まるで粗相をしてしまった子供みたいに股间を濡れそぼらせて、凪斗は腿(もも)をぎゅっと闭じ、身体を小さく丸めた。
车が停まって、後部座席のドアが开かれる。
「マンションに着いたぞ」
凪斗は赤い顔をして俯いたまま、なんとか身体を起こした。自力で车を降りようと裸足(はだし)を地下驻车场の床についたけれども、膝がかくんと折れて、そのままぺったりと座り込んでしまう。
「なにか妙なドラッグでも使われたんだな?」
问われて颔くと、角能は凪斗を抱き上げた。角能の腕と香りに包まれると、胸が痛いほど掻き乱された。ドラッグのせいで、感情まで过剰に反応しているみたいだ。
运よくマンション住人と顔を合わせずに十二阶の角能の部屋まで辿り着く。
凪斗をベッドへと下ろすと、角能は水と冻った保冷剤を持って戻ってきた。ベッドの端に腰かける。
「とりあえずドラッグの効果を水で薄めろ」
ベッドヘッドにぐったりと凭れかかっている凪斗の唇に、コップの縁があてがわれる。欲情に肿れた唇を开くと、水がそっと流し込まれる。与えられるものを咽下する。そうするとまた、水を注がれる。
なんだか优しいキスをされているような耻ずかしさが込み上げてきて、もういらないと首を横に振った。角能の体温を感じるだけで、心も身体も自制できないほど昂ぶる。自分が自分でなくなってしまったみたいで、怖い。
コップを床に置くと、角能は保冷剤を凪斗の左頬に当てた。异母兄に殴られた场所だ。
「使われたのは、催淫剤だな?」
「……」
答えずにいると、角能が耳に口を寄せてきた。
「隠さなくていい。さっき、俺の背中でイっただろ」
指摘されたくないことを甘みを孕(はら)んだ声音(こわね)で嗫かれて、腰に痛いほどの痹れが走る。
「口から呑まされたのか? 注射か?」
角能の左耳には、自分が噛みついた伤痕が残っている。あれからまだ五日しか経っていないなど嘘みたいだ。
妙な甘ったるい吐息をつきながら、凪斗は小声で答えた。
「口と……下、から」
「下?」
「座薬、入れられた」
舌っ足らずな喋り方だと、他人が喋っているみたいに思う。
「……なかに射精して、もらわないと、ダメな、クスリ」
角能が耳元から顔を上げて、间近に瞳を覗き込んでくる。彼の真っ黒な虹彩が、じわじわと身体の芯に沁み渡る。呼吸が露骨に乱れてしまう。涙目で、凭(つ)かれたように黒に见入る。
──キスしてほしい。
そんなことを思っている自分がいた。
けれども、角能はふいにベッドから立ち上がって、部屋を出て行ってしまった。
もう上半身を起こしているのもつらくて、凪斗はずるずるとベッドに横になった。
そうして静かにしているとなおさら、身体の异常が知覚された。
异母兄に指を挿(い)れられ、见张りの男に舌を差し込まれた场所が、ものすごく热くなって、ドクドクと脉打っている。奥の粘膜がむず痒さに収敛(しゅうれん)する。
「……っ、ん」
指を挿れて、そこを掻きまわしたい──粘膜を引っ掻いて、捏ねて、血が出るぐらいぐちゃぐちゃに……
浅ましい想像に囚われていると、角能が戻ってきた。
顔を见られたくなくて、凪斗は角能に背を向けるかたちで身体を横倒しにする。感情や体感をなんとか押し込めようと、身体を丸める。
「──大人しくしてろ」
背後からそう声をかけられた。襦袢の裾から男の手が侵入してくるのに、凪斗は瞠目した。
「あ……や、やだ…っ」
「なかにクリームを涂って掻き出せば、少しは楽になるだろう」
双丘のあいだに、ぬめる指が忍び込んでくる。発热している蕾の表面をくすぐるように抚でられると、それだけで体内の奥が激しく引き挛った。
凪斗は頬をひんやりしたシーツに擦りつけて、息を止めた。
襞が物欲しげにヒクついているのを、角能に指で読まれてしまう。襞を歪めるようにまくられ、用心深く角能の指が内侧にめり込んでくる。
「ぅく……あ、ぁ」
太さのある指が、蠢动(しゅんどう)する内壁をゆっくりと贯く。高い节が肿れた蕾を通り过ぎると、腰をぶるっと震えた。
ねっとりとしたクリームを熟んだ粘膜に涂り込まれていく。角能の指はあくまで事务的を动きをしているのに、凪斗の内壁は媚びるように指に缠わりつく。情けなくて耻ずかしくて、消えてしまいたくなる。
そうして涂り终えると、今度はクリームをこそげ落とすように指先でなかの壁を掻かれた。奥から口の部分まで掻かれて、指が抜ける。抜けたかと思うとまだずるりと入ってくる。凪斗は丸めていた背を仰け反らせて喘いだ。
痒いような痛いような────涙がでるほど、気持ちいい。
また角能の指が入ってくる。朦胧とした目に热く涙が渗んだ。
「も……と」
口が胜手に乞(こ)う。
「ん?」
「もっと、奥も」
指を根元まで沈められると、脳天に突き抜けるような快楽が走り抜けた。それでいて、すぐにもっと…と贪欲に求めだす。身体は劣情に狂っていて、凪斗の心はそれについていけない。
「っ、あぁ、んっ!」
腹侧のある部分を引っ掻かれると、ひと际高い声が溢れた。
缒(すが)るように、布越しに、角能の手首を掴んでしまう。
「ぁ、あっ──角能、さんっ、角能さん」
それは露骨に爱抚をねだる声だった。
凪斗の身体はすでに、この行为を快楽のための性戯(せいぎ)としてしか受け取れない。
「そこ……そこが」
「このコリコリしてるのが、おまえのいいところか」
そこを指先で溃されると、目も眩むような甘美さが身体中で溢れ返った。性器が壊れたみたいに蜜をたらたらと漏らす。それが先走りなのかxxなのかすら、自分の身体なのに、凪斗にはもうわからない。
腰を捩って、角能を见上げる。
焦点の定まらない视线を送ると、角能が覆い被さってきた。
そして、凪斗の顔を観察するように见诘めたまま、もう一本の指を、すでに入っている指に添わせて加えた。
「ひ……うぅ」
じんわりとした痛みとともに、抉(こ)じ开けられる悦びが凪斗を染め上げる。乱れた襦袢から覗く胸元が腕が脚が、汗にしっとりと濡れ润み、ぼうっと红潮する。
常よりぽってりとした唇で忙しなく呼吸し、湿る睫で瞬きを缲り返す。
角能がふと眉をひそめた。
「まずいな」
呟く。
なにがまずいのだろう? 凪斗は寻ねるように、わずかに小首を倾げた。
角能が自嘲ぎみに言う。
「勃ってきた」
「……え?」
濡れ濡れとした黒い瞳が、近づいてきた。
唇に唇が軽く触れる。そして、触れたまま寻ねられた。
「俺のを呑み込めるか?」
言叶に重ねて、体内に三本目の指が挿し込まれた。口の部分をピリピリ伤むほど拡げられて、凪斗は角能の意図を知る。
セックスをしたいと言っているのだ。
三本の指ですでに限界を迎えている场所に、角能を受け入れられるとは、とても思えない。バスルームで见た彼の性器の大きさを思い出して、凪斗は栗(おのの)いた。
指がまとめて引き抜かれ、身体を仰向けにされる。枕が腰の下に入れられた。
尖った腰骨を宙に突き出す姿势で、襦袢の裾を毟(むし)るように左右に开かれる。
「……あっ」
カーテンが开かれたままの窓から射し込む夕阳のァ§ンジ色の光に、耻部を照らされる。
露(あらわ)にされた下腹部では、茎が必死に头を擡(もた)げていきり勃っていた。薄い包皮はすっかり後退し、いまにも弾けそうな果実みたいな先端はぐずぐずに濡れている。
そのあられもない下肢を眺めながら、角能は上着を脱いで、床に放った。ネクタイを抜き、下腹の着衣を乱す。そこから现れたそそり勃つ雄を目にしたとたん、凪斗は激しい恐怖と疼きに同时に袭われた。あんなものを体内に挿れるのなど絶対に无理だ。壊れてしまう────あれに烂(ただ)れた粘膜を奥底まで犯されたら、どんなだろう?
角能は自身へたっぷりとクリームを涂りつけた。わずかに眉间に皱を寄せながら、自慰(じい)のように性器を扱(しご)く。
そうして、凪斗に覆い被さってきた。
腿を强引に开かされる。会阴部に、ものすごく硬いものが擦りつけられる。
「待っ、て──无理」
凪斗はずり上がって逃げようとしたが、角能はまるで标本用の蝶にピンを刺すように、凪斗の鸠尾を左の掌で押した。そうして、右手で自身のものを支えて、凪斗の蕾を亀头で擦った。クリームの音なのか、角能の先走りの音なのか、両方なのか、くちゅくちゅと湿った音がする。
「力を抜いて、下の口をいっぱい开いてみろ」
「や……」
「なかに出してほしいんだろ?」
「……」
そうだった。体内に射精してもらえれば、催淫剤の効果は消えるのだ。この苦しみを终わりにできる。
怯えたまま、凪斗は力なく目を伏せた。
「……うぅ」
ピクピクしている襞に、男がめり込んでくる。
脚のあいだを溃されていくような重い痛みに、目から涙が溢れた。
「い……た、痛いっ、っ、う──抜いて、抜い……ぁ、あ」
「狭いな」
斟酌(しんしゃく)なく腰を进めてきながら、苦しそうに角能が呻く。
「ぎちぎちに狭くて、缠わりついてくる……男のくせにいい孔を持ってるな」
もし催淫剤で体感がおかしくなっていなかったら、絶対に裂かれる痛みしか感じなかっただろう。
けれどもいま凪斗が感じているのは痛みだけではなかった。重ったるい疼くような快楽に、脚をカクカクと震わせている。性器は萎えることなく、糸を引きながら腹部へと蜜を垂らしつづける。
凪斗の脚のあいだに、男の草丛がザリッと押しつけられる。
根元まで深々と沈めたまま、角能は凪斗の头を挟み込むようにしてサイドの髪を掴んだ。
「舌を出してみろ──もっとだ」
求められるまま従うと、角能は自らも舌を出して、凪斗の舌をちろちろと舐める。下肢ではものすごく卑猥なことをしながらも、角能の舌はあやすように优しくて、凪斗はすぐに舌の戯(たわむ)れに梦中になる。
大きく出してしまった舌が、角能の唇に咥えられる。そうして、唇の轮で舌を扱かれた。扱かれては吸われ、また舌が络み合う。
いつのまにか、身体の强张りがほどけていた。
角能が顔を离して、上体を起こした。舌の先を唇から覗かせたままぼんやりしている凪斗の膝里に、男の手が差し込まれる。すんなりした脚が开かれ、折り畳まれる。ただでさえ背にあてがわれた枕のせいで高くなっている腰が、さらにあられもなく开かれる。男を呑む込んで薄く伸びきった红い襞まで、角能に见られてしまう。
缔めつけ缠わりつく粘膜のなかから角能は少し腰を引いた。そして、ぐうっとふたたび押し込む。また引いて、突き上げる。
凪斗の身体は、角能の律动に引きずられるままに上下した。
「ぁ、ああ…っ!!」
まともに息もできない。
なんだかよくわからない涙が絶え间なく溢れる。无意识にシーツを握り缔めていた。视界が揺れる。薬物で过敏になっている粘膜を逞しいペニスでめちゃくちゃに擦られていく。痒かった场所を余すところなく掻き毟られていく。
「ふ……ぁっ、ん──ぁあ」
わずかな戸惑いを含んだ娇声(きょうせい)。
凪斗の茎は振りまわされては挠(しな)り、先端からわずかに白いものの混じった蜜を引っ切りなしに散らす。
桜色に上気した剥き出しの脚を、自分から股関节が痛むほど开く。细身の胴をくねらせて、捕えられた蛇のようにのたうつ。角能がなんとか押さえ込もうと、腰を掴んでくる。その力强い指の力にすら、快楽が乗算される。
そうして、汗に濡れ乱れた前髪の下から、怨(えん)じるような媚びるような眼差しで男を见据える。自分の指の背を噛んで、过剰な声を杀そうとする。
……男に贯かれて、诱いたいのか逃れたいのかわからない痴态(ちたい)を演じながら、头の隅で、そんな自分を呆然と见ている自分がいた。
いくら薬物を使われたからといって、男とセックスするなどあり得ない。しかも、排泄器官を犯されて、息を弾ませるほど悦んでいるのだ。男を煽る妖しい仕种や眼差しを、あたりまえのようにして──。
こんなのは、自分ではない。
けれども、その怯える自分も、激しく打ちつけられる角能の腰に、雾散(むさん)していく。
「角能、さん」
切羽诘まった呼吸のなか、ねだる。
「俺のなかに……出して」
凪斗の乱れぶりは、角能にも诉えかけるものがあったらしい。彼の黒い瞳はぬめり、深い淫荡(いんとう)の色を浮かべていた。そして、少し苦しそうだった。
それなのに、この期におよんで、角能は动きを止めてひどく意地の悪いことを言ってきた。
「そういえば、おまえ、俺に相手を頼むぐらいなら道で売りをしたほうがマシだとか、言
ってたな」
「……」
「いまから道に立ってくるか? おまえなら、すぐに突っ込んでもらえるだろ」
そう言いながら、繋がりを抜こうとする。
「ちょ──角能さんっ」
慌てて、无体にも见舍てようとする男の腰に缒りつく。
「このまま、出して、くれよ」
哀愿しながら、男の腰をぎこちない手付きで引き寄せて、ふたたび根元まで挿れさせる。凪斗の内壁は角能の性器を弾けさせようと、あられもなく蠢动した。
角能が小さく喉を鸣らし、寻ねてくる。
「──俺でいいのか?」
凪斗は肿れた唇を舐めながら、何度も首を縦に振った。
こんなに素直に、谁かに苦しい本心を打ち明けて頼みごとをするのは、初めてだった。身体だけでなく、心まで追い诘められて。
「……角能さんが、欲しい」
涙声で嗫く。
角能の顔に微妙な表情が动いたように见えたけれども、そのニュアンスを読み取ることはできなかった。
角能が突然、腰を动かしだした。ヒクンヒクンと痉挛する内壁を攻め立てられて、凪斗の肌に无数の汗の粒が浮く。
「ぁ、っ、あっ……角能さんっ、いい────気持ち、い……」
头がおかしくなりそうで。もしかすると、もうおかしくなっていて、凪斗は自分でも腰を振って、なんとか角能に応えようとする。结合部分を激しく捏ね合わせながら、昇り诘めていく。粘膜が伤ついているのがわかったけれども、その痛みすら快楽を际立たせるばかりで。
角能がついに、根元まで挿し込んだまま动きを止めた。
上体を軽く反らして、かたちのいい颚を上げる。眉间に深い皱を刻み、唇をわずかに开く。そうしながら、黒い瞳で、凪斗を见诘める。
体内に热い奔流(ほんりゅう)を受け止めたとき、凪斗は窒息しそうな苦しさを覚えた……
* * *
シャワーを水にして浴びたのに、まだ肌の奥で火照りが燻(くすぶ)っている。
ビールでも饮むかと开いた冷蔵库から、ひんやりした空気が流れ出してくる。それが心地よくて、角能はしばらく库内灯の光を受けてぼうっとしていた。
──あいつは、ヤバいな。
襦袢を乱して自分を受け入れる凪斗の姿が、目に焼きついてしまっていた。
どちらかといえば硬质な绮丽さのある顔が戸惑いと耻じらいに涂れていくのに、これまで感じたことのない陵辱(りょうじょく)の満足感を覚えた。女とは异质な、犯されるべきではない者を犯す、背徳の昂ぶり。
くねるすんなりした胴体を捕えて犯すのは、あたかも蛇を缢(くび)り杀すかのようだった。
抱き心地も、正直、鸟肌ものでよかった。
どういう造りになっているのかと不思议になるぐらい、凪斗のなかは复雑に蠢き吸いつき、欲望に応えてくれた。こんなふうに思い出しているだけで、ふたたび痹れるような劣情が込み上げてくる。
……とはいえ、さすがに、ひと回りも下の同性とセックスしてしまったことへの後味の悪さは拭いきれない。
同性を抱いたのは初めてだった。凪斗は二十歳とはいえ学生で子供っぽいし、身体も细身だから、ロリコンにでもなったような微妙な気分だ。
ただ、セックスしたお阴で、ひとつ合点がいった。
『树の林檎』という、日展に入选した絵。
あの絵を见たとき、どうしても円城凪斗の印象と符合せずに気持ち悪さを覚えたのだが、いまさっきの凪斗には、なるほどいかにもあの絵を描きそうな妖しい激しさがあった。
これまでまともにキスをしたことすらなかったということは、おそらくセックスも初めてだったのだろう。しかも男相手に受け入れさせられたのだ。
いくら催淫剤を使ったとはいえ、ふつうはあそこまで男をたぶらかすような媚态(びたい)は取れないだろう。あの淫靡(いんび)さは、おそらく无意识で、本性なのだ。
岐柳の血の业の深さを见た気がした。
岐柳の大蛇──现组长の通り名だ。
それに仿(なら)って言えば、凪斗はまだ孵(かえ)ったばかりの子蛇ということになる。果たして、どんな属性のどんな柄の蛇になっていくのか。
それを见てみたいという気持ちが、ほんの少しだけ、动いた。
しかし、それは本格的に岐柳组の中核へと取り込まれることを意味する。
──そこまでの代偿を払って见届けるほどのものでもないか。
「もう、组织に草鞋(わらじ)を预けるのはご免だしな」
缶ビールを取り出して、冷蔵库を闭じる。
リビングからベランダに出ると、すでに阳はすっかり落ちていた。裸の上半身に、いくぶんの热気を含んだ夜风を浴びながら、フェンスに肘を载せる。プルトップを开けて、ビールを呷(あお)った。
──……もう四年も経つのか。
四年前、角能は大组织に属していた。
警视庁だ。警护课に配属され、SPをしていた。
SPは要人警护という职种柄、警视庁内で厳しい选考が行われる。戦闘力や素行、人格といったあらゆる点をチェックされクリアした者が、警察大学校でさらにSP教育を受けて、ようやく现场に出ることができる。
角能の面倒をみてくれたのは、SPのあいだでもスペシャリストとして通っていた佐伯(さえき)という男だった。当时、佐伯は四十代半ばで、柔和な外见とは里腹に、强固な信念を秘めていた。
模拟训练を缲り返して、ようやっと警护现场に立つことが决まったとき、佐伯は角能に言った。
『SPは仕事の性质上、自己保身っていう生物としての第一欲求を彻底的に抑えつけなければならない。最优先で护るのは自分の命じゃない。VIPの命だ。肉の盾になれ。……とはいっても、SPだって人间だ。なぁ、人がどんな时だかわかるか? 相手に惚れ込んでるときだ。警护する対象に惚れ込め。わかったな、角能』
PART 3
そういう佐伯の考え方を时代错误だと笑う者もいた。
しかし、角能は佐伯が现场で培(つちか)ってきた哲学に惹(ひ)かれた。
时间拘束の厳しいSPになった时点で、警视庁内で出世は実质的に不可能になる。それならば、自分もまた佐伯のようにスペシャリストとしての哲学を持ちたいと思った。
「……青かったな」
自嘲が漏れた。
组织にも人にも、もう思考も感情も囚われない。
知らぬ间に握り溃した缶から溢れた琥珀(こはく)色の液体が、远い地上へと落下していった。
5
「本场関西人のお好み焼きは、ひと味违うでぇ。精力増强に生の山芋もようさん入れといたから「
目に痛い黒と黄色のストライプ柄エプロンをした折原が、凪斗の前に皿をドンと置く。ほかほかと汤気のたつお好み焼きのうえでは花鲣(はなかつお)が踊っている。食欲をそそるソースの香りが立ち込める。
そして、お好み焼きの皿の横に、つやつやしたご饭山盛りの茶碗が并べられた。
「鱼沼(うおぬま)産コツヒカリ。日本酒ちょびっと入れて炊くのがコツや。覚えとき」
凪斗はお好み焼きとご饭を交互に见る。おかずらしきものは见当たらない。
──そういえば、関西のほうだと、お好み焼きとか焼きソバをご饭のおかずにするって闻いたことがあるような……
「ご饭はいらない、かな」
作ってもらった手前、小声で言うと、
「好き嫌いはあかんて。まーまー、食うてみ。八十岛さんかて関东の人やけど、うまいうまい言うて食わはるで」
好き嫌いという次元の问题とは违う気がしつつも、凪斗はいただきますと箸(はし)を取った。
お好み焼きだけ、ひと口ぱくりといく。たっぷり使われたキャベツの甘みや生地に诘まった旨(うま)みが、ひと噛みするごと、口のなかに拡がる。头がジーンとした。
「すごい、うまいです」
「そうやろ、そうやろー。远虑せんと、ご饭もちゃっちゃといきや」
炭水化物ダブルはどうかと思うけれども、勧められるまま一绪に食べてみる────やっぱり、お好み焼きは単品のほうがいいかもしれない…
うまいものを食べて、あっけらかんとした折原と喋っていると、気持ちが明るくなる。
八十岛と折原は、角能がでかけているときにちょくちょく様子を见にきてくれる。服やパジャマといった必要なものも、ふたりが买って持ってきてくれた。なんだかんだと世话を焼くのが好きらしくて、凪斗で着せ替え游びをして楽しんでいるふうでもある。
そして凪斗はといえば、一周间前に辰久に拉致(らち)されて以来、角能の家に闭じ笼もる生活が続いていた。
小包爆弾のときより何十倍ものリアルさで、自分が狙われているのだということが実感されていた。売られたり、犯されたり、杀されたり、などという、普通では考えられないようなことが、自分の身には起こりうるのだ。
凪斗の淹れた食後のコーヒーを饮みながら折原が讯いてくる。
「角能サンと、うまくいっとるん?」
「……まぁ」
「んー、共同生活っちゅうんは初めはガタガタするもんやし。俺も、八十岛サンとこに厄介になった最初んころは、毎日ケンカしとったからなぁ。ま、居候(いそうろう)の先辈ちゅうことで、悩み事あったらなんでも言うてや」
「よろしくお愿いします」
ヘヘッと折原が笑う。
「なぁ、凪ちゃんて、絵ぇ描くんやろ?」
下の名前で呼ばれるのは好きではないけれども、なぜか折原に呼ばれるのは嫌ではない。……角能はおまえ呼ばわりするから、考えてみれば名前で呼ばれたことがなかった。
「ええ。でも、ここに来てからは描いてませんけど」
「そらあかんわ。ハッカーはプラグラム、画家さんは絵ぇ描いてなんぼや。スケッチブックと色铅笔、买ってきたるわ」
折原の势いには、断らせないだけのものがあった。
「いや、あの、それなら色铅笔より、ただの铅笔のほうが……」
「やっぱ、Bとかのやわらかい铅笔がええんかな」
「そうですね。Bと3Bがあると嬉しいですけど」
「消しゴムも必要やんな。どんなんがいい?」
「いつもは练り消しゴム使ってます」
「よっしゃ。明日持ってくるから、楽しみにしとき」
铅笔の匂いや、スケッチブックに芯を滑らせる感触が思い出されて、なんだか気持ちが少し浮上した。
「っと、そろそろ戻ってお仕事せな。寂しなったら、电话かけて构へんよ。手は空いてへんからメールは无理やけど、电话やったらイヤホンマイク使えるし」
见送りに立った玄関口で、折原がちょっと真顔で言ってきた。
「外に出んのが怖いんはしゃあないと思うけど、もっと角能サンのこと信じぃ。あの人、柔道剣道达人级で、射撃は国体选手になったこともある腕前なんやで。転职组やけど、并みの极道よりよっぽど性根据わっとるし。……角能サン、あんたが拉致られた次の日、単身で辰久サンとこ乗り込んでいったんやで」
「……」
「なんか、辰久サンとこの若いモンの抱き込み工作も始めとるみたいやし、あんたのこと本気で护る気でいはるから。な?」
折原が帰ってから、凪斗は食器を洗って、部屋に扫除机をかけ、洗濯をした。角能は别に礼も言わないが、特に迷惑そうでもないから、凪斗は暇つぶしをかねて家事をするようになっていた。子供のころから家のことはよく手伝ってきたから、手惯れたものだ。
そしてこまごまと身体を动かしながら考えていたのは、角能のことだった。
ボディガードをするのが仕事だから、警护対象が谁であれ同じように动くのだろうが、异母兄のところに単身で乗り込んだなどと闻かされたら、嬉しいというか、胸がジンと疼いた。少しだけ、彼が自分の味方なのだと実感することができた。
乾燥机から出した洗濯物を畳み终わったころ、角能が帰ってきた。
「今日、病院に寄ってきた。おまえの祖母の検査结果が出て、肠のデキモノは良性だから心配はないって话だった」
畳んだタァ‰の山を抱えて洗面所に向かっていた凪斗に、角能は廊下で擦れ违いざまにそう告げてきた。
祖母の安全确保のためにも会いにいかないほうがいいと言われ、転院先も教えてもらえないから、见舞いに行くこともできずにいたのだ。
「悪性じゃなかったんだ……よかった」
ちょっと涙ぐんで呟く。
「顔色もよくて、元気そうにしてたぞ。おまえのことは心配いらないと伝えておいた」
ぶっきらぼうに角能が付け加える。
──祖母ちゃんのこと、见舞ってくれたんだ。
少し感谢したい気持ちになる。素直に礼のひとつぐらい言っておこうか……
と、角能が伫んだまま、じっと自分を见诘めているのに気づく。
変な目だ。なにかを探すような目。そして凪斗は彼がなにを探しているのかを知っている。视线から逃げるように、洗面所へと慌ただしく入る。タァ‰を棚にしまいながら、凪斗は镜に映る自分を见た。
いまここにいるのは、元の自分だ。どこにでもいそうな、大した悩みもなさそうに见える二十歳の大学生。大丈夫だ。「あいつ」はいない。なにも変わってはいない。
あいつ──あの、いやらしい、别人のような自分。
初めてのときも合わせて、この一周间で三度、角能は凪斗を抱いた。
二度目は、催淫剤のためにしてしまったセックスから三日後のことだった。角能がなにもかなったかのように普通に接してきていたから、ああいうことはもうないのだと安心しかけた夜。
明かりを消してベッドの横に入ってきた角能はそのまま凪斗に圧し挂かってきた。
抵抗したけれども、うつ伏せにされて、衣类を下ろされた。无理やり体内に指を挿入されて。なかの快楽の凝りをくじられると、なにか妖しいスイッチを入れられたみたいになってしまった。角能とのセックスに溺れ、乱れに乱れたあとで我に返って、呆然とした。
それはどこか、梦中で絵を描いたあとの感覚に似ていた。あの『树の林檎』を描いたときもそうだった。いったんキャンバスに向かうと平気で十数时间が过ぎていて、自分で描いたとは思えないものができあがっていく。
记忆が飞んでいるわけではない。确かに自分が描いたのに、自分の作品とは思えなくて。
……角能がさっき探していたのはセックスの最中の凪斗だ。そしてなんとなく、それは絵を描いているときの凪斗と同じような気がした。
なんだか怖くて、気持ちが悪い。
自分を见ているのに见ていない角能の目に、胸が轧む。
「凪斗」
ベッドでうつらうつらしていたら、名前を呼ばれた。
「……ん?」
「エアコンのリモコン、そっちにないか?」
寻ねられて、目を闭じたまま、自分の枕元をごそごそと手探りする。手に硬いものが触れる。握って渡すと、
「これはおまえの携帯だろう」
と呆れ声が返ってきた。折原が电话をしてきてくれて寝る直前まで喋っていたから、枕元に置きっぱなしになっていたのだ。
眠い目を开けて、もう一度枕元を探し、リモコンを角能に渡す。
ぼんやりしながらも、なにかが引っ挂かっていた。
──…あ。
「なまえ」
声に出して呟いてしまった。
ライトを绞り、ベッドに横になりながら角能が讶しげな顔をする。角能の体温と香りが空気越しに伝わってきて、凪斗はどきりとした。一気に目が覚める。
「名前がどうした?」
「……いや、あの────下の名前、呼んだから」
「ああ。折原は凪ちゃん凪ちゃんて连呼するから、ついな」
「俺、下の名前で呼ばれるの、好きじゃないから」
我ながら可爱げのない返しだった。
「折原には呼ばせてるんだろう?」
「折原さんはいいけど、あんたには呼ばれたくない」
「なんだ、それは」
子供みたいな反応をしていると自覚しているけれども、角能の印象は最初から最悪だったし、それに结局いつも力技で従わされるから、态度を改める気になれないのだ。
角能が仕事として自分をきちんと护ろうとしてくれているらしいことは、感谢している。けれども、セックスのときに笼络されているからといって、普段の自分までそうだと思われるのはご免だった。
「なんで、名前嫌いなんだ?」
角能が凪斗のほうへと身体を横倒しにして、讯いてくる。目が合った。
「呼ばれるのが好きじゃないだけで、名前自体は嫌いじゃない」
「一绪だろう?」
「一绪じゃない。名前は……母さんが、つけてくれたんだ。俺が生まれるころには、もう縁を切ってたらしいけど父亲がアレだから──その血のせいで危ないことに走ったり、トラブルに巻き込まれたりしないようにって。凪(な)いだように平穏な人生が送れるようにって」
「亲心だな」
「……」
子供のころから、母亲は凪斗に名前の由来を何度も説(と)いた。
だから、いまでも名前を呼ばれるたびに、母亲の愿いを思い出す。
思い出して、槛のなかに入れられているような苦しさを覚える。
「俺は、半分しか、この世に存在しちゃいけなかったんだ」
ぽつりと言うと、
「……亲の心っていうのは、一途(いちず)なだけに、たまに残酷かもしれないな」
角能はひとり言のように呟いてから、ふいに手を凪斗に伸ばしてきた。
反射的にビクッとする凪斗の颚を强い指が掴む。
鲜やかに二重の入った目が、からかうように细められた。
「俺がおまえを名前で呼んだのは、さっきが初めてじゃないぞ」
「え?」
「覚えてないのか? 昨夜(ゆうべ)のこと」
「ゆうべ……」
凪斗は眉をひそめ――――大きく目を瞬いた。
昨日の晩も、角能は凪斗にセックスを强要した。生まれて初めて性器を舐められ、咥えられ、何度も射精させられてしまった。そうしてくったりした凪斗を、角能は体位を几度も変えながら苛(さいな)んだ。不惯れな三度目の人间にするのには、少し酷いセックスだったように思う。
そして最後に、角能も凪斗のなかへと放出して。
その时、凪斗を痛いほど抱き缔めて、角能は耳元で嗫いた。
耳の奥に沁みるような低い声で、凪斗、と一度だけ……
「思い出したか?」
角能が覗き込んでくる。
「……っ」
心臓が爆発するかと思うほど痛くなって、顔がカァァァッと热くなる。
凪斗は颚を掴んでいる角能の手を跳ね除けて、彼に背を向けた。
「覚えてない」
毛布を头まで被る。
角能の笑いが、ベッドの振动となって伝わってきた。
……手を动かしつづける。线をどんどん重ねていく。放心状态に近い。より実物に近づけようと、さらに线を描き足す。そうしていくと、いつか、絵が本物に摩(す)り替わるような気がする。それを梦见て、铅笔のやわらかな芯をスケッチブックに走らせていく。
インターホンが鸣った。
すぐには我に返れなかった。もう一度、音が部屋に鸣り响く。
凪斗は名残(なごり)惜しく铅笔を床に転がすと、スケッチブックをソファのクッションの下に突っ込んで、立ち上がった。
壁のモニタをチェックすると、无精髭を生やしたラフな格好の男――八十岛だった。
玄関へ急ぎ、ドアを开ける。
とたんに、いい匂いが鼻腔をくすぐった。
「ほい。関西のおやつ、たこ焼き。洸太のだから、うまいぞ」
「ありがとうございます。あの、コーヒーでも」
「いや、凪ちゃんに手ぇ出したらあきまへんで——って、言われてるからな」