饭饭TXT > 海外名作 > 《华丽一族/華麗なる一族(日文版)》作者:[日]山崎丰子【完结】 > 華麗なる一族.txt

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作者:日-山崎丰子 当前章节:15417 字 更新时间:2026-6-16 06:24

 自由党の長老グループが芸者を伴い、二次会へ流れて行って間もなく、廊下に響くような高笑いが聞えて来た。帝国製鉄の副社長であり、日経連の常任理事である兵藤正一郎招待の“兵六《ひようろく》会”のメンバーで、体重八十キロの巨漢の兵藤副社長を真ん中に、大蔵省、通産省、建設省の局長、局次長クラス十数名が出て来た。

「ともかく、今年はわが鉄鋼業界にとって試練の年だったよ、君たちもよく揉《も》んでくれたし、来年こそはお手柔らかに願いたいもんだ」

 兵藤が酒気に顔を紅《あか》らませ、玄関の式台のところにたって逸材揃《ぞろ》いの官僚たちを見送りながら云うと、通産省重工業局長の石橋は、

「揉まれたのは、どちらですかねぇ、さっき若い芸者に、局長、めっきり頭がお薄くなりましたのねなんて、妙な同情をされてがっくり来ているのですよ」

 とやり返した。賑やかな笑いが起る中で、兵藤は一人一人と握手を交わして、送り出した。

 主計局次長の美馬中が、春田銀行局長の次に挨拶《あいさつ》すると、兵藤は大きな手で、美馬の手を握り、

「やあ、美馬君、来年は君には、いい義弟が出来るね、可愛《かわい》がってやってくれ給《たま》えよ」

 自社の秘書課の細川一也のことを云った。美馬は内心、ひやりとしたが、

「もちろんですとも――、今年は何から何までほんとうにお世話になりました」

 言外に阪神特殊鋼のことを響かせて鄭重《ていちよう》に礼を云い、急いで春田の車に同乗した。住まいがそれぞれ世田谷の桜丘と成城で、同じ方向であったから、“兵六会”の帰りは相乗りする場合が多かった。車が動き出すと、

「君もいろいろと忙しいね」

 春田は、ひやかすような云い方をし、

「阪神特殊鋼は、帝国製鉄が引き受けることに本決まりらしいが、具体的にどういう合併案になるんだい、公正取引委員会の方で大分、眼を光らせている様子だよ」

「帝国製鉄が引き受けてくれれば、一旦《いつたん》、減資して帝国製鉄がかなりの株を持つということで計画を進め、向うの傘下《さんか》の昭和特殊鋼とは業務提携の形ですから、特殊鋼の市場シェアから見て独禁法にはふれませんよ、まあ、いずれにしても管財人が入ってまだ十日もたっていませんから、具体的な細部にわたっては更生計画案がつくられてからということではないでしょうか、それより、局長、さっきの話ですが――」

 美馬はハイヤーの運転手の方をちらっと見、声を低めた。さっき『たがわ』の手洗いで、春田から、阪神、大同銀行の合併を永田大臣の政敵である田淵幹事長が嗅《か》ぎつけたらしいと、耳うちされたのだった。

「ほんとうに田淵幹事長に、嗅ぎつけられたのですか」

「井床銀行課長が、田淵幹事長にじきじき呼ばれ、いろいろと聞かれたそうだ」

「そうすると、松尾審議官あたりから嗅ぎ出されたのでしょうかねぇ」

 松尾審議官は、田淵幹事長の息のかかった男である。

「いや、彼には洩《も》れないはずだ、用心の上にも用心して、巧《うま》く浮かしてしまっているからね、井床君の推測では、課長補佐の浜崎があやしいらしい」

「あの浜崎君が――、驚きましたねぇ、いつの間に、彼は田淵派のしびれ薬を嗅がされたんでしょう」

 五十歳で、去年やっと課長補佐になったノン.キャリであったが、潔癖で温厚な人柄から、とても田淵派の誘いの手に乗るなどとは思えなかった。

「井床君の話では、彼の細君の実家が田淵幹事長と同郷の広島二区で、細君の父親が亡《な》くなったこの秋に、相当な香典が、地元の田淵選挙事務所からぶち込まれたらしい――」

 春田は煙草《たばこ》の煙を窓ガラスに吹きつけながら云った。美馬は黙って頷《うなず》いた。このところ田淵幹事長の活動は、潤沢な資金を使って、ますます活発になり、永田派の前に次第に大きくたちはだかって来ている。美馬にとっても、春田にとっても、田淵が確実に情報網を強化しつつあることは脅威であった。

「局長、今から大臣のところに行きませんか」

「僕もそれを考えていたところだ、ぼやぼやしていると、今度は田淵派から潰《つぶ》されかねない」

 春田はそう云うと、運転手に永田邸のある杉並の下高井戸へ行先《ゆきさき》を変更した。

 高速道路を初台《はつだい》で降り、十分ほど行くと、下高井戸であった。その住宅街の一角にある三百坪ほどの敷地に、かなり古びた日本家屋が建っていた。一国の大臣の住まいにしては質素過ぎたが、故池山前総理に楯《たて》ついた冷飯時代からの反骨を貫いた家であった。

「あっ、毎朝新聞の車が来ているようですね、ここで降りましょうか」

 ハイヤーのライトの向うに、毎朝新聞の社旗をたてた外車が停まっているのを美馬が素早く見付けて車を停めた。二人は永田邸の二百メートルほど手前から步き、裏門へ廻ってベルを押した。中から書生が顔を出し、

「あっ、これはどうも――」

 春田と美馬と知って、すぐ切戸を開いた。

「毎朝新聞だけかい」

「はい、大臣はつい今、帰邸されたばかりです」

 と云い、植込みの間を縫って、永田の書斎の次の間に、ひとまず案内した。

「毎朝新聞は、誰が来ているのだい」

 応対に出て来た秘書に、春田が聞いた。

「榎本《えのもと》記者です、今日は大蔵省の記者クラブの方との忘年会がありましたので、記者クラブの幹事の榎本記者が送って来られたのですよ」

「じゃあ、今、これ?」

 盃《さかずき》を干す恰好《かつこう》をすると、

「ええ、ですが、お急ぎのご用件なんでしょうね」

「そう、だけど、気取られては困るんだ」

「じゃあ、電話がかかって来たことにして、ともかく一度、書斎に来て戴きますから」

 と云い、出て行った。間もなく、廊下に足音がし、

「どうした、二人揃って――、まあ入り給え」

 書斎へ請じ入れ、机の前のソファを眼で指した。

「実は、阪神、大同の合併の件、田淵幹事長の耳に入った様子ですので、大臣のお耳にお入れしなければと存じまして――」

 春田はそう云い、田淵に知れたらしいいきさつを説明した。

「ふうむ、嗅ぎつけられたか、それならことを急がねばならん」

 永田は、薄眼を天井に向けた。

「で、君らはどうすればいいと考えるのだ」

「幹事長の動きは潰し作戦が明白ですから、時間をおくのは危険です、早急《さつきゆう》に相手の動きを封じ込む方法を講じませんと――」

 春田はそう云い、永田大臣の背後の押入に視線を向けた。そこには鍵《かぎ》のかかったファイル.ボックスがあり、田淵幹事長と、政界の黒幕である“鎌倉のあの男”とがからんだ数々のマル秘資料がぎっしりと詰っている。

「これか? これを使うのは来年の総裁選用だ」

 と云い、永田は首を振った。

「では、大同銀行の方もすっかり固まっておりますので、わざと情報を洩らし、新聞に書かせて既成事実に仕上げてしまう術《て》ですね」

 春田はそう云い、美馬の方を向き、

「阪神銀行の方は、株主対策もすんで、大丈夫なんだろう」

 万俵大介の代理者に聞くように云った。

「ええ、準備完了の様子です」

「じゃあ、問題ない、大臣、今来ている榎本記者は、どうです」

 榎本に書かせようという意味であった。

「うむ、日銀の方は、しかと抑えてあるな」

「はあ、先日来、ご報告致しましたように、日銀総裁は、最初は三雲の後任頭取を日銀から送り込む意思表示をしていましたが、大蔵委員会以後は、大蔵省に一任ということに――」

 春田は、日銀総裁を侮《あなど》るように云った。

「よし、じゃあ、榎本君にやらせよう、あの男なら心配ない」

 榎本は、毎朝新聞大阪本社から今年の夏、再び東京本社の経済部に戻って来た記者で、永田の冷飯食い時代から、ぴったりと永田に随《つ》いていた大物記者だった。

「しかし、どんな工合に?」

 春田と美馬は、さすがに尻込《しりご》みしたが、永田はかまわず、書斎の扉《とびら》を開け、

「榎本君、うちの春田と美馬の両君が、年末の挨拶に来ておるんだ、忘年会のやり直しだ」

 と云った。廊下の向うの応接室から、榎本記者が姿を見せた。

「へえぇ、深夜の年末挨拶ですか、面白そうですねぇ」

 榎本は、酔いの廻った顔で笑いながらも、早くも何かを嗅ぎ出すように、春田と美馬を見た。

 予算編成で明け暮れた今年も、今日が御用納めであった。昨夜遅くまで廊下の外に人がごった返していた主計局の慌《あわただ》しさが嘘《うそ》のような静けさだったが、今年もついに予算は年内にまとまらず、越年してしまった。

 主計局次長の美馬は、山積した予算資料を片付け終り、ほっと一息つきながらも、年毎《としごと》に深刻化する米価問題を思うと、正月を迎える気分は重い。

 不意に、毎朝新聞の榎本記者が入って来た。

「さすがに今日ばかりは、静かですねぇ」

 美馬は内心、身構えた。予想した通り、昨夜、永田大蔵大臣邸で顔を合わせた榎本記者は、春田銀行局長と美馬が揃って永田邸を訪ねたことに新聞記者の第六感を働かせ、取材に来たらしい。

「昨夜はどうも――、久しぶりに大臣の昔話が出て、懐《なつ》かしかったですよ」

 到来物の珍しいウイスキーを傾けながら、永田の大蔵官僚時代の話に花を咲かせたことを美馬が云うと、榎本記者は、

「いや全く――、軍部に睨《にら》みをきかした主計官時代の話は、いつ聞いても、抱腹絶倒ものですねぇ、ところで今年の予算は相変らず米価でもめてますが、美馬さんたちが主張している米の買入れ制限は、実現の可能性があるんですか、自由党では予想以上に反撥《はんぱつ》が強いそうじゃないですか」

 と云いながら、美馬の机の前に坐《すわ》り込んだ。

「しかし去年、買入れ価格の据置きを果したのだから、今年は何としても買入れ制限を果したいですね、毎年毎年の食糧管理特別会計の大幅赤字の打開策は、もはや米の買入れ制限以外にないですよ」

 美馬が強気で云うと、

「だが、ご本尊の永田大蔵大臣の口ぐせは“われ誰よりも農民を愛す”じゃないですか」

「そうだったんですかねぇ、でも榎本さん、いくら買入れ価格を据置きにし、米作りを減らす奨励金までつけても、出来た米を無制限に政府が買い上げる今の予算の仕組は、予算編成の癌《がん》ですよ、主計局長も自由党との折衝は根気よくやってますしねぇ」

 と云い、美馬は口を噤《つぐ》んだ。榎本記者が主計局次長の部屋へ入って来たのは、果して昨夜の自分たちの思うつぼにはまりに来たのかどうかと、焦《あせ》りはじめた時、

「ところで、阪神銀行はどうなるんですかねぇ」

「どうなるって、何が――」

 正面きった榎本記者の質問に、美馬は虚を衝《つ》かれる振りをした。

「おとぼけは願い下げにして貰《もら》いたいですね、僕に話してもいいことが、何かあるはずでしょう――」

「困るな、僕の立場ではどうも――」

 美馬はことさらに困惑するように、語尾を濁した。

「じゃあ、春田局長のところへ行けば、耳よりの話が聞けるというわけですか」

 畳み込むように云った。美馬は、榎本がどの程度、感付いているのか見当がつきかね、瞬時、返事に迷った。このまますぐ春田のところへ送り込めば簡単だが、榎本は政官界のみならず、財界にも広い顔を持つ記者だけに、この際、恩を売っておきたい計算もある。

「榎本さんの千里眼にはかなわないな、うちの舅《ちち》からは何も聞いていないの?」

 榎本記者が、大阪勤務だった時、万俵大介に食い込んでいたことを知っている美馬は、ことさらに舅《しゆうと》の方にこと寄せ、意味あり気に云った。榎本の顔に、閃《ひらめ》くような色が奔《はし》った。

「じゃあ、金融再編成で、何かが?」

「これ以上はねぇ……、春田さん、まだいるんじゃないかな」

 という云い廻しで、美馬は巧みに情報を洩らした。榎本は、美馬の言葉半ばに、もう椅子からたち上り、部屋を飛び出して行った。

 美馬は、そのうしろ姿を見遣《みや》りながら、緊張がほぐれ、笑いを噛《か》み殺した。榎本には、春田が局長室にいるような云い方をしたが、今頃は自由党本部へ年末の挨拶《あいさつ》廻りに出かけているはずで、美馬が火を点《つ》けた後、春田は榎本記者を夜、自宅へ誘《おび》き寄せ、阪神、大同銀行の合併を洩らす手はずになっているのだった。

 世田谷の桜丘にある春田銀行局長の家は、二年前に新築したばかりの渋い洋館建てで、玄関に新年の注連《しめ》縄《なわ》が、早々と張られている。

 春田局長は、応接間で自分の帰りを待ち受けていた榎本記者と向い合い、さっきから榎本の執拗《しつよう》な追及を受けていた。

「しかし、局長、阪神銀行が合併することは確かなんでしょう、相手は富国銀行ですか」

 榎本記者が大阪本社の経済部詰めだった一年前、阪神銀行と富国銀行との間に、都市銀行としては思いきった預金の相互受払いの業務提携が発表され、その頃から、万俵大介の金融再編成に対するなみなみならぬ深慮遠謀を感じ取って、富国、阪神銀行の合併を秘《ひそ》かにマークしていたのだった。

 春田は、煙草をふかしながら、

「いや富国じゃない」

「じゃあ、阪神銀行より下の銀行ですね、阪神より下の銀行って、一体どこだろう」

「相手は必ずしも、下位とは限らないじゃないか」

 春田は、苦味ばしった顔に笑いをうかべた。

「じゃ、やはり阪神が吸収されるのですね」

「そうとは限らないんじゃないかな」

「春田さん、朝刊《あさかん》に間に合わせたいんですから、余りじらさないで下さいよ、阪神銀行より上で、阪神が吸収されないとなると……」

 榎本は既に午後九時を過ぎている時計を見、明日の朝刊締切時間を気にしながら考え込んだが、

「そうだ! 阪神の相手は、大同銀行じゃないですか、阪神特殊鋼で体質ががたがたになった大同銀行しか考えられない、早速、三雲頭取に会った方がいいわけですね」

 図星を指すように云った。春田は、

「だが、三雲さんは、病気らしいよ」

 さりげなく応答したが、その一言で、阪神、大同銀行の合併は、決定的な情報となった。相手が大同銀行でなければ、三雲に会いに行っても無駄と応《こた》えるはずである、しかも三雲は病気らしいと、ことさら云うところにこの合併の本質が示唆《しさ》されているようであった。榎本の眼が俄《にわ》かに輝いた。

「局長、鯱《しやち》が鯨《くじら》を呑《の》む、小が大を食うとは、まさにこの阪神、大同合併のことですね、ともかく第一報を社に入れます、局長、恩に着ますよ」

 スクープの礼を云い、勢いよくたち上った。

 榎本記者が、待たせてあった車に飛び乗り、表通りの電話ボックスで毎朝新聞経済部のデスクへ、大同、阪神合併の第一報を入れたのは、午後九時四十分であった。

 毎朝新聞経済部では直ちに、選《え》りすぐりの記者八名を編成し、他社に気取られぬよう、事実の裏固めをはじめ、関係筋の取材を開始した。

 東京へ向う早朝の飛行機の中では、殆《ほとん》どの人が毎朝新聞の一面を食い入るように読んでいる。そこには、大同、阪神銀行の合併を報じた記事が大きくトップを埋めている。

 機内の前列に、大亀専務を伴って坐っている万俵大介も、まだ早朝からの心の昂《たかぶ》りが抑えきれず、周囲で拡《ひろ》げられている九段抜きの大きな見出しが、躍るように眼に入って来る。

大同、阪神が対等合併

   預金高一躍第五位に

大同銀行(頭取三雲祥一氏、資本金二百三十億円)と阪神銀行(頭取万俵大介氏、資本金二百十億円)はこのほど両行首脳間で一対一の対等合併に踏み切ることで合意に達し、近く両行の取締役会にはかって発表する。合意内容によると、合併後の新銀行の名称は『東洋銀行』、来春四月一日発足をめどとし、新頭取には阪神銀行の万俵氏が就任する予定である。都市銀行同士の大型合併は戦後初めてで、両行の合併が実現すると、一躍都市銀行第五位の大銀行が誕生する。この合併は金融界に衝撃的な影響を及ぼし、銀行合併の“起爆剤”となることは必至で、いよいよ金融界は激動期に入る。

 センセーショナルな前書きに続いて、両行首脳の間で合意に達した主な点や両行の規模、性格、歴史が記され、永田大蔵大臣と春田銀行局長の談話が載っている。

永田蔵相談 両行の合併によって規模の利益を生かし、国民経済の要望に応えることは、金融効率化の趣旨にかなうもので、時宜に適したことと考える。今後、両行の努力によって新銀行が速《すみ》やかに発足することを期待するものである。

春田大蔵省銀行局長談 合併の申請が正式に出た場合、大蔵省としては検討の上、速やかに認可し、支援する方針である。

 大蔵大臣、銀行局長ともに双手《もろて》を挙げての支援態勢が読み取れる。昨夜十時前、美馬から、慌しく電話があり、今、春田銀行局長が大同、阪神の合併を毎朝新聞の榎本記者にスクープさせたから、その取材に対応する体制を敷くようにと連絡して来たのだった。万俵はすぐさま、大同銀行の綿貫専務に連絡し、さらに自行の東京事務所の芥川に連絡し、直接、綿貫と会って、細部にわたる打合せをするように命じた。銀行業務の実務面には長《た》けているが、こうした面にはぼろが出やすい綿貫に懸念《けねん》を持ったからであった。しかし、スクープする記者が、毎朝新聞の大阪本社経済部から東京へ転任した敏腕の榎本記者と知って、まず他社へ洩《も》れる懸念はあるまいと思っていたが、今朝《けさ》の朝刊を手にするまでは眠れぬ一夜を明かしたのだった。隣席の大亀も、昨夜以来の疲れと昂奮《こうふん》で眼を充血させている。

 空港には、秘書とともに芥川が出迎えていた。迎えの車に乗るなり、

「頭取、共同記者会見は、午前十一時から、ホテルオークラの有明の間でということにきまりましたが、今朝は五時過ぎから、抜かれた新聞各社からがんがん電話が鳴り詰めでしたし、今日の記者会見はただではすまされぬ様子です」

 マスコミの扱いに馴《な》れた芥川も昂奮しきった声で云った。

「そうだろう、うちへも地元紙など、本店が神戸にある阪神銀行が東京ダネでスクープさせるとはけしからんじゃないかと、凄《すさま》じい剣幕でかけて来、五、六本目の電話からは、上京中で不在ということにしたら、大亀君ががんがんやられたらしい」

 万俵が云うと、大亀は、

「マスコミもさることながら、行内も寝耳に水の合併で蜂《はち》の巣をつついたような騒ぎで、新聞を読んだ行員は支店長に、支店長は私をはじめ各役員に問合せの電話を入れ、咽喉《のど》が涸《か》れはてましたよ」

 額に汗を滲《にじ》ませて云った。

「で、一般行員、役員の反応はどうなんです」

「相手が上位行だから動揺している様子だが、今夕、支店長会議を招集して合併の趣旨を説明し、諒解《りようかい》を求めると同時に、荒武常務が、組合三役と会って、これまた組合員の諒解、協力方を要請することになっている」

 昂った声で云った。万俵は、

「大同銀行の方は、大丈夫なのか」

 芥川に向って聞いた。

「三雲頭取は、あのクーデターの後、役員会に辞表を出し、事態が落ちつくまで過労を理由に慶応病院へ入院するという形を取っておられるので、今日の共同記者会見には綿貫専務が頭取代行で、出席されます」

 と云い、芥川は、昨夜、綿貫の自宅へ記者会見用の“想定問答集”を届けに行った模様を報告した。

「ふむ、まあ、それだけ術《て》を打っておけば、乗り切れるだろうが、ぼろが出れば、私が巧《うま》くカバーすることだ」

 そう応えながら、万俵は、おそらく記者会見の席上では、毎朝新聞以外の、記事をぬかれた各社の記者たちが殺気だち、相当、突っ込んだ質問を浴びせかけて来るだろうと、覚悟した。

 ホテルオークラの有明の間には、五十名を越す各社社会部、経済部の記者とテレビの放送記者が詰めかけ、テレビ.カメラも据えられて、暖房のきいている上に、人いきれとテレビ.ライトの熱気で、十二月二十九日というのに蒸せ返るような暑さであった。

 正面のテーブルに、阪神銀行の万俵頭取と大同銀行の綿貫専務が並んだ。記者会見などはじめての綿貫が、大きな赭《あか》ら顔を真っ赤《か》に紅潮させ、しきりに咳払《せきばら》いして、落ち着きのない様子であるのに対し、万俵大介は、銀髪端正な表情でゆったりと椅子に坐り、かすかな微笑さえうかべている。対照的な二人の姿がこの合併の実態を物語るようであった。

 万俵大介は徐《おもむ》ろにたち上って、年の瀬も押し詰っての記者会見で、記者団に迷惑をかけたことを詫《わ》びた上で、合併趣意書を読み上げた。

 内容は、両行経営陣の間で基本的合意に達した点として、(1)経済の国際化に対応して金融機関も大型化し、経営基盤の拡充強化を図らねばならない、(2)大衆化社会に対応して一般顧客に対する金融サービスをよりきめ細かくするために両行合併による全国的な店舗網の充実が不可欠である、(3)急速に進みつつある金融の自由化に対応して、国際金融業務の面でワールド.バンクの役割を果すためには、広範な海外拠点と、豊富な資金の確保が必要であるという三点を挙げ、型通り声明文を読み終ると、記者団から一斉に質問の矢が放たれた。

「一体、この合併話は、いつ頃から始まり、最初はどちらから持ちかけられたものですか」

「今年の三月から春田銀行局長の呼びかけでわれわれ中下位五行が定期的に集まる会合ができましてね、そこで互いの経営方針、業務提携などについて話し合っているうちに、これからの時代に対処するためには同じ中位行同士が団結して体質の強化を図るべきだという意見を偶然、両行が持っていることが解《わか》ったのです、そして互いにこのような相手なら、必ずやうまくやって行けるだろうと思うに至り、まとまった話で、いわば恋愛結婚とでも申しましょうか」

 にこやかに万俵が応えると、綿貫も、

「その通りです、どちらからともなく、まあ以心伝心という、あれでございまして――」

 顔中を汗にして応えると、スクープした毎朝新聞の対抗紙である日本新聞の記者が、

「しかし、合併のタイミングから推して、国会で追及された阪神特殊鋼の件が両行合併のきっかけになったのが、真相じゃないですか」

 鋭く浴びせかけるように云った。万俵は一瞬、身じろいだが、

「そうではございません、阪神特殊鋼のひっかかりは一つの結果であり、むしろ両行仲良く協調融資をやって来たというのが実態で、決して阪神特殊鋼のひっかかりで、傷もの同士が一緒になったという類《たぐ》いのものではございません」

 と応えると、今度は経済紙の専門記者が質問した。

「綿貫専務に伺います、通常の合併の場合は、資金量の大きい方が存続会社となり、資金量の少ない方が解散会社になるわけですが、今度のケースは逆ですね、どういうわけですか」

「それはですね、形式的な手続き上の問題でして、要するに二つの銀行が古い殻を捨てて新しい銀行を産み出すということで、どちらがどちらをどうこうするということはないのでして……、その証拠に新銀行の本店は、当行本店に定める予定でございます」

 綿貫はよほど上っているのか、しどろもどろに応えた。別の記者がすぐ追討ちした。

「しかし妙ですね、このおめでたい合併発表の席に、三雲頭取の姿が見えないのはなぜですか」

「三雲は、会見がはじまる前に予《あらかじ》め、おことわり致しておきましたように、目下、病気入院中で、本人も今日、自らご披露できぬことを非常に残念がっております」

「病名は、何ですか」

「季節柄、風邪をこじらせまして……、実はこのところ阪神特殊鋼の善後処置に加えて、この合併推進のための行内外の詰め[#「詰め」に傍点]に忙殺され、過労で倒れたわけでございまして――」

 綿貫は、皺《しわ》になったハンカチーフで、顔の汗を拭《ぬぐ》った。

「どこの病院へ入院されているのです?」

 三雲不在にこだわる質問が集中した。

「慶応病院ですが、只今《ただいま》のところ面会謝絶になっておりますので、病室番号も申し上げることが出来ません、ひとつ悪《あ》しからず――」

 聞かれない病室のことまで云い、いかにもすまなそうに頭を下げた。

「病気のことはひとまずおくとして、新銀行の頭取が万俵頭取で、副頭取が綿貫専務なら、三雲頭取のポストは何ですか」

「三雲頭取はご病気ですのでですね……」

 綿貫が口ごもると、横から万俵が、

「三雲頭取には、会長のポストをお願いしております」

「しかし、この役員名簿には、会長人事に全くふれていませんね、今日の欠席と関連があるんじゃないですか」

 記者たちの追及は、容赦なかった。

「いいえ、三雲頭取は健康上の理由で、自ら職責に堪えずとして、私に頭取のポストを譲られ、会長のポストも同じ理由で固辞されている状態です、これ以上は、個人の健康上の秘密に関することですので、何卒《なにとぞ》、ご容赦下さい」

 万俵は、三雲関係の質問を巧みにシャット.アウトした。記者団もさすがに黙り、

「では合併のメリットは何ですか」

 新たな質問が飛んだ。万俵は、

「まず第一に合併によって一躍、都市銀行第五位の大銀行が誕生し、規模のメリットが得られること、次に全国的な支店網が網羅でき、しかも両行の取引企業が、当行は重化学工業部門が主であるのに対し、大同は流通部門が主で、重複せず、補完性が極めて大なることです、両行が一緒になれば、五体満足、すべてを兼ね備えた上位銀行になり、来《きた》るべき国際競争にも充分、打ち勝てるものと信じます」

 自信に満ちた表情で云い、やがてカメラマンの注文で、万俵が綿貫に手をさし出すと、綿貫の大きな手がそれを受けた。

 *

 丹波篠山の市太老の家に身を寄せている万俵鉄平は、うつうつとした表情で天井を見詰めていた。

 三雲頭取が、国会の大蔵委員会で阪神特殊鋼倒産に関して一方的に責任を追及され、満身創痍《そうい》の羽目に陥ったことを新聞で知った翌日から、鉄平はぷっつりと新聞も読まず、テレビも観《み》ず、一切の世事から眼を背け、荒涼とした思いで日々を送っている。僅《わず》かに部屋の窓から見える多紀連山の雪の量と空の晴れ方だけが、今の鉄平にとっての関心事であった。

「若旦那《だん》さん――」

 襖《ふすま》の外に、市太老の声がした。鉄平は掘炬燵《ごたつ》に足を突っ込み、天井を見詰めていた体を起した。

「お餅《もち》が焼けましたでぇ、初搗《はつづ》きのお餅は、真っ先若旦那さんに食べて戴《いただ》きたいと思うてなあ」

 お盆に香ばしい餅がのせられていた。

「有難う、せっかくだが、あとで食べるよ」

 と応《こた》えると、市太老は首を振った。

「あとで、あとでと云いなはるが、このところ急に食欲が失《の》うなり、食べなさらんやないか、それに明後日《あさつて》は元旦、お正月ぐらいは、東京の奥さんや子供さんらの待ってなさる家へ帰んなさったら、どないに喜びなさるか――」

 と云うと、頬が削《そ》げ、眼光が鋭くなった鉄平の顔が曇った。妻と子供を東京の大川家へ預けたままにしている一家の長としての無責任さが胸に来、「パパ、早く帰って来てね」と甘えた太郎と京子の言葉を思い出すと、幼い者まで振り捨てて来ていることに心の痛みを覚えたが、妻の早苗が、故大川一郎の娘らしくしっかりしていることが、辛うじて鉄平の心の支えになっている。

「いや、私はこの正月は、こちらで過したいが、迷惑だろうか」

「なんの、なんの、迷惑などあらせんが、お家の人の気持を思うての……」

 七十近い市太老はそう云い、ふと案じるように、

「若旦那さん、あんた、なんぞえらい心配ごとがあるのんと違うかのう、わしらには若旦那さんの会社のことや仕事のことなど、難かしいことは解らんけど、何かえろう心を病《や》んでなはるようや」

「いや、倒れた会社が、その後うまく行っているかどうかが気になっていて――」

 言葉を濁すと、

「こんな時、先代の大旦那さんが生きていなはったらなあ、なにしろ大旦那さんは、猪《しし》撃ちに行く時でも、一発しか弾を持たれんで、わしが何度、危ないからと云うても、わしは一発しか持たん、一発で仕留めんことにはわしの鉄砲が泣くいうような剛毅《ごうき》なお方やったし、ことのほか、若旦那さんを可愛《かわい》がってはったから、お力になって貰《もら》えるものを――」

 市太老は、しみじみとした声で云った。市太老には、深い事情は解らなかったが、神戸の万俵家から再三の問い合せの電話があっても、来ていないと応えてほしいという鉄平の言葉に、父である万俵大介と鉄平との間にただごとでないものを感じ取っているようだった。

「万俵のおじさんに、速達の手紙や!」

 市太老の孫が、大声で郵便物を届けに来た。鉄平は訝《いぶか》しげに受け取り、速達の封書の裏を返すと、三雲志保からであった。三雲頭取が大蔵委員会に喚問された新聞の記事を読んだその朝、申しわけなさですぐ電話をしたが、一足違いで三雲は銀行へ出かけてしまい、志保が電話口に出て来て、どこにいるのかと問われ、つい三雲頭取と昨年の十一月、猪撃ちに来たところですと応えてしまったのだった。それにしても、志保から速達とは、何事が起ったのか、市太老が席をたつと、鉄平は急いで封をきった。志保らしいたおやかな筆跡であった。

突然、お手紙をさしあげ、せっかくのご静謐《せいひつ》をお妨げ致します失礼をお許し下さいまし

先日は、あなたさまらしい父へのお心遣いのお電話を戴き、有難うございました 父のことでございますから、このたびの経緯については何一つ詳しいことは話してくれませんが、本日、日銀時代からご一緒でした白河専務がお見えになりました時、お伺いしますと、父はあの大蔵委員会の翌日、大臣に呼ばれ、今回の責任の追及と同時に、あなたさまのお父上の銀行との合併を迫られ、それに反対した父は、自ら頭取の座を去ったとのことでございます そしてこのような合併の運びを秘《ひそ》かに画策され、本日の新聞に突如、大同、阪神銀行の合併が公表されましたのも、すべてあなたさまのお父上のご所業と承りました

私は私なりの見方で、父の日常を見て参り、父はあなたさまの高炉建設にすべてを賭《か》け、不運な結果に終りましたとはいえ、父なりの理想と情熱を注いで参ったのでございます そうした父が、今、病気入院という形までとって、銀行合併が円滑に進むための体裁を取り繕わねばならぬことに、いいようのない怒りを覚えます 或《あ》る意味では、あなたさまも、私の父も、同じ無念の思いと存じますが、どうかお心乱しなく、よいお年をお迎え下さいまし

山深いそちらは、雪の中のお暮しと存じますが、くれぐれも御身お大切に遊ばし、めぐり来る春にまた、お目もじ出来る日を心待ちに致しております

かしこ

 鉄平は読み終えるなり、そんな馬鹿《ばか》なことが――と、呻《うめ》くような声を出した。三雲が頭取の座を去り、大同、阪神銀行が合併するなど、信じられないことであった。鉄平はすぐ囲炉裏のある居間へ行き、有線電話のハンドルを廻し、弟の銀平に確かめるべく、阪神銀行本店の電話番号を申し込んだ。暮の三十日の夕方であったが、電話はすぐ繋《つな》がり、第二貸付課長席を呼び出した。

「もしもし、銀平かい、僕だよ」

 受話器の向うで、銀平の驚く声がした。

「兄さん! もしもし、兄さんですね、今、どこにいるんです、みな心配していますよ、ことにお母さまが心を細らせておられる――」

 と云ったが、鉄平は、

「大同、阪神銀行の合併は、ほんとうなのか」

「今頃、何をおっしゃってるんですか、それより何処《どこ》にいるんです」

 銀平は重ねて所在を聞いたが、それには応えず、

「お前は、大分以前から、この合併の動きを知っていたのかい? もしもし、どうなんだ」

「二カ月程前、お父さんから聞いて、知ってましたよ」

「じゃあ、阪神特殊鋼が倒産する前だな、なぜ僕に報《しら》せてくれなかったのだ――」

 迫るように云うと、

「そんな馬鹿な、僕は阪神銀行の貸付課長ですよ、銀行合併の動きは、自行の企業秘密じゃありませんか、それより、もしもし――」

「それじゃあ、阪神銀行の頭取たる父は、或る時点から、意図的に阪神特殊鋼への融資を引き、大同銀行の三雲頭取をして貸し込ませ、阪神特殊鋼の倒産をトリックにして、自行より上位の大同銀行との合併に成功したのだな」

 鉄平の声が、怒りで震えた。

「或《ある》いは、そうかもしれない――」

「お前たちは……」

 受話器を握ったまま、絶句すると、

「おやじと一緒にしないでほしいな、迷惑ですよ」

「――銀平、それで三雲頭取の立場は、どうなるのだ」

「現在、病気入院中ということになっていますが、既に役員会へ辞表を提出しているそうだし、新銀行の頭取はおやじがやるから、要は体《てい》よく頭取の座を追われたというわけでしょうね」

 鉄平は瞬時、言葉を跡切《とぎ》らせ、

「阪神特殊鋼の方は、どんな様子だ?」

「五日前に千人ほどの思い切った人員整理をやり、むろんボーナスも出ない有様だけど、帝国製鉄の傘下《さんか》に入ることが本決まりしたから、再建は早いですよ」

 銀平はこともなげに云ったが、鉄平はもはや、継ぐべき言葉がなかった。

「もしもし、兄さん、話は帰ってからすればいいじゃないですか、ともかくお正月には帰って来るでしょう」

「いや、帰らない――」

「じゃあ、僕がそっちへ行きますよ」

「来る必要はない」

 鉄平は、電話をきった。そして電話台の下に積んである新聞の束を取って、部屋へ引き返した。

 何紙かの新聞の中で、朝刊トップに、大同、阪神銀行の合併がセンセーショナルに報道されている。そして阪神銀行頭取の万俵大介と大同銀行頭取代行の綿貫千太郎がにこやかに握手している写真が大きく扱われ、万俵大介の端正な顔には脂《あぶら》ぎった会心の笑いがうかび、綿貫の分厚な唇は喜びのあまり垂れ下るように開かれている。

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