饭饭TXT > 海外名作 > 《江户川乱步短篇集(日版)》作者:[日]江户川乱步【完结】 > 《江户川乱步短篇集(日版)》@txtnovel.com.txt

すんで、十三日の午後の第一回の配達の分を取り出した中に、その脅迫状がまじっており.7

たが、南田は小型ピストルの筒口を口の中へ入れて発射したのです。後頭部が割れて、ひ

どい状態になっていました。

貫通銃創ですから、ピストルのたまがどこかになければなりません。室内を調べてみる

と、そのたまは一方のシックイ壁に深く突き刺さっていました。南田はその壁の前に立っ

て自殺したのです。遺書らしいものは、いくら探しても発見されませんでした。

むろんピストルの出所が問題になりました。許可を受けて所持していたわけではなかっ

たのです。これは戦争直後、南田の父親がアメリカ人からもらったもので、たまといっし

ょに机の引出しの奥にしまったまま、奥さんなどは忘れてしまっていたということでした。

密室の中の自殺で、ピストルは南田が右手に握ったままなのですから、これはもう少し

も疑うところはありません。自殺にちがいないと判断されました。

いくら疑いのない情況でも、警察の仕事はそれで終るわけではありません。自殺の動機

を調べてみなければならないのです。

わたしは奥さんにそれをたずねる役を引きうけました。事件の翌日、少し気のしずまる

のを待って、南田家の茶の間でさし向かいになり、いろいろたずねてみました。

みや子さんは、南田があれほど恋したのも無理はないほど魅力のある女性でした。年は

二十八歳、南田が痩せっぽちの小男なのにくらべて、上背のある豊かなからだで、目のさ

めるような美しい人でした。

奥さんと話しているうちに、わたしは何か隠しているなという感じを受けました。しか

し、そう深くたずねるわけにもいきませんので、故人の友だちを教えてもらって、次々と

あたってみることにしました。そして、最初にお話しした親しい友だちを見つけ、南田の

奇妙な失恋の話を聞きこんだのです。

そこで、もう一度奥さんに会って、うまく話を持っていきますと、奥さんもちゃんとそ

れを知っていたことがわかりました。主人のその気持はわかっていたが、自分にはあれ以

上どうすることもできなかった。主人は精神異常者だったのではないかというのです。

しかし、わたしには、みや子さんが、いわゆる冷たい女だとは、どうしても考えられま

せんでした。こういう女に冷たく仕向けられたら、南田が悶えたのも無理はないとさえ思

いました。

これで自殺の動機は推定されたのです。普通の人間はそんなことで自殺はしないでしょ

うが、病的な神経の持ち主ならば、そういう気持にならないとも限りません。そこで、こ

の事件は一応けりがついたわけです。

ところが、わたしはこの結論に満足しなかったのです。自分の妻に失恋して自殺したと

いうのは、人間心理の一つの極端なケースとして、小説にでも書けば面白いかもしれませ

んが、わたしにはどうも納得できませんでした。長年刑事をやってきた経験からの勘とい

うやつが承知しないのです。

ですから、この事件が警察の手をはなれてからも、わたしは余暇を利用して、もっと深

くさぐってみようと決心しました。実はそういう抜けがけの功名みたいなことは禁じられ

ているのですが、余暇を利用して、個人としてやるのなら構わないと思いました。

わたしは南田家の近所から聞きこみをしようと、いろいろやってみましたが、何も出て

きません。みや子さんも、一週間に一度ぐらい訪ねて、無駄話をしました。しかし、ここ

からも何も引き出せません。

みや子さんは主人の葬式をすませると、広い家に女中とふたりで、つつましく暮らして

いました。むろん南田の財産はみや子さんのものになるのです。その額は三千万円を下ら

ないだろうということでした。

わたしは、ふと、南田が自殺の直前に琴浦という近所の歯科医院へ行ったということを

思い出し、そこを訪ねてみました。事件の当時にも、「自殺するものが歯を治したって仕方

がないじゃないか」と思ったので、みや子さんに聞いてみましたが、この夫妻はふたりと

も歯性が悪く、たえず近所の琴浦歯科医院へかよっていて、南田が自殺の前にも虫歯が烈

しく痛みだし、ともかくその痛みをとめるために歯医者へかけつけたのだろうということ

でした。歯医者へ行ったときには、まだ充分決心がついていなかったのかもしれません。

そして、書斎で物思いにふけっているあいだに、とうとう自殺する気になったのかもしれ

ません。こういう微妙な点は常識だけでは判断できないものです。

琴浦という歯医者は南田家の裏にあたるT町の大通りにありました。歩いて三分ぐらい

の距離です。琴浦医師は一年ほど前奥さんに死なれて、子どももなく、かよいの看護婦と

女中だけで暮らしているということでした。四十ぐらいのがっしりした男で、マユの太い

骨ばった浅黒い顔で、背も高く、肩幅も広く、スポーツできたえたような頼もしい体格で

す。聞いてみると、南田が自殺の直前、虫歯の痛みをとめてもらいに来たのは事実で、し

かし、歯の痛みだけでなく、何か非常に憂欝な様子だったというのです。それ以上のこと

は何もわかりませんでした。

それから三カ月ほど、わたしは執念深くこの事件に食い下りました。故人の友だち関係

は申すまでもなく、あらゆる方面を調べました。琴浦歯科医院に出入りする薬屋や医療器

械店まで訪ねたほどです。

すると、Kという医療器械店の店員から、へんなことを聞きこみました。事件の直後、

琴浦医院の治療室にある手術椅子の、差しこみになった枕だけを一個、至急持ってくるよ

うにと、注文を受けたというのです。では、古いのと取りかえたのかと聞きますと、古い

のは薬品で汚したので捨ててしまったといわれるので、取りかえでなく新しいのだけを渡

したという返事でした。

わたしは、このちょっとした事実にこだわりました。こだわる理由があったのです。そ

こで、琴浦医師にはないしょで、女中さんに、古い枕を捨てたことはないか、ゴミ箱にそ

ういうものがはいっていなかったかとただし、また、その辺を回っているゴミ車の人夫を

とらえて、聞き出そうとしたり、手をつくして調べました。しかし、だれも古い枕を見た

ものはないのです。

琴浦医師はその古い枕を焼きすてたのではないかと想像しました。手術椅子の枕を、な

ぜ焼きすてなければならなかったか。

わたしは一つの仮説を立てていました。非常に突飛な仮説ですが、そこにこの事件の盲

点があるのではないかと考えたのです。そして、琴浦氏が枕を焼きすてたという想像は、

このわたしの仮説とぴったり適合したのです。

みや子さんもたびたび琴浦医師に歯の治療をしてもらっていたということを聞いたとき

から、わたしは一つの疑いをもっていました。みや子さんは琴浦医師に、はじめて真に愛

しうる男性を見いだしたのではないか。そして、ついにふたりは共謀して南田を殺害する

にいたったのではないかという考えです。治療椅子の枕を新らしくしたという事実が、こ

の考えを強力に裏書きしました。

わたしは琴浦とみや子さんの身辺に、いよいよ執念ぶかく、つきまといました。ふたり

が話し合っている部屋のそとから、立ち聞きしたことも、たびたびでした。

そして、南田が死んでから、ちょうど三月目に、ふたりは恐怖に耐えられなくなって、

わたしの前に兜をぬいだのです。

みや子は南田に対して極度に用心ぶかくしていました。南田の生前には、琴浦と最後の

関係におよんでいなかったほどです。看護婦の目を盗んで、ささやきと愛撫だけで我慢し

ながら、その我慢のつらさゆえにこそ、ついにこの完全犯罪ともいうべき殺人を計画する

にいたったのです。むろん、三千万円の相続ということも、強い動機でした。

琴浦はなぜ治療椅子の枕を焼きすてたか。その枕はピストルのたまで射抜かれ、血のり

で汚れたからです。それが恐ろしい他殺の証拠になるからです。

犯人が被害者の口の中へピストルのつつ先を入れて発射するなんて、まったく不必要な

ことですし、普通の場合、ほとんど不可能な方法です。したがって、口中にピストルをう

ちこんだ死体を見たら、だれでも自殺としか考えないでしょう。その裏をかいたのがこの

犯罪でした。

歯科医はいろいろな金属の器具を患者の口の中に入れて治療します。そのとき患者はた

いてい眼をつぶっているものです。たとえ眼をあいていても、視角をはずして下の方から

ピストルを近づけ、その先を口の中へ入れれば、やはり治療の器具だとおもって、患者は

じっとしているでしょう。そこで手早く発射すればよいのでした。

そのとき看護婦はもう家へ帰っていましたし、女中は口実を設けて使いに出してありま

した。また、問題のピストルは、みや子が主人の机の引出しの奥から取り出して、前もっ

て琴浦に渡しておいたのです。

ピストルのたまが南田の頭蓋骨を貫通し、枕の木をつらぬいて床におちたのを、あとで、

南田家の書斎の壁に叩きこんでおいたというのです。柔かいものを当てて、金ヅチで叩い

たのです。

この犯罪には、もう一つ都合のよい条件がありました。南田家と歯科医院は、表から回

れば三分もかかりますが、裏口は、草のしげった空き地をへだてて、つい目と鼻のあいだ

に向かい合っていたことです。琴浦とみや子は、治療室の死体を、夜にまぎれて、裏口か

ら南田家の書斎へ運び、指紋をふきとったピストルを、死体の手に握らせ、別の鍵でドア

をしめました。カギはほんとうに一つしかなかったのですが、歯科医ですから、みや子に

型をとらせて、合カギを鋳造するぐらい、わけのないことでした。

盗難

面白い話しがあるのですよ。私の実験談ですがね。こいつをなんとかしたら、あなたの

探偵小説の材料にならないもんでもありませんよ。聞きますか。え、是非話せって。それ

じゃ至って話し下手でお聞きづらいでしょうが、一つお話ししましょうかね。

決して作り話じゃないのですよ。とお断りするわけは、この話はこれまで、たびたび人

に話して聞かせたことがあるのですが、そいつがあんまり作ったように面白くできている

もんだから、そりゃあお前、なんかの小説本から仕込んできた種じゃないか、なんて、大

抵の人がほんとうにしないくらいなんです。しかし正真正銘いつわりなしの事実談ですよ。

今じゃこんなやくざな仕事をしていますが、三年前までは、これでも私は宗教に関係し

ていた男です。なんて言いますと、ちょっと立派に聞こえますがね。実はくだらないんで

すよ。あんまり自慢になるような宗教でもない。××教といってね、あんたなんか多分ご

承知ないでしょうが、まあ天理教や金光教の親類みたいなものです。もっとも、宗旨のも

のにいわせれば、そりゃいろいろもったいらしい理窟があるのですけれど。

本山、というほどの大げさなものでもありませんが、そのお宗旨の本家は××県にあり

まして、それの支教会が、あの地方のちょっと大きい町には大抵あるのです。私のいまし

たのはそのうちのN市の支教会でした。このN市のは数ある支教会のうちでもなかなか羽

振りのいい方でしたよ。それというのが、そこの主任――宗旨ではやかましい名前がつい

てますけれど、まあ主任ですね。それが私の同郷の者で古い知合いでしたが、そりゃ実に

やり手なんです。といっても、決して宗教的な、悟りをひらいたというようなのではなく

て、まあ商才にたけていたとでも言いますかね。宗教に商才は少し変ですけれど、信者を

ふやしたり、寄付金を集めたりする腕前は、なかなかあざやかなものでしたよ。

今もいったように、私はその主任と同郷の縁故で、あれは何年になるかな。エート、私

の二十七の年だから、そうですね、ちょうど今から七年前ですね。そこへ住み込んだので

すよ。ちょっとしたしくじりがありまして、職に離れたものですから、どうにもしようが

なくて、一時のしのぎに、早くいえば居候をきめ込んだわけですね。ところが、いっこう

足が抜けなくて、ごろごろしているうちには、だんだん宗旨のことにもなれてくる、自然

いろいろの用事を仰せつかる、というわけで、しまいにはその教会の雑用係りとして、と

うとう根をすえてしまったのです。あれで、足かけ五年もいましたからね。

むろん私は信者になったわけではありません。根が信仰心の乏しいところへ、内幕を知

ってしまって、しかつめらしい顔をしてお説教をしている主任が、裏へ廻ってみれば、酒

を飲むわ、女狂いはするわ、夫婦喧嘩は絶え間がないという始末では、どうも信仰も起こ

りませんよ。やり手といわれるような人にはあり勝ちのことなんでしょうが、主任という

のはそんな男だったのです。

ところが、信者となると、ああいう宗旨の信者はまた格別ですね。気ちがいみたいなの

が多いのですよ。普通のお寺のことはよく知りませんが、寄進などでも、なかなか派手に

やりますね。よくまあ惜しげもなくあんなに納められたもんだと、私のような無信仰のも

のには不思議に思われるくらいですよ。したがって、主任の暮し向きなんか贅沢なもので

す。信者からまき上げた金で相場に手を出していたくらいですからね。私はいったいあき

っぽいたちでして、それまでは同じ仕事を二年とつづけたことはないほどですが、その私

が教会に五年辛抱したというのは、そういうわけで、私などにも、自然実入りがたっぷり

あって、居心地がよかったからでしょうね。では、なぜそんないい仕事をよしてしまった

か。さあ、それがお話なんですよ。

さて、その教会の説教所というのは、もう十何年も前に建てられたもので、私がそこへ

行った時分には、大分いたんでもいるし、汚なくもなっていました。それに、主任が変っ

てから、にわかに信者がふえて、可なり手狭でもあったのです。そこで、主任は、説教所

を建て増して広くし、同時にいたんだ箇所の手入れをすることを思い立ちました。といっ

ても、別に積立金があるわけではなく、本部にいってやったところで、多少の補助はして

くれるでしょうが、とても増築費全部を支出させるわけにはいきません。結局は信者から

寄付金を募るほかはないのです。費用といっても、増築のことですから、一万円〔註、今

の三、四百万円〕足らずですむのですが、田舎の支教会の手でそれだけ寄付金を集めると

いうのは、なかなか骨です。もし主任にさっきいったような商才がなかったら、多分あん

なにうまくはいかなかったでしょう。

ところで、主任のとった寄付金募集の手段というのが面白いのです。こうなるとまるで

詐欺ですね。先ず信者中第一の金満家、市でも一流の商家のご隠居なんですがね。その老

人を、なんでも神様から夢のお告げがあったなどともったいをつけて、うまく説き伏せ、

寄付者の筆頭として三千円でしたか納めさせてしまったのです。そりゃ、こういう事にか

けちゃとてもすごい腕前ですからね。で、この三千円がおとりになるわけです。主任はそ

れを現金のまま備えつけの小形金庫の中へ入れておいて、信者のくるたびに、

「ご奇特なことです。だれだれさんは、もうこの通り大枚の寄進につかれております」

などと見せびらかし、同時に例のまことしやかな夢のお告げを用いるものですから、だ

れしも断りきれなくなって、応分の寄付をする。中には虎の子の貯金をはたいて信仰ぶり

を見せる連中もあるというわけで、みるみる寄付金の額は増して行くのでした。考えてみ

ると、あんな楽な商売はありませんね。十日ばかりのあいだに五千円〔注、今の二百万円

ほど〕も集まりましたからね。この分で行けば、一と月もたたないうちに予定の増築費は

わけもなく手に入れることができるだろうと、主任はもうほくほくものなんです。

ところがね、大変なことが起こったのです。ある日のこと、主任にあてて、実に妙な手

紙が舞い込んだじゃありませんか。あなた方のお書きになる小説の方では、いっこう珍ら

しくもないことでしょうが、実際にあんな手紙がきてはちょっとめんくらいますよ。その

文面はね、「今夜十二時の時計を合図に貴殿の手もとに集まっている寄付金を頂戴に推参す

る。ご用意を願う」というのです。ずいぶん酔狂なやつもあったもので、泥棒の予告をし

てきたのですよ。どうです、面白いでしょう。よく考えてみれば、ばかばかしいようなこ

とですけれど、その時は私なんか青くなりましたね。今もいうように寄付金は全部現金で

金庫に入れてあって、それをたくさんの信者たちに見せびらかしているのですから、今教

会にまとまった金があるということは、一部の人々には知れ渡っているのです。どうかし

て悪いやつの耳にはいっていないとも限りません。ですから泥棒がはいるのは不思議はな

いのですが、それを時間まで予告してやってくるというのはいかにも変です。

主任などは「なあに、だれかのいたずらだろう」といって平気でいます。なるほどいた

ずらででもなければ、こんなわざわざ用心させるような手紙を出す泥棒があるはずはない

のですから。でもね、理窟はまあそういったものですけれど、私はどうやら心配で仕方が

ないのです。用心するに越したことはない。一時この金を銀行へ預けたらどうだろうと、

主任に勧めてみても、先生いっこうとりあってくれません。では、せめて警察へだけは届

けておこうと、ようやく主任を納得させて、私が行くことになりました。

お昼すぎでした、身支度をして表へ出て警察の方へ一丁ばかりも行きますと、うまいぐ

あいに向こうから、四、五日前に戸籍調べにきて顔を見覚えている警官が、テクテクやっ

てくるのに出会ったものですから、それをつかまえて、実はこれこれだと一部始終を話し

たのです。いかにも強そうなヒゲ武者の警官でしたがね。私の話を聞くと、いきなり笑い

出したじゃありませんか。

「おいおい、君は世のなかにそんな間抜けな泥棒があると思うのか。ワハハハハハ、一杯

かつがれたのだよ、一杯」

恐い顔をしているけれど、なかなか磊落な男です。

「しかし、私どもの立場になってみますと、なんだかうす気味がわるくてしようがないの

ですが、念のために一応お調べくださるわけにはいきますまいか」

私が押して言いますと、

「じゃあね、ちょうど今夜は僕があの辺を廻ることになっているから、その時分に一度行

ってみて上げよう。むろん泥棒なんてきやしないけれど、どうせついでだからね。お茶で

も入れておいてくれたまえ。ハハハハハ」

と、どこまでも冗談にしているのです。でもまあ、きてくれるというので私も安心して、

くれぐれも忘れないようにと念を押してそのまま教会へ帰りました。

さて、その晩です。いつもなら、夜の説教でもない限り、もう九時頃になると寝てしま

うのですが、今夜はなんだか気になって寝るわけにはいきません。私は警官との約束もあ

ったので、お茶とお菓子の用意をさせて、奥の一と間で――それが信者との応接間だった

のです――そこの机の前に坐って、じっと十二時になるのをまっていました。妙なもので、

床の間に置いてある金庫から眼が離せないような気がするのです。そうしているうちに、

すうっと中の金だけが消えてゆきやしないかなんて思われましてね。

それでも多少心配になるかして、主任も時々その部屋へやってきて、私に世間話などし

かけました。なんだかばかに夜が長いように思われます。やがて、十二時近くになると、

感心に約束をたがえないで、昼間の警官がやってきました。そこでさっそく奥へ上がって

もらって、金庫の前で主任と警官と私と三人が車座になってお茶を飲みながら番をするこ

とにしました。いや、番をするつもりでいたのは、たぶん私だけだったかもしれません。

主任も警官も、昼間の手紙のことなんかてんで問題にしていないのです。おまわりさんな

かなか議論家で、主任をつかまえて盛んに宗教論を戦わせている。先生まるでそんな議論

をやるために来たようなあんばいなのです。そりゃ、テクテクくら闇の町を巡廻している

よりは、お茶を飲んで議論をしている方が愉快に違いありませんからね。なんだか私一人

くよくよ心配しているのがばかばかしくなったものですよ。

しばらくしますと、しゃべりたいだけしゃべってしまった警官は、ふと気がついたよう

に私の顔を見ながらいうのです。

「あ、もう十二時半だね。それ見たまえ、あれはやっぱりいたずらだったね」

そうなると私はいささか恥かしく、「ええ、お蔭さまで」とかなんとかあいまいに答えた

のですが、すると警官が金庫の方を見て、

「で、金はたしかにその中にはいっているのだろうね」

と妙なことを聞くではありませんか。私はからかわれたような気がして、いささかむっ

としたものですから、

「むろんはいっていますよ。なんならお眼にかけましょうか」

と皮肉に言いかえしたものです。

「いや、はいっていればいいがね。念のために一応調べておいた方がいいかもしれないよ。

ハハハハハ」

と先方もあくまでからかってきます。私はもうしゃくにさわってしようがないものです

から、

「ごらんなさい」

と言いながら、金庫の文字合わせを廻してそれをひらき、中の札束を取り出して見せま

した。すると警官がね、

「なるほど、そこですっかり安心してしまったわけだね」

私はうまくまねられませんけれど、そりゃあいやな言い方でしたよ。なんだか変に奥歯

に物のはさまったような調子で、意味ありげにニヤニヤ笑っているのですからね。

「だが、泥棒の方にはどんな手段があるかもしれないのだ。君はこの通り金があるから大

丈夫だと思っているのだろうが、これは」そういって警官はそこにおいてあった札束を手

にとりながら、「これは、もうとっくに泥棒のものになっているかもしれないよ」と妙なこ

とを言うではありませんか。

それを聞くと、私は思わずゾッと身ぶるいしました。こうなんともえたいの知れない凄

い気持ですね。こんなふうに話したんじゃ、ちょっとわからないかもしれませんけれど。

何十秒かのあいだ、私たちは物もいわないでじっとしていました。お互いに相手の眼の中

を見つめて、何事かを探りあっているのです。

「ハハハハハ、わかったね。じゃ、これで失敬するよ」

突然、警官はそういって立ち上がりました。札束は手に持ったままですよ。それから、

もう一方の手には、ポケットから取り出したピストルを油断なく私たちの方へ向けながら

ですよ。にくらしいじゃありませんか。そんな際にも警官の口調を改めないで、失敬する

よなんていっているんですよ。よっぽど|胆《たん》のすわったやつですね。

むろん、主任も私も声を立てることもできないで、ぼんやり坐ったままでした。どぎも

を抜かれましたよ。まさか戸籍調べにきて顔なじみになっておくという新手があろうとは

気がつきませんや。もうほんとうの警官だと信じきっていたのですからね。

やつはそのまま部屋のそとへ出ましたが、帰るかと思うとそうじゃないのです。出たあ

との襖を僅かばかりあけておいて、その隙間からピストルの筒口を私たちの方へ向けてじ

っとしているのです。長いあいだ少しも動かないのです。暗くてよくわからないけれど、

ピストルの上の隙間からは、曲者の片方の目玉がこちらをにらんでいるような気がします

………え、わかりましたか。さすがはご商売柄ですね。その通りですよ。鴨居の釘から細

い紐でピストルをつり下げて、いかにも人間がねらいを定めているように見せかけたので

す。しかしその時の私たちには、そんなことを考える余裕なんかありやしません。今にも

ズドンときやしないかという恐ろしさで一杯ですからね。しばらくして、主任の細君がそ

のピストルの見えている襖をあけて部屋へはいってきたので、やっと様子がわかったよう

な始末でした。

滑稽だったのは、そうして金を盗んで行く警官を、いや警官に化けた泥棒を、主任の細

君が玄関まで丁寧に送り出したことです。別に大きな声を立てたわけでも、立ち騒いだわ

けでもないのですから、茶の間にいた細君には少しも様子がわからなかったのです。そこ

を通るとき曲者は「お邪魔しました」なんて、平気で細君に声をかけたそうですよ。「まあ

お見送りもいたしませんで」と、細君もちょっと妙に思ったそうですが、とにかく自分で

玄関まで見送ったというのです。いや大笑いですよ。

それから、寝ていた雇い人なども起きてきて大騒ぎになったのですが、その時分には、

泥棒はもう十丁も先へ逃げているころでした。皆のものが期せずして|門《かど》|口《ぐ

ち》まで駈け出しました。そして、暗い町の左右を眺めながら、あちらへ逃げた、こちら

へ逃げたと、くだらない評定に時を移したものです。夜ふけですから、両側の商家なども、

戸をしめてしまって、町はまっ暗です。四軒に一つか、五軒に一つくらいの割で、丸い軒

燈がちらほらとさびしく光っているばかりです。するとね、向こうの横町からぽっかりと

一つの黒い影が現われて、こちらへやってくるのが、どうやら警官らしいじゃありません

か。私はそれを見ると、今の泥棒がわれわれに刃向かうために、もう一度帰ってきたのじ

ゃないかと思って、ハッとしました。そして思わず主任の腕をつかんでだまってその方を

指さしたのです。

だが、それは泥棒ではなくて、今度は本物の警官でした。その警官が私たちのガヤガヤ

騒いでいるのを不審に思ったとみえて、どうしたのだとたずねるのです。そこで主任と私

とが、ちょうどいいところです、まあお聞きくださいというわけで、盗難の次第を話しま

すと、警官のいうには、今から追っかけてみたところでとてもだめだから、自分がこれか

ら署に帰ってさっそく非常線を張るように手配をする。むろんそれはにせの警官に違いな

いが、そんな服装をしていれば人眼につき易いから大丈夫つかまる、安心しろということ

で、盗難の金額や泥棒の風体など詳しく聞きとって手帳に書きこみ、大いそぎで今きた方

へ引き返して行きました。警官の口ぶりでは、もうわけもなく泥棒をつかまえ、金を取り

戻すことができるような話だったので、私たちも大変たのもしく思い、一と安心したこと

ですが、さて、なかなかどうして、そううまく行くものではありません。

きょうは警察から通知があるか、あすはとられた金が返るかと、その当座は毎日そのこ

とばかり話しあっていました。ところが、五日たっても十日たっても、いっこう音沙汰が

ないではありませんか。むろん、そのあいだには、主任がたびたび警察へ出かけて様子を

たずねていたのですけれど、なかなか金は返ってきそうもないのです。

「警察なんて実に冷淡なもんだ。あの調子ではとても泥棒はつかまらないよ」

主任はだんだん警察のやり方に愛想をつかして、司法主任が横柄なやつだとか、このあ

いだの警官が、あんなに請合っておきながら、近頃では自分の顔を見ると逃げまわってい

るとか、いろいろ不平をこぼすようになりました。そうして半月とたち一と月と過ぎまし

たが、やっぱり泥棒は捕まらないのです。信者たちも寄り合いなどを開いて大騒ぎをやっ

ているのですが、なにぶんそんな宗旨の信者のことですから、さてどうしようという智恵

も出ないのです。そこで、とられたものはとられたものとして、警察にまかせておいて、

改めて寄付金の募集に着手することになりました。そして、例の主任の巧みな弁説によっ

て相当の成績を上げ、結局、予定に近い寄付金が集まって、増築の方はまあ計画通りうま

くいったのですが、それはこのお話しに関係がないから略するとして。

さて、盗難事件から二た月ばかりのちの或る日のことです。私は所用があってA市から

五、六里隔たったところにあるY町まで出かけたことがあります。Y町には近郷でも有名

な浄土宗の寺院があるのですが、ちょうど私の行った日は一年に一度の盛大なお説教がは

じまっていて、七日のあいだとか、その寺院の付近一帯はお祭り騒ぎをやっているのです。

軽業だとか因果者師だとかのかけ小屋が幾つも建てられ、いろいろなたべ物や玩具の露店

が軒を並べ、ドンチャン、ドンチャンと大変な騒ぎです。

用事をすませた私は、別に急いで帰る必要もなかったものですから、時候は長閑な春の

ことであり、陽気な音楽や人声につられて、ついその盛り場へ足を踏み入れ、あちらの見

世物、こちらの物売りと、人だかりの背後からのぞいて廻ったものです。

あれはなんでしたっけ、確か歯の薬を売っている|香《や》具|師《し》の人だかりだ

ったと思います。大きな男が太いステッキを振り廻して、なんだかしゃべっているのが、

大勢の頭の隙間から見えていました。それがいかにも面白そうなので、私は人だかりの大

きな輪のまわりを、あちらこちらと、一ばんよく見えそうな場所を探して歩きまわってい

ました。するとね、その見物人の中にまじっていた一人の田舎紳士風の男が、ヒョイと背

後をふり向いたのですが、それを見た私はハッとして、思わず逃げ出そうとしました。な

ぜといって、その男の顔がいつかの泥棒にそっくりだったのです。ただ違うところは、警

官にばけていた時分には、鼻の下からあごから一面にひげをはやしていたのが、今は綺麗

にそり落とされていた点です。ひょっとしたら、あれは顔形をかえるためのつけひげだっ

たのかもしれません。実に驚きましたね。

しかし、一度は逃げ出そうと身構えまでしたのですが、よく先方の様子を見ますと、別

段私に気がついたふうでもなく、また向こうを向いてじっと中の口上を聞いていますので、

先ずこれなら安心だと、その場を去って、少し離れたおでん屋のテント張りのうしろから

そっとその男を注意していました。

私はもう胸がドキドキしているのです。一つはこわさ、一つは泥棒を見つけたうれしさ

でね。なんとかして、こいつのあとをつけて、住所を確かめ、警察へ教えてやることがで

きたら、そして、もし盗まれた金が一部でも残っているようだったら、主任をはじめ信者

たちもどれほど喜ぶだろう。そう思うとなんだかこう自分が劇中の人物になったような気

がして、異様な興奮をおぼえるのです。だが、もう少し様子を見てこの男がほんとうにあ

の時の泥棒かどうかを確かめる必要があります。人違いをやっては大変ですからね。

しばらく待っていますと、彼は人だかりを離れてブラブラ歩き出しました。が、見れば

二人連れなんです。私はその時まで気がつかずにいたのですが、さっきからその男の隣に

同じような服装の男が立っていたのが、友だちだったと見えます。なあに、一人でも二人

連れでもあとをつけるに変りはないと、私は見つからないように用心しながら、人ごみの

ことですから二、三間の間隔で、彼らのあとからついて行きました。あなたはご経験があ

りますか。人を尾行するのは実にむずかしい仕事ですね。用心しすぎれば見失いそうだし、

見失うまいとすれば、どうしても自分のからだを危険にさらさねばならず、小説で読むよ

うに楽なもんじゃありませんね。で、彼らが、二、三丁も行ったところで一軒の料理屋へ

はいった時には、私はホッとしましたよ。ところが、その時に、彼らが料理屋へはいろう

とした時にですね、私は又もや大変なことを発見したのです。というのは、二人のうちの

泥棒でない方の男の顔が、不思議じゃありませんか、あの時泥棒を捕まえてやろうといっ

たもう一人の警官にそっくりだったのです。いや待ってください。それでもうわかったな

んて、いくらあなたが小説家でも、そいつは少し早すぎますよ。まだ先があるのです。も

うしばらく辛抱して聞いてください。

さて、二人の男が料理屋へはいったのを見て、私はどうしたかといいますと、これが小

説だと、その料理屋の女中にいくらか握らせて、二人の隣の部屋へ案内してもらい、襖に

耳をあてて話し声でも聞くところなんでしょうが、滑稽ですね、私はそのとき料理屋へ上

がるだけの持ち合わせがなかったのですよ。財布の中には汽車の往復切符の半分と、たし

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