すんで、十三日の午後の第一回の配達の分を取り出した中に、その脅迫状がまじっており.15
籐椅子に腰かけて、一冊の探偵本を読んでいたのを、私がチラと見かけたのがきっかけに
なり、どちらから接近するともなく接近して行って、その翌日はもうお互の身分を明かし
合うほど懇意になっていた。
猪股氏の風采容貌には、何かしら妙に私をひきつけるものがあった。それほどの年でも
ないのに、卵のように綺麗に禿げた恰好のよい頭、ひどく薄いけれど上品な蓬蓬眉、黄色
な玉の縁なし目がね、その色ガラスを透して見える二重瞼の大きな眼、スラッと高いギリ
シャ鼻、短かい口ひげ、揉み上げから顎にかけて、美しく刈り揃えた頬ひげ、どことなく
日本人離れのした、しかし、非常な好男子で、それが、たとえ旅館のツンツルテンの貨し
浴衣であろうとも、キチンと襟を合わせ、几帳面に帯を締めて、端然としている様子は、
ひどく謹厳な大学教授とでもいった感じで、とても株屋さんなどとは思われぬのであった。
だんだんわかったところによると、この紳士は、最近奥さんを失ったということで、ど
れほど愛していた奥さんであったのか、その深い悲しみが、彼の青白く美しい眉宇のあい
だに刻まれていた。それとなく観察していると、たいていは部屋にとじこもって、例の探
偵本を読んでいるのだが、好きな小説も彼の悲しみを忘れさせる力はないとみえて、とも
すれば、読みさしの本を畳の上へほうり出したまま、机に頬杖をついて、空ろな表情で、
縁側の向こうに聳える青葉の山を、じっと見つめている様子が、いかにも淋しそうであっ
た。
翠巒荘に着いた翌々日のお昼過ぎのこと、私は食後の散歩のつもりで、浴衣のまま、宿
の名の焼印を捺した庭下駄をはいて、裏門から、翠巒園という公園めいた雑木林の中へ出
掛けて行ったが、ふと見ると、やっぱり浴衣がけの猪股氏が、向こうの大きな椎の木にも
たれて、何かの本に読み耽っていた。たぶん探偵小説であろうが、きょうは何を読んでい
るのかしらと、私はついその方へ近づいて行った。
私が声をかけると、猪股氏はヒョイと顔を上げ、ニッコリ会釈をしたあとで、手にして
いた青黒い表紙の探偵本を裏返して、背表紙の金文字を見せてくれたが、そこには、
[#ここから2字下げ]
TRENT’S LAST CASE E. C. BENTLEY
[#ここで字下げ終わり]
と三段ほどにゴシック活字で印刷してあった。
「むろんお読みなすったことがおありでしょう。僕はもう五度目ぐらいなんですよ。ごら
んなさい、こんなに汚れてしまっている。実によくできた小説ですね。おそらく世界で幾
つという少ない傑作のひとつだと思います」
猪股氏は、読みさしたページに折り目をつけて、閉じた本をクルクルともてあそびなが
ら、ある情熱をこめて言うのだ。
「ベントリーですか、私もずっと以前に読んだことがあります。もう詳しい筋なんかはほ
とんど忘れてしまっていますが、何かの雑誌で、それとクロフツの『樽』とが、イギリス
現代のふたつの最も優れた探偵小説だという評論を読んだことがありますよ」
そして、私たちはまた、しばらくのあいだ、内外の探偵小説について感想を述べ合った
ことであるが、それに引きつづいて、もう私の職業を知っていた猪股氏は、ふとこんなこ
とを言い出したのである。
「長いあいだには、ずいぶん変わった事件もお扱いなすったでしょうね。これで私なども、
新聞で騒ぎ立てるような大事件は、切り抜きを作ったりして、いろいろと素人推理をやっ
てみるのですが、そういう大事件でなしに、いっこう世間に知られなかった、ちょっとし
た事件に、きっと面白いのがあると思いますね。何かお取り扱いになった犯罪のうちで、
私どもの耳に入らなかったような、風変わりなものはありませんでしょうか。むろん新ら
しい事件では、お話しくださるわけにはいかぬでしょうが、何かこう時効にかかってしま
ったような古い事件でも……」
これが私が新らしく知り合った探偵好きの人から、いつもきまったように受ける質問で
あった。
「そうですね。私の取り扱った目ぼしい事件は、たいてい記録にして保存しているのです
が、そういう事件は、当時新聞も詳しく書き立てたものばかりですから、いっこう珍らし
くもないでしょうし……」
私はそんなことを言いながら、猪股氏の両手にクルクルもてあそばれているベントリー
の探偵小説を眺めていたが、すると、どういうわけであったか、私の頭の中のモヤモヤし
たむら雲を破って、まるで十五夜のお月さまみたいに、ボッカリ浮き上がってきたのが、
先に言った「硫酸殺人事件」であった。
「実際の犯罪事件というものは、純粋の推理で解決する場合は、ほとんどないといっても
いいくらい少ないのです。ですから探偵小説好きには、ほんとうの犯罪はそんなに面白く
ない。推理よりも偶然と足とが重大要素なのです。クロフツの探偵小説は、いわば足の探
偵小説、探偵が頭よりも足を使って、むやみと歩きまわって事件を解決しますね。あれな
んか、やや実際に近い味ではないかと思うのですよ。しかし例外がないこともない。いま
思い出したのですが『硫酸殺人事件』とでも言いますか、十年ほど前に起こった奇妙な事
件があるのです。それは地方に起こった事件だものですから、東京、大阪の新聞は、ほと
んど取り扱わなかったように記憶しますけれど、小事件の割には、なかなか面白いもので
したよ。私はそれを、あまり古いことなので、つい忘れるともなく忘れていたのですが、
今あなたのお言葉で、ヒョイと思い出しました。ご迷惑でなかったら、記憶をたどりなが
ら、ひとつお話ししてみましょうか」
「ええ、是非。なるべく詳しくうかがいたいものですね。硫酸殺人と聞いただけでも、な
んだか非常に面白そうではありませんか」
猪股氏は、子供らしいほど期待の眼を輝かせながら、飛びつくようにいうのであった。
「ゆっくり落ちついてうかがいたいですね。立ち話もなんですから……といって、旅館の
部屋ではあたりがやかましいし、どうでしょうか、これから滝道の方へ登って行きますと、
そういうお話をうかがうには持ってこいの場所があるんですが……」
そんなふうに言われるものだから、私はだんだん乗り気になって行った。私には妙なく
せがあって、「犯罪捜査録」を執筆する時は、その前に一度、事件の経過を詳しく人に話し
て聞かせるのが慣例のようになっていた。そうして話しているあいだに、おぼろげな記憶
がだんだんハッキリして、辻褄が合ってくる。それがいざ筆を執る段になって、大へん役
に立つからである。また、私は座談にかけてはなかなか自信があって、探偵小説めいた犯
罪事件などを、なるべく面白そうに順序を立てて、詳しく話して聞かせるのが、ひとつの
楽しみでもあった。きょうはなんだかうまく話せそうだわいと思うと、私の方も子供にな
って、一も二もなく猪股氏の申し出に応じたものである。
なかば雑草に覆われた細い坂道を、ウネウネ曲がりながら一丁ほど登ると、先に歩いて
いた猪股氏が立ち止まって、ここですよという。なるほど、うまい場所を見つけておいた
ものである。一方はモクモクと大樹の茂った急傾斜の山腹、一方は深い谷を見おろした、
何丈とも知れぬ断崖、谷の底には異様に静まり返ったドス黒い淵が、深く深く見えている。
その棧道になった細道から、少しそれた所に、ひとつの大きな岩が、廂のように深淵を覗
いていて、そこに畳一畳ほどの平らな場所があるのだ。
「あなたのお話をうかがうには、実にお誂え向きの場所ではありませんか。ひとつ足を踏
みはずせば、たちまち命のない崖の上、犯罪談や探偵小説の魅力はちょうどこれではない
かと思いますよ。お尻のくすぐったくなるこの岩の上で、恐ろしい殺人のお話をうかがう
とは、なんと似つかわしいことではないでしょうか」
猪股氏はさも得意げに言って、いきなり岩の上に登ると、深い谷を見おろす位置にドッ
カリと腰を据えた。
「ほんとうに怖いような所ですね。もしあなたが悪人だったら、私はとてもここへ坐る気
にはなれませんよ」
私は笑いながら、彼の隣に席を占めた。
空は一面にドンヨリした薄曇りであった。何か汗ばむような天候ではあったけれど、温
度は大へん涼しかった。谷を隔てた向こうの山も、陰気に黒ずんで、見渡す限りふたりの
ほかには生きもののけはいもなく、いつもはやかましいほどの鳥の声さえ、なぜかほとん
ど聞こえてはこなかった。ただ、ここからは見えぬ川上の滝音が、幽かな地響きを伴なっ
て、オドロオドロと鳴り渡っているばかりであった。
猪股氏のいう通り、私の奇妙な探偵談には実に打ってつけの情景である。私はいよいよ
乗り気になって、さて、その「硫酸殺人事件」について話しはじめたのである。
2
それは今から足かけ十年前、大正――年の秋に、名古屋の郊外Gという新住宅街に起こ
った事件です。G町は今でこそ市内と同じように、住宅や商家が軒を並べた明かるい町に
なっていますが、十年前のその頃は、建物よりは空き地のほうが多いような、ごく淋しい
場所で、夜など、用心深い人は提灯を持って歩くほどの暗さだったのです。
ある夜のこと、所轄警察署の一警官が、そのG町の淋しい通りを巡回していました時、
ふと気がつくと、確かに空き|家《や》のはずの一軒の小住宅に――それは空き地のまん
中にポツンと建った、毀れかかったような一軒建てのあばら屋で、ここ一年ほどというも
の、雨戸をたてきったままになっていて、急に住み手がつこうとも思われませんのに、不
思議なことに、空き家の中に幽かな赤ちゃけた明かりが見えていたのです。しかもそのほ
の明かりの前に、何かしらうごめいているものがあったのです。明かりが見えるからには、
閉めきってあった戸がひらかれていたのでしょう。いったい何者がその戸をひらいたのか、
そして、あんな空き家の中へ侵入して何をしているのか。巡回の警官が不審を起こしたの
は至極もっともなことでした。
警官は足音を盗むようにして空き家へ近づいて行って、半びらきになっている入口の板
戸のあいだから、ソッと家の中を覗いて見たといいます。すると、先ず最初眼にはいった
のは、畳も敷いてない、埃だらけの床板に、蜜柑箱ようのものを伏せて、その上にじかに
立てられた太い西洋ロウソクだったそうです。
ロウソクの手前に、黒く、キャタツのようなものが脚をひろげて立っていて、そのキャ
タツの前に、何か小さなものに腰かけて、モゾモゾ動いている人影があったというのです。
よく見るとキャタツと思ったのは、写生用の画架でして、それにカンヴァスを懸けて、一
人の若い長髪の男が、しきりと絵筆を動かしていたのでした。
ひとの空き家に侵入して、ロウソクの光で何かを写生しているんだな。美術青年の物好
きにもせよ、けしからんことだ。しかし、いったいこの夜ふけに、わざと薄暗いロウソク
の光なんかで、何を写生しているのかしらと、その警官は蜜柑箱の向こう側にあるものを、
注意して眺めたと申します。
そのものは……美術青年のモデルになっていたものは、立っていなかったのです。ほこ
りだらけの床板の上に、長々と横たわっていたのです。ですから、警官にも急にはそのも
のの正体がわかりませんでしたが、蜜柑箱の蔭になっているのを、背伸びをして、よく見
ますと、それは確かに人間の服装はしているのですけれど、どうも人間とは思われない、
なんともえたいの知れぬ変てこれんなものだったということです。
警官は|石榴《ざ く ろ》がはぜたようなものだったと形容しましたが、私自身も、の
ちにそれを見た時、やっぱりよく熟してはぜ割れた石榴を連想しないではいられませんで
した。そこには、黒い着物を着た一箇の巨大な割れ石榴がころがっていたのです。という
意味はむろんおわかりでしょうが、めちゃめちゃに傷つき、ただれ、血に汚れ、どう見て
も人間とは思われないような、無残な顔がころがっていたのです。
警官は最初、そんなふうなグロテスクな酔狂なメーク.アップをしたモデル男なのかと
考えたそうです。それを写生している青年の様子が、ばかに悠然として、ひどく嬉しそう
に見えたからです。また、美術学生などというものは、そうした突飛な所業をしかねまじ
いものだということを、その警官は心得ていたからです。
しかし、たとえ扮装をしたモデルにもせよ、これはちと穏やかでないと考えましたので、
いきなり空き家の中へ踏み込んで行って、その青年を詰問したのですが、すると、異様な
長髪の美術青年は、別に驚きあわてる様子もなく、かえってあべこべに、何を邪魔するの
だ、折角の感興をめちゃめちゃにしてしまったじゃないかと、警官に向かって喰って掛っ
たといいます。
警官はそれに構わず、ともかく蜜柑箱の向こうに横たわっている例の怪物を、間近に寄
って調べてみますと、決してメーク.アップのモデルでないことがわかりました。息もし
ていなければ脈もないのです。その男は、実に目もあてられない有様で、お化けのように
殺害されていたのでした。
警官は、こいつは大へんな事件だぞと思うと、日頃ひそかに待ち望んでいた大物にぶつ
かった興奮で、もう夢中になって、有無をいわせず、その青年を近くの交番まで引っ立て
て行き、そこの警官の応援を求め、本署にも電話をかけたのですが、その興奮しきった電
話の声を聞き取ったのが、かくいう私でありました。もうお察しのことと思いますけれど、
当時私はまだ郷里の名古屋にいまして、M警察署に属する駈け出しの刑事だったのです。
電話を受け取ったのが九時少し過ぎでした。夜勤の者のほかは皆自宅に帰っていて、い
ろいろ手間取ったのですが、検事局、警察部にも報告した上、結局、署長自身が検証に出
向くことになり、私も老練な先輩刑事といっしょに、署長さんのお供をして、現場の有様
を詳しく観察することができました。
殺されていたのは、警察医の意見によりますと、三十四、五歳の健康な男子ということ
でした。これという特徴もない中肉中背のからだに、シャツは着ないで、羽二重の長襦袢
に、くすんだ色の結城紬の袷を着て、絞り羽二重の兵児帯をまきつけておりましたが、そ
の着物も襦袢も帯も、ひどく着古したよれよれのもので、少なくとも現在では、決して豊
かな身分とは思われませんでした。
両手と両足を荒繩で縛られていたのですが、縛られるまではずいぶん抵抗したらしく、
胸だとか二の腕などに、おびただしい掻き傷が残っていました。大格闘が演じられたのに
違いありません。それを誰も気づかなかったのは、さっきも申し上げる通り、その空き家
というのが広っぱのまん中に、ポツンと離れて建っていたからでありましょう。
手足を縛っておいて、顔に劇薬をかけたのです。こうしてお話ししていますと、その恐
ろしい形相が、まざまざと目の前に浮かんでくるようです。私は今、その無気味なものの
様子を、どんなに詳しくでもお話しすることができますけれど……ああ、あなたもそうい
うお話はお嫌いのようですね。では、そこの所は|端折《は しょ》ることにしまして…
…さて、その男の死因なのですが、いくらひどく硫酸をぶっかけたからといって、顔を焼
けどしたくらいで死ぬものではありません。もしや、硫酸をかける前に、殴るとか締める
とかしたのではあるまいかと、医師がいろいろ調べてみたのですが、命に別状のない掻き
傷のほかには、そういう形跡は少しもないのでした。
ところが、やがて、実に恐ろしいことがわかってきました。嘱託医が、ふと、こんなこ
とを言い出したのです。
「犯人は硫酸を顔へかけるのが目的ではなくて、こんなに焼けただれたのは、実は偶然の
副産物だったのではないでしょうか……この口の中をごらんなさい」
そういって、ピンセットで唇をめくり上げたのを、覗いて見ますと、口の中は顔の表面
にもまして、実に惨澹たる有様でした。で、また医者がいうのです。
「床板にしみ込んでいてよくわからないけれど、可なり吐いているようです。顔へかけた
劇薬が口にはいって行って、胃袋まで届くはずはありませんからね。これはもう明きらか
にそれを飲ませようとしたのですよ。先ず手足を縛っておいて、左の手で鼻をつまんだの
でしょうね。そうとしか考えられないじゃありませんか」
ああ、なんという恐ろしい考えでしたろう。しかし、いくら恐ろしくても、この想像説
には、少しも間違いがないように思われました……被害者の死体は翌日すぐ解剖に付され
たのですが、その結果はやっぱりこの警察医の言葉を裏書きしました。無理やり硫酸を飲
ませて人殺しをするなんて、まるで非常識な狂気の沙汰です。気違いのしわざかもしれま
せん。でなければ、ただ殺したのでは飽き足りないほどの、よくよくの深い憎悪なり怨恨
なりが、こんな途方もない残虐な手段を考え出させたものに違いありません。被害者の絶
命の時間は、もちろん正確にはわからないのですけれど、医師の推定では、その日の午後
も夕方に近い時分、おそらくは四時から六時頃までのあいだではないかということでした。
そんなふうにして、大体殺人の方法は想像がついたのですが、では、「誰が」「なんのた
めに」「誰を」殺したかという点になりますと、変ないい方ですが、まるで見当がつきませ
ん。むろん、例の長髪の美術青年は、本署に留置して、調べ室でビシビシ調べたのですけ
れど、犯人は決して自分ではない、被害者が誰であるかも知らないと言い張って、いつま
でたっても、少しも要領を得ないのでした。
その青年は、問題の空き家のあるG町の|隣町《となりまち》に間借りをして、なんと
か言いましたっけ、ちょっと大きな洋画の私塾へ通よっている、ほんとうの美術学生でし
た。名前は赤池と言いました。お前は、殺人事件を発見しながら、なぜすぐ警察へ届け出
なかったのだ、怪しからんではないか。その上あのむごたらしい死骸を、平気で写生して
いるとは、いったいどうしたというのだ。お前こそ犯人だといわれても弁解の余地がない
ではないかと、詰問されたとき、その赤池君はこんなふうに答えたのです。
「僕はあの長いあいだ住み手のない化け物屋敷みたいな空き家に、以前から魅力を感じて
いて、何度もあすこへはいったことがあるのです。錠前も何も毀れてしまっているから、
はいろうと思えば誰だってはいれますよ。まっ暗な空き家の中でいろいろな空想に耽って
時間をつぶすのが、僕には大へん楽しかったのです。きょうの夕方も、そんなつもりで、
なにげなくはいって行くと、目の前にあの死骸がころがっていたのですよ。もうほとんど
暗くなっていましたので、僕はマッチをすって、死骸の様子を眺めました。そして、こい
つはすばらしいと思ったのです。なぜといって、ちょうどああいう画題を、僕は長いあい
だ夢見ていたのですからね。闇の中のまっ赤な花のように、目もくらむばかりの血の芸術。
僕はそれをどんなに恋いこがれていたでしょう。実に願ってもないモデルでした。僕は家
に飛んで帰って、画架と絵の具とロウソクとを、空き家の中へ持ちこんだのです。そして
あのにくらしいおまわりさんに妨害されるまで、一心不乱に絵筆をとっていたのです」
どうもうまく言えませんが、赤池君のその時の言葉は、物狂わしい情熱にみちていて、
なんだか悪魔の歌う詩のように聞こえたことでした。まったくの狂人とも思われませんが、
決して普通の人間じゃない、少なくとも、病的な感情の持ち主であることは確かです。こ
ういう男を常規で律することはできない。さもさもまことしやかな顔をして、その実どん
なうそを言っているかしれたものではない。血みどろの死骸を平気で写生していたほどだ
から、人を殺すことなどなんとも思っていないかもしれぬ。誰しもそんなふうに考えたも
のです。殊に署長さんなどは、てっきりこいつが犯人だというので、一応の弁解が成り立
っても、帰宅を許すどころか、留置室にとじこめたまま、実に烈しい調べかたをさせたの
でした。
そうしているあいだに、まる二日が経過しました。私なぞは、よく探偵小説にあるよう
に、空き家の床や地面を、犬みたいに這い廻って、十二分に検べたのですけれど、硫酸の
容器も出てこなければ、足跡や指紋も発見されず、手掛かりと言っては、何ひとつなかっ
たのです。また、付近の住人たちに聞き廻っても、なにしろいちばん近いお隣というのが、
半丁も離れているのですから、この方もまったく徒労に終りました。一方、唯一の被疑者
である赤池青年は、二た晩というもの、ほとんど一睡もさせないで取り調べたのですが、
責めれば責めるほど、彼の言うことはますます気ちがいめいて行くばかりで、まったくら
ちがあきません。
それよりも何よりも、いちばん困るのは、被害者の身元が少しもわからないことでした。
顔はいま申したはぜた石榴なんですし、からだにもこれという特徴はなく、ただ着物の柄
を唯一の頼みにして、探偵を進めるほかはなかったのですが、先ず第一番に赤池の間借り
をしていた理髪店の主人を呼び出して、その着物を見せても、まったく心当たりがないと
言いますし、空き家の付近の人たちもハッキリした答えをするものは一人もないという有
様で、私たちはほとんど途方に暮れてしまったのです。
ところが、事件の翌々日の晩になって、妙な方面から、被害者の身元がわかってきまし
た。そして、この無残な死にざまをした男は、当時こそ落ちぶれてはいたけれど、以前は
人に知られた老舗の主人であったことが判明したのです。さて、私のお話は、これからお
いおい探偵談らしくなって行くのですが。
3
その晩も、事件について会議みたいなものがありまして、私は署に居残っていたのです
が、八時頃でした、谷村絹代さんという人から、私へ電話がかかってきたのです。至急あ
なただけに内密にご相談したいことがあるから、すぐおいでくださらんでしょうか、実は
いま世間で騒いでいる硫酸殺人事件に関係のある事柄です。しかし、これは私に会って話
を聞いてくださるまで、署の人たちに知らせないようにしてほしい。どうか急いでおいで
ください。というおだやかならん話なのです。電話口の絹代さんの声は妙に上ずって、何
か非常に興奮している様子でした。
谷村というのは、もしや御存知ではありませんか、名古屋名物の|貉《むじな》饅頭の
本舗なのです。東京でいえば、風月堂とか、虎屋とかに匹敵する大きなお菓子屋さんでし
た。あの地方では誰知らぬものもない。旧幕時代からの老舗ですよ。|貉《むじな》なん
て、変てこな名をつけたものですが、これには物々しい由来話などもあって、古くから通
った名前だものですから、あの辺の人には別に変にも響かないらしいのですね。私はここ
の主人の万右衛門という人とは懇意な間柄でして……万右衛門などというと、いかにもお
爺さん臭いですが、これは谷村家代々の伝え名なので、当時の万右衛門さんは、まだ三十
を三つ四つ越したばかりの、大学教育を受けた、物わかりのいい若紳士でしたが、その人
が文学なども囓っているものですから、小説好きの私とはよく話が合って、ああ、そうそ
う、私はこの人と探偵小説論なども戦わしたことがあるのですよ。絹代さんというのは、
その万右衛門さんの若くて美しい奥さんだったのです。その奥さんから、そういう電話を
受けたのですから、打ち捨てておくわけにはいきません。私はでたらめの口実を作って会
議の席をはずし、さっそく谷村家へと駈けつけました。
貉饅頭の店は、名古屋でも目抜きのTという大通りにあって、古風な土蔵造りの店構え
が、その町の名物みたいになっているのですが、別に家族の住宅が、M署管内の郊外にあ
ったのです。そんなに遠い所でもないのですから、私はテクテクと暗い道を歩きながら、
ヒョイと気がついたのは、問題の殺人があったG町の空き家は、谷村さんの宅とは眼と鼻
のあいだ、ほんの三丁ほどしか隔たっていないということでした。そういう地理的な関係
からしましても、絹代さんの電話の言葉が、いよいよ意味ありげに考えられてくるのです。
さて絹代さんに会ってみますと、日頃血色のいい人が、まるで紙のように青ざめて、ひ
どくソワソワしていましたが、私の顔を見るなり、大へんなことになりました、どうした
らいいのでしょうと、すがりつかんばかりの有様でした。いったいどうなすったのですか
と聞きますと、主人が……万右衛門さんがですね、行方不明になってしまったというので
す。時も時、硫酸殺人事件が発見された翌朝のこと、万右衛門さんは、夢中になって奔走
していた製菓事業の株式会社創立の要件で、東京のMという製糖会社の重役に会うために、
午前四時何分発の上り急行列車で出発したのだそうです。その頃はまだ特急というものが
なかった時分で、東京へお昼過ぎに着くためには、そんな早い汽車を選ばなければならな
かったのですよ……ちょっとお断りしておきますが、その出発したというのは、むろん絹
代さんと一緒に寝泊りをしている郊外の住宅の方からでした。万右衛門さんは、その前日
は、会社創立のことで、面倒な調べものをして、夜おそくまで書斎にこもっていたのだそ
うです……ところが、同じ日の夕方になって、そのM製糖会社から絹代さんの所へ至急電
話がかかってきて、谷村さんが約束の時間においでがないが、何かさしつかえが生じたの
かという問い合わせがあったのだそうです。急を要する要件があって、先方でも待ちかね
ていたものとみえますね。この意外な電話に、絹代さんはびっくりして、確かにけさ四時
の汽車でそちらへ参りました。ほかへ寄り道などするはずはありませんが、と答えますと、
先方からかさねて、実は赤坂の谷村さんの定宿のほうも調べさせたのだけれど、そこにも
おいでがない。谷村さんに限ってほかの宿屋へお泊りなさるはずはないのだが、どうもお
かしいですねということで、うやむやに電話が切れてしまったというのです。
それから翌日は一日じゅう、つまり私が谷村さんを訪ねた晩までのあいだですね、その
一日じゅう、製糖会社はもちろん、東京の宿屋やお友だちの所、静岡の取引先など、心当
たりという心当たりへ何度も電話をかけて、万右衛門さんの行方を尋ねたのだそうですが、
どこにも手応えがない。まる二日というもの谷村さんの所在はまったくわからないのです。
これが普通の場合なれば別に心配もしないのだけれど、と絹代さんがいうのですよ、主人
の出発した前の晩には、ああいう恐ろしい事件があったのでしょう。ですから何かしら胸
騒ぎがして……と奥歯に物の挾まったように言いよどんでいるのです。
恐ろしい事件というのは、むろん硫酸殺人事件なのですが、では絹代さんは、もしやあ
の被害者を知っているのではないかしら。私は何かしらハッとして、恐る恐るそのことを
尋ねてみました。すると、
「ええ、ほんとうはあの夕刊を見た時から、私にはチャンとわかっていたのです。でも、
どうしても怖くって、警察へお知らせする気になれなかったものだから……」
と口ごもるのです。
「誰です? あの空き家で殺されていたのは、いったい誰なのです」
私は思わずせきこんで尋ねました。
「ホラ、私どもとは長年のあいだ商売敵であった、もう一軒の|貉《むじな》饅頭のご主
人、琴野宗一さんですよ。新聞に出ていた着物の様子もそっくりだし、そればかりでなく、
実はもっと確かな証拠がありますのよ」
それを聞きますと、私は何もかもわかったような気がしました。絹代さんが被害者を知
りながら、今までだまっていたわけ、それほど心痛している癖に、万右衛門さんの捜索願
いをしなかったわけ、一切合点がいったのです。絹代さんは実に恐ろしい疑いを抱いてい
たのでした。
そのころ名古屋には、貉饅頭という同じ名のお菓子屋さんが、市内でも目抜きのT町に、
ほとんど軒を並べんばかりにくっついて、二軒営業をしていました。一軒は私の懇意にし
ていた谷村万右衛門さん、絹代さんのご主人ですね。もう一軒は琴野宗一といって、絹代
さんによれば、この事件の被害者なのですが、両方とも数代つづいた老舗でして、どちら
がほんとうの元祖なのか、私も詳しいことは知りませんが、谷村のほうでも、琴野のほう
でも、負けず劣らず「元祖貉饅頭」という大きな金看板を飾って、眼と鼻のあいだで元祖
争いをつづけていたのでした。東京の上野K町に二軒の黒焼屋さんが、軒を並べて元祖争
いをやっていることは大へん有名ですから、あなたもたぶん御存知でしょうが、つまりあ
れなのですね。
元祖争いというからには、両家のあいだが睦まじくなかったことは申すまでもありませ
んが、貉饅頭の不仲ときては、少々桁はずれでして、何代前の先祖以来、両家の争いにつ
いてさまざまの噂話が伝え残されていたほどです。琴野家の職人が谷村家の仕事場へ忍び
込んで、饅頭の中へ砂を混ぜた話、谷村家が祈祷師を頼んで、琴野家の没落を祈った話、
両家の十数人の職人たちが、町のなかで大喧嘩をして、血の雨を降らせた話、万右衛門さ
んの曾祖父に当たる人が、その当時の琴野の主人と、まるで武士のように刀を抜き合わせ
て果たし合いをした話、数え上げれば際限もないことですが、数代に亘ってつちかわれた
両家の敵意というものは、実に恐ろしいほどでして、その呪いの血が万右衛門、宗一両氏
の体内にも燃えさかっていたのでしょう。両家の反目は当代になっていっそう激化された
ように見えました。
この二人は子供の時分、級は違いましたけれど、同じ小学校に通よっていたのですが、
校庭や通学の道で出くわせば、もうすぐに喧嘩だったそうです。血を流すほどのとっくみ
合いをしたこともたびたびあるといいます。この争いは、各年齢を通じて、さまざまの形
を取ってつづけられてきましたが、因果な二人は、恋愛においてさえも、いがみ合わなけ
ればなりませんでした。というのは、つまり谷村さんと琴野氏とが、一人の美しい娘さん
を奪い合ったわけなのです。そこにはいろいろ複雑ないきさつがあったのですが、|当《と
う》の娘さんの心が万右衛門さんに傾いていたものですから、結局この争いは谷村さんの
勝ちとなり、殺人事件の三年ほど前に、盛大な結婚式が挙げられました。その娘さんとい
うのがつまり絹代さんなのです。
この敗北が、琴野家没落のきっかけとなりました。宗一さんは|心《しん》|底《そこ》
から絹代さんを恋していたものですから、失恋からやけ気味となり、商売の方はお留守に
して、花柳界を泳ぎまわるという有様。それでなくても、大仕掛けな製菓会社に圧迫され
て、もう左前になっていた店のことですから、たちまちにして没落、旧幕以来の老舗もい
つしか人手に渡ってしまいました。
店の没落と前後して、両親も失い、失恋以来独身を通していたので、子供とてもなく、
宗一さんは今ではまったくの独りぼっちとなって、親戚の助力でかつかつその日を送って
いたのでした。このころから琴野氏は妙に卑劣な、恥も外聞も構わないような所業をはじ
めました。昔の同業者を訪ねて合力を乞うて廻ったり、仇敵である谷村家をさえ足繁く訪
ねて、夕御飯などを御馳走になって帰るようになったのです。谷村さんもしばらくのあい
だは、先方から尾を垂れてくるのですから、いやな顔もできず、友だちのように扱ってい
ましたが、そのうちに、琴野氏が訪ねてくるのは、実は絹代さんの顔を見たり、美しい声
を聞いたりするためであることがわかってきたのです。とうとう絹代さんから万右衛門さ
んに、なんだか怖いような気がしますから、琴野さんを家へこないように計らってくださ
いと申し出たほどなのです。そこで、ある日のこと、万右衛門さんと琴野氏とのあいだに、
殴り合いもしかねまじい烈しい口論があって、それ以来琴野氏はパッタリと谷村家へ足踏