饭饭TXT > 海外名作 > 《蛇淫の血(日文版)》作者:[日] 沙野风结子【完结】 > [沙野風結子/奈良千春]蛇淫の血.txt

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作者:日- 沙野风结子 当前章节:14754 字 更新时间:2026-6-16 06:22

そうやって组织と距离を取りたがる角能に、组长は四代目は凪斗にするつもりだから、まずはおまえに教育してほしい、と言ってきたのだった。

凪斗をどんなふうに扱ってもいい。おまえのいいように色を付けてみろ。刺青(いれずみ)でもなんでも、おまえ好みにすればいい。……大事な迹取り息子を预けるにしては随分な申し出だ。

この话を持ちかけられたとき、组长も耄碌(もうろく)したな、と思った。

生粋(きっすい)の极道でもない自分程度の人间を胜手に买いかぶって、组の命运を左右するだろう四代目を任せるなど、どうかしている。

とはいえ、若いころから「岐柳の大蛇(おろち)」と称され、自身の代で一気に岐柳组の势力図を拡げた组长が四代目にと推している息子には、多少兴味をそそられた。

それで、引き受けたわけだが。

――现実逃避に必死な、腹の据わらないガキの子守りをさせられるのは、ご免だ。

* * *

睑(まぶた)が厚ぼったく肿れているのがわかる。目を开けるのも亿劫なほど、だるい。

左の頬がピリピリと痛む。平手で张られたときの冲撃が思い出された。そして凪斗は、自分がいまどこにいるかに思い至る。

――あの男の部屋だ。

あの男、名前は……カドノ……角能尭秋(たかあき)。渡された名刺に刷られていた字面(じづら)が闭じた睑に浮かぶ。

自宅マンションはエントランスも无人でセキュリティが问题外だから、いてはいけないと言われた。凪斗は键はしっかりかけるし、荷物が来ても受け取らないから大丈夫だと言い张ったけれども、まったく耳を贷してもらえなかった。そして、胜手に角能の家に连れて行かれることを决められてしまって。

冗谈じゃないと思った。命を狙われるのは恐ろしいが、暴力的なヤクザの家に泊まるほうがマシだとも、とても思えない。必死に抵抗したものの、ほとんど拉致されるようにして部屋から连れ出され、浓いスモークを贴られた车の後部座席に押し込まれた。

そして、ここに连れてこられた。

角能は、なんとか逃げようとする凪斗の頬を平手で打った。おそらく加减はしてあったのだろうが、脳が揺れるような冲撃を受けた。そうして动けなくなった凪斗を抱き上げ、ベッドに放り投げると、後ろ手に手锭をかけた。足首もガムテープでくくられてしまい、そうするともうどうしようもなかった。

……二十歳にもなって実に情けない话だけれども、凪斗は泣いた。

もちろんワーワー泣いたわけではない。自分の身に起こっていることを受け入れられなくて、その受け入れられない分が涙になって渗み出たような泣き方だった。

角能は涙を见ると、ことさら露骨にうんざりした表情をして、寝室を出て行った。

そうやって泣いたから、こんなふうに目が肿れているのだ。

目を、开けたくない。目を开けなければ最悪の现実もないのと同じだという、子供じみた理屈にしがみつく。

そうやって顽(かたく)なに目を闭じたまま、どれほど过ごしたか。

玄関の开闭音が闻こえた。それから、いかにも男のものらしい重い足音。それが近づいてくる。寝室のドアの蝶番(ちょうつがい)が鸣った。

シャッという音とともに睑の里が明るくなる。カーテンが开けられたのだろう。

ベッドの横に人が立つ気配。シン……とする。

すうっと、くすんだトーンの香りが鼻腔をくすぐった。

「おい」

ぞんざいな低い声。

「どれだけ寝れば気がすむんだ?」

狸(たぬき)寝入りを决め込もうとしていたのに、角能の声に反射的に身体がビクッと竦(すく)んでしまった。頬を手の甲で軽く叩かれて、凪斗は目を开く。

わずかに凪斗へと屈む姿势で、角能が覗き込んでいた。雕りのしっかりした顔は、眩しい阳光を受けて、鼻や唇にくっきりした影を生んでいる。

「喉、渇いてるか?」

讯かれて、喉がからからになっていることに気づく。

颔くと、角能はコップに水を汲んで持ってきた。背中に手を当てられて上体を起こさせられる。唇にコップの端が当てられ、无理のない量の水をゆっくりと口腔に注ぎ込まれる。意外なほどの细やかさを感じさせる饮ませ方だった。

「なぁ、この手と足の、もういいだろ? 逃げたりしないからさ」

「……」

本当は、隙あらば逃げようと思っている。

いくら护ってやると言われても、ここにいたら岐柳组四代目にされかねないのだ。

物心ついてから、ずっと忌み嫌ってきた暴力団。その一组织のトップになるなど、考えたくもない。

「……あの」

凪斗は强张る顔に、なんとか媚を浮かべる。

「でも俺、すごくトイレ行きたくって」

「ああ」

それなら仕方ないと手锭とガムテープを外してくれるかと思いきや、角能は凪斗の背中と膝里に腕を差し込んできた。身体が浮き上がる。

「っ、えっ、なに?」

「トイレに行きたいんだろう。连れて行ってやる」

「いや、だから、この手と足のを外してくれたら、自分で…」

角能は凪斗を抱き上げたまま、二十畳ほどのリビングを横切り、玄関へと続く廊下の途中で立ち止まった。ドアが开けられる。言うまでもなくトイレだ。なかに下ろされる。

「手锭、外し……っ」

角能の手がジーンズのジッパーを探るのに、凪斗は咄嗟(とっさ)に腰を引いた。

「ちょっ、なに――――自分で、自分でやるからっ」

後ろから覆い被さるようにして立っている角能の身体に阻まれて、逃げることができない。ジッパーを开かれてしまう。そこから、男の长くてしっかりした指が侵入してくる。トランクスの前をまさぐられる。

「い、いいからっ、やっぱりしたくない!」

「远虑するな」

「远虑なん、て、してな、い」

下着の合わせが割られる。なんとか逃げようとするけれども、ガムテープで拘束されているのを失念して脚を动かそうとしたから、大きく重心を崩した。「危ない」と角能が凪斗の鸠尾のあたりに左腕をがっしりと回す。

後ろから抱きすくめられた状态、下着のなかの茎にじかに指が络みついてくる。

息が诘まる。无駄なのにもがきながら、诉える。

「やだっ! 触んな、って……ぁ…」

ついに、ペニスを引きずり出されてしまう。

あまり自慢できる大きさではない器官が、男の亲指と人差し指に挟まれる。半ば薄皮を被った状态のそれを剥き出しにされて、头が真っ白になる。

「先のところ、まんま粘膜だな。引っ掻いたらすぐに血が出そうだ。あんまり使ってないのか?」

感心しているのか马鹿にしているのかわからないコメントを耳に吹きかけられて、全身がカァッと热くなった。

「ほら。して、いいんだぞ」

性器を乱暴に上下に揺らされる。茎がぷるぷると力なく振りまわされる。

「っく……」

凪斗は激しく首を横に振った。

记忆にある限り生まれて初めて、他人に性器を触られている。耻ずかしさと情けなさで、心臓もこめかみもドクドク脉打っている。

「出ない……出ない、から、もう」

「我慢すると、膀胱炎(ぼうこうえん)になるぞ」

――膀胱炎になったほうがマシだ!

「世话が焼けるな」

凪斗が墓穴を掘ったのを、角能は明らかに愉(たの)しんでいた。凪斗を抱いていた左腕がほどけて、大きな掌が脐(へそ)の下に押し当てられる。

「っ、や、押したら……」

まるで体内の液体を搾(しぼ)り出すかのように、腹部を缲り返し重く圧迫される。

凪斗は、後ろ手に拘束されている手で、角能のシャツの腹部をぐしゃりと握り缔めた。苦しくて、上体が前倾していく。

堪えている下腹が震えて、性器がジンジンしてくる。先端の孔が热っぽく引き挛(つ)った。

「ぁ……あっ」

よがるような声とともに、全身に震えが走って――――――。

廊下の壁に背を凭(もた)せかけて座り込み、凪斗は呆然自失状态に陥っていた。

ザーッとトイレの水が流される音がして、强烈な羞耻がふたたび頬を燃やす。

「けっこう溜まってたな」

トイレの戸を闭めながら、角能が言う。

なにがなんだかわからないぐらい头に血が昇っていた。凪斗は淡色の瞳に怒りを凝缩させて、男を睨(ね)めつけた。

「ふざけんなよ! 俺……俺のこと、こんなふうに扱っていいのかよ? 俺を四代目にしたいんだろっ」

角能は、おかしそうな顔をして、凪斗の正面にしゃがみ込んだ。外见はいかにも高级そうな男だが、膝を大きく开いたしゃがみ方はいかにもヤクザっぽい。そのアンバランスな感じが、いっそうの凄みに繋がっているのかもしれない。

男の指が、そっと凪斗の前髪に触れてきた。たわむれるように络みつく――と、次の瞬间、抜けるかと思うほど乱暴に髪を掴まれた。

间近に见据えられる。

「俺はおまえになにをしてもいいんだ」

「……」

「おまえは、ぺらっぺらの纸人形で、俺に与えられた玩具(がんぐ)だ。まぁ、命だけはちゃんと护ってやるから安心しろ」

瞳を通して心のなかまでも覗き込んでくるかのような黒い视线が心地悪くて、凪斗は睫を深く伏せる。

そして、なけなしの反撃、ひとつに拘束されている足で角能の胫(すね)を蹴った。

「あんたになんか、护られたくない」

なんとか、角能に屈しまいと思った。

耻ずかしい思いをさせられて意地になっているのもあったが、角能に屈するということは岐柳组に吞み込まれる第一歩になる。

だから、角能が口元に运んでくるパンも水も口にしなかった。起き抜けた水を饮んだだけだったから喉は渇(かわ)いて、腹もキューキュー鸣っていたが、堪えた。

顽固な凪斗に业(ごう)を煮やした角能は、夕方になるとチューブに入ったゼリー状の简易栄养食を买ってきた。鼻を摘ままれて苦しさに口を开けると、チューブの先を咥(くわ)えさせられ、中身をぐにゅっと口腔に出された。そうして口を掌で押さえられると、もう饮み込むしかない。フルーツ味のゼリーを饮み込んでしまったとき、心底、口惜しかった。

凪斗は何度もベッドから降りて、ガムテープを巻かれた脚で飞び跳ねて、脱出を试みた。しかし角能は常にリビングにいたから、すぐに见つかってしまい、そのたびにベッドルームに连れ戻された。

正面突破はどうやっても无理らしい。凪斗はすでに暗くなっている窓を见た。そこからは外のベランダに出ることができる。

そういえば、マンションによっては火灾のときの避难経路としてベランダの仕切りが薄く作ってあると、このあいだテレビでやっていた。もしかすると、このマンションもそういう造りになっているかもしれない。だとしたら、隣の住人に助けを求められる。

凪斗はもがきながらベッドから降りた。

できるだけ音を立てないように小さく跳んで、窓へと行く。键がかかっている。窓に背を向けて、後ろで拘束された手で窓を探っていく。键に指先を引っ挂けて、ロックを解除する。ガラス窓に掌をぺったりとくっつけ、そおっと横にずらしていく。

夏の夜风がビュッと吹き込んで遮光カーテンをばさりと揺らした。その音がひどく大きく感じられて、リビングへ通じるドアに视线を走らせる。大丈夫だ。角能は気づいていない。

ベランダへと飞び出す。

十二阶からの都心の夜景が眼下に広がる。点々と连なる街灯。流れる车のヘッドライト。おびただしい数の窓から漏れる明かり。

あの地上まで戻ることができれば、日常に帰れる。そう思った。

凪斗は仕切りへと向かった。そして、肩からぶつかっていく。

ドンッと大きな音が响いた。……割れない。

もっと体重をかけないと駄目なのだろうか? 焦燥感に冲(つ)き动かされて、ふたたび仕切りに体当たりする。ぶつかった反动でバランスを崩した。膝を打って床に転がる。なんとか立ち上がった凪斗は、鋭く息を吸い込んだ。

リビングの地窓が开けられて、大きな影がベランダに落ちる。角能だ。

凪斗は仕切りに浑身の力で身体を叩きつけながら、叫んだ。

「谁か……谁か、助けてくださいっ!! 闭じ込められてるんですっ、谁か……っ」

角能が大きく舌打ちをして、大股で歩いてくる。

伸ばされる男の腕に捕まるまいと、凪斗は大きく身体を捻って、跳ねた。と、脇腹がフェンスにぶつかった。足が床から离れる。

视界が九十度、倾ぐ。

――……え?

自分になにか起こっているのかわからないまま、凪斗はただ目を见开いていた。

腰を支点にして、头が下へと向かっていく。

「马鹿っ」

鋭くて短い男の叱责(しっせき)。それと当时に、腰を强い腕にがっしりと抱き缔められた。

フェンスから乗り出してしまった上半身、遥か下方では地上の明かりが揺らいでいる。自分が転落しかけたのだと気づくと、头からザーッと血の気が引き、心臓がバクバクとすさまじく打ち始める。

硬直する身体をベランダへと引き戻された。

「死ぬ気かっ!」

すぐ耳元で荒げられた声が怒鸣る。

动転しながらも、角能が焦っているのが意外な気がした。いや、组长から护るように言われた四代目に死なれては困るから、焦るのは当然か……

角能に荷物のように抱えられて、ベッドルームではなくリビングへと连れて行かれた。ソファに座らされる。

「おまえは、ひとりにしておくとなにをしでかすか、わかったもんじゃないな」

まだ心臓が早钟のようだ。睑がときおり痉挛する。

「……まぁ、泣き寝入りのマグロよりはマシか」

角能はひとり言のように呟くと、凪斗に讯いてきた。

「コーヒーでも饮むか?」

一瞬迷ったものの、颔く。ヒリヒリ痛むほど口のなかが乾いていた。

角能がカウンターのむこうにあるキッチンに入る。砂糖とミルクは、と讯かれて、普段は両方ともたっぷり入れるのだが、そんなことでガキだと甘く见られるのも癪(しゃく)だったから、ブラックでいいと答えた。

角能は隣に座ると、カップを凪斗の口へと运んだ。やっぱり饮ませ方は上手い。咽下(えんか)できる分だけ、ゆっくりと口に注いでくれる。そして、凪斗が饮み込んでいるあいだに、角能も同じカップに唇をつける。

……ひとつのカップのコーヒーを分け合って饮んでいるのは、なんだか、すごく妙な感じだ。

カップが空っぽになるころには、凪斗の気も镇まっていた。

改めてリビングを见まわす。モノトーンで调(ととの)えられているが、それは角能の嗜好(しこう)というより、色目のあるものを选ぶのが面倒だった结果なのではないか、という印象を受ける。拘(こだわ)りや爱着というものが伝わってこない部屋だ。凪斗のように安くて使い胜手がよいものを求めていくつも店を回るようなことも、思い入れがあるガラクタを舍てられないというようなことも、角能にはきっとないのだろう。

お互い言叶はなく、テレビのCS放送が延々とニュースを流している。

角能はしばらく横で新闻をめくっていたが、ふいに凪斗の项を掴んできた。强い手に、まるで握り溃すように首を掴まれて、心臓が竦む。そのまま吊り上げられるように立ち上がらされた。

窓のほうへと、ぴょんぴょん跳ばされる。

後ろ手にかけられていた手锭の左手が解放される。そして、右手を上げさせられた。手锭の片割れが、窓のカーテンレールにかちりと嵌められる。

「俺はシャワーを使ってくるから、大人しくしてろ」

自分もシャワーを浴びたいと思ったけれども、そんなことを口にしたらトイレでの二の舞、裸に剥かれてなにをされるかわかったものではない。窓辺に立たされたまま、浴室に消えていく角能を见送る。

凪斗がまたどんな无谋なことをしでかすか気がかりだったのか、角能はシャワーを手早くすませてすぐに戻ってきた。下はスエットのパンツを穿(は)いているが、上半身は裸だった。见る限り、刺青は入っていないけれども、右の腰に引き挛れた伤迹がある。

――すごく、いい身体してるな…

美大の授业で、裸体のデッサンはこれまで何度もやってきた。男性モデルの裸もかなりの数见たが、角能の裸身はまったく桁违いの整い方だった。

やわらかいタイプの筋肉がなめらかな隆起を描いている。逞しい肩や二の腕、厚い胸部、腹部の割れ方も、あくまで必要な筋肉を积み重ねたもの特有の、无駄のない美しさがある。

角能がこちらに歩いてくるまでの短い时间に、凪斗は头のなかでデッサンの铅笔を走らせていた。大きくラインを掴み、细部へと忙(せわ)しなく线を重ねていく。

角能が额にかかる濡れ髪をうざったそうな仕种(しぐさ)で掻き上げた。腕や胸部の筋肉や筋の力强い动きに目を夺われる。

络みつく视线に気づいた角能が、眉をひそめた。

「おまえ、男が好きなのか?」

「は? ……ち、ちがうっ」

どうだか、と言いたげな胡乱(うろん)な眼差(まなざ)しを向けられて、凪斗はムッとする。

「男好きなのは、むしろあんたのほうだろ? 昨日だって、俺のこと押し倒して」

しかもトイレでのことを考えれば、サドで変态だ。

「自意识过剰だな。俺はガキには兴味がない」

あそこまでのことをしておいて、のうのうと言う。

すっと男の手が伸びてきた。颚の下をピンと指で弾かれる。顔を上げると、角能は凪斗の背後のガラスに片手をついて、覗き込んできた。

「でも、おまえがどうしてもと言うなら、相手をしてやってもいい」

圧迫感のある身体に覆い被さられると、昨日、自宅の玄関口で男に圧し挂かられたときの感覚がなまなましく苏ってきた。水だか土砂だかのなかに深く沈められたみたいに动けなくなって。レイプするみたいに突き上げられ、首に贪られた。

……性器に、角能の指の感触が苏る。

背筋が激しくざわつく。

そんな体内での反応を押し隠して、凪斗はむっつりと言い返した。

「あんたに相手頼むぐらいなら、道端で売りするほうが百倍マシだ」

折上格(おりあげごう)天井が见事な和室に、角能は端座(たんざ)していた。

「……そうか。面倒をかけてすまんな」

一昨日から凪斗络みの一连の报告を终えると、岐柳组组长、岐柳久祯(ひさよし)が言叶とはうらはらに口元に笑みを浮かべて言った。

久祯は贯禄のある体躯(たいく)を和装に包んで胡坐(あぐら)をかき、やや右に身体を倾けている。なんでも昔刺される右脇腹の伤が、年を経て痛みだしたらしい。身体の不调は、弱い个所にくるものだ。目元の凄みは相変わらずだが、身体のほうはかなり思わしくなくて、それで迹目を决めるのを急いでいるのかもしれない。

「凪斗には、俺は直接会ったことがねぇんだよ。远目に见たことは何度かあるがな。あれの母亲の蓉子(ようこ)っていったんだが、まぁ心の刚(つよ)い女でな。俺は妻子もあって极道者だってわかったとたん、包丁握ってよ、てめぇの腹に刃を当てて、縁を切ってくれないならここで腹の子と一绪に自害するって胁しやがった」

その时のことを思い出したらしい。久祯は愉しげに目を细める。

「俺が人生で一番惚れ込んだァ◇ナだ。ま、蓉子の母亲のほうは普通の女で、俺が蓉子が死んだと知って线香を上げに行ったら、孙の身が心配だと泣きついてきた。どうやら、辰久の下のもんがたまに胁しの电话をかけてたみてぇでな」

要するに、惚れ込んだ女の子供が可爱いから、よく知りもしない凪斗を四代目に据えようなどと思ったわけか。角能は顔には出さずに内心苦笑する。

「で、おまえから见た凪斗はどんなだ?」

「……健(すこ)やかな方だと思いますが」

暴力団に健やかは、褒め言叶にならない。四代目に器ではないという含みだ。

久祯はすうっと目を细めた。ただそれだけで、部屋の温度が数度下がったような体感を角能は覚える。

「角能、おまえ、俺が耄碌したとでも思ってんだろ」

「……」

「组を継がせんのに、なにも血筋に拘ることはねぇ。辰久が使えねぇんなら、组の见所のある奴に継がせりゃいい。それをこの耄碌ジジイは惚れた女可爱さに、素人のガキを四代目にしようなんざ世迷い事を抜かしやがって、と。そんなとこだろ、おい」

まったくそのとおりだった。

角能は否定はせず、かといって肯定もせず、なんの表情も载(の)せずに男を见返した。

寄せていた眉を开いて、久祯はにやりと笑った。

「そう思ってんのは、おまえだけじゃねぇだろうがな。俺だって、あれの絵を见なけりゃあ、素人のガキを迹取りになんて考えやしなかったさ」

「絵、ですか?」

「ああ、あれの絵がおととし、日展に入选してな――その絵を见た瞬间に思ったのさ。离れて育ったって、あれは正真正铭、俺の息子だ。この血と魂を辰久なんかより、よっぽどしっかり受け継いでやがる」

絵を见て、凪斗を迹取りにしようと思ったとは、特殊な直感と取るべきか、あるいは情绪过多と取るべきか。

おまえも実物を见てこいと、凪斗の日展入选作が所蔵されている新宿の美术馆を教えられた。

暇(いとま)するときに、角能は岐柳组组长に寻ねた。

「……もしも凪斗さんに代目を継ぐだけの资质がなかったり、俺に彼を育てる资质がなかったときは、どうなさるおつもりですか? それと――俺の前身はご存知でしょう。むこうと通じる可能性もあるんですよ」

「どうするもクソも、読みが外れたときゃあ、百年続いた岐柳组が溃れるんだろうよ。ジ・エンドだ」

组长の据わった目は、煌々(こうこう)と光っている。実に、愉しげに。

この若いころから一発逆転の赌(か)け事で组を大きくしてきた根っからのヤクザ者は、人生最後の大博打を打つつもりなのかもしれない。

『树(き)の林檎(りんご)』

作品の横に贴られたプレートに书かれているタイトルだ。

「当美术馆に所蔵できて、本当に嬉しく思っておるんです」

横に立つ馆长が、ほくほく顔で髭(ひげ)の下の口を动かす。

新宿の高层ビルに入っている美术馆に、角能は自宅に戻る前に立ち寄った。组长の気持ちをそこまで动かしたという凪斗の絵を、一応见ておこうと思ったのだ。

「わたしはこの作品にひと目惚れだったんですよ。うちの馆は场所柄、会社勤めの方がふらりと寄られることが多いのですが、この絵の前では必ずといっていいほど皆さん立ち止まります」

――それは立ち止まるだろうな…

二メートル四方ほどのやや縦长の絵は、红と橙(だいだい)をメインに构成されている。

「美术品には门外汉(もんがいかん)なんてすが、これはなにを使って描いてあるんですか?」

「パネルは木制で、そのうえに寒冷纱(かんれいしゃ)というガーゼのようなものを贴りつけてあります。使っているのは、岩絵の具ですね。岩絵の具というのは日本画に使われる粉末状のものなんですが、こんなふうに独特の深みが出るんです。最近の日本画は画风が自由で面白いんですよ」

『林檎の树』ではなく、『树の林檎』。

そのタイトルが纳得できる构図だ。

画面いっぱいに描かれた、煮えたつ溶岩でできているかのような红莲(ぐれん)色の林檎。その林檎のなかに、一本の树が入っている。生命力溢れる树の枝はしかし、林檎の枠にぶつかって、おぞましいかたちに捻(ねじ)れ、湾曲し、あらぬほうに枝を伸ばす。林檎の内侧で苦しく生い茂る叶。

树の狂おしいまでの力强さと、それを押し込める林檎の强烈な闭塞(へいそく)感。

暖色がメインの絵なのに、まるで溶岩を一瞬にして冻らせたような、次の瞬间どうなるのか知れない危うさがある。

その激しい阋(せめ)ぎ合いと紧迫感が、セクシャルなまで兴奋を见る者に起こさせる。

「力のある絵でしょう?」

「……そうですね」

「とても十八歳が描いた作品とは思えない。この円城くんという作家本人に初めて会ったとき惊きましたよ。こんな激しい作品を描くから、どんな郁屈(うっくつ)した変わり者かと思ったら、なんというか、本当にいまどきの爽(さわ)やかな若者で……」

确かに、この妖(あや)しいまでのエネルギーに満ち満ちた作品は、凪斗本人とまったく结びつかない。

あの健やかそうな青年が、どんな顔で絵笔を握り、この作品を描いたのだろう?

いったい、どんな恍惚の表情を浮かべて――――。

角能は自分の项をきつく掴んだ。

首筋が、痛いほど痹れていた。

* * *

いったい、折原は一分间に何文字をタイピングしているのだろう?

角能の家のリビングルーム。相変わらず、後ろ手に手锭、足首にガムテープという不自由な姿で、凪斗はソファに足里を载せて丸まるように座っている。

そして、その向かいに腰挂けている折原は、ずっと膝に载せたノートパソコンを打ちつづけていた。彼は外出している角能の代わりに、凪斗の见张りをしにここに来ていた。

なんでも、折原はこのマンションの同じ阶で、八十岛セキュリティサービスの社长と一绪に暮らしているのだという。

「ヤー公に护ったる言われて『ハイ、ソウデスカ』ってでけへんのも、ようわかるけどなぁ」

高速でパソコンを打ちながら――岐柳组が恳意にしている大企业のセキュリティプログラムを书いているのだそうだ――よくも喋(しゃべ)れるものだと凪斗は思う。折原の脳みそのハードディスクはパーテーションを切られていて、同时に复数の処理ができる仕様になっているに违いない。

「でも、ここから出てどないするん? 家のほう帰らはっても、またいつ爆弾送られてきたり、刺客に袭われたりするかわからへんわけやろ? 凪ちゃんの腹违いのニーサンの辰久サンは、子供みたくなんでも思いどおりにならんとブチ切れる人やから、どこ逃げても絶対に捜し出されるやろなぁ」

関西弁のせいなのか、我が道を迈进(まいしん)するおたくキャラのせいなのか、あるいは年が少し近いせいなのか、折原といると肩の力が抜ける。下の名前で呼ばれるのは好きではないのだが、それもあまり気にならない。

「……でも俺、四代目になる気、ないし」

ぼそりと言う。

画面から目を离さずに、折原が小さく颔く。

PART 2

  「そら、あの日突然、次の亲分になれー言われてビビらん素人なんて、おらんわなぁ。俺かて、勘弁してくれ思うわ」

「俺は、普通に、静かに生活していきたいだけなんだ」

「けどな。自分の思う人生送れる人间なんて、ちょっとだけやと思うわ」

それはそうだろうが、自分は十人中七、八人が送るような人生を望んでいるだけだ。

「角能サンの警护の腕は、ピカイチやで。いざとなったら、迷いませんと、あんたの盾になってくれる人や」

「……」

「あんたのこと引き受けたからには、身辺のこともきっちりやってくれはるからな。今日かて、あんたんとこの入院中の祖母(ばあ)ちゃんを安全な病院に移す言うてはったし」

「祖母ちゃんをどこの病院に移すんだ?」

「まぁ、大事な祖母ちゃんの身ぃ护りたかったら、ここでいい子にしとけっちゅう话ですわ」

まるで胁しみたいな言叶を、折原はさらっと口にした。

凪斗は黙り込んだ。

折原もなにも言わずに、目まぐるしくキーボードを叩きつづける。

自分は异母兄の一派に命を狙われている。

もっとも安全な场所は、不本意ながら、ここだ。

自分が下手(へた)な动きをすれば、祖母にも危害が及ぶかもしれない。

ヤクザ者に护られたくないとか、絶対に四代目になりたくないとか、角能に従いたくないとか、それらの感情论はいったんしまって、様子を见るのが正しい选択だろう。

いや、正しい选択というより、いまの自分はそうするほかないのだ。

选択肢はない。

「はー。终了!」

突然、折原は大声を出すと、パタンとパソコンを闭じた。

そして、首をコキコキ回しながら立ち上がる。

「コーヒー、淹れてこよ。凪ちゃん、ミルクと砂糖は?」

无性に甘いものが饮みたかった。

「……ミルクも砂糖も、多めで」

「なぁ、俺があんたに素直に护ってもらったら、手锭とか外してもらえんの?」

夜になって帰ってきた角能に、精一杯の素直さで寻ねると、

「もう音(ね)を上げるのか?」

角能は凪斗の譲歩を大してありがたがるふうもなく、そう言った。

口ぶりは兴味なさげな感じなのに、なぜか角能の瞳は射抜くように凪斗を直视しつづけている。帰ってきてから、ずっとそうだ。

「……なんとでも言えよ。俺はこんなふうに闭じ込められてる生活はもう嫌だ」

「自由になって、外をうろちょろする気か? 辰久んとこの连中に杀(や)られるぞ」

「俺だって死にたくなんてない」

向かいのソファで紫烟(しえん)をくゆらせている、スーツをきっちり着たままの角能を见据える。

「あんたが、俺を护ってくれるんだろ?」

男らしい色気の渗む唇から烟草(たばこ)を抜いて、角能は眉间に皱を寄せた。そして烟草の火をステンレス制の灰皿ですり溃すと、立ち上がった。ソファセットのテーブルをドカッと蹴りどかすのに、凪斗の胃は竦んだ。

――殴られる!

キレられるようなことは言っていないはずだけれども、この手合いの人间がなにで不机嫌になるかなど、一般人には予测不可能だ。

角能が目の前に迫る。

凪斗は肩を竦めて、歯を食いしばり……

「……え?」

思わず、疑问系の声が漏れた。

角能が片膝をついて、黒いラグのうえに跪(ひざまず)いたのだ。

軽く俯(うつむ)いたまま、鋭い瞳が上目遣いに见上げてくる。额に自然に几筋か流れる髪の黒さ。指先でなぞってみたくなるほどまっすぐでしっかりした鼻梁(びりょう)。男らしい、いくぶんの荒っぽさを渗ませた轮郭(りんかく)。

完璧な容姿をした傲慢な男が、自分に跪いている。

ぞくりとした。

奇妙な昂(たか)ぶりのようなものが鸠尾のあたりから込み上げてくる。

角能はすっと目を伏せると、凪斗の足首に巻かれていたガムテープをバリバリと剥がしだした。それがすむと、凪斗の後ろ手に嵌められた手锭を外す。

丸二日ぶりに、手足の自由を取り戻した。强张っていた肩の関节を、ゆっくりと动かしてみる。

角能は床から立ち上がると、ガラスのテーブルに腰を下ろした。

そして、命じる。

「服を全部脱げ」

「……」

――服を?

凪斗はバカみたいに瞬きを缲り返す。

「闻こえなかったのか? そこで裸になれと言ってるんだ」

「な……」

唐突で意図のわからない命令に、眉を歪める。

「なんで、俺がストリップしなきゃなんないんだよ」

「自分で脱ぐのが嫌なら、俺が脱がせてやろうか?」

角能が立ち上がりかけるのを见て、凪斗は慌ててソファから立ち上がった。

「い、いい! 自分でする」

脱がなければならない必要性はまったくわからないけれども、角能に脱がされるのは嫌だった。きっと押し倒されて服を裂かれ、无駄に屈辱感を味わわされるに违いない。

「早くしろ」

「……脱げば、いいんだろ」

変にシンとした部屋のなか。

ふたたびテーブルのガラスの天板に腰挂けた角能の视线を浴びている。

凪斗はひとつ小さく呼吸すると、Tシャツの裾をむんずと掴んだ。ぐいと引き上げて、一気に头を抜く。冷房のよく効(き)いたひんやりした空気に素肌を抚でられる。昨夜、角能の见事に男らしい肉体を见てしまっただけに、薄っぺらい上半身を晒(さら)すと、败北感といたたまれなさが涌き上がってきた。

でもここでひるんで耻ずかしがっているなどと思われたら嫌だから、ベルトのバックルを外し、洁(いさぎよ)くジーンズの前を开く。

ジーンズのウエストを掴むと、角能が先制してきた。

「下着も一绪に脱げ」

「……」

握っていたジーンズを放して、トランクスと一绪に掴みなおす。

頬がふいに热くなった。

男同士だからなんでもない、という考え方はこの场合、あまり意味がなかった。性的な视线かどうかはともかく、角能が强い兴味を持って自分の身体を见ているのは确かなのだから。

洁く衣类を下ろしたかったが、どうにもぎこちない动きになってしまう。

草丛(くさむら)が见える位置まで下ろしたところで、「薄いな」と角能が呟いた。軽くコンプレックスを抱いている部分をあっさり指摘されて、顔の热が増す。もう自弃(やけ)のように衣类を足首まで下ろした。

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