饭饭TXT > 海外名作 > 《华丽一族/華麗なる一族(日文版)》作者:[日]山崎丰子【完结】 > 華麗なる一族.txt

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作者:日-山崎丰子 当前章节:15479 字 更新时间:2026-6-16 06:24

 言葉巧みに、松尾説に反論し、

「店舗の補完性を重視する意味では、このメモに書いておりますように、五和.第三銀行の合併をむしろ進めたいですね、双方の店舗網を詳細に検討すると、東西のバランスがよく取れ、ある意味では理想的なマンモス銀行になり得るわけですが、取引企業やクレジット.カードなどの業務面で、これまで全く提携がないので、一から下ごしらえをしなければなりません、したがって手っ取り早く合併というムードを作って行こうとすれば、両行に多少とも馴染みのある阪神銀行をサンドイッチの中身にする術《て》もありますがねぇ」

 井床銀行課長が持っていた赤エンピツで、たたき台のメモに三銀行を繋ぐラインを太く書き入れた。春田銀行局長は、それを見ながら、

「うん、いい組合せだが、阪神銀行は、富国銀行との組合せが一番、現実的であるようだね、既に両行間では預金の相互受払いの業務提携をしているし、昔から阪神銀行は、外国為替《かわせ》の業務が多いから、都市銀行の中で海外業務に一番強い富国銀行と一緒になれば、銀行の国際化という時代の要請に添ったユニークな銀行が出来るだろう」

 と云い、富国.阪神銀行の間を、ポケットから取り出した万年筆で結びつけた。久米総務課長は、

「それから去年、三雲《みぐも》頭取が就任したばかりの大同銀行の今後ですが、この表によると、富国銀行と中京銀行の二通りの案がありますが、むしろ同じ日銀天下《あまくだ》り頭取のいる中京銀行との方が、拒絶反応が少なくていいのではないでしょうかねぇ、もっともこの場合は、本店をどこに置くかが問題ですが――」

 と云い、ちょっと首をかしげ、

「しかし、もし、大同.中京銀行が合併することになると、えらく強力な“日銀銀行”が出来てしまうわけだな、そうなると、頭取が大蔵省出身の太平銀行と北海銀行とを合併させて、せっかく“大蔵銀行”を作っても、見劣りすること甚《はなは》だしいね」

「そうなんですよ、埼玉県の坂東銀行を加える術《て》もあるのですが、いかにもコンマ以下のものを寄せ集めた感じでしてねぇ――」

 井床が云い、“日銀銀行”に対抗し得る“大蔵銀行”の組合せが二人の間で議論され、松尾審議官は時々、皮肉な笑いを見せて口を挟んでいたが、春田は、原田節子が気をきかせて運んで来た日本酒を手酌で飲みながら、少し別のことを考えていた。

 上位四行が、中下位銀行を吸収合併して巨大化することは、たしかに望むところではあったが、その反面、あまり巨大化してしまっては、大蔵省が介入する余地がなくなってしまう。したがって、そうした民間の巨大銀行を作りつつ、一方で大蔵省の行政指導を従来通り、銀行に行き渡らせるためには、民間の巨大銀行に対抗し得るいわば“お上《かみ》の銀行”を作る必要があると思った。春田の脳裡《のうり》に、独禁法第十五条がうかんだ。『会社合併の制限』についての条文であった。

 現在の独禁法の範囲内で、公正取引委員会が、特定の企業の市場支配を容認するのは、ほぼ三〇パーセントといえる。しかし、金融支配が厳しくチェックされる銀行の場合、その占有率はもう少し下廻るだろうが、低く見つもって、かりに二〇パーセントまでとすると、都市銀行の総預金量二十一兆円の二〇パーセント、約四兆円の銀行が出来ても、ストップはかけられないだろうと、春田は頭の中で数字を書き並べた。そしてゆっくり盃を干しながら、日銀.大蔵を軸とした銀行を眼で拾って行き、複合合併図を描いて行った。北海、大同、太平、坂東、阪神、この五行なら四兆円銀行の規模に、優に達するはずで、太平洋ベルト地帯を背景に、財閥系銀行もたじろぐような巨大銀行が生れることになる。現実問題としてこうした五行合併が、簡単に実現する可能性はまずあり得ないが、この構想は、是非とも検討してみる価値があると思った。

「局長は、“大蔵銀行”強化策について、どうお考えですか」

 井床が顔を向けた。春田は頭の中にぎらぎら渦まいている合併図など[#「口+愛」、第3水準1-15-23]《おくび》にも出さず、

「そうだな、もう少し考える必要があると思うね」

 曖昧《あいまい》に応えながら、さらに心の中では、太平洋ベルト地帯を背景にした銀行の想像を逞《たくま》しゅうし、これを次官の椅子を獲得するための手土産にしようと考えていた。

 美馬中は、青山の小さなビルの二階にある会員制のバーのカウンターに、原田節子と並んで、ハイボールを飲んでいた。まだ七時過ぎであったから、ほかに客の姿はなく、ホステスたちは手持ち無沙汰《ぶさた》にしていたが、顔馴染《なじ》みのマダムとバーテンダーが気をきかせ、二人から離れていた。

 原田節子は、昨夜、大蔵大臣公邸で地味な身装《みなり》をして控え目にたち働いていた時とは、うって変った贅沢《ぜいたく》な和服姿で濃艶《のうえん》な香水の匂《にお》いを漂わせ、目鼻だちのはっきりとした顔を酒気でほんのりと上気させていた。

「いいのかい、こんな時間に出て来て――」

 美馬は、用心深く低い声で話した。

「ええ、今夜は何も会合がないのよ、誰も来ない公邸なんて、刺激がなくてつまらないわ」

 退屈しきっているように云った。

「で、さっき、電話で極秘に報《しら》せることがあるっていうのは、なんだい?」

 越年した予算査定のために、主計局に居残っていた美馬のところに、原田節子から至急、極秘に報せてあげたいことがあると、電話をかけて来たのだった。最初は、自分を呼び出すための口実かとも思ったが、二言、三言、話しているうちに、銀行関係、特に舅《しゆうと》の万俵大介の阪神銀行とかかわりのある情報を掴《つか》んでいるらしい様子が窺《うかが》え、電話の呼出しに応じたのだった。

 原田節子は、そんな美馬の胸のうちを見すかすように、

「お久しぶりね、美馬さんと二人きりでお会いするなんて、半年ぶりじゃないかしら?」

「そうでもないさ、大臣公邸で主計局の会合を開く時は、ちょくちょく、顔を合わせているじゃないか」

「でも、こんな風に二人で、ゆっくりお会いするのは、やはりお久しぶりよ」

 原田節子の眼が、意味あり気に瞬《またた》いた。四十七、八歳になっているはずであるが、曾《かつ》ての名女優の原節子と名前が一字違いであることと、よく似た容貌《ようぼう》を自慢にし、今でも“元美人”の面影が残っている。原田節子が、理財局長付きの女子職員であった頃、独身で美貌の彼女をものにしてみせようという中堅官僚は多かったが、美馬もその中の一人であった。香水好きの彼女のために、ジョイやゲランの高価な香水をプレゼントしたり、食事に誘ったりしているうちに、当時の理財局長の愛人であることを知った。間もなくその理財局長の勇退とともに、彼女も退職してしまい、誰の世話か、大臣公邸の管理人になったのだった。もともと原節子ばりの清楚《せいそ》な美貌に似合わぬ浮気っぽい性格の持主であったから、美馬とも一、二度、交渉があった。美馬の方は、浮気だけではなく、秘密の会合に使われる大臣公邸を管理している彼女と、即《つ》かず離れずの間柄を作っておくことのメリットを計算ずみであった。それだけに美馬好みの年増《としま》の色っぽさに惹《ひ》かれながらも、深みにはまり込まぬようなうまいつき合いを心がけている。何杯目かのハイボールを空けると、

「いやにじらせるじゃないか、一体、どうしたっていうんだい」

 乱暴な口のきき方をすると、原田節子は、片肘《かたひじ》をカウンターにつき、崩れた姿態で、

「どうって、私この頃、つくづくいやになって来たわ、いくら若く見えるといっても、四十の半ばを過ぎて、公邸の管理役だなんて、うら哀《がな》しくって」

 と云い、またぐいとハイボールを飲んだ。

「美馬さん、あなただって、昨夜、公邸であった銀行局の秘密会議の内容を知りたいから、わざわざ出て来たわけでしょう」

「そりゃあ、それもあるが、久しぶりに君と飲みたいという気もあったからだよ」

「さあ、そうかしら、まあ、どっちだっていいわ、ともかく、私、とてもいい情報を持って来てあげたわ」

 原田節子の大きな眼は、酔いが廻りかけていたが、さすがに声を落し、

「よく解《わか》らないけれど、何か表《ひよう》のようなものを前にして、何々銀行がどうのこうのと、いろんな銀行の名前を口にしていたから、出さなくてもいい日本酒まで出して、耳を※[#奇+支]《そばだ》てていると、阪神銀行の名前が出て来て、どこかの銀行とサンドイッチにすればいいとか、そんなことを云っていたわよ」

「なに、サンドイッチ、阪神銀行が――」

 美馬は、グラスを手から落しそうになった。昨年来、舅の意を受けて、永田大蔵大臣へのパイプ役として動いてきたが、“小が大を食う”合併すらもくろんでいる阪神銀行が、銀行局首脳部の秘密会議では、サンドイッチの中身の部類に入れられていることが事実なら、まさに由々しい重大事であった。

「今の話、ほんとうかい、まさか僕を驚かす冗談じゃないだろうね」

「だったら、笑ってすませるところだけど、残念ながらこの耳でちゃんと聞いたの、どう、驚いて?」

「うむ、いささかね、さすがに元理財局長付きの女性ならではと思ったよ」

 相手の自尊心をくすぐるように云った。

「そのほか、何か話していなかったかい」

「云ってたわ、でも、私が出入りする度に、言葉を跡切《とぎ》らせたり、声を落したりするから、はっきりした内容は解らないけれど、あの人たち、集まると、必ず銀行の組合せの話ね、メンバーは春田銀行局長と松尾審議官、久米総務課長、井床銀行課長、そして時には課長補佐の小田さんも出るわ」

 美馬の眼に、研ぎ澄まされた鋭い光が帯びた。元旦《がんたん》に永田大蔵大臣の静養先である芦ノ湖へ年賀に行き、偶然、春田銀行局長と出くわし、その時の大臣と春田の話しぶりから、今年あたりはいよいよ、実力行使で銀行合併を強行するのではないかと勘ぐったが、やはりそれが当っていたのかと思うと同時に、都市銀行第十位の阪神銀行が、舅の意図と相反する方向に置かれていることを、一刻も早く報せねばならぬと思った。

「まあ、いやね、肝腎なお話を聞いてしまうと、もうご用ずみってわけなの、あんたって、いつもそんな風に現金なんだから――」

 原田節子は、しなだれかかるように肩を寄せた。明らかに、せっかくの据膳《すえぜん》は、美味《おい》しく戴《いただ》くものよという風情《ふぜい》であった。下手に断われば恥をかかせることになり、二度とこの種の情報は貰えなくなる。美馬は、白い手を原田節子のふくよかな膝《ひざ》の上におし当てながら囁《ささや》いた。

「だって、役所からぬけて来ているんだから仕方ないじゃないか、今、主計局が一番忙しい時なのは、君なら解ってくれるだろう」

「そんなの、知らない、要はお話の食い逃げじゃないの」

 と云うなり、ハイボールのコップを取り、いくら美馬が宥《なだ》めても、体が燃えているように、がぼがぼと飲んだ。

「また香水で胡麻化《ごまか》そうとしても駄目! あんたたち、エリート官僚のやり口なんて、みんな解っているのさ!」

 くだ[#「くだ」に傍点]を巻きかける原田節子の体を抱え、介抱するような振りをしながら、美馬は、やっと原田節子の体をハイヤーの中へ運び入れた。そして運転手にチップを渡し、母親と二人暮しの杉並の公務員官舎まで送るように云い、自分は通りがかりのタクシーで、大蔵省に引き返した。

 九時を過ぎた大蔵省は、各局の灯りがぼつぼつ消えかかっている中で、三階の主計局だけが、あかあかと点《つ》いている。エレベーターで三階へ上ると、主計局の前の廊下には、徹夜覚悟で第三次復活予算の折衝の順番を待つ各省の課長クラスが、廊下の椅子に坐《すわ》って待っている。美馬の姿を見ると、一斉に愛想よくお辞儀をしたが、美馬は適当に頷《うなず》き返し、主計局の扉《とびら》を押した。中には、十人余りの主計官が居残り、各省の予算案を前にし、予算を獲得する側と、削る側との激しい攻防戦を展開している。入口に近い机では、農林省の課長が、農地改良工事の補助金の説明をしている。そんな局内の様子をちらっと眼にし、美馬は個室になっている局次長室に入った。

 机の上に各主計官が査定した査定案が積み上げられていた。美馬は、その書類に眼を通す前に、机の上の受話器を取り、神戸の万俵邸のダイヤルを廻しかけ、ふと明日、春田銀行局長と顔を合わせる会合があることを思い出した。それなら何も今、急いでかけなくても、春田局長の意向を探って、自分が下手な役廻りにならぬやり方を確かめてから、舅に知らせればいい。美馬は手にした受話器を元に戻した。

 新橋の待合『たがわ』の奥座敷で、帝国製鉄の副社長であり、日経連の常任理事である兵藤《ひようどう》正一郎招待の“兵六《ひようろく》会”が開かれていた。

 メンバーは、通産省の重工業局、企業局、通商局、大蔵省は主計局、理財局、銀行局、主税局などの局長、局次長クラス十数人で、将来、次官、大臣になれそうな顔ぶれが揃《そろ》っている。

 主計局次長の美馬中もメンバーの一人であった。そんな逸材揃いの集まりでありながら、ひょうろく玉の集まりという諧謔《かいぎやく》と、兵藤の兵《ひよう》から“兵六会”と名付けている。それだけに座敷も無礼講で、月の第二水曜日の午後六時からときまっていても、各自、仕事のある時は遅刻、欠席は自由、席順も先着順で、招かれる官僚たちは月一回の気のおけない遊びの会であったが、兵藤の側からいえば、帝国製鉄の政治部隊長として、官僚とのつきあいを日頃から円滑にしておくための会合であった。したがって、座談も肩の凝らない世間話で、今夜も兵藤正一郎は、八十キロの巨体を揺すりながら、座持ちするように、お得意の柔道と大脳生理学の話をしている。

「私の大脳生理学は単なる趣味じゃないのだよ、人事担当役員になった時、人事は人の一生を左右すると思ってね、それには経験と勘だけではなく、科学的な方法でその人物の能力を査定しなければと、大脳生理学に凝り出したわけで、それを兵藤式人事管理などと云われて、いささかてれたものだよ」

 鉄鋼業界のみならず、財界を牛耳《ぎゆうじ》る人物であったが、こういう席での兵藤は、そんな片鱗《へんりん》さえも見せず、ざっくばらんな話し振りをしている。兵藤とは特に親しい重工業局長の石橋は、盃《さかずき》を含みながら、

「いや、大脳生理学の理論を、具体的な人事管理に応用された兵藤さんのお手並はお見事ですよ、要は科学的な方法で調査した各人の長所を効果的に掛け合せて、組織の能力を倍加しようというんですからねぇ、われわれ官庁も、十年一日の如《ごと》く、入省の年次やポストにとらわれず、そうした科学的な人事をやらねばいかんというわけですな」

 いささか酔いの廻った顔で、美馬の方をちらっと見た。主計局長は欠席していたから、“主計官にあらざれば、大蔵官僚にあらず”という風潮がいまだに強い大蔵人事をあてこするような云い方であった。いつもなら、いや味の一つも返す美馬だが、今夜は相当、遅刻し、さっき来たばかりの春田銀行局長のことが気になっていた。

 春田は遅れて来たのを幸いに、入口に近い末席に趺坐《あぐら》をかき、若い芸者を相手にふざけている。

「ああら、いやだわ、局長ったら、私の大脳は、悩殺《のうさつ》数が高いだなんて――、じゃあ、今晚、お試しになってみる?」

 二十二、三の芸者が、色っぽい仕種《しぐさ》で春田に体を寄せた。

「いいよ、その前に、君のえらい旦那《だんな》に貸出し決裁を取っておいてくれよ、あとで不良貸出しだなんて怒鳴り込まれたりしたら、銀行局長としてしめし[#「しめし」に傍点]がつかないからな、あっはっはっはっ」

 上機嫌の春田の様子を見るにつけ、美馬は、大蔵大臣公邸で開かれた春田を中心とする会議の内容が、何か具体的な動きを持って来たにちがいないと確信した。そして春田と自分は、永田大蔵大臣が冷飯を食い、きりぎりすのように痩《や》せた肩をいからせていた頃、ともに永田のもとへ訪れ、苦労を分け合った間柄であり、永田.万俵会談で阪神銀行の“小が大を食う”合併構想について暗黙の諒解《りようかい》事項が出来ているのを、春田も知っているはずであるのに、こともあろうに阪神銀行をサンドイッチの中身並に扱ったのかと思うと、今夜は春田と同じ車で帰り、その車中で、春田の真意を糺《ただ》してみようと考えた。

「美馬さん、お一つ、どうですか――」

 自分を呼ぶ兵藤の声に気付いた。美馬は慌《あわ》てて盃を取った。

「どうも失礼、このところ徹夜続きだものですから、つい――」

「いや、予算編成が越年したそうですから、主計局は大へんでしょう、そんな中をよく来て下さった」

 と云い、美馬の返盃《へんぱい》を干し、

「大川一郎さんの三七日《みなぬか》も過ぎましたね、通産大臣時代の大川君には、わが社は目の仇《かたき》にしていじめられたが、気骨のある政治家でしたな、で、どうです、阪神特殊鋼の高炉建設はうまく行っていますかね、生前の大川さんの話では、あそこの万俵専務は大川さんの娘婿《むすめむこ》で、社運を賭《と》して取り組んでいるらしいね」

「ええ、鉄平君というのは、何しろ冶金《やきん》科出身で、朝から晚まで鉄のことしか考えない技術者ですからねぇ」

 と応《こた》えながら、美馬はふと正月の志摩観光ホテルで、二子の見合いの相手として会った帝国製鉄の秘書課勤務の細川一也のことを思い出した。

「おたくの秘書課に、細川一也君という青年がいますね、兵藤副社長の大脳生理学的人物考察からご覧になって、いかがですか」

 と聞くと、兵藤はにやりと口もとを綻《ほころ》ばせた。

「縁談の口ですか、それなら早く定《き》めた方がいいですな、なんせ本人自身が、大脳生理学に基づいた判断力、理解力、思考力をはじめ二十数項目に、殆《ほとん》ど九十点をあげている上に、佐橋総理夫人の甥《おい》というので、いやはや各方面からの問い合せ殺到なんだよ」

「まあ、そんな若殿《わかとの》、一度、拝ませて下さいな、兵藤旦那がお呼びになる人って、みんな分別ざかりの中年の殿方ばかりですもの」

 傍《かたわ》らの芸者が睨《にら》むように云うと、嬌声《きようせい》が上り、それを機会《しお》に宴会はお開きになった。

 数台の送り車が列《なら》ぶと、美馬は素早く春田と同じ車に乗った。方向が同じ世田谷の成城と桜丘であったからだった。車が動き出すと、美馬は、

「一昨日《おととい》の公邸での雪見はどうでした?」

 いきなり云うと、春田は驚いたような気配で、

「どうして解ったんだい」

「それは蛇《じや》の道、蛇《へび》の道ですよ、それよりずばり教えて下さいよ、その時の銀行合併の組合せ表とかいうのを――」

「そこまで知っているのか、これだよ」

 春田は、あっさり認め、上衣《うわぎ》の内ポケットから茶色の封筒を取り出して、美馬に渡した。美馬は唾《つば》を呑《の》み込む思いで封筒の中から大蔵省用箋《ようせん》にしたためた鉛筆書きのメモを引き出し、薄暗いルーム.ライトの下で、眼を通した。そこには都市銀行十二行を組み合せた八種類の合併図が記されていた。そして万俵大介が頭取である阪神銀行は、どこにくっつけてもいい部類の銀行にされている。美馬はその組合せ表を頭の中に叩《たた》き込むようにもう一度、黙読してから、もと通り封筒に入れ、黙って春田に返した。

「それで春田局長ご自身の考えは、どうなんです?」

「僕自身は、それが最終点になるようなもっと大きな編成を考えているのだよ」

 ルーム.ライトを消した暗がりの中で、春田の苦味ばしった顔が不敵に笑った。

「たとえば、たとえばだよ、北海道の北海銀行――東京の大同銀行――相互銀行から都銀に転換した太平銀行――埼玉県の坂東銀行――阪神のような、太平洋ベルト地帯を背景にしたいわゆる中下位銀行を結束させて、財閥系の銀行に対抗しうる大合併を考えているんだが、可笑《おか》しいかい」

「いいえ――、しかし驚きましたね、永田大臣もその構想はご存知なんですか」

「まあね……」

 春田は微妙な応え方をした。元銀行課長であった美馬には、そんな複合合併が簡単に出来るとは思えなかったが、日銀、大蔵省系の銀行が核となっているだけに、もし結束すれば、永田大臣が政権の座を克《か》ち取るための強力な資金パイプの役割を果すであろうと思った。それなら、うっかり反対することは、永田派の官僚として出来ない。

 車は世田谷の桜丘に入り、春田の家の前に停まった。二年前に新築した渋い洋館建てであった。春田が門のベルを押すと、夫人が門を開けた。

「あら、お珍しい、美馬さんとご一緒ですのね、その節はご鄭重《ていちよう》なお年賀を恐縮でございます」

 日本自動車の社長の姪《めい》でお茶の水出身の賢夫人の誉れ高い夫人は、その時の挨拶を言葉短かに云い、

「少しお上りになりませんこと? 温かいお茶でもお入れしますわ」

 慎しやかな中にも、きりっとした口調で云った。

「いえ、今日は遅いですから、またの機会にして、失礼します」

 美馬は鄭重に云い、再び車に乗って、自宅へ帰った。

「お帰りなさいまし――」

 大島の対《つい》を着、帯を締めた一子が、丁寧に頭を下げて迎えた。さっき会った春田夫人のてきぱきとしたもの腰を思い出し、あまりにも悠長と云おうか、現代の生活感覚とテンポがずれている一子に、腹だたしさを覚え、居間に入って美馬の上衣を取ろうとする一子の手を払い除《の》けると、むうっとした表情で、自分の書斎へ入った。一子がお茶を運んで来ても、美馬は振り向きもせず、受話器を取り、神戸市岡本の万俵家のダイヤルを廻した。電話に出た女中は、すぐ大介に替った。

「もしもし、お舅《とう》さんですか、その後、雉《きじ》撃ちの時のお耳の工合はいかがですか、ええ、ほう、それはよかったですね、ところで、今夜は、『兵六会』で春田銀行局長と一緒だったんですが、銀行局長というのは、けしからん見合い写真を作っておりますよ」

 美馬はそこまで云い、わざと言葉を切った。万俵の反応を窺《うかが》うためであった。

「けしからんという限りは、阪神銀行にとって好ましくないカードがあったというわけだね」

 万俵の声に、緊張感があった。美馬の眼に、娘婿らしからぬ優越感が滲《にじ》んだ。

「好ましくないどころか、阪神銀行はサンドイッチの中身扱いにされているんですよ」

 と云い、春田にさっき見せて貰《もら》った銀行合併のたたき台のことを話した。

「それで、春田局長自身の意向はどうなんだ?」

「そこなんです、僕もその点を春田局長に問い糺したところ、彼はとてつもない構想を持っていたわけです」

 一子が置いていったほうじ茶を飲みながら、太平洋ベルト地帯を背景にした大銀行の構想なるものを話し、阪神銀行がその中に組み入れられていることを云うと、万俵は長い間、沈黙していたが、

「要は、春田局長がそこまで君に話したということは、私にその話に乗れというのだろうが、それでは約束が違うだろう」

 万俵は、不機嫌極まる声で、叩きつけるように電話をきった。

 *

 阪神銀行の役員室で、緊急役員会が開かれていた。二月一日付で大蔵省銀行局から送付されて来た『都市銀行の配当規制緩和について』という銀行局長通達が議題にされているのだった。

 テーブルの正面に万俵頭取が着席し、その左右に経理担当の大亀《おおがめ》専務と総務担当の小松専務、そして融資担当の渋野常務、業務担当の荒武《あらたけ》常務、外国担当の舟山常務、事務能率担当の新井常務の各役員が坐り、緊張した面持で局長通達の複写を前にしていた。

都市銀行の配当規制緩和について

一、七〇年代において予想される急速な経済の国際化、自由化の進展に即応し、銀行にあっても、広く競争原理を導入することにより、経営の効率を一層促進すべきであり、各行の収益力、企業努力および経営政策が、より適確にその配当に反映される必要がある

二、昨年九月期から実施した統一経理基準により、各行の経理内容を同一の基準で、客観的に比較しうる体制が整備されることになった。よって、各行はその公共性を考慮に入れつつ、最高限を一五パーセントとして、次なる算式により、来年三月期の配当から従来の規制を緩和することとする……

 経理担当の大亀専務は、肥満した体で局長通達を指《ゆびさ》し、

「この算式に基づいて、当行の配当能力を試算しますと、先程、経理部長を呼んで詳しく説明させましたように、九.二パーセントとなります、これを他行と比較してみますと、大友銀行が一三.五パーセント、富国銀行が一三.〇パーセント、五菱銀行が一二.七パーセント、五和銀行が一二.四パーセントで、これら上位四行の配当能力からしますと、当行は甚《はなは》だもって遜色《そんしよく》がありますが、一方、預金量において当行とほぼ同じランクにある銀行と比べますと、さして見劣りがする配当率ではありません、それに大同銀行や平和銀行の配当能力が八パーセント台であることを考えますと、逆に量より質だという自信も出て来るわけであります」

 老練な専務らしく、歴然と出て来ている上位行との経営格差に、危機感を持たせるより、この際、一同を動揺させないような云い方をした。融資担当の渋野常務は、

「統一経理基準が導入されてしまえば、配当の自由化は、時間の問題と云われていましたが、それにしても、一、二期、実施の時期が早すぎる感じがします、これで大蔵省当局が自由化行政に拍車をかけはじめたことが、はっきりしましたねぇ」

 と云い、渋面を硬《こわ》ばらせた。業務担当の荒武常務も、

「時期の問題もさることながら、もっと大幅な自由化を感じさせるのは、一五パーセントという最高限じゃないですか、東京事務所長の芥川常務からの先日来の情報によると、一五パーセント説を予測したのは、都市銀行の中で、富国銀行の竹中常務だけであり、他行はどこも一三パーセント説を確信していたということでしたし、銀行局サイドからの情報でも、一三パーセントが銀行の私企業性と公共性のかねあい点だということでしたからね」

 深刻な口調で云った。年中、各支店を廻って、預金集めの行員の尻《しり》をひっぱたき、厳しいノルマをかけて、“荒武者隊長”という渾名《あだな》をつけられている荒武常務としては、“配当能力”という銀行の優劣をはかる端的な物差《ものさし》が世間に公表されると、預金者の心理として、配当能力の高い銀行に預金しようとするのが常識であるだけに、最高限はせいぜい一三パーセント、望むべくは一二パーセント程度に抑えて、上位行との格差を少なくしてほしいというのが、本音であった。

「荒武常務の云われるように、一五パーセントという最高限は、われわれにとって、たしかにショックで、金融再編成に対する当局の思惑がありありと読み取れますね、こんなに苛酷《かこく》にしごかれると、今年あたり脱落銀行が出て、いよいよ都市銀行の再編成が火を噴くということになりはしませんでしょうか」

 事務能率担当の新井常務が、役員の中の最年少者らしく、率直な不安を洩《も》らした。その言葉に一同が重苦しく黙り込んだ時、

「諸君の心配は、もっともだ」

 正面の席から、万俵頭取の声がした。

「このように金融業界が厳しい情勢に追い込まれて来ると、当行を含めた効率のよくない中下位行の経営は、ますます苦しくなることは否《いな》めない事実であり、それだけにまた、上位行の恰好《かつこう》な合併相手として、いろんな臆測《おくそく》が今まで以上にあれこれと噂《うわさ》されると思う、噂が経営不振に拍車をかけ、いや応なく吸収合併に繋《つな》がる銀行も現実に出て来るかもしれない、しかし当行に関する限り、どのような臆測が取沙汰《とりざた》されようとも、自主独立の方針を貫くつもりであり、如何《いか》にすればさらに規模拡大をはかり、揺ぎない都市銀行の基盤を確立して、諸君らに酬《むく》いることが出来るかを頭取たる私は日夜、考え続けている、したがって、諸君は今後とも覇気《はき》をもって、銀行経営に当り、九千二百人の行員に士気昂揚《こうよう》の範を示して貰いたい」

 オーナー頭取らしく、“六頭だての馬車”の手綱を引き締めるように云うと、大亀専務以外の役員たちは、“小が大を食う”万俵の合併構想の胸中こそ知らされていなかったものの、その語気に奮いたつように力強く頷《うなず》いた。

 緊急役員会が終り、頭取室へ戻ると、万俵は机の上のシガー.ケースから葉巻を取り出してくわえた。

「お点《つ》けしましょうか」

 秘書の速水が、ライターをさし出した。

「うむ、有難う」

 万俵は、大きく煙をくゆらせた。

「先程、阪神特殊鋼の万俵専務から、お電話がございました」

「なに、鉄平から? 用件は何かね」

「折入ってお話がおありだそうで、夕方、一時間ほど時間の都合がつかないかというお問合せでした」

「いつも鉄平は、その日になって、ばたばたと云って来る、計画性がないというのか、身勝手過ぎるというのか、ともかくけじめが無さすぎる、どうせ高炉建設の資金繰りの話だろうが、他《ほか》の日に廻してくれただろうね」

 葉巻をふかしながら不機嫌に応える万俵の語調の冷たさに、速水は驚いたような顔をしたが、

「何とかご都合がつけばと思いまして、日程表を見てみましたが、このあと四時半に毎朝新聞の榎本記者が来訪し、六時から大阪の灘万《なだまん》でオリエント電器の岩野社長の接待がございますので、時間的に無理な旨《むね》を申し上げましたら、じゃあ電話で話したいとのことで、役員会が終られたら、こちらからご連絡することにしております、このお電話でおかけ致しましょうか」

 秀《ひい》でた額の下の眼をまっすぐ万俵に向けて云った時、秘書課から、毎朝新聞の榎本記者の来訪を伝える連絡が入った。約束の面会時間より十分ほど早かったが、大介はすぐ会うと応え、鉄平への電話は拒んだ。

 大阪での宴席を終え、岡本の邸《やしき》に帰って来ると、大介は、久しぶりに日本館の湯殿に入った。西洋館の配水管が故障し、西洋風呂《バス》が使えないからだった。

 脱衣室には電気ヒーターが入っていたが、網代《あじろ》の天井は高く、二月の寒気を充分に温めきっていなかった。大介がガウンを脱ぎかけると、湯殿で湯加減をみて入浴の用意を整えていた齢嵩《としかさ》の女中が、

「旦那《だんな》さま、ご酒を召し上っておられますから、お湯加減は、少しぬる目に致しておきました、それから奥さまだけ、先にお入りになりましたので、只今《ただいま》、きれいに致しておきました」

 と仕切戸越しに云った。今夜は取引関係の宴席があって遅くなると、秘書課から連絡させておいたのだった。

「お背中をお流し申し上げましょうか」

「いや、いらない、それより早く西洋風呂《バス》を直しておくことだ」

 洋式の入浴に馴《な》れている大介はそう云いつけ、独り湯殿に入った。六坪ほどもある湯殿には、白い湯煙がたちこめ、檜《ひのき》の湯槽《ゆぶね》から湯が溢《あふ》れ出ている。大介はゴルフで鍛えた六尺豊かな巨体を、たっぷりと湯槽に浸《つ》け、快げに両足を伸ばしながら、この広々とした湯殿を造った亡父の敬介のことを思った。入浴好きの亡父は、邸内の南向きの高みに湯殿を造り、湯殿の窓から神戸港を出入りする万俵船舶の持船を眼下に眺めて、悦に入っていたのだった。それだけに生存中は、生活様式こそ洋風でハイカラであっても、入浴だけは日本式の湯殿に限ると云い、大介と寧子にも、入浴は日本風でなければ風情《ふぜい》がないと、日本館の湯殿をすすめていた。

 そんな父の生前を回想しながら、大介は湯槽から上り、風呂椅子《ふろいす》に腰を下ろして、はっと視線を凝らした。白いタイルの上に、女の長い髪が一筋、黒々と濡《ぬ》れ光り、蛇のようにくねくねと貼《は》りついている。先に入った寧子の髪に違いなかった。清掃した後にもかかわらず、一筋だけタイルに残っている髪を見て、大介の眼は異様に光り、四十年前の或《あ》る日の光景を思い出した。

 その日、土曜日で平素より早く帰って来た大介が、一步、邸内に入ると、慌《あわただ》しい人の気配がし、妻の寧子が日本館の湯殿でのぼせて、失神したというのだった。急いで日本館へ行くと、池に面した風通しのいい座敷に、来客用の三枚重ねの蒲団《ふとん》が敷かれ、白地に藤丸の浴衣《ゆかた》を着た湯あがりの寧子が横たわっていた。ただでさえ血の気の薄い顔色が、池に咲く睡蓮《すいれん》のように白く透き通り、公卿《くげ》華族から嫁いで来た新妻らしい幼さと気品が漂っていた。枕《まくら》もとに坐《すわ》っている父の敬介に、ご厄介をおかけしましたと云うと、「ちょうど湯殿の前庭を通りかかったからよかったものの、寧子の人を呼ぶ声が聞えなかったら、あのまま湯殿でのぼせ死にしていたかもしれないな」と応《こた》え、寧子を風呂場から運び出して、女中に介抱させた経緯《いきさつ》を細かく話した。大介は、彼自身が聞きもしない経緯をことさら、こと細かく話す父に奇異な感を抱いたことを記憶している。

 もしやあの時、父と妻の寧子が、この湯殿の洗い場で蛇のように体を絡《から》ませていたのではないかという妄想《もうそう》が、大介の胸中に拡《ひろ》がった。この“もしや”という疑惑は、四十年前から大介の心の中に、泥沼のように澱《よど》み沈んでいた思いであった。最初、その疑惑を持ったのは、寧子が嫁いで始めての雛《ひな》節句の日であった。それまで、父が寧子を可愛《かわい》がるのは、世間によくある舅《しゆうと》の嫁可愛がりに加えて、公卿華族のお姫《ひい》さま育ちというもの珍しさもあると思っていたが、雛節句の日、日本館の方から、乱れた着物の衿《えり》もとを直しながら、蒼《あお》ざめた顔で廊下を走るように帰って来る寧子の姿を目撃し、その日から、大介は、自分の父に対して、もしやという疑惑を持つようになったのだった。それでいて、父にも寧子にも問い糺《ただ》さなかったのは、大介自身の自尊心もさることながら、絶大な力を持って一族に臨んでいる父への畏怖《いふ》があったからだった。それだけにまだ青年の大介は、心の奥底でいい知れぬ猜疑《さいぎ》と嫉妬《しつと》に苦しみながらも、それを口に出来ぬ抑圧感に蝕《むしば》まれていた。

 大介は、風呂桶《おけ》を取り、湯を汲《く》むと、ざっと洗い場を洗い流した。タイルに貼りついている髪の毛が、三杯目の湯で捌口《はけぐち》に吸い込まれるのを見定めると、大介は体を洗うのを止《や》めて湯槽に浸《つ》かり、湯殿を出た。

 日本館から西洋館への渡り廊下の窓から、庭園燈に照らされた冬枯れの庭が見え、ぼたん雪がちらつきはじめていた。大介は、湯殿の洗い場に黒く濡れ光り、タイルの上に這《は》っていた寧子の髪を思いうかべながら、二階の寝室へ上って行った。今夜は、寧子と同衾《どうきん》する日で、相子は神戸の外人のパーティに出かけ、十時というのにまだ帰っていなかった。

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