学校祭が近い。
美嘉のクラスはホームルームで話し合いの 結果、ステージでバンド演奏をすることに なった。
じゃんけんで負けた美嘉は、 あまり経験のないベースをやるはめに…。
もともと人前に出るのが苦手だったせいも あって学校祭が近づくたび気持ちが重くな っていく。
そんな時、 元気をくれたのがミヤビだ
ミヤビは学校祭のステージでボーカル担当の 同じクラスの女の子。
美嘉のようにじゃんけんで負けたのではな く、
自らボーカルを立候補。
ミヤビはギャル系ではなくメイクも全くと言 っていいほどしていない。
ぽっちゃりした体型に 雪のように白い肌。
赤いゴムで二つにしばった髪形がとても似 合っていて、 まんまるの目を細めていつもニコニコして いる。
常に元気で明るくて前向きで、 笑顔がとってもかわいい女の子だ。
ミヤビとは地元が一緒で同じ中学校だったけ ど、
挨拶程度の仲だった。
学校祭のバンド練習をきっかけに、 仲良くするようになったのだ。
放課後学校祭で演奏する曲を二人で相談し ていた
「決めておいて」 ギターとドラム担当のじゃんけんで負けた
二人の男は そそくさと帰ってしまった。
「曲どうするぅ?」
鉛筆を回すミヤビ。
「う~ん………」
その時 突然頭の中に浮かんだのは、
浜崎あゆみの“who...” ヒロが好きな曲で、
いつも一緒にいる時部屋で聞いていたのを 覚えている。
カラオケで歌ってヒロに喜んでもらおうと CD を買って一生懸命練習したこともあっ たな…。
しかしステージと言えば当然盛り上がる曲 をやるだろう。
“who...”はバラード。 ダメもとで
聞いてみることにした。
「ねぇ、浜崎あゆみの who...とかはど う??」
ミヤビは考える様子もなくすぐに口を開く。
「あっ、いいかもね!その曲好きなの!?」
「うん…元カレとの思い出の曲なの!!大切 な曲なんだぁ♪」
なんだか恥ずかしくてミヤビの顔を見れずに うつむいた。
「まだ、好きなの…?」 周りの人には
「もう諦めた」だとか、「好きじゃない」と 言って自分の気持ちをごまかしていたけ
ど、 ミヤビの前だとなぜか素直になれる。
きっとミヤビとヒロの間に繋がりがないか ら…。
アヤはノゾムと繋がっていてノゾムはヒロと繋が っているから 本音を言うことが出来ないでいた。 でもミヤビになら…
「まだ好き…」 沈黙の中、
ミヤビの返事を待つ。
別れて結構経つのに、 未練たらしいとか思われたかな??
おそるおそる顔をあげてミヤビの顔を見る と、 ミヤビはニコッと笑って沈黙を破った。
「それでいいと思うよ!無理して忘れなく てもいいじゃん!ずっと好きでいてもいい と思うよ!」
ヒロと別れてから、 周りからは早く忘れなって言われ続けてい た。
この言葉を 誰かに言って欲しかったのかもしれない…。
「…あんがとぉ」 立ち上がり、
興奮した様子で話すミヤビ。
「そうだ!who...さ、美嘉も一緒に歌おう よ!」
いきなりの意見にきょとんとする美嘉。
「…えっ、無理っ!!音痴だし!!」
「いいじゃんいいじゃん!私も一緒に歌う からさ♪はい決定~!」
強引に 決められてしまった。
ヒロとの大切な思い出の曲を、 一緒に歌おうと言ってくれたミヤビの心遣い には深く感謝…。
who...は一番最後に演奏することになった。 学校祭に向け、
毎日練習の日々。
慣れないベース練習に 指の皮はボロボロ。
だけどミヤビと励まし合い乗り越え続けた。
━学校祭当日
美嘉とミヤビは緊張を隠せないまま、 ステージ裏にスタンバイをしていた。
「あ~次だ!」
「足震えるし!!やばいよこの空気ぃ……」 興奮が隠せない
ミヤビと美嘉。
ブーーー 幕が開く音が鳴ると同時にざわめきが静ま
り返った。
「「頑張ろぉ~!!」」 ギターとドラム担当の二人を加えた四人で
手を合わせ、 掛け声をかけてステージへと歩き出す。
ステージ上はライトが眩しく、 ステージ下ではたくさんの人たちに注目さ れているのがわかる。
持ち慣れないベースを肩にかけマイクの位 置を確認していると、 ミヤビが美嘉のほうに近付き誰にも聞こえな いような小声で呟いた。
「弘樹君一番前にいるよ♪」 さりげなくステージ下を見る。
一番前列の真ん中にはヒロの姿。
ただでさえ緊張しているのに… 変な汗がわき出る。
♪……♪
曲が体育館に 響き渡った。
ベース演奏も順調にこなしていく。
…最後のあの曲だ。
“who...”
肩にかけていたベースを壁に立て掛け マイクを手に持つ。
懐かしいあの曲が、 体育館に鳴り響く…。
こんな大勢の前で… いや、ヒロの前で今まさに思い出の曲を歌 おうとしている。
体は硬直し、 胸の鼓動が高まる。
でも最後までちゃんと歌うんだ。 ヒロの心に届くことを願って。
ヒロと別れてからずっと歌えなかった曲。 この曲を聞いて思い出すのはね…
ヒロの笑顔。
懐かしいメロディが、 進み始めた道を再び引き返そうとしてい る…。
ヒロは今こんなに近くにいるのに… 遠いよ。
届きそうもない。
そう、 二人の間に見えない厚い壁があるかのよう に。
演奏は思いのほか盛り上がり、
だけど、
この歌を聞いて、 少しでも美嘉のことを…美嘉と過ごした 日々を
思い出して下さい。
ヒロは今 どんな顔してるの??
しかし、 ヒロが見ていたのは美嘉ではなかったとい うことを後から知ることになる…。
歌が終わり響く歓声の中美嘉とミヤビは達成 感を感じながら抱き合った。
「気持ちいい~!」
「マジ最高~っ!!」
演奏が終わり 興奮冷めぬまま廊下を歩く。
「お疲れ♪」 アヤだ。
「アヤ!!」
「超よかった♪」
「あんがと!!」
「ってかね~…ヒロ君廊下で弾き語りやっ てたよ~!」
「……弾き語り??」
「廊下でギター持って歌ってた!見に行 く?!」
「…美嘉が行ったらヒロは迷惑でしょぉ…」 興奮は一気に冷め、
目線を床へと落とす。
「大~丈夫だって♪」 アヤは手の跡がつくくらい背中を強く叩い
た。
「そうだよ!行こう?」 ミヤビまでもがアヤの提案に乗り
二人は美嘉の腕をがしっと掴んで歩き始め た。
ヒロの教室の前…。 女の子がたくさん集まっている。 その真ん中に
ギターを弾きながら歌っているヒロ。
「ごめん……」 いざその光景を見ると胸が苦しくなってし
まい、早歩きでヒロの前を通過し廊下の裏 へと回りぺたんと座り込んだ。
「美嘉大丈夫?なんかごめん…」
「でもここでも歌声聞こえるし…ここで聞 こ?」
アヤとミヤビの励ましをよそに、 遠くからは大好きだったヒロの歌声が聞こ えてくる。
当たり前だけど もう美嘉だけの歌声ではない。
美嘉の歌声、 ヒロに少しでも届いたかな。
ヒロは美嘉がこんなとこで歌声聞いてるな んて知らないんだろうな。
だけどね、 今美嘉の心にすごく響いているんだ…。
遠くから聞こえる大好きだった声に涙を流 した。
学校祭が終わってからも美嘉とミヤビとアヤは 毎日一緒にいた。
昼食も移動教室もトイレも…。 三人だと一人余って仲間割れになるとか言
うけどそんなの嘘。
だってアヤもミヤビも美嘉にとっては、 かけがえのない仲間なんだもん。
心を痛めた夏も過ぎ去り秋…。 楽しい秋。
読書の秋? 食欲の秋?
……食欲の秋に決定!!
高校二年の秋と言えばメイン行事… 修学旅行だ。
一年生の時からずっと楽しみにしていたん だ。 自由行動は一緒に回ろうねってヒロと約束 したっけ…。
でも大好きな友達のミヤビもアヤもいるから、 平気だよ!!
「自由行動は三人で回ろうねぇ!!」 美嘉は
頬杖をつきながら言う。
「もちろぉん♪」
「指切りげんまん!」 ミヤビの小指に
指を絡めた。
修学旅行は美嘉ミヤビアヤの三人グループ。 グループリーダーを公平にじゃんけんで決
める。
リーダーは放課後集まりに行かなきゃなら ないから面倒…。
「じゃ~んけ~んしょっ!!」
……負けた。 リーダーは
美嘉に決定。
「マジ~!?」
「美嘉頑張って~!」
修学旅行の予定は着々と進んだ。
今日は放課後にリーダーの集まりがある。
最後の授業が終わり少し時間が余っていた ので、三人は教室で話をしていた。
「マジ恋してぇ~!」 欲求不満気味に叫ぶアヤ。
「出会いないのぉ?」
「合コンしても軽い男ばっかりだし~。夏 休みにした合コンは最低だったよね~美 嘉!」
ミヤビの問いに答えたアヤは美嘉に話しをふっ た。
「最低だった~…ってか男は信用できな い!!」
「わっかるぅ!とか言ってあたしまだノゾム に未練あったり~♪」
「本当?」 しかめっつらでアヤに問う
ミヤビ。
「マジで!美嘉はヒロ君忘れることでき た?」
「まだかも……」
「なかなか忘れられないもんだよね~!ミヤヒ
゙は好きな人いないの?」
「えっ、私は…」 言葉をつまらせた
ミヤビを問い詰める。
「いるの?!」
「ぶっちゃけろ~♪」
「…いない、かな」 ミヤビは目線をずらしながら答えた。
この時、 ミヤビの変な様子に気付かなかったんだ。
キーンコーン カーンコーン
チャイムが 教室中に響く。
「やばっ、リーダーの集まり行かなきゃ!!」
「あたしとミヤビ教室で待ってるから頑張 れ~♪」
指定された教室に入るといろんなクラスの リーダーになった人達が集まっていた。
無意識にヒロの姿を探してしまっている 自分がいる。
ヒロがリーダーになんかなるわけないの に。
じゃんけんで負けたとしても、 きっとやらないだろう。
はぁ~… 何期待してるんだろ。
あまり見たことのない顔ぶれの中、 一番後ろの窓側の席には見慣れた顔。
ノゾムだ。 ノゾムに近づき
背後から肩を叩いた。
「よ~っ!!」 ノゾムは体をビクッとさせながら振り向く。
「お~。お前もリーダーかよ!似合わねぇ な!」
「ノゾムに言われたくないし~!!じゃんけん 負けたんだもん。ノゾムもでしょ??」
「正解~♪」 おどけて舌を出すノゾムの前の席に座り、
後ろを振り向きひじをついて話し始めた。
「リーダー面倒だよね~!!」 ノゾムは反射的にかわざとなのかはわからな
いが美嘉から目をそらす。
ノゾムの様子が おかしい。
「ノゾム~??」 ノゾムの顔を覗き込む。
「話あんだけど…」
ヒロのことだと直感。 ノゾムの態度でいい話ではないことがわか る。
「え………何?!」
唾をごくりと 飲み込んだ。
「あのな…」
「ちょちょちょちょちょっと待って!!」 両手でノゾムの口を押さえ言葉を止めた。 聞くのが怖い。
小心者…。
いつもは強がりな自分だけど、 ヒロのことになると弱いんだ…。
「………少し考える」 くるりと前を向き
方向転換。
今ノゾムが言おうとしてることは確実にヒロ のことで、 ノゾムの様子を見る限りいい話ではないのは 嫌でもわかる。
聞きたいようで 聞きたくない…。
もしかして 彼女ができたとか??
それは確かに辛いけど…きっともう大丈夫。 だって
慣れちゃったもん。
ちゃんと現実と 向き合おう。
そう決心したと同時に
運悪く先生が教室に入って来た。
「今から注意事項言うからしおりにメモし ろ~」
先生の声は右耳から左耳へと通過し、 覚悟を決め後ろを振り返った。
「……教えて??」 ノゾムは周囲をきょろきょろ見渡し、
美嘉の耳に顔を近づけ小声で話し始めた。
「ヒロ女出来たって。」 予感的中。
平気だと思っていたはずのに実際聞くと頭 が重くなる。
「…マジかぁぁ」 遠い目で窓の外を見ながら答える。
「マジっぽい」
「彼女ここの学校??」
聞きたくないはずなのに勝手に開く口。 ただ一つ祈ること。 違う学校でありますように…。
ヒロが彼女とイチャつく姿を見るのは、 さすがに限界だよ。
ノゾムが首を縦に振る行為は、 美嘉の祈りをあっさりと砕いた。
「…いつから??」
ヒロの彼女でもないのになぜかキレたよう な表情を見せる美嘉。
そんな矛盾に気付きながらも ノゾムは何も言わない。
「三日前だってさ」
「……ふ~ん」
くるりと前を向き、 また重苦しい日々が始まることに覚悟を決 めた。
「ヒロの女ミヤビらしいんだよな…」 後ろから聞こえたまるで聞き間違いとさえ
思えてしまうその言葉。
動揺を隠しきれず足を机に強くぶつけ鈍い 大きな音をたてた。
「ミヤビ…ミヤビって…」
「俺達のクラスの」
「そこうるさいぞ~ちゃんと聞けよ~。」 先生の注意を無視したまま必死で真相を探
る。
「ミヤビとヒロ付き合ってんの…??」
「あぁ。ヒロから告ったらしい…」
「嘘だぁ!!だってミヤビ美嘉がまだヒロのこ と好きって知ってるよ??」
沈黙を続けるノゾムを見てその言葉は真実み を帯びた。
ヒロとミヤビが付き合ってる??
三日前から?? 嘘だよ。
だってミヤビずっとヒロの相談のってくれて たし。
美嘉がヒロに未練あるのも知ってるもん。 さっき教室で話してた時も好きな人いない
って言ってたし。
……付き合ってる?? なんで?? ミヤビと美嘉は
友達だよね??
ヒロからの告白。
ミヤビは美嘉から見てもかわいいし性格もい い。
だけどなんでミヤビ?? ヒロはミヤビと美嘉が友達なの知ってるよ
ね…??
沸き上がる疑問。 わけもわからず教室を飛び出した。
「待てよ!」
後ろから追い掛けて来たノゾムが美嘉の腕を 掴み引き止める。
「まだそんなにヒロの事が好きなのか?」 見たことのないノゾムの真剣な顔に
思わず目をそらしてしまう。
「まだ…すごい好き…」 自然に頬を流れる涙を見てノゾムが腕を掴む
力を強める。
「なんでそんなに苦しむんだよ!泣くくら い辛いならやめろよ!そんな美嘉見てらん ねぇよ。俺はヒロのかわりにはなれねぇの か?」
ノゾムの声が 静かな廊下に響き渡った
ノゾムの言葉が 理解出来ない。
今はヒロのことしか 頭に入らないの。
「腕…痛い。離して…」 混乱する頭をかかえその場に座り込むと、
ノゾムは掴んでいた手を離した。
「マジだから考えておいて」 ノゾムが残した言葉。
頭も心も ついていかない。
長い廊下の先を見つめながら、 遠くなっていくノゾムの足音に耳を澄ませて いた。
ヒロとミヤビが
付き合ってる。 ノゾムが美嘉を…??
わからない。 何があったか わかりたくない。
この時突き刺さる視線に気付いてはいなか った。
あの人が二人の会話を全て聞いていたこと を…。
リーダーの集まりが終わったのか、 教室からぞろぞろと人が出て来た。
思い立ったように立ち上がり、 アヤとミヤビが待つ教室へと向かう。
噂かもしれないしミヤビに聞いてみよう。 友情は
壊したくないから…。
教室のドアを勢いよく開けたが、 二人の姿はない。
「帰っちゃったかな…」 一人で学校を出て
歩き出した。
眩しすぎる夕日が、 悲しみを誘う。
バス停の下、 足元でゴロゴロと懐いている一匹の子猫。
「悩みなくていいね…君になりたいよ…」
お弁当箱に残っていたおかずをあげて 到着したバスに乗り込んだ。
次の日の朝。
「おはよぉ…」 やる気ない態度で
教室のドアを開ける。
「ミヤビあっち行こ~」 いつも元気に挨拶をしてくるアヤから返答は
なく、 ミヤビの手を引いて教室から出ていってしま った。
「……やっぱり」 席につき、
両手で顔をおさえたまま呟く。
制服がまくれ上がって一瞬覗いたミヤビの腕 についていたのは、 ヒロがいつもつけていたブレスレットだっ た。
あのブレスレット、 昔一緒におそろいで買ったやつだよね。 見間違うはずがない。
「ヒロとミヤビが付き合ってるのは本当だっ たんだ……」
アヤからの返答がなかったことなどすっかり 忘れ、改めて突き付けられた目の前の現実 に心が曇る。
一時間目は体育。
二人は教室に 戻っては来なかった。
一人でジャージに着替え体育館へと向か う。
一人になったことで 二人に避けられているという事実に気付い た。
「今日は男女混合でやるぞ!」 人の輪からはずれ一人ぽつんと体育座りを
する美嘉にとって先生の言葉はかなり痛 い。
遠くにいるノゾムと目が合い、 ノゾムは少し気まずそうに右手を上げたので 美嘉も苦笑いで右手を上げ返した。
ノゾムを見て昨日の出来事を思い返す。 ヒロとミヤビのことばかり考えててすっかり 忘れてたけど、
告白された…のかな??
その時、 近くにいたアヤが聞こえるように口を開い た。
「あ~あ、誰かさんはいいよねぇ~。人の 好きな男奪って普通に学校来れるんだから さ~!」
ミヤビも続けて言う。
「最悪だよね。友達だと思ってたのに裏切 られたね!」
やっと避けられてる理由が把握出来た。 昨日のノゾムからの告白…聞かれてたんだ。
ノゾムの声 廊下に響いてたし。
アヤはノゾムのことまだ好きだから、 だから…。
確かにノゾムに告白はされたよ。 だけど、
付き合ったりとかしてるわけじゃないよ。
なのに人の男奪うって、そんな…。 それにミヤビはヒロと付き合ってるんでし
ょ??
ミヤビは美嘉が知らないと思ってるんだろう けど、
全部知ってるんだよ。
友達だと思ってたのに 裏切られた…??
こっちのセリフだよ。
あぁ、そっか。 アヤはミヤビとヒロが付き合ってるの多分まだ 知らないんだね。
だからノゾムが美嘉に告白したのを聞いて、 嫉妬してるんだ。
友情なんて このくらいで壊れちゃうんだね…。
学校に居たくない。 もう帰りたい。
先生の目を盗み 制服を持って体育館を出た時…
「帰んの?」
息を切らし追い掛けて来たのはノゾムだ。
今ノゾムと話してるところをアヤ達に見られた ら
さらにややこしくなってしまう。
美嘉はノゾムを冷ややかな目で見つめ 無言で歩き始めた。
ノゾムが悪くないのは わかってるんだ。
ただの八つ当たり…。
「美嘉?」 ノゾムが美嘉のカバンを掴んだ時、
遠くには楽しそうに笑うヒロが見えた。
………ブレスレット してない。
ミヤビに あげちゃったんだ。 一緒に選んだのにね。
掴まれたカバンを強く振り払い ジャージと上靴のまま外へ飛び出た。
走って… 走って…
全速力で走った。
何かを求めて足を運んだのは ヒロとの思い出の川原。
ここに来ればさらに辛くなるのはわかって る。
でも 来てしまっていたんだ。
草の上に座り 大声で泣き叫んだ。
誰か 誰か助けて。
ノゾムに逃げれば楽になるかもしれない。 でもそれはノゾムとアヤを傷つけるだけの行為
にすぎない。
神様 もうこれ以上
傷つけないで下さい…。
ヒロと別れてから、 辛くて苦しくて…。
でもね、 出会えて良かったって思ってた。
ヒロに出会えたおかげで少しだけ大人にな れたし
本気で人を好きになる気持ちを知ることが できたんだ。
だけどね、 今出会わなければ良かったのかなと思った りもしてる。
こんなに傷つくくらいなら、 出会わなかったほうが良かったのか な…??
背後から聞こえる足音にもう淡い期待さえ 抱かない悲しい自分。
ミヤビの相手がヒロじゃなかったら 笑顔でおめでとう言ってあげれたかな。 二人の幸せ願えたかな。
━夕方 携帯を開くとノゾムからの大量の着信通知。
帰りたくないな…。
近くのコンビニのトイレで制服に着替え、 列車で街に向かった。
人混みの中 意味もなくベンチでボーッとしていた時…
「一人?何してるの?泣いてたの?」 落ち込む美嘉に声を掛けてきたのは、
おそらく 40 代後半くらいの黒いスーツを 着た少し太ったおじさん。
おじさんは少し距離を置いて隣に腰を降ろ した。
「暇ならおじさんと遊ばない?これでど う?」
両手を広げる。
「意味わかる?…10 万。おじさん偉い人だ から」
あまりのしつこさに顔が歪む。 今は一人でいたいのに。
いくら無視してもおじさん諦めようとはし ない。
「こんなとこに一人で危ないよ。おじさん が服とか買ってあげるからさ。君みたいな
ロリ系のギャルタイプなんだよ~。なんな ら二倍出すよ!」
生ぬるい息が顔にあたり髪の先端が軽く揺 れる。
「悩みがあるならパーッと騒いで忘れよ う?彼氏となんかあったの?ホテルにカラ オケあるしよ」
“彼氏” その響きに何かが頭の中でぷつんと音をた ててキレた。
「…何もかも 忘れさせて………」
腕を引かれたまま ホテル街へと連れて行かれる。
「どこがいい?やっぱり若いからかわいい ホテルがいいよね?」
顔をくしゃくしゃにして嬉しそうにはしゃ ぐおじさんをよそに、 一定の音程で答えた。
「………どこでもいい」 入ったのはピンク色のお城のようなラブホ
テル。
広い部屋の真ん中には大きくてふかふかの 白いベッド。
制服のリボンをはずし ベッドに横になった。
「ルーズソックスがそそるね~!」 体の上に
覆い被さるおじさん。
背広からする きついタバコの香り。 独特な香り。
「………シャワー 浴びてもいいですか」
小声で呟くと、 おじさんは微笑みながら立ち上がった。
「そうだよね~ごめん!じゃあおじさんが 先あびてくるね!いいかい?」
ゆっくりうなずくと、 嬉しそうに風呂場へと消えて行った。
風呂場から聞こえるシャワーの音が 不快に耳に響く。
テレビ音量を最大にし、耳を塞いだ。 冷静なふりをしているけど本当は胸が張り
裂けそうなくらい脈が波打ってて…
何やってんだろ。 後悔と虚しい想い。
こんな時いつも浮かぶのはヒロの顔。 でもなぜか今は ヒロの顔を思い出せない
きっと思い出すと苦しいのはわかってるか ら、 体が我慢することを覚えてしまったんだ。
気がついた時には ホテル代金半分と
【ごめんなさい】と書いた紙を机に置き、 ホテルを抜けだして
走っていた。
ごめんなさい。 やっぱりできません。
大好きだった人に優しく抱かれた体、 粗末にはできない…
騒がしい街中を とぼとぼと歩く。
突き刺さるように冷たい風が 秋を終え冬になることを暗示させている。
その時
「美嘉?!」 懐かしい声に
顔を上げた。
この落ち着いた声… ユカだ。
「久しぶり~会って話したのクラス変わっ て以来だね!」
「ユカ~久しぶりぃ……」 一年生の頃は
毎日美嘉とユカとアヤの三人でいたっけ。
でも今アヤは…。
「何してたの~?」 ユカは美嘉の姿に違和感を感じたのか
心配そうな顔で問い掛ける。
「さっきおじさんに声かけられてホテルに 行ったの……」
「えぇ!?それで何かされたの?!」 目と口を大きく開き
驚くユカ。
「逃げて来たぁ…」
「ばか!それならいいけど…何かあったの? 美嘉は何もないのにそんなことする子じゃ ないってわかってるよ!」
「ユカぁ~……」 涙声で
ユカに抱き付く。
そして二年生になってあった事を全て話し た。
「ヒロ君もミヤビって子も最低…アヤは話せば わかってくれるよ。美嘉傷つきすぎだよ。 ユカは美嘉に幸せになってほしいよ…」
ユカに話を聞いてもらったおかげで、 心が軽くなった気がしてしまう単純な美 嘉。
「ユカありがとぉ…」
「気にしないの!いつでも相談して♪」
明日から 学校に行きたくないな。
同じクラスに アヤとミヤビとノゾム。
考えただけで気が重い。重すぎる。
どんなに嫌でも 朝は来る。
重い腰を上げ 学校へ向かった。
「おはよぉ~…」 返答がないことを理解しながらも
挨拶をして席につく。
アヤとミヤビは 昨日と変わらない態度。
もういい。 今さら言い訳する 気ないから。
こんなことで壊れる仲間なら いらない…。
ノゾムは今日欠席だと知って少し安心し、 一時間目の教科書を机に出して先生が来る のを待った。
午前の授業が終わり 昼休み。
いつもならアヤとミヤビが美嘉の席まで来て、 三人でお弁当を食べる。
当たり前だけど、 アヤとミヤビは来なかった。
今日は一人でお弁当。 もう少しで
修学旅行なのになぁ…。
食欲がないままお弁当箱を開いた時、
「一人っすか?ご一緒しませんか~?」 後ろから手の平で
目隠しをされた。
「なーんて♪びっくりした?」 ヤマトだ。
「一人か?だったら一緒に弁当食べねぇ? あいつらが美嘉と食べたいらしいんだ~!」
ヤマトが指さす方向。 そこにいるのは イズミとシンタロウ。
同じクラスだけど、 話したことはない。
ヤマトとイズミとシンタロウはいつも三人でいて、 仲間に入れる雰囲気ではないのだ。
ヤマトは茶色でツンツンに立たせた髪に口ピ アスが特徴だ。 ヒロと別れた時から相談にのってくれてい て、今一番信用できる男友達。
イズミは背が高くて、 サバサバした性格だ。
バスケ部に所属していて短い髪がとても似 合う活発な女の子。
シンタロウは長身色白金髪に黒ぶち眼鏡。 いつも耳にヘッドホンをつけて音楽を聞い てる。クールだけどたまにギャグを言った りもする、
不思議な男の子。
「邪魔したら悪いっしょ………」
断りの言葉を最後まで聞かず、 美嘉の頭をチョップするヤマト。
「邪魔じゃねぇから!イズミもシンタロウもいいや つだから行こうぜ♪」
ヤマトに言われるがまま、広げたお弁当を持ち イズミとシンタロウの席へと行く。
「座りな!」 ヤマトの強引さにたじろぎながら、
開いていた席に腰をかけた。
顔を上げにくい雰囲気。 ずっと仲良しだった三人の間に図々しく割
ってはいっていいのか…。
二人が口を開いた。
「私美嘉ちゃんと話してみたかったんだ♪」 持っていたお茶を振り回すイズミ。
「こいつ美嘉ちゃんのこと小さくてかわい い~妹にした~いってうるせーんだわ」
シンタロウが イズミの肩に手を置いた。
イズミとシンタロウは 気さくに声をかけてくれた。
雰囲気が 明るく変わる。
「いいやつらだろ♪一緒に弁当食おう ぜ~!」
ヤマトの提案に目を輝かせながら小声で問う 美嘉。
「一緒に………食べていいの?!」 三人は口を揃えた。
「「当然っしょ!」」
この日初めて 四人でお弁当を食べた。
ヤマトもイズミもシンタロウも、 美嘉が仲間外れにされていることをなんと なく気付いているみたいだ。
でも 理由を聞いてはこない。
それ以来美嘉が一人でいる時は、 必ず声をかけてくれた。
お弁当も、 移動教室も…。
入りにくいと思ってた三人の間には意外と すぐになじむことができ、 イズミは美嘉を妹のようにかわいがってくれ て、 美嘉もイズミをお姉ちゃんのように慕った。
毎日アホなことばかりしている三人と、 もともとアホな美嘉は驚くぐらいに気が合 った。
いつしか毎日をヤマトとイズミとシンタロウの三人と 過ごすようになっていく…。
━気付けば 11 月。
修学旅行が間近。 あれから
アヤとミヤビと話してない。
しかし同じグループなので計画は一緒にた てなければならない。
ある意味 恐怖の時間…。
一つの机に 美嘉・アヤ・ミヤビが集まる。
「……自由行動どこに行きたい??」 弱気な美嘉の問い掛けに二人は全くの無
視。
それどころか、 二人だけで笑いながら計画を立て始めてい る。
「進まないじゃん……」 心で舌打ちし、
二人に聞こえないよう小さい声で呟いた。
遠くではイズミ達が 心配そうに見ている。
「先生~♪」 先生を呼び何かを相談している様子のイズ
ミ。
相談を終えるとおもむろに携帯電話をいじ り始めた。
♪ブーブーブー♪
ポケットの中で携帯電話が振動している。 先生の後ろ姿を確認し、首の骨を鳴らしな
がら受信 BOX を開いた。
受信:イズミ イズミは美嘉に
メールを打ってたんだ。
《今先生に聞いたら自由行動はグループの 人以外で回っていいみたい♪だから私達と 回ろー!同じグループの子に嫌みでも言っ てやってこっちおいで♪》
顔を上げると 三人はガッツポーズをしている。 その光景におかしくなってしまった。
激しく席から立ち上がるとアヤとミヤビが横目 で睨みつけてきたので、 美嘉はその場でまだ仲良かった時三人で決 めた自由行動の計画表をぐしゃぐしゃに丸 めた。
そして丸めた計画表を アヤとミヤビに向かって投げつけた。
「二人で好きなところ行っていいよっ。美 嘉いると楽しくないしょ?美嘉も楽しくな いし~!!」
床に落ちた計画表は、 戻らない友情の破滅を意味していた。
イズミ達の席に向かう。
アヤとミヤビは不服そうな顔をしてこっちを向 きながら耳打ちし合っている。
「美嘉~楽しもうね♪」
「そうだ楽しもうな!」
「計画立てよ~ぜ」 イズミとヤマトとシンタロウのおかげで
今学校が楽しいんだ。
━修学旅行前夜 旅行の
準備をしていた時
♪プルルルル♪
着信:ノゾム ずっと避けていた
ノゾムからの連絡。
そろそろいいかな…。
『もしもしぃ』
『明日修学旅行だな』 何もなかったように話すノゾム。
『だね♪』
『アヤと喧嘩したのか?』 ノゾムが原因だよ…
いざこざを避けるためにその言葉を飲み込
んだ。
『別にっ!!』
『…返事決まったか?』
普通の会話から 突然変わる話題。
美嘉の中で返事は
100%決まっていた。
『ノゾムとは付き合えないの。ごめん……』 電話の向こうから
ため息が聞こえる。
『ヒロか?』
“ヒロ” 久しぶりの名前に
動揺が隠せない。