一週間と経(た)ち、二週間と経つ。昇は、相かわらず、繁々(しげしげ)遊びに来る。そこで、お勢も益々親しくなる。
けれど、その親しみ方が、文三の時とは、大きに違う。かの時は華美(はで)から野暮(じみ)へと感染(かぶ)れたが、この度(たび)は、その反対で、野暮の上塗が次第に剥(は)げて漸(ようや)く木地(きじ)の華美(はで)に戻る。両人とも顔を合わせれば、只(ただ)戯(たわ)ぶれるばかり、落着いて談話(はなし)などした事更に無し。それも、お勢に云わせれば、昇が宜しく無いので、此方(こちら)で真面目(まじめ)にしているものを、とぼけた顔をし、剽軽(ひょうきん)な事を云い、軽く、気無しに、調子を浮かせてあやなしかける。それ故(ゆえ)、念に掛けて笑うまいとはしながら、おかしくて、おかしくて、どうも堪(たま)らず、唇を噛締(かみし)め、眉(まゆ)を釣上(つりあ)げ、真赤になッても耐(こら)え切れず、つい吹出して大事の大事の品格を落してしまう。果は、何を云われんでも、顔さえ見れば、可笑(おか)しくなる。「本当に本田さんはいけないよ、人を笑わしてばかりいて」。お勢は絶えず昇を憎がッた。
こうお勢に対(むか)うと、昇は戯(たわぶ)れ散らすが、お政には無遠慮といううちにも、何処(どこ)かしっとりした所が有ッて、戯言(たわごと)を云わせれば、云いもするが、また落着く時には落着いて、随分真面目な談話(はなし)もする。勿論(もちろん)、真面目な談話と云ッたところで、金利公債の話、家屋敷の売買(うりかい)の噂(うわさ)、さもなくば、借家人が更らに家賃(たなちん)を納(い)れぬ苦情――皆つまらぬ事ばかり。一つとしてお勢の耳には面白くも聞こえないが、それでいて、両人(ふたり)の話している所を聞けば、何か、談話(はなし)の筋の外に、男女交際、婦人矯風(きょうふう)の議論よりは、遥(はるか)に優(まさ)りて面白い所が有ッて、それを眼顔(めかお)で話合ッて娯(たの)しんでいるらしいが、お勢にはさっぱり解らん。が、余程面白いと見えて、その様な談話(はなし)が始まると、お政は勿論、昇までが平生の愛嬌(あいきょう)は何処へやら遣(や)ッて、お勢の方は見向もせず、一心になッて、或(あるい)は公債を書替える極(ごく)簡略な法、或は誰も知ッている銀行の内幕、またはお得意(はこ)の課長の生計の大した事を喋々(ちょうちょう)と話す。お勢は退屈で退屈で、欠(あく)びばかり出る。起上(たちあが)ッて部屋へ帰ろうとは思いながら、つい起(たち)そそくれて潮合(しおあい)を失い、まじりまじり思慮の無い顔をして面白(おもしろく)もない談話(はなし)を聞いているうちに、いつしか眼が曇り両人(ふたり)の顔がかすんで話声もやや遠く籠(こも)ッて聞こえる……「なに、十円さ」と突然鼓膜(こまく)を破る昇の声に駭(おどろ)かされ、震え上る拍子(ひょうし)に眼を看開(みひら)いて、忙わしく両人(ふたり)の顔を窺(うかが)えば、心附かぬ様子、まずよかッたと安心し、何喰わぬ顔をしてまた両人の話を聞出すと、また眼の皮がたるみ、引入れられるような、快(よ)い心地になッて、睡(ねむ)るともなく、つい正体を失う……誰かに手暴(てあら)く揺ぶられてまた愕然(がくぜん)として眼を覚ませば、耳元にどっと高笑(たかわらい)の声。お勢もさすがに莞爾(にッこり)して、「それでも睡いんだものを」と睡そうに分疏(いいわけ)をいう。またこういう事も有る※[#白ゴマ点、199-16]前のように慾張ッた談話(はなし)で両人は夢中になッている※[#白ゴマ点、199-17]お勢は退屈やら、手持無沙汰(ぶさた)やら、いびつに坐りてみたり、危坐(かしこま)ッてみたり。耳を借していては際限もなし、そのうちにはまた睡気(ねむけ)がさしそうになる、から、ちと談話(はなし)の仲間入りをしてみようとは思うが、一人が口を箝(つぐ)めば、一人が舌を揮(ふる)い、喋々として両(ふた)つの口が結ばるという事が無ければ、嘴(くちば)しを容(い)れたいにも、更にその間隙(すきま)が見附からない。その見附からない間隙を漸やく見附けて、此処(ここ)ぞと思えば、さて肝心のいうことが見附からず迷(まご)つくうちにはや人に取られてしまう。経験が知識を生んで、今度(このたび)はいうべき事も予(かね)て用意して、じれッたそうに挿頭(かんざし)で髪を掻(か)きながら、漸くの思(おもい)で間隙(すき)を見附け、「公債は今幾何(いくら)なの?」と嘴(くちばし)を挿(は)さんでみれば、さて我ながら唐突千万! 無理では無いが、昇も、母親も、胆(きも)を潰(つぶ)して顔を視合(みあ)わせて、大笑に笑い出す。――今のは半襟(はんえり)の間違いだろう。――なに、人形の首だッさ。――違(ちげ)えねえ。またしても口を揃(そろ)えて高笑い。――あんまりだから、いい! とお勢は膨れる。けれど、膨れたとて、機嫌(きげん)を取られれば、それだけ畢竟(つまり)安目にされる道理。どうしても、こうしても、敵(かな)わない。
お勢はこの事を不平に思ッて、或は口を聞かぬと云い、或は絶交すると云ッて、恐喝(おど)してみたが、昇は一向平気なもの、なかなかそんな甘手ではいかん。圧制家(デスポト)、利己論者(イゴイスト)と口では呪(のろ)いながら、お勢もついその不届者と親しんで、玩(もてあそ)ばれると知りつつ、玩ばれ、調戯(なぶ)られると知りつつ、調戯(なぶ)られている。けれど、そうはいうものの、戯(ふざ)けるも満更でも無いと見えて、偶々(たまたま)昇が、お勢の望む通り、真面目にしていれば、さてどうも物足りぬ様子で、此方(こちら)から、遠方から、危うがりながら、ちょッかいを出してみる。相手にならねば、甚(はなはだ)機嫌がわるい※[#白ゴマ点、200-17]から、余義なくその手を押さえそうにすれば、忽(たちま)ちきゃッきゃッと軽忽(きょうこつ)な声を発し、高く笑い、遠方へ迯(に)げ、例の睚(まぶち)の裏を返して、ベベベーという。総(すべ)てなぶられても厭(いや)だが、なぶられぬも厭、どうしましょう、といいたそうな様子。
母親は見ぬ風(ふり)をして見落しなく見ておくから、歯癢(はが)ゆくてたまらん。老功の者の眼から観れば、年若の者のする事は、総てしだらなく、手緩(てぬ)るくて更に埒(らち)が明かん。そこで耐(こら)え兼て、娘に向い、厳(おごそ)かに云い聞かせる、娘の時の心掛を。どのような事かと云えば、皆多年の実験から出た交際の規則で、男、取分けて若い男という者はこうこういう性質のもので有るから、若(も)し情談をいいかけられたら、こう、花を持たせられたら、こう、弄(なぶ)られたら、こう待遇(あしら)うものだ、など、いう事であるが、親の心子知らずで、こう利益(ため)を思ッて、云い聞かせるものを、それをお勢は、生意気な、まだ世の態(さま)も見知らぬ癖に、明治生れの婦人は芸娼妓(げいしょうぎ)で無いから、男子に接するにそんな手管(てくだ)はいらないとて、鼻の頭(さき)で待遇(あしら)ッていて、更に用いようともしない。手管では無い、これが娘の時の心掛というものだと云い聞かせても、その様な深遠な道理はまだ青いお勢には解らない。そんな事は女大学にだッて書いて無いと強情を張る。勝手にしなと肝癪(かんしゃく)を起こせば、勝手にしなくッてと口答(くちごたえ)をする。どうにも、こうにも、なッた奴じゃない!
けれど、母親が気を揉(も)むまでも無く、幾程(いくほど)もなくお勢は我から自然に様子を変えた。まずその初(はじめ)を云えば、こうで。
この物語の首(はじめ)にちょいと噂をした事の有るお政の知己(しりびと)「須賀町(すがちょう)のお浜」という婦人が、近頃に娘をさる商家へ縁付るとて、それを風聴(ふいちょう)かたがたその娘を伴(つ)れて、或日お政を尋ねて来た。娘というはお勢に一ツ年下で、姿色(きりょう)は少し劣る代り、遊芸は一通り出来て、それでいて、おとなしく、愛想(あいそ)がよくて、お政に云わせれば、如才の無い娘(こ)で、お勢に云わせれば、旧弊な娘(むすめ)、お勢は大嫌(だいきら)い、母親が贔負(ひいき)にするだけに、尚(な)お一層この娘を嫌う※[#白ゴマ点、202-5]但(ただ)しこれは普通の勝心(しょうしん)のさせる業(わざ)ばかりではなく、この娘の蔭(かげ)で、おりおり高い鼻を擦(こす)られる事も有るからで。縁付ると聞いて、お政は羨(うらや)ましいと思う心を、少しも匿(かく)さず、顔はおろか、口へまで出して、事々しく慶(よろこ)びを陳(の)べる。娘の親も親で、慶びを陳べられて、一層得意になり、さも誇貌(ほこりが)に婿(むこ)の財産を数え、または支度(したく)に費(つか)ッた金額の総計から内訳まで細々(こまごま)と計算をして聞かせれば、聞く事毎(ごと)にお政はかつ驚き、かつ羨やんで、果は、どうしてか、婚姻の原因を娘の行状に見出(みいだ)して、これというも平生の心掛がいいからだと、口を極(きわ)めて賞(ほ)める、嫁(よめい)る事が何故(なぜ)そんなに手柄(てがら)であろうか、お勢は猫が鼠(ねずみ)を捕(と)ッた程にも思ッていないのに! それをその娘は、耻(はず)かしそうに俯向(うつむ)きは俯向きながら、己れも仕合と思い顔で高慢は自(おのずか)ら小鼻に現われている。見ていられぬ程に醜態を極める! お勢は固(もと)より羨ましくも、妬(ねた)ましくも有るまいが、ただ己れ一人でそう思ッているばかりでは満足が出来んと見えて、おりおりさも苦々しそうに冷笑(あざわら)ッてみせるが、生憎(あやにく)誰も心附かん。そのうちに母親が人の身の上を羨やむにつけて、我身の薄命を歎(かこ)ち、「何処かの人」が親を蔑(ないがし)ろにしてさらにいうことを用いず、何時(いつ)身を極(き)めるという考も無いとて、苦情をならべ出すと、娘の親は失礼な、なにこの娘(こ)の姿色(きりょう)なら、ゆくゆくは「立派な官員さん」でも夫に持ッて親に安楽をさせることで有ろうと云ッて、嘲(あざ)けるように高く笑う。見よう見真似に娘までが、お勢の方を顧みて、これもまた嘲けるようにほほと笑う。お勢はおそろしく赤面してさも面目なげに俯向いたが、十分も経(たた)ぬうちに座舗(ざしき)を出てしまッた。我部屋へ戻りてから、始めて、後馳(おくればせ)に憤然(やッき)となッて「一生お嫁になんぞ行くもんか」と奮激した。
客は一日打くつろいで話して夜(よ)に入(い)ッてから帰ッた。帰ッた後に、お政はまた人の幸福(しあわせ)をいいだして羨やむので、お勢はもはや勘弁がならず、胸に積る昼間からの鬱憤(うっぷん)を一時に霽(はら)そうという意気込で、言葉鋭く云いまくッてみると、母の方にも存外な道理が有ッて、ついにはお勢も成程と思ッたか、少し受大刀(うけだち)になッた。が、負けじ魂から、滅多には屈服せず、尚おかれこれと諍論(いいあらそ)ッている。そのうちにお政は、何か妙案を思い浮べたように、俄(にわか)に顔色(がんしょく)を和げ、今にも笑い出しそうな眼付をして、「そんな事をお云いだけれども、本田さんなら、どうだえ? 本田さんでも、お嫁に行くのは厭かえ?」という。「厭なこった」、と云ッて、お勢は今まで顔へ出していた思慮を尽(ことごと)く内へ引込ましてしまう。「おや、何故だろう。本田さんなら、いいじゃないか、ちょいと気が利(き)いていて、小金も少(ちっ)とは持ッていなさりそうだし、それに第一男が好くッて」「厭なこッた」「でも、若し本田さんがくれろと云ッたら、何と云おう?」、と云われて、お勢は少し躊躇(たゆた)ッたが、狼狽(うろた)えて、「い……いやなこッた」。お政はじろりとその様子をみて、何を思ッてか、高く笑ッたばかりで、再び娘を詰(なじ)らなかッた。その後(のち)はお勢は故(ことさ)らに何喰わぬ顔を作ッてみても、どうも旨(うま)くいかぬようすで、動(やや)もすれば沈んで、眼を細くして何処か遠方を凝視(みつ)め、恍惚(うっとり)として、夢現(ゆめうつつ)の境に迷うように見えたことも有ッた。「十一時になるよ」と母親に気を附けられたときは、夢の覚めたような顔をして溜息(ためいき)さえ吐(つ)いた。
部屋へ戻ッても、尚お気が確かにならず、何心なく寐衣(ねまき)に着代えて、力無さそうにベッたり、床の上へ坐ッたまま、身動もしない。何を思ッているのか? 母の端(はし)なく云ッた一言(ひとこと)の答を求めて求め得んのか? 夢のように、過ぎこした昔へ心を引戻して、これまで文三如き者に拘(かかずら)ッて、良縁をも求めず、徒(いたずら)に歳月(としつき)を送ッたを惜しい事に思ッているのか? 或は母の言葉の放ッた光りに我身を(めぐ)る暗黒(やみ)を破られ、始めて今が浮沈の潮界(しおざかい)、一生の運の定まる時と心附いたのか? 抑(そもそも)また狂い出す妄想(ぼうそう)につれられて、我知らず心を華やかな、娯(たの)しい未来へ走らし、望みを事実にし、現(うつつ)に夢を見て、嬉しく、畏(おそ)ろしい思をしているのか? 恍惚(うっとり)とした顔に映る内の想(おもい)が無いから、何を思ッていることかすこしも解らないが、とにかく良(やや)久(しば)らくの間は身動をもしなかッた、そのままで十分ばかり経ったころ、忽然(こつぜん)として眼が嬉しそうに光り出すかと思う間に、見る見る耐(こら)えようにも耐え切れなさそうな微笑が口頭(くちもと)に浮び出て、頬(ほお)さえいつしか紅(べに)を潮(さ)す。閉じた胸の一時に開けた為め、天成の美も一段の光を添えて、艶(えん)なうちにも、何処か豁然(からり)と晴やかに快さそうな所も有りて、宛然(さながら)蓮(はす)の花の開くを観るように、見る眼も覚めるばかりで有ッた。突然お勢は跳ね起きて、嬉しさがこみあげて、徒(ただ)は坐ッていられぬように、そして柱に懸けた薄暗い姿見に対(むか)い、糢糊(ぼんやり)写る己(おの)が笑顔を覗(のぞ)き込んで、あやすような真似をして、片足浮かせて床の上でぐるりと回り、舞踏でもするような運歩(あしどり)で部屋の中(うち)を跳ね廻ッて、また床の上へ来るとそのまま、其処(そこ)へ臥倒(ねたお)れる拍子に手ばしこく、枕(まくら)を取ッて頭(かしら)に宛(あて)がい、渾身(みうち)を揺りながら、締殺ろしたような声を漏らして笑い出して。
この狂気(きちがい)じみた事の有ッた当坐は、昇が来ると、お勢は臆(おく)するでもなく耻(はじ)らうでもなく只何となく落着が悪いようで有ッた。何か心に持ッているそれを悟られまいため、やはり今までどおり、おさなく、愛度気(あどけ)なく待遇(あしらお)うと、影では思うが、いざ昇と顔を合せると、どうももうそうはいかないと云いそうな調子で。いう事にさしたる変りも無いが、それをいう調子に何処か今までに無いところが有ッて、濁ッて、厭味を含む。用も無いに坐舗を出たり、はいッたり、おかしくも無いことに高く笑ッたり、誰やらに顔を見られているなと心附きながら、それを故意(わざ)と心附かぬ風(ふり)をして、磊落(らいらく)に母親に物をいッたりするはまだな事、昇と眼を見合わして、狼狽(うろたえ)て横へ外らしたことさえ度々(たびたび)有ッた。総(すべ)て今までとは様子が違う、それを昇の居る前で母親に怪しまれた時はお勢もぱッと顔を※(あか)[#「赤+報のつくり」、205-14]めて、如何(いか)にも極(きま)りが悪そうに見えた。が、その極り悪そうなもいつしか失(う)せて、その後は、昇に飽いたのか、珍らしくなくなったのか、それとも何か争(いさか)いでもしたのか、どうしたのか解らないが、とにかく昇が来ないとても、もウ心配もせず、来たとて、一向構わなくなッた。以前は鬱々としている時でも、昇が来れば、すぐ冴(さ)えたものを、今は、その反対で、冴えている時でも、昇の顔を見れば、すぐ顔を曇らして、冷淡になって、余り口数もきかず、総て仲のわるい従兄妹(いとこ)同士のように、遠慮気なく余所々々(よそよそ)しく待遇(もてな)す。昇はさして変らず、尚お折節には戯言(ざれごと)など云い掛けてみるが、云ッても、もウお勢が相手にならず、勿論嬉しそうにも無く、ただ「知りませんよ」と彼方(あちら)向くばかり。それ故(ゆえ)に、昇の戯(ざれ)ばみも鋒尖(ほこさき)が鈍ッて、大抵は、泣眠入(なきねい)るように、眠入ッてしまう。こうまで昇を冷遇する。その代り、昇の来ていない時は、おそろしい冴えようで、誰彼の見さかいなく戯(たわぶ)れかかッて、詩吟するやら、唱歌するやら、いやがる下女をとらえて舞踏の真似をするやら、飛だり、跳ねたり、高笑をしたり、さまざまに騒ぎ散らす。が、こう冴えている時でも、昇の顔さえ見れば、不意にまた眼の中(うち)を曇らして、落着いて、冷淡になッて、しまう。
けれど、母親には大層やさしくなッて、騒いで叱られたとて、鎮(しず)まりもしないが、悪(にく)まれ口もきかず、却(かえ)ッて憎気なく母親にまでだれかかるので、母親も初のうちは苦い顔を作ッていたものの、竟(つい)には、どうかこうか釣込まれて、叱る声を崩して笑ッてしまう。但し朝起される時だけはそれは例外で、その時ばかりは少し頬を脹(ふく)らせる※[#白ゴマ点、206-14]が、それもその程が過ぎれば、我から機嫌を直して、華やいで、時には母親に媚(こ)びるのかと思うほどの事をもいう。初の程はお政も不審顔をしていたが、慣れれば、それも常となッてか、後には何とも思わぬ様子で有ッた。
そのうちにお勢が編物の夜稽古(よげいこ)に通いたいといいだす。編物よりか、心易(やす)い者に日本の裁縫を教える者が有るから、昼間其所(そこ)へ通えと、母親のいうを押反して、幾度(いくたび)か幾度か、掌(て)を合せぬばかりにして是非に編物をと頼む。西洋の処女なら、今にも母の首にしがみ付いて頬の辺(あたり)に接吻(せっぷん)しそうに、あまえた強請(ねだ)るような眼付で顔をのぞかれ、やいやいとせがまれて、母親は意久地なく、「ええ、うるさい! どうなと勝手におし」と賺(すか)されてしまッた。
編物の稽古は、英語よりも、面白いとみえて、隔晩の稽古を楽しみにして通う。お勢は、全体、本化粧が嫌いで、これまで、外出(そとで)するにも、薄化粧ばかりしていたが、編物の稽古を初めてからは、「皆(みんな)が大層作ッて来るから、私一人なにしない……」と咎(とが)める者も無いに、我から分疏(いいわけ)をいいいい、こッてりと、人品(じんぴん)を落すほどに粧(つく)ッて、衣服も成(なり)たけ美(よ)いのを撰(えら)んで着て行く。夜だから、此方(こちら)ので宜いじゃないかと、美くない衣服を出されれば、それを厭とは拒みはしないが、何となく機嫌がわるい。
お政はそわそわして出て行く娘の後姿を何時も請難(うけに)くそうに目送(みおく)る……
昇は何時からともなく足を遠くしてしまッた。