饭饭TXT > 海外名作 > 《江户川乱步短篇集(日版)》作者:[日]江户川乱步【完结】 > 《江户川乱步短篇集(日版)》@txtnovel.com.txt

すんで、十三日の午後の第一回の配達の分を取り出した中に、その脅迫状がまじっており.18

僕は一方の目玉を犠牲にすることを思いついた。つまり義眼にするのだ。そうすれば色目

がねをかけるのに、義眼を隠すためという口実がつくし、眼そのものの感じもまるで変わ

ってしまうに違いないからね……というわけだよ。つまり僕の顔は何から何まで人工の作

りものなんだ。そして谷村万右衛門の生命は僕の顔からまったく消え失せてしまったのだ。

しかしこの顔はこの顔でまだ見捨てがたい美しさを持っていると思わないかね。明子なん

かは、よくそんなことをいって僕をからかったものだが……」

谷村さんはこの驚くべき事実を、なんでもないことのように説明しながら、右手を左の

目の前に持って行くと、いきなり、その目の玉を、お椀をふせたようなガラス製の目の玉

を、刳り出して見せたのである。そして、それを指先でもてあそびつつ、ポッカリと薄黒

く窪んだ眼窩を、私のほうへまともに向けて言葉をつづけた。

「そうして谷村という人間をすっかり変形してしまってから、僕たちは相携えて日本へ帰

ってきた。シャンハイもいい都だけれど、日本人にはやっぱり故郷が忘れられないのでね。

そして方々の温泉などを廻り歩きながら、まったく別世界の人間のように暮らしてきたも

のだ。僕たちはね、十年に近い月日のあいだ、世界にたった二人ぼっちだったのだよ」

片目の谷村さんは、何か悲しそうにして、深い谷を見おろしていた。

「しかし不思議ですね、僕はそんなこととは夢にも知らず、きょうに限って硫酸殺人事件

のお話をするなんて……虫が知らせたというのでしょうか」

私はふとそこへ気がついた。偶然とすれば、怖いような偶然であった。

「ハハハハハ」すると谷村さんは低く笑って、「君は気がついていないのだね。偶然ではな

いのだよ。僕があの話をさせるようにしむけたのさ。ほら、この本だよ。きょうここへく

る道で、君とこの本の話をしたっけね。あれはつまり、僕が君に硫酸殺人事件を話させる

手段だったのだよ。君はさっき、このベントリーの『トレント最後の事件』の筋を忘れて

しまったといったが、実は忘れきったのではなくて、君の意識の下に、ちゃんとその記憶

が保存されていたのだよ。『トレント最後の事件』には、犯人が自分が殺した人物に化けす

まして、その人の書斎にはいって、被害者の奥さんを欺瞞するという公式のトリックが使

用されている。それと君が解決したと思いこんでいた硫酸殺人事件とは、まったく同じ公

式によるものではないか。だから、この本の表題を見ると、君は無意識の連想からあの話

がしたくなったというわけなのだよ。この本に見覚えはないかね、ほら、ここだ。ここに

赤鉛筆で感想が書き入れてあるね。この字に見覚えはないかね」

私は本の上に顔を持って行って、その赤い書き入れを見た。そして、たちまち、その意

味を悟ることができた。私はすっかり忘れていたのだ。実に古い古いことであった。その

ころまだ薄給の刑事だった私は、好きな探偵小説も思うように買うことができなかったの

で、谷村万右衛門さんのところへ行っては、新着の探偵本を借りたものだが、このベント

リーの著書は、その中の一冊だった。私はそれを読んだあとで、欄外に感想を書き入れた

ことを思い出す。赤鉛筆の字というのは、私自身の筆跡であったのだ。

谷村さんは、それっきり話が尽きたようにだまりこんでしまった。私もだまっていた。

だまったまま或る解きがたい謎について思い耽っていた……谷村さんと私との、この計画

的な再会には、一体全体どういう意味があったのだろう。谷村さんは折角あれほど苦心し

て刑罰をのがれておきながら、今になって警察官である私に、それをすっかり懺悔してし

まうなんて、その裏にはどんな底意が隠されているのだろう。ああ、ひょっとしたら、谷

村さんは飛んでもない思い違いをしているのではないかしら。この犯罪はまだ時効は完成

していないのだ。それを年月の誤算から、時効にかかったものと信じきっているのではあ

るまいか。そして、私が威丈高になって逮捕しようとするのを、またしても嘲笑する下心

ではあるまいか。

「谷村さん、あなたはどうしてそんなことを、僕にうち明けなすったのです。もしやあな

たは時効のことをお考えになっているのではありませんか」

私が急所を突いたつもりで、それをいうと、谷村さんは別に表情を変えもせず、ゆっく

りした口調で答えた。

「いや、僕はそんな卑怯なことなんか考えてやしない。時効の年限なんかもハッキリ知ら

ないくらいだよ……なぜ君にこんな話をしたかというのかね。それは僕の体内に流れてい

る、サド侯爵の血がさせたわざだろうよ。僕は完全に君に勝ったのだ。君はまんまと僕の

罠にかかったのだ。それでいて、君がそのことを知らない、うまい推理をやったつもりで

得意になっている。それが僕には心残りだったのだよ。君にだけは『どうだ参ったか』と

一とこと言い聞かせておきたかったのだよ」

ああ、そのために谷村さんはこうした底意地のわるい方法を採ったのだな。しかし、そ

の結果はどういうことになるのだ。果たして私は負けっきりに負けてしまわねばならない

のだろうか。

「確かに僕の負けでした。その点は一言もありません。ですが、そういうことをうかがっ

た以上は、私は警察官としてあなたを逮捕しないわけにはいきませんよ。あなたは私を打

ち負かして痛快に思っていらっしゃることでしょうが、しかし一方からいえば、あなたは

僕に大手柄をさせてくださったのです。つまり僕はこうして、前代末聞の殺人鬼を捕縛す

るわけですからね」

言いながら、私はいきなり相手の手首をつかんだものである。すると谷村氏は、非常に

強い力で私の手を振り離しながら、

「いや、それはだめだよ。僕たちは昔よく力比べをやったじゃないか。そして、いつも僕

のほうが勝っていたじゃあないか。一人と一人では君なんかに負けやしないよ。君はいっ

たい、僕がなぜこういう淋しい場所を選んだかということを気づいていないのかね。僕は

ちゃんとそこまで用意がしてあったのだよ。もし君が強いて捕えようとすれば、この谷底

へつき落としてしまうばかりだ。ハハハハハ、だが安心したまえ、僕は逃げやしない。逃

げないどころか、君の手をわずらわすまでもなく自分で処決してお目にかけるよ……実は

ね、僕はもうこの世に望みを失ってしまったのだ。生きていることにはなんの未練もあり

はしないのだよ。というわけはね、僕のたった一つの生き甲斐であった明子が、一と月ば

かり前に、急性の肺炎で死んでしまったのだ。その臨終の床で、僕もやがて彼女のあとを

追って、地獄へ行くことを約束したのだよ。ただ一つの心残りは、君に会って事件の真相

をお話しすることだった。そして、それもいま果たしてしまった……じゃあこれでお別か

れだ……」

その、オ、ワ、カ、レ、ダ……という声が、矢のように谷底に向かって落下して行った。

谷村氏は私の不意を突いて、遙か目の下の青黒い淵へ飛びこんだのである。

私は息苦しく躍る心臓を押さえて、断崖の下を覗きこんだ。たちまち小さくなって行く

白いものが、トボンと水面を乱したかと思うと、静まり返った淵の表面に、大きな波の輪

が、幾つも幾つもひろがって行った。そして、一瞬間、私の物狂おしい眼は、その波の輪

の中に、非常に巨大な、まっ赤にはぜ割れた一つの石榴の実を見たのであった。

やがて、淵は元の静寂に帰った。山も谷ももう夕靄に包まれはじめていた。|目《め》

|路《じ》の限り動くものとて何もなかった。あの遠くの滝の音は、千年万年変わりない

リズムをもって、私の心臓と調子を合わせつづけていた。

私はもうその岩の上を立ち去ろうとして、浴衣の砂を払った。そして、ふと足元に眼を

やると、そこの白く乾いた岩の上に、谷村さんのかたみの品が残されていた。青黒い表紙

の探偵小説、探偵小説の上にチョコンと乗っかっているガラスの目玉、その白っぽいガラ

スの目玉が、どんよりと曇った空を見つめて、何かしら不思議な物語をささやいているか

のようであった。

著者による作品解説

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【二銭銅貨】大正十二年四月号の「新青年」に掲載せられた私の処女作。当時の編集長

森下雨村さんが大いに認めてくれ、小酒井不木博士の讃辞つきで発表された。今でも私の

作品といえば「二銭銅貨」をあげる人が多いようである。当時はまだ、あの大きな二銭銅

貨が、僅かながら流通していた。直径三センチ余、厚さ四ミリほどの、どっしりと重い銅

貨であった。今度、この小説に使われている点字の書き方に間違いがあることを気づいた

ので、訂正しておいた。これは最初の私の原稿が間違っていたのである。

【心理試験】「新青年」大正十四年二月号に発表。この作を森下さんと小酒井不木博士

に見せて、作家として立てるだろうかと相談し、両氏の賛同を得たので、大阪から東京へ

引越しをして、いよいよ作家専業となったのである。

この作にも明智小五郎を出したが、これは「D坂」から数年後の事件で、明智はもう二

階借りの貧乏青年ではなくなっている。「D坂」に連想診断による心理試験のことが出てく

るが、その方法を具体的に示してはいない。それを補う意味で、「心理試験」には、試験の

やり方を詳しく書いた。だから、「D坂」と「心理試験」とは一対の作といってもよいので、

ここにならべてのせるわけである。これは倒叙探偵小説の形式だが、やはり本格ものの一

種といっていい。この作はジェームス.ハリス君訳によるタトル社版の私の英訳短篇集

Japanese Tales of Mystery and Imagination (1956)の中に The Psychological Test と

題して編入されている。

「心理試験」は戦争直後、大映で「パレットナイフの殺人」と題して(この題をつけたの

は、当時の大映社長菊池寛氏であった)映画化された。プロデューサー加賀四郎、脚本高

岩肇、監督久松静児、主演宇佐見淳、昭和二十一年十月十五日封切りであった。私の原作

映画のうちでは、昭和三十一年の日活映画「死の十字路」についでよくできていたと思う。

【恐ろしき錯誤】「新青年」大正十二年十二月号に発表。「二銭銅貨」と「一枚の切符」

を「新青年」編集長森下雨村さんに送って好評だったので、気をよくして、大いに気負っ

て書いた三番目の作品なのだが、私が小説家として未熟であることを暴露したような結果

となり、森下さんに長いあいだ握りつぶされていて、大震災のあとの復活号にやっとのせ

られたものである。私はこの三番目の作で自分の力にあいそをつかし、一時は、もう小説

を書くまいと思っていたのだが、その後、また強く督促を受けたので、つい「二癈人」「双

生児」と書きつづけたわけである。それから三年ほどのち、昭和二年のはじめに、朝日新

聞に連載した「一寸法師」に、われながらあいそをつかして、放浪の旅に出た、あれを小

型にしたような自己嫌悪が、すでにして、この三番目の作品のときに起こっていたのであ

る。

【D坂の殺人事件】「新青年」大正十四年一月増刊に発表した。この作ではじめて明智

小五郎を登場させた。別にこれをきまった主人公にするつもりはなかったのだが、方々か

ら「いい主人公を思いつきましたねえ」と言われるものだから、ついその気になって、引

きつづき明智小五郎を登場させることになった。「D坂」のころの明智はまだタバコ屋の二

階に下宿して、本の中に埋まっている貧乏青年にすぎなかった。

「D坂」を一月増刊に発表してから毎月、この年の夏まで「新青年」に短篇を書きつづけ

た。これは「新青年」がその後よく催した六カ月連続短篇というものの最初の試みであっ

た。私は「D坂」の次に「心理試験」を書いて、いよいよ専業の作家になる決心をしたの

で、「新青年」編集長の森下雨村さんが、この機会に六カ月連続短篇を催して、私を激励し

てくれたのである。その連続短篇というのは、

心理試験(二月号)、黒手組(三月号)、赤い部屋(四月号)、幽霊(五月号)、(六月号は

休載)、白昼夢、指環(七月号)、屋根裏の散歩者(八月増刊)

であった。中途で一回休んでいるが、ともかく六カ月つづけたわけである。その中には

「黒手組」や「幽霊」のような駄作もあるが、「D坂」「心理試験」「赤い部屋」「屋根裏の

散歩者」などは、私の短篇の代表的なものに属するわけで、この連続短篇はまずまず成功

であった。この年には、「新青年」の七篇のほかに「苦楽」(二篇発表、その一篇は「人間

椅子」であった)「新小説」「写真報知」「映画と探偵」などに九篇の短篇を書いているから、

合せて十六篇となる。私としてはよく書いた年であり、私の初期の代表的な短篇の半分近

くは、この年に発表したといってもいいようである。

【火繩銃】 学生時代、日記帳の余白に書きつけておいたものを、昭和七年、平凡社「江

戸川乱歩全集」第十一巻に入れたもの。幼稚な文章である。しかし、このトリックは、西

洋ではポーストの「アンクル.アブナー」(一九一八年)の中の「ヅームドルフ事件」では

じめて使われ、のちにルブランが「八点鐘」の中の「水壜」で同じトリックを使っている

のだが、私の「火繩銃」は大学卒業の大正五年(一九一六年)よりも一、二年早いわけで、

トリックだけではポーストや、ルブランに先んじていたわけである。

【黒手組】「新青年」大正十四年三月号発表。「心理試験」につづいて連続短編としては

第二作であったが、これはどうも失敗だった。暗号がただむずかしいばかりで、味もそっ

けもなく、同じ暗号小説でも、「二銭銅貨」とは比べものにならない。もしこの作に取りえ

があるとすれば、足跡の謎の部分であろう。

この小説は昭和六年七月、帝劇で、市川小太夫一座によって劇化上演せられた。小太夫

君はその後「陰獣」も自ら脚色して、新橋演舞場で上演したが、この二つの劇については

拙著「探偵小説四十年」に詳しくしるしておいた。

【夢遊病者の死】やはり大阪の「苦楽」の大正十四年七月号にのせたもの。この号には、

探偵小説特集頁を設け、そこに片岡鉄兵ほか二人の文壇作家の探偵小説と一緒にのったも

のである。発表の時には「夢遊病者彦太郎の死」という長い表題であった。この小説の花

氷のトリックは、西洋の作品にも前例がないと思うが、私の怪奇小説のほうは大いに好評

を博したのに比べて、こういうトリックだけの純探偵小説は一向に歓迎されなかった。そ

こに、私が怪奇小説ばかり書くようになった一半の理由があったようである。

【幽霊】「新青年」大正十四年五月号に発表。私が作家として出発したとき、「新青年」

編集長の森下雨村さんが、六回連続の短篇を書かせてくださった中の一篇である。その連

続短篇は「D坂の殺人事件」「心理試験」「黒手組」「赤い部屋」「幽霊」「白昼夢」「屋根裏

の散歩者」とつづいたのだが、「幽霊」はその中で最もつまらない作品であった。

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【指環】「新青年」大正十四年七月号に「白昼夢」とならべて、「小品二題」という一括

見出しをつけて発表したもの。「白昼夢」の方は大いに好評であったが、この「指環」は黙

殺された。私のくせの変態心理的なものが出ていない作品はいつも評判が悪いのだが、こ

とにこれは単なるドンデン返し小説にすぎず、その手際もあまりうまくなかったのだから、

黙殺されたのも当然であろう。

【日記帳】「写真報知」大正十四年四月の号に発表。「モノグラム」の解説に書いた内気

者の秘密通信小説の一つである。

【接吻】大阪の「映画と探偵」大正十四年五月号に発表。この雑誌は大阪の三好正明と

いう人が出していた。その三好君と私はよく会っていたので、頼まれるままに執筆したも

の。私の柄にないユーモア小説である。

【モノグラム】春陽堂「新小説」大正十五年七月号(?)に発表。私は、非常に内気な

人間が、恋愛などの意志を伝えるために、暗号通信をする話を三つ書いている。「算盤が恋

を語る話」「モノグラム」「日記帳」がそれである。「プロバビリティの犯罪」の、犯人は絶

対安全で、しくじったら何度でもやり直すというずるい方法と似ている。拒絶せられても、

あれは恋文ではなかったと言えるような、内気な内気な通信である。

【算盤が恋を語る話】「写真報知」大正十四年四月の号に発表。暗号小説の掌篇である。

私は昭和七年に三重県鳥羽町(今は市)の鈴木商店鳥羽造船所の電機部(今の神鋼電機の

前身)の事務員をやっていたことがあり、この作の背景になっている造船所は、そこを思

い出しながら書いたものである。

【妻に失恋した男】「産経時事」(今の「サンケイ新聞」の前身)昭和三十二年十月六日

より十一月三日までに五回連載。これも主な探偵作家が揃って書くというので、私も書か

ないわけには行かなかった。カーのトリックを借用している。

この全集の各巻の終りに全作品の目録がつけてあるが、その目録ではこの作を「妻を恋

した男」と誤っている。私の最初に渡した目録の原稿がまちがっていて、その誤りに、こ

の最後の巻の校訂をするときまで気がつかなかったのである。お詫びします。

【盗難】週刊「写真報知」大正十四年五月ごろの号に発表。どこか落語を連想させる軽

い読物である。私は昔から、探偵小説と共に落語が大好物であった。両方ともドンデン返

しと「落ち」のある点が近似しているからであろうか。この作にはその私の二つの好物が

混りあっているように思われる。

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【断崖】「報知新聞」昭和二十五年三月一日から十二回連載の短篇。同じものを「宝石」

六月号にも掲載した。そのころ報知新聞の編集局長となった白石潔君にそそのかされて書

いたもの。ほとんど十年振りといってもよいほど久しぶりの小説だったが、新味の摸索に

成功せず、ただ正当防衛と見せかけた殺人というトリックに僅かに新味があったにすぎな

い。もっと長く書くことが望ましかったが、結局、短い会話体にしてしまったのも窮余の

一策であった。

【兇器】大阪の「産業経済新聞」昭和二十九年六月中に五回連載。数名の探偵作家が顔

を並べる企画で、たしか探偵作家クラブが注文を受けた関係上、ことわるわけに行かず、

無理に書いたもので、トリックもカーの短篇から借用している。

【疑惑】「写真報知」大正十四年九月の号に発表。精神分析探偵小説を書いて見ようと

したものである。しかし、充分想を練るひまがなく、ちょっとした思いつきだけで書いた

ので、成功したものとは言えない。意あって力足らぬ作品である。だが、私の短篇では珍

らしいものの一つには違いないと思う。

【一枚の切符】「新青年」大正十二年七月号に発表。処女作「二銭銅貨」と同時に書き

上げて、森下雨村さんに送ったもの。やはり「二銭銅貨」の方がいろいろな意味で面白い

ので、この「一枚の切符」はその蔭に隠れてしまったが、書いたときには、私はこの二作

に甲乙をつけていなかった。謎解きとしては「一枚の切符」の方が複雑で読みごたえがあ

るとさえ思っていた。しかし、これは普通の意味の小説的要素(この場合は身辺小説的要

素)が乏しいので、結局、「二銭銅貨」にかなわなかった。探偵小説の評価にも、普通の小

説的要素というものが大きく影響するものである。

【二癈人】 「新青年」大正十三年六月号に発表。私は専業作家になる前に、二年間の余

技時代があった。その二年間に、私はたった五つの短篇しか発表していない。第一年目の

大正十二年には、処女作「二銭銅貨」のほかに「一枚の切符」と「恐ろしき錯誤」、第二年

目の大正十三年には、この「二癈人」と「双生児」で、いずれも発表誌は「新青年」であ

った。だから、これは処女作から四つ目の作品なのだが、発表当時、なかなか好評で、私

の代表作の一つに数えられていたものである。この作はジェームス.ハリス君による私の

英訳短篇集 Japanese Tales of Mystery and Imagination(1956)の中に Two Crippled Men

と 題して編入されている。

【灰神楽】 「大衆文芸」大正十五年三月号に発表。これは大衆文学というものの創始期

に報知新聞から出ていた同人雑誌。同人は大衆文学の名づけ親である白井喬二氏をはじめ、

直木三十五、長谷川伸などの諸氏十一名、その中に探偵作家としては、小酒井博士と私と

が加わっていた。同人の義務として毎月小説を一篇寄稿しなければならなかったのだが、

私は通巻二十号ほどで廃刊になるまでに、たった三篇しか寄稿していない。それはこの「灰

神楽」のほかに、「お勢登場」と「鏡地獄」であった。三篇のうちでは「鏡地獄」が最も好

評で、「赤い部屋」などと同じく、のちのちまでも人の口の端にのぼった。「お勢登場」も

発表当時はなかなか好評であったが、「灰神楽」だけは全く黙殺されてしまった。これは本

格ものであって、私の妙な持ち味が少しも出ていなかったからであろう。そういうことが

私をますます変格ものへはしらせたのである。

【石榴】「中央公論」昭和九年九月号に発表。(柘榴とも書くが私は石榴の方が正しいと

教わっている)そのころ中央公論からしばしば原稿の依頼を受けていたが、実際に執筆し

たのはこれ一篇だけであった。中央公論は私のこの作を、ほとんど一枚看板のようにして

優待してくれた。編集後記にも「これこそ筆者自身が久方振りの力作と自負される問題の

もの、先月号に於て、永井荷風氏の「ひかげの花」が一大波紋を呼び、本号またこの大作

を得て、吾らの意気は昂る」と大物扱いであった。中央公論のこの号は評論に切り取りを

命ぜられたものがあり(戦前には、小売店に配本されている雑誌から、問題の部分だけ切

り取らせて販売させるという罰則があった。出版社にとっては、雑誌全体を発売禁止処分

にされるより、この方がましだったのである)改訂版として再広告をしなければならなか

ったのだが、その再広告には私の「石榴」だけが「本年度収穫の圧巻」と称して、大きく

のせられたものである。この作は純文学評論家から批評を受けたが、多くは悪評であった。

私の作が新味に乏しかったせいでもあるが、一つには、中央公論が大衆小説を一枚看板に

したことへの反感もあったのではないかと思う。それらの批評は拙著「探偵小説四十年」

に詳しく記録しておいた。

編者あとがき

[#地から2字上げ]日下三蔵

江戸川乱歩の小説が面白いことは、今さらいうまでもないだろう。面白いからこそ五十

年、六十年、中には七十年以上前に書かれたものもあるのに、現在も全作品が読み継がれ

ているのだ。乱歩の作品が、エンターテインメントとしては、驚異的な息の長さを保って

いるのは、その発想.技術.文章、すべてがズバ抜けていたからであり、日本探偵小説の

基礎を築いた巨人の天才の証明でもある。

これは、多くの人に同意していただけると思うのだが、乱歩の場合、長篇よりも短篇の

ほうが、概して出来がいい。新聞.雑誌に連載された、いわゆる「通俗もの」の長篇は、

構成に破綻を来たしている場合があるからだ。もちろん、そうした作品でも読めばそれな

りに面白く、乱歩自身が嫌っていたような意味での駄作では決してないのであるが。一方、

短篇のほうは、かなりの作品が傑作といって差し支えあるまい。それは、この三巻本を通

読いただければ、お判りになるはずである。

乱歩の小説は、全作品をまとめても、文庫版で二十~三十冊の分量しかないため、春陽

文庫や角川文庫、あるいは各社の全集版のように、長.短とりまぜて刊行されるケースが

多かった。短篇だけの傑作集は、新潮文庫の『江戸川乱歩傑作選』か創元推理文庫の『D

坂の殺人事件』ぐらいしか見当たらず、これらは質の点では申し分ないものの、量には不

満が残る(いずれも三百ページ前後)。ほとんどの作品が面白いのだから、いっそ短篇だけ

の全集を作ってしまえばいいのではないか、ということで、本全集が生まれた次第である。

本全集には、連作(複数作家によるリレー小説)をのぞく二百枚以内の乱歩作品をすべ

て収録した。まず、全短篇を、謎解きを興味の中心に据えた本格ミステリと、猟奇趣味あ

ふれる怪奇.幻想小説の二つの系統に分類、さらに前者から、百枚以上の作品を別にまと

めて、全三巻とした。底本には、乱歩自身が全作品に校訂を施した桃源社版『江戸川乱歩

全集』全十八巻(昭和三十六年~三十八年)を用いた。本文中の[註]は、乱歩の手によ

るものだが、貨幣価値などについては、昭和三十年代のものであるということを念頭に入

れて、お読みいただきたい。また、桃源社版の各巻あとがきでは、自作の一つ一つについ

て、丁寧な解説がなされているので、本全集でも、各巻収録作品の該当部分を巻末に収め

ておいた。

三分冊各巻の構成について、補足しておこう。実はこれ、編者の独創ではなく、乱歩自

身による分類を、借用したものなのである。昭和二年に刊行された平凡社版『現代大衆小

説全集第三巻/江戸川乱歩集』は、乱歩がデビューした大正十二年以降の作品を、ほとん

どすべて収録した、千数十ページにおよぶ大部の本だが、これが三部構成になっているの

だ。まずは、この本の「はしがき」をお読みいただくのがいいだろう。(文字使いは、新字.

新仮名に直した)

「ここに収めました丈けが、私の現在までの作品の殆ど全部であります。全部を入れなけ

れば、一千頁に充たない程、私は書いていなかった訳です。自分の気力の一人前でないこ

とを感じます。そういう訳で、作品を選むなんて贅沢な真似は出来なかったのです。いや

だと思いながら、止むを得ず加えたものが随分あります。長篇物が殊にそうでした。お恥

しいことです。

内容を三部に分けて見ました。第一部は純粋の探偵小説、第二部は私の妙な趣味が書か

せた謂わば変格的な探偵小説、第三部は新聞雑誌に連載した長篇物であります。中に『闇

に蠢く』は雑誌に連載中、作者が興味を失って、中絶し、そのまま単行本にも収めたもの

ですが、今度全集のために、数十枚を書き加えて、兎も角も結末をつけて置きました」

この本の収録作品は、以下の通り。

第一部二銭銅貨、D坂の殺人事件、心理試験、黒手組、一枚の切符、灰神楽

第二部二癈人、赤い部屋、白昼夢、屋根裏の散歩者、踊る一寸法師、毒草、鏡地獄、

人間椅子

第三部パノラマ島奇談、一寸法師、湖畔亭事件、闇に蠢く

つまり、この三部構成が、本全集の一巻、三巻、二巻にそれぞれ対応、その後の同傾向

の作品を増補する形で編集されている訳だ。本全集の方では、第三部の収録作品のうち、

二百枚ちょうどの「湖畔亭事件」しか入っていなかったり、逆に百枚ちょっとの「屋根裏

の散歩者」が二巻に入っていたりと、若干の異動はあるものの、基本的な分類コンセプト

は、この平凡社版現代大衆小説全集を踏襲しているのが、お解りいただけるだろう。

第一巻には、乱歩の謎解き短篇のうち、百枚以内の作品をすべて収めた。三十枚以内の

小品を途中にまとめてあるが、これは緊密な構成で頭を使う作品が多いので、息抜きに利

用していただくためだ。また、編集の都合上、分量的には本来第二巻に入るべき百二十枚

の傑作「石榴」を巻末においたが、これは一巻の締めくくりであると同時に、二巻の予告

篇でもある。

乱歩によるあとがきを読むと、怪奇小説にくらべて本格ミステリの評価が低い、という

意味のことが何度も出てくるが、当時の、つまりミステリが探偵小説と呼ばれていた時代

には、それもやむを得なかったような気がする。他ならぬ乱歩自身の作品を含め、怪奇.

幻想小説までも内包する混沌とした妖しさが、探偵小説の魅力の一つであることは間違い

ないからだ。

しかし、謎解き小説がミステリにおける中核的な一ジャンルとして、完全に定着してい

る現在ならば、そんなことはあるまい。現在の読者は、六〇年代の松本清張ブーム、七〇

年代の横溝正史ブームを経て、島田荘司、綾辻行人から、北村薫、京極夏彦にいたる本格

ミステリの流れに接しているのだから。むしろ、今だからこそ、大正末から昭和初期にか

けて、これだけ理知的なパズラーを書いていた先駆者.江戸川乱歩の偉大さが、はっきり

判るのではないだろうか。

乱歩短篇の精髄ともいうべき本書を、まずはじっくりと味わっていただきたいと思う。

江戸川乱歩(えどがわ.らんぽ)

一八九四―一九六五年。本名平井太郎。三重県名張の生まれ。会社員、古本屋、新聞記者

など職業を転々としたのち、大正一二年(一九二三)、雑誌『新青年』に『二銭銅貨』を発

表。日本探偵小説の基礎を築いた。筆名はエドガー.アラン.ポーにちなむ。著書に『心

理試験』『屋根裏の散歩者』『押絵と旅する男』『幻影城』など多数。

本作品は一九九八年五月、ちくま文庫として刊行された。

江戸川乱歩全短篇1

本格推理Ⅰ

2002年1月25日初版発行

著者江戸川乱歩(えどがわ.らんぽ)

編者日下三蔵(くさか.さんぞう)

発行者菊池明郎

発行所株式会社筑摩書房

〒111-8755 東京都台東区蔵前 2-5-3

(C) RYUTARO HIRAI 2002

==========注記 ==========

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