すんで、十三日の午後の第一回の配達の分を取り出した中に、その脅迫状がまじっており.5
所へ出勤したが、同僚の顔を見ても、癪でしようがない。はした月給を貰って、あの課長
|面《づら》にペコついているのかと思うと、どいつもこいつも、かたっぱしから、なぐ
り倒してやりたいような気がする。挨拶もしないで席につくと、ムーッとだまり込んだま
ま、いやに血走った眼で、まだ出勤しない課長の机を睨みつけた。
やがて、意気な背広の課長さんが、大きな折鞄を小脇にご出勤だ。一同自席から敬礼す
るのを軽く受けて席につく。鞄がバタンと机の上で鳴る。宗三は、むろん礼なんかしない。
焼くような眼で睨んでいるばかりだ。
村山課長、一とわたり机の上の整理がすむと、エヘンと一|咳《がい》して、拍子のわ
るい、
「山名君、ちょっと」
という仰せだ。宗三はよっぽど返事をしないでいようかと思ったが、まさかそうもなら
ず、しぶしぶ席を立って、課長の机の前まで行った。もっとも「なんか御用で」なんて追
従は言わない。ムッツリとしてつっ立っている。だが課長の方では、何も知らないものだ
から、いつもの通りお叱言がはじまる。
「君、この統計は困るね。肝心の平均率が出ていないじゃないか。え、君」
見るとなるほど、こちらの手落ちだ。普通なら一言もなく引き下がるところだが、きょ
うはそうはいかない。虫の居どころが違う。返事もしないで、グッと相手を睨みつけてい
る。
「君はこの統計をなんだと思っているのだ。ご丁寧に総計を並べたりして、そんなものは
いらないのだ。平均率が必要なんだ。そのくらいのことわかりそうなものだね」
「そうですかっ」
宗三、いきなりびっくりするような大声でどなると、サッと書類を引ったくって、その
まま自席へ戻ってきた。これから、みっしり、閑つぶしの御説法をはじめるつもりの課長
さん、眼をぱちくり。
さて、自席に戻ると、宗三、なんだか一所懸命書き出した。殊勝にも統計を訂正するの
かとみると、決してそうでない。白紙一枚ひろげると、筆太に先ず書いたのが、「辞職願」
五
面喰った課長の前に、小学生のお清書のような大文字の辞表を投げつけて、ぐっと溜飲
を下げた宗三は、まだ午前十一時というに、大手を振って帰ってきた。
「お花、ちょっとここへおいで」
例の長火鉢の前へ、ドッカリと坐ると、さて、これから一と談判だ。ゆうべのことがあ
るのでお花はもうビクビクもの。
「あら、お帰りなさいまし。どっかお加減でも……」
「いや、からだに別状ない。僕はきょうから役所をよす。そのつもりでいてくれ。それか
ら、役所をよしたわけはあの村山と衝突したからだ。今日以後村山家へ出入りすることは
ふっつりやめてもらいたい。これは断じて守ってくれないと困る」
「まあ……」
といったが二の句がつけない。
「あ、それから」と、なにげなく、「お前は村山の写真を持っているはずだね。あれをちょ
っとここへ持っておいで」
|夫《おっと》の剣幕がひどいので拒むわけにもいかぬ。お花はしぶしぶ例の写真を持
ってくる。宗三は、それをお花の目の前で、さも憎々しく、ズタズタに引きさくと、火鉢
の中へくべてしまった。そして、やっとこれでせいせいしたという顔つきだ。
こうまでされては、お花とて悟らないわけにはいかぬ。さてはあの一件だなと、どうや
ら様子がわかった。そこで、ともかくも夫の口からそれを聞いた上のことと、こうなると
女というものは手管のあるもので、すねてみたり、泣いてみたり、種々さまざまの手段を
尽して、結局隙見の一見を白状させてしまった。
どうだ、これには一言もあるまい。写真をしまったところまで調べ上げてあるのだから、
なんといってもこっちに手抜かりはないはずだ。宗三、勝利者の気組みで、ぐっと落ち着
いて、お花の様子を眺めている。
するとお花、いきなりワッと泣き伏しでもするかと思いきや、どうしてどうして、宗三
があっけに取られたことには、やにわにクツクツと笑い出したのである。
「まあ、何かと思えば、あなた、あんまりですわ。村山さんと私と……ホホホホホ、あな
たもずいぶん邪推深いかたね。あの写真、あれは、あれは、あのう、あなたのお写真でし
たのよ」
といったかと思うと、お花、いきなり赤くなって、顔を隠すのであった。
「僕の写真だって、ばかな、うまくごまかそうと思ってもそれはだめだ。チャンと納戸へ
尾行して、しまうところを睨んでおいたんだからな。あの引出しには村山の写真のほかに
は、僕の写真はおろか、男のは一枚もありゃしないじゃないか」
「ですから、なお変ですわ。そんなたくさん写真があったなんて。きっとあなたは寝惚け
ていらしったのよ。あなたのお写真は一枚だけ、大切に引出しの中の手文庫にしまってあ
るのですもの。いったいあなたのごらんなすったという引出しはどれですの」
「あの正面のタンスの上の、左の端の小引出しさ」
「あら、正面ですって、まあ、おかしい。私がゆうべあなたのお写真をしまったのは左側
のタンスでしたのよ。引出しは上の左の端のですけれど。まるでタンスが違いますわ」
「そんなはずはない。やっぱりお前はごまかそうと思っているのだ。僕は小さな障子の穴
から覗いたのだから、左側のタンスなぞ、だいいち見える道理がないのだ。なんといって
も正面だ。いくらいそいでいたとはいえ、正面と左側と、まるで方向の違うものを間違え
るはずはない」
「おかしいですわねえ」
「おかしくはない。お前はてれ隠しに、そんなでたらめを言っているのだ。つまらないま
ねはいいかげんによさないか」
「だって……」
「だってじゃない。なんといっても僕の目に間違いはない」
妙な押し問答になってきた。夫は部屋の正面の壁に沿って置かれたタンスだと言い、妻
は左側面の壁に沿って置かれたそれだと主張する。両人の言い分のあいだには九十度の差
異がある。
六
「あ、わかりましたわ」
突然お花が叫んだ。
「あなた、まあこちらへ来てごらんなさいまし。わかりました、わかりました」
無暗に袖を引っぱるので、宗三しようことなしについて行くと、それは納戸だった。
「これ、これ、あなた、これに違いありませんわ」
そこで、お花がそういって、ゆびさしたのは、一個の新らしい洋服ダンス。去年の暮れ、
臨時手当に据置貯金の利息を足して買いととのえた新式洋服ダンス。それがいったいどう
したというのであろう。
「おわかりになりまして、ほら、この|扉《とびら》についている鏡ですよ。この扉がひ
らいていて、ちょうど障子の穴の前にきていたのですよ。ですから、正面のタンスが隠れ
て、飛んでもない左側のタンスが写ってそれがちょうど正面にあるように見えたのですよ」
なるほど、洋服ダンスの扉の鏡が、障子の穴の前に四十五度の角度でひらいていたとす
れば、そこへ映った左側のものが真正面に見えたはずだ。二つのタンスの形もよく似てい
るので間違うのは無理ではない。殊に薄暗い電灯の光で、しかも大いそぎで見たのだもの。
こいつはおれのしくじりかな、宗三はあまりの事にがっかりした。
他人の写真だと早合点したのは飛んだ間違いで、お花が宗三恋しさのあまり、彼宗三の
写真に接吻したり抱きしめたりしていたのだとすると、こんなひどい間違いはない。ゾク
ゾクと嬉しがっているべき場合に、見当違いのかんしゃくを立てて、取り返しのつかぬ辞
表まで書いたとは。
さあそこで、主客顛倒である。一挙にして頽勢を挽回したお花は、今度こそほんとうに
泣き出した。
お役所をよしてあすからなんとするつもりだ。この不景気にすぐさま口があるではなし、
そうかといって、遊んで食える身分でもなし、あなたもあんまり向こう見ずだ。それに、
私が村山家へ出入りするといってお怒りなさるけれど、これもみんなあなたに出世させた
いばっかりじゃありませんか。誰があんな家へ、進んで行きたいことがあるものですか。
人の気も知らないで、といって恨む、怨じる、歎く、それはそれは。
山名宗三、今は一言もない。そればかりか、さしずめこれからの身のふり方に困じ果て
た。「すまじきものは嫉妬だなあ」彼はつくづく嘆じたことである。
だが、読者諸君、男というものは、少々陰険に見えても、性根はあくまでお人好しにで
きているものだ。そして、女というものは、表面何も知らないねんねえのようであっても、
心の底には生れつきの陰険が巣くっているものだ。このお花だって、お話の表面に現われ
ただけの女だかどうだか甚だ疑わしいものである。もしも、例の鏡のトリックが彼女の創
作であったとしたらどうだ。そして、彼女が接吻し、抱きしめたのは、やっぱり村山課長
の写真であったとしたらどうだ。
それはともかく、男である山名宗三は、そこまで邪推をたくましくする陰険さはなかっ
たのである。
モノグラム
私が、私の勤めていたある工場の老守衛(といっても、まだ五十歳には間のある男なの
ですが、なんとなく老人みたいな感じがするのです)栗原さんと心安くなって間もなく、
おそらくこれは栗原さんの取っておきの話の種で、彼は誰にでも、そうした打ち明け話を
してもさしつかえのないあいだがらになると、待ち兼ねたように、それを持ち出すのであ
りましょうが、私もある晩のこと、守衛室のストーブを囲んで、その栗原さんの妙な経験
談を聞かされたのです。
栗原さんは話し上手な上に、なかなか小説家でもあるらしく、この小噺めいた経験談に
も、どうやら作為の跡が見えぬではありませんが、それならそれとして、やっぱり捨て難
い味があり、そうした種類の打ち明け話としては、私はいまだに忘れることのできないも
のの一つなのです。栗原さんの話しっぷりをまねて、次にそれを書いてみることにいたし
ましょうか。
いやはや、落としばなしみたいなお話なんですよ。でも、先にそれを言ってしまっちゃ
お慰みが薄い、まあ当たり前の、エー、お惚気のつもりで聞いてください。
私が四十の声を聞いて間もなく、四、五年あとのことなんです。いつもお話する通り、
私はこれで相当の教育は受けながら、妙に物事に飽きっぽいたちだものですから、何かの
職業に就いても、たいてい一年とはもたない。次から次と商売替えをして、とうとうこん
なものに落ちぶれてしまったわけなんですが、その時もやっぱり、一つの職業を止して、
次の職業をめっけるあいだの、つまり失業時代だったのですね。御承知のようにこの年に
なって子供はなし、ヒステリーの家内と狭い家に差し向かいじゃやりきれませんや。私は
よく浅草公園へ出掛けて、所在のない時間をつぶしたものです。
いますね、あすこには。公園といっても六区の見世物小屋の方でなく、池から南の林に
なった、共同ベンチのたくさん並んでいる方ですよ。あの風雨にさらされて、ペンキがは
げ、白っぽくなったベンチに、又は捨て石や木の株などに、ちょうどそれらにふさわしく、
浮世の雨風に責めさいなまれて、気の抜けたような連中が、すき間もなく、こう、思案に
暮れたという恰好で腰をかけていますね。自分もそのひとりとして、あの光景を見ていま
すと、あなたがたにはおわかりにならないでしょうが、まあなんともいえない、物悲しい
気持になるものですよ。
ある日のこと、私はそれらのベンチの一つに腰をおろして、いつもの通りぼんやり物思
いにふけっていました。ちょうど春なんです。桜はもう過ぎていましたが、池を越して向
こうの映画館の方は、大変な人出です。ドーッという物音、楽隊、それにまじっておもち
ゃの風船玉の笛の音だとか、アイスクリーム屋の呼び声だとかが、かんだかく響いてくる
のです。それに引きかえて、私たちのいる林の中は、まるで別世界のように静かで、おそ
らく映画を見るお金さえ持ち合わせていない、みすぼらしい風体の人々が、飢えたような
物憂い眼を見合わせ、いつまでもいつまでも、じっと一つところに腰をおろしている。こ
んなふうにして罪悪というものが醗酵するのではないかと思われるばかり、実に陰気で、
物悲しい光景なのです。
そこは、林の中の、丸くなった空き地で、私たちの腰かけている前を、私たちと無関係
な、幸福そうな人々が、絶えず通り抜けています。それが着かざった女なんかだと、それ
でも、ベンチの落伍者どもの顔が、一斉にその方を見たりなんかするのですね。そうした
人通りがちょうど途絶えて、空き地がからっぽになっていた時でした、ですから自然私も
注意したわけでしょうが、一方の隅のアーク灯の鉄柱の所へ、ヒョッコリひとりの人物が
現われたのです。
三十前後の若者でしたが、風体はさしてみすぼらしいというのではないのに、どことな
く淋しげな、少なくとも顔つきだけは決して行楽の人ではなく、私ども落伍者のお仲間ら
しく見えるのです。彼はベンチのあいたところでも探すようにしばらくそこに立ち止まっ
ていましたが、どこを見ても一杯な上に、彼の風采に比べては、段違いに汚ならしくて、
怖ろしい連中ばかりなので、おそらく辟易したのでしょう。あきらめて立ち去りそうにし
た時、ふと彼の視線と私の視線とがぶつかりました。
すると彼は、やっと安心したように、私の隣の僅かばかりのベンチの空き間を目がけて
近づいてくるのです。そうした連中の中では、私の風体は、古ぼけた銘仙かなんか着てい
て、おかしな言い方ですが、いくらか立ちまさって見えたでしょうし、決してほかの人た
ちのように険悪ではなかったのですから、それが彼を安心させたとみえます。それとも、
これはあとになって思い当たったことですが、彼は最初から私の顔に気がついていたのか
もしれません。いえ、そのわけはじきにお話ししますよ。
どうも私のくせで、お話が長くなっていけませんな。で、その男は私の隣へ腰をかける
と、袂から敷島の袋を出して、タバコをすいはじめましたのですが、そうしているうちに、
だんだん、変な予感みたいなものが、私を襲ってくるのです。妙だなと思って、気をつけ
て見ると、男がタバコをふかしながら、横の方から、ジロジロと私を眺めている。その眺
め方が決して気まぐれでなく、なんとやら意味ありげなんですね。
相手が病身らしいおとなしそうな男なので、気味がわるいよりは、好奇心の方が勝ち、
私はそれとなく彼の挙動に注意しながら、じっとしていました。あの騒がしい浅草公園の
まん中にいて、いろいろな物音は確かに聞こえているのですが、不思議にシーンとした感
じで、長いあいだそうしていました。相手の男が、今にも何か言い出すかと待ち構える気
持だったのです。
すると、やっと男が口を切るのですね、「どっかでお目にかかりましたね」って、おどお
どした小さな声です。多少予期していたので、私は別に驚きはしませんでしたが、不思議
と思い出せないのですよ。そんな男、まるで知らないのです。
「人違いでしょう。私はどうもお目にかかったように思いませんが」って返事をすると、
それでも、相手は|不《ふ》|得《とく》|心《しん》な顔で、又しても、ジロジロと私
を眺めだすではありませんか。ひょっとしたら、こいつ何か企らんでるんじゃないかと、
さすがに気持がよくはありませんや。
「どこでお会いしました」ってもう一度尋ねたものです。
「さあ、それが私も思い出せないのですよ」男が言うのですね、「おかしい、どうもおかし
い」小首をかしげて、「昨今のことではないのです。もうずっと|先《せん》からちょくち
ょくお目にかかっているように思うのですが、ほんとうに御記憶ありませんか」そういっ
て、かえって私を疑うように、そうかと思うと、変に懐かしそうな様子で、ニコニコしな
がら私の顔を見るじゃありませんか。
「人違いですよ。そのあなたの御存じのかたはなんとおっしゃるのです。お名前は」って
聞きますと、それが変なんです。「私もさいぜんから一所懸命思い出そうとしているのです
が、どういうわけか出てきません。でも、お名前を忘れるようなかたじゃないと思うので
すが」
「私は栗原一造ていいます」私ですね。
「ああ、さようですか、私は田中三良っていうのです」これが男の名前なんです。
私たちはそうして、浅草公園のまん中で名乗り合いをしたわけですが、妙なことに、私
の方はもちろん、相手の男も、その名前にちっとも覚えがないというのです。ばかばかし
くなって、私たちは大声を上げて笑い出しました。すると、するとですね、相手の男の、
つまり田中三良のその笑い顔が、ふと私の注意を惹いたのです。おかしなことには、私ま
でが、なんだか彼に見覚えがあるような気がしだしたのです。しかも、それがごく親しい
旧知にでもめぐり合ったように、妙に懐かしい感じなんですね。
そこで、突然笑いを止めて、もう一度その田中と名乗る男の顔を、つくづくと眺めたわ
けですが、同時に田中の方でも、ピッタリと笑いを納め、やっぱり笑いごとじゃないとい
った表情なんです。これがほかの時だったら、それ以上話を進めないで別かれてしまった
ことでしょうが、今いう失業時代で、退屈で困っていた際ですし、時候はのんびりとした
春なんです。それに、見たところ私よりも風体のととのった若い男と話すことは、わるい
気持もしないものですから、まあひまつぶしといったあんばいで、変てこな会話をつづけ
て行きました。こういうぐあいにね。
「妙ですね、お話ししてるうちに、私もなんだかあなたを見たことがあるような気がして
きましたよ」これは私です。
「そうでしょう。やっぱりそうなんだ。しかも道で行き違ったというような、ちょっと顔
を合わせたくらいのことじゃありませんよ、確かに」
「そうかもしれませんね。あなたお国はどちらです」
「三重県です。最近はじめてこちらへ出てきまして、今勤め口を探しているようなわけで
す」
してみると、彼もやっぱり一種の失業者なんですね。
「私は東京の者なんだが、で、御上京なすったのはいつごろなんです」
「まだ一と月ばかりしかたちません」
「そのあいだにどっかでお会いしたのかもしれませんね」
「いえ、そんなきのうきょうのことじゃないのですよ。確かに数年前から、あなたのもっ
とお若い時分から知ってますよ」
「そう、私もそんな気がする。三重県と……私は一体旅行嫌いで、若い時分から東京を離
れたことはほとんどないのですが、殊に三重県なんて上方だということを知っているくら
いで、はっきり地理もわきまえない始末ですから、お国で逢ったはずはなし、あなたも東
京ははじめてだと言いましたね」
「箱根からこっちは、ほんとうにはじめてなんです。大阪で教育を受けて、これまであち
らで働いていたものですから」
「大阪ですか、大阪なら行ったことがある。でも、もう十年も前になるけれど」
「それじゃあ、大阪でもありませんよ。私は七年前まで、つまり中学を出るまで国にいた
のですから」
こんなふうにお話しすると、なんだかくどいようですけれど、その時はお互になかなか
緊張していて、何年から何年までどこにいて、何年の何月にはどこそこへ旅行したと、細
かいことまで思い出し、比べ合ってみても、一つもそれがぶつからない。たまに同じ地方
へ旅行しているかと思うと、まるで年代が違ったりするのです。さあそうなると、不思議
でしようがないのですね。人違いではないかと言っても相手はこんなによく似た人がふた
りいるとは考えられぬと主張しますし、それが一方だけならまだしも、私の方でも、見覚
えがあるような気がするのですから、一概に人違いと言い切るわけにも行きません。話せ
ば話すほど、相手が昔なじみのように思え、それにもかかわらず、どこで会ったかはいよ
いよわからなくなる。あなたにはこんな御経験はありませんか。実際変てこな気持のもの
ですよ。神秘的、そうです。なんだか神秘的な感じなんです。ひまつぶしや、退屈をまぎ
らすためばかりではなく、そういうふうに疑問が漸増的に高まってくると、執拗にどこま
でも調べてみたくなるのが人情でしょうね。が、結局わからないのです。多少あせり気味
で、思い出そうとすればするほど、頭が混乱して、ふたりが以前から知合いであることは、
わかり過ぎるほどわかっているではないか、なんて思われてきたりするのです。でも、い
くら話してみても、要領を得ないので、私たちはまたまた笑い出すほかはないのでした。
しかし要領は得ないながらも、そうして話し込んでいるうちに、お互に好意を感じ、以
前はいざ知らず、少なくともその場からは忘れ難いなじみになってしまったわけです。そ
れから田中のおごりで、池のそばの喫茶店に入り、お茶をのみながら、そこでもしばらく
私たちの奇縁を語り合ったのち、その日は何事もなく別かれました。そして別かれる時に
は、お互の住所を知らせ、ちとお遊びにと言いかわすほどのあいだがらになっていたので
す。
それが、これっきりですんでしまえば、別段お話するほどの事はないのですが、それか
ら四、五日たって、妙な事がわかったのです。田中と私とは、やっぱりある種のつながり
を持っていた事がわかったのです。はじめに言った私のおのろけというのはこれからなん
ですよ。(栗原さんはここでちょっと笑ってみせるのです)田中の方では、これは当てのあ
る就職運動に忙がしいと見えて、一向訪ねてきませんでしたが、私は例によって時間つぶ
しに困っていたものですから、ある日、ふと思いついて、彼の泊まっている上野公園裏の
下宿屋を訪問したのです。もう夕方で、彼はちょうど外出から帰ったところでしたが、私
の顔を見ると、待っていたと言わぬばかりに、いきなり「わかりました、わかりました」
と叫ぶのです。
「例のことね。すっかりわかりましたよ。ゆうべです。ゆうべ床の中でね、ハッと気がつ
いたのです。どうもすみません。やっぱり私の思い違いでした。一度もお逢いしたことは
ないのです。しかし、お逢いはしていないけれど、まんざら御縁がなくはないのですよ。
あなたはもしや、北川すみ子という女を御存じじゃないでしょうか」
藪から棒の質問でちょっと驚きましたが、北川すみ子という名を聞くと、遠い遠い昔の、
華やかな風が、そよそよと吹いてくるような感じで、数日来の不思議な謎が、いくらかは
解けた気がしました。
「知ってます。でも、ずいぶん古いことですよ。十四、五年も前でしょうか、私の学生時
代なんですから」
というのは、いつかもお話ししました通り、私は学校にいた時分は、これでなかなか交
際家でして、女の友だちなどもいくらかあったのですが、北川すみ子というのはその内の
ひとりで、特別に私の記憶に残っている女性なのです。××女学校に通よっていましたが
ね。美しい人で、われわれの仲間の|歌《か》|留《る》|多《た》|会《かい》なんか
では、いつでも第一の人気者、というよりはクイーンですね。美人な代りにはどことなく
険があり、こう近寄り難い感じの女でした。
「その女にね(話し手の栗原さんはちょっと言いしぶって、はにかみ笑いをしました)実
は私は惚れていたのですよ。しかもそれが、恥かしながら、片思いというわけなんです。
そして、私が結婚したのは、やっぱり同じ女学校を出た、仲間では第二流の美人、いや今
じゃ美人どころか、手におえないヒステリー患者ですが、当時はまあまあ十人並みだった
御承知のお園なんです。手ごろなところで我慢しちまったわけですね。つまり、北川すみ
子という女は、私の昔の恋人であり、家内にとっては学校友だちだったのです」
しかしそのすみ子を、三重県人の田中がどうして知っていたのか、又それだからといっ
て、なぜ私の顔を見覚えていたか、どうも腑に落ちないのですね。そこでだんだん聞きた
だしてみますと、実に意外なことがわかってきました。田中が言うには、ちょうどその前
の晩に、寝床の中でハッとある事を思い出したのだそうです。どういうわけで私を見覚え
ていたかについてですね。で、すっかり疑問が解けてしまったので、早速そのことを私に
知らせようと思ったのだけれど、あいにく、その日は(つまり私が彼を訪問した日ですね)
就職のことで先約があったために、私の所へ来ることができなかったというのです。
そんな断わりを言ったあとで、田中は机の引出しから一つの品物を取り出して、「これを
御存じじゃないでしょうか」というのです。見ると、それはなまめかしい懐中鏡なんです
ね。大分流行遅れの品ではありましたが、なかなか立派な、若い女の持っていたらしいも
のでした。私が一向知らないと答えますと、
「でも、これだけは御存じでしょうね」
田中はそういって、なんだか意味ありげに私の顔を眺めながら、その二つ折りの懐中鏡
をひらき、|塩《しお》|瀬《ぜ》らしいきれ地にはめ込みになった鏡を、器用に抜き出
すと、そのうしろに隠されていた一枚の写真を取り出して、私の前につきつけたものです。
それが、驚いたことには、私自身の若い時分の写真だったではありませんか。
「この懐中鏡は私の死んだ姉の形見です。その死んだ姉というのが、いま言った北川すみ
子なのですよ。びっくりなさるのは御尤もですが、実はこういうわけなんです」
そこで田中の説明を聞きますと、彼の姉のすみ子は、ある事情のために小さい時分から、
東京の北川家に養女になっていて、そこから××女学校にも通よわせてもらったのですが、
彼女が女学校を卒業するかしないに、北川家に非常な不幸が起こり、止むを得ず郷里の実
家に、つまり田中の家に引き取られて、それからしばらくすると、彼女は結婚もしないう
ちに病気が出て死んでしまったというのです。私も私の家内も、迂闊にも、そうした出来
事を少しも知らないでいたのですね。実に意外な話でした。
で、そのすみ子が残して行った持ち物の中に、一つの小さな手文庫があって、中には女
らしくこまごました品物が一杯はいっていたそうですが、それを田中は姉の形見として大
切に保存していたわけです。
「此の写真に気がついたのは、姉が死んでから一年以上もたった時分でした」田中が言う
のですね。
「こうして懐中鏡の裏に隠してあるのですから、ちょっとわかりません。その時はなんで
も、ひまにあかして、手文庫の中の品物を検査していたのですが、この懐中鏡をひねくり
廻しているうちに、ヒョッコリ秘密を発見してしまったのです。で、ゆうべ寝床の中でこ
の写真のことを思い出し、それですっかり疑問が解けたわけでした。なぜといって、私は
その後も折りがあるごとにこのあなたの写真を抜き出して、死んだ姉のことを思い浮かべ
ていたのですから、あなたという人は私にとって忘れることのできない、深いおなじみに
違いないのです。先日お会いした時には、それを胴忘れして、写真ではなく実物のあなた
に見覚えがあるように思い違えたわけなのです。又あなたにしても、」田中はニヤニヤ笑う
のですね、「写真までやった女の顔をお忘れになるはずはなく、その女の弟のことですから、
私に姉の面影があって、それをやっぱり以前に会ったように誤解なすったのではあります
まいか」
聞いてみれば、田中の言う通りに違いないのです。しかし、それにしても腑に落ちない
のは、写真はまあ、いろいろな人にやったことがあるのですから、すみ子が持っていても
不思議はありませんけれど、それを彼女が懐中鏡の裏に秘めていたという点です。なんだ
か、彼女と私の立場が反対になったような気がしましてね。だって、片思いの方にこそ、
そうした仕草をする理由はありましょうが、すみ子が、私の写真なぞを大切にしている道
理がないのですからね。
ところが、田中にしてみますと、私とすみ子とのあいだに何か妙な関係があったものと
独断してしまって、もっとも、それは無理もありませんけれど、その関係を打ち明けてく
れといって迫まるのです。で、彼が言うのですね。姉の死因はむろん主として肉体的な病
気のためには違いないけれど、弟の自分が見るところでは、ほかに何かあったのではない
かと思う。というのは、たとえば生前起こっていた縁談に、姉が強硬に不同意を唱えたこ
となどから考えると、誰か心に思いつめている人があって、それが意のままにならない、
というようなことが姉の死を早めたのではないか、とね。実際すみ子は国へ帰ってから一
種の憂欝症にかかり、それのつづきのようにして病気にとりつかれたのだそうですから、
田中の言うところももっともではあるのです。
さあ、そうなると、いい年をしていて、私の心臓は俄かに鼓動を早めるのですね。虫の
いい考え方をすれば、片思いは私の方ばかりでなくて、すみ子も同じように、言い出し兼
ねた恋を秘めて、うらめしい私たちの婚礼を眺めていたのだとも想像できるのですから、
あの美しいすみ子が、そうして死んで行ったとすれば、私はどうすればいいのでしょう。
嬉しいのですね。なんだかこう涙が喉のところへ込み上げてくるほど嬉しいのですね。
でも一方では、「こんなことが果たしてほんとうだろうか」という心持もあるのです。す
み子は私などに恋するには、あまりに美しく、あまりに気高い女性だったのですから。そ
こで、私と田中とのあいだに妙な押し問答がはじまったのですよ。私は大事を取るような
気持で、「そんなことがあるはずはない」と言えば、田中は「でも、この写真をどう解釈す
ればいいのだ」とつめ寄る。で、そうして言い合っているうちに、私はだんだん感傷的に
なっていって、ついには私の片思いを打ち明けて、そういうわけだから、すみ子さんの方
で私を思っていてくれたなんてことはあり得ないと、実はその反対をどれほどか希望しな
がら、まあ強弁したわけなんです。
ところが、話し、話し、懐中鏡をもてあそんでいた田中が、ふと何かに気がついた様子
で、「やっぱりそうだ」と叫ぶのですよ。それが、大変なものを発見したのです。懐中鏡の
サックは、さっきも言ったように塩瀬で作った二つ折りのもので、その表面の麻の葉つな
ぎかなんかの模様のあいだに、すみ子の手すさびらしく、目立たぬ色糸で、英語の組み合
わせ文字の刺繍がしてあったのですが、それがIの字をSで包んだ形にできているのです。
「私は今までどうしても、この組み合わせ文字の意味がわからなかったのです」田中が言
うのですね、「Sはなるほどすみ子の頭字かもしれませんが、Iの方は、実家の田中にも養
家の北川にも当てはまらないのですからね。ところが、今ふっと気がつくと、あなたは栗
原一造とおっしゃるではありませんか、イチゾウの頭字のIでなくてなんでしょう。写真
といい、組み合わせ文字といい、これですっかり姉の思っていたことがわかりましたよ」
かさねがさねの証拠品に、私は嬉しいのか悲しいのか、妙に眼の内が熱くなってきまし
た。そういえば、十数年以前の北川すみ子の、いろいろな仕草が、今となっては一々意味
ありげに思い出されます。あの時あんなことを言ったのは、それでは私への謎であったの
か。あの時こういう態度を示したのは、やっぱり心あってのことだったのかと、年がいも
ないと笑ってはいけません、次から次へ、甘い思い出にふけるのでした。
それから、私たちはほとんど終日、田中は姉の思い出を、私は学生時代の昔話を、事実
が遠い過去のことであるだけに、少しもなまなましいところはなく、又いや味でもなく、
ただ懐かしく語り合いました。そして、別かれる時に、私は田中にねだって、その懐中鏡
と、すみ子の写真とを貰い受け、大切に、内ぶところに抱きしめて、家に帰ったことでし
た。
考えてみれば、実に不思議な因縁と言わねばなりません。偶然浅草公園の共同ベンチで