「はぐらかさないで。どうしてなの? プリンスへの復讐《ふくしゅう》のために手を組むの? また犯罪に足を突っ込むようなことするの?」
少し肩をすくめ、彼はペンを置いて、深刻に問うリディアの方をまっすぐに見た。
「結社に入るつもりはないよ」
「……そう、ならいいけど」
「僕がリーダーになった」
「ええっ?」
り、リーダー? 義賊団の?
「だって彼らは、もともと青騎士伯爵という指導者がほしかったんだ。それに彼らも僕も、プリンスから身を守らねばならない立場だし。だから協力することにしたってことだよ」
身を守る? エドガーがリーダーになって組織を動かすつもりなら、身を守るなんておとなしいことですむはずがない。
しかしエドガーは、リディアにやわらかく笑ってみせる。
「きみのおかげで、ポールを失わずにすんだ。彼は、こんなに変わってしまった僕でも、昔と同じ目で見てくれた。……ポールがそんなに、僕との約束を大切におぼえていてくれたなんて、きみが教えてくれなければ、話し合う方に賭《か》けられたかどうかわからない」
「それは、あなたが彼の絵の才能を見出したんだもの。そのときからあなたたちには絆《きずな》があったってことよ。あたしの力じゃないわ」
「才能を見出したなんて、そんなたいそうなものじゃないんだけどね」
「でも、ポールさんに画家になることをすすめたんでしょ?」
「まあね。あのころ彼は詩人になりたかったらしくて、けど見せてもらった詩があまりにもひどかったから。絵もひどかったけど、買い取って屋敷に飾るぶんには、来客を困惑させる楽しみもあるだろう? しかし詩は、世間が認めないと金にはならないからね」
「…………」
「正直、成長ぶりに驚いた」
こいつ、じつは昔からちっとも性格が変わっていないのでは?
しかしいちおう、へたくそでも彼の絵なら買ってやろうと考えていたのなら、それなりに思いやりがあるともいえるのだろうか。
やっぱり、エドガーってよくわからない。
結局、秘密結社のリーダーになることも、プリンスに復讐することも、リディアがどう思おうと、彼の中では確定している。
そうなったらもう、エドガーは思い通りにしないと気がすまない。
彼について、はっきりしているのはそれくらいのもの。
「で、ディナーの誘いは受けてくれるだろ?」
「悪いけど、今夜は父が早く帰ってくるの」
「なら教授もいっしょに」
あきらかに、リディアが気にしたからついでに誘われたとわかる状態で、父が来るわけがない。
わかっていてそう言うエドガーは、リディアが何と言おうと、必ずディナーの席に着かせるだろう。
弱っている彼を見たせいか、そういう人だってことを忘れていた。
これでよかったのかしら。また彼のもとにいる自分を、ふと不安に思う。
「指輪、してくれてないのか」
思い出したように、リディアの手元に注目し、彼は言った。
「……サイズが合わないし」
それに、ずっと身につけてたら変じゃないの。
「直せばいい」
「いいの、とにかくあたしが持っていれば、妖精の干渉はふせげるわけでしょ」
なんとなく不服そうに、エドガーは頬杖《ほおづえ》をついてリディアを見る。
急に居心地の悪さをおぼえる。秘密結社の仲間になるだなんてと、思わずここへ駆《か》け込んだリディアだが、問いただす意味もなかった。
何しに来たのかわからない。
「じゃ、あたしはこれで」
しかし、出ていこうとすると呼び止められた。
「週末あたり、きみの家へ行こうと思うんだけど、教授はいらっしゃるかな」
「え、……なんで?」
「結婚の許可を、きちんともらっておくのが礼儀だろ」
はあ?
「な、何言ってんの? あ……あれはその場しのぎの約束でしょ」
わざとらしくも、エドガーは首を傾《かし》げてみせた。
「きみはたしかに、僕のプロポーズを承諾《しょうだく》して、婚約指輪を受け取ってくれたじゃないか」
「だからそれはっ、あなたがここだけの約束だって言ったからでしょ! 人間どうしの約束は、いつでもなかったことにできるって」
「そんなこと言ったおぼえはないよ」
「そ、そっちをなかったことにする気ーっ!」
頭にきすぎて、リディアはめまいさえおぼえた。
「で、週末だけどね」
平然と彼は、話を進める。
「や、だめよ! 家へは来ないで」
「そういうわけにはいかない」
「お願い、父さまには言わないで!」
リディアはあせった。結婚だなんてエドガーの口から聞かされたら、父は寝込むんじゃないかと思う。
妖精界へ行ってしまったはずの娘が帰ってきて、我を忘れるほどよろこんでくれた。
そのときかなり酔っていた父は、お酒で気分を紛《まぎ》らせていたところだったのだろう。
いい歳して、しかも大学教授のくせに泣きながら、もう一生|嫁《よめ》に行くななどと言った。どこへも行かないと、リディアも答えたばかりだ。
「隠れて交際するのはよくないよ」
「交際、じゃないでしょ!」
「あのね、リディア。親密な関係ってのは、わかる人にはわかってしまうからね。とくに身分違いは妙な憶測《おくそく》を呼びやすい。人の噂《うわさ》になる前に、きちんとしたつきあいだってことを公《おおやけ》にしておかないと、僕がきみのことをもてあそんでいるかのように思われるんだよ」
「親密にならなきゃいいじゃないの!」
「何を噂《うわさ》されても僕に実害はないけど、きみにとっては名誉の問題になる」
まったく、リディアの反論は聞き入れられていない。
それはたしかに、本当に交際するなら、隠してリディアに利点になることはひとつもない。
まともな家庭の娘にとって、結婚を前提にしない交際なんてありえない。
でも公にされたら、それこそもう、こいつと結婚するしかなくなるじゃないの。
「ていうか、そもそも最初が間違ってるわ。わかってるでしょ。あたし、あなたと結婚するつもりなんか……」
急に立ちあがった彼に、手で口をふさがれた。
「それを言うとまずいんじゃない?」
エドガーが視線を動かした窓の外をちらりと見ると、中庭の噴水《ふんすい》のそばに黒い馬が寝そべっていた。
どうして、ケルピーがここに?
「彼ね、きみの気が変わるまでロンドンで待つつもりらしいよ」
てことは、大声で婚約|破棄《はき》を主張できないまま、エドガーの思うつぼ?
「あ、あなただって本気で結婚なんて考えてるはずないわ」
リディアのあごを指先であげながら、エドガーはにやりと笑う。
「まだそう言う? ならきみが僕の本気をわかってくれるよう、これまで以上に努力しよう」
口説《くど》きの宣戦布告《せんせんふこく》?
〝朱い月〟を手に入れようとしたエドガーは、彼らに青騎士伯爵としての自分を納得させるために、妖精とのつながりを見せつけたらしい。
そして彼がこれからも、妖精とつながりを持つ青騎士伯爵であり続けるためには、リディアはなくてはならない存在だ。
やっぱり、とことん悪党だ。
リディアをそばにとどめておくためなら、どんな手でも使う気だ。
「あたし、まだ仕事が……」
その場を逃げ出すのが精いっぱいだったリディアは、もちろんその夜、ディナーの誘いを断る方法があるはずもなく、たっぷりとあまいせりふを聞かされることになった。
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あとがき
この物語は、英国ヴィクトリア朝を舞台にした、あやしげな伯爵《はくしゃく》と純朴《じゅんぼく》なフェアリードクターと、謎の秘密結社や妖精たちが繰り広げる恋と波乱のファンタジーです(たぶん?)。
というわけで、伯爵の口説《くど》き魔ぶりは暴走気味ですが、いかがでしたでしょうか。
彼のせりふは、作者からして本音かハッタリかわからなくなってしまいそうです(笑)。
ふと我に返るとこっぱずかしいようなやりとりも、こいつら英語でしゃべってるんだし、と思うと平気になってしまうこの不思議!
あれですね、映画の吹き替えなら、画面が外国人なのでどんなに気取ってても気にならないというやつです。
とはいえ、ときどき自分で書いててつっこみを入れたくなります。
「いったいいつどこで、花言葉なんかおぼえたんですか?」とか。
女の子の好きそうなものなら、というか気を引けそうな口説きのネタになりそうなことならとりあえず知ってそうな彼です。
でも花言葉の本を見ていると、神話や伝説がもとになってたりするのですね。とすると、西洋でなら教養として知っている人は少なくないのかもしれません。
ちなみにアイリスは、ギリシャ神話の女神ヘラの、つつましい侍女《じじょ》の名だそうです。
ヘラによって虹《にじ》の女神となったアイリス、そのときの魔法でアイリスの花も生まれたのだとか。
ギリシャ神話には、花にまつわるエピソードがほかにもありますが、そういった物語から花言葉の意味につながっていたりするようです。
有名なところでは、ナルシストという言葉のもとになっている、美少年ナルキッソスの話があります。彼は水仙《すいせん》の花になってしまうのですが、そんなわけで水仙の花言葉は、「自己愛」となっております。
今回、ロンドンは|社交界の季節《ザ・シーズン》です。
なので、少々うわついた恋の駆《か》け引きもありでしょう。なとど勝手に想像してみたりして、プロポーズの話になりました。
イギリスのザ・シーズンは、だいたい五月から八月ごろの気候のいい時期だそうです。
このころになると、自分の領地の城(マナーハウスとかカントリーハウスと呼ばれる広大なお屋敷)からロンドンへ上流階級の人々が集まってきます。
あちこちで夜会《やかい》が繰り広げられ、出かけまわる生活は多忙《たぼう》そのもの。よほど体力と根性がないとやっていけないんじゃないかというほどで、ふつうに働いているより疲れそう、と私などは思ってしまうのです。
エドガーにしてみれば、水を得た魚。すいすい泳ぎ回っているといったところでしょうが、遊んでいられるのも今のうち……、なんでしょうかね。どうなりますことか。
しかしリディアの苦労は、今後もますます増えそうです。
ところで、つい最近私は、『24』というテレビドラマにひたっておりました。
話題になったのはもう少し前なので、いまさら……なところではありますが、いやもう、見始めたら止まらないってのは誇大《こだい》広告ではなかったです。
試しに一回目だけ(一時間だけ)見てみよー、と思ったら、その後数日つぶれました。
ぶっ通しで見たわけじゃないので、(原稿もやらなきゃいけないし……)小分けにしつつ見ていたのですが、それでも一日のうち何時間か、あっという間に消えてしまう……。
一日二十四時間のできごとを、リアルタイムで追っていくという構成なので、ひととおり事件が解決するまで見るのに二十四時間かかります。
今のところDVDは三シーズンまで出ているようですが、まだ一シーズンしか見ていないので気になっているのですよ。
でもDVD買ったら高いし、見始めたら四十八時間つぶれるかもしれないと思うと、手が出せません!
二シーズンのテレビ放送は見逃したけど、そのうち再放送されないかなと、しばらく待ってみることに……。
テレビなら時間が決まってるので、支障はないかと思うのですが。
さて、話は戻りますが、この『伯爵と妖精』、もう少し続くかと思いますので、また読んでみたいと思っていただければ幸いです。
最後になりましたが、イラストを描いてくださった高星麻子さま、お忙しい中ありがとうございました。
そして読者のみなさま、ここまでおつきあいくださいましてありがとうございました。
またいつか、この場でお目にかかれることを願っております。
二〇〇五年 一月
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