「この時代で、一人ぼっちで埃をかぶっていたところを弘くんが見つけてくれて、水を出すことしかできなかったのにみんなを笑顔にすることができることを、……それこそ人間や魔物、魔族や宇宙人とだって笑い合えることを教えてもらった。ニコちゃん、君は…」
『僕は手に持っていた杖とニコを見ると、ニコはうれしそうにうなずいてくれました。「『ニコ』って名前は、今から数年後にヒロシが私につけてくれたすてきな名前なんですよ」とニコは笑いました』
神水を出すことができる神の杖。そして、その杖には神様が宿っている。ようやく俺は、今までのことが繋がった。彼女が異世界の力を使えるようにできたのは、神としての彼女自身の力だったんだ。弘くんは地球でも神水を出すことができていた。その力を、杖を通してみんなに与えられたのも当然だった。だって、神の杖は彼女自身であったのだから。拒絶反応なんて起こる訳がない。
思えば、クリスマスの準備や隠蔽作業で何回も魔法使いのおじさんは過労でぶっ倒れていたけど、それでも弘くんの水を飲んだら復活していた。それは神水に宿る癒しの力と、異世界の力を使えるようになれる力のおかげでもあったんだ。
彼女の願いは、恩を受けた弘くんの役に立つことだった。だけど、今みたいに人間のような姿になれた時には、弘くんは寿命でもう会うことも話をすることもできなかったんだろう。彼はこれからも、マイペースに人間としての生を突き進んでいそうだし。だから迷いなく、彼女は過去の時代に来ることができたんだ。
一緒にクリスマスパーティーを過ごしたことも、弘くんとディーナちゃんと一緒に楽しそうに笑っていたことも、彼女にとってはかけがえのない時間だったのだろう。たとえ、力を使ったことで長い眠りにつくことになってしまっても、それを後悔しないぐらいには、ニコちゃんの思いは強かった。
『「私はすごく幸せです。ヒロシやディーナ、みんなとこうしてお話ができて、たくさん遊ぶことができて、ありがとうって言えて、笑顔を守ることができて、みんなに出会えてうれしかった。みんながいる時代に目覚めることはもうできないと思うけど、私はずっとみんなのそばにいる。だから悲しくなんてないんだよ」と僕やディーナの涙をニコはふいてくれました。未来に帰っちゃうかもしれないってずっと思っていたけど、もうニコとお話をすることや遊ぶことができないことが、やっぱり悲しいです』
「弘くん…」
『僕にできることはないのか聞いてみたら、ニコは最後に「頭をなでてほしい」っておねがいをしました。僕はいっぱいニコの頭をなでました。いっぱい、いっぱいなでました』
それから、時間を越える装置と一緒に、宇宙船をみんなで消し去ったらしい。ニコちゃんは最後まで笑顔でいて、弘くんが両手で持てるぐらいの木の枝になったみたいだ。おそらく長い年月を過ごしたことで、弘くんの持っていた木の杖が大きくなった姿だと、神の杖について調べていた魔王が教えてくれた。
杖に宿るニコちゃんが人間の姿になれることは、本来は起こらないことだったらしい。こんな風に、神木が成長することだってないはずのことだと。だけど、彼女の強い願いと、地球という彼女にとっては異世界の力が働き、さらに彼女を包む温かい周りからの思いによって、生まれた奇跡だったそうだ。
今弘くんが持っている杖と未来から来たニコちゃんの意思は神として繋がっているらしく、未来の彼女が残ることに悪影響はない。過去に取り残されても問題はない、っていうのはこういうことも含まれていたのだろう。
『宇宙人のみんなは異世界に渡って、そこで王様やお姫様、魔王といっしょにくらしていくそうです。ニコやみんなでがんばって守った未来を、笑顔で大切にしていこうってみんなで決めました。異世界では今、ロボットデザインについてげきろんをくり広げているそうです。魔法使いのおじちゃんは弟子百人計画を立てて、毎日僕のお水を飲んでいます。明彦の世直しも宇宙へと広がって、四天王とロボット集団といっしょに元気にがんばっていくみたいです』
ファンタジーな世界に、当たり前のようにSFが混ざり出した世界。混沌としているけど、みんなが自分たちの未来に向けて一歩ずつ歩き出している。
『僕はニコの枝を庭に植えました。魔王がニコの思いと地球の力、ニコを思う僕たちの思いがきせきを生んだって言っていました。だから、僕とディーナ、家族のみんなで思い続けたら、もしかしたらまた会えるかもしれないって思いました。異世界のみんなも時々水をあげに来てくれて、宇宙人たちも頭を下げに来てくれました。僕はニコの杖をにぎって、ニコのように笑顔でがんばっていこうと思います』
『ディーナといっしょに、|友だち《ニコ》が心配しないぐらいに。せいいっぱい、僕たちはがんばります』
俺は弘くんの作文を最後まで読み切り、皺にならないように隅の方へ作文を置き、大きく息を吐いた。目元に感じたものをハンカチで拭き取り、俺は目をつぶって考えを巡らせる。今日の始業式で、弘くんがなんだか元気がなかった理由がわかった。きっと彼は今日も、ニコちゃんの木に願いを込めながら水をやっているのだろう。もう一度の奇跡を信じて。
ニコちゃんのおかげで、みんなの未来を、地球を守ることができた。それは本当に、本当に感謝している。彼女の頑張りを否定だってしないし、あれ以上の最善があったのかって思う。だけど、それでも俺の中にやり切れない思いが溢れてくる。実際にニコちゃんと会ったこともないし、作文を読んだだけの全く関係のない俺がどう思ったって、仕方がないのかもしれないけど。それでも彼女は、地球のみんなにとって恩人で、俺のクラスの子の大切な友だちなのだ。
俺はただの教師だ。偶然不思議体験を作文で読めた、ただの一般人でしかない。それでも、教師なのだ。子どもたちのことを考えて、笑顔で未来へ進めるように後押しすることが俺の役目だ。俺はもう一度大きく深呼吸をし、椅子から静かに立ち上がった。
「俺にはこんなことしかできないけど、それでも奇跡の後押しぐらいならできるかもしれないよな」
作文とは、文章力を向上することだけが目的ではない。自分の経験したことや自分の感情を素直に字で表したり、感じたことや考えたことを他者に伝えることができるものなのだ。そして俺は、弘くんが経験したことを知り、彼の願いを感じ取ることができた。こんな風に、自分の感情や気持ちをどんどん人に繋げていくことができる。それが、作文のすごいところなのだから。
俺は残りの作文と必要な物を持って、職員室へと急いで足を進めたのであった。
******
「さぁ、ここが三年生の最後にみんなで作る思い出の場所だ! たとえ、四年生になって今のクラスの友だちと離れ離れになってしまっても、この小学校をみんなが卒業してしまっても、これから何年、何十年と思い出が続いていけるような……。そんな、この学校の歴史に刻むぐらいの、すごく立派な庭をみんなで作るんだっ!」
「わぁっーー!!」
あれから、みんなの作文を読んで叫び終わった俺は、同じ学年の先生にお願いをし、管理職に頭を下げて、学校の理科園の一部をもらうことができた。もともと雑草が生え放題で、使っていない場所だったので、荒れ地にし続けるぐらいなら、子どもたちの庭を作ることに許可をもらったのだ。
当然荒れ放題で、このままじゃ使えない。それに季節は一月の冬で、種を植えるにしても早過ぎる。だから俺は学校の仕事が終わった放課後に、草抜きをしたり、スコップで土を掘り起こしたり、崩れたレンガを新しく並べたりして、三学期の一ヶ月以上を土の上で過ごすことになった。
すごく大変ではあったけれど、一週間ぐらいしたら、俺の様子に同僚のみんなも手伝ってくれるようになったのだ。庭のアーチを考えてくれたり、管理職から仕事終わりのジュースをもらったりして、最後の方は学校のみんなで作り上げてしまっていた。
そして二月になり、俺は子どもたちが入っても大丈夫なぐらいに整えられた庭へと連れてきた。どんな花を植えようか、どんな木を植えようか。お花の種類がわかるような看板を立てたいって子や、お野菜を植えてみたいって子もいた。
毎日雑草を抜き、庭をスケッチして花の配置をみんなで話し合って、時には低学年の子たちから意見をもらい、足りないところは高学年の子たちも自主的に手伝ってくれるようになった。急ピッチの作業に間に合うか心配だったけど、みんなの力で作り上げることができていった。
「せっかく作るみんなの庭だから、中心となるものがほしいと先生は考えているんだ。きっと今のように、たくさんの子どもや大人がいっぱいの思いを込めて、ずっとこの庭を大切にしていってくれると思う。だからこの庭の象徴にもなる、願いの木を植えたいと思うんだ。みんなとこれから一緒に成長していく、大事な木を」
「みんなの思い、願いの木…」
「ねぇ、弘くん。毎日一生懸命に水をやって、家の庭で大事に育てている木があるだろう。よかったら、その木をこの学校の庭に植えて、みんなで育ててみないかな。みんなの力で、みんなの思いで、その木を大切にしていくんだ。この学校を卒業しても思い出に残るぐらいの木になれるように、新しく小学校に入学する子たちにも思いがどんどん繋がっていけるように」
俺は屈みこみ、弘くんと目線を合わせる。他の子どもたちも、弘くんが大切に育てている木のことを知っていたのか、賛成意見があがっていく。それに大きく目を見開きながら、弘くんは輝くような笑顔でうなずいてくれた。
庭にみんなでレンガを並べ、強い風が吹いても倒れないように場所に気を付けた。さらに日光をいっぱい浴びられるように三年生で習った鏡の実験を生かして、光を反射できる装置を作った。これにはいつの間にか広まった噂から、保護者の方に手伝ってもらえたのだ。さらには地域住民の方が、種の植え方から育て方までを丁寧に教えに来てくれた。俺の思いつきから始まった『みんなの庭作り』は、たくさんの願いが込められながら、進められていったのであった。
「あっ、弘! この木って名前があるのか?」
「うん、『ニコ』って言うんだ。みんなをニコニコと笑顔にしてくれる……すごい力があるんだ」
「へぇー、笑顔の木か。それ、いいじゃん! じゃあこの庭の名前は、『ニコニコの庭』にしようぜ!」
「えぇー、そのまんますぎだよー!」
「わかりやすくて、私はいいと思うな。そうだ、ニコちゃんの水やり当番を決めないと駄目だから、みんな集合だって言っていたよ」
クラスの子どもたちからの言葉に、弘くんは薄らと目に涙を浮かべながら、嬉しそうに笑っていた。
三月になり、庭は今学期中になんとか形になることができた。種や苗を植えたばっかりだから、ニコの木が一本だけで寂しい感じだけど、春になれば大輪の花畑ができるだろう。出来上がった庭に入り、三年生のみんなでニコの木を中心に記念写真を撮った。
『ニコの木』と看板を書き、弘くんが可愛らしいリボンをつけてあげている。『ニコニコの庭』に決まったみんなの庭を見て、たくさんの笑顔が咲き誇った。庭が出来上がったことに、他の子どもたちや大人、それこそ学校を越えたたくさんの人々の顔にも笑顔が生まれたのだ。外国人っぽい人たちも、ここに訪れては優しく木の葉を撫でていく。たった一本の木から繋がっていったたくさんの思いが、こうして確かな形へと変わっていったのであった。
ふと俺は、ニコの木に視線を向けてみると、一瞬だけど優しい桜色のような温かい光が零れたように見えた。それに目を瞬かせながら、どこか不思議と笑みが顔に浮かんでしまっていた。
子どもの作文から始まった突拍子もないファンタジーにツッコんだり、鋭く抉り込んでくるようなSFに叫んだりもしたけど、最後にはいつも口元に笑顔が生まれてしまう。間接的にファンタジーとSFが俺の胃へ襲いかかって来るのは、勘弁してほしいけどね。
春の温かさと一緒に、どこか温かくなった心に小さく噴き出しながら、俺は新年度に向けて準備を始めたのであった。
時が流れ、とある小学校の小さな庭には、一本の優しい桜色の花を咲かせる不思議な木があるらしい。その木の傍に行くと、心が洗われるようにスッキリできて、どんな人も不思議と笑顔になってしまうそうだ。たくさんの子どもたちが木の周りに集まり、成長した大人たちが楽しかった思い出を振り返りに来る、みんなの大切な場所。黒髪の男性と銀髪の女性が訪れ、花と同じ桜色を纏った少女と楽しそうに笑う姿も、よく見られたそうだ。
そんな不思議な木に惹かれたのか、UFOやロボット、ドラゴンや謎の戦隊といった不思議な存在を確認した、という声があがったりすることもあったらしい。それでもこの世界は、今日も当たり前のように平常運転で回っていくのであった。
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