毎日学校へ行っていた頃がまるで嘘のよう に、
夜中に寝て昼間に目覚める… そんなだらだらした生活を送っていた。
“慣れ”って凄いもので学校へ行っていた 頃は朝 6 時とかに起きるのが辛いわけでも なく、
それがごく普通の 生活だった。
だけど毎日が日曜日の今 だらだらした生活を続けてきてしまったた
めに、学校へ行っていた頃のような生活に は戻る自信がない。
四月からは大学生。 それまでには
生活を戻さなきゃ。
今日もいつものように、太陽が一番高い位 置まで昇ると言われている 昼間に目が覚めた。
顔を洗おうと洗面所に向かおうとした時、 居間から聞こえる
激しい怒鳴り声。
ドアの隙間から覗いてみると、 お父さんとお母さんが 何か言い合いをしている様子。
お父さんがソファーに座って腕を組み、 お母さんが立ち上がって何かを叫んでい る。
内容は聞こえない。
両親が喧嘩するなんて今まではあまりない ので、
めずらしい光景だ。
子供はあまり首を突っ込むべきではないと 考え、
気付かないフリをして 顔を洗い始めた。
しかし… それから喧嘩は 毎日毎日続いた。
居間に響き渡る悲鳴のようでもある怒鳴り 声。
皿やイスなどを 床に投げつける音。
しかめっつらで家から出て行くお父さん。 うずくまって涙を流す
お母さん。
喧嘩は しょうがないこと。
布団にくるまり CD を大音量でかけて 何も聞こえないように過ごす日々か続い た。
仲直りしてくれるまで、我慢我慢。 そう思って…。
ある日の朝、 いつもに増して激しい言い争いの声で 目が覚めた。
また喧嘩してる。 もういいかげんにして欲しいよ…。
聞いてる子供の気持ちも考えて欲しい。
お父さんが今日もまた 外に出て行った。
再び眠りにつこうとしたその時… ガチャッ
部屋のドアが開く。 布団から出て、
ゆっくりと振り向いた。
「起きてるかい?」
…お母さんだ。
「今、起きたよ!!」 お母さんの目は
赤く腫れている。
また泣いたのかな…。
「美嘉に話あるんだけど大丈夫?」
「……うん」
肩を落としてその場に座るお母さんが
なんだかちっちゃく見える。
そしてお母さんの口から出る言葉を聞くの が、
なぜか怖くなった…。
静まり返る部屋に響き渡るエンジン音。
お父さんが車に乗ってどこかに行ってしま ったことを意味している。
お母さんはその音の方向に目線を向けなが ら
沈黙を破った。
「家出て行かなきゃならないかもしれない の。」
…家?出ていく?? 理解が出来ない。
頭が混乱する。
自分なりに答えを出そうと試みるが… やはり無理だ。 悪い答えしか出てこない
お母さんの言葉を待つ。
「お父さん会社やめるかもしれないの。だ からこの家のお金払えなくなっちゃうの よ。」
お父さんは何回か 仕事を変えている。
でも美嘉にとってそれが悪いことだとは少 しも
思わない。
自分がやりたい仕事を探すのに年齢は関係 ないと思うし、 人間関係がうまく行かなくて嫌になるのは 仕方のないこと。
お父さんは家の大黒柱だから、 女と違って結婚しても働かなきゃならない し…。
…大変だよね。 それはわかってるよ。
でも、 それでお母さんが悩む姿を何度も見てき た。
美嘉はまだ子供だから、大人の事情は わからない。
でもお母さんはずっと 悩んでいたんだ…。
「…いつ??」
お母さんから目をそらしカーテンから漏れ る光を見つめながら問う。
冷静ぶってる。 でも実はかなり 動揺している。
「まだいつかはわかんないけど近々ね…」
小学校の時から住んでたこの家。 離れるの嫌だよ。 でも嫌だなんて、
そんなわがまま言えないよね…。
今の美嘉は大きな収入があるわけでもな い。
どうすることも
出来ないから…。
だけど、 家が変わっても
家族が一緒なら大丈夫。
家族が一緒ならどんなことがあっても… 乗り越えて行けるよね。
長い独り言を頭の中で呟きながら、 カーテンの隙間の外から見える景色だけを じっと見つめていた。
お母さんは少し震えた…小声で再び話し始 めた。
「お父さんとお母さん、どっちについて行 くか考えておきなさい。」
そう言い残し… お母さん独特の心地よい香りを残して部屋 から出て行ってしまった。
…え?? それって
どうゆう意味??
みんなで同じ家に引っ越すんじゃないの? そうだよね?
違うの?? お父さん…。
お母さん…。
“離婚” こんな二文字が
頭をよぎる。
聞き慣れない言葉。
中学校に通ってる時までは必ず毎年家族で 夏はキャンプに、 冬は温泉旅行に行っていた。
「美嘉んちの家族って仲いいよね~!」 友達にもよく
そう言われた。
家の中は毎日毎日 笑い声が耐えることはなかった。
でも… ある日を境にお父さんとお母さんが突然口 を聞かなくなったんだ。
その時は気付かなかったけど、 今考えたら初めてお父さんが仕事をやめた 日だったな…。
それから家族で一緒にご飯を食べることも 減って
毎年行ってたキャンプや温泉旅行もいつの 間にかなくなっていた。
居間にお父さんとお母さんが二人でいると 気まずい雰囲気の時もあって、
どうにか盛り上げようとお姉ちゃんと一緒 にわざとバカ騒ぎして怒られたこともあっ たね…。
お姉ちゃんはバイトを始めてからなかなか 家に帰って来なくなり、
美嘉もわざと自分に目を向けてもらうため に遅い時間に帰ったりもした。
家族が昔と違ってバラバラになっているの はなんとなく気付いていたけど
まさか離婚まで進んでるなんて少しも思っ ていなかったよ…。
お母さんの雰囲気や言い方に“離婚”は近 いうちにある現実だと悟った。
しかしその現実を受け止めることが出来な い… とりあえず服を着替え軽くメイクをして家 を出た
向かう先は、 お姉ちゃんのバイト先。
お姉ちゃんはどこまで知ってるのか… そしてどう思ってるのかが知りたい。
バイト先であるコンビニに入る。
「いらっしゃいませ~。あ、美嘉!」
「お姉ちゃん、今ちょっと話せる…??」 お姉ちゃんは周りをキョロキョロと見渡
し、 小さい声で呟いた。
「あと二時間でバイト終わるから裏で待っ てて」
コンビニの裏に行き、 返品する本や賞味期限が切れたお弁当にか こまれながら近くにあったイスに座りぼー っとしていた
時間はどんどん過ぎてゆく。 ガタンッ
いきなりの物音に体が硬直。
「ごめんごめん今終わったから!着替える から外に行こう?ヒデオ迎えに来るから!」
…バイトを終えたお姉ちゃん。
ちなみにヒデオとはお姉ちゃんの彼氏の名 前。
詳しくは知らないけど
30 代前半らしく何回か家に遊びに来たこと もある
なんとなく笑顔がうさんくさい感じで、 あまり好きではなかった
家の… 家族の話だから
お姉ちゃんと二人でしたいのに。
タイミングを逃してしまい結局言えないま ま二人は外に出た。
コンビニの前には黒くて大きなワゴン車。 その横にはヒデオ。
「妹も一緒なんだけど大丈夫?」 お姉ちゃんの問いに
ヒデオは頷く。
「妹さんよろしくね!」 嫌々ながらも軽く頭を下げ車に乗り込ん
だ。
「話って何?」 お姉ちゃんが助手席から振り返り美嘉に問
う。
ヒデオの存在を少し気にしつつも 答えるしかないこの状況
「お姉ちゃん家のことどこまで知って る…??」
お姉ちゃんから笑顔が消えた。
「全部…知ってる。家出ることも離婚するこ とも。美嘉も聞いた?」
「うん、今日の朝聞いたねぇ、どう思っ た…?家族バラバラなんて寂しいよね…?」
【寂しいよ】 この言葉を待っていた。だって家族が…ばら
ばらになるんだよ?? 寂しいよ。
お姉ちゃんの口から出た言葉によって 心の奥の傷はさらにえぐられた。
「しょうがないよ。決めたことなんだから… 私はお母さんについていくつもり。」
そんな…。
“しょうがない” お姉ちゃんはそれでいいの…??
うつむきながら無言を続けると運転してい たヒデオがハンドルを握りながら口を開い た。
「お父さんとお母さんのこと好きでしょ? 大好きな二人が決めたことなら受け止める べきじゃないの?」
受け止める? なんで?
大好きだから だからこそ離れてほしくないんだよ。
「美嘉、もう少し大人になりなよ。」 お姉ちゃんは、
真っ直ぐ前を見ながら冷たく言い放った。
でもね、 見えてるんだよ。
頬に伝わり流れる涙…。 お姉ちゃんも本当は寂しいんだよね。 離婚はしょうがないことなの…?
「降ろして…」
車を降り、 全速力で走った。
人は辛い時… 走ることが一瞬なにもかも忘れることがで きる唯一の手段なのかもしれない
神様…あなたはどうしてこんなに苦しめる のですか。
やっと高校を卒業してこれから新しいスタ
ートって時に…
これも優が言ってた大人になる試練なの? 大好きな人が離れて行くのはしょうがない
って諦め
大好きな人が決めたことだからって受け止 めなければならない。
それが
“大人”なのですか?
もしそれが
“本当の大人”なら 美嘉は大人になんかなりたくはないです…。
お姉ちゃんとヒデオの言葉納得がいかない。
大好きな人が離れていくのを受け止められ るほど美嘉はまだ大人じゃないから…。
♪ブーブーブー♪
ポケットで響く振動に 走っていた足を止める。
着信:イズミ
イズミ… 今の状況で友達の存在はかなり大きい。
『もしもし♪元気~?』 明るい声に
少しだけ気持ちが落ち着き始める。
『イズ…ミぃ…』 ついさっきまで全速力で走っていたため
に、 息が切れて声が出ない。
『ん?美嘉どうしたの?何かあった?』
美嘉は足を止めて、 まるで助けを求めるかのように話し始め た。
『あのね…親離婚で…家が…引っ越すの…』 さっきまでは走っていたおかげでどうにか
涙を堪えることが出来た。
しかし足を止めた今、
たまっていた涙が我慢していたぶんこぼれ 落ちる
『大丈夫!?今どこにいるの!?』
『うさぎ公園の前…』
『今行くから、そこにいて!絶対だよ!』 イズミは美嘉の返事を聞かず一方的に電話を
切った
美嘉はうさぎ公園に入りブランコをゆっく りゆっくりとこいでいた。
「…美嘉!」
電話を切ってから 10 分も経たないうちに、 イズミは走って公園に来た
汗をかいて、 息切れしながら…。
「イズミぃ…」
「心配かけて!バカ!とりあえず私の家行 こう?シンタロウいるけど…」
イズミは美嘉の手を取り、ぎゅっと強く握り しめ
二人はイズミの家へと歩き始めた。
こんな時、 普通なら優に相談するよね…。
でもね、 出会った日優が話してくれたこと今でも覚 えてる
優の両親は離婚してるって。
美嘉が相談したら、 優が昔のことを思い出して悲しい想いをす るのが嫌だったの。
だから相談出来なかったんだ…。
「喉渇いたでしょ?私ジュース持って行く からドアに名前書いてあるから部屋入って ていいよ♪」
イズミの家に到着。 階段を上がり、
“IZUMI”と書かれたプレートの掛かって いるドアに手をかけた。
「美嘉久しぶり。」 そう言えばさっきイズミがシンタロウもいるって
言ってたっけ…。
「シンタロウ久しぶり。邪魔しちゃってごめん ね…」
「今ちょうどラブラブしてたのにな。…なー んて嘘だけど。暇してたし気にすんなって」
「お待たせ~!」 イズミは両手がふさがっていたために足で部
屋のドアを開け、 コップに入ったいちごみるくを手渡してく れた。
「あ、ありがとぉ…」 イズミはその場に座り、
テーブルにひじをつきながら問い掛ける。
「何があったの? 話して?」
…「何があったの? 話して?」
この言葉、 何度言ってもらったかな
いつもいつも話し聞いてもらってるね。 情けないね…。
ごめんね。
いつもいつも聞いてくれてありがとう。
「あのね、親離婚するかもしれない…お父さ んが仕事やめちゃって、最近お父さんとお 母さん毎日喧嘩ばっかりで…今住んでる家 ももう出て行かなきゃいけなくて…お姉ち ゃんはしょうがないって」
手に持ったいちごみるくを一口飲んだ。 甘いはずなのに
なんでしょっぱいんだろ
あぁ、そっか。 涙でしょっぱいんだ。 家族がバラバラになることって こんなに寂しいことなんだね。
イズミとシンタロウはただただ頷いて聞いてくれ ていた
話をしながらも涙が止まらない。 そのうち泣き疲れてしまったのか、 いつの間にか眠りについてしまった…。
…浅い眠りだったのかもしれない。
寝ながら考えごとをしていた。
…と言うより、 暗闇に向かって何かを叫んでいる夢を見て いたのかもしれない。
お父さん お母さん
覚えていますか。
まだ小さい頃にね、
「美嘉はお父さんとお母さんどっちが好 き?」
こう問い掛けたことを。 あなたたちにしたら
冗談半分だったのかもしれない。
でもね、 美嘉は幼いながらも一週間考えて考えて… 食事も喉に通らないくらい悩んだ。
でも結局答えは出ませんでした。 両方大好きだから。 お父さんもお母さんも大好きだから… 選べなかったの。
お姉ちゃん 覚えていますか
一ヶ月くらいね、 あなたの部屋に布団を敷いて一緒に寝たこ とを。
その時期美嘉はすごく悩んでいたんだ。 でも誰にも相談出来なかった。
ただあなたと一緒の空間にいるだけで… 悩みなんて忘れることが出来たんだよ。
誰よりも一番信頼出来る人なんだ。
それくらいみんなのことが大好きなの。 離れたくないよ。
離れたくない。
これからも ずっとずっと一緒にいたいよ…。
ドタドタ… バタンッ
誰かが階段を上り、 激しくドアを開けた音で目を覚ました。
外はもう真っ暗。
泣きながら寝ちゃったんだ…。 あくびをしながら伸びをした時、
目の前に立ちはだかった黒くて大きな影。
口を開いて両手を伸ばしたたまま、 恐る恐る見上げた。
…優!? 優がなんでここにいるの?? 夢の続き…??
「行くで」 優は不機嫌そうな顔で美嘉を軽々と持ち上
げ、 そのまま階段を下りた。
状況が理解出来ずにイズミとシンタロウに助けを 求める
唇をパクパク動かす二人
【が・ん・ば・れ】 二人の唇は確かにこう動いていた。
強引に助手席に乗せられ車は動き出した。
「なんでここに…??」 美嘉の問いに無視する優 それどころか
目すら合わせてくれない
こんなに機嫌悪い優を見るの初めてかも…。
車は優の家に到着し、 再び持ち上げられて部屋へと連れ去られ た。
壁に寄り掛かり、 体育座りをしてみる。
相変わらず何も話そうとはしない優。 テレビをつけてないから時計の音しか聞こ
えない
電気さえもつけていないから優の表情も見 えない
「優…電気つけないの??」
遠慮がちにそう呟くと 優は立ち上がりこっちへと向かって来た。
その反動で机に置いてあったリモコンが床 へと落ち、
不快な音が部屋中に響く
優は目の前に腰をおろした。 暗闇にだんだんと目が馴れてきた。
表情まではわからないけど態勢はうっすら 見える
見える優の姿 怖すぎ…。
いつものやさしい 大人な優ではない。
暗闇がさらに迫力を増している。
「ゆ…優??」 恐怖でおびえながら小声で言うと、
優は美嘉の両手首を掴み強く壁に押し付け た。
「…痛っっ!!」 その力はとても強くて、優は男なのだと改
めて実感してしまう。
…なんて、 今そんなことを実感している場合ではない けど。
優は痛がる美嘉を見て、少し力を弱めた。
「…なんで俺に言わへんの?」
「えっ??」
「俺には相談出来へん?俺じゃ頼りないん か?」
優が何を言っているのかよくわからない。 でも、
きっと美嘉がイズミとシンタロウに相談したこと を、
すでに知っているように感じた。
「イズミちゃんとシンタロウから全部聞いたで」
やっぱり聞いたんだ。 家のこと…。
目は完全に暗闇に馴れ、表情も見えるよう になってきた。
鋭い目 怒りの顔。
普段優しい人が怒ると怖いってよく言うけ ど、
あながち嘘ではない。
優の顔を見ていたら何も言う勇気がなくな りそうだったので下を向いた。
「だって優の家離婚したから…思い出すか なぁと思って…」
手首を掴まれた手がゆっくりと離れ… 二人のおでこがくっつく
「アホか!同じ経験したことあるからこそ 話聞けるんやろ。」
「ごめん…」
「ったく…ほんまアホやな。だからほっとけ へんねん」
ため息をついて呆れた顔をしながらも きつくきつく抱きしめてくれた。
優の暖かい体温が 美嘉の不安や悲しみを少しづつ吸収してゆ く…。
さっきまでイズミの部屋で寝ていたはずなの に、
安心感からか再び睡魔が美嘉を襲う。
最近両親の喧嘩のせいで寝不足だったしな ぁ…
「こんなとこで寝たら風邪引くで」 優が抱っこしようとしてくれたが、
自ら立ち上がった。
「平気。自分で行く…」 手を繋いだままベッドへと向かった。 まだひんやりと冷たい布団に潜り込む。 それに続いて優も布団に入り、
右手を横に伸ばした。
美嘉はちょこちょこと優の右腕に移動し、 肩のあたりに頭を乗せた
優しく髪を撫でる優。
そのしぐさがとても心地良く、 嫌な出来事なんか全て忘れてしまいそう。
「優、ごめんね。」 優は髪を撫でる手を一度止め、
そしてまたすぐに撫で始めた。
「何がやねん」
なんで謝ってるのかなんて知ってるくせ に…
意地悪。
「優に相談しなかったことごめんなさい…」
「別にええよ。」 この口調
まだ少し怒ってるみたい
いや、 怒ってると言うよりスネている感じかな ぁ…。
「優おやすみのチュウは~??」 寝る前にはおやすみのキスをすることが、
二人にとって日課みたいなものだった。
「美嘉悪い子やったから今日はおあずけ な!」
そう言って頭を叩く優の表情に少し明るさ が戻ったような気がした。
しかしその表情もすぐに消えてしまい、 真面目な顔をしながらゆっくりと美嘉のほ うに体を向けてきた。
美嘉も腕枕をされたまま優のほうを向く。
向かい合わせになった二人。 優の吐息が美嘉の髪にやさしくかかり、
髪がふわっと揺れる。
美嘉の吐息が優の首もとにかかり、 えりがふわっと揺れる。
「美嘉はお母さんのどこが好きなん?」 突然の優の問いに、
少し戸惑いながらもお母さんの姿を思い出 しながら返事をした。
「あのね、料理が上手なところとすごい優 しいところと美嘉を支えてくれるところ…」
「ほなお父さんの好きなとこは?」
「怒ると怖いけど心配してくれるとこと か、どっかに連れて行ったりしてくれるし、 いつも美嘉を思ってくれるところ…」
「お姉ちゃんは?」
「喧嘩するけど相談のってくれて話聞いて くれて美嘉のこと1番わかってくれてると ころ…」
「美嘉は家族みんなが大好きやもんな。」
「うん…」
「なら、それを素直に伝えるとええよ。」
「…伝える?」
「俺も家族好きやったし離婚せんでほしか ったんやけど離婚せんでって言えへんかっ た。今もずっと後悔しとる。あの時俺が素 直になっとったら何か変わってたかもっ て」
美嘉は 今日お姉ちゃんとヒデオに言われたことを思 い出した。
「美嘉はお父さんもお母さんも大好きだか ら、大好きな二人が決めたことを受け止め なきゃいけないんだって…美嘉はもっと大 人にならなきゃいけないの…」
受け止めなければならない。 現実を…。
受け止めなきゃ。
空いてるほうの手で、 美嘉のほっぺをギュッとつねる優。
「家族を想う気持ちに大人も子供もない わ。思ったことを口にすればええねん!美 嘉には後悔してほしくないねん。」
自然に優の体に手を回していた。 胸にうずくまる。 頼ってもいいかな…??
「あのね、いきなりね、毎年行ってた家族 旅行がなくなったの…」
「うん」
「それでね、いきなりお父さんとお母さん が話さなくなってね…」
「うんうん」
「前はね、一つの大きなお皿におかず入れ てみんなで取り合ってたのに、今はみんな 一人一つのお皿に分けられてるの」
「うん」
「居間からね、笑い声が聞こえてこないの。 それでね…」
「うんうん」 優は張り詰めた糸がプツンと切れたように
泣きじゃくりながら話し続ける美嘉の肩を 抱き寄せ、
黙って聞いてくれていた
ただただ頷きながら…。
=
ようやく落ち付いた時、優は服のすそで鼻 水を拭いてくれた。
「楽になったか?」
「…うんっ!!」
「美嘉手出してみ?」 優の体に巻きつけた手を離し布団から出
す。
優は美嘉の親指と薬指と小指を折った。 出来たのは、
ピースサイン。
「ピース?チョキ??」 優は微笑み、
自分もピースをしてその指を美嘉のピース とくっつけた。
「俺がガキん時、親父に教わったおまじな い。 ピースには二つの意味があって、一つ目は
“辛い時とか勇気が出ない時にピースする と元気が出て笑顔になれる”」
「二つ目は??」 返事を急かす。
「二つ目は“誰かに向かって頑張れって応 援する時にピースをすればされた人は成功 する”らしいで!」
「ピースかぁ…そう言えば受験の時とかピ
ースしてくれてたよね!それって頑張れっ て意味だったの??」
「そうやで!だから受験成功したやん♪」
「しかも…美嘉今元気出て来たしっ!!」
「やろ?落ち込んだ時はピースやで。俺美 嘉が泣いてる顔も好きやけど、笑ってる顔 のほうがもっと好きやから!」
じゃれあっているうちにいつの間にか二人 共寝てしまった。
♪プルルルル♪
枕もとで鳴り響く うるさい携帯電話の着信音で目が覚めた。
着信:家
きっと昨日連絡もしないで外泊したから 心配して電話をしてきたのだろう。
電話はしばらく鳴り続けていたが出なかっ た。 もうちょっとゆっくり考えたいから…。
鳴り止んだと同時に携帯を手に取ると、 メールが二件ほど届いている。
しかも日付を見ると 届いたのは昨日だ。
メール BOX を開く。 受信:イズミ
《勝手に優さんに話してごめんね。でも、 優さんが1番美嘉のことわかってると思っ たの(:_;)勝手なことしてごめんね。私美嘉の 味方だからね!いつでも話聞くから♪》
受信:シンタロウ
《心配ばっかかけやがって。でももう慣れ た。むしろこれからも相談してこい!》
…ありがとう。
《話聞いてくれてありがとう(>_<)あと、 優に教えてくれてありがとね!超大好き
(^3-)家のこと、また報告するね。》
心でお礼を呟きながら二人同時に送信。
優は洗面所にいるみたい ちゃんとお礼を言わないと。
それと両親の離婚の意思はおそらく変わら ないだろうけど、
近々家族と話してみる。
もう逃げないよ。
「お、起きたか~。」
洗面所から戻って来た優はなぜか黒いスー ツを着てネクタイを締めている
授業かな。 でもまだ今は春休みのはずだし…。
「行くで!」
優は机から車の鍵を取り指でくるくる回し た。
「えっ、どこに??美嘉ノーメイクだし…寝 癖とかもひどいよ!?」
「えーからえーから」
強引に手を引かれたまま玄関へ行く。 美嘉は玄関の前で立ち止まってしまった。
「はよ行くで!」
「…靴がない!!」
そう…靴がない。 確か昨日イズミの家で寝ていて、
優が美嘉を抱えてそのまま車に…
「イズミちゃんちに靴置いたままやった」
「そーだぁ!!どうしよ~…」
「問題あらへん♪」
優は美嘉をパッと持ち上げる。 そのまま部屋を出て鍵を閉め、エレベータ
ーを降り強引に助手席に乗せられてしまっ た。
「出発するで!」
出発ったって… どこに行くんだよぉ~…
何も聞かされないで 寝起きでノーメイクのまま外に連れ出され 少し不機嫌だ。
さっき優が車の鍵を指で回してた行為。 あれは優が緊張した時に出る癖だというこ とをすっかり忘れて…。
着いたのは、 美嘉の家の前。
「えっ、美嘉の家行くの?!」
「そうやでぇ」
優は再び靴がなく裸足の美嘉を助手席から 持ち上げ、 玄関の前へと運びストンと降ろした。
「ちょっ…やばいよ!!昨日無断外泊した し…」
「俺を信じろ」
何かを決断したような表情。 何も言い返すことが出来ずにおそるおそる 玄関のドアを開いた。
「た…だいまぁ!!」 居間から聞こえてくるのはいつもと変わら
ない二人の怒鳴り声。
頭が痛くなる。
「入っていいよ…」
「おじゃましますは言わへんでええの?」
「喧嘩して帰って来たの気付いてないみた いだからいいよ!!」
靴箱の横に落ちていた小さなビニール袋を 拾い、優を部屋へと案内した。
「かわいくて女の子らしい部屋やな。美嘉 っぽいな!」
美嘉の部屋に優がいる。 なんか変な感じ…。
優が家に来てくれて嬉しいはずなのに… 笑顔を作っているけど本当はすごく悲しい んだ。
二人の喧嘩の声。 美嘉ね、
昨日無断外泊したんだよ??
怒らないの?? 帰って来たのに気付いてくれないの?? 家族なのに寂しいね。
本当に離れちゃうのかな
「何持ってるん?」
優は美嘉が手に持っているビニール袋を指 さす
「これ玄関の横に落ちてたの。ゴミだった ら捨てようと思って一応持って来たの っ!!」
ビニール袋の中身を確認しようと覗く。 その中身が確認出来た時美嘉は袋を床に落
とした
床に落ちた反動で袋にはいっていた中身は パラパラと音を立てて散らばった。
袋の中身は写真。 お父さんとお母さんが二人でうつっている
写真。
その写真がちょうど二人の真ん中で半分に 破られている。
お父さんが破いたのか お母さんが破いたのか そんなこと今はどうでもいい…。
ただその事実がショックだった。 優は何も言わずに床に散らばったバラバラ
の写真を集め、 机の上に置いてあったセロテープでパズル のように写真をくっつけ始めた
破かれた写真の中に、 美嘉がまだ生まれたばかりの頃だろうと思 われる写真がある。
まだ赤ちゃんの美嘉はお父さんに抱っこさ れていて お姉ちゃんはお母さんに抱っこされてい る。
その写真がみごとに半分に破られ…
【私はお母さんについて行くよ】 昨日お姉ちゃんが言った言葉が鮮明によみ
がえり美嘉はその場に腰を抜かした。
「くっつければ絶対戻るで、大丈夫」 優の言葉で我に返り、
一緒になって写真をセロテープでくっつけ た。
写真の上に涙を流しながら…一枚一枚繋げ 合わせる。
全ての写真をくっつけ終えて再び袋に入れ た時、優が突然立ち上がった。
「作戦開始やで」 優は美嘉を起こし、
写真の入った袋を持ったまま部屋を出て居 間へと向かって行く。
「え??今お父さんお母さん喧嘩中だから やばいって!!」
パニック状態の美嘉を見て優はニヤッと不 敵な笑みを浮かべた。
「大丈夫やで!信じろ」 優が言う“作戦”の意味がわからないまま
居間のドアを開けた。
二人の怒鳴り声が一瞬静まる。
「あの…彼氏連れて来たからっ!!」 半ばヤケになりながら
優を居間へと連れ込むと 優は美嘉の横に移動し、お父さんとお母さ んに向かって頭を下げた。
「美嘉さんとお付き合いさせていただいて る福原優と言います。K 大学の三年です。」
ポカーンとしているお父さんとお母さん。 そりゃあそうだ。
彼氏いること言ってなかったし…。
それにしても優は一体 何をする気だろう…。
「…K 大学は美嘉が受験した大学か」
ポツリと呟くお父さん。 優は本当に聞こえていないのか聞こえない
ふりをしているのかはわからないが、 お父さんの話題に触れずに話し続けた。
「美嘉は昨日俺の家に泊まっていました。 すみませんでした。」
突然何言い出すの!? しかも美嘉さん→美嘉に変わってるし!!
「美嘉昨日ずっと泣いてました。家族と離 れるのが嫌やって…大好きやからずっと一 緒がいいってそう言うてました。こんなに 家族想いな子、なかなかいないと思います」
優は… 優は自分の両親に言えなかったことを、 代わりに言ってくれたのかな。 美嘉にはそう聞こえるよ
「そうなの…?」 お母さんが美嘉に向かって問い掛ける。
美嘉は不安なような… 恥ずかしいような気持ちになり、 何も言えずに下を向いた
沈黙の中、 何かで背中を突かれ振り返る。
優が小さくピースをしてくれている。
昨日の夜、 優が教えてくれたピースの二つ目の意味。
【ピースを誰かにしたら頑張れって意味や ねん。ピースされた人は必ず成功するんや って】
美嘉は汗ばむ手を握りしめ 口を開いた。
「…美嘉はお父さんもお母さんもお姉ちゃ んも大好きなの。だから…離ればなれなんて 嫌だ!!また昔みたいに旅行に行きたい。大 きいお皿におかず入れて取り合いしたい の…家が変わっても住む場所が離れても… 離婚は嫌だよ…」
言い終わると同時に、 優に手を引かれ再び部屋へと連れ戻されて しまった。
「…え??なんで部屋に戻って来る の…??」
何?? 意味わからない。
しかも優の手には、 写真の入った袋がいつの間にかなくなって るし…
「そろそろええかな」 優は意味深な言葉を呟きながら再び手を引
き、 今度は居間のほうへと連れて行った。
ピース…
部屋に戻ったり居間に行ったり…
あまりに忙しい状況の変化に頭がついてい かない
額にしわを寄せながら居間のドアを開けよ うとすると、その手を止められてしまった。
「開けたらあかん!」 そして居間から聞こえる声に耳を澄ませる
優。 美嘉もマネをして耳を澄ませた。
お父さんとお母さんの会話が聞こえる。
「美嘉があんなふうに思ってくれてたなん て…」
ため息をつきながら言うお母さん。
「知らなかったな。」 落ち着いた声で答えるお父さん。
「あら、何かしら?」
ガサガサとビニール袋を開ける音がする。 あ…写真。
きっと写真見てるんだ。
「懐かしいな。結婚する前のやつか?」
「きっとそうね。お腹大きいからお姉ちゃ んがお腹にいる時かしら…」
「そういえばこんな時代もあったな。」