饭饭TXT > 海外名作 > 《华丽一族/華麗なる一族(日文版)》作者:[日]山崎丰子【完结】 > 華麗なる一族.txt

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作者:日-山崎丰子 当前章节:15434 字 更新时间:2026-6-16 06:24

 鉄平は凝然として、新聞に見入っていた。大同、阪神銀行の合併などとは、鉄平の想像を絶する事柄であった。しかし、今にして思えば、或る時点から俄《にわ》かにメイン.バンクである阪神銀行が融資率を削減したことも、何かといえば大同銀行に泣きつかせて、急速に大同銀行に貸し込ませたことも、銭高に見せかけ融資を行なわせて阪神特殊鋼の経営を急激に悪化させたことも、すべて大同銀行との合併という銀行家としての大きな野心を遂げるためであったのだ。そう考えると、父に謀《はか》られたという思いに打ちのめされた。

 そして、その策謀の梃《てこ》に使われたものが、自身の知力と精神力のすべてを投入し、今日《こんにち》までの、自分の人生そのものであるといっても過言でない高炉建設であったことが無念だった。しかも、阪神特殊鋼倒産の時点においても、単に重荷になった阪神特殊鋼を帝国製鉄へ身売りしようと考えたものと解釈し、阪神特殊鋼の非常勤役員である父を背任罪で告訴までしながら、父の真の策謀を見抜けなかった自分の企業家としての甘さ、不明さが思い知らされ、ここ二年間、父に騙《だま》された上にも騙され続けて来た屈辱が、鉄平の骨身に食い入った。しかし、今となっては、もはや、どうする術《すべ》もない。

 その夜は、鉄平にとって一睡だにしない、長く果てしなく暗い一夜であった。

 翌日の大《おお》晦日《みそか》は、昨夜、降りしきった雪が止《や》み、澄んだ青空が丹波盆地に拡がっていた。

「おう、若旦那《だん》さん、どこぞへ出かけはるのかのう」

 縁先で、正月用の道具類を取り出し、一年間の塵《ちり》を払っていた市太老が、狩猟用の皮ジャケットを着、ジェームス.パーディを肩にかけ、土間で編上げのハンター.シューズを履いている鉄平に声をかけた。

「久しぶりにいい天気だから、山步きして来ようと思ってね、ぶらっと行って来る」

 鉄平はそう云いながら、土間から縁側の方へ廻った。

「それやったら今日は、銃を置いて行きなされ、この丹波篠山では、一年に一回、大晦日は殺生《せつしよう》せんことになってますのや」

「そういえば、そうだったな、銃は万一の場合の威嚇《いかく》用にしか使わないよ」

 鉄平は、白い歯を見せて頷《うなず》いた。市太老は、それでも若旦那さん、今日だけはと、皺《しわ》だらけの一徹な顔で遮《さえぎ》りかけたが、鉄平が白い歯を見せて笑ったのは、はじめてであったから、引き込まれるように、

「ほんなら気晴らしに行っておいでなさるがええが、地元の猟師が誰も入ってない日やから、かたがた、あんまり山深う入らんと、早よ戻っておいでなされや」

 と云った。鉄平の出猟を機敏に嗅《か》ぎつけた犬舎の犬が、一斉に金網に足をかけ、尾を振り、連れて行って貰おうと、吠《ほ》えたてていたが、

「じゃあ、行って来る――」

 鉄平は一匹の犬も連れず、納屋《なや》の前に停めてあるライトバンに乗った。市太老の長男の市郎や妻、孫たちはそれぞれ、煤払《すすはら》いや正月料理の用意に追われ、誰も気付かない様子であった。

 草山村の村道を抜け、鉄平は十キロ奥の赤柴《あかしば》山へライトバンを走らせた。途中、行き交う車も人もなく、ようやく上りきった太陽に、昨日降った雪がきらきらと輝き、静かな大晦日の朝であった。

 赤柴山の麓《ふもと》まで車を乗り入れると、鉄平は車を停め、祖父譲りのイギリス製の名銃、ジェームス.パーディを肩にかけ、山頂を目ざして、ゆっくり步きはじめた。山道には十センチ余りの積雪があり、步く度にさくさくと音がし、くっきりと足跡がついた。

 暫《しばら》く続いたなだらかな山道が、やがて次第に険しくなり、呼吸が乱れて来たが、鉄平は步行を緩めず、ぐんぐん上って行った。雪をかぶった太い松の樹《き》や、背丈より高い山笹の切れ目から、丹波富士といわれる雪を頂いた多紀連山が容《すがた》を見せはじめた。

 鉄平は、ふと足を止めた。何か音を聞いたような気がしたのだった。鳥の羽搏《はばた》きでも、樹間をわたる風の音でもない。鉄平が曾《かつ》て聞いたことのある音のようでもあり、また人の声のようでもあった。鉄平は荒い息を吐きながら耳をすまし、背後を振り返った。しかし、背後にあるものは、雪に映えた白い光と、自分の足跡だけで、辺《あた》りはしんしんとした静けさに包まれている。空耳だったのかと足を進ませかけ、鉄平は、はっと体を硬くした。なぜとはなく、父である万俵大介が遠く、背後から、からからと高笑いするような幻聴がした。

 その幻聴を振り払うように、鉄平はさらに尾根に向って、険しい傾斜を登って行った。この辺りは昨年の十一月、三雲頭取と猪《しし》撃ちに来た時、頂上の岩陰に寝ていた猪《いのしし》を市太老の息子の市郎が見付けて、猟犬をけしかけて追出しをかけ、三雲と鉄平が“待ち撃ち”についた場所であった。当時のことを思い出しながら、鉄平はあの時に受け持った待場《まちば》を目ざし、足もとを踏みかためるようにして、杉の木立の中へ入って行った。一步、木立の中へ入ると、陽が遮られ、蒼《あお》い樹の影を落してほの暗く、氷点下の峻烈《しゆんれつ》な冷気が手足の指先を凍《こご》えさせたが、鉄平は白い息を吐き、喘《あえ》ぎながら進んだ。鳥の気配一つせず、時折、雪でしなった枝から、ばさっと雪が落ちる音が、凍りつくような静けさの中で、大きく耳に響く。

 やがて前方が明るみ、透徹した陽が、光の矢のように射《さ》し込んで来た。左右に切りたった山が展《ひら》け、それにつれて群生している杉も疎《まば》らになった。

 木立をぬけると、冷たいが清々《すがすが》しい風が渡り、冴《さ》え渡った空の下に新雪に抱かれた山と谷が拡がった。鉄平は眩《まぶ》しさで思わず、眼を細め、銃を肩から下ろして、周《まわ》りを見廻した。三雲と待ち撃ちした岩場は、この近くにあるはずであった。視線をめぐらせた途端、眩暈《めまい》に襲われ、ぐらりと体の重心を失い、思わず、ジェームス.パーディの銃床で体を支えたが、揺らいだ視界の端に、目ざす岩場が見えた。鉄平は山笹の上の雪を掬《すく》い、口に含んだ。歯にその冷たさが沁《し》みたが、たちまち舌の上で解け、乾いた咽喉《のど》に快い刺激となって胃腑《いのふ》に下った。鉄平はもう一口、口に含むと、もとのしっかりした足どりで、百メートルほど前方の高みにある岩に向った。

 岩のすぐそばに杉の巨木が聳《そび》えたち、雪が白い浄《きよ》め布を敷いたように降り積もっている。鉄平は疲れた体をごろりと岩の上に横たえた。昨夜、一睡もしていない体に、一時間余にわたる山步きはこたえた。

 背中が、次第に冷たく凍えて来た。皮ジャンパーが、じっとり湿り、悪寒《おかん》が五体を奔《はし》ったが、鉄平は身動き一つせず、三雲のことを考えていた。大同銀行の頭取の座を追われた三雲は、今後どのような身の振り方になるのだろうか――。自分が父の奸策《かんさく》を見ぬくことが出来ておれば、三雲頭取をしてこのような羽目に陥れることはなかったはずである。昨日来の激しい自責の念が、再び火のように鉄平の心を灼《や》いた。

 森閑と静まりかえった山中から、山鳩《やまばと》の哀切な響きをもった啼声《なきごえ》が聞えて来た。それが鉄平には、母の寧子の忍び泣きのように聞えた。岡本の家を出る時、自分の膝《ひざ》に頽《くずお》れ、許しておくれ! と哀願した母の白い顔が瞼《まぶた》に甦《よみがえ》った。祖父との不倫を許せというのか、父と祖父のどちらの子か解《わか》らぬことを許せという意味だったのだろうか――、鉄平は手袋をとり、凍えた手を陽にかざし、そこに流れている自分の血を確かめるように凝視した。

 そのままの姿勢で、長い時間が過ぎた。谷を隔てた向いの尾根にいつの間にか、雪雲が厚くかかり、風に吹き流されるように動いている。鉄平は体が凍え、背中から手足にかけて感覚が麻痺《まひ》しかけているのに気付くと、体を起し、両手を強くこすり合わせながら、跡切《とぎ》れた思考のあとで、もう一度、父、万俵大介のことを思った。自らの欲望を遂げるためには、冷然と金の力で自分に都合のよい正義を作り変えることの出来る男――、今度もきっとそう試みるだろう。だが、今度は――、鉄平の憔悴《しようすい》した眼に、ぎらりとした凄《すさま》じい光が溜《た》まった。

 クゥ、クゥ、ク、クー、山鳩の啼声がさらに近くで、もの哀《がな》しさを帯びて続いた。鉄平は岩の上に徐《おもむ》ろに趺坐《あぐら》をかき、温《ぬく》みの戻った手で祖父から譲られたジェームス.パーディを取り上げた。拭《ふ》き磨かれた銃口は黒く光り、機関部の彫刻はいぶし銀のように渋く重厚な色を湛《たた》え、銃床は銃を使う者の身長と肘丈《ひじたけ》に合わせて作られたものだった。鉄平は銃を逆さに持ち変え、銃口を自分の顎《あご》の下に押し当て、銃床を膝の間に挟《はさ》んだ。靴を脱ぎ、靴下を脱いだ足で、引金を引いた。

 ターン! 雪山に凄じい銃声が一発、鳴り響いた。

 万俵鉄平の自殺は壮絶を極めた。ジェームス.パーディの銃口を顎の下に押し当て、右足拇指《おやゆび》で引金を引いて、即死していた。

 最初に、鉄平の自殺現場を目撃したのは、赤柴山の炭焼小屋に来ていた地元の猟師であった。大晦日には殺生をしないこの地方の習慣にもかかわらず、銃声が轟《とどろ》いて来たことに不審をもち、雪道についている足跡を追って来て、凄じい現場にぶち当ったのである。

 猟師の急報で、直ちに山麓《さんろく》の駐在所の警官が篠山警察署に連絡し、捜査課長以下、猟銃関係の保安主任、鑑識係など八名がサイレンを鳴らして現場へ急行したが、猟銃事件を何度か経験している刑事、警官でさえ、現場のあまりの壮絶さに息を呑《の》んだ。

 鉄平は血に染まった雪の上に仰向けに絶命していた。死後二時間たっていたが、銃弾は咽喉もとから後頭部頭蓋骨《ずがいこつ》を砕いて貫通しており、おびただしい血液が雪の降り積もった岩場を血の海に染め、傍《かたわ》らの杉の巨木の幹、枝葉にも、血しぶきや肉片が飛び散っている。

 ジェームス.パーディは、鉄平の体とは反対に、銃口が爪先《つまさき》の方に向いて倒れていた。顔や手には、血しぶきが滴《したた》っていたが、引金を引くために靴を脱いで素足になった右足先だけは、白く硬直している。

 一瞬、息を呑んだ署員たちは、捜査課長の指揮ですぐ現場の保存にかかった。制服警官が十メートル四方にロープを張りめぐらせている間に、三名の刑事は周囲の足跡や遺棄物を調べ、ブルーのジャンパーに白木綿の手袋をはめた鑑識係二名は死体の写真撮影や凶器の位置を記録しはじめた。他殺か自殺か、暴発事故かが、捜査の第一のポイントであった。

「あんたでしたね、最初の目撃者は」

 私服の捜査課長が、ロープを張った境界線のところで、村の駐在所員の質問に応えている猟師に声をかけた。山麓に検問が設けられ、関係者以外は立入禁止になっていた。

「へえ、そうです、心臓がひっくり返るほど、びっくり仰天しましたでぇ」

 猟師はまだ驚きから醒《さ》めやらぬらしく、歯の根をかちかちさせて、応《こた》えた。

「銃声が聞えたのは、何時頃でしたか」

「さあ、確かなことはよう憶《おぼ》えとらんけど、八時半、いや九時頃やったと思います」

「銃声は何発、聞えましたか」

「一発だけです、あの音は猪撃ちに使う一号弾やと思いますがな」

「そんなことまで、よく解るねぇ」

「そら、わしかて猪撃ちの猟師や、音だけ聞いて、兎《うさぎ》撃つ散弾か、猪撃ちの弾《たま》か解らいでか」

「それで、銃声を聞いてすぐここへ登って来たんだね」

「さよです、なんし、大晦日の今日は殺生せんことになっとるのに、猪道《ししみち》の一つになってる西尾根でターンと銃声が響いて来たんで、おかしいなと思うてな、そやけど、まさか人が死んだなど思うてもみんことや」

 喋《しやべ》るほどに猟師は昂奮《こうふん》し、早口になった。捜査課長は落ち着いた表情で聞き、

「それなら、なぜこんな上までわざわざ登って来たのかね、この雪道ではあんたの炭焼小屋からゆうに一時間はかかったろうに」

 と質問した。猟師は俄《にわ》かに気色ばみ、

「刑事さん、妙なこと云いはるやないか、わしが登って来たのは、若い衆の中で、近頃、猟師会に隠れて無茶するのがおるので、現場を掴《つか》まえてしぼり上げたろと思いましたのや、第一、わしはあんな人は見も知らん、どうせ都会から来たよそ者やろが」

 食ってかかると、

「課長――」

 岩場の方から若い刑事の呼ぶ声がした。

「頭蓋骨を貫通したらしい銃弾が見つかりましたよ、この杉の木に食い込んでいます」

 死体が仰転している岩場の傍《そば》の杉の巨木を指《ゆびさ》した。死体から二メートルほど上の二抱《ふたかか》えもありそうな幹に、直径十八ミリの銃弾がぶすりと食い込み、あたりに血痕《けつこん》と、白濁した脳漿《のうしよう》が付着している。

「本人が携帯している弾との照合の結果はどうかね」

 捜査課長は、死体の状況を調べている鑑識係に聞いた。

「ところが、本人は弾帯を所持していませんし、弾倉にも一発の弾も残っておりません」

「なに一発もない? では遺書か、何かそれらしいものは見付かったかね」

「いえ、遺書も、身元が割れるようなものも一切、見付かりません、しかし全般的な状況から推測して、自殺の線は、ほぼ確定的だと思われます、まず第一に発砲時の衝撃跡ですが、ここをご覧下さい」

 鑑識係はそう云い、死体の足先のあたりをさし示した。発砲の際、銃床の重みがかかったせいか、その箇所だけ十数センチ積もった雪にぽっかり穴があき、岩肌が剥出《むきだ》しになって、銃床の底に岩面との鋭い摩擦傷がついている。

「岩場の銃床の跡を見ると、本人が引金を引かない限り、こうはなりません、これが畳の上なら、畳がくぼんでしまうぐらい力がかかりますからね、第二に硝煙《しようえん》反応ですが、本人の顎、手に同一の反応が出ています」

 その説明通り、火薬の煙と残滓《ざんし》が焼け爛《ただ》れた顎にも手にも見て取れた。傍らから猟銃関係の保安主任も、

「それに傷口の様子、死体の倒れている方向と銃の位置、血液、肉片の飛散り方などから推して、銃を顎の下におし当て、接射した自殺とほぼ断定されますね、暴発の場合ですと、体と銃口の距離がありますから、顎から上が吹っとんで死体が汚なくなっています、こういう死に方は、よほどの射撃の技倆《ぎりよう》と胆っ玉がないと出来ませんな」

 半ば唸《うな》るように云うと、捜査課長は、死体の足もとに倒れている銃を見つめ、

「この辺ではあまり見たことのないりっぱな銃だな、なんだね」

「役目柄、いろんな銃を見て来た私も、はじめてみるもので、銃床を調べてみましたら、幻の名銃といわれるイギリス製のジェームス.パーディという逸品で、わざわざ別誂《べつあつら》えしたらしく、銃の製作された年月日まで記されていますよ」

「とすると、これほどの銃を所有しているこの男は、ただ者ではないわけだな」

 捜査課長はそう云い、死体の顔を凝視した。後頭部頭蓋骨から血にまみれた脳漿が飛び出し、顔中、網目のように血が滴っているが、太い形のいい眉《まゆ》、まっすぐ通った鼻梁《びりよう》、真一文字に引き結ばれた口もとのどれ一つとっても、意志の強靭《きようじん》さと逞《たくま》しさが備わっていた。遺書も残さず、たった一発しか装填《そうてん》していない銃で、これほど壮絶に自らの命を絶った男は、一体、何者なのか。捜査課長が、惹《ひ》き入れられるように死体の顔をまじまじと見つめている時、連絡係の警官が長靴を雪まみれにし、息せききって、上って来た。

「課長、死体の身元が山麓に乗り捨ててあった車のナンバーから割れました、草山村の猪撃ちの名人、大垣市太爺《じい》さんのところに来ている神戸在住の万俵鉄平という人物です、市太爺さんは息子に伴われ、もうすぐ現場へ駈《か》けつけて来ます」

「万俵鉄平――、聞いたことのある名前だな」

「はい、先月末、倒産した阪神特殊鋼の専務だそうです」

「え! すると一昨日《おととい》、東京の大同銀行と合併することが大々的に新聞、テレビで伝えられた阪神銀行の万俵頭取の御曹子じゃないか」

 捜査課長の顔に驚愕《きようがく》の色がうかんだ。

 二時間ほど前までは、青く澄んだ空が拡がり、積雪が眩《まぶ》しいほど照り映えていたが、向いの尾根にかかっていた灰色の分厚い雪雲が張り出し、いつの間にか重く垂れはじめていた。陽の光が遮断《しやだん》され、風が音をたてて吹きはじめると、山中の寒さは一段と厳しくなり、ちらちらと小雪が降りはじめた。

 血で汚れた鉄平の顔にも、血に染まった岩場にも、雪が舞い下りた。やがて現場検証が終り、担架が上げられ、万俵鉄平の死体は移された。

 市太親子はまだ登って来なかったが、二人の警官は担架を持ち上げ、雪の山道を下りはじめた。ジェームス.パーディは、すぐうしろに続く鑑識係が指紋を消さぬように布で巻いて持っていた。

 雪は次第に濃密になり、警官たちの肩先や担架の上にも、降りかかった。

 ホテルオークラの一室で、大同、阪神両銀行の役員の初顔合せが行われていた。

 大晦日の午前十時から始め、そのあと午餐会《ごさんかい》という押し詰った運びであるのは、一昨日の毎朝新聞に両行合併をスクープされ、急遽《きゆうきよ》、公表に踏み切ったためであった。

 阪神銀行側は、万俵頭取をはじめ十四名の取締役、大同銀行は綿貫頭取代行をはじめ十四名の取締役が出席し、両行役員の紹介がすんで、万俵頭取の挨拶《あいさつ》がはじまっていた。ともすれば固くなりがちな座の雰囲気《ふんいき》を和《やわ》らげるように、万俵は銀髪端正な顔に微笑を漂わせ、

「この度は、不思議なご縁で両行が合併することになりましたが、この間《かん》に示されました両行役員の皆さん方の度量と新時代を見る洞察力に、まず敬意と感謝を表します、新銀行は、“東洋銀行”という名称が示しますように、二つの銀行が一つに寄り合うのではなく、ここに全く新しい銀行が私たちの手によって誕生するわけであります――」

 一同を見渡しながら云った。両行の役員たちは、互いに腹のうちを探り合い、合併後の自分のポストを気に懸《か》けながらも、表面は和気藹々《あいあい》の面持で、万俵の言葉に耳を傾けている。

 部屋の扉《とびら》が開き、秘書が緊張した表情で、万俵の手もとにメモを置いた。そのメモにちらっと眼を走らせた途端、万俵の言葉が跡切《とぎ》れた。

ご令息鉄平氏 篠山にて自殺

 万俵は息を呑み、メモを握った。顔が引き攣《つ》れ、全身が氷のように冷えた。

「……私がご協力を得て……激動期を乗りきり……両行は……」

 舌がもつれ、足もとが揺らいだ。隣席の大亀、芥川、大同銀行の綿貫はもちろん、居列《いなら》ぶ両行の役員たちも、万俵の様子に奇異な視線を向けた。万俵は辛うじて足を踏んばり、テーブルの下で拳《こぶし》を握りしめ、言葉を手繰り出すように、やっと口を開いた。

「――新銀行の発展は、両行役員の大いなる協力を得なければなりません、殊《こと》に大同銀行の役員各位は、これまで三雲頭取に尽されたのと同様のご協力を、新銀行の私にも寄せられるよう切望致します、惜しむらくはこの席上に三雲頭取が病臥《びようが》中のためお見えにならぬことであります、ですが、三雲頭取の意は、頭取代行の綿貫専務が体しておられることと存じます」

 そう言葉を結んで着席すると、綿貫がたち上って、大同銀行側の挨拶をはじめた。得意満面の顔で、大きな口を開いて何か饒舌《じようぜつ》に喋っていたが、もはや万俵には何を話しているのか、耳に入らなかった。万俵は、鉄平自殺のメモを、大亀と芥川に見せた。みるみる二人の顔色は変り、動揺したが、万俵は眼で制した。拍手が鳴った。綿貫の挨拶が終ったのである。万俵も大きく拍手を贈ってから、

「このような喜ばしい席に申しわけありませんが、余儀ない用件が出来《しゆつたい》、中座させて戴《いただ》きます」

 と断わり、動揺する気持を必死に抑えて、部屋を出た。

 万俵が羽田発正午の飛行機で伊丹空港に着くと、総務部長と本店頭取秘書の速水がロビーに待ち受けていたが、万俵は独り車に乗り継いで、三田《さんだ》経由の国道を篠山に向った。

 鉄平自殺の報《しら》せは、篠山警察署から岡本の邸《やしき》へ知らされ、相子から本店秘書課の速水に通報されたのだった。万俵は、羽田を発《た》つ前に、岡本の邸へ電話して相子を呼び出し、家族の者はめだって新聞種になるから銀平以外、現場へ駈《か》けつけるなと厳命し、銀行内に関しては総務部長が東京の芥川と連絡をとって、新聞に書きたてられぬよう万全の術《て》を打てと命じた。

 両行役員の初顔合せの挨拶の最中《さなか》に、鉄平の自殺の報せを受け取った時は、言葉が跡切れ、乱れるほどに動揺した万俵だったが、やや落着きを取り戻し、鉄平が何故《なぜ》、自殺したのか、篠山のどこで、どのような死に方をしたのかということを考えていた。万俵の脳裡《のうり》に、昨日《きのう》、銀平に電話をかけて来た鉄平が、「父は阪神特殊鋼の倒産をトリックにして、大同銀行との合併を図り、自分のみならず、三雲頭取まで陥れたのか」と怒り狂ったということが、思い返された。その電話をかけて来た翌日の自殺である。鉄平の死は、父である自分の企業的野心を見抜き、その野望を阻《はば》もうと意図した自殺ではなかろうか――。もしそうなら、何らかの形で遺書を残しているかもしれないという不安と恐怖が募り、鉄平の死を悲しむより、その不安の方が、万俵の心を大きく占めた。

「君ぃ、もっとスピードを出せないのか」

 運転手に向って、苛《いら》だった声で急がせた。

「はあ、あいにく雪が降り出し、スリップの危険がありますので――」

 いつの間にか、車は国道一七六号線に入り、遥《はる》かに見渡す多紀連山の方は、どんよりと雪雲に覆《おお》われている。

 国鉄篠山駅に近い篠山警察署に着くと、万俵はすぐ署長室へ案内された。

「この大《おお》晦日《みそか》に、署ならびに地元の皆さま方に大へんなご迷惑をおかけ致しました」

 と詫《わ》びると、署長は、

「いや、それよりえらいことでしたね、遺体は既に山から下ろして、署内に安置してあります」

 と云《い》い、同席している捜査課長が、

「先程、ご実弟の方が来られ、遺体についていらっしゃいます、こちらへどうぞ――」

 先にたって、署の裏側の死体安置所へ足を向けた。

 コンクリートの打放しに、トタン屋根をかけてあるだけの殺風景な安置所の扉《とびら》を開くと、火の気のない薄暗い室内に、ぽつんと坐っている銀平と、大垣市太老の姿が見えた。銀平は父と顔を合わせるのを避けるように、蒼白《そうはく》な顔を伏せて出て行ったが、市太老は、大介の姿を見るなり、真っ赤に泣きはらした眼を上げ、

「えらいことになってしもうて――、わしがよう気いつけてたら、若旦那《だん》さんはこんなことに……」

 膝《ひざ》を折り、声を放って泣いた。市太老が供えたらしい線香と正月用の餅《もち》が、木の台の上に置かれている。

 万俵は、担架に仰臥《ぎようが》している鉄平の死体の方へ步み寄った。そして一瞬、躊躇《ためら》うように足を停め、白布をめくった。その途端、棒だちになった。咽喉《のど》もとが焼け爛れ、山から移送する途中、さらに出血したらしく、吹き出した血が顎下で血溜《ちだま》りになり、頭蓋骨《ずがいこつ》から流れ出ている白い脳漿まで紅《あか》く染まって、顔中に血網《ちあみ》が走っている。万俵はその凄惨《せいさん》さに、眼を背けた。

 捜査課長は、遺族の心中を察するようにすぐ白布をもと通りにした。

「なぜ、こんなことに?」

 万俵は、やっと口を開いた。

「それは署の方が伺いたいことです、先程、ご実弟の銀平氏に伺った話では、大分、以前から行方不明だったそうですが、何かご事情がおありですか」

「いや、別に、私としては、嫁の実家である故大川一郎邸に住まいしているものとばかり思っておりましたもので――遺書か何か、残しておりませんでしたか」

「いえ、遺書はありませんでしたが、なぜそんなに長く妻子をおいて、家を出ておられたのか、その辺と自殺の動機が結びつくように考えられるのですが――」

 捜査課長は、重ねて聞いた。

「その点については、私も東京からここへ駈けつけて来るまでの四時間余りの間、いろいろ考えをめぐらせました、鉄平は、阪神特殊鋼の倒産を苦にして悩みつづけ、何とか気持をたて直そうと独りになって努力したものの、人一倍責任感の強い人間でしたから、やはり自責の念に耐えられず、死を選んでしまったのではないかと……」

 万俵は遺体を横にして、そう云い繕い、

「現場の様子は、どんな風でしたか」

 と聞いた。

「男らしい、勇気のある死に方でした、ジェームス.パーディという銃にたった一発だけ弾《たま》を籠《こ》め、一発で命を断っておられます」

 捜査課長はそう云い、雪の岩場に坐《ざ》して覚悟の自殺を遂げた状況を詳しく話すと、万俵はその一語、一語を注意深く聞きながら、死ぬ時まで祖父譲りの銃を使い、弾の籠め方まで祖父を真似《まね》、まるで父親である自分に対決するような死に方をしていると、許し難い憎悪《ぞうお》に駈られた。その時、死体安置所の扉が開き、若い警官が、

「課長、只今《ただいま》、県警本部から連絡がありました、銃床の硝煙反応は陽性、現場の血液はB型です」

 と報告した。捜査課長はすぐ手帖《てちよう》にメモしたが、万俵は訝《いぶか》しげに問い返した。

「間違いじゃありませんか、本人の血液型はA型のはずですが――」

「いや、うちの鑑識が現場で採取した生血《なまち》を、パトカーですぐ県警の科学検査所へ運んで鑑定したのですから、間違いありません、ご記憶ちがいではありませんか」

「しかし、鉄平はこれまでA型と判定されています」

 と云い、戦争末期、B29の被爆に備えて、鉄平たちの学校で集団検査をした結果、本人の名札の下にはA型と記《しる》されていたことを話すと、捜査課長は、

「ああ、それなら戦争中によくあった間違いですね、おたくの場合だけでなく、署でも時折、あることですが、なおご不審でしたら、署としても、もう一度、確認せねばなりません、私自身が県警の鑑識へ問い合せましょう」

 と云い、一旦《いつたん》、出て行ったが、すぐ戻って来た。

「間違いありません、ご長男の血液型はB型です」

 と云った途端、万俵の全身から血が引いた。鉄平の血液型がA型と思えばこそ、亡父A型と妻O型の間にも、または大介自身のAB型と妻O型の間にも生れる可能性があり、絶えず、どちらの子供かという疑惑に苦しみ、憎悪し続け、鉄平を死に追いやるような冷酷な仕打ちにもなったのだった。それが鉄平が自ら命を断った今、鉄平の血液型がA型ではなく、B型であり、まぎれもなく自分の血を分けた実子であったとは――、万俵は、放心したように白布に覆われた鉄平の遺体にすり寄った。そして焼け爛れ、血まみれになっている鉄平の咽喉もとの血を自分の手で拭《ぬぐ》った。

 天王山を背にした万俵家の日本館は屋根だけを残して純白の布で掩《おお》われ、下の大門から日本館に至る六丁ほどの坂道の両側にも黒白の鯨幕《くじらまく》が引き廻されて、故万俵鉄平の葬儀がしめやかに行なわれていた。

 自殺であることと、新年二日の葬儀であることを憚《はばか》って、自宅葬であったが、日本館の広間正面にしつらえられた祭壇には、家紋入りの棺巻《かんまき》に掩《おお》われた柩《ひつぎ》が安置され、万俵家の菩提寺《ぼだいじ》である姫路亀山《かめやま》御坊から足を運んだ院主が大導師となって、十六人の僧侶《そうりよ》が左右に列ぶ中を、告別式の読経《どきよう》が続けられていた。

 祭壇左の遺族席には、喪主である鉄平の長男太郎が、転校したばかりの慶応幼稚舎三年生の制服姿で妹の京子とともに母の早苗に介添《かいぞ》えされて坐り、次いで万俵大介、寧子、銀平、二子、三子と美馬中、一子夫妻、石川正治、千鶴夫妻の順に、親族、姻戚《いんせき》が列《つら》なっている。黒い喪服を着た人たちの中で一人、寧子だけが公卿《くげ》華族の出らしく白無垢縮緬《しろむくちりめん》の喪服に、白珊瑚《さんご》の数珠《じゆず》を持ち、今にも倒れそうになる体を次男の銀平に支えられている姿が人目をひいた。

 右側の告別式参列者席には、ごく内輪だけにと配慮したにもかかわらず、阪神銀行の頭取であり、万俵コンツェルンの総帥《そうすい》である万俵大介の長男の葬儀とあって、地元政財界の有力者五十数名をはじめ、万俵コンツェルンの役員たちが列なり、その中には、東京から駈けつけた大同銀行の三雲頭取の姿も見られた。

 読経が続く中で、万俵大介は、祭壇の柩の上に掲げられている鉄平の遺影を見上げていた。太い眉、精悍《せいかん》に見開かれた眼、引き締まった頬の肉、ぐっと引き結んだ唇、生前の逞しく生き生きとした鉄平の表情が、参列者たちを見詰めている。

 万俵大介の胸には、荒涼とした風が吹き荒れていた。鉄平の血液型がA型ではなく、B型であったことによって、鉄平が自分の血を分けた長男であったことが、万俵の心をずたずたに切り苛《さいな》んでいるのだった。鉄平の血液型がA型であることによって、もしや祖父と妻との間に生れたのではという出生の疑惑が強まった時の陰惨な衝撃が、昨日のことのように思い返された。もし鉄平の出生に疑惑を抱かなかったら、阪神特殊鋼を故意に倒産させてまで、銀行家としての企業的野心を遂げたであろうかと、自問自答した。阪神銀行の将来のためになら、たとえ鉄平が血を分けた実子であっても、やはり阪神、大同の合併はやってのけたであろう、だが、骨肉を分けた子であれば、死に追いやるほどの冷酷な手段は選べなかったはずである――。

 万俵は激しい自責の中で、鉄平を阪神銀行の後継者として育《はぐく》み、迎え入れられなかったことを恨み、悔んだ。鉄平なら万俵コンツェルンの総帥としての人間的資質を備え、ここに参集している一族、コンツェルンを率いて行くことが出来る。阪神銀行を合併へと駈りたてたのも、阪神銀行の将来だけではなく、万俵コンツェルンの将来のためをも含めた考えであったのだった。そう思うと、自分の跡継ぎを失った実感が胸に沁《し》み、一族の長としての深い挫折《ざせつ》感が、万俵の心を占めた。

 読経の声が止《や》み、大介は、はっと我に返った。

「ご遺族のご焼香でございます、喪主の方からどうぞ――」

 伴僧が遺族席に向って、恭《うやうや》しく礼をした。幼い喪主の太郎が、早苗に介添えされ、遺族席からたち上った。鉄平似で色が浅黒く、眉と眼にきかぬ気らしい気性が漂っていたが、泣くまいと口もとを結び、祭壇の前で手を合わせかけ、

「パパ、きっと帰って来るって、約束したじゃないか!」

 我慢できないように、泣きじゃくった。それまで気丈に耐えていた早苗の眼に涙が噴き上げ、居列《いなら》ぶ人たちも、眼を潤《うる》ませた。

 次いで万俵大介が焼香にたち、焼香台の前で長い合掌をした。胸中には、複雑な懊悩《おうのう》が交錯していたが、長すぎるほど長い大介の合掌は、誰の眼にも、跡継ぎである長男を失い、哀《かな》しみに閉ざされる父親の姿として映った。だが、万俵大介は、一人の男の、静かだが厳しい視線を背中に感じ取っていた。それは策謀を重ねた末に蹴落《けおと》すことの出来た大同銀行の三雲頭取の眼であった。大介は、沈痛な面持で焼香を終えると、三雲の視線を振り払うように踵《きびす》を返し、寧子を促した。

 寧子は、銀平の手をかりてよろめくようにたち上り、白無垢縮緬の喪服の裾《すそ》を床に引きずるようにして祭壇に近付いた。大晦日の夕、篠山から帰って来た鉄平の遺体と対面した時、寧子は遺体の傍らに置かれているジェームス.パーディを見ると、異様な叫びをあげた。鉄平が岡本の邸を去る日、出生の疑惑を問われて応《こた》えられなかった寧子は、自分が鉄平を死に追いやったという罪の意識に苛まれた。涙も涸《か》れ果ててしまったような寧子は、祭壇にぬかずくなり、

「許しておくれ……」

 低く呟《つぶや》くように云い、その場に頽《くずお》れてしまった。遺族席はもちろんのこと、参列者席にも、かすかな動揺が起り、銀平は母を助け起すようにして席へ戻ったが、万俵一族の末席に坐っている高須相子だけは、いささかの動揺もなく、寧子の姿を冷やかに見詰めていた。

 焼香は、さらに二子、三子と進み、美馬中がたち上った。美馬が、鉄平自殺の報を大介から聞いたとき、最初に云ったのは、「何というはた迷惑なことを――、新聞に伏せられないまでも、暴発事故ということに出来なかったのですか」という苦言であった。義兄の死までも、大蔵省主計局次長という乾いた心で受けとめただけで、型通りの焼香をすると、兄を失った悲しみに打ちひしがれている一子に、さっと次を譲った。

 遺族の焼香がしめやかにすみ、告別式は参列者の焼香に移った。知事、市長、県会議長などの政治家の中に、地元選出の社民党議員で大蔵委員の中根正義の顔が一際《ひときわ》めだって見えた。毎年、正月四日の阪神銀行の年賀式には顔を出していたが、ぬけ目なく告別式に現われ、年賀のかわりをして行った。そして後に続く三雲とすれ違うと、

「やあ、お元気そうじゃないですか」

 大蔵委員会での卑劣な追及など忘れ果てたように、笑いかけた。三雲は厚顔無恥なその笑いかけを無視し、鉄平の霊前に静かに焼香した。新たな香煙がたちのぼり、鉄平の柩の上にたゆとうように輪を描いた。三雲の深い哀悼を湛《たた》えた眼に、さらに哀しみが増した。

 阪神特殊鋼の元役員たちの焼香も、惻々《そくそく》として、人々の心を搏《う》った。帝国製鉄から管財人が入って更生会社になった阪神特殊鋼に、一人だけ残された一之瀬工場長は、

「専務、煙は絶やしませんぞ――」

 悲しみを堪《こら》え、鉄平の霊前に約束し、営業担当であった川畑と経理担当の銭高も深々と頭を垂れて、鉄平の冥福《めいふく》を祈った。高炉建設に意見の食い違いこそあれ、最後まで一体となって鉄平をもりたてて行っておれば、このような離散は起らなかったのではないか――、今は万俵倉庫、万俵商事の捨て扶持《ぶち》を食《は》んでいる銭高、川畑は、曾《かつ》て鉄平の逞《たくま》しいバイタリティに煽《あお》られるように阪神特殊鋼を飛躍的に大きくさせた頃の充実感を、それぞれの悔恨の中に思い返した。

 やがて、弔問客の焼香も終り近くになり、万俵大介は、早苗と太郎を促して、席をたった。引き続いて始まる一般焼香の参列者に、会葬御礼の挨拶《あいさつ》をするためで、青竹と白木に囲まれた礼場に、喪主の太郎を真ん中にしてたった。

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