饭饭TXT > 海外名作 > 《1Q84 book1(日文版)》作者:[日]村上春树【完结】 > 【书香门第】1Q84 (日文版).txt

第8章 天吾.2

作者:日-村上春树 当前章节:4191 字 更新时间:2026-6-16 01:35

 天吾は父親の言葉を遮った。「僕の母親はどんな人だったんですか? 彼女はどこに行ったんですか? そしてどうなったんですか?」

 父親は急に黙りこんだ。彼はもう呪文を唱えなかった。

 天吾は続けた。「僕は誰かを嫌ったり、憎んだり、恨んだりして生きていくことに疲れたんです。誰をも愛せないで生きていくことにも疲れました。僕には一人の友達もいない。<傍点>ただの一人も</傍点>です。そしてなによりも、自分自身を愛することすらできない。なぜ自分自身を愛することができないのか? それは他者を愛することができないからです。人は誰かを愛することによって、そして誰かから愛されることによって、それらの行為を通して自分自身を愛する方法を知るのです。僕の言っていることはわかりますか? 誰かを愛することのできないものに、自分を正しく愛することなんかできません。いや、それがあなたのせいだと言っているわけじゃない。考えてみれば、あなただってそういう被害者の一人なのかもしれない。あなただっておそらく、自分自身の愛し方をよく知らないはずだ。違いますか?」

 父親は沈黙の中にこもっていた。その唇は固く閉ざされたままだった。天吾の言ったことを彼がどれだけ理解したのか、表情からはわからなかった。天吾も黙って椅子に身を沈めていた。開かれた窓から風が入ってきた。風は日光によって変色したカーテンを翻し、鉢植えの細かい花弁を揺らせた。そして開け放しになったドアから廊下に抜けて行った。海の匂いが前よりも強くなった。蝉の声に混じって、松の針葉が触れあう柔らかい音が聞こえた。

 天吾は静かな声で続けた。「僕は幻をよく見ます。昔から一貫して同じ幻を繰り返し見続けています。それはたぶん幻じゃなくて、記憶された現実の光景なんだろうと考えています。一歳半の僕のとなりに母親がいます。母親は若い男と抱き合っている。そしてその男は<傍点>あなた</傍点>じゃない。どんな男だかはわからない。しかしあなたで<傍点>ない</傍点>ことだけは確かだ。どうしてかはわからないけれど、その光景は僕のまぶたにしっかりと焼き付いて、はがれなくなってしまっている」

 父親は何も言わない。しかし彼の目は明らかに何か違うものを見ている。ここにあるのではないものを。そして二人は沈黙を守り続ける。天吾は急速に強くなった風の音に耳を傾けている。父親の耳が何を聞いているのか、天吾にはわからない。

「何か読んでもらえませんか」と父親は長い沈黙のあとで、あらたまった口調で言った。「目を痛めているので、本を読むことができんのです。長く字を追うことができない。本はその本棚の中に入っております。あなたの好きなものを選んでいただいてよろしい」

 天吾はあきらめて椅子から立ち上がり、本棚に並んだ本の背表紙をざっと眺めた。その大半は時代小説だった。『大菩薩峠』の全巻が揃っている。しかし天吾は大時代な言葉を使った古い小説を父親の前で朗読するような気持ちには、どうしてもなれなかった。

「もしよければ、猫の町の話を読みたいのですが、それでかまいませんか」と天吾は言った。

「僕が自分で読むために持ってきた本ですが」

「猫の町の話」と父親は言った。そしてその言葉をしばらく吟味した。「もしご迷惑でなければ、それを読んで下さい」

 天吾は腕時計に目をやった。「べつに迷惑じゃありません。電車の時間までにはまだ間はあります。奇妙な話だから、気に入るかどうかはわからないけど」

 天吾はポケットから文庫本を出し、『猫の町』の朗読を始めた。父親は窓際の椅子に座ったまま姿勢も変えず、天吾の朗読する物語に耳を澄ませていた。天吾は聞き取りやすい声で、ゆっくりと文章を読んでいった。途中で二度か三度休憩して、息をついた。そのたびに父親の顔を見たが、そこにはどのような反応も見受けられなかった。彼がその物語を楽しんでいるのかいないのか、それもわからない。物語を最後まで読み終えたとき、父親は身動きひとつせず、じっと目を閉じていた。眠り込んでしまっているみたいにも見えた。しかし眠ってはいなかった。物語の世界に深く入り込んでいただけだ。彼がそこから出てくるのにしばらく時間がかかった。天吾はそれを我慢強く待っていた。午後の光がいくらか薄れ、あたりに夕暮れの気配が混じり始めた。海からの風が松の枝を揺らし続けていた。

「その猫の町にはテレビがあるのでしょうか?」、父親はまず職業的な見地からそう質問した。

「一九三〇年代にドイツで書かれた話だし、その頃にはまだテレビはありません。ラジオはあったけど」

「私は満州におったが、そこにはラジオもなかった。放送局もなかった。新聞もなかなか届かず、半月前の新聞を読んでおりました。食べるものだってろくになく、女もおらんかった。ときどき狼が出た。地の果てのようなところでした」

 彼はしばらく黙して何かを考えていた。たぶん若いときに満州で送った、開拓移民としての苦しい生活のことを思い出しているのだろう。しかしそれらの記憶はすぐに混濁し、虚無の中に呑み込まれていった。父親の表情の変化から、そのような意識の動きが読み取れた。

「町は猫がつくった町なのか。それとも昔の人がつくって、そこに猫が住み着いたのか?」と父親は窓ガラスに向かって独り言のように言った。でもそれはどうやら天吾に向かって投げかけられた質問であるようだった。

「わからないな」と天吾は言った。「でもどうやら、ずっと昔に人間がつくったもののようですね。何らかの理由で人間がいなくなり、そこに猫たちが住み着いたのかもしれない。たとえば伝染病でみんなが死んでしまったとか、そういうことで」

 父親は肯いた。「空白が生まれれば、何かがやってきて埋めなくてはならない。みんなそうしておるわけだから」

「みんなそうしている?」

「そのとおり」と父親は断言した。

「あなたはどんな空白を埋めているんですか?」

 父親はむずかしい顔をした。長い眉毛が下がって目を隠した。そしていくぶん嘲りが混じった声で言った。「あんたにはそれがわからない」

「わかりません」と天吾は言った。

 父親は鼻孔を膨らませた。片方の眉がわずかに持ち上がっていた。それは昔から、何か不満があるときに彼がいつも浮かべた表情だった。「説明しなくてはそれがわからんというのは、つまり、どれだけ説明してもわからんということだ」

 天吾は目を細めて相手の表情を読んだ。父親がこんな奇妙な、暗示的なしゃべり方をしたことは一度もない。彼は常に具体的な、実際的な言葉しか口にしなかった。必要なときに、必要なことだけを短くしゃべる、それが会話というものについての、その男の揺らぎない定義だった。しかしそこには読みとれるほどの表情はなかった。

「わかりました。とにかくあなたは<傍点>何かの</傍点>空白を埋めている」と天吾は言った。「じゃあ、<傍点>あなたが残した</傍点>空白をかわりに埋めるのは誰なんでしょう」

「あんただ」と父親は簡潔に言った。そして人差し指を上げて天吾をまっすぐ、力強く指さした。

「そんなこときまっているじゃないか。誰かのつくった空白をこの私が埋めてきた。そのかわりに私がつくった空白をあんたが埋めていく。回り持ちのようなものだ」

「猫たちが無人になった町を埋めたみたいに」

「そう、町のように失われるんだ」と彼は言った。そして自分が差し出した人差し指を、まるで場違いな不思議なものでも見るようにぼんやりと眺めた。

「町のように失われる」と天吾は父親の言葉を繰り返した。

「あんたを産んだ女はもうどこにもいない」

「<傍点>どこにもいない</傍点>。町のように失われる。つまりそれは、死んでしまったということなのですか?」

 父親はそれには答えなかった。

 天吾はため息をついた。「それでは、僕の父親は誰なんですか?」

「ただの空白だ。あんたの母親は空白と交わってあんたを産んだ。私がその空白を埋めた」

 それだけを言ってしまうと、父親は目を閉じ、口を閉ざした。

「空白と交わった?」

「そうだ」

「そしてあなたが僕を育てた。そういうことですね?」

「だから言っただろう」、父親はしかつめらしく咳払いをひとつしてから言った。わかりの悪い子供に単純な道理を説くみたいに。「説明しなくてはそれがわからんというのは、どれだけ説明してもわからんということだ」

「僕は空白の中から出てきたんですか?」と天吾は尋ねた。

 返事はない。

 天吾は膝の上で手の指を組み合わせ、父親の顔をもう一度正面からまっすぐ見た。そして思った。この男は空っぽの残骸なんかじゃない。ただの空き屋でもない。頑強な狭い魂と陰鬱な記憶を抱え、海辺の土地で訥々と生き延びている一人の生身の男なのだ。自らの内側で徐々に広がっていく空白と共存することを余儀なくされている。今はまだ空白と記憶がせめぎあっている。しかしやがては空白が、本人がそれを望もうと望むまいと、残されている記憶を完全に呑み込んでしまうことだろう。それは時間の問題でしかない。彼がこれから向かおうとしている空白は、おれが生まれ出てきたのと同じ空白なのだろうか?

 松の梢を吹き抜ける夕暮れ近くの風に混じって、遠い海鳴りが聞こえたような気がした。でもただの錯覚かもしれない。

目录
设置
设置
阅读主题
字体风格
雅黑 宋体 楷书 卡通
字体大小
适中 偏大 超大
保存设置
恢复默认
手机
手机阅读
扫码获取链接,使用浏览器打开
书架同步,随时随地,手机阅读
首 页 < 上一章 章节列表 下一章 > 尾 页