じりじりと照り付ける太陽に熱い砂浜。
優しい波の音に みんなの騒ぎ声。
夏休みに入り、 いつものメンバーで海に来た。
クリスマスパーティー以来、 週に一回はこのメンバーで集まっている。
優もケンちゃんも車を持っているから、 遊びに行ける行動範囲がかなり広いのだ。
砂浜に大きいビニールシートを引き、 キャミソールを脱ぎあらかじめ中に着てい た水玉模様の水着で海に向かって走る。
蒸し暑い空気に 冷たい水が心地良い。
金髪の色黒で背が高い人がいると、 つい振り返ってしまう自分…。
海にそんな人なんてたくさんいるのに。 あの人がいるはずないのにね。 バカみたい。
夕日が沈む瞬間を、 海から見るのが好きだった。
人がいなくなり波の音だけが静かに鳴り響 くなかでゆっくりと沈む夕日。
今日もまた楽しい一日が終わった!!
…と充実感を得ることができる。
夕日が沈む瞬間を見るために
夕方まで遊んだりした。
夏休みはほぼ毎日海で過ごしたため、 肌が焼け水着の跡がくっきりと残ってい る。
ヒリヒリとした肌の痛みがとれないまま 高校生活最後の夏休みは終わった。
━高校三年生 2 学期 九月後半
夏と秋の ちょうど真ん中あたり。
少しだけ 肌寒くなってきた風。
夏休みに日焼けした肌も次第にもとの色に 戻ってきた。
この日も学校で授業を終え、 アヤと一緒に玄関を出たその時…
「あの白い車、優さんじゃない!?」 アヤがおもむろに校門の前に止まっていた白
い車を指さす。
スモークガラス、 車体が低く音がうるさいのが特徴のあの 車。
多分…いや絶対に優だ。
白い車は二人に向かってクラクションを 二回鳴らす。
疑問は確かなものへと変わった。
「やっぱり♪行こう!」 アヤと美嘉がその車のほうへ走り寄ると、
助手席の窓が開いた。
「よ~遊ぼうぜ!」
窓から顔を覗かせる ケンちゃん。
それと同時に優が運転席から降り、 ポケットから出した煙草に火を着けた。
「制服初めて見たわ。お兄さん悪いことし てる気分やし!」
優は煙草をくわえたまま後ろのドアを開 け、 美嘉とアヤはそのまま車に乗り込んだ。
煙草の火を消し 車へと戻る優。
「いきなり来てビックリしたやろ?」 優からの問い掛けに興奮気味に答える美
嘉。
「超びっくりした!!」
「つーか何する?」
ケンちゃんは CD を入れながら再生ボタンを 押す。
「ケンちゃんか優さんの家に行きたい~♪」 アヤが助手席の椅子を両手で揺らした。
「俺んち実家だしな~」
ケンちゃんは助けを求めて優の顔を見る。
「俺一人暮らしやし、来てええよ!」 意見は一致して、
優の家へ向かうことになった。
車がとまった場所は 茶色い九階建てのマンション。
大学生の一人暮らしって木造で虫が出そう なボロボロのアパートを想像していたの に…。
車を降りてエレベータに乗り部屋へと向か い、
到着したのは七階の部屋だ。
「勝手に入っとって。俺飲み物とか買うて 来るから!」
優はそう言い残し部屋を出て行った。
「おじゃましま~す!」 広いワンルーム。
七階なだけあって見晴らしの良い景色。 大きくて低いベッドに、テレビや MD コン ポ。
コンクリートの壁にはギターが立て掛けて あり、洋楽の楽譜が貼ってあって床のとこ ろどころに服が散らばっている。
オシャレでいかにも
“年上の男の部屋”と言う感じだ。
「ね。優さんいないことだしアレ探さな い?アレ!」
いたずらっ子のような顔で呟くアヤ。
「うん!!」
アヤの言葉を すぐに理解した。
アヤの言うアレとは…
“Hな本やビデオ”
普通男の部屋には必ず一つはあるはずじゃ ん!!きっとあるよ。
ベッドの下や本棚などをくまなく探したが いっこうに見つかる気配はない。
「「無いぃ~…」」 二人が肩を落としながら残念そうにしてる
と、 ケンちゃんは笑いながら言った。
「あいつそーゆーのにあんまり興味ないか ら無いと思うぞ~」
ちょうどその時玄関のドアが開く音が聞こ え、 美嘉とアヤは何事もなかったように正座をす る。
両手にビニール袋を持つ優は何か怪しげな 雰囲気に気付いた様子。
「なんで正座しとんねん!もしかして俺の 悪口でも言っとったかぁ?」
美嘉とアヤは 顔を見合わせて微笑む。
「まっさかぁ!今優さんのこと誉めてたん で~す。ね、美嘉!」
「そうそう優さんていい男だよね~って言 ってたんだもーん♪アハハ」
二人の行動を知ってるケンちゃんは笑ってい る。
「ほんまか?確実に嘘やろ!まぁえーか!」
「お酒買って来たんですか~?さっそく飲 みましょう♪」
アヤが話を変えてお酒を手に取り、 一人一缶を持って乾杯をした。
アヤと優は飲む飲む。
もともとお酒が弱い美嘉はちびちびと飲ん だ。
こんな時、 お酒が弱い自分をほんの少し恨んでしま う。
ケンちゃんも意外と弱いらしく、 飲み始めてからすぐに顔を真っ赤にしてい た。
四人のテンションが 最高潮になる。
「ってか~みんな未成年なのにお酒なんて 飲んだらいけないの~っ♪」
ほろ酔い気味の美嘉。
「俺もう 20 歳らよ~!」 ケンちゃんはかなり酔っているみたいで、
ろれつが回っていない。
「あたしも~まだ~未成年~♪」 お酒の強いアヤも、
6 缶も飲めば酔ってしまったみたいだ。
「俺やってもう二十歳になったで!」 優はまだまだ
余裕がある。
「ってかぁ~告白されるならどんなシチュ エーションがいい~!?」
アヤがケンちゃんの肩にもたれかかって聞い た。
「俺はぁ~呼び出しとかされたら嬉しいか もな~~優は~?」
「俺?俺はやっぱ直球がええな~!」 二人とも
意外とまじめな答え。
「じゃあ~美嘉は?!」 アヤから突然話しをふられまさか自分に回っ
て来るとは思わず何も考えていなかった美 嘉は、 思いついたことを適当に言うことにした。
「んとね~プレゼントにたくさんのかすみ 草を貰った後、大きい声で叫んで告白され た~い!!」
かすみ草は大好きな花。 でも大きい声で叫んで告白されたいって…
それは言い過ぎたかなぁ。
そんな告白する人はなかなかいないよね。 言ってしまってから後悔…しかし後の祭り
だ。
「なんでかすみ草!?」 ケンちゃんの問いに美嘉は立ち上がって答え
る。
「だってかすみ草ってかわいいじゃんっ♪
白くて小さく!!これっくらい欲しい~!!」
大袈裟に 両手で丸を作った。
「え~そんな告白する人なんて絶対ナルシ ストだよぉ!あたしはパス!」
両手でバツを作るアヤ。
「男が花屋で花束買うってなかなか恥ずか しいもんやで。な?ケン。」
ケンちゃんに 同意を求める優。
「シャイな俺には到底無理だな~!」 予想通り
ブーイングの嵐だ。
でもいいんだ~。 思いついたことを適当に言っただけだも
ん。
しばらく飲み続け、 カクテルを一気飲みした瞬間に意識を無く した。
意識を無くすまで飲んだのは今日が初め て。
嫌な初体験…。
頭がくらくらして、 目の前は真っ白だ。
「う~ん………」
目が覚めた時、 窓の外はもう真っ暗だった。
状況がわからないままカバンの中から携帯 電話を取り出す。
時計を見ればもう PM11 時。
「……やばっ~」 一人ごとを呟きながら、かけられていた布
団をよけてガバッと起き上がった時に気付 いた。
見慣れない部屋。 あ…そう言えば優さんの部屋で四人で飲ん
でたんだ。
やっとのことで 状況を把握。
部屋の中には 誰一人いない。
「アヤ~?優さん?ケンちゃん??」
…返答なし。 静まり返る部屋に玄関のドアが開く音が響
く。
「やっと起きたか~?」 優だ。
しかも一人。
「あれっ、アヤとケンちゃんは!?」
「あ~アヤちゃんが具合悪かったみたいで、 ケンが送って行ったで!」
…二人っきり?? でも友達だし。
そんなに意識することもないよね!!
一人で納得をし、 布団に潜り込んだ。
「プリン買って来たから食うか?美嘉プリ ン好きそうやし!」
「食う~っ♪プリン大好きぃ!!」
布団から飛び出て、 優からプリンを受け取り夢中で食べる。
プリンを食べながらも 時間が気になる。
優はそれに気付いた。
「時間やばいんか?」
優の言葉に プリンを食べる手を止めて頷いた。
「俺が美嘉の親に電話したるか?」
「…どうにかする!!」
「俺んち泊まってもええからな!」 さりげない優の言葉に
心臓の鼓動は早まる。
今帰れば 怒られるのは確かだ。
今日は お父さんが休みの日。
お母さんは外泊を許可してくれるが、 お父さんは厳しい。
娘を心配する気持ちはよくわかるけど…。 怒られるのは気分がいいものではないか
ら。
携帯電話を取り出し、 無心のまま中学からの親友マナミに電話をか けた。
♪プルルル♪
『はいは~い♪』 こんなに元気だと
言いにくい。
『久しぶりぃ~お願いがあるんだけど……』
『どうしたぁ?!』
『今日マナミの家に泊まることにしてもらっ ていいかなぁ…??』
『ん?!Ok♪そのかわり今度おごりね♪美嘉 の家に電話しておくね~!』
『恩にきります!!』
マナミと美嘉の両親は 仲が良い。
だからマナミの家に泊まると言えば、 外泊許可してもらえた。
美嘉もマナミのことを信頼しているから、
だからこそ頼むことができるんだ。
「大丈夫やった?」
優は電話を切った美嘉の表情を 探るように見つめる。
「友達が家に電話してくれるってぇ♪泊ま っていいの??」
「全然かまへんで!」
テーブルに寄り掛かり再びプリンを食べ始 めた。
待てよ…。 アヤ、
もしかしてわざと二人にしたんじゃない の??
アヤもイズミもヤマトもシンタロウも美嘉と優をくっつ けたがっているし…。
優はすごくやさしいし気が合うし大人だし お兄ちゃんみたい。
優も美嘉のことを 妹みたいにかわいがってくれている。
でも… もし優が美嘉の過去を知ったらひくよね。
それに 美嘉は今でもヒロが…。 ヒロのことが…。
「爆睡しとったな~」
優の声で考え込んで心ここにあらずだった 美嘉は意識を取り戻した。
「…まさか寝顔見てないでしょうねっ!?」
「バッチリ見たで~。ヨダレ流しとった!」
「ギャ~最低~!!」
「痛っ!冗談やって!」
立ちひざを立てながら頭をポカポカ叩く美 嘉の手を優がおさえ…
その瞬間、 目が合った二人の動きが止まった。
さっきまでとは違う空気の中で 時計の針の音だけが静かに響いている。
心臓の音が聞こえてしまいそうなくらいに 響き、その振動で体が小刻みに震えている。
美嘉が視線をずらしたと同時に 優は掴んだ手を離しそっと頭を撫でた。
「大丈夫、なにもせぇへんから…」
優は沈黙を破ろうとテレビをつけ、 美嘉はその場に座り込んだ。
手が触れて ドキドキした。 だけど…
ヒロがさらに遠くなっていくような気がし て怖くなった。
ヒロのぬくもりを忘れてしまいそうな自分 が
怖かったんだ…。
小さく体育座りをしながらうとうとしてい ると、優は美嘉を抱っこしながらベッドま で運んだ。
「あ……ごめん」
「疲れたやろ?ゆっくり寝な!」 布団をかけて
そのままベッドの下で横になる優。
「美嘉が下に寝る!!」 優の背中に向かって話かけると、
優は首だけをこっちに向けた。
「何言っとんねん。女の子は体冷やしたら あかんやろ!」
「じゃ…じゃあ優さんもこっちで寝よ う??」
自分の言葉に びっくりした。 なんて大胆なことを…。
いやっ、 変な意味じゃなくて~…美嘉だけベッドに 寝るのは悪いかなぁと思ったんだ。
本当に ただそれだけだよ!!
男と女が一つのベッドに寝るなんて… 何も起きないわけがない
女から言うなんて ある意味誘っているようにさえ思える。
美嘉はそんなことを少しも考えてはいなか った。
優と知り合って 約 10 か月。
優なら…大丈夫。 信用出来る。
それくらい絆は 深まっていたんだ。
「ほんま大丈夫やし!」
「ダメだよっ。風邪引くよ!!」
断る優のシャツを無理矢理引っ張るがそれ でも抵抗を止めない。
こうなったら最終手段。
「優さんが床で寝るなら~美嘉だって床で 寝るからね!!」
腹をくくった美嘉の言葉を聞いた優は 困ったような顔をしてムクッと起き上がっ た。
「…わかったで!」 優が隣に横になり、
美嘉は避けるよう壁側を向く。
離れていても優の体温が布団から伝わって 来て、それがすごく心地良い。
「…起きとる?」
軽い夢を見ていた美嘉は優に呼ばれた声で 現実の世界へ戻った。
夢の続きかと思ってしまうくらいに 遠くから聞こえる声。
「………ん??」 見えないけど、
優は美嘉に背を向けて寝ている気がする。
美嘉も壁を見つめたまま返事をした。
「言いたくなかったらええけど美嘉の昔の 男ってどんなやつやったん?」
昔の男。 付き合った人は 何人かいる。
でも昔の男と言われて頭に思い浮かぶのは ヒロのこと…。
「ヤキモチ焼きで短気でどうしようもない 人だったよぉ…」
こんなの本心じゃない。だけど、 いい所を思い出したくはないんだ。 まだ好きなことを認めるのが悔しいから。
「そうなんや。でも、美嘉の今の言い方
“そこも好きだった”って言い方やったで」
言葉に詰まった。 なぜなら、 当たっているから。
「俺の第一印象どう思ったん?」
突然変わる話題に、 寝起きの思考が ついていかない。
「え…あの…ホストみたいで軽そうだなぁ と思った!!優さんは??」
初めて優を見た時 胸が痛んだ。 理由はヒロに似ているから。 でも言わない。
「軽いホストって…なんでやねん!俺はちっ ちゃい子やなぁ~って思ったな。あと何か 辛いこと背負ってるんかな~とも思った」
「……なんで??」
「前も言うたけど、時々遠い目しとるから。 悲しい目…美嘉は気付いてないんやろうけ どな」
悲しい目?? 悲しい目してるんだ。
返す言葉が見つからず黙っていると、 優は再び話し始めた。
「…美嘉の辛さ、俺に話すことできへん?」
優のやさしい問い掛けに強がる気持ちが壊 れてしまいそうになる。
だけど… 過去を話しちゃったら、もう遊んだり出来 なくなってしまう気がする。
きっと優が思ってる以上に… 美嘉はいろんなものを背負っているから。
「……聞かないほうがいいよ。ひくよ」
「ひかへんって。大丈夫やし…心配せんと き。」
優の落ち着いた低い声が静まり返った部屋 に響く
沈黙の中返事を待つ優。 美嘉は汗をかいた手の平を握りしめ、 思い出すように
話し始めた。
心の傷…レイプ 過ち…自殺未遂 希望…妊娠 絶望…流産
何も言わずに 聞いてくれていた。
「ひいた…??」 話し終えた美嘉の問いに返答はない。 背を向けている優の表情さえわからない。 そうだよね…。
レイプされたとか妊娠して流産したとか。
そんなこと言われても信じられるはずない し…。
汚いとか 思われちゃうのかな。
優とも これで終わりなのかな。
話したことを 少しだけ
後悔した瞬間だった。
「一人で悩んでたん?」
後悔した気持ちは 優の言葉によって揺れ動き出す。
「………え」
「ずっと一人で悩んでたん?」 何て…
何て答えたらいいんだろう。 声が出ない。
「アホ!そんな小さい体で一人で抱えてた ん?辛かったやろ…気付いてやれなくてご めんな」
怒ったような
…でもやさしい言い方。
「……ごめん」 今は謝るしか
言葉が浮かばない。
「美嘉はそーゆー体験してなんか考え方が 変わったとかあるか?」
考え方が変わった??
確かに一つ、 変わったことがあるよ。
頭の中で内容をまとめ、正直に話した。
「レイプとか流産とか…苦しむのは女だけ で神様は不公平だなって思ってたの。でも ね、男も苦しいんだなって思った…」
声が震える。
「そうやな。俺うまく言えへんけど、そう いうことって体験せなわからんことやし。 大人になるためのテストみたいなもんやな いかな?」
「…テスト??」
「神様が美嘉に試練をくだしたんやない? それを乗り越えられるように。神様は意味 のない試練は与えないからな。それはいつ か美嘉にとって意味のあることに繋がると 俺は思うで」
やっぱり、 優の言葉は奥が深い。
心に響くよ…。
「…そうだね……」 さっきまであった後悔の気持ちは
少しもなくなっていた。
「神様だってそんなに意地悪やないで!人 生は幸せと辛さが半分づつなんやって。美 嘉はこれから幸せになれるから」
「…ありがとっ!!」 壁側から優のほうへと体勢を変える。
優は背を向けてはいなかった。
ずっと美嘉のほうを向いて話を聞いてくれ ていたんだ。
向かい合う二人。 目の奥が熱くなる
でももう泣かないって決めたから… 泣き虫卒業しなきゃ。 我慢しなきゃ。
「…なんで我慢するん?俺の前では強がら なくてええよ」
優は涙を堪えてるのことに気付いている。
「大丈夫。美嘉強いもん!!」 強がりで
かわいくない女。 本当は泣いてしまいたいのに…。
「嘘つくな。人一倍傷つきやすくて弱い子 やん!俺わかっとるし。我慢しなくてええ よ」
優の言葉に我慢していた涙がぽろぽろと流 れ、
声を出さずに泣いた。
優はその涙を指先で拭き取りフフッと笑 う。
「…ほんまに、強がりやな。」
美嘉はまだ泣き虫、 卒業できないのかな。
優はベッドを出てティッシュを二枚取り、 美嘉の鼻にあてた。
「ほら、チ~ンしな!」
鼻をかんだティッシュをごみ箱に捨てる 優。
その行動は とても手慣れたものだ。
……妹がいるんだもん。当たり前か。
優は再びベッドへと戻り右手を大きく美嘉 の頭の近くまで伸ばした。
「寒いやろ。俺の腕で寝てええよ!」
「え……いいの??」
横になったままちょこちょこと動き、 優の右手の二の腕あたりに軽く頭をのせ る。
あったかい。 久しぶりに
人肌に触れた。
筋肉があって固い腕。 男の人の腕。
「優さんってやさしいからきっと優って名 前なんだぁ…」
その瞬間、 優は突然体に腕を回しきつく抱きしめてき た。
強い力、 熱くて苦しい…。
でもなんでだろう 嫌じゃない。
優の胸の中が あまりに温かくて…
優が美嘉に何かを伝えようとしてくれて る。
何かはわからない。
でも そんな気がするんだ。
ヒロのぬくもりが… ヒロの体温が… だんだん遠のいてゆく。
抱きしめていた力が少しづつ弱まり、 優の顔が近くなった時
美嘉はそっと 目を閉じた。
小刻みに震える体。
抵抗しなかったのはヒロを忘れたかったか ら。
忘れるためなら誰でも良かったわけじゃな い。
相手が優だから…。
今まで、 他の男と手を繋いだりキスをしたりするこ とはヒロを裏切ることだと思っていたよ。
でもヒロには彼女がいて…そう思ってるの はずっと美嘉だけだった。
もう戻って来るはずもないヒロのために体 を守っている自分が、 女々しくて未練がましくて本当はすごく嫌 いだったんだ。
優とヒロを少しも重ねていないと言えば嘘 になるかもしれないけど、
この 10 カ月間優と遊んで優に少しだけ惹か れていたのは確かで…。
優の柔らかい髪の毛がほっぺにふわっとか かる。
優の唇はゆっくりと 美嘉のおでこに触れた。
唇ではなく おでこに…。
なぜか少し 安心している。
優の唇はおでこからほっぺへと移動し… 柔らかくて温かくてくすぐったい唇が何度
も何度も触れる。
触れる唇から優のやさしさが伝わり、 痛んだ心が癒されてく。
お互いの唇が重なり合おうとしたその時… 優は美嘉の体を
再びきつく抱きしめた。
「無理矢理してごめんな…俺我慢できんか って…ほんまごめん。」
耳元で囁かれた優の言葉がほてった体全体 に伝わり、さらに熱を増す。
謝らないでよ…。
唇にキスをしてこなかったのは、 きっと優なりに理由があるんだよね。
聞きたいことはたくさんあった。 だけど抱きしめる力が強すぎて
言葉にならなかったんだ
抱き合った体から鼓動が伝わってしまいそ うで恥ずかしい。
だけど… 優から伝わる鼓動のほうが大きくて… 美嘉はその鼓動を聞き、優の腕に抱かれた まま眠りについた。
♪プルルルル♪
枕の下、 鳴り響く不快な電話の着信音で目が覚め る。
寝ぼけたまま手を伸ばし誰から来たか確認 しないまま電話に出る。
『もひもひぃぃ…』
『あっ、もっし~♪まさか寝てた!?』 このテンションの
高い声は…
『……アヤ??』
『そっ♪』 大正解だ。
『…今何時ぃ??』
『昼3時だよ~ん♪』
3時?! やばい!学校…
アヤは美嘉の焦った様子に気付いたのか、 笑いながら言った。
『今日は休日で学校は休み~♪』 安心して
胸を撫でおろす。
『びっくりぃ~!!』
『今どこにいる~!?会えない?』
今?? 今…
優の家だった!!
いつもと違う部屋の景色でやっと気付く。 同時に昨日の出来事を思い出し照れくさい
気持ちになった。
『今…優さんちぃ…』 受話器を手で覆いながら小声で答える。
『マジ~?!泊まり?いろいろ話聞きたい♪
あたしも話あるし♪夜話せる?!』
『じゃあ夜電話する!!』 電話を切り隣をちらっと見てみると、
まだ寝ていると思っていた優がこっちをじ っと見ている。
「電話うるさかった??ごめん~!!」 両手をくっつけて謝る美嘉に
優はあどけない笑顔を見せた。
「起きてたで♪美嘉のかわいい寝顔見とっ た。ヨダレ垂れてたで!」
見とれてしまう…。 しかしすぐに言葉を思い返し、 昨日と同じようにほっぺを膨らませて優の 頭をポカポカ叩いた。
「ヨダレなんて垂らしてないしっ!!」
優にとって美嘉は妹みたいな存在だよね。 だから
期待はしないの。
優がそんな男だとは思ってないけど… 昨日の出来事は優にとって一時の過ちだっ たのかもしれない。
優とはこの先もずっと今みたいに友達でい れたら充分だから…。
「まだ 帰りたくないなぁ……」
優がシャワーに入っている間、 テーブルに肘をついきテレビを見ながら深 いため息をついた。
シャワーから出て来た優はタオルで髪を拭 きながら近付き、 ニュース番組に夢中になっている美嘉の背 後から顔を覗かせた。
「今日まだ時間ある?」
「え…大丈夫っ!!」
まだ帰りたくなかった美嘉にとっては 待ちわびていた言葉。
優の濡れた髪先からポタリと落ちる雫が ひんやりと冷たい。
「じゃあどっか行くで」 シャワーを借り、
まだ濡れた髪のまま制服に着替えた。
「髪濡れとるやん!」
「自然乾燥~!!」 洗面所からドライヤーを持って来て、
美嘉の頭にドライヤーをあて髪を乾かす 優。
さりげないお兄ちゃんみたいな行動、 実は結構好きだったりもする。
髪が乾き、 軽くメイクを終え部屋を出た。
「おじゃましました♪」 車に向かう途中、
優は車の鍵を指でくるくると回している。
「優さんってよく車の鍵回してるよね っ!!」
「俺緊張したらよくやっちゃうねん。癖!」
「えっ、じゃあクリスマスパーティーの時 緊張してたの!?!?」
「俺、あん時も鍵回しとった?」
優は鍵を回す手を止め、照れた表情を見せ る。
「回してたぁ。緊張してたんだぁ!!」
「俺、シャイやからな!それより制服ほん まにそそられるな~お兄ちゃんやばい わ~!」
「変態親父~!!」 こんな会話をしながら
助手席に乗り込んだ。
でも… でも一つ疑問に思っていることがある。
なんでさっき 車の鍵回してたの?
緊張してるの…??
シートベルトを締め、 持っていたカバンを足元に置いた。
「さぁお姫様、どこ行きますか~?」
「海!海行きたい!!」 即答。
大好きな
…大好きな海に行きたい!!
「なんでこんな時期に海やねん!まぁ、お 姫様のわがまま聞いたるわ!美嘉は海から みる夕日好きやもんな~」
車は 海へ向かって走る。
途中優が煙草を買いたいと言うので スーパーに寄った。
車の中で優が戻って来るのを待つ。
「お待たせ。出発するで~ちょうど夕日が 出てる時間やな!」
海に到着。 さすがにこの季節にもなると誰もいない。
「貸し切りだあぁ!!」 靴とルーズソックスを脱ぎ海に向かって走
った。
夕日が沈むまでは あと少し。
そーっと足を 水に近づける。
「水冷たっ!!」 優も靴を脱ぎ
ズボンを軽く捲くりあげて水に入った。
「これはやばいわ~でも気持ちいいな!」 渋い顔をしている優に軽く水しぶきをかけ
る。
優もそれに対抗してか水しぶきをかけてき た。
「ちょっ…冷た~い!!ってか口に入ってし ょっぱ~い!!」
「美嘉からやったんやろ~。ざまあみ ろ~!」
周りから見ればこんな季節に海に入って、 変な目で見られるかもしれない。
でも、楽しかった。 今が楽しけりゃそれでいいと思うんだ。 周りの目なんて関係ないよ!!
潮のせいで 白く色づいた制服。
気が付けば夕日が眩しく二人を照らしてい る…。
砂浜に腰を降ろすと 優は煙草に火を着け音をたてて煙を吐き出 した。
「妹…やもんなぁ~」 優に言葉を返す。
「優は~お兄ちゃんだもんねぇ!!」 優はまっすぐ向いたまま再び煙草を加え
る。
夕日に照らされた優の横顔があまりに綺麗 で、
目をそらさずにはいられなかった。
「最初は妹みたいやと思ってたのになぁ…」 優の言葉が
理解できなかった。
ただいつもと違う雰囲気だということは感 じる。
胸の鼓動が高鳴る…。
「…どしたの??」
優は携帯灰皿に煙草を押し付けて火を消し 真っ直ぐ遠くを見つめたまま立ち上がっ た。
「待っててな」 頭をくしゃっと撫で
車のほうへと歩いて行く優の背中を見つめ いつもと違う様子に疑問をもった。
今にも沈みそうな夕日を見つめていると、 後ろから近づく足音。
この足音は優だとわかっているはずなの に、
振り向けない…。
優は美嘉のすぐ後ろで足を止め、 その場に腰を降ろした。
「プレゼントやで!」 優が差し出したのは、
両手では持ち切れないほどのかすみ草。
優は再び立ち上がり、 遠くに向かって叫んだ。
「俺~、 美嘉の事好きやー!」
思い出したのは、 昨日酔った時に言った言葉…。
【告白されるなら、プレゼントにたくさん のかすみ草を貰った後に、大きい声で叫ん で告白された~い!!】
…こんなの、 その場で思いついた嘘だよ…
優だって男が花束買うのは恥ずかしいって 言ってたじゃん。
本当にするなんて 思っていなかったよ…。
「こんな感じやろか?」
照れくさそうな優。 美嘉はうつむき、
涙をこらえて笑いながら答えた。
「バカぁ…あんなの冗談で言ったんだよ っ…」
優はその場に もう一度座り込む。
「ほんまに?俺、かっこわるいやんな…」
顔を上げて優の顔を見るとほんのり赤くな っているように見えた。
夕日があたっているせいかな。 でもきっと
それだけではない。
「……でも嬉しいよ」 優に聞こえるか聞こえないかくらいの小声
で 呟いた。
かすみ草をプレゼントされて大声で告白。 すごく
嬉しかった。
昨日言った思いつきの嘘は真実へと変わ る。
「俺本気やから」 優は美嘉の向かいに座り髪を優しく撫で
る。
思い出すのは やっぱりヒロの顔…。
「でも美嘉ね、まだ元彼を…」
「それでもええねん。俺が忘れさせたるか ら」
優は美嘉の言葉を最後まで聞かずに遮っ た。
それでも半泣き状態のまま話し続ける。
「いろんな過去聞いて…嫌にならなかった の?美嘉汚れてるよ??」
「美嘉は汚れてへん。俺全部受け止める自 信あるから。俺が美嘉を幸せにしてやりた いねん」
「優さんと元彼、比べちゃうかもしれない よ?そんなの嫌でしょ…??」
声にならない。 優は少し寂しそうに笑って答えた。
「そんなんわかっとる。俺、元彼の代わり でもええよ。でもいつか越えてみせるから… 元彼のことずっと忘れられへんかったら振 ってもかまへん」
優は 本当にそれでいいの? 辛くないのかな…。
優は何も言えずに黙り込む美嘉の肩を引 き、
自分の胸へと埋めた。
「ほんまに好きやねん。絶対幸せにしたる から俺と付き合って欲しい」
揺れ動く気持ちが、 固まる。 優の胸の中で ゆっくりと頷いた。
今は優の言葉を 信じてみるよ…。
突然立ち上がり裸足のまま海へと走ってく 優。
美嘉も 優の後を追った。
「俺、絶対昔の男に負けへんからなー!」 優が沈む夕日に向かって大声で叫ぶ。
「ほら、美嘉もなんか叫ぶとええよ!スッ キリするで!」
「美嘉は…優を信じてみま~す!!」
夕日にあたった二人はほんのり赤い顔を見 合わせて微笑んだ。
この日から、 美嘉と優の付き合いは始まったんだ。
砂浜に戻り 再び腰を下ろす。
夕日が ちょうど沈んだ。
優は美嘉の後ろに座り、小さい体に 腕を巻きつける。
美嘉は砂浜に置いてあったかすみ草の束を 両手で持ち上げた。
「かすみ草大好き!!」
「なんでかすみ草が好きなん?」 優はかすみ草を
指で突きながら問う。
「かすみ草って脇役じゃん??他の花の引 き立て役。だけどかすみ草があるとね、花 が引き立つんだよっ!!それってすごいじゃ んっ!!」
自慢げな美嘉の話を最後まで聞き終えると 優は口を開いた。
「かすみ草って白くて小さくてなんか美嘉 みたいな花やな!小さいのに一生懸命頑張 ってるしな」
外が暗くて優の表情も見えないせいか、
今ならなんでも聞ける気がした。
「あの…告白、恥ずかしかった??」
優は美嘉のほっぺを ぎゅっとつねる。
「当たり前やん。冗談やったとはやられた な!」
「いたたたた。ごめんなさいぃ…もし美嘉が 海行きたいって言わなかったらどうしてた の??」