饭饭TXT > 海外名作 > 《江户川乱步短篇集(日版)》作者:[日]江户川乱步【完结】 > 《江户川乱步短篇集(日版)》@txtnovel.com.txt

すんで、十三日の午後の第一回の配達の分を取り出した中に、その脅迫状がまじっており.4

[#折り返して1字下げ]

A失礼ですが、いつかも汽車で御一緒になったようですね。

Bこれはお見それ申しました。そういえば、私も思い出しましたよ。やっぱりこの線で

したね。

Aあの時はとんだ御災難でした。

Bいやお言葉で痛み入ります。私もあの時はどうしようかと思いましたよ。

Aあなたが、私の隣の席へいらっしゃったのは、あれはK駅を過ぎて間もなくでしたね。

あなたは一と袋の蜜柑を、スーツケースと一緒にさげてこられましたね。そしてその蜜柑

を私にもすすめてくださいましたっけね……実を申しますとね。私は、あなたを変に馴れ

馴れしい方だと思わないではいられませんでしたよ。

Bそうでしょう、私はあの日はほんとうにどうかしていましたよ。

Aそうこうしているうちに、隣の一等車の方から、興奮した人たちがドヤドヤとはいっ

て来ましたね。そして、そのうち一人の貴婦人が一緒にやって来た車掌に、あなたの方を

指さして何かささやきましたね。

Bあなたはよく覚えていらっしゃる、車掌に「ちょっと君、失敬ですが」と言われた時

には変な気がしましたよ。よく聞いてみると、私はその貴婦人のダイヤの指環を掏ったて

んですから、驚きましたね。

Aでも、あなたの態度はなかなかお立派でしたよ。「ばかな事を言ってはいけない。そり

ゃ人違いだろう。なんなら私のからだを調べてみるがいい」なんて、ちょっとあれだけの

落ちついたせりふは言えないもんですよ。

Bおだてるもんじゃありません。

A車掌なんてものは、ああしたことに慣れているとみえて、なかなか抜け目なく検査し

ましたっけね。貴婦人の旦那という男も、うるさくあなたのからだをおもちゃにしたじゃ

ありませんか。でも、あんなに厳重に調べても、とうとう品物は出ませんでしたね。みん

なのあやまりようったらありませんでした。ほんとに痛快でした。

B疑いがはれても、乗客が皆、妙な眼つきで私の方を見るのには閉口しました。

Aしかし、不思議ですね。とうとうあの指環は出てこなかったというじゃありませんか。

どうも、不思議ですね。

B …………

A …………

Bハハハハハ。おい、いい加減にしらばくれっこはよそうじゃねえか。この通り誰も聞

いているものはいやしねえ。いつまでも、左様然らばでもあるめえじゃねえか。

Aフン、ではやっぱりそうだったのかね。

Bおめえもなかなか隅へは置けないよ。あの時、おれがソッと窓から投げ出した蜜柑の

ことを一と言も言わないで、見当をつけておいて、後から拾いに出掛けるなんざあ、どう

して、玄人だよ。

Aなるほど、おれはずいぶんすばしっこく立ちまわったつもりだ。それが、ちゃんとお

めえに先手を打たれているんだからかなわねえ。おれが拾ったのはただの腐れ蜜柑が五つ

よ。

Bおれが窓から投げたのも五つだったぜ。

Aばか言いねえ。あの五つはみな無傷だった。指環を抜き取った跡なんかありゃしなか

ったぜ。曰くつきのやつぁ、ちゃんとおめえが先きまわりをして、拾っちまったんだろう。

Bハハハハハ。あに計らんや、そうじゃねえんだからお笑い草だ。

Aおや、これはおかしい。じゃあ、なんのためにあの蜜柑を窓からほうり出したんだね。

Bまあ考えても見ねえ。折角命がけで頂戴した品物をよ。たとえ蜜柑の中へ押し込んだ

としてもよ。誰に拾われるかわかりもしねえ線路のわきなぞへほうられるものかね。おめ

えがノコノコ拾いに行くまで元の所に落ちていたなぞは、飛んだ不思議というもんだ。

Aそれじゃあ、やっぱり、蜜柑をほうったわけがわからないじゃないか。

Bまあ聞きねえ、こういうわけだ。あの時は少々どじを踏んでね、亭主野郎に勘ぐられ

てしまったもんだから、こいつはヤバいと大慌てに慌てて逃げ出したんだ。どうする暇も

ありゃしねえ。だが、おめえの隣の席まで来て様子を見ると、急に追っかけてくるようで

もねえ。さては車掌に知らせているんだな、こいつはいよいよ油断がならねえと気が気じ

ゃないんだが、さて一|件《けん》|物《もの》をどう始末したらいいのか、とっさの場

合で日頃の智恵も出ねえ。恥かしい話だが、ただもうフラフラしちまってね。

Aなるほど。

Bすると、フッとうまい事を考えついたんだ。というのが、例の蜜柑の一件さ。よもや

おめえが、あれを見てだまっていようとあ思わなかったんだ。きっと手柄顔に吹聴するに

違いない。そうしておれが蜜柑の袋を投げたとわかりゃ、皆の頭がそっちへ向こうという

もんじゃねえか。蜜柑の中へ品物をしのばせておいて後から拾いに行くなんざあ古い手だ

からね。誰だって感づかあね。そうなるてえと、たとえ調べるにしてからが、この男はも

う品物を持っちゃいねえという頭で調べるんだから、自然おろそかにもなろうてもんだ。

ね、わかったかね。

Aなるほど、考えやがったな。こいつあ一杯喰わされたね。

Bところが、おめえが知っていながら、なんとも言い出さねえ。今に言うか今に言うか

と待ち構えていても、ウンとも、スンとも口を利かねえ。とうとう身体検査の段取りにな

っても、まだだまっていやあがる。おらあ「さては」と思ったね。「こいつは飛んだ食わせ

ものだぞ。このままソッとしておいて、後から拾いに行こうと思っていやがる」とね。あ

の場合だが、おらあおかしくなったね。

Aフフン、ざまあねえ……だが待ちねえ。するってえと、おめえはあれをいったいどこ

へ隠したんだね。車掌のやつ、ずいぶん際どいところまで調べやがった。口の中から耳の

穴まで隈なく検べたが、でも、とうとう見つからなかったじゃないか。

Bおめえもずいぶんお目出てえ野郎だな。

Aはてね。こいつは|面《めん》|妖《よう》だね。こうなるてえとおらあどうも聞か

ずにゃおかれねえ。そうもったいぶらねえで、後学のために御伝授にあずかりたいもんだ

ね。

Bハハハハハ、まあいいよ。

Aよかあねえ、そうじらすもんじゃねえやな。おれにゃどうもほんとうとは受け取れね

えからな。

B嘘だと思われちゃ癪だから、じゃあ話すがね。怒っちゃいけないよ。実はね、おめえ

が腰に下げていた煙草入れの底へソッとしのばせておいたのさ。それにしても、あん時お

めえのからだはまるで隙だらけだったぜ。ハハハハハ。え、いつ、その指環を取り戻した

かって。いうまでもねえ、おめえが、早く蜜柑を拾いに行こうと、大慌てで開札口を出る

時によ。

[#ここで字下げ終わり]

日記帳

ちょうど初七日の夜のことでした。私は死んだ弟の書斎にはいって、何かと彼の書き残

したものなどを取り出しては、ひとり物思いにふけっていました。

まだ、さして夜もふけていないのに、家じゅうは涙にしめって、しんと鎮まりかえって

います。そこへもってきて、なんだか新派のお芝居めいていますけれど、遠くの方からは、

物売りの呼び声などが、さも悲しげな調子で響いてくるのです。私は長いあいだ忘れてい

た、幼いころの、しみじみした気持になって、ふと、そこにあった弟の日記帳を繰りひろ

げてみました。

この日記帳を見るにつけても、私は、おそらく恋も知らないでこの世を去った、はたち

の弟をあわれに思わないではいられません。

内気者で、友だちも少なかった弟は、自然書斎に引きこもっている時間が多いのでした。

細いペンでこくめいに書かれた日記帳からだけでも、そうした彼の性質は充分うかがうこ

とができます。そこには、人生に対する疑いだとか、信仰に関する煩悶だとか、彼の年頃

にはだれでもが経験するところの、いわゆる青春の悩みについて、幼稚ではありますけれ

ど、いかにも真摯な文章が書き綴ってあるのです。

私は自分自身の過去の姿を眺めるような心持で、一枚一枚とページをはぐって行きまし

た。それらのページにはいたるところに、そこに書かれた文章の奥から、あの弟の鳩のよ

うな臆病らしい眼が、じっと私の方を見つめているのです。

そうして、三月九日のところまで読んで行った時に、感慨に沈んでいた私が、思わず軽

い叫び声を発したほども、私の目をひいたものがありました。それは、純潔なその日記の

文章の中に、はじめてポッツリと、はなやかな女の名前が現われたのです。そして「発信

欄」と印刷した場所に「北川雪枝(葉書)」と書かれた、その雪枝さんは、私もよく知って

いる、私たちとは遠縁に当たる家の、若い美しい娘だったのです。

それでは、弟は雪枝さんを恋していたのかもしれない。私はふとそんな気がしました。

そこで私は、一種の淡い戦慄を覚えながら、なおもその先を、ひもといてみましたけれど、

私の意気込んだ予期に反して、日記の本文には、少しも雪枝さんは現われてこないのでし

た。ただ、その翌日の受信欄に「北川雪枝(葉書)」とあるのを初めに、数日のあいだをお

いては、受信欄と発信欄の双方に雪枝さんの名前がしるされているばかりなのです。そし

て、それも発信の方は三月九日から五月二十一日まで、受信の方も同じ時分にはじまって

五月十七日まで、両方とも三月に足らぬ短かい期間つづいているだけで、それ以後には、

弟の病状が進んで筆をとることもできなくなった十月なかばにいたるまで、その彼の絶筆

ともいうべき最後のページにすら、一度も雪枝さんの名前は出ていないのでした。

かぞえてみれば、彼の方からは八回、雪枝さんの方からは十回の文通があったにすぎず、

しかも彼のにも雪枝さんのにも、ことごとく「葉書」としるしてあるのを見ると、それに

は他聞をはばかるような種類の文言がしるしてあったとも考えられません。そして、また

日記帳の全体の調子から察するのに、実際はそれ以上の事実があったのを、彼がわざと書

かないでおいたものとも思われぬのです。

私は安心とも失望ともつかぬ感じで、日記帳をとじました。そして、弟はやっぱり恋を

知らずに死んだのかと、さびしい気持になったことでした。

やがて、ふと眼を上げて、机の上を見た私は、そこに、弟の遺愛の、小型の手文庫のお

かれているのに気づきました。彼が生前、一ばん大切な品々を納めておいたらしい、その

高まき絵の古風な手文庫の中には、あるいはこの私のさびしい心持をいやしてくれる何物

かが隠されていはしないか。そんな好奇心から、私はなにげなくその手文庫をひらいてみ

ました。

すると、その中には、このお話に関係のないさまざまの書類などが入れられてありまし

たが、その一ばん底の方から、ああ、やっぱりそうだったのか。いかにも大事そうに白紙

に包んだ十一枚の絵葉書が、雪枝さんからの絵葉書が出てきたのです。恋人から送られた

ものでなくて、だれがこんなに大事そうに手文庫の底へひめてなぞおきましょう。

私は、にわかに胸騒ぎをおぼえながら、その十一枚の絵葉書を、次から次へと調べて行

きました。ある感動のために葉書を持った私の手は、不自然にふるえてさえいました。

だが、どうしたことでしょう。それらの葉書には、どの文面からも、あるいはまたその

文面のどの行間からさえも、恋文らしい感じはいささかも発見することができないのです。

それでは、弟は、彼の臆病な気質から、心の中を打ち明けることさえようしないで、た

だ恋しい人から送られた、なんの意味もないこの数通の絵葉書を、お守りかなんぞのよう

に大切に保存して、可哀そうに、それをせめてもの心やりにしていたのでしょうか。そし

て、とうとう、報いられぬ思いを抱いたままこの世を去ってしまったのでしょうか。

私は雪枝さんからの絵葉書を前にして、それからそれへと、さまざまの思いにふけるの

でした。しかし、これはどういうわけなのでしょう。やがて私は、その事に気づきました。

弟の日記には雪枝さんからの受信は十回きりしかしるされていないのに、今ここには十一

通の絵葉書があるではありませんか。最後のは五月二十五日の日付けになっています。確

かその日の日記には、受信欄に雪枝さんの名前はなかったようです。そこで、私は再び日

記帳をとり上げて、その五月二十五日のところをひらいて見ないではいられませんでした。

すると、私は大変な見落としをしていたことに気づきました。いかにもその日の受信欄

は空白のまま残されていましたけれど、本文の中に、次のような文句が書いてあったでは

ありませんか。

「最後の通信に対してYより絵葉書きたる。失望。おれはあんまり臆病すぎた。今になっ

てはもう取り返しがつかぬ。ああ」

Yというのは雪枝さんのイニシアルに違いありません。ほかに同じ頭字の知り人はない

はずです。しかし、この文句はいったい何を意味するのでしょう。日記によれば、彼は雪

枝さんのところへ葉書を書いているばかりです。まさか葉書に恋文をしたためるはずもあ

りません。では、この日記には書いてない封書を(それがいわゆる最後の通信かもしれま

せん)送ったことでもあるのでしょうか。そして、それに対する返事として、この無意味

な絵葉書が返ってきたとでもいうのでしょうか。なるほど、以来彼からも雪枝さんからも

文通を絶っているのを見ると、そうのようにも考えられます。

でも、それにしては、この雪枝さんからの最後の葉書の文面は、たとえ拒絶の意味を含

ませたものとしても、あまりに変です。なぜといって、そこには、(もうその時分から弟は

病床にいたのです)病気見舞の文句が、美しい手蹟で書かれているだけなのですから。そ

して、またこんなにこくめいに発信受信をしるしていた弟が、八通の葉書のほかに封書を

送ったものとすれば、それをしるしていないはずはありません。では、この失望うんぬん

の文句は一体なにを意味するのでしょうか。そんなふうにいろいろ考えてみますと、そこ

には、どうも辻つまの合わぬところが、表面に現われている事実だけでは解釈のできない

秘密が、あるように思われます。

これは、亡弟が残して行った一つのナゾとして、そっとそのままにしておくべき事柄だ

ったかもしれません。しかし、なんの因果か私には、少しでも疑わしい事実にぶっつかる

と、まるで探偵が犯罪のあとを調べまわるように、あくまでその真相をつきとめないでは

いられない性質がありました。しかも、この場合は、そのなぞが本人によっては永久に解

かれる機会がないという事情があったばかりでなく、その事の実否は私自身の身の上にも

ある大きな関係を持っていたものですから、持ち前の探偵癖が一層の力強さをもって私を

とらえたのです。

私はもう、弟の死をいたむことなぞ忘れてしまったかのように、そのなぞを解くのに夢

中になりました。日記も繰り返し読んでみました。その他の弟の書きものなぞも、残らず

探し出して調べました。しかし、そこには、恋の記録らしいものは、何一つ発見すること

ができないのです。考えてみれば、弟は非常なはにかみ屋だった上に、この上もなく用心

深いたちでしたから、いくら探したとて、そういうものが残っているはずもないのでした。

でも、私は夜のふけるのも忘れて、このどう考えても解けそうにない謎を解くことに没

頭していました。長い時間でした。

やがて、種々さまざまなむだな骨折りの末、ふと私は、弟の葉書を出した日付けに不審

を抱きました。日記の記録によれば、それは次のような順序なのです。

三月……九日、十二日、十五日、二十二日、

四月……五日、二十五日、

五月……十五日、二十一日、

この日付けは、恋をするものの心理に反してはいないでしょうか。たとえ恋文でなくと

も、恋する人への文通が、あとになるほど、うとましくなっているのは、どうやら変では

ありますまいか。これを雪枝さんからの葉書の日付けと対照してみますと、なお更その変

なことが目立ちます。

三月……十日、十三日、十七日、二十三日、

四月……六日、十四日、十八日、二十六日、

五月……三日、十七日、二十五日、

これを見ると、雪枝さんは弟の葉書に対して(それらは皆なんの意味もない文面ではあ

りましたけれど)それぞれ返事を出しているほかに、四月十四日、十八日、五月の三日と、

少なくともこの三回だけは、彼女の方から積極的に文通しているのですが、もし弟が彼女

を恋していたとすれば、なぜこの三回の文通に対して答えることを怠っていたのでしょう。

それは、あの日記帳の文句と考え合わせて、あまりに不自然ではないでしょうか。日記に

よれば、当時弟は旅行をしていたのでもなければ、あるいは又、筆もとれぬほどの病気を

やっていたわけでもないのです。それからもう一つは、雪枝さんの、無意味な文面だとは

いえ、この頻繁な文通は、相手が若い男であるだけに、おかしく考えれば考えられぬこと

もありません。それが、双方とも言い合わせたように、五月二十五日以後はふっつりと文

通しなくなっているのは、一体どうしたわけなのでしょう。

そう考えて、弟の葉書を出した日付けを見ますと、そこに何か意味がありそうに思われ

ます。もしや彼は暗号の恋文を書いたのではないでしょうか。そして、この葉書の日付け

がその暗号文を形造っているのではありますまいか。これは、弟の秘密を好む性質だった

ことから推して、まんざらあり得ないことではないのです。

そこで、私は日付けの数字が「いろは」か「アイウエオ」か「ABC」か、いずれかの

文字の順序を示すものではないかといちいち試みてみました。幸か不幸か私は暗号解読に

ついていくらか経験があったのです。

すると、どうでしょう。三月の九日はアルファベットの第九番目のI、同じく十二日は

第十二番目のL、そういうふうにあてはめて行きますと、この八つの日付けは、なんと、I

LOVE YOU と解くことができるではありませんか。ああ、なんという子供らしい、同時に、

世にも辛抱強い恋文だったのでしょう。彼はこの「私はあなたを愛する」というたった一

とことを伝えるために、たっぷり三カ月の日子を費やしたのです。ほんとうにうそのよう

な話です。でも、弟の異様な性癖を熟知していた私には、これが偶然の符号だなどとは、

どうにも考えられないのでした。

かように推察すれば一切が明白になります。「失望」という意味もわかります。彼が最後

のUの字に当たる葉書を出したのに対して、雪枝さんは相変わらず無意味な絵葉書をむく

いたのです。しかも、それはちょうど、弟が医者からあのいまわしい病気を宣告せられた

時分なのでした。可哀そうな彼は、この二重の痛手にもはや再び恋文を書く気になれなか

ったのでしょう。そして、だれにも打ち明けなかった。|当《とう》の恋人にさえ、打ち

明けはしたけれど、その意志の通じなかった切ない思いを抱いて、死んで行ったのです。

私は言い知れぬ暗い気持に襲われて、じっとそこに坐ったまま、立ちあがろうともしま

せんでした。そして、前にあった雪枝さんからの絵葉書を、弟が手文庫の底深くひめてい

たそれらの絵葉書を、なんの故ともなくボンヤリ見つめていました。

すると、おお、これはまあなんという意外な事実でしょう。ろくでもない好奇心よ、呪

われてあれ。私はいっそすべてを知らないでいた方が、どれほどよかったことか、この雪

枝さんからの絵葉書の表には、綺麗な文字で弟の宛名が書かれたわきに、一つの例外もな

く、切手がななめにはってあるではありませんか。わざとでなければできないように、キ

チンと行儀よく、ななめにはってあるではありませんか。それは決して偶然の粗相なぞで

はないのです。

私はずっと以前、多分小学時代だったと思います。ある文学雑誌に切手のはり方によっ

て秘密通信をする方法が書いてあったのを、もうその頃から好奇心の強い男だったとみえ

て、よく覚えていました。中にも、恋を現わすには切手をななめにはればよいというとこ

ろは、実は一度応用してみたことがあるほどで、決して忘れません。この方法は当時の青

年男女の人気に投じて、ずいぶん流行したものです。しかしそんな古い時代の流行を、今

の若い女が知っていようはずはありませんが、ちょうど雪枝さんと弟との文通が行なわれ

た時分に、宇野浩二の「ふたりの青木愛三郎」という小説が出て、その中にこの方法がく

わしく書いてあったのです。当時私たちのあいだに話題になったほどですから、弟も雪枝

さんも、それをよく知っていたはずです。

では、弟はその方法を知っていながら、雪枝さんが|三《み》|月《つき》も同じこと

を繰り返して、ついには失望してしまうまでも、彼女の心持を悟ることができなかったの

はどういうわけなのでしょう。その点は私にもわかりません。あるいは忘れてしまってい

たのかもしれません。それともまた、切手のはり方などには気づかないほど、のぼせきっ

ていたのかもしれません。いずれにしても、「失望」などと書いているからは、彼がそれに

気づいていなかったことは確かです。

それにしても、今の世にかくも古風な恋があるものでしょうか。もし私の推察が誤らぬ

とすれば、彼らはお互に恋しあっていながら、その恋を訴えあってさえいながら、しかし

双方とも少しも相手の心を知らずに、ひとりは痛手を負うたままこの世を去り、ひとりは

悲しい失恋の思いを抱いて長い生涯を暮らさねばならぬとは。

それはあまりにも臆病過ぎた恋でした。雪枝さんはうら若い女のことですから、まだ無

理のない点もありますけれど、弟の手段にいたっては、臆病というよりはむしろ卑怯に近

いものでした。さればといって、私はなき弟のやり方を少しだって責める気はありません。

それどころか、私は、彼のこの一種異様な性癖を、世にもいとしく思うのです。

生れつき非常なはにかみ屋で、臆病者で、それでいてかなり自尊心の強かった彼は、恋

する場合にも、先ず拒絶された時の恥かしさを想像したに違いありません。それは、弟の

ような気質の男にとっては、常人には到底考えも及ばぬほどひどい苦痛なのです。彼の兄

である私には、それがよくわかります。

彼はこの拒絶の恥を予防するために、どれほど苦心したことでしょう。恋を打ち明けな

いではいられない。しかし、もし打ち明けて拒まれたら、その恥かしさ、気まずさ、それ

は相手がこの世に生きながらえているあいだ、いつまでもいつまでもつづくのです。なん

とかして、もし拒まれた場合には、あれは恋文ではなかったのだと言い抜けるような方法

がないものだろうか。彼はそう考えたに違いありません。

その昔、大宮人は、どちらにでも意味のとれるような「恋歌」という巧みな方法によっ

て、あからさまな拒絶の苦痛をやわらげようとしました。弟の場合はちょうどそれなので

す。ただ、彼のは日頃愛読する探偵小説から思いついた暗号通信によって、その目的を果

たそうとしたのですが、それが、不幸にも、彼のあまり深い用心のために、あのような難

解なものになってしまったのです。

それにしても、彼は自分自身の暗号を考え出した綿密さにも似あわないで、相手の暗号

を解くのに、どうしてこうも鈍感だったのでしょう。自ぼれ過ぎたために飛んだ失敗を演

じる例は、世に|間《ま》|々《ま》あることですけれど、これはまた自ぼれのなさ過ぎ

たための悲劇です。なんという本意ないことでしょう。

ああ、私は弟の日記帳をひもといたばかりに、とり返しのつかぬ事実に触れてしまった

のです。私はその時の心持をどんな言葉で形容しましょう。それが、ただ若いふたりの気

の毒な失敗をいたむばかりであったなら、まだしもよかったのです。しかし、私にはもう

一つの、もっと利己的な感情がありました。そして、その感情が私の心を狂うばかりにか

き乱したのです。

私は熱した頭を冬の夜の凍った風にあてるために、そこにあった庭下駄をつっかけて、

フラフラと庭へおりました。そして乱れた心そのままに、木立ちのあいだを、グルグルと

果てしもなく廻り歩くのでした。

弟の死ぬ二カ月ばかり前に取りきめられた、私と雪枝さんとの、とり返しのつかぬ婚約

のことを考えながら。

接吻

近頃は有頂天の山名宗三であった。なんとも言えぬ暖かい、柔かい、薔薇色の、そして

薫りのいい空気が彼の身辺を包んでいた。それが、お役所のボロ机に向かって、コツコツ

と仕事をしている時にでも、さては同じ机の上でアルミの弁当箱から四角い飯を食ってい

る時にでも、四時がくるのを遅しと、役所の門を飛び出して、柳の街路樹の下を、木枯の

ようにテクついている時にでも、いつも彼の身辺にフワフワと漂っているのであった。

というのは、山名宗三、この一と月ばかり前に新妻を迎えたので、しかも、それが彼の

恋女房だったので。

さて或る日のこと、例の四時を合図に、まるで授業のすんだ小学生のように帰り急ぎを

して、課長の村山が、まだ机の上をゴテゴテと取り片づけているのを尻目にかけて、役所

を駈け出すと、彼は真一文字に自宅へと急ぐのであった。

大丸まげのお花は、例の長火鉢にもたれて、チャンと用意のできたお膳の前に、クツク

ツ笑いながら(なんてお花はよく笑う女だ)ポッツリと坐っていることであろう。玄関の

格子があいたら、兎のように飛び出す用意をしながら、今か今かとおれの帰りを待ってい

ることであろう。テヘヘ、なんてまあ可愛いやつだろう。そんなふうにはっきり考えたわ

けではないが、山名宗三の|道《みち》|々《みち》の心持を図解すると、まあこういっ

たものであった。

「きょうは一つ、やっこさん、おどかしてやるかな」

自宅の門前に近づくと、宗三はニヤニヤ独り笑いを浮かべながら考えた。そこで、抜き

足差し足、ソロリソロリと格子戸をあけて、玄関の障子をあけて、靴をぬぐのも音のせぬ

ように注意しながら、いきなり茶の間の前まで忍び込んだ。

「ここいらで、エヘンと咳ばらいでもするかな。いや待て待て。やつ独りでいる時にはど

んな恰好をしているか、ちょっとすき見をしてやれ」

で障子の破れから茶の間の中を覗いてみると、さあ大変、山名宗三、青くなって硬直し

た。というのは、そこに、いとも不思議な光景が演じられていたからで。

想像どおり、お花はチャンと長火鉢の前に坐っている。布巾をかけたお膳も出ている。

が、肝心のお花は決してクツクツ笑ってはいないのだ。それどころか、世にもまじめな様

子で、泣いているのではないかと思うほどの緊張ぶりで、一枚の写真を持って、接吻した

り、抱きしめたり、それはそれは見ちゃいられないのであった。

さてはと、山名宗三、ギクリと思い当たるところがあったので、もう胸は早鐘をつくよ

うだ。ソッと二、三畳あと帰りをすると、今度はドシドシと畳ざわりも荒々しく、ガラリ

とあいだの障子を引きあけて、

「オイ、今帰った」

なぜ出迎えないのだと言わぬばかりに、そこの長火鉢の向こうがわへドッカリ坐ったこ

とである。

「アラッ」

一と声叫ぶやいなや、手に持っていた写真をいきなり帯のあいだへ隠すと、お花は、赤

くなったり、青くなったり、へどもどしながら、でも、やっと気を沈めて、

「まあ、私、ちっとも存じませんで、ご免なさいまし」

そのいやにしとやかな口のきき方からして、食わせものだ。宗三、そう思った。それに、

あの写真を隠したところを見ると、テッキリそうときまった。障子をあけるまでは、もし

や自分の写真ではあるまいかと、一方では大いに自惚れてもいたのだが、写真を隠して青

くなった様子では、むろん自分のではない。きっと、きゃつの写真に違いない。あの課長

の村山|面《づら》の。

と、宗三が疑念を|抱《いだ》くには、抱くだけの理由があった。

新妻のお花は課長村山の遠縁の者で、長らく彼の家に寄寓していたのを、縁あって宗三

が貰い受けたのだ。媒酌はいうまでもなく課長さんである。課長さんといっても年配は宗

三とさして違わぬ年若だし、奥さんはあっても、評判の不器量もの、疑い出せば、何がな

んだか知れたものではないのである。宗三、ていよくお下がり頂戴に及んだのか、それも

今となっては怪しいものなのである。

それに、もう一つおかしいのは、お花のやつ、しげしげと村山家をおとずれる一件だ。

まだ一と月にしかならぬに、宗三が知っているだけでも、四、五へんは行っている。時に

は夜に入って帰ったこともあるくらいだ。

いろいろと考えるに従って、もうもう癪で癪で、宗三は胸がはち切れそうだ。彼がまた

大のやきもち焼きときているので。が、まずさあらぬていで夕食をすませると、いつもの

ように戯談口をきき合うでもなく、そうかといって、写真の正体をきわめぬあいだは、書

斎にとじこもるわけにもいかず、双方妙に気まずく睨み合いといった形。

「それはいったい誰の写真だ」

と、たびたび喉まで込み上げてくるのを、やっと噛み殺して宗三はじっとお花の挙動を

監視している。やきもち焼きだけに、なかなか陰険な方で、彼のつもりでは、床へつく時

にはきっとあの写真をどこかへしまうだろう。それを見きわめておいて、あとから探し出

してやろうという気だ。

やがて、お花はだんまりで立ちあがると、こそこそと、どこかへ出て行った。はばかり

とは方角が違う。どうやら納戸らしい。宗三自身は見る影もない腰弁だけれど、家だけは、

おやじが御家人だったので、古いが手広な納戸なんていうものもある。じゃあタンスへで

もしまうつもりかな、タンスといっても、幾つもあるから後になってはわからない。とも

かく、お花の跡をつけてみるにしくはない。で宗三、そっと立ちあがると、女房のあとか

ら、影のようについて行った。

案のじょう納戸だ。今はいったばかりのところで、まだタンスの錠前をガチャガチャい

わせている。いったい、どのタンスの、どの引出しへしまうのかと、幸いの障子の破れに

眼を当てて、そっと覗いて見ると、何しろ二た間兼用の五燭の電灯だから、それに障子の

穴がやっと片目だけの大きさなので、見当をつけるのが、なかなか骨だったが、でも、と

もかく入口から言って、正面のタンスの上の、小引出しの左の端ということだけはわかっ

た。お花のうしろ姿は、そこへ一物を投げ込むと、ピシャンとしめて、大急ぎでこちらへ

やってきそうな様子。

見られては一大事と、宗三、元の茶の間へ逃げ帰ると、敷島を一本、つけるが早いか口

へ持って行って、スパリスパリととりすました。

それからご両人睨み合いよろしくあって、だが、そうしていても際限がないので、どち

らが口を切るともなく、砂をかむような世間話を二た口三口取りかわしているうちに、や

がて九時だ。宗三、思惑があるのでいつもより少し早いのだが、いそいで床にはいった。

さて、その真夜中、お花の寝息をうかがって、これなら大丈夫と思ったか、宗三むっく

り起き上がって、寝巻きの前をかき合わせると、ソロリソロリと寝間のそとへ忍び出した。

行く先はいうまでもなく納戸だ。やっとたどりついて、宵に見当をつけておいた、正面の

タンスの上の一ばん左の小引出し、胸をドキドキさせながらひらいてみると、あった、あ

った。邪推ではなかった。十数枚の大きいのや小さいのや写真のかさねてある一ばん上に、

課長の村山の半身像が、いやにすましてのっかっている。でも念のために、震える手先に

力を入れて、その写真を一枚一枚調べてみたが、男のものといっては村山のただ一枚、あ

とはみんなお花の家庭の写真ばかりだ。もうもう疑う余地はない。そうときまった。うぬ、

どうしてくれるか。くやしいのと、寒いので、宗三ガタガタと身を震わせて、はぎしりを

かんだ。

その翌日、物も言わず、お花の差し出す弁当箱をひったくると、宗三、やけに急いで役

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