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第3章 青豆.2

作者:日-村上春树 当前章节:2065 字 更新时间:2026-6-16 01:35

 彼女はタマルに言われたように、ポケットベルを常に腰につけていた。眠るときには目覚まし時計の隣りに置いた。それがいつ鳴りだしてもすぐに対処できるように備えた。しかしベルは鳴らなかった。更に一週間が過ぎ去った。

 靴箱の中の拳銃、レインコートのポケットにある七発の実弾、沈黙をまもり続けるポケットベル、特製のアイスピック、その細く尖った致死的な針先、旅行バッグに詰められた身の回りのもの。そして彼女を待ち受けているはずの新しい顔と、新しい人生。新宿駅のコインロッカーに入った現金の束。青豆はそんなものたちの気配の中で、真夏の日々を送った。人々は本格的な夏休みに入り、多くの店はシャッターを下ろし、通りを行く人影はまばらだった。車の数も減り、街はしんと静まりかえっていた。ときどき自分がどこにいるのか見失ってしまいそうになった。<傍点>これは本当の現実なのだろうか</傍点>、自分にそう問いかけた。しかしもしそれが現実ではないのだとしたら、ほかのどこに現実を求めればいいのか、彼女には見当もつかない。だからとりあえずこれを唯一の現実として認めるしかない。そして全力を尽くしてなんとかこの現実を乗り切るだけだ。

 死ぬのは怖くない、と青豆はもう一度確認する。怖いのは現実に出し抜かれることだ。現実に置き去りにされることだ。

 準備は整っている。気持ちの整理もできている。タマルから連絡があり次第、いつでもすぐにこの部屋を出ていくことができる。しかし連絡はなかった。カレンダーの日付は八月の終わりに近づいていった。あと少しで夏も終わろうとして、外では蝉たちが最後の声を振り絞っている。一日一日はおそろしく長く感じられるのに、どうしてこんなにも急速に一ヶ月が通り過ぎてしまったのだろう。

 青豆はスポーツ?クラブの仕事から戻ると、汗を吸い込んだ衣服を脱いで洗濯用のバスケットに入れ、タンクトップとショートパンツという格好になった。昼過ぎに激しい夕立ちがあった。空が真っ暗になり、小石くらいの大きさの雨粒が音を立てて路面を叩き、雷がひとしきり鳴った。夕立ちが過ぎ去ると、あとには水浸しになった道路が残った。太陽が戻ってきて、その水を全力で蒸発させ、都市はかげろうのような蒸気に覆われた。夕方から再び雲が出て、厚いヴェールで空を覆った。月の姿は見えない。

 夕食の用意に取りかかる前に一休みする必要があった。冷たい麦茶を一杯飲み、前もって茄でておいた枝豆を食べながら、台所のテーブルに夕刊を広げた。一面から記事を流し読みし、順番にページを繰っていった。興味を惹く記事は見あたらない。いつもの夕刊だ。しかし社会面を開いたとき、あゆみの顔写真が彼女の目にまず飛び込んできた。青豆は息を呑み、顔を歪めた。

 そんなはずはないと彼女は最初思った。誰かよく似た人の写真をあゆみに見間違えているのだ。だってあゆみが新聞に写真入りで、こんなに大きく取り上げられるわけがない。しかしどれだけ見直しても、それは彼女のよく知っている若い婦人警官の顔だった。時折のささやかな性的饗宴を立ち上げるためのパートナーだった。その写真の中で、あゆみはほんのわずかに微笑みを浮かべている。どちらかといえばぎこちない人工的な微笑みだ。現実のあゆみはもっと自然な、開けつぴろげな笑みを顔いっぱいに浮かべる。それは公のアルバムに載せるために撮られた写真のように見えた。そのぎこちなさには何かしら不穏な要素が含まれているようだった。

 青豆はできることならその記事を読みたくなかった。写真の隣りにある大きな見出しを読めば、何が起こったか察しがついたからだ。しかし読まないわけにはいかない。これは現実なのだ。どんなことであれ、現実を避けて通り過ぎるわけにはいかない。青豆は一度大きく息をしてから、そこにある文章を読んだ。

 中野あゆみさん、26歳。独身。東京都新宿区在住。

 彼女は渋谷のホテルの一室で、バスローブの紐で首を絞められ、殺害されていた。全裸だった。両手は手錠をかけられ、ベッドヘッドに固定されていた。声が出せないように口の中には着衣が突っ込まれていた。ホテルの従業員が昼前に部屋の点検に行って、死体を発見した。昨夜の十一時前に彼女と男がホテルの部屋に入り、男は明け方に一人で帰った。宿泊料金は前払いだ。この大都市にあっては、さして珍しい出来事ではない。大都市には様々な人々が参集し、そこに発熱が生まれる。時としてそれは暴力のかたちに発展する。新聞はこの手の出来事で満ちている。ただしそこには月並みではない部分もあった。被害者の女性は警視庁勤務の現役婦人警官で、セックスプレイに使われていたと思われる手錠は正式な官給品だった。ポルノ?ショップで売っているちゃちな玩具ではない。当然ながら、それは世間の注目を引くニュースになった。

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