の月別目標を割り出して戴《いただ》きたい、むろん二千億という目標額は、前年度の二倍に相当する額である、したがって、今、各支店から申告を受けている今年度の目標額を集計すると、二千億にはほど遠いので、早急《さつきゆう》に思いきった積極目標に切り替えて、再申告をしてほしい、その際、自分の店一つぐらいはというような気持は、ゆめゆめ持たぬよう、百三十カ店で二千億の神輿《みこし》をかつぐという気概でやって貰《もら》いたい。

 次に、預金獲得作戦の大綱について述べる、これは、徹底的な大衆化作戦につきる、そのための具体的な方法、それは店周《みせまわ》りの塗りつぶし作戦であります、少なくとも各支店の半径五百メートルの中にある得意先は、阪神銀行で塗りつぶして貰いたい、それを可能にするためには、得意先係の訪問軒数を今までの二倍のペースに引き上げ、支店長自らも半径五百メートルの地域は隈《くま》なく步いて貰わねばならない、結果として来客数が必ず増える、要するに、支店長と得意先係は、たとえれば、勢子《せこ》の如く客の追込みに徹し、店内にあっては、次長以下、できる限り優秀な者を窓口に出して、接客に努め、がっちりと客をつかむことである」

 荒武は、預金者と行員の関係を荒武調の表現でずばりと云《い》い、

「最後に、支店長の心構えについて、この際、改めて皆さんに要望します、それはまず、支店長とはこういうものだという既成概念から脱却することである、朝九時十五分前に出勤して、朝礼をし、来客の応対、伝票の査閲のあと、店内を一巡して、ことがなければ帰る、それが支店長だというイメージをかりに皆さんの中の誰かが持っているとしたら、それは大きな間違いであって、支店長に勤務時間制限はない、各々《おのおの》が己れの才覚に応じて考え、働いて貰うことで、才覚のある者は七時間でもよし、八時間でもよし、能力のない者は二十四時間、その一言に尽きる、もちろん、皆さんにそれだけ要求する限り、この荒武個人の生活はない、私の体力と時間が許す限り、一兆円達成まで、諸君と共に馬車馬の如く働く覚悟である」

 吠《ほ》えるようにぶちまくったあと、荒武は、そう云い添えて、支店長たちの情感に訴えるこつ[#「こつ」に傍点]も心得ていた。それまで、小心な支店長たちは、従来の二倍の凄《すさま》じいノルマを思って青くなったり、エリート.コースを步むインテリ支店長は、荒武の進軍ラッパ調にうんざりしてメモをとっていたが、最後の泣かせ文句には、誰しも引き入れられるような表情をし、役員席中央の万俵頭取も満足げに頷《うなず》いていた。

 荒武は、さらにコップに水をつぎたし、一気に飲み干し、

「以上の営業方針に対して、もし異論があれば、今から遠慮なく発言して貰いたい、今日は月並の支店長会議ではないのだから、不審な点は、みんなで解明しようではないですか」

 語りかけるように云ったが、さすがに第一番に挙手する者はない。荒武は、手もとの全国支店長の名簿を拡《ひろ》げながら、

「下関支店長、何かご意見はありませんか?」

 と指名した。見るからに、預金集めで叩《たた》き上げて来た感じの下関支店長は、中程の席から弾《はじ》かれたようにたち上り、マイクに向ったが、がたがたと足が震えて、言葉が出ない。百三十人の支店長の中で、第一番に指名された感激と、頭取以下全役員に能力をテストされるような重圧感を感じたのだろう。下関支店長に限らず、例年、会議の第一番に指名を受ける支店長は、光栄ある立場でもある。今年こそ指名されはしないかとびくつきながらも、指名されなければされないで、無視されたような思いを味わうのも、全国支店長会議に臨む支店長たちの偽らざる心境であった。

「し、失礼します」

 まだ四十半ばというのに若禿《わかはげ》の下関支店長は、足の震えを止めるために、いきなり靴を脱ぎ、靴下のまま床に突ったつと、ようやく喋りはじめた。

「只今《ただいま》の荒武常務のお話は、まさに戦機至れりの感が深いと思います、かねがね自分の店では、本行より一ランク上位の平和銀行下関支店がすぐ向いにあるところから、これを仮想敵国に擬して殲滅《せんめつ》作戦を実行して来ました、方法としてはライバルのお得意先へ重点的にアタックをかけることで、敵が三回行けばこちらは五回、向うが八時出勤なら、こちらは七時半と、朝礼に軍艦マーチのレコードをかけて士気を昂揚《こうよう》させ、雨の日も風の日も、女子行員も加わって攻めに攻めまくりました、その結果、戦果は日増しに上って、地元では阪神銀行ほど熱心な銀行は他《ほか》にないという声が高まり、今や下関の阪神か、阪神の下関かと云われるまでに至っておるのであります」

 足の震えはやっと止まったが、昂奮で上気し、マイクに唾《つば》を飛ばさんばかりの口調で云った。その猛烈ぶりと軍艦マーチまで鳴らすという悲壮さに、居列ぶ支店長たちは、思わず笑いを噛《か》み殺し、万俵頭取まで失笑しかけると、下関支店長は、頭取の表情には気付かず、周囲の支店長を睨《にら》みつけた。

「皆さん、何が可笑《おか》しいんです! 私は、かねてより頭取がおっしゃっておられる通りのことを忠実に実行しとるのであって、なんら笑われる筋合はない、今も昔も銀行は、頭でなく、足で稼《かせ》ぐもんだと、私は信じて疑っておらんのです!」

 大声でそう云うと、万俵頭取は顔から笑いを消し、傍《かたわ》らの大亀専務を振り向いて、下関支店長の経歴でも聞いているのか、大亀専務のさし出す支店長名簿を見ながら頷いた。笑っていた支店長たちは俄《にわ》かに緊張の色をうかべた。

 前方の席から、手が上った。一橋大学出身の三十九歳のエリートで、東京の新宿支店長であった。

「只今の下関支店長のお話は、まことに勇ましく、第一線の気概は、そういうものでありたいと思います、しかし、冷静に考えますと、預金が伸びるかどうかという決め手は、行員の質と量の綜合《そうごう》であり、貸出しの枠《わく》であり、経費でありまして、そのすべての面で、当行は経営の効率を重んずるあまり、預金増強の手段において少し不足しているところがあるように思います、その点、本店の方で、ご検討いただきたいと存じます、特に当店の場合、全店の中でも特に優良な地盤と思われるにもかかわらず、人の面でも、金の面でも、極めて予算の配分が薄く、もっと重点的な配分を本店の方で約束して戴かなければ、従来の倍増の預金目標到達には、正直なところ、責任をもちかねる次第であります」

 激戦地で日夜、神経を磨《す》り減らしている支店長の立場から、はっきりとした意見を述べると、荒武はすかさずマイクを引っ掴《つか》んだ。

「なるほど、君のところは周辺に七つの都銀、地銀、信託銀行が入り乱れて、大へんだろう、曾《かつ》て私も大阪難波《なんば》支店長を経験し、都心部の支店長の辛《つら》さは手に取るように解《わか》る、しかし、資金、兵力に限りがある以上、私は将棋でいう步《ふ》を金《きん》にする方法をあれこれと考え、前支店長がCクラスと査定した人間をAクラスの行員として使いきった、金にしても物にしても、要は使いようで、その面で工夫する方法がないか、君自身で今一度、充分に考えて貰いたい、それでもなおかつ不満があるなら、今週中にも、私が君の支店へ行って、洗いざらい問題点を究明し、一緒に爾後《じご》の対策を考えようではないですか」

 百戦錬磨の預金競争を経て来た常務らしく、荒武は抽象的な不満は許さないかわり、行動は頗《すこぶ》る早い。新宿支店長がたじたじとなってひき下ると、すぐ、二、三の発言者の手が上り、預金増強の論議は、白熱していった。

 最後に最前列の本店営業部長がたち上り、支店長を代表した形で、本店と支店とが一体となって預金増強の目標を目指す決意を述べはじめた時、総務部長が芥川常務に何事か耳元で報告し、次いで芥川が万俵頭取に伝えると、そそくさと席をたって行った。

 本店営業部長が着席すると、会議の午前の部は終り、午後からは分科会に移る予定であったが、総務部長が、

「頭取から緊急に、皆さんにお話しされることがありますから、ご静聴下さい」

 と告げた。万俵は徐《おもむ》ろにマイクを引き寄せ、

「実は只今、さる筋から入った緊急情報によりますと、平和銀行京都支店で、先月中頃、六億円に及ぶ支店長の不正融資事件が発生し、このほどそれが警察当局の察知するところとなって、事件は今日明日中にも報道されるということです」

 静まり返っていた大会議室に、騒《ざわ》めきが起った。六億円という金額の大きさもさることながら、それが阪神銀行より一位上のライバルの平和銀行で発生し、しかももみ消しがきかずに警察当局によって摘発され、世間に公《おおやけ》にされるということへの陰湿な快哉《かいさい》であった。しかし、万俵頭取は、ことさらに厳しい表情で言葉を継いだ。

「昨今、銀行にからむ不正事件が頻発《ひんぱつ》し、預金者、警察当局のみならず、われわれ銀行マンの心胆を寒からしめているが、諸君らの監督下で事件発生の温床になっていることはないか、この際、徹底的に点検し、あらゆる部署における二重チェック.システムを、一層、引き締めて貰いたい、と同時に、先程来、荒武常務から、随分、激しい作戦指令が出され、諸君らは相当なショックを受けられたと思うが、今こそ第九位の平和銀行に追いつき、さらに追い越す絶好のチャンスであり、必ずや一兆円預金はやり遂げて戴きたい、なお今、発表するわけにはいかないが、私がこのように強く諸君にお願いする限りは、それだけの抱負があり、その結果は、必ずや諸君らの将来を今以上に明るくする自信と成算があるからである」

 と言葉を結んだ。銀行合併をもくろんでいる万俵の意中を聞き知っている大亀専務以外の者には、万俵の言葉の真意は推し量れなかったが、支店長の不正融資で躓《つまず》いたライバル行の平和銀行の弱り目に乗じて順位逆転を計ろうとする意欲と熱気が、“一兆円必達成”をかかげた全国支店長会議の大会議室に渦巻いた。

 午後からの分科会が終了すると、阪神銀行会館で慰労パーティが催された。万俵頭取以下、全役員も出席していたが、万俵はパーティの開かれているホールの隣室で、芥川とひそひそと話し合っていた。平和銀行京都支店の不正融資事件についての詳細を聞いているのだった。

「そうすると、事件は案外、根深いというわけだね」

「そうです、今度の事件は、昨年の春から端を発していたようで、資本金二千万円の京都土地開発株式会社に、京都支店長が、僅《わず》か一年余りの間に六億も不正貸付をし、事件が発覚しそうになった先月はじめ、京都土地開発の社長と支店長が、突然、姿をくらまし、警察が支店長宅を家宅捜査すると、京都土地開発から受け取ったとみられる現金約二百万円と外車が出て来たそうです、しかし、そんな巨額の金を、一支店長の独断で融資できるはずはなく、私が得ました情報では、平和銀行頭取の“顔貸付”が、事件の根本原因だそうです、何しろ、平和銀行の頭取は、日頃から政治家とのつき合いが派手な上に、土地開発というような地元代議士が入り込みやすい性格の融資を扱ったために、こんな大事件に発展してしまったのだと思われます」

「ふむ、それにしても、どうして表沙《おもてざ》汰《た》になってしまったのだ、そこのところを知りたいねぇ」

 万俵は、表情を変えずに聞いた。というのも、こげつき融資については、多かれ少なかれ、殆《ほとん》ど軒並といっていいほど、どの銀行も隠し持っている傷だったからだ。銀行は信用保持のためにあらゆる手段を尽して外部に洩《も》れるのを防ぎ、やむなく大蔵省に届けねばならぬ羽目になっても、その大蔵省にして、監督不行届の世論を恐れて警察へ届けろとは決して云わない。それがこの世界の常識であった。それだけに、平和銀行の場合、どうしてもみ消せなかったのか、万俵は腑《ふ》に落ちなかった。

「そこなんです、私も、そこのところを突っ込んで調べさせたところ、平和銀行としては、既に二カ月前からわかっていて、あらゆる手段を尽して、債権の確保に努力して来たらしいのですが、ことが土地問題だけに、地元暴力団に介入され、それ以上、隠していると、手の打てる債権保全、抵当物件の差し押えも出来なくなるばかりか、根こそぎゆすられる危険も出て来たため、致し方なく、警察に届け出たのが真相だそうです」

「土地か――、土地開発の融資は政治がからみやすく、一番難かしいし、危ない、ともかく最近は、以前にはそうなかった金融事犯が頻発しているのだから、役員たちは特に留意することだな、そんな事件が起れば、せっかく血みどろの預金合戦を展開して勝ち得ても、血と汗の結晶を溝《どぶ》に捨てることになるのだからねぇ」

「預金といえば頭取、ここ一カ月来、富国銀行がやかましく云って来ている預金の相互受払いに関する業務提携ですが、そろそろ本店の正式回答を出して戴きたいと思います、あまり回答をひき延ばすのも、得策《とくさく》ではございませんので――」

「うむ、その件は荒武常務と渋野常務にもよく検討させたが、提携しようという結論に達したよ」

 万俵が応《こた》えると、芥川は呑《の》み込めぬ表情で、

「――しかし、富国銀行の動きを一番、警戒されていたのは、頭取ご自身ではございませんか、いかに預金面でメリットがあるとはいえ、都市銀行間で未《ま》だ例のない預金の相互受払いなどをすれば、富国銀行の思うつぼ[#「つぼ」に傍点]ではありませんか」

「さすがの君にも、私の真意が見抜けないらしいが、この際、君にも云っておこう、私は上位行に食われる合併を余儀なくされる前に、食う合併をもくろんでいるのだ」

「えっ、当行が合併を――」

 芥川は驚愕《きようがく》した。

「その通りだ、全国支店長会議で一兆円必達成のスローガンを掲げ、預金獲得競争にはっぱ[#「はっぱ」に傍点]をかけているのも、富国銀行との業務提携に応じるのも、食う合併をするための体力づくりのためなのだ、この話はパーティが終ったあと、席を替えてゆっくり話し合おう」

 万俵はそう云うと、何事もなかったような表情で、支店長慰労パーティの席へ戻って行った。

 ホール一杯に、オードブルや寿司《すし》の載ったテーブルが幾つも並び、百三十人の支店長たちは、昼間の緊張から解きほぐされた表情で、ビールやハイボールを飲みながら、久かたぶりに顔を合わせる遠隔地の同僚と歓談している。役員たちは、預金増強の発破《はつぱ》をかけた後だけに、日頃の取りすましようとは打って変り、今日ばかりは支店長たちの間を縫うように步いて、頻《しき》りに犒《ねぎら》いの言葉をかけたり、肩を叩いたりしている。万俵は、そんな中で、大阪の池田支店の角田支店長を眼に止めると、その方へ近付いて行った。

「角田君、万博会場への道路買収の預金は、しっかり頼むよ、あと一カ月程の勝負だからねぇ」

 その預金争奪戦で、連日連夜、不眠の努力を続けている角田支店長は、窶《やつ》れの見える顔に感激の色をうかべた。

「頭取、ご期待に添うべく、行員一同、日夜、努力致しております」

「うむ、万博関係の預金の獲得は各行の面子《メンツ》をかけた戦いだから、大いに期待しているよ」

 励ますように角田の肩をぽんと叩き、さらに周辺の支店長たちにも、端正な顔に笑いをうかべて、一人一人を犒って行った。

 午前八時三十分、まだシャッターを下ろした阪神銀行池田支店では、ロビーに六十七人の全行員が集まり、朝礼が開始された。

 二日間の全国支店長会議に出席した角田支店長は、厳しい表情で行員一同に向って訓辞していた。

「ともかく万博会場への道は制覇《せいは》しなければならない、諸君は今までもよくやってくれたが、一兆円必達成のスローガンの下で、全国支店の士気を昂揚する第一の戦いが、このわれわれ池田支店の万博作戦であるわけです、それだけに本店の期待は従来にも増して大きく、頭取じきじきに、是非とも頑張って貰《もら》いたいと、私に言葉をかけられ、肩を叩いて励まして下さったのです、万博土地代金の獲得を目ざして二年、十数行入り乱れての激戦に、無理がたたって、病気で倒れた人もあり、支店長としてどんなに辛い思いをしているかしれません、しかし、この長い戦いも、いよいよあと一カ月先の六月二十日には、土地買収の交付金がおりる、そしてその瞬間に、勝敗が決するのです、“他行に負けるな! 頭取の期待に応えよう”を合言葉に、五億円の目標額を目指して、頑張り抜いて下さい」

 万国博の会場そのものの土地買収は、既に終っていたが、万博関連事業として、大阪府が会場周辺の道路買収に乗り出したのは二年前であった。そして、万博中央口から宝塚に至る大阪中央環状線が、池田市南部の農村地帯を横断することになり、その用地買収金五十億円をめぐって、ここ二年、十数行が入り乱れて、苛烈《かれつ》な預金獲得合戦を繰り拡げているのだった。

 角田支店長の悲壮感の籠《こも》った訓辞に、預金獲得の第一線である得意先係はむろんのこと、内勤の行員たちも表情を引き締めて、九時きっかり、正面玄関のシャッターが開かれる直前に、各自、敏速に部署へついた。角田支店長は、支店長席へ戻ると、万博班のチーフである岡村を呼んだ。

「お呼びですか、支店長――」

 岡村は陽灼《ひや》けした顔で、支店長席へ足早に近寄った。高卒で入行して十八年、預金業務一筋に打ち込んで来たベテランで、万博道路の用地買収が始まる前までは、姫路支店に長らく配属されていたが、出身が用地買収の行われる近在の農村出身であるところから、二年前に池田支店へ引き抜かれ、土地買収該当地の農家に貼《は》りついていたのであった。

「君はこのところ、朝は六時、夜は十二時過ぎまで農家を廻って、疲労困憊《こんぱい》しているだろうと思うが、あと一カ月の辛抱だ、頑張ってくれ給《たま》え」

 と励ますと、岡村は三十六歳とは思えぬ童顔で、

「お百姓相手では、朝早くか、夕方過ぎでないと話し込めませんから、仕方ありませんよ、幸い、今日はこんな雨降りで、大方の農家は、家にいるはずでしょうから、四、五十軒廻るつもりです」

 睡眠不足をふっきるように明るい笑顔で云った。

「じゃあ、今日は私も君の車で、一緒に廻るから手土産を載せておいてくれ給え」

「そう願えると、有難いです、ではすぐ準備して、通用門のところでお待ちしています」

 岡村はそう云うなり、踵《きびす》を返した。角田も支店長室へ入り、手早く着ている背広を脱いで、ロッカーの中から筋目のとれたズボンとジャンパーを出して着替え、靴もゴム長靴に履き替えた。農家の人たちに、支店長然とした違和感を与えないための配慮でもあった。角田は、鏡に映った自分の姿を見て、さすがにやりきれない思いがした。何が何でも頑張れと行員たちに云いながら、最後の追込みの時期に突入して、自身が心身ともに疲れ、健康を損っているからでもあった。行員たちにはひた隠しにしていたが、持病の狭心症がひどくなり、一昨日《おととい》の全国支店長会議のあとのパーティで、万俵頭取に肩を叩かれた直後も、発作が起って、トイレットに駈《か》け込み、長い間、踞《うずくま》っていたのだった。

 しかし角田は頭を振り、強いて勢いよく支店長室を出て行った。ジャンパーにゴム長靴の姿は、誰の眼にも陣頭指揮にたつ勇ましい支店長として映った。

 どしゃぶりの雨の中を、岡村の運転する軽四輪車は、駅前の大友銀行、五和銀行、池正銀行、浪花《なにわ》相互銀行などの建物がずらりと並ぶ国道を通り抜け、目的地の北轟木《とどろき》、宮前《みやまえ》方面へ向けて右折すると、間もなく舗装道路がきれて、でこぼこの田圃《たんぼ》道になった。道の両側には、田植を目前にひかえて、どの田も水が一杯に張られ、苗代の早苗が、ところどころに緑の小島を形作っている。

 北轟木へ入ると、道はさらに細くなり、昔ながらの藁葺《わらぶき》の農家が目だって来る。岡村は、その中の門が半ば崩れかかった一軒の家の前で車をとめた。この家は、池田インターチェンジが造られる予定地に、三反の土地を持っており、坪当り価格八万三千円見当として、約七千五百万円の交付金がおりることになっている。

 雨の中を走って門の中へ駈け込むと、放し飼いの犬が牙《きば》をむき出して吠《ほ》えたてたが、大事な得意先だけに、石を投げることも出来ない。岡村は、その犬にまで、よしよしと愛想笑いを振り撒《ま》き、たてつけの悪い土間の戸を開いて、角田支店長ともども中に入った。

「お早うございます、阪神銀行の岡村です」

 家中に響き渡るような大声をかけると、奥から主《あるじ》が、顔を覗《のぞ》かせた。角田支店長はすかさず、

「いつもお引きたてを戴《いただ》いております、今日は田植前にもって来いの雨で、幸先がよろしいようで――」

 池田支店へ来るまでは、農業の“の”の字も知らぬ角田であったが、まず如才なく農家向きの時候の挨拶《あいさつ》で口を切った。

「いやあ、支店長さんこそ、この雨の中を大へんですな、まあ上んなはれ」

 中川留市《とめいち》は、支店長自ら足を運んで来たことに満足そうな笑いを浮かべ、岡村にも上へあがるようにすすめながら、欲深な細い眼を岡村の持っている包みにちらちらと走らせた。角田は、それを感じとると、すぐ岡村の手から罐詰《かんづめ》セットの包みを受け取り、上り框《がまち》にさし出しかけて、眼を瞬《しばたた》いた。入って来た時は、土間の暗さに眼が馴《な》れず、気が付かなかったが、土間を入ったすぐ右側の上り框には、浪花相互銀行と熨斗《のし》紙をつけた清酒五本、轟木農協としたためたガス.レンジをはじめ、各銀行、信用金庫から持ち込まれた調味料セット、バスタオル.セット、罐入りの洗剤、石鹸粉《せつけんこ》から手拭《てぬぐ》い一本に至るまで、これ見よがしにずらりと並べたてられている。

「これは、これは、ご壮観なことで、さすがは中川さんのお宅でございますね」

 角田支店長は、罐詰セットをさし出した。

「どうも、こんなお気遣いを戴かんでもよろしいのに、へっへっへっ」

 口ではそう云いながらも、受け取ると、臆面《おくめん》もなく、それを、各行から貰った品物の列に加え、女房に茶の用意を云いつけた。

「いや、どうぞおかまいなく――、それより、いよいよ、交付金がおりるのも一カ月先となり、おたくには七千五百万がおりるわけですが、それでも田圃を取られますと、これから何かと大へんですね、もう今後の生活方針のめど[#「めど」に傍点]はおたちですか?」

 頭から預金を預けてくれとは云わず、まず相手が、一番気懸《きがか》りにしていることを持ち出した。

「さあ、そこですわい、わしら生れてこの方、百姓一筋で、それ以外のことは、なんにも出来《でけ》んし、知らんので、仰山な交付金を貰うても、どないに使うたらええものやら解らん、五和銀行や大友銀行の人は、アパート建てたらとか、替地《かえち》を探そうとか云うて、親身に心配してくれてるのやけどな」

 上眼遣いに、角田支店長を見て云った。阪神銀行にとって、大友銀行や五和銀行の名前をちらつかせるのが何より手痛いことを知った上での小ずるいもの云いであった。

 岡村は慌《あわ》てて、支店長の横から口を挟《はさ》んだ。

「しかし、一口にアパートと云っても、昨日もお話ししたように、どなたもが建てられるようですよ、それに替地にしても、等額替地にしはったら、そら、税金はかかりませんが、買収が決まった翌日から、この辺りの地価は一挙に買収価格の二倍から三倍に跳ね上ってますから、実際問題として、うま味がないのとちがいますか?」

 遠廻しに、大友、五和銀行の案にけちをつけた。この二年間、たとえ千円の預金の出し入れにもスクーターを飛ばし、主《あるじ》の母親がリューマチで池田駅前の病院に通院すると聞くと、車で送り迎えしてサービスにこれ努めて来た岡村にとって、ここで他行に油揚を攫《さら》われては、泣くにも泣けない。角田支店長も、

「そうですとも、目先のことにつられて、慌てていろんな投資をするより、お宅には高校を頭《かしら》に五人のお子さんがおられるのですから、じっくりお子さんの将来を見極めて、生活設計をお考えになるべきです、ひとまず、銀行預金になさって、折を見て、山林や農地をお買いになるのが一番手堅い方法だと思いますよ、当行は、幸いなことに系列に万俵不動産をもっており、阪神間の土地に関しましては、どこよりも有利な物件を探させて戴く自信があります、税金面については、当行本店に元税務署員を入れておりますので、不動産の方と一体になって、有利なお計らいが出来ると存じます、もしおよろしければ、一度不動産の方からお宅へお伺いさせましょうか?」

 と云うと、中川留市は、露骨に貪欲《どんよく》な表情で、体を乗り出した。

「そら、ええな、税金やなど、たとえ百円でも余分に持っていかれるのは胸糞《むなくそ》わるいよって、是非聞かしておくんなはれ」

「承知しました、早速、明日にでも、こちらへお伺いさせます、では、交付金の方、何分ともによろしくお願いします」

 畳み込むように云い、頭を下げた。預金を頼み込む時は、十分間の話のうち、最後の一分だけで頼むのがこつ[#「こつ」に傍点]であった。岡村も、

「どうもお邪魔しました、田植の日には、女子行員も引き連れて手伝いに参りますから、ご一報下さい」

 と云い、上り框の塵《ちり》を払うようにして家の外へ出た。雨はやや小やみになっていたが、角田支店長と岡村は、次に一億二千万円の交付金がおりる地主の家へ向った。

 門前まで来ると、既に泥だらけの車が一台止まっている。

「大友銀行ですよ、この車は」

 岡村がそう云った時、門の中から大友銀行池田支店長と得意先係が、雨の中を傘なしで出て来た。向うも角田たちと同じようなゴム長靴姿で、

「どうです、大分、獲《と》れましたか?」

「いやあ、どうして、さっぱりですよ」

 曖昧《あいまい》に言葉を濁すと、

「まあ、お互い、あと一カ月、体を持たせて、せいぜい頑張ることですな」

 にやりと不敵な笑いを見せてすれ違って行った。角田はそのうしろ姿を見遣《みや》りながら、鎬《しのぎ》を削る激甚《げきじん》な競争を続けて相手行を蹴散《けち》らし、五億円のノルマを達成しなければならぬかと思うと、息苦しい思いに駈られた。

 *

 金融検査官の田中松夫は、主計局次長の美馬と会うために、いつもより少し早目に大蔵省を退庁した。二丁程、溜池《ためいけ》の方へ步いてから、タクシーを拾い、弁慶橋の小料理屋『染八』に向った。

 約束の時間は六時であったが、一カ月前に、美馬から、都市銀行十二行中の六位から九位までの経営実態のマル秘検査資料のコピーを都合してくれと頼まれ、やっと入手した昂奮《こうふん》から、約束の時間までじっとしていられなかったのだった。美馬が都合してくれというコピーは、検査した銀行に『講評』という名で通達されるそれとは別に、大蔵省に保管されているもう一通の資料であり、そこには銀行経営の内容講評だけではなく、頭取の融資態度、能力、時には私生活をも記入し、場合によっては頭取のポスト、一行の動静をも左右し得る、文字通りのマル秘検査報告書であった。それにもかかわらず、極秘裡《ごくひり》に持ち出して来たのは、美馬の「舅《おやじ》の阪神銀行の系列下にある白鷺《しらさぎ》信用金庫に、常務クラスのしっかりした人物がいなくてねぇ」という、暗に退官後の行き先の面倒を見ようという言葉に惹《ひ》かれたからであった。

『染八』の前で、タクシーを停めると、田中松夫は、落ちつきなく左右を見廻してから、暖簾《のれん》をくぐり、二階の小座敷へ上った。

「いらっしゃい、お待ちしてましたわ」

 この前と同じ仲居が顔を出し、うしろへ廻って上衣をとりかけた。

「いいんだよ、お客さんが来られるから」

「あら、おたくがお客さまじゃありませんか、さあ、どうぞお寛《くつろ》ぎになって、先におビールでも召し上って――」

 美馬から云われているらしく、床の間の席をすすめ、ビールを運んですぐコップに注いだ。間近に見ると、もう三十五、六だが、胸から腰にかけての肉付きがむっちりとしている。六年前、大阪のさる銀行の饗応《きようおう》を受けて、それがきっかけで危うく汚職事件にまでなりかけたのを美馬の手でもみ消して貰ったことがあるが、その時のキャバレーのホステスと体つきが似ている。

「君は、どこの生れだい?」

 田中は五十に手の届く齢《とし》をしながら、女に近付くと、すぐ好色になる眼つきで聞いた。

「私? 私は滋賀県、ほら、琵琶湖《びわこ》のあるあの近くですよ」

「道理で、僕も同じ関西の、兵庫県の生れだよ、ここには長いのかい?」

「ええ、三年になりますのよ」

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