万俵は、椅子をたって、窓に寄り、空を見上げた。雲が切れ、風がありそうであったが、青く澄みきっている。まず鉄平と銀平が、次いで自分が志摩を出発したあと、妻と相子、鉄平の嫁と子供たち、二子、三子たちは、二台の車に分乗して、伊勢志摩のスカイラインを眺望して、今頃は自邸に向っているだろうと思うと、気持が和んだ。毎年、一族を伴って志摩半島へ出かけ、銀行の頭取という公人の立場を忘れて、完全に休息できるのは、考えてみれば、一年に年末からの四日間だけであった。
扉をノックし、秘書の速水が入って来、役員会食の時刻であることを告げた。
万俵大介は、車の背にゆったりと体をもたせかけ、年末から四日目に帰る自邸に向っていた。正午からの役員会食の後、商工会議所の新年名刺交換会、さらに関西銀行協会の年賀パーティをすませて来た万俵大介は、若い時からゴルフで鍛えて来た体とはいえ、さすがに疲れを覚えていた。
阪急岡本の駅まで来ると、車は山手に向って坂道を上りはじめる。車の正面に、六甲山脈が列《つら》なり、その豊かな稜線《りようせん》から、小さな山々の尾根が襞《ひだ》のように柔らかく重なり合いながら、分れている。その一つが、万俵家が数千町步にわたる山林を所有している天王山の尾根であった。六甲山の山頂はまだ明るかったが、手前の天王山のあたりは日がかげりはじめている。姫路の播州平野の地主であった先祖が、なぜ阪神間のこの辺りの山にまで手を出していたのか詳《つまび》らかではなかったが、亡父の敬介にしても、祖父の龍介《りゆうすけ》にしても、地方の地主におさまりきらぬ野心家であったから、第一次世界大戦の時、万俵船舶で得た巨万の富を分散し、投資する意味で買い入れておいたものらしい。
天王山に登る山裾《やますそ》の坂道を六丁ほど上ると、海を見下ろす高い丘になり、そこが万俵家であった。天王山を背にして鬱蒼《うつそう》とした樹木に囲まれた一万坪に及ぶ敷地であったから、外からは建物はもちろんのこと、邸内の様子も全く見えない。御影石《みかげいし》を積んだ大きな門の前まで来て、はじめてそこが人の住んでいる邸《やしき》であることが解《わか》る。
門の前で車が停まると、突然、辺りの静かな空気を破り、威嚇《いかく》するような犬の遠吠《とおぼ》えが聞えた。門の大扉《おおとびら》が開かれ、
「旦那《だんな》さま、お帰りやす」
門脇《わき》の夜警室から、庭番夫婦が出迎えると、その背後《うしろ》から風を切るような音をたて、小牛ほどの犬が走って来、車から下りたった大介の周《まわ》りに尾を振って群がった。愛犬のファウン.グレートデン三頭であった。黄金色の滑らかに光る毛並を輝かせ、体高八十センチ、体重六十キロの大きく引き締まった体躯《たいく》と、頭の頂から鼻柱にかけての線と眼に品位があり、万俵家の犬らしい格を備えている。
門から玄関まで五分程かかったが、大介は門のところで車を下り、玄関まで步くことを、運動不足になりがちな毎日の散步代りにしている。大介は三頭の愛犬を従えて、緩《ゆる》やかな坂を上って行った。中程まで上ると、裏山の谷川から引いた水が流れ、流れにかけた石橋を渡ると、スペイン風の赤い屋根と白い塔が見えて来る。大介はそこで足を止めて、いま上って来たばかりの方向を振り返ると、愛犬たちも同じようにそこに踞《うずくま》った。眼下に芦屋《あしや》、岡本、御影など阪神間の街が一望のもとに見渡せ、その先には神戸港の海が広がり、海を埋めたてた灘浜《なだはま》臨海工業地帯が凸字《とつじ》型に突き出、工場群の煙突が並んでいる。そしてその東端の、一際《ひときわ》大きな煙突が、長男の鉄平が経営にあたっている阪神特殊鋼で、黒ずんだ煙を今日も吐き出している。毎日、見馴《みな》れた風景であったが、大介は、朝、邸を出る時と帰って来た時、必ず邸内の道の中程にたって阪神特殊鋼の煙突を眺める。したがって三頭の愛犬たちも、凜《りん》とした眼で大介と同じ方向を見、時々、甘えるように小牛のような体を擦《す》り寄せ、冷たい鼻先を大介の手に擦《こす》りつける。
玄関に近付くと、スペイン風の洋館だけではなく、野石積みの石塀《いしべい》を隔てて、数寄屋《すきや》造りの日本家屋が、見事な対比を見せている。和洋合わせて三百坪余りの建物であったが、洋風好みの大介は、殆ど洋館の方を使っている。急に三頭の愛犬が土を蹴《け》って走り出した。
玄関の厚い大きな扉が開き、ポーチに人影が現われた。妻の寧子《やすこ》と愛人の相子《あいこ》であった。来客の時は別として、大介の毎日の送り迎えは、女中たちに任さず、寧子と相子の二人ですることになっている。スペイン式の彩色タイルを貼《は》り詰めた広いポーチの左と右に別れ、寧子は渋い薄紫の和服、相子はローズ色のツーピースで、大介がポーチに着くまで、それぞれの姿勢と眼《まな》ざしで迎えている。大介はそのどちらにも視線を向けず、まっすぐ玄関のポーチに向って步いて行く。そして一步、玄関に入った時から、万俵大介は、阪神銀行の頭取という公人の立場を離れ、世間から完全に遮断された処《ところ》で、もう一人の万俵大介の生活が始まる。
玄関から居間までの間に、かなり広いホールがある。両側に、来客用の応接室とダイニング.ルームがあり、床にスペイン式の雪花模様の彩色タイルが貼り詰められ、渋いグレイと黒に統一された銀行の頭取室とは、全く正反対のカラフルな明るさに溢《あふ》れている。妻の寧子は、大介のすぐうしろを步きながら、
「今日は、お疲れでございましたでしょう、志摩をお発《た》ちになりましたのが、五時でございましたもの――、私たちは正午までゆっくりして、発ちましたからよろしゅうございましたけど――」
まだ帰って来たままの装いらしく胸高に帯を締め、関西訛《なま》りのゆっくりとした語調で、云った。
「そりゃあ、よかった、私は少々、疲れたな」
銀行にいる時とは別人のように解放的で明るくふくらみのある声で応《こた》え、居間に入って行った。スペイン松の太い梁《はり》を張り出した天井から、鉄製のランタンが吊《つ》り下げられ、部屋の正面に、背丈に近い高さの大きな暖炉がある。暖炉を囲む皮張りの粗野な趣を持った椅子《いす》も、樫《かし》の頑丈なテーブルも、壁に掲《かか》った壁掛《タピストリー》もすべて先代がスペインから船便で取り寄せた調度であった。大介は暖炉の上のパイプたてから、ダンヒルのストレート.グレーンのパイプを取った。一本の木から一つしか取れぬ木目《もくめ》の通ったもので、ここ二十年来、愛用しているパイプであったが、五分刻みの日程で動いている銀行では、パイプなどくゆらせている余裕がない。帰宅して、愛用のパイプを口にくわえ、火を点《つ》ける時が、一日のうちで一番、解放感を感じる時であった。その間、相子は、ツーピースの上衣を安楽椅子《ソファ》に脱ぎ捨て、ブラウス姿で女中たちを差配して、お茶を運ばせ、暖炉の火加減を見させた。地下にボイラー室があり、他の部屋は暖房していたが、大介の好みで、居間だけは暖炉の火で暖めることになっていた。火加減が整うと、相子は大介のうしろに廻って上衣を脱がせ、新年用に新調しておいた絹のガウンを羽織らせた。女中たちをてきぱきと指図し、
「今日はお年賀のパーティが多かったと存じますが、お食事はすぐなさいます?」
相子はその日の大介の日程を頭において気を配り、行動している。
「そうだな、先に風呂《バス》を使いたいが、今日は久しぶりに、新年らしく檜《ひのき》の湯槽《ゆぶね》の方がいいが、できるかい」
「でも、あちらのお湯殿ではお寒いのではございませんかしら、それに今日はまだ焚《た》いていないのでは――」
寧子が云うと、
「いえ、そうお望みではないかと思って、ご用意致しておりましてよ、どうぞ」
相子はそう云い、女中たちに旦那さまがご入浴ですよと、云いつけた。ガウンに着替えた大介は、居間を出、ホールを横ぎって日本館の湯殿の方へ足を向けた。父の敬介が生前には日本館に住まい、大介夫婦が西洋館に住んでいたが、敬介が亡《な》くなってからは、日本館は冠婚葬祭以外には殆ど使わない。山裾である地形を利用し、渡り廊下に高低をつけた凝った普請《ふしん》であったが、今は客殿と呼んでいる来客用の広間と仏間と湯殿だけを時々、使っている。
湯殿の戸を開けると、齢嵩《としかさ》の女中が湯槽の蓋《ふた》を開けて、六、七坪はあろうかと思われる広い湯殿を湯気で温め、脱衣場にもパネル.ヒーターを入れていた。檜の大きな湯槽に入り、ゆったりと浸《つ》かると、気分が爽快《そうかい》になり、特に今日のように疲れている日は、芯《しん》から疲れがほぐれる。その上、湯殿が南向きの小高く突き出たところにあったから、邸内が見渡せ、昼間なら神戸の海まで見渡せた。大介は、第一次世界大戦の時、万俵船舶を興《おこ》して巨富を得た亡父が、広大な邸を構え、この海を見下ろす湯殿から神戸湾を出入りする自社の船舶を眺め、悦に入っていたのかと思うと、豪放な父らしいと思った。近くでファウン.グレートデンの吠《ほ》え声《ごえ》がした。
窓の外を見ると、二匹が凄《すさま》じい勢いで、背後の山に向って駈《か》けぬけて行った。夕闇《ゆうやみ》の中で金色の生きものが、風を切って疾走する美しい姿を見送り、大介は湯槽から上った。六十歳とは思えぬ筋肉質の締まった体であった。石鹸《せつけん》を体一杯に泡《あわ》だてながら、邸内へゆったり視線をめぐらせた。湯殿の東側の池を隔てた高みに、ル.コルビジェ風の白い建物があり、夜の灯りが点いている。長男の鉄平夫婦の住まいであった。灯りが各部屋に点いているところからみて、鉄平も今日は早く帰宅している様子だったが、大介たちと同じ西洋館に住んでいる次男の銀平と、娘の二子と三子の部屋は揃《そろ》って、灯りが点いていない。
湯殿から上り、洋館の居間に帰って来ると、暖炉の火が勢いよく燃え、冷えたビールとオードブルが用意され、寧子と相子とが向い合って、話している。大介は素肌の上にガウンを羽織った姿で、
「なんだね、その写真は――」
二人の間に置かれている写真を眼で指した。寧子は、困惑した表情で、
「銀平のお縁談《はなし》がまだ定《き》まっておりませんところに、相子さんが、また二子の縁談をお持ちになったので――」
「ほう、どこからの縁談《はなし》だね」
「オリエント電器の岩野さまのご長男さまで、結構なお縁談《はなし》です、でも、まず銀平の方から順番にお縁談《はなし》を定めて行きたいと、私は思うているのですけど――」
と云いかけると、相子はその言葉を遮《さえぎ》るように、
「銀平さんのように、いつまでもはっきりしない方の返事を待っていて、二子さんのいいご縁談を逃がしたりしてはつまりませんわ、第一、銀平さんの方は、数あるご縁談の中から大阪重工の安田さまと、京都大学の世界的な数学者でいらっしゃる三木教授のお嬢さまのお二方にしぼり、どちらかにおきめ戴《いただ》くことになっておりましてよ、それを銀平さんが、ぐずぐずとご返事を延ばしていらっしゃるのは、お厭《いや》だからではなく、あの人一流のいや味なポーズに過ぎないと思いますわ」
「でも、あんなに返事を長びかせているところをみると、何か考えるところがあるのかもしれませんし――」
寧子が、銀平をかばいかけると、
「銀平さんの考えって、一体、どんなお考えだとおっしゃるのです? 万俵家の婚姻は、普通の家庭の男女の結婚ではございませんでしょう、婚姻によって閨閥《けいばつ》を広げ、閨閥の力によって、さらに万俵一族、万俵コンツェルンを強大なものにしようという方針があるはずですわ」
「まあ、あなたはそんな……ご自分にお子さまがないから、そんなことがおっしゃれるのでございましょう」
寧子は、詰《なじ》るように云った。
「いいえ、私にとって二子さん、三子さんはもちろん、鉄平さん、銀平さんもみんな、自分の子供のように思っておりますわ、だって、私が家庭教師として情熱を傾けて教育し、りっぱに育てあげて参ったのですもの、或《あ》る意味ではお産みになっただけで、あとは人任せの寧子さまより、私の方が、お子さまの性格をどれだけよく知っているかしれませんわ」
相子は、妻であり、母である寧子の存在を蔑《ないがし》ろにするように云い、
「では、私はこれで――、ごゆっくり遊ばせ」
ひらりと椅子からたち上った。今夜は、妻の寧子が大介と寝室を共にする日だった。
万俵鉄平は、書斎で、軸受鋼《じくうけこう》の増産計画に関するレポートに眼を通していた。新年早々、技術部から専務室に届けられたレポートであった。経営者であるより技術者である要素の方が強い鉄平であったから、数字の並んだ決算報告書より、設備関係の報告書の方に興味があった。まだ十五頁《ページ》ほど残っていたが、眼を憩《やす》めるために窓の外を見た。
幾つかの庭園燈に照らし出された広い邸内の中央に、ヨーロッパの館《やかた》のような白い塔を聳《そび》えさせた洋館がくっきり浮かび上っている。昼間はそう異様に感じられない塔が、夜の灯りの中では不気味に見える。塔の中は螺旋《らせん》階段があるだけで、塔屋は望遠のための小さな円形の窓が切られており、一体、何のために塔を造ったのか、鉄平は理解に苦しみ、代々の地主とはいえ、第一次大戦で巨万の富を得た祖父の“船成金”の趣味かとも思ってみたが、昭和初年に、これだけの大きさと徹底した洋館を建てた祖父のことを考えると、尋常でない偉さを覚える。
扉《ドア》をノックする音がし、妻の早苗がブランディを運んで来た。藍《あい》大島の対《つい》の着物に、ゲランのオーデコロンの香りを漂わせている。
「あなた、もうお寝《やす》みになりますでしょう」
鉄平は、就寝前に、ブランディを飲む習慣があった。鉄平は窓から視線を離し、妻の方を振り向き、
「子供たちは、よく寝んでいるかい」
小学校一年生の太郎と、幼稚園の京子のことを聞いた。
「ええ、志摩からの長い車に疲れましたのか、お夕食を戴くと、すぐ寝みましたわ」
早苗はブランディを注ぎながら云い、
「来年からは、志摩へ行くのをやめに致しましょうよ」
「それはまた、どうしてだい?」
「だって、外国流の正式なディナーですから、子供たちはせっかく志摩へ出かけても、いつも先にお食事をさせられて、私たちが晚餐《ばんさん》をしている間は、子供たちだけでお遊びでしょう、去年まではまだしも、今年は太郎と京子が、親子水入らずで召し上っている方たちを見て、羨《うらや》ましそうな顔をしておりましたもの、といって、まさか、お舅《とう》さまを挟んで、毎日、お姑《かあ》さまと相子さんが一日交替に坐《すわ》る席へなど、子供たちを出せないじゃありませんか、この邸内でも、こうして全く離れた生活をしておればこそ、子供たちの眼にふれないのですわ」
父よりも祖父に似て、色が浅黒く精悍《せいかん》な鉄平の顔が、不機嫌に動き、再びテーブルの上のレポートを取りかけると、早苗の手が阻《はば》んだ。
「あなた、私、ほんとうに口惜《くや》しくて――、今日、私がお親しくしている芦屋病院の院長夫人が、二子さんのご縁談を持って来て下さったの、そうしたら相子さんったら、いろいろとお縁談《はなし》がございますので、その方面のことは私が一切を取り仕切ってお承りすることになっておりますと、横から出て来て、私をさしおいて院長夫人と話し合うのです、あの方は、一体、万俵家の何だっていうのです、お舅さまは愛人だとおっしゃるけれど、妻以外の女、所詮《しよせん》はお妾《めかけ》、今夜はフランス語、明日は英語のディナーと云うこの万俵家が、妻妾《さいしよう》同居の生活なんて……、化けものだわ、あなたたちは、それでよく平気でいらっしゃるわね」
早苗は我慢ならぬように云ったが、鉄平は分厚な肩を安楽椅子《ソファ》にもたせかけたまま、
「平気ではないが、僕たちの子供の時からのことだから――、それに何も知らない他人の眼には、母と彼女は、姉妹か、従姉妹《いとこ》同士のようにも見えて、別に不自然にうつらないんじゃないか、それを今さら――」
「今さら何だとおっしゃりたいの、でも、いくらなんでも毎日、妻の坐る位置に、二人が交替に坐る必要などありませんわ、お姑《かあ》さまは、なぜいつも、毅然《きぜん》として、妻の坐る位置に坐っておられないのです?」
鉄平は、さすがに応える言葉に窮した。母と相子の坐る場所が一日交替になったのは、いつの頃からか、鉄平の記憶にも定かではなかったが、妻の坐る位置に坐った者が、名実ともにその日の妻の役目を果すことになっていることを知ったのは、鉄平が成人してからであった。
「どうしてあなた方は、お姑さまのために、あの人を万俵家から出せないの、私にはあなた方ご兄妹《きようだい》の気持が解《わか》らない、男性の銀平さんはともかく、未婚の二子さん、三子さんまで、妻妾同居ということにこだわりを持たず、平気でいられるなんて、私には全く理解できないわ」
早苗の眼に、侮蔑《ぶべつ》するような色がうかんだ。ブランディ.グラスを持つ鉄平の手が止まった。
「妻妾同居といっても、わが家の場合は、普通のそれと少し事情が違うことは、これまでに何度も君に話しているじゃないか、母は、戦前の京都の公卿《くげ》華族から、老女付きで嫁いで来、家のことは何一つ出来ない人だ、それが戦後、昔のような執事や老女がいなくなり、女中たちだけになった時、高須相子という才色兼備で、米国へも留学した経歴を持つあの人が、家庭教師として入って来たんだ、最初のうちは子供たちの教育だけであったのが、次第に家内《いえうち》全体を差配するようになり、いつの間にか、僕たちが父に頼みごとをする時でも、あの人を通してしか云えないような雰囲気が、出来上ってしまったんだ――」
「だから、あなた方は、あの人の存在を黙認し、妻である私まで、あの人の指図に従わなければならない雰囲気があるわけなのね」
早苗の言葉には、棘《とげ》が含まれていた。
「たしかに、私の父の大川一郎だって、お妾を持っておりますでしょう、でも本宅へ入れたりなど致しません、万俵家のこんな事情を知っていて、相子さんのような人が万俵家の結婚話を取り仕切っていると知っていたら、私、嫁いで参りませんでしたわ」
結婚して八年も経《た》っていたが、外から入って来た嫁にとっては、今なお黙認出来ぬように云った。早苗の言葉通り、万俵大介が、妻妾同居の生活を営んでいることは、世間に知られていなかった。それというのも、六甲山脈の裾野《すその》の天王山、一山殆《ひとやまほとん》どが万俵家の地所で、その山裾に邸宅を構え、外からは家内《いえうち》を窺《うかが》い知ることの出来ない、外界から遮断《しやだん》された生活であったからだった。そして、毎年の正月に、自家の別荘に出かけるような馴《な》じみ深さで、志摩観光ホテルに出かける時だけが、万俵一族の姿が外部の眼に接する時であった。
「それにつけても、あの人、どんな風にしてお舅さまと結びついているのかしら、あれだけの力を持っているのですもの」
女のいやらしさと残忍さを帯びた語調であった。鉄平は応《こた》えずに、先刻、父が使っていたらしい、灯りが点いていた日本館の湯殿へ眼を遣《や》った。そこに二十年ばかり前の出来事が、鮮明に残っている。
万俵家の入浴の時間というのは、特別な意味を持っていた。五時からはじまる入浴の時間には、子供たちが一斉に、洋館から日本館の広い湯殿に集まるのだった。それは祖父が健在であった頃の習慣で、祖父は自分の好みで作った大きな湯殿に孫たちを一度に入浴させるのが好きだった。したがって鉄平たちは男女ともに十五歳まで、母とともに、兄妹揃って入浴するのが、幼《ちいさ》い時からの習慣であった。しかし母は、子供たちと湯殿へ入っても、子供はもちろんのこと、自分の体も洗おうとはせず、雛《ひな》人形のように美しく小柄な体をたゆたうように檜の湯槽に浸け、洗い場に上ると、背中から両手、両足、爪先《つまさき》から恥部まで女中に洗わせた。子供たちも女中たちに洗って貰《もら》うから、入浴時の湯殿は、邸内で一番賑《にぎ》やかな場所になる。その代り、湯殿以外の部屋は、その時間、ぴたりと動きが止まったように森閑として人影がなくなり、家中の人の動きが湯殿に集まってしまう。この入浴の時間が、鉄平以外の子供たちにとって、一日の中《うち》で一番楽しい時間であった。各自にあてがわれている部屋から、家庭教師の高須相子の監督を離れ、迎えにきた女中たちに連れられて、洋館から長い廊下を通って日本館の湯殿へ行く時の楽しさは、プールに飛び込みに行くような心の弾みがあった。
鉄平の記憶に残っているその日、弟妹《きようだい》たちは、いつものように大声ではしゃぎながら湯殿に集まっていたが、一足先に入浴をすませ湯殿を出た鉄平は、バス用のガウンを羽織って西洋館に帰って来、父の居間まで来て、思わず息を呑《の》んだのだった。
日頃から父しか入ってはいけない部屋、子供たちも勝手な入室を許されていない部屋の扉が細目に開いていて、その中に家庭教師の高須相子と父の姿があった。しかも、子供たちを膝《ひざ》の上に抱いたことのない父が、相子を膝の上に抱き、二人の姿が重なり合っていたのだった。思わず、鉄平が後退《あとずさ》りした時、背後に人の気配がした。振り向くと、死人のように蒼《あお》ざめ、動かない母の顔がそこにあった。その時の怖ろしいほどの愕《おどろ》きを、鉄平は誰にも話さなかったが、その頃を境にして、高須相子の自分たちに対する躾《しつけ》が厳しくなり、自分たちの教育、進学に関する決定権まで相子が持つようになったのだった。鉄平はそのことに激しい反撥《はんぱつ》を感じたが、肝腎《かんじん》の母の寧子は、公卿華族の門閥に生れたというだけで、相子に対抗し得るだけの家事を管理する力も、子供の教育をする能力も持ち合せないせいか、何事もなかったようなさり気ない平静さで、これまでと同じ生活様式を崩さなかった。
鉄平は曾《かつ》て自分も父たちと一緒に住んでいた白い壁と高い塔を持つ洋館に視線を当て、
「たとえ、いくら話したとしても、君には、万俵家における高須相子の存在は理解できないだろう、しかし彼女は彼女なりの役割を果しているのだから――、それに今さらどうこう云ってみても、仕様のないことだ」
妻との会話を打ち切るように安楽椅子《ソファ》からたち上った。しかし、一步、万俵家の邸内に入れば、妻妾同居の生活を営み、一步、邸外へ出れば、冷厳な姿勢で銀行の頭取としての業務を行い、世間でもそれで通している万俵大介という一人の男の性格が、父と子という間柄を離れて、冷徹怪異な人物として鉄平の心にのしかかって来た。
*
なだらかな平原に広がる兵庫県三木の広野ゴルフ倶楽部《クラブ》は、日曜日の午前中であったが、人影もあまりなく、松林に囲まれたコースは、名門ゴルフ倶楽部らしい落ち着いたたたずまいを見せている。
万俵大介は、娘婿《むすめむこ》の美《み》馬中《まあたる》と十五番ホールのティー.グラウンドまで来ると、
「さあ、中君、今度は君が先行《オナー》だ」
と美馬を顧みた。
「やっと十三番を切り抜けたかと思ったら、今度は魔の十五番ホールですか、いつもこのホールでは痛い目にあわされてますから、一度パーを取ってみたいですな」
美馬はホールだてを検討するように地形を見定めた。ほぼ中央に、ホールを二分する大きな谷が横たわり、その向うに三つのバンカーがある。さらにグリーンの前面に窪《くぼ》みがあり、グリーンを四つのバンカーが大きく取り囲んでいる。美馬は、空を仰いだ。真《ま》っ青《さお》に澄み渡り、二月とは思えぬほど陽がさんさんと降り注いでいるが、松の小枝のそよぎでかなり強い北西の風が吹いているのが解る。この風は十五番ホールでは斜めの追風《フオローウインドウ》になると判断すると、美馬はきっと前方を見据え、クラブを振った。クラブ.ヘッドが風を切り、ボールは追風にのって谷の手前、二百四十ヤードの辺りのフェア.ウェイまで飛んだ。
「ほう、本日、最高の当りだね、まさに風さまさまじゃないか」
大介は冗談を云い、ティー.グラウンドにたつと、体重、身長、腕の強さに合わせて別注し、クラブ.ヘッドに自分のイニシャルを入れたケニー.スミスのクラブを取り、柔軟な身のこなしで、第一打を飛ばした。ボールは美馬の後方、四十ヤードの地点で止まった。
大介と美馬は、キャディにクラブを渡すと、ボールの落ちた地点に向って步き出した。
「関西は、暖かいですね、子供たちも今頃は、お舅《とう》さんの家の広い庭で転げ廻っているでしょうな」
美馬は久しぶりの休日を楽しむように云った。大蔵省主計局次長の美馬は、正月の電話で舅《しゆうと》から孫の顔を見せかたがた来るようにと云われていたものの、越年した予算編成で多忙を極め、日曜も祭日もなく、連日徹夜であったため、延び延びになっていたのだった。それが一週間前の政府の臨時閣議で、最終的にまとめた大蔵省原案が認められ、各省に内示されたので、昨日の土曜日の午後から妻の一子と二人の子供を伴って、舅の家へやって来たのだった。しかし、それは単なる骨休めでも、家庭サービスのためでもない。銀行頭取と大蔵官僚の舅婿《おやこ》には、それなりに必要な話があるからだった。
「中君のお母さまは、お元気かね」
大介は、自分のボールが落ちた地点まで来ると、舅らしい気の遣い方をした。
「今年七十五歳ですが、おかげで元気で、兄の話では好きな短歌をまだ続けているそうです」
美馬の実家は、代々、茨城県の真言宗の住職で、父は十年前に死亡し、現在兄が跡を継いでいた。その美馬の次男の中《あたる》を、大介が一子の婿として選んだのは、美馬が大蔵省銀行局で金融機関の業務と財産の検査をする金融検査官として勤務していた時代である。検査部長の指示によって、六人の金融検査官が、各銀行の帳簿を洗い浚《ざら》え調べ上げるのだから、三十そこそこの検査官といえども、その権限は銀行を震え上らせる目付《めつけ》役であった。阪神銀行へ美馬が検査官として来たのは、二十九歳の若さだったが、女のように色白な容貌《ようぼう》をしながら、齢《とし》に似ぬ尊大さと俊敏さが目につき、逆に大介の気持を惹《ひ》いて、秘《ひそ》かに娘婿の候補者として身元調べをしたのだった。
その結果、彼が現在は大蔵大臣であり、当時は銀行局長だった永田と同郷で密接に繋《つな》がっており、将来の出世コースを保証されていることが判明した。そして、大蔵官僚が銀行頭取の娘を妻にすることの是非に迷ったのか、なかなか首をたてにふらなかった美馬を、二年がかりで口説き落したのだった。
「さてと――」
大介は、ボールの落ちた地点から前方を見た。七十ヤードほど先にある大きな谷とバンカーが、この地点からみると、ティー.グラウンドで見た時以上の距離をもって横たわり、前方のフェア.ウェイがほんの少ししかないように見える。普通なら谷越えして向うのフェア.ウェイを狙《ねら》って長打するところを、大介は敢《あ》えて九番のアイアンを取り出し、ショットした。ボールは谷のすぐ手前で止まった。こうして手堅く刻んで打って行き、あとは得意のアプローチで勝負する。その間に、相手が冒険してエラーで自滅するのを待つというのが大介の戦法であった。しかし、美馬も好プレイでひけをとらず、十五番ホールは美馬が勝った。
勝負は最終の十八番ホールに持ち込まれた。十八番は、いわゆるドッグ.レッグ.ホールで、全体が犬の足のような形をしていた。大介は十五番ホールの時の作戦と同じく、コースの外側を遠廻りになったが安全に攻めて行き、美馬は内側の曲った部分をカットして、最短距離を狙う戦法を取った。確率は低かったが、成功すればあとの攻め方において、断然、優位にたてる。
大介の第一打は、狙った通りの地点へ飛んだが、気負った美馬は力みすぎて失敗し、左方向の雑草地帯へ打ち込んでしまった。大介は、第二打を打った。ボールは次の第三打でグリーンが狙いやすい絶好の場所へ止まった。美馬の顔に自尊心を逆撫《さかな》でされたような表情がうかび、枯草の中に落ちたボールの前にたって、無理を承知で条件の悪いその場所から一気にグリーンを狙った。ボールは枯草と一緒に舞い上ったが、グリーンを大きくはずれ、その向うのバンカーへ消えた。そこには名にしおう深いアリソン.バンカーが横たわっている。
「しまった――」
美馬は口惜《くや》しげに云い、グリーンの裏へ廻り、バンカーからグリーンの上の赤い旗竿《はたざお》をめがけてショットしたが、ボールは深いバンカーからなかなか出ない。第三打を首尾よくピンによせた大介は、グリーンの上から砂煙を浴びながら悪戦苦闘している美馬を、舅らしからぬ皮肉な笑いをうかべて見詰めていた。辛うじて美馬がバンカーから脱出して、グリーンにのせた時には既に六打で、勝負は大介が勝った。
「やっぱり今度も駄目でしたが、この次は必ず雪辱したいものです」
美馬が次回を期するように云ったが、
「いや、私だって、まだ二、三年は君の首根っこをおさえ続けてみせるよ」
大介は愉快そうに応じ、二人は上気した顔の汗を拭《ぬぐ》いながら、クラブ.ハウスへ引き揚げた。
シャワーを浴びたあと、クラブ.ハウスのラウンジに向い合い、ビールを注文すると、大介は、
「金融制度調査会の特別委の委員長は、もう内定したのかね」
正月の電話では、聞き出せなかったことを聞いた。
「ええ、内定してます、日本経済連合会の小野山《おのやま》事務局長ですよ」
「ふうむ、小野山――」
小野山は日本経済連合会の中でも、金融系列にこだわる銀行のエゴイズムが企業再編成を阻《はば》んでいるから、金融機関の再編成を促進すべきだという意見の持主だった。
「そうすると、再編成のテンポが早くなる感じだね」
「そうですね、当初の予想より、一年早まるでしょう、何しろ小野山氏は相当な積極論者ですからね」
「君の云い方を聞いていると、小野山氏が推進力になって早めるように聞えるが、特別委は、政府の諮問《しもん》に対して、答申を出すとはいうものの、ほんとうは、大蔵省銀行局で作った構想にサインするだけなんだろう」
美馬はビールを含んだまま、応えなかった。
「それにしても、どうして大蔵省は、そんなに金融再編成を急ぎたがるのかね、日本の銀行の規模は決して小さくない、げんに去年のアメリカン.バンク誌に掲《の》っていた世界の五百大銀行をみると、上位二十五行の中に、日本の四大銀行の五菱《ごりよう》銀行や大友銀行などは四行とも入っているし、わが行だって八十三位に入っている、それにもかかわらず、都市銀行の大型合併を促進することは、かえって金融機関の寡占《かせん》化体制を招き、産業支配の強化が行われるような弊害が出るかもしれないじゃないか」
「いやですねぇ、阪神銀行頭取のお舅さんが、そんなことをおっしゃっては、日本では、現在、預金量第一位の銀行でも、全国銀行中に占める占有率《シエア》は六パーセント程度に過ぎないから、都市銀行間に合併が行われることがあっても、寡占体制に繋がらないことぐらい、先刻ご承知のはずじゃありませんか」
そう云う時の美馬は、鼻にかかった女のような声にもかかわらず、はっとするような官僚的な冷たさが漂う。
「それにしても、何のためだね、そんなに金融再編成を急ぐのは? 財界だって積極的な支持はあんまりみかけられないじゃないか、しきりと急いでいるのは、君の大親分《ボス》である永田大蔵大臣や総理など、自由党の連中ばかりじゃないかね」
「お舅さん、私たちは、財界の意向を全く無視してやることなどは、出来ません――」
それ以上は、言外に微妙なニュアンスを響かせ、一旦《いつたん》、口を噤《つぐ》み、
「ともかく再編成は、“合併屋”の異名をもつ春田銀行局長によって、強力に推し進められて行きますよ、ついこの間の省内の会議でも、彼は、各産業とも経済の国際化に備えて体質の強化に努めている時、金融機関だけが従来通りの過保護の体制に恋々《れんれん》としていることは許されないという強硬論をぶち、その具体化の火蓋《ひぶた》を切りましたよ」
「何だね、それは?」
「まだ公表を控えていますが、再編成の緒《いとぐち》として、いよいよ都市銀行に統一経理基準を実施しようということになったのです」
「しかし、あれは単なる経理上の問題だろう、再編成とどう繋がるのかね」
確か経理担当の専務からの報告でも、そうした性格のものだと聞いていた。
「そうやって皆、まだ気付いていませんが、あれを立案した奴《やつ》は相当な智恵《ちえ》者《しや》でしてね、統一経理基準が適用されると、各銀行の経理は全部ガラス張りになる、それがほんとうの狙いなんですよ」
美馬がそう云った途端、大介は、はっと虚を衝《つ》かれたように表情を動かした。これまで各銀行の決算方式はまちまちで、利益の出し方も或《あ》る程度、自由に操作できたから、実際には上位の四大銀行ほど収益が上らない銀行でも、何とか表面をつくろい、預金者の信用維持を図って来られたが、統一経理基準が適用されれば、各行とも同一の基準で決算を行わねばならないから、経理内容がガラス張りになり、銀行間の収益の格差がはっきりと表に出て来る。そうなれば、預金者の心理として、収益の高い銀行へ預金したくなるのは当然である。
大介は陽に輝いている芝生に眼を向け、黙り込んだ。美馬が云うような意図で統一経理基準が適用されるということは、近い将来、金利、配当、店舗の自由化が必ずなされるということであり、そうなれば預金金利や配当の高い大銀行に、ますます預金者が集まり、中、下位銀行の経営は、非常に苦しくなって来る。そう考えると、大介は怖ろしい思いがした。
都市銀行とはいえ、業界ランク十位という下位にある阪神銀行は、このままの状態で行けば、将来、上位の大銀行に統合、合併される危険がなきにしもあらずであるからだった。その危険性を避けるためには、今、眼前にいる娘婿の美馬をはじめとする閨閥《けいばつ》を駆使して、政官界に働きかけ、阪神銀行を生き残らせるための万全の策を、充分に時日をかけて布石しておかなければならないと思った。
暖炉のある広い居間で、母の寧子と東京から実家《さと》帰りして来た長女の一子を中心にして、二子、三子をまじえた母娘《おやこ》の楽しい団欒《だんらん》が、先刻《さつき》から続いている。
「お姉さま、メルシー.ボクゥ、すばらしいハンドバッグやわ、やっぱりフランス製でも、エルメスのでないと駄目ね」
二子が、テーブルの上に拡げたシックな包み紙から薄茶《ベージユ》のスエードのハンドバッグを取り出し、手で触《さわ》れば、そのまま指あとがつきそうなソフトな肌触りをいとおしむように云うと、三子も、
「お姉さま、私のペランの手袋《グラヴ》も素敵やわ、残念ながら関西では、肘上《ひじうえ》までのアーム.ロングのホワイト.キッドは見つからないの、これでパーティ.ドレスがぐんと引きたつわ、この頃、宮さま方だってアーム.ロングの手袋になると、絹地ですませていらっしゃるそうやけど、ヨーロッパの正装では、純白のキッドでなきゃあ、貴婦人とは云われへんのよ」