饭饭TXT > 海外名作 > 《华丽一族/華麗なる一族(日文版)》作者:[日]山崎丰子【完结】 > 華麗なる一族.txt

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作者:日-山崎丰子 当前章节:15520 字 更新时间:2026-6-16 06:24

「私の都合のために二度もお見合いの日取りを変更して戴いて申しわけございませんわ、一度はサムソン国務長官の来日予定の変更、二度目は軽井沢へ静養に行く主人のお伴のために余儀なく――、でも今日のように、こんな新緑の美しい嵯峨野ははじめてで、万俵さまのご趣向の程、恐れ入りますわ」

 顧客の万俵家ということで、座敷から食器、前庭の打水にまで心配りさせていることに感服するように云うと、細川信也は、文化功労者で気難《きむず》かしい芸術家肌の建築家であったが、

「このお座敷は見事ですね、嵐山を一望のもとに収める席を正客の座にするために、一切の無駄なものをはずし、座敷の造りは、もと四阿《あずまや》だったらしく、網代《あじろ》天井に太い松の梁《はり》を生かした風雅な造りですねぇ」

 鑑賞するように見廻し、

「一也の話によりますと、万俵さんの洋館は家具調度はむろん、床《ゆか》タイル、扉《ドア》の把手《ノブ》に至るまで、ご先代が船便で向うから取り寄せられた純スペイン式建築だそうですね、是非、拝見させて戴きたいものです」

 と云うと、二子と向い合っている一也は、ボストン眼鏡をかけた整った横顔を父の方へ向け、

「特に私の拝見致したところでは、応接間の壁面が、グラナダのアルハンブラ宮殿の壁面の図柄、ムーア民族の持つ幻想的な色感と模様をそのまま模しておられるようですよ」

 いつもの博学多識ぶりで、父の言葉を受けた。万俵大介は銀髪端正な顔を頷《うなず》かせ、

「たいしたものじゃありませんが、日本に現存する純スペイン式の建築としては、ご覧戴けるものかもしれません、いつでもどうぞお越し下さい」

 その建物の中で妻妾同衾《さいしようどうきん》という異様な生活を営んでいることなど、気振《けぶ》りにも見せぬ様子で応《こた》えると、小泉夫人は、

「そんなお邸《やしき》でお育ちになった二子さんは、近ごろのマンション住まいがお出来になりますかしら?」

 もうこの縁談がきまったような口のきき方をした。若竹色のぼかし単衣《ひとえ》に白地に銀立涌《たてわく》の綴帯《つづれおび》を締めた二子は、返事をせず、黙って曖昧《あいまい》な笑いをうかべたままでいると、斜め向いの席から相子がちらっと険しい眼《まな》ざしを向けた。やがて、椀物《わんもの》が運ばれて来た。

 京塗りの椀の蓋《ふた》を取った途端、誰の口からともなく、ほうと賞《め》でるような吐息が洩《も》れた。蓋の裏側に千羽鶴の金蒔絵《まきえ》が一筆、一筆、繊細な金粉で描かれ、椀の中に鱧《はも》の身が白ぼたんのようにふっくらと開き、みぞろ蓴菜《じゆんさい》と花柚《はなゆ》が添えられている。椀物がきめ手と云われる吉兆らしい趣向であった。

「本席はお見合いの御《ご》祝儀《しゆうぎ》、おめでとうさんでおます、つつがのうお整いやすよう、御祝儀のお椀をさし上げさせて戴きます」

 女将《おかみ》が出て、鄭重に挨拶した。座が華やぎ、豪奢《ごうしや》な見合いの席らしい雰囲気《ふんいき》が溢《あふ》れた。

 総理夫人は、やや目尻《めじり》の吊《つ》り上った色の白い、狐《きつね》のような細面を綻《ほころ》ばせ、

「ほんとうに何から何まで、お見合いの席らしい行き届き方ですこと、私にとっては可愛《かわい》い甥《おい》、妹にとっては可愛い一人息子だけに、お心入れのほど嬉《うれ》しゅう存じます」

 と云うと、一也の母は、姉に似ない柔和な顔で、

「関西にはこうした御祝儀ごとらしい趣がまだ残っておりますわね、近頃の東京では、到底、うかがえない風情《ふぜい》がございますこと――」

 感じ入るように寧子の方を向き、

「あなたさまのお実家《さと》の嵯峨子爵《ししやく》家は、やはり昔は、この辺《あた》りにお住まいだったのでございますか?」

 と聞いた。寧子は薄紫の単衣に、金茶の帯を胸高に締め、雛《ひな》人形のように小作りの顔をかしげるようにし、

「応仁の乱以前は、この辺りに荘園を持っていたらしゅうございますが、乱以後は、御所近くの北小路室町《きたこうじむろまち》の屋敷だけになり、現在もそちらの方に住まい致しております」

「さようでございますか、伺うところによれば、お実家《さと》の兄君のご令室さまも公卿《くげ》華族からお嫁《い》きになり、嵯峨家のご一族は皆さま、公家《こうけ》同士でご婚姻遊ばしておられるとか」

 万俵家の華々しい閨閥《けいばつ》より、公卿華族に対する好奇な眼が、寧子に集まった。

「はあ、私と婚家先で早く亡《な》くなりました妹だけが、外へ嫁《い》きまして――」

 寧子は口ごもるように応えた。それは嵯峨家の落魄《らくはく》を物語ることだからだった。小泉夫人はそれに気付くと、

「何と申しましても、やはり公卿華族さまというのは、家格の高い、古くから天皇さまのおそば近くに仕えられたお家柄で、私どもとはとてもとても……。こちらの細川の方は、幕末までは関東の野武士でございましたが、明治以後、政界へ足を踏み入れ、先代は貴族院議員、信也さんのお兄さまの節也さまもご承知のように、現在、参議院議長を勤めておられます」

 と云い、滑らかな語調で、さらに一也の姉二人の嫁ぎ先を紹介した。ともに政治家と繋《つな》がった家との婚姻であり、細川家の家系の中で、建築家の信也だけが、型破りの存在のようであった。

 料理はいつの間にか、南蛮金蓋《なんばんかねぶた》に盛った鮎の塩焼に移り、蓼酢《たでず》入れに乾山《けんざん》松絵の猪口《ちよこ》が使われていた。話題は見合いの席らしく、両家の家族と縁戚《えんせき》のことや趣味の話になり、一也は終始、そつなく闊達《かつたつ》に喋《しやべ》っていたが、二子は口数が少なかった。そんな二子に対して、相子は万俵家の女執事然とした慎しさと元家庭教師としての優しさを装って、もっと話題に入るよう何度も促したが、二子はそれを無視し、一之瀬四々彦と二人きりではじめて食事した神戸の南京《ナンキン》町の小さなグリルを思い出していた。

 嵯峨野を車で廻って、南禅寺にある龍村《たつむら》織物の『織宝苑《しよくほうえん》』に着いたのは、三時を廻っていた。

 万俵大介と細川信也は修学院へ出かけ、女性たちと細川一也だけで来たのだった。一般に公開されていなかったが、車が玉砂利をはじいて門を入ると、総理夫人の来訪とあって、支配人をはじめ、従業員たちが玄関に出迎えていた。

 一行は織場の見学からはじめた。二十坪程の広さの土間に、五台の手織機《てばた》が列《なら》び、この道三、四十年という職人たちの手で、千数百年前の古代織物の文様が織られていた。

 織機《はた》に通された一万四千本の細い絹の経糸《たていと》に、色とりどりの緯糸《よこいと》を通して、文様を織り出して行くのであったが、金糸、銀糸をはじめ三十数色の色糸を駆使して、絢爛《けんらん》とした袋帯を織るときは、一日、十センチぐらいしかはかどらない。

 背を屈《かが》めるように手織機に腰かけ、燦《きらび》やかな色糸を巻いた小杼《こび》や大杼を経糸に通している職人の作業を見、総理夫人は、

「大へんですわねぇ、四十年も続けておられるそうで――」

 犒《ねぎら》いの言葉をかけると、小泉夫人も傍《そば》から、体をのり出し、

「外国のゴブラン織が、経糸で模様を出して行くのと、ちょうど、反対ね――でも、こんな作業を拝見すると、女の盛装って、残忍だと思うわねぇ」

 相子や寧子の方を振返って、云った。

 織場の見学が終ると、元三菱《みつびし》の岩崎別邸を買い取り、凝りに凝った数寄屋《すきや》造りの建物を改装したショー.ルームに足を運んだ。正倉院模様の織物をはじめ、外人向きにアレンジしたハンド.バッグやネクタイ売場のコーナーに、観光客らしいアメリカ人が数人いたが、佐橋総理夫人をまん中にした一行は、渡り廊下を渡って、奥の別室に案内された。

「まあ、こちらもまた、京ならではのお庭ですこと!」

 佐橋夫人は、白狐のように吊り上った眼を細めるように云った。そこからは東山を背景にした苑内《えんない》の緑と天鵞絨《びろうど》のような苔《こけ》が眼にしみ入るように望まれ、琵琶湖《びわこ》から疏水《そすい》を流れて来た水を引いているという池に、百尾近い錦鯉《にしきごい》が群れを成しているのが、すぐ間近に見て取れた。

「さすが、元岩崎別邸でございますこと」

 小泉夫人も感嘆するように云うと、自ら案内にたっている支配人は、

「終戦直後、進駐軍が接収し、その後、財産税として物納されるのを龍村が譲り受けて、織宝苑と致しましたのですが、このお部屋は、私どもの聞くところでは、岩崎さまが書斎にご使用になっておられたお座敷だそうでございます」

 と説明したが、今は床《ゆか》に絨毯《じゆうたん》を敷き、洋家具を置き、大床には聖徳太子の軍旗であったといわれる『四天王獅猟《ししがり》文様錦』が壁面一杯に掛っている。

「これが法隆寺の代表的な美術品といわれる錦なのね」

 総理夫人と細川夫人が、異口同音に云うと、一也は、二子を伴って母の横にたち、

「この錦は法隆寺の夢殿の秘庫から出て来たものだといいますから、千三百年ほど前のものでしょう、こうした法隆寺の錦と正倉院御物の錦を復原するために、初代龍村平蔵氏から二代がかりの歳月を費やしたらしいですね」

 ここでも細川一也の博学ぶりが口をついて出、二子に頻《しき》りに話しかけたが、二子は率直な表情を返せなかった。

 一同がソファに坐ると、支配人は心得顔で、ショー.ルームに展示されていない織物を奥から出して来て見せた。

「この不老長生の文様は、照宮《てるのみや》さまが、ご降嫁《こうか》になられます時、織らせて戴きましたもので、もちろん、止《と》め柄でございます」

 百数十色の糸を使った典雅な綴帯を見せ、寧子の方へ向き直ると、

「奥さまが、嵯峨子爵家から万俵家へ、お輿入《こしい》れの時も、戦前でございましたから、小袿《こうちぎ》にお袴《はかま》で、その小袿をはじめ、いろいろとご調達させて戴きましたですね」

 嵯峨家の格式の高さを懐《なつ》かしむように云った。寧子は眼の遣《や》り場に戸惑うように、

「ええ、そうでしたわね、あの時はまだ、先代がご健在な時で――」

 と応えると、

「さようでございます、あの頃はまだ先代も健在で、腕のいい織職人がたんとおりましたが、今は先程、織場でご覧戴きましたように、六十代の職人の跡を継ぐ者のことを考えますと、保存の面で、何かと難かしいことが多うございます」

 と云いながら、最近、織り上った帯を数点並べた。いずれも正倉院模様や古代裂《ぎれ》の写しを基《もと》にした逸品であった。相子はすかさず、総理夫人の方を向き、

「お気に召されたものがございましたら、どうぞお選び下さいまし――」

 細川家との縁組を通して、総理と繋がる閨閥《けいばつ》をもくろんでいる相子は、総理夫人への献上物を最初から意図していたのだった。

 北小路室町の嵯峨家の門の脇門《わきもん》をくぐると、寧子ははじめて、自分を取り戻すようにほっと息をついた。吉兆での豪奢《ごうしや》な見合いの席も、織宝苑での華やかな一時《ひととき》も、寧子のように日頃、人前に出ない者にとっては心労の重なりであったから、総理夫人、細川親子、小泉夫人たちを都ホテルに見送った後、自分だけ実家に寄ってから、帰宅することにしたのだった。

 六時を過ぎた嵯峨家の門の内側は、いたずらに広い家屋と荒れ果てた庭が、ほの暗い夕闇《ゆうやみ》の中で森閑として静まりかえっている。

「まあ、寧子さま、どう遊ばしましたの?」

 人声がし、その方を見ると、内玄関の式台を隠している目隠し立蔀《たてじとみ》のところから、嫂《あによめ》の倶子《ともこ》の白い顔が覗《のぞ》いていた。

「あ、お嫂《ねえ》さま、私、ちょっとお寄り致しとうて」

「よう、お見え遊ばしました、ちょうど静麿《しずまろ》もお勤めから、帰宅致しております」

 と云ったが、父母の亡《な》き跡、嵯峨家を継いでいる六十一歳の兄の静麿は、関西洋蘭《ようらん》会の会長と京都文化財保護委員会の委員をしているだけであった。

「お久しゅうございますわ、お兄さまにお目もじ致しますのは、たしか去年の葵祭《あおいまつり》の時、御所でお出会いして以来でございますもの」

 と云いながら、寧子は昔のままの高い式台を着物の裾《すそ》を端折《はしよ》るようにして上り、家の中へ入るなり、思わず足を止めた。内玄関から一番奥の曾《かつ》ての勅使対面の間まで、襖《ふすま》が開け放したままになり、庭に面した障子は破れ、まるで荒れ果てた神社の社殿のような様子で、兄の生活の苦しさが窺《うかが》え、胸が塞《ふさ》がる思いがした。

「汚のうございますでしょ、何しろ三十五室、畳数にして二百畳余りあるのですもの、人は使えないし、長男夫婦がいつも裏の棟にいるのですけど、めったに顔を合わすこともございませんし、こんな広過ぎる昔の家、どうしようもありませんわ」

 同じ貧乏公卿の家から嫁いで来ている嫂は、別に気にする様子もなく云い、

「私たちは、去年からお台所に近い中の間に住んでおりますの、陽が射《さ》さなくて冬は寒いけれど、これからは涼しゅうございましてよ」

 十二畳と八畳続きの中の間に案内すると、兄の静麿は、薄暗い室内に紫、淡桃《うすもも》色、黄などの洋蘭の鉢を持ち込み、ピンセットで根ぎわの無駄草を一本一本抜き取りながら、

「やっぱり寄ったのかい、この間の手紙で、今日、二子ちゃんのお見合いが、吉兆であるとは知っていたけれど、うまく行きそうかえ?」

「ええ、どうやら向うさまはお気に召して下さっているようですけれど、私はともかく、ああいうお席は気しんどうて――、けど吉兆から帰りに嵯峨野の厭離庵《えんりあん》へ寄った時だけは、ほっと一息つきましたわ」

 厭離庵は、歌人藤原定家の嗣子為家《ししためいえ》が隠棲《いんせい》した山荘跡で、定家の旅塚《たびづか》があるが、現在は尼寺《あまでら》になり、嵯峨家の縁戚の者も尼僧《にそう》として入門しているのだった。

「それで向うは、どんな様子だった?」

「山門を竹の桟《さん》で閉ざして、一般に見せないのは、今も変りのうて、お庭の苔《こけ》が水を含んだようにみずみずしゅうて……、久方ぶりに嵯峨野の趣を堪能《たんのう》することが出来ました」

「それはよかった、たしかお前が、大介さんと婚約をした頃、向うは亡くなられた先代、こちらは私が一緒で、厭離庵のお茶室で御点前《てまえ》をしたことがあったねぇ」

 思い出すように云うと、

「お兄さま、私はどうしたいきさつから万俵家とのご縁談がはじまったのでございましたかしら?」

 不意に、四十年も経《た》った昔のことを聞くと、静麿はピンセットを使っている手を止め、

「今頃、そんな他人《ひと》ごとのようなことを聞いたりして、どうしたんだ、それは万俵家の先代が、石清水八幡宮《いわしみずはちまんぐう》の宮司さまとお親しく、そのご縁から廻って来たお縁談《はなし》じゃないか」

 笑うように云ったが、事実は、石清水八幡宮の宮司から、下鴨《しもがも》神社の宮司へ、神戸の万俵家が、貧乏華族でもいい、家格の高い公卿華族の娘を娶《めと》りたいという意向を伝えて来たのだった。寧子は神戸への輿入れをいやがったが、静麿は、亡くなった父から、万俵家からの巨額の結納金の大半を手元金として嵯峨家に残し、それで公卿華族の体面を保つしか術《すべ》のない逼迫《ひつぱく》した財政状態を打ち明けられ、妹の輿入れを詫《わ》びる思いで見送ったのだった。

「何かあったのではないか、せっかくの二子ちゃんのおめでたいお見合いの日というのに――」

 静麿は面長の気品のある面ざしで、懸念《けねん》するように聞いた。

「いいえ、二子のお見合いをみていて、ふと聞きとうになっただけでございます、おたあさまでもあらしゃったら、お甘え申したいような気がしてしもうて――」

 寧子は、今日一日の気疲れから、ふと涙ぐみそうな思いを抑えて応《こた》えると、

「それなら安心したよ、では四月にお上《かみ》と皇后さまが、京都の御所へ御幸《みゆき》あらしゃった時、御下賜《ごかし》下された御煙草《たばこ》と御菓子を持ってならしゃれ」

 静麿も昔の公卿言葉になりながら、いたわるように妹を見詰めた。

 長かった梅雨《つゆ》がようやく晴れ上った日曜日の昼下り、二子は日本館の前庭で、兄の鉄平と錦鯉に餌《えさ》をやっていた。二人の足もとには、色とりどりの鯉が数十尾も渦を巻くように群れ集まり、餌が投げられる度に、大きな水音と飛沫《しぶき》がたつ。

「私、あの細川概論居士《こじ》に、一番うんざりしたのは、吉兆でのお食事のあと、龍村の織宝苑に行って、そこのお庭を二人きりで散步させられた時なの」

 二子は、京都で行なわれた細川一也との見合いの模様を話し、一段と声に力を籠《こ》めた。

「なんだ、まだうんざりの続きがあるのか、細川君は、今頃、くしゃみの連続だろうな」

 鉄平は、鯉の好物の蚕の蛹《さなぎ》を鯉の口へ入れてやりながら、苦笑した。

「お兄さま、茶化さずに真面目《まじめ》にお聞きになって――、織宝苑のお庭には、ここより一まわりほど大きい池があり、百尾近い錦鯉が、餌をやろうとすると、こんな風に群れ集まって来て、その美しさといったら、ショー.ルームに陳列してある織物に劣らぬ見事さなのよ、それを細川居士ったら、これは紅白、あれは大正三色、そっちはドイツ鯉と、品種分類の講釈から始まって、まるで鯉の品評会の審査員をしたことがあるかと思う程の詳しさで、“紅白系の鯉のよし悪《あ》しを見分ける基準は、頭部と鰭《ひれ》の部分の赤い模様の出方であって、頭部には必ず大きい赤い模様があることが欠かせぬ条件です、しかし眼や顎《あご》にかかっていてはならず、赤い模様は左右相称でなければならず云々《うんぬん》”とやるのよ、一事が万事、この調子なの」

 細川一也が博学を披瀝《ひれき》する時に一オクターヴ高くなる口調も真似《まね》て云うと、鉄平は吹き出した。

「なるほど、それで二子は頭が痛くなって、見合いの後三日間、寝込んでしまったのだな」

「あら、そんなこと、お忙しいお兄さまに誰がお喋《しやべ》りして?」

「早苗から聞いたんだ、周囲の者はそんなこととは知らず、随分、心配したそうだが、いずれにしても、無事、婚約が成立してよかったよ」

 安堵《あんど》するように云うと、

「私はイエスの返事などした覚えはありませんわ、小泉夫人のお電話に、相子女史が勝手におよろしく、と応えただけのことよ」

 二子はきっとした語調で抗弁した。その言葉の強さに、鉄平は餌をやる手を止め、まじまじと二子の顔を見遣《みや》った。

「お兄さま、実はそのことでご相談があるの、私がもしこの縁談をはっきりお父さまにお断わりしたら、ほんとうにお兄さまはお困りになります?」

「僕が困る――、どうして僕が困るんだ」

 傍《かたわ》らの庭石に腰を下ろして、聞いた。三十数尾の錦鯉は、餌が投げられなくなっても暫《しばら》く大きく口を開き、緋《ひ》や黄金の鱗《うろこ》をきらめかせていたが、やがて次々に姿を消して行った。

 二子は、鉄平の問いに口籠《くちごも》るように、視線を池に向けて、黙っていた。

「やはり一之瀬四々彦君のことが好きなのか」

「ええ――」

 二子の彫りの深い横顔に、ひたむきな心が溢《あふ》れていた。

「そんなに気持がはっきりしているのなら、見合いする前に、お父さんにお話しして、きっぱりとお断わりすべきだったね、正式の見合い即結婚というのは、僕たちの社会の常識じゃないか」

「お父さまが正式のお見合いの本決まりを自ら告げにいらした時、お断わりしたわ、でも一之瀬さんのことを知っていらして、気持は解《わか》るが、細川さんとの見合いを拒否したら、鉄平が困ることになるよと、おっしゃって……」

「だから、僕がどうして困るんだね」

 鉄平は理解に苦しむように、重ねて聞いた。

「お父さまは、こうおっしゃったわ、多分、鉄平のことだから、お前がどうしても一之瀬君と結婚したいと云えば反対しないだろう、しかしそうなると、万俵家の家父長として、鉄平を許しておくわけには行かない、女のお前は家出でもすればこと済むかもしれないが、阪神特殊鋼の実質上の経営者である鉄平は困ることになるだろうとおっしゃるの、ということは、阪神銀行から阪神特殊鋼への貸金をストップするという意味なのでしょう? ひどいおっしゃり方だけど、そんな風に云われては、私、お見合いを拒むこと、出来なかったの」

 激して来る気持を抑えるように云った。鉄平は複雑な表情で聞いていたが、

「それはお前の考え過ぎか、或《ある》いはお父さんが、細川君と見合いをさせたい一心でおっしゃった口実に過ぎないと思うね、お父さんをそんな卑劣な風に考えるのは、よくない」

 窘《たしな》めるように云った。

「そりゃあ私だって、お父さまをそんな風に考えたくはないけど、私の結婚のことで、お兄さまとお父さまの間が、これ以上、まずくなっては申しわけないの」

「これ以上って、別に僕とお父さんは――」

 この間、つる乃家で久し振りに父と心が通い合ったことを思いながらも、二子の言葉から、何か思いあたるようなものを感じ、口を噤《つぐ》んだ。そのとき、池の向うの高みに建っているル.コルビジェ風の鉄平の家から、若いお手伝いが、小走りに走って来た。

「旦那《だんな》さま、只今《ただいま》、一之瀬四々彦さまが、図面のことで急用があるとおっしゃって、お見えになりました」

「あっ、そうだった、僕の方から会社へ電話すると云っておいて、忘れてしまっていた、すぐ行くから」

 鉄平はそう応え、二子の方へ向き、

「高炉建設の追込みで、一之瀬君は日曜日も出勤だから、そう時間はないが、僕の方の用件がすんだら、あとで来るかい」

 兄らしい思いやりで、聞いた。二子はほのかに上気した顔で、迷うように思案した。

「でも私、正直云って、まだお父さまのお言葉が気になって、心が決まらないの……だからお兄さまは、一之瀬さんには何もおっしゃらず、二人だけでお話させて下さい」

 と云った。鉄平は頷《うなず》き、足早に自分の家へ続く小径《こみち》を上って行った。

 二子は独りになると、兄の坐《すわ》っていた庭石に腰を下ろし、数寄屋《すきや》造りの日本館の屋根をぼんやりと見詰めていたが、東隣に建っている瀟洒《しようしや》な銀平夫婦の住まいへ視線を移し、ふと万樹子のことを思った。万樹子が妊娠五カ月目を迎えながら流産したということを聞き知ったのは、昨日《きのう》、若いお手伝いが口をすべらせたからだった。それまでは相子から「万樹子さんは原因不明の微熱が続いて、神経が極度に苛《いら》だっているから、暫《しばら》くお見舞もさし控えるように」と云われ、そのまま信じていたのだった。相子が、万樹子の流産をひた隠しにしたのは、ただでさえ細川一也との結婚を厭《いや》がっている自分の心理に、動揺を与えまいとするための策らしかったが、そんな一族の不幸まで勝手に裁量する相子を許せないと思った。

「二子さん、お久しぶりです――」

 背後で四々彦の声がした。二子ははじかれたようにたち上った。

「ご機嫌よう、このところ高炉建設で、以前にも増してお忙しいのですってね」

「ええ、内外の事情で、建設予定を急ピッチで早めているものですから――、いつぞやもそんなことで演奏会のお誘いを駄目にして、どうも……」

 四々彦は油気のない髪をかき上げ、申しわけなさそうに云い、

「なるほど、見事な錦鯉《にしきごい》ですね、今、専務が、祖父の代からの自慢の錦鯉がいて、ちょうど妹が下の池で餌をやっているところだから、眼の保養に見て行き給《たま》えとおっしゃったんですよ」

 と、池の中を覗《のぞ》き込んだ。

「手を叩《たた》くと、餌を貰えると思って集まって来ますのよ、呼びましょうか」

 二子がそう云って、ぽんぽんと手を叩くと、忽《たちま》ち鯉が群れ集まって来た。

「凄《すご》いなあ、やっぱり生きている色というのは、電気炉の中でオレンジ色に燃えている鉄の色にしても、この鯉の色にしても、いいですね、専務が自慢される道理だ」

 感嘆の色をうかべた。

「四々彦さん、私、この間、お見合いをしましたの」

 不意に二子が云った。鯉に眼を奪われていた四々彦は、唐突な二子の言葉に戸惑い、

「――それは、どうもおめでとう」

 ややあって、四々彦は感情を抑えた平静な声で云った。

「あら、どうしておめでとうなの、私、その方と京都のお庭で、今と同じようにご一緒にお池の鯉を見ましたの、でも、その方も鉄鋼会社の方なんですけど、鯉の色を見て、鉄の燃えている色などを絶対に連想出来ない人なの――」

 と呟《つぶや》き、

「高炉が完成するまで、お待ちしていてもよろしくて?」

「……待つ?」

 信じられぬように云うと、二子は羞《はじら》うような瞳《ひとみ》で四々彦を見上げた。四々彦の顔に、強い心の昂《たかぶ》りが満ちた。

 寝室の窓からレースのカーテンを通して昼下りの陽光が射し込んでいる。万樹子は、ガウンを羽織った体をベッドの背にもたせかけ、さっきまで読んでいた服飾雑誌を羽根蒲団《ぶとん》の上に投げ出して、独りぼんやりと天井を見上げていた。

 二十日前の夜、流産して、その翌日から高熱を出し、下腹の痛みと局部の出血が一週間ほど止まらず、骨盤腹膜炎を起したのだった。今では微熱が時折ある以外、下腹の痛みと出血も止まって、安静にさえしておればいい状態に回復していたが、体全体は力ない気怠《けだる》さに包まれ、神経が異様に苛だっている。まだ五カ月の胎児《たいじ》を失った悲しみも癒《い》えず、特に流産した夜の銀平の姿を思い出すと、やりきれない思いに襲われる。深夜に帰宅した銀平は、母の寧子も相子も既に引き揚げてしまった二人だけの寝室で、流産したことを告げても、表情を変えず、「それで君の体はいいの」と聞いたきりで、自分のベッドへ入ってしまったのだった。胎児を失った愕《おどろ》きも悲しみもなく、むしろ子供などいらないよと云っていた通り、さっぱりしたような表情でさえあった。そうしたいたわりのなさが、万樹子の心を傷つけ、やりきれない思いに駈《か》りたてている。

 扉《とびら》が開き、セーター姿の銀平がぶらりと入って来た。ナイト.テーブルの上に置き忘れたライターを取り、煙草に火を点《つ》けると、万樹子に声もかけず、また出て行きかけた。

「あなた――」

「なんだ、用かい?」

 煙草をふかしながら応えた。

「あなたって人は、流産で子供を亡《な》くしても、全然、平気でいられるのね」

 詰《なじ》るように云うと、

「最初から子供はいらない、堕《おろ》した方がいいと、云っていた僕だからねぇ」

 銀平は無感動に応えた。

「まあ、なんてひどいことを云うの、五カ月の子供、それも男の子だったというのに、よくもそんなことを――、私が流産したのもあなたのせいよ」

「君が流産したのが、どうして僕のせいになるんだい、勝手に養生しなかっただけのことだろう、迷惑だよ、そんな云い方は――」

 突き放すように云うと、

「いいえ、あなたのせいよ、あなたが毎晚のように、宴会だ何だと、遅くまで帰らないから、淋《さび》しくて私もついパーティに出かけたり、遊びに行ったりしたんじゃないの、あなたさえ、銀行のご接待がない日は早く帰って来て、新婚家庭らしく晚餐《ばんさん》を一緒にとるといった風にして下さっていたのなら、私だって妊婦らしく、もっと自重して、おとなしくしていたわ、みんな、みんな、あなたのせいよ!」

 万樹子の声がヒステリックに昂って来たが、銀平は煙草をふかしたまま、表情を動かさない。それが万樹子の神経をますます昂らせた。

「あなたは、私が流産するのを望んでいたのだわ、だから私が妊娠したと知ってから、前以上にバー遊びが激しくなったのだわ、そう、それに違いないわ、あなたが子供を死なせたのよ!」

 そう云うなり、万樹子は羽根蒲団の上の雑誌を取って、投げつけた。美しいグラビアの頁《ページ》がめくれ、銀平の足もとでパリ.モードの頁が千切れた。

「ヒステリーも、いい加減にするものだ」

 銀平は、万樹子の顔を見据えた。サーモン.ピンクの贅沢《ぜいたく》な絹のガウンを羽織りながら、眼を引き攣《つ》らせてヒステリックに叫んでいる万樹子の姿は、閨閥《けいばつ》結婚によって傷ついた一人の哀れな女のそれであり、対《むか》い合っている自分もまた同じ類《たぐ》いであると思うと、銀平は索漠とした思いに囚《とら》われた。

 扉をノックする音がして、お手伝いが顔を覗かせた。

「芦屋の安田さまご夫妻がお見えになりました」

「まあ、お父さまとお母さまがお揃《そろ》いで、すぐこちらへご案内して――」

 万樹子の顔からヒステリックな険しさが消え、みるみる表情が明るんだ。

 安田太左衛門と妻の佳江は、部屋へ入って来るなり、

「どう、その後の加減は?」

 娘の健康を案じるように云った。

「今日はお父さまも来て下すったのね、嬉《うれ》しいわ、この間中は、何かとお手数をおかけしました」

 佳江は、娘の流産の報《しら》せを聞くなり、実家《さと》の母親らしく、一週間程の間は毎日のように様子を見に来ていたのだった。そして万俵家に嫁いだ万樹子の結婚が倖《しあわ》せでなく、その原因が夫の銀平にあることを感じ取っているようだった。それだけに銀平に気を遣い、

「まあ、日曜日でお寛《くつろ》ぎのところを、突然、主人と参上して申しわけございません」

 改まった挨拶《あいさつ》をした。太左衛門の方は温厚に笑い、

「何もそんな他人行儀な挨拶をしなくてもいいじゃないか、銀平君にも何かと心配をかけたようだし、男の子だったから惜しかったねぇ」

 と云った。

「こちらこそ、何かとご心配をおかけしております、今日はまたお二方お揃いで、早速、父に報せましょう」

「いや、勝手に娘を見舞に来ただけのことだから、万俵さんにはお報せ戴《いただ》かなくても結構ですよ」

 と辞退したが、銀平は寝室の電話を取って、本館へ連絡した。父の大介はすぐ出向くと返事した。

「只今、父が参りますから、あちらの部屋へどうぞ――、万樹子はここで寝《やす》んでいる方がいいよ」

 銀平は、安田太左衛門夫妻を庭に面したリヴィング.ルームへ案内した。

 黒の絨毯《じゆうたん》を敷き詰め、イタリア製の赤、黄、紫、グリーン、ブルーなどのソファを置いた二十畳ほどの部屋は、芝生の中庭を挟《はさ》んで、万俵大介が住まっている本館と斜め向いになっていた。

 間もなく、珍しく和服姿の万俵大介が芝生を横切って来るのが見え、テラスから部屋へ入って来た。

「これは安田さん、お揃いで恐縮です、家内はあいにく、洋蘭の会で出かけておりますが、お見えになることが解っておりましたら、取り止《や》めさせましたものを――」

「いや、こちらこそ、娘の見舞だけのつもりでしたから、ご都合もお聞きせずにやって来たわけで、万俵さんにお目にかかるとは恐縮です」

 安田太左衛門夫妻と万俵大介、銀平は、テーブルを挟んで向い合うように坐ったが、瞬時、言葉が跡絶《とだ》えた。どちらも云わねばならぬことがありながら、切り出しかねている不自然さがあった。安田佳江はそれに気付くと、実家《さと》方の母親らしい腰の低さで、

「この度は娘の不注意から、せっかくの妊《みごも》りを、しかも男のお子を流産させてしまいまして、お詫《わ》びの申しようもございません」

 深々と頭を下げた。万俵大介は端正な顔を和服の衿《えり》もとに埋め、

「その点については、こちらにも責任のあることです」

 と応《こた》えた。安田太左衛門は、銀平の方を見、

「銀平君、万樹子には何かとご不満な点がおありだろうが、これからはいたわってやって戴きたい」

 今回の件に関して、銀平にも一半の責任があることを指すように云った。

「それから本人は、まだ知らぬ様子ですが、昨日、芦屋病院の院長から聞いた話によりますと、骨盤腹膜炎を起したあとは、子供を産めぬ体になる場合が多いということです――」

 太左衛門は重い口調で云い添えた。銀平はさすがに視線を落したが、万俵は、

「私もそれを聞いて、実のところ、がっかりしているのです、ほんとうに芦屋病院の院長が云われるように、今後、子供が産めないということなら……」

 言葉が跡切れ、重苦しく沈黙した。太左衛門は、

「まだ他《ほか》の病院の医者に診《み》せる道も残されていますし、万一、不幸な場合でも、万俵家には、ご長男の鉄平さんに二人のお子さんがおありになることだし、娘のことは、今後ともよろしくお願いします」

 娘の身を思う父親の気持が籠《こ》められていた。万俵は頷きながらも、

「しかし、私は、銀平の血を分けた子供、それも男の子が欲しいと、期待していたのです」

 一語、一語、区切るように云った。云いながら万俵は、自分の血を分け、万俵家を継ぐのは、長男の鉄平ではなく、銀平であると思った。それだけに、血脈が断ち切られた落胆が大きく胸に迫った。しかし、そうした感情の昂りの一瞬が過ぎると、阪神特殊鋼をトリックにして、自行より上位の大同銀行を呑《の》むためには、この安田太左衛門の力を借りねばならぬと思った。そして明日の役員会の後、大亀と芥川には、或《あ》る程度、自分の意図を話し、対大同作戦を開始しようと、心に決めた。

 伊丹空港午前九時半発の東京行きの飛行機は、忙しい仕事を抱《かか》えるビジネス.マンで殆《ほとん》ど埋まっていた。阪神銀行の大亀専務と芥川常務は、一番前列の三つ並んだ席が運よく一つ空席になり、聞き耳の心配はなかったが、低い声で話し合っていた。

 大亀専務は、肥満した大柄な体を窮屈そうに前屈《まえかが》みにし、芥川常務はダーク.スーツの華奢《きやしや》な体をぐっと大亀の方へ寄せていた。

「大蔵省へは十一時でしたね、今日のご用は、配当自由化の件ですか」

「そうだよ、実施するにあたって、今後三カ年の収益見通しを、大所高所から見てどう予測するか、御行《おんこう》の意見を聞きたいというのが、大蔵省の呼出しの口上だが、要はお前さんのところはどれぐらいの配当が出来るのだ、それを参考にして、各行の配当率の差が大きくバラつかないように規制するというのが狙《ねら》いで、各行を順番に呼びつけているのだよ」

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