目を覚ましたのは朝の八時半だった。ふかえりの姿はベッドの中にはなかった。彼が貸したパジャマは丸められて、洗面所の洗濯機の中に放り込まれていた。手首と足首のところは折られたままになっていた。台所のテーブルに書き置きがあった。メモ用紙にボールペンで「ギリヤーク人は今どうしているのか。うちに帰る」と書かれていた。字は小さく、硬く角張って、どことなく不自然に見えた。貝殻を集めて、砂浜に書かれた字を、上空から眺めているみたいな感じがあった。彼はその紙を畳んで、机の抽斗にしまった。十一時にやってくるはずのガールフレンドにそんなものを見つけられたら、きつと一騒動になる。
天吾はベッドをきれいに整え、チェーホフの労作を書棚に戻した。それからコーヒーを作り、トーストを焼いた。朝食をとりながら、自分の胸の中に何か重いものが腰を据えていることに気づいた。それが何であるかがわかるまでに時間がかかった。それはふかえりの静かな寝顔だった。
もしかして、おれはあの子に恋をしているのだろうか? いや、そんなことはない、と天吾は自分に言い聞かせた。ただ彼女の中にある何かが、たまたま物理的におれの心を揺さぶるだけだ。でもそれでは何故、彼女が身につけたパジャマのことがこうも気になるのだろう? どうして(深く意識もせずに)手にとってその匂いを嗅いでしまったのだろう?
疑問が多すぎる。「小説家とは問題を解決する人間ではない。問題を提起する人間である」と言ったのはたしかチェーホフだ。なかなかの名言だ、しかしチェーホフは作品に対してのみならず、自らの人生に対しても同じような態度で臨み続けた。そこには問題提起はあったが、解決はなかった。自分が不治の肺病を患っていると知りながら(医師だからわからないわけがない)、その事実を無視しようと努め、自分が死につつあることを実際に死の床につくまで信じなかった。激しく喀血しながら、若くして死んでいった。
天吾は首を振り、テーブルから立ち上がった。今日はガールフレンドの来る日だ。これから洗濯をして掃除をしなくてはならない。考えるのはそのあとにしよう。