小说下载尽在http://bbs.txtnovel.com--书香门第【axzh2244】整理
附:【本作品来自互联网,本人不做任何负责】内容版权归作者所有!
天使の囀《さえず》り
貴志祐介
目 次
序 章 呪われた沢
一 章 死恐怖症《タナトフオビア》
二 章 帰 還
三 章 憑 依
四 章 恋愛|S L G《シミユレーシヨンゲーム》
五 章 |親切なるもの《エウメニデス》
六 章 聖 餐
七 章 鷲の翼
八 章 守護天使
九 章 大地母神《ガイア》の息子
十 章 テュポン
十一章 蜘 蛛
十二章 メドゥーサの首
十三章 歯と爪
十四章 カラスとサギ
十五章 救世主《メサイア》コンプレックス
十六章 変 貌
十七章 悪 夢
十八章 聖 夜
[#改ページ]
序章 呪われた沢
差出人:高梨光宏〈pear@ff. jips. or. jp〉
宛先:北島早苗〈sanae@keres. iex. ne. jp〉
件名:first mail
送信日時:1997. 1. 24. 22:14
お元気でしょうか。
今まで君から何通もメールをもらいながら、こんなに返事が遅くなったことをお詫びします。ご安心ください。僕は決して、ジャガーの餌になったわけでも、自分がミツユビナマケモノだと思い込むようになって、余生を枝から逆さまにぶら下がって過ごそうと決意したわけでもありません。
ただ単に、何を書いたらいいのかわからなかったのです。
馬鹿げた言い訳に聞こえると思います。僕はこれでも作家の端くれであり、これまでに書いた文章は、原稿用紙に換算すると、無慮数万枚にもなるのですから。(その大部分は、スタージョンの法則を見事に実証する紙屑でしかありませんが)これは、結構な量です。一度でも本屋でアルバイトをしたことのある人間ならわかるでしょうが、紙というのは重いものです。もし数万枚の原稿用紙が塊で頭の上に落ちてきたら、命が危ないでしょう。
そういえば、東京の仕事場でうとうとしている時に、こんな夢を見たことがありました。出発の少し前のことです。僕は、がらんとした部屋の真ん中でパソコンに向かっています。すると、天井が、ぎしぎしと軋むのです。それでも、僕のキーボードを打つ手は止まりません。信じられないくらいの創作意欲に衝き動かされているのです。(夢の中とはいえ、近年、めったにないことです)
そのうち、天井にビシッと一直線の亀裂が入ったのですが、それも無視して夢中でキーを叩き続けていました。すると、とうとう天井が決壊して、これまでに出版され、店頭に並んだはずの僕の本すべてが落下してきました。僕は、何十トンもの本に押し潰され、埋め尽くされながら、ようやく悟っていました。このたくさんの紙製のモノリスは、僕自身の墓碑となるために製造されたのだということを。(何と言っても、一冊一冊に自分の名前が入っていますから)
しかし、(脱線しましたが)夢の中とは違って、現実には僕の指は、キーボードのホームポジションから、ぴくりとも動こうとはしないのです。
ついさっき、騒々しいホエザルの声がぴたっとやんだかと思うと、スコールが地鳴りのような音と一緒に近づいてきました。今はテントを、穴を穿たんばかりの勢いで打っています。
この水は、やがて大地に吸い込まれて大アマゾン川に合流します。そして、ゆったりと流れながら、生者を潤し、死者を蕩かすことでしょう。
今日は、このぐらいにしようと思います。
また、メールを書きます。
件名:first impression
送信日時:1997. 1. 31. 20:31
毎日、暖かい励ましの言葉をありがとう。読むたびに、君の肌の温もりが無性に恋しくなります。
ですが、あいかわらず、文章を書こうとすると、手が止まってしまうのです。
何の専門知識も持たない僕が、この探検隊に参加させてもらったのは、紀行文を書くためだということは明らかなのですが、メモ書き程度のものを除いては、まだ一行も書いていません。このままだと、スポンサーである新聞社や『バーズ・アイ』誌から、契約不履行で訴えられることにもなりかねません。そういうわけで、君へのメールは、リハビリも兼ねています。
そこで今日は、僕が最初にアマゾンの森を見たときの印象を書こうと思います。
僕が感じたのは、ここは大いなる『死の森』であるというものでした。
そこは一見、生命に満ちあふれていました。森の樹木一つ見てもわかるのですが、五十メートル四方くらいを探しても、一本として同じ種類の木はありません。そして、それぞれの木には、巧妙に適応した無数の昆虫、蜘蛛や、極彩色のカエル、軟体動物などが生活しています。実に多様で、健全な世界が、そこにありました。
しかし、ここに、それだけ多くの生命が存在しているということは、過去に、それより遥かにたくさんの命が消滅してきたということを意味しています。いや、過去といわずこの瞬間にも、数限りない死が訪れつつあります。一見、生命に溢れたように見えるこの場所は、実は、それらの犠牲の上に依拠しているのです。
僕の目には、森はぼんやりと二重写しになって見えました。生きている森と、そして、過去にそこに存在していたはずの、死んだ森とです。
正面からは彗星のように輝いて見える生命の森は、後ろ側には、真っ黒な死の軌跡を描きながら進んでいるのです。
探検隊のほかのメンバーに、それとなく、そうした感想を述べてみたのですが、誰一人として、理解した様子はありませんでした。
どうやら、紀行文には、別の第一印象を捏造するしかないようです。
それではまた。
件名:mortality
送信日時:1997. 2. 6. 23:05
君の心配は、僕を思ってくれる故だということは、よく理解しています。ですが、君が婉曲に指摘しているように、僕がタナトフォビアだというわけではありません。
タナトフォビアというのは、日本語で何と言うのだったでしょうか? 最近、時差ボケのせいか、頭がよく働かず、物忘れが多いので。少なくとも、僕の持ってきた辞書には、載っていませんでした。……死恐怖症ですか? もっとましな訳語があるのかもしれませんが、そんなものだったと思います。どちらにせよ、僕は別に、いつか必ずやってくる死に、戦々兢々として生きているわけではありません。
君が日々青春を磨り減らしながら働いているホスピスでは(すみません。他意はありません)、患者さんが死を受け入れるということは、さぞかし大問題なのだろうと推察します。
ですが、人間は、万物の霊長などではなく、霊長目ヒト科の一種である頭の膨れたサルにすぎません。人間の死は、浜辺でイソギンチャクが個体の終焉を迎えるのと、何ら変わるところはないのです。
我々はただ、定められた生を生き、そして消滅するだけです。
そのことを、アマゾンに来て、あらためて痛切に感じました。
それでは。
件名:diligent forest
送信日時:1997. 2. 13. 13:16
今まで送信したメールを見たら、近況もろくに書いていないことに呆れました。今回はまともです。安心してください。
まず、現在いる場所ですが、ブラジル領アマゾンの最奥地帯、ソリモンエス川とジャプラ川のほぼ中間あたりです。赤道よりは、少し南寄りになります。日本からは、飛行機を乗り継いで、中流域の大都市マナオスまで来ました。そこからは、もっぱら船で川を遡上しました。アマゾン川は非常に高低差が少ないので、遡るといっても、大きな湖を横切っているような感じでしたが。
今回の探検の目的は、急速に減少する熱帯雨林の調査によって、地球規模で環境問題を考えることですが、森林の破壊が想像以上に急ピッチで進んでいることに驚かされました。
七〇年代に建設が始まったアマゾン横断道路に沿って、さらに網の目のように支線が延び、貧しい農民たちが焼畑農業で森林を蚕食しています。
意外に思われるかもしれませんが、アマゾンの土壌は、実は非常に痩せているのです。植物の生育に必要な栄養塩類を含んだ土の層は、数センチから、せいぜい三十センチほどしかありません。しかも、タイガなどの北方の森や温帯の照葉樹林で落ち葉が分厚いカーペットのように堆積しているのと比較して、ここには、ごく薄い落葉層(リター層)しかありません。
最初にアマゾンの昼なお暗いジャングルに入り、巨大な板根《バットレス》を巡らしている巨木を見た時には、圧倒されるような感じでした。ところが、それほど大きな木でも地中への根の張り方は実に貧弱で、山刀《マチュテ》で板根を切り離すと、簡単にひっくり返ってしまうのだそうです。
なぜ、これほど痩せた土地に、世界最大の熱帯雨林が存在しうるのかは、興味深い問題です。一つの説明は、ここでは、温帯や寒帯の数倍の速度で、少ない栄養塩類を循環させているのだというものです。落葉は、あっという間に分解され、木々に養分として再吸収されます。経済学にたとえれば、貨幣の総量が少なくても、流通速度が倍になれば必要をまかなえるのと同じことでしょう。
つまり、熱帯雨林は豊饒の地などではなく、乏しいリソースをフルスピードで循環させる自転車操業によって、ようやく維持できている不安定な場所なのです。そんなところで焼畑農業を行っても、すぐに地力が尽きてしまい、結果として、せっかく切り開いた土地は、わずか二、三年で放棄され、農民たちは追い立てられるように、さらに奥地へと焼畑を続けます。結果として、熱帯雨林はずたずたにされ、急速に地球上から消滅しつつあります。
これは、ブラジル政府の杜撰な開発計画の失敗によるものですが、その影響は、二酸化炭素の増加による温暖化など、地球的規模で襲ってきます。もちろん、日本も埒外にはいられません。
……今、カミナワ族の青年が、ディスプレイを覗き込んで、これは何だと聞いています。光る板の上に、アリのような文字が点々と並んでいるのが、よほど不思議なものに見えるようです。しきりに手を出したがりますが、僕もさすがに、彼らの手にパソコンをゆだねる度胸はありません。通訳に頼んで、資格のあるシャーマン以外の人間が手を触れると、災いがあるというふうに言ってもらいました。それでもまだ、興味津々という様子で、首を曲げ、眇になって液晶画面を見ています。人間ほど好奇心の強い動物はいないと、つくづく思います。
ああ。説明がまだでしたね。カミナワ族というのは、我々が『ホームステイ』しているインディオの部族の名前です。
蜷川教授が僕を呼んでいます。何か見つけたらしいので、行ってみます。
件名:rainy days
送信日時:1997. 2. 18. 18:45
こちらはあいかわらず雨期です。突然襲ってくるスコールは、しばしばテントの中まで水浸しにしてしまうほか、日本の梅雨のように、小雨が一日中、しとしとと降り続けることもあります。鬱陶しいこと、このうえもありません。
『二季の歌』というのを作りました。
雨期を愛する人は、心も憂き人。泥土に潜む鰐のような僕の友達。
続きはいずれ、乾期になってから。
我々は今、カミナワ族の集落の西の端にテントを張って生活しています。先日、蜷川教授が、集落の北のはずれで、焼け焦げた小屋の残骸のようなものを発見しました。すでにその上を、ツタのような植物が幾重にも覆っていたので、すぐそばを通ったこともあったのに、今まで気がつかなかったのです。
我々は、カミナワ族は、これまで文明社会とはほとんど接触がなかったと聞いていたので、かなり意外に思ったのですが、三年ほど前から約一年間、オマキザルを研究していたアメリカ人の夫妻が、ここにいたそうです。
どうやら、二人とも死亡したらしいということでした。この件に関しては、ただでさえ饒舌とはいえないカミナワ族の口が急に重くなり、詳しい事情はわかりません。蜷川教授が、小屋の残骸からバッグに入った遺品らしきものを見つけたので、一応中身を調べてから、しかるべきルートを通じて遺族に返却してあげたいと思っています。
死というものはまったく、我々の行く手のどこに転がっているか、わからないものですね。
それではまた。
件名:who's who
送信日時:1997. 2. 22. 21:52
今日は少し、我がアマゾン探検隊のメンバーについて紹介してみたいと思います。
総勢は、入れ替わりもありますが、常時十五名ほどです。そのうち、ほぼいつも行動を共にしているのは、僕を含めた五人です。
まず、もっとも強烈なキャラクターを持っているのは、文化人類学の蜷川武史教授でしょう。
御年五十五歳になりますが、学生時代からずっとフィールドワークを続けているせいか、細身の身体には今でも若者をしのぐパワーが溢れています。そのため、この人と一緒に行動していると、僕などは過労死しかけます。
真っ黒に日焼けし、頬は肉を削ぎ落としたようにこけていて、眉間には、笑っているときでさえも、彫刻刀を入れたような深い皺を刻んだままです。常に自分を厳しく律し、何物をも恐れないという信念の人です。
大学の同級生だったという奥さんと、二人の年頃の娘さんがいるのですが、この十年ほどはずっと別居しているそうです。まあ、奥さんの気持ちは何となく分からなくもありません。
自ら救世主コンプレックスの持ち主と言う蜷川教授は、常に日本の社会について憂えています。風貌からはタカ派と思われがちですが、実際には、超タカ派と言うべきでしょう。
教授の主張の骨子は、たとえば以下のごとくです。
某カルト宗教に対して破防法を使わなかったのは、腰抜け、腰砕けの極みである。この際、伝家の宝刀などと言って出し惜しみせず、広域暴力団や新左翼、厚生省などにも広く適用を検討してみてはどうか。
昨今の青少年に対する麻薬汚染は深刻である。現在、世界でもっとも当を得た麻薬対策をとっているのは、インドネシアだ(一定量以上の所持は、国籍を問わず死刑の由)。一方で、旧宗主国であるオランダが、ジャンキーどもを見て見ぬふりどころか、注射器を配ったりしている情けない体たらくであるのとは好対照である。日本は、インドネシアに学べ。
少年犯罪がどんどん凶悪化する中で、非行少年を少年院に入れてもまったく矯正効果が上がっていないとするならば、法務省はとうてい怠慢のそしりを免れない。巷に氾濫するカルト宗教から洗脳のノウハウを吸収して実施すれば、ものの一ヶ月で、彼らの性根を真っ白に染め変えられるだろう……。
過激な言辞の裏側で、たぶん本当に言わんとするところは別にあるのでしょう。それでも、国立大学の教授で、堂々とこれだけの主張をする人というのは、かなり希少価値があるのではないでしょうか。
新世界ザルの専門家である森豊氏は、三十六歳です。年齢が近いこともあって、比較的よく話をするのですが、考えてみれば、彼も相当妙な男です。
蜷川教授とは対照的に、森氏は非常にシャイで内向的です。自分の容貌に対して劣等感があるせいなのか(研究対象であるオマキザルの一種に、とてもよく似ています)、あるいは歯に不正咬合があって発音がやや不明瞭なのを気にしているのか、あまり人前ではしゃべろうとはしません。特に、女性に対するときは、苦痛に歪んだような表情になり、はたで見ていて気の毒なくらいです。
それではカミナワ族の女性に接するときはどうなのだろうと、密かに観察していたら、やっぱり苦悶していたので、少しく驚き、大いに感心しました。日本人にもカミナワ族にも等しく接するというのは、簡単なようでいて、なかなかできることではありません。
森氏は、日本ではサル学の権威と言われる教授の研究室に所属しています。理由はわかりませんが、冷遇されているようです。まだ独身ですが、万年助手の給料では生活が苦しいと、よくこぼします。(僕に対してだけは、心に傷を抱えた者同士であるせいか? わりによくしゃべるのです)
こんな森氏が、前述の蜷川教授にすっかり心酔しているのです。わからないものでしょう? 最近では、どこへ行くにもべったりです。誰しも、自分にないものを持った人間に惹かれるのかもしれません。(別にホモ的感情はないと思います)
森氏はかなり年季が入った『マック使い』で、少し時間があくと、テントに一人で籠もってパワーブックを覗き込んでいます。表情が変に弛緩しているので、おそらく仕事をしているのではないと思いますが、絶対に画面を見せてくれないので、何をしているのかはわかりません。
赤松靖先生は、この五人の中では比較的まともな部類かもしれません。四十五歳で、私立大学の助教授の地位にあります。専門は苔と地衣類で、マイナーな分野のように思われますが、大手の製薬会社と契約を結び、ガンやエイズの特効薬となるような成分を含んだ新種の植物を探しているということです。そのためか、学者としては金回りもいいようです。
大兵肥満で典型的な躁鬱型性格の(こういう通俗的な分類は、君の顰蹙を買うかもしれませんが)先生は、誰とでもすぐに打ち解けられる社交的な好人物です。
赤松先生の意外な弱点は、一緒にジャングルの中を歩いているときにわかりました。
君は、ジャガー(こちらではオンサと呼んでいます)が人間の後をつける習性があることをご存じだったでしょうか?
ガイド兼通訳に聞いたところでは、よほどのことがない限り襲ってくることはないそうなのですが、日が落ちてからキャンプに帰ってきたときなどに、我々は、しばしばこの、送り狼ならぬ、『送りジャガー』という現象を経験しました。けっして姿は見せないのですが、気配と、時々聞こえる唸り声とで、それとわかるのです。
そんなとき、赤松先生は、夜目にもはっきりと見えるほど蒼白になり、誰彼となく腕にしがみついたりします。力士並みの体格の赤松先生が、半分くらいしか体重のない森氏にすがりついている様子などは、緊迫した雰囲気の中でも思わず吹き出したくなるような光景ではありました。
まあ、ジャガーならさもありなんとも思いますが、赤松先生は、カミナワ族がペットとして飼っているオセロット(美しい斑紋を持つ山猫の一種です)にさえも、しばしばびくついた表情を見せます。一度、そのことでからかったら、むきになって反論してきました。「一度、奴らの目を見たらわかりますよ。最初は、怒ってるのかと思った。でも、そうじゃないんだ。奴らは怒ってなんかいない。欲望で興奮してるんですよ。私を喰いたいという。それに気がついたとき、私は失禁しかけましたよ」
これほど動物嫌いの赤松先生が、よりにもよってアマゾン探検隊に参加するというのは、とても正気の沙汰とは思えませんが、ここは地球上で最後に残された遺伝子資源の宝庫であり、しかも乱開発によって毎日数十種が絶滅しつつあるという現状では、背に腹は代えられなかったのでしょうか。
赤松先生は、熱烈な恋愛結婚で結ばれたという奥さんと三人の男の子に、ほとんど毎晩のように電話をかけます。楽しそうなやりとりを聞いていると、家庭はしごく円満なようです。
最後は、唯一の女性隊員である、カメラマンの白井真紀さんです。彼女を一番後回しにしたことには、別に理由はありません。不美人というわけではないのですが、既婚者で、娘さんが一人います。
年齢は、聞いても笑って教えてくれなかったのですが、こっそり健康診断のための書類を覗いたら、三十二歳となっていました。
物静かで知的な感じの人です。いつも人の輪には加わるのですが、あまりしゃべらず、暇なときには、いつも娘の写真をじっと眺めています。
いつまでも、いつまでも眺めています。
二、三十分たっても、飽いた様子もなく、一心不乱に眺めています。その姿には、どこか鬼気迫るものがあります。彼女もまた、他人には窺い知ることのできないような問題を抱えているのかもしれません。
日本に帰ったら、君が我が愛すべき隊員たちの性格をどう分析するのか、楽しみにしています。
件名:monkey business
送信日時:1997. 2. 26. 13:08
アマゾン探検隊がこちらで何をしているのかさっぱりわからないという君の指摘は、たいへんごもっともです。そこで今回は、我が班の先生方の研究について、少しく説明しましょう。(前回のメールだけ読めば、我が班は奇人変人の集まりという印象しか持たれないでしょうから、今回は、その名誉挽回の意味合いも含んでいます)
まずは、森氏の研究から。実は、このメールのために、ついさっきインタビューしてきたばかりです。
氏の主張によれば、これまでの日本のサル学はずっと一人の偉大な学者の呪縛下にあったため、世界中のサルを研究対象としてきたという豪語とは裏腹に、実際には、ニホンザルと、ゴリラやチンパンジーなどの類人猿に偏していたそうな。そこで、霊長目に匹敵すると言われる高い知能を持ち、かつ、人類やチンパンジーなどとは別の系統で進化を遂げてきたオマキザルについて研究を進めることは、大きな意義を持つらしいですと。(どうも彼の動機の根底には、サル学の泰斗である師に対する深い怨念があるような気がしてなりません)
森氏は、サルの知能を測るために新しく考案された知能テストを行ったり、ハイテク機器を使ってオマキザルの仲間の脳重量を測定し、脳化指数(なんでも脳重量を感覚器官の分布している体表面積で割るそうですが、サルをバラバラにしないで、どうしてそんなものが計算できるのか、僕にはわかりません)を計算したりしています。
その結果、オマキザルの中でも最もテストの結果が優秀だったフサオマキザルは、中央アフリカのボノボ(ピグミーチンパンジー)をも凌ぐ知能を持つという結論に達したそうです。(森氏は、この結果はきっと師匠には受け入れられないでしょうと、意気消沈した表情で話していました)
オマキザルについても、ちょっと説明しておきましょう。君には、あまり馴染みがないでしょうから。
真猿亜目オマキザル科のサルは、中央アメリカからブラジル、パラグアイ、アルゼンチンの北部までの広大な地域に分布しています。
十一属三十種が知られていますが、サイズや形態から食性などの生態、社会性にいたるまで、多種多様な進化は、他の種類のサルには類を見ないほどです。食べ物ひとつ取ってみても、種類によって、木の葉から果実、昆虫、はては小型哺乳類まで捕食するそうです。
クモザルの仲間は、霊長類では唯一のものを掴むことのできる尾(オマキザルの名のゆえんです)を持ち、あたかも五番目の肢のように使いこなして、巧みに枝渡りを行いますし、ホエザルは、その名の通り、数キロ四方に響きわたる大声で吠えることができます(早朝我々の安眠を妨害する以外に、何の得があるのかはわかりません)。また、ヨザルは世界唯一の夜行性の真猿類です。さらに、前述のように、類人猿を除けば最も知能が高いサルも、この一群には含まれています。
それぞれの種がこれほどユニークな進化をしていることに加え、まだ研究が充分になされていないこともあり、オマキザル科の分類には今でも論争があり、しょっちゅう、カテゴリーの変更が行われています。
これらオマキザル科のサルたちにとって、最大のライバルは、食性の近い同じ科の別種のサルです。そのため、本来なら激しい生存競争が起こるはずですが、彼らは実に巧みに衝突を回避し、棲み分けを行っています。
たとえば、小型のティティモンキーは、大型の種の食べない有毒な青い実を食べますし、ヨザルは、他種の活動しない夜間に餌をとります。また、頭が禿げ上がった鮮紅色の奇怪な風貌から、現地では『悪魔の猿』と呼ばれているウアカリは、他のオマキザルの生息しない湿地林(バルゼアと呼ばれる、雨期になると水没するジャングルです)に棲んでいます。
オマキザルたちにも、当然、天敵は存在します。ジャガーは別格としても、猫科のオセロットやマーゲイ、イタチ科のタイラなどは、大型のサルをも捕食します。
また、これは森氏が実際に目撃したことなのですが、セクロピアの木の梢近くにいるホエザルが、すっかり安心しきった様子で木の葉を食べていると、何の前触れもなく上空から『馬鹿みたいに大きな鳥』が舞い降りてきて、恐怖に硬直したホエザルをひっ掴むと、木々の間を縫って軽々と運んでいったそうです。
森氏は完全に肝を潰したために、鳥の姿形はよく覚えていませんでしたが、ホエザルがオマキザルの中では最大級であることを考えると、こんなことができるのはオウギワシだけだということでした。
オウギワシというのは、カンムリクマタカ、サルクイワシと並ぶ世界の三大猛禽の一つで(三大テノールと同じで、誰が決めたのかは知りません)、英名を harpy eagle といいます。harpy というのは、ギリシャ神話のハルピュイアのことで、女の顔に爪の生えた翼を持ち、子供をさらう恐ろしい怪物です。オウギワシはその名に恥じず、強力な爪でサルやナマケモノなどを捕殺します。
そんな物凄い鳥が頭上から急降下してきた日には、たぶん、もう逃れるすべはないのでしょう。突然、風を切る獰猛な羽音が鼓膜を打つとき、オマキザルたちの脳裏にも、短い生涯の記憶が走馬灯のように点滅するのでしょうか……?
そうそう。オマキザルの仲間で、もう一種だけ、紹介するのを忘れていました。先ほどのウアカリに比較的近縁の種である、モンクサキです。
灰色のばさばさの毛皮に、ひどく憂鬱そうな顔をした、およそ見栄えのしないサルなのですが、これが見事なくらい森氏に生き写しなのです。もし動物図鑑を見る機会があったら、忘れずにチェックしてみてください。
次に、蜷川教授の仕事について。
とにかく、一刻もじっとしていない人であり、まだ、落ち着いて話を聞く機会にも恵まれていません。ですから、あまり迂闊なことは言えないのですが、僕の見たところ、教授の頭の中には独特の文明史観があるようです。カミナワ族のように、先史文明を受け継いでいる可能性のある部族を探してフィールドワークを行っているのも、それを実証するためであるようです。
教授の文明史観がどんなものか、正しく要約できる自信はとてもないのですが、簡単に言えば、『生存』と『幸福』という必ずしも一致しない二つの欲求の相克によって、人類の文明が発達してきたというものらしいです。
脳は常に、過剰なまでに『快感』、『満足』、『幸福』を求めたがるのですが、あまりにもそちらに傾きすぎると、『生存』のためには不適格な行動をとることになりかねず、淘汰されてしまいます。
人類は、この二つの目標の間でバランスを取ろうとして、どちらにも、ほぼ同じくらいの努力を傾けてきました。一方では、『生存』を希求するために、外敵や災害、飢え、疫病などに備え、もう一方では、心の平穏を得るために、『文化』を作り出したのです。
多くの人が薄々感づいていたように、最も手堅い戦略は、まず、『生存』のために必要充分な資源を確保しておき、『幸福』の方は、なるべくお金やエネルギーをかけずに処理することでしょう。ですが脳は、それではなかなか満足してくれません。
世界の多くの文明は(偏執的に物質を崇拝する西欧文明以外ということですが)、このジレンマを解決するため、ヨガや瞑想などのチープな方法によって、内的世界の探求に向かいました。さらに、その一助として薬品を用いる、いわゆるドラッグカルチャーというものも数多く存在していました。
蜷川教授は、古代アマゾンには、蛇を信仰する特異な密林文明が存在していたと考えています。そして、そこでは、何か特別な種類の麻薬を使うことによって、『幸福』への欲求を完全にコントロールしていたのではないかと。これは、教授が長年かかって、大昔に存在していたという『理想郷』に関するインディオたちの口承を集め、分析・推理した結果です。(残念なことに、物質循環の激しいアマゾンでは、木製の遺物の類は、あっという間に朽ちて土に還ってしまうので、物的証拠はほとんど残っていません)
カミナワ族に限らず、アマゾンのインディオたちは、世界で最も古くから麻薬を使ってきた民族として知られています(そのせいか、現在では麻薬カルテルと契約して、コカインを密栽培している部族などもあります)。しかし、太古にここ、ブラジル領アマゾンの最深奥部に存在していたドラッグカルチャーは、インディオとはまったく別の人種による、遥かに洗練されたものだったそうです。
古代のアマゾンに密林文明が存在したという傍証は、いくつか存在します。
たとえば、ここからはずっと下流の密林の中にあるモンテアレグレ洞窟では、幾何学模様や人間の手形、キメラ、霊能者などの人物像が赤や黄の明るい色で描かれた、美しい壁画が発見されています。同じ場所で見つかった矢尻や魚の骨などに対して、米イリノイ大学のアンナ・ルーズベルト教授らがアイソトープによる年代測定を行ったところ、約一万一千年前のものであることが確認されています。これは、中米のアステカ文明やマヤ文明、南のインカ文明、ナスカ文明は言うに及ばず、現在までに知られているどんな文明よりも遥かに古いものです。
また、アメリカの人類学者ラスラップは、アマゾンの諸部族を言語学的に調査した結果、アマゾン川本流の中流域には、紀元前五千年ごろに、農業を基盤とする熱帯文明が存在していたという仮説を立てました。この文明は、サツマイモやマンジョーカといった栄養価の高い作物の栽培が始まるとともに、徐々にアマゾンの各支流や上流域へも広がっていったと考えられています。
アマゾン川をどんどん遡ってペルー領に入ると、源流の一つであるウヤカリ川のさらに源であるウルバンバ川の上流には、アンデス文明の石積み遺跡として世界的に有名なマチュピチュがあります。インカ帝国の首都クスコを守る、要の防塞だったらしいのですが、マチュピチュの砦はどれも、アンデス高原ではなくアマゾンの密林側に向かって築かれています。これは明らかに、インカ帝国を脅かすほど強大な文明が、古代にアマゾンに存在していたことを示すものです。
それでは、彼らが使っていた麻薬とは、どんなものだったのか? そして、なぜ、彼らは滅びてしまったのか?
残念ながら、その答えは、まだ見つかっていません。しかし蜷川教授は、その鍵は、先に挙げた場所のちょうど中間地点である、ここブラジル領アマゾン最深奥部にあると考えています。
どうですか? 少し、わくわくしてきませんか?
我々は、けっして無意味にジャングルをうろついているわけではないのです。
赤松先生の研究については、また稿をあらためて。
件名:lunatic night
送信日時:1997. 3. 8. 23:39
何から書き始めたらよいのでしょうか。
とにかく、ひどい目に遭いました。しかし、その時のことは、今も強烈な印象となって心に焼き付いています。
今からちょうど一週間前のことでした。我々五人は、三日間の予定で、カミナワ族の集落から北東へ二、三十キロ離れた地点までフィールドワークに出かけました。五人というのは、蜷川教授、赤松助教授、森助手、カメラマンの白井さん、それに僕です。
専門も興味も違う五人が、どうして同じ場所に出かけるのかと思われるかもしれませんが、ジャングルの中で単独行動はできませんので、班の中でお互いに行きたいところを話し合い、折り合いをつけることになるわけです。(最終的に誰の意向が通ることが多いのかは、言うまでもありません)
我々は、二艘の船外機付きのゴムボートに分乗して、ソリモンエス川の源流の一つであるミラグル川を遡っていきました。蜷川教授が、カミナワ族から、ミラグル川の上流に古代文明の痕跡らしきものがあると聞いたためです。また、このあたりは、絶滅に瀕しているアカウアカリとシロウアカリの生息域にも当たっているため、森氏にも否やはありませんでした。
ところが、十年ほど前にミラグル川の調査がなされたときとは、川の流れがすっかり変わってしまっていたのです。後でわかったのですが、うねうねと蛇行していた流れの一部が切り離されて小さな湖となり、川の流れは別の位置にショートカットを作っていたのでした。
このため、上陸すべきだった地点を見過ごしてしまい、道を間違えたことがわかったのは、かなり行きすぎてからでした。
すぐに引き返せばよかったのでしょうが、蜷川教授は、強く上陸することを主張しました。そこから見える小高い丘の地形が、カミナワ族の話にあった古代の遺跡によく似ていたらしいのです。さらに、周囲の地形を調べると、ほんの五十メートルほど離れた場所に別の川の流れがあることがわかりました。その流れは、丘の方へ続いています。我々は、そこまでゴムボートを移動させ、さらに遡ってみることにしました。
アマゾンには、本流以外にも無数の小さな川(とは言っても、利根川や信濃川クラスはざらですが)が集まっています。それら網の目のように張り巡らされた源流、支流は、水の色によって『白い川』、『黒い川』、『緑の川』の三種類に分けられます。
ミラグル川や下流のソリモンエス川などは典型的な『白い川』で、実際には、黄河のような黄褐色の濁流です。『白い川』は別名『肥えた川』(リオス・ファルトス)といい、中性ないしは弱アルカリ性で、豊富に栄養塩類を含んでいます。このため、魚影も濃く、多種多様な生物が暮らしています。
これに対して、『黒い川』は、ちょうど薄いコーヒーのような色合いです。
『黒い川』の上流には、必ず浸水林(イガッポ林。バルゼアと違い、一年中水没している森)があり、大量の落葉が川に降り注いでいます。ところが、栄養塩類に乏しい土地に生育する植物は、草食動物による食害を防ぐために、葉に自己防衛のための物質を蓄えます。つまり黒い色は、落葉から溶け出したタンニンやフェノールなどの有毒物質の色なのです。その上、強酸性で栄養塩類に乏しいこともあって、『黒い川』にはほとんど生き物が棲めません。このため、『黒い川』は、『飢餓の川』(リオス・デ・フォーメ)とも呼ばれています。
(『緑の川』は、透明度の高い中性の川らしいのですが、残念ながら、実物を見たことがないのでよくわかりません)
我々が発見した新しい川は、『黒い川』のようでした。