ヒロは病室を移動することになった。
白血球が下がってしまったため、 クリーンルームという病室へ移動。
クリーンルームでは殺菌を持ち込まないた め、
細菌の発生をおさえるために体のホコリを はらったり手袋をしなければならない。
それでもヒロに会えなくなるわけではない から、前と変わらず毎日お見舞いに行き、 みかんキャラメルも毎日のように買って行
った。
三日間の外泊の時、
ヒロは雪が積もった川原を見てみたいと言 っていたから…
雪が降る前に元気になってそれが叶うよう 願いを込めながら、
家に帰ってともくもくと毛糸の帽子を編ん だ。
ヒロに似合うかな~… とか、
ヒロ喜んでくれるかな~…とか。
まるで片思いをしている少女のように…。
ヒロが退院したら、
行きたい場所やしたいことがたくさんあ る。
まず、 さっき言ってたように
雪が降ったら川原に行きたい。
クリスマスには二人で赤ちゃんのお参りに
退院したら籍いれようって言ってくれたか ら
それも楽しみ!!
普通に映画とか遊園地とかショッピングも したいなぁ。
大好きなヒロとだったら何をしても楽しい よね!!
━10 月 16 日
帽子はほぼ完成。 あとは仕上げをするだけだ。
今日もバイトを終え、 いつものようにお見舞いへと向かう。
お見舞いに行くことは 美嘉にとって 大好きな日課。
あいにく天気は曇り。 空がゴロゴロと鳴っていて、
今にも雨が振り出しそうな気配だ。
みかんキャラメル… 今日は買わない。
だって昨日見た時にはたくさんあまってた し!!
病院に入り階段を上がって病室へ向かっ た。
髪をゴムで一つにまとめ体のホコリを軽く 叩いてノックをする。
トントン
めた。
「はーい」
ヒロの声を確認してからドアを開けた。
「失礼しまぁす!!」 手袋をはめて
ヒロに近づく。
「ヒロ♪♪元気??」
「おぅ、余裕」 ヒロは体を起こし、
ベッドに座りながら
壁に寄り掛かった。
ヒロは最近咳込むことが多い。 風邪ひいたのかな??
心配。
咳込むたび、 背中をそっとさすることしか出来ない。
「今日雨振りそうだよ。嫌だね~…」
「風邪引くなよ~。美嘉体弱いんだからな」 激しく咳込みながらも
心配するヒロ。
自分が一番苦しいくせに人の心配ばっかり して…
「そう言えば…」
ヒロは何かを思い出したようにポツリと呟 き、
ベッドの横にある棚を開けて何かを探し始
「手伝う??」
ヒロは何も答えず、 ただただ必死に何かを探している。
「あった~」 ヒロは希望に満ちた顔でそう叫んだ。
「今これ探してた」
そう言って差し出したのは前に美嘉が買っ た
インスタントカメラ。
「カメラ?今写真撮るの??」
カメラを受け取ろうとするとヒロは美嘉の 肩をぐいっと引き寄せ、 二人に向かってカメラを向けた。
「世界一最高の笑顔にしろよ!」
「えっ?撮るの???」 わけもわからずに戸惑う美嘉。
そんな美嘉を気にせずにヒロは例の言葉を 言う。
「この先何があってもずっと~?」
「え、だ…大好き!!」 その瞬間に
フラッシュが光った。
わけもわからないまま写真は撮られてしま い…
でも焦りながらも
【この先何があっても 大好き】
この言葉をしっかりと言っていた自分に驚 きだ。
あまりに突然すぎて 笑顔になれなかったよ。
「ちょっと~いきなり撮らないでよっ!!ぷ
ー」
ほっぺを膨らませて怒ったように言うと、 ヒロはわざと聞こえないフリをして美嘉に
カメラを手渡した。
「これ現像頼んでもいいか?」
現像するって言ったってまだ残りたくさん あるのに…
そう思いながら残り枚数が表示されている 場所を見ると、
“0”と表示されている。
「あれ??なんで残り枚数 0 枚なの!?何 撮ったの??」
体を乗り出して問い詰めると、
ヒロは目をそらして口笛を吹きながら答え た。
「さぁな。現像したらわかるから。写真見 て一緒に言おうぜ。“この時も楽しかったけ ど今のほうが幸せだな”って」
確か美嘉とヒロの 2 ショット写真は今日の を入れて 3~4 枚しか撮ってないはず…。
残り枚数が 0 枚ってことは… 何撮ったんだろう。
まぁ、現像したらわかることかぁ!!
「今日帰りに出して明日持って来れるよう にしておくからっ!!」
「おぅ、楽しみにしてるわ。頼むな」
それから沈黙が続き 降り始めた雨の音と、
ヒロの咳込む音だけが病室に響き渡ってい た。
美嘉はひたすらヒロの細い背中を さすっていた。
「美嘉の将来の夢は?」
ヒロは咳込んでいたせいか、かすれた苦し そうな声で問う。
「将来の夢かぁ…なんだろうなぁ…」
「昔言ってたよな。お嫁さんになりたいっ て。それは?」
ヒロ、 覚えててくれたんだ。
美嘉の夢はヒロのお嫁さんだって言ってた こと。
忘れてると思ってたのに…。
「今もお嫁さんになりたいよ!!」
「誰のでもいーのか?」
「ダメ!!ヒロのお嫁さんになるのっ♪♪」
答えを聞いたヒロは安心したように微笑 み、
そして美嘉の手を力なく握った。
「…しょうがねーな。俺の嫁にしてやるか。 ってかもうすぐ叶うな…」
あの頃と 変わらない答え。
嬉しくて握られた手を 強く握り返す。
「ヒロの夢は…??」
「俺の夢は…美嘉が幸せになってくれるこ と」
「ヒロがそばにいてくれたらその夢叶うよ っ!!他にはないの??」
ヒロは腕を組みながら少し悩み、遠くを見 つめながら答えた。
「俺と美嘉と赤ちゃんと…三人で手繋いで 歩くことだな。」
うん。 美嘉もそうだよ。 二人で…いや、
三人でただ平凡に…
元気に過ごすことが出来たらそれでいいん だ。
頭の中では、
流産した時医者に言われた言葉が幾度とな く駆け巡っていた。
━「赤ちゃんはもう出来ないかもしれませ ん」━
今さらこんなことを思い出しちゃだめ。 可能性が低いだけで、 無いわけではない。
少しでもあるならその可能性に賭けるよ。
「三人でいろんな場所行きたいね!!」
「俺と美嘉の間に赤ちゃんがいて、三人で 手繋ぐのとか最高じゃねぇ?」
ヒロは苦しそうな声で…だけどとても嬉し そうな顔で夢を語り始めた。
「俺が赤ちゃんを肩車して…美嘉と手繋い で歩くのもいいな。毎日仕事帰って来て美 嘉がいて赤ちゃんがいて…そんなの最高だ な」
話し疲れてしまったのか声のトーンが 下がっていく。
ヒロの夢を最後まで聞き終えると、 小さめの声で言った。
「大丈夫。二人の夢絶対叶えようね!!ヒロ 疲れたでしょ??横になったほうがいい よ!!」
ヒロを無理矢理寝かし 布団をかけると、
ヒロは布団から手を出しみかんキャラメル の箱を手に取り一粒のキャラメルを美嘉に
差し出した。
「キャラメル食べたいの??」
「…今食いたくなった」
手袋をした手でキャラメルの袋を取ってい ると、
ヒロは布団をかぶったまま窓のほうを向い て話し始めた。
「…俺お前に出会う前まではマジどーでも いい人生送ってた」
かすれて消えてしまいそうなくらい小さな 声。
それでも一生懸命話し続けようとするヒロ の言葉に、
キャラメルの袋を取る手を止めて耳を傾け た。
今はどんなにささいな音でさえも、
ヒロの声を消してしまうような気がしたか ら…。
「お前に出会う前は女いても浮気しまくっ てたし夢とかなかった。だけどお前に出会 って…マジでヤキモキ焼いたりとか不安に なったりとかした」
「……うん」
「最初はこんなに好きになると思ってなく て、ぶっちゃけ落とそうくらいにしか考え てなかった。でも一緒に過ごしてだんだん 本気になって…」
「ん……」
「お前に出会ってなかったらきっと今頃寂 しい人間になってた。誰かのために生きた いとか絶対思わなかったし…俺は美嘉に出 会えてマジで良かった。本当にありがとな」
ヒロが…
ヒロがなんで突然こんなことを言ったのか はわからない。
覚えているのは、 ヒロの目に涙がたまっていたこと。 ただそれだけ…。
「美嘉もヒロに出会って成長出来たよ!!出 会えて良かった。ありがとう…ずっと一緒だ よね?」
ヒロは美嘉の問いに答えてはくれなかっ た。
ただ大きくて細い手の平で頭を何度も何度 も撫でていてくれたんだ。
寂しい笑顔で…。
キャラメルを途中まで開けていたことを思 い出し
唇に挟んでヒロの唇へと運ぶ。
一瞬だけ 二人の唇が触れ合う…。
この瞬間が好き。 愛が伝わり合う瞬間。
「おいしい??」 美嘉の問いにヒロは
キャラメルを噛みながら答えた。
「おぅ、美嘉から元気もらえた。俺明日か らまた頑張れる」
キャラメルの箱を振ってみると、 音がしない。
昨日まではたくさんあったのに。 今のが最後の一個だったみたい。
「明日もみかんキャラメル買って来る ね!!」
「…おぅ、ありがとな」
ヒロは積み重なったみかんキャラメルの空 き箱をじっと見つめた。
「この空き箱の数は美嘉から元気分けても らった数だな。」
「そうだね!!明日は写真とみかんキャラメ ル…二つのお土産持ってくるからお楽しみ に♪」
キィィ 病室のドアが開く。
「検査の時間ですよ。」
看護士だ。
「じゃあもうそろそろ帰らなきゃね!!」
一旦脱いだ上着を羽織り帰る準備をしてい ると、
ヒロは再び体を起こして壁に寄り掛かっ た。
「ヒロ~寝てなきゃダメだよっ!!」
「俺つえーから心配すんなって」
「そうだね♪ヒロ強いもんね!!喧嘩負けた ことないもんね~!!」
「…病気上等だし!」
自慢げなその顔が 子供みたいにかわいい。
ヒロが手招きをしたので 帰ろうとドアの方に歩き出した足を止め、
再びヒロの方へと向かった。
ヒロは美嘉の手から つけていたビニールの手袋をはずす。
そして二人の左手が重なり、 二人の指が絡まった。
最近手袋してたからヒロの手を直に触るの は…
ぬくもりに触れるのは久しぶり。
ヒロの手って こんなに大きくて温かかったんだ。
ヒロは美嘉の手をぐいっと引き寄せ、 ほっぺにキスをした。
触れる程度の 軽いキス。
真っ直ぐに顔を見つめるヒロ。 時間が一瞬止まる。
キスをされたほっぺが ほんのり温かい。 握った手も…。
いつもとは違う雰囲気。
胸の鼓動は 早まるばかり。
ヒロに 聞こえてしまいそうなくらいに…。
繋がった二人の左手。
薬指にはペアリングが 色褪せながらも 輝いている。
たくさん遠回りしたね。でも最後にはお互 い1番来たかった場所に
戻って来たんだ。
今ね
すごく幸せなはずなのになんだかとても胸 が苦しくて…
繋いだ手をこのままずっと離したくないと 思った
……離したくないと 思ったんだ。
「検査しますよー」 再び看護士が
ドアを開けた。
繋いだ手の力が 一瞬強まる。
しかしすぐに解き ヒロは頭を 優しく撫でた。
「ち~び」
さっきとは違う雰囲気。
でもいつもの元気なヒロに戻って良かっ た。
「うるさ~い、ちびじゃないしっ!!」 美嘉は憎たらしい顔で舌を出し、
再びドアのほうへ歩きドアノブに手をかけ た。
「またな!」 後ろから聞こえる
ヒロの声。
「また明日ね!!」 ドアを開き一旦病室の外に出たが、
再び病室に顔を覗かせてみた。
子供のようなあどけない笑顔で必死に手を 振っているヒロ。
手を振り返しながら、 ゆっくりドアを閉めた。
ドアが閉まる間
ヒロはずっと笑顔で手を振ってくれてい た。
外は雨がぽつぽつと降り続けている。
濡れないよう雨を避けながら写真屋に向か って走った。
「明日までに現像出来ますか??」
「大丈夫ですよ。では明日の午前 10 時に取 りに来て下さい。」
家に到着。
濡れた体をタオルで拭きテーブルに置いて あった夕食を食べる。
今日はお姉ちゃんとお父さんは仕事とバイ トでいないみたいなので、 お母さんと二人で生姜焼きを食べていた。
「ヒロ君の体調はどうだい?」 お母さんの問いに、
口に入っていた物を烏龍茶で流し込みなが ら答える。
「風邪引いたみたいで前より少しは元気な いけど…でも元気だよ!!」
「それは良かったね!帽子は完成したのか い?」
「うん、もうすぐ完成なんだぁ!!」
「喜んでくれるといいわね。」
少し忘れかけていた帽子の存在を思い出 し、
心が弾んでしまう。
今日完成させよっと♪♪
明日ヒロに三つのおみやげ渡せる!!
写真に みかんキャラメルに 帽子。
ヒロの嬉しそうな顔が 目に浮かぶよ。
夕食を食べ終え お風呂に入り、
雨で足のしんまで冷えた体をゆっくりゆっ くりと温めた。
お湯につかり、
白湯のミルク風呂を両手ですくいながらヒ ロのことを想っていた。
さっき会ったばっかりなのに… もう会いたいよ。
今すぐ病院に走って行きたいくらいだよ。 口ではうまく言い表すことが出来ないけ
ど…。
すごくすごく 会いたいの。
いつの間にかこんなにも好きになってたん だ。
「あ~~~会いたい会いたい会いたい っ!!」
たまらずに出してしまった大声が
居間に聞こえてしまうんじゃないかってく らいお風呂場に響き渡る。
その言葉と同時に
バシャッという激しい音をたて立ち上がっ た。
少しのぼせてしまったみたい。
……頭がクラクラする
パジャマに着替えて鏡を見ると ほんのり赤く染まっているほっぺ。
乾いた肌に化粧水をペチペチとつけ、 歯をみがいてから部屋へ向かった。
今日帽子を完成させるつもりだったけど… なんだか今日は疲れちゃって眠い。
完成させるのは明日にしよぉっ…と……
未完成の帽子を横目に、濡れた髪のまま布 団もかぶらず眠りについた。
窓の外で聞こえる 雨の音。
視界がだんだん ぼんやりとしてゆく…。
夢を見た。
真っ暗闇で震えて泣いている自分。
そこに大きな手が現れて震えて泣いている 美嘉の手を引き、
光射す場所まで 連れて行ってくれた。
そこは明るくて…
先が見えない真っ直ぐで長い道が続いてい る。
後ろを振り向けば 闇の世界。 戻ることは出来ない。
何度も見たこの夢。 美嘉を導いてくれる大きな手は誰なのか…。
勇気を出して ゆっくり顔をあげる。
……ヒロ。 やっぱり
ヒロだったんだね。
何度も導いてくれたあの大きな手は、 ヒロだった。
……あれ??
でも赤ちゃんを抱いているのはどうし て??
ピンク色の手袋をした赤ちゃんを抱いてる のは…
どうしてなの??
ヒロは美嘉より少し前を歩き、 振り向いて頭をポンッと叩いた。
「バーカちーび!」 いつもの意地悪そうな
それでもって子供みたいな笑顔。
言い返したくても なぜか言葉が出ない。
ヒロは美嘉の頭に手を乗せたまま、 話し続けた。
「美嘉、好きだよ。」 美嘉も…好きだよ。
そう言いたくても言葉が出ないの。
今すぐ抱き付いてしまいたい。
…でもね、 体が動かない。
「俺はこれから先、美嘉のこと守ってやれ ないかもしれねぇ」
立ち尽くす美嘉。 言葉も出ず、
体も動かず…。
ただ足だけが ガタガタと震えている。
「…俺は先に赤ちゃんの所へ行く。」 そう言って少しずつ離れて行くヒロ。
その瞬間
動かなかった体が何か呪縛が解けたかのよ うに
一気に動き始めた。
震える足、
何度も転びながらヒロと赤ちゃんのもとへ 走る。
しかし追い付かない。 距離は縮まらない…。
「……ヒロ!!」
声も出るようになった。でもヒロに届いて いるのかわからない。
ヒロは、 とても悲しそうな… 悔しそうな顔をした。
「寂しがり屋の美嘉を…泣き虫の美嘉を一 人にさせてごめんな。でもこればかりは俺 もどうしようもできねぇんだよ…」
「ヒロ…行かないで…離れないで……」
追い掛ければ追い掛けるほど遠くなってい く。
スカルプチャーの香りだけが…… 時々フッとするの。
追い付かない。 追い付けない。
ヒロが来るなって言ってるような気がする んだ。
でも… でも…
行かないで。
まだ早いよ。 まだ行かないで。
ヒロは寂しげな顔で微笑み…
震えた声で話し始めた。
「俺は先に行かなきゃならない。美嘉はゆ っくり来い。おめぇが遅くて辿り着くのに 何 10 年経っても俺はこの先で待ってるか ら。川原で別れた時とは違う。いつかまた 会える。俺はいつでも美嘉を見守ってるか ら。それだけは絶対忘れんな」
ヒロは一瞬近付き、 二人は握手を交わした。
その手は相変わらず大きくて温かくて… 離れたくない。
でも離さなきゃ。 離れなきゃ いけないんだね…。
手を握ったままその場に座り込んだ。 涙がぽろぽろと滴る。
「泣き虫~ちび美嘉!」 本当は自分だって離れたくないくせに
寂しいくせに 最後まで憎まれ口叩いて…。
「美嘉…またな!」 別れの言葉と同時に手は解かれ、
ヒロは長くて果てしない道のりを歩き始め た。
赤ちゃんを抱き 右手を挙げ 何度も振り返りながら…
振り返らなかったあの頃とは違う。
大好きだったあの笑顔で何度も何度も…。
繋いだ手を 離さないことも出来た。
でもね、 最後に見たヒロと赤ちゃんの笑顔…
なぜか輝いてたの。 幸せそうに見えた気がしたの。
だから… ジリリリリ
不快な目覚ましの音で 目が覚めた。
涙でビショビショに濡れている枕。 嫌な夢見たなぁ…。
でも夢で良かった。
そう思ってるわりに胸が痛いのはなんでだ ろう。
不安が頭をよぎりながらも、
まるでそれを無理矢理掻き消そうとするか のようにお見舞いに行く準備を始めた。
編みかけの帽子。 今日帰って来たら絶対完成させよう。
変な夢を見たせいもあって…… 今すぐ病院に行きたい。
ヒロの笑顔を見れば この不安な気持ちも無くなるよね…。
「行って来まぁーす」 軽くメイクをし、
寝癖のまま家を出た。
9時 45 分。 写真が現像できるのは
10 時。
少し早いけど、 一応行ってみるか。
「いらっしゃいませ~」
「あ、昨日現像をお願いした田原ですけ ど…」
「田原様ですね。現像出来てますよ。」
分厚い写真。 早く中を見たい… でも我慢、我慢。
二人の 2 ショット以外 何撮ったんだろう。
早くヒロと見たいなぁ。ヒロすごく楽しみ にしてたもんね。
病院へ向かう途中コンビニに寄り、 みかんキャラメルを購入した。
ヒロに元気をあげなきゃ!!
♪ブーブーブー♪
コンビニを出ようとした時、
ポケットで携帯電話が振動した。
着信:エリさん エリさんから電話。
めずらしいな…。
『もしもし??』
『美嘉ちゃん弘樹が…』 プツッ
プープープー
エリさんの言葉を最後まで聞かずに電話を切 る。
聞きたくない。
弘樹が…何?? ヒロがどうしたの??
“ヒロが飲み物買って来てだって!!” とかだったのかもね。
早く病院に行かなきゃ。
現像されたばかりの写真とみかんキャラメ ルを握りしめ、
病院へ向かった。
1 階…2 階… 階段を上るたび
胸が苦しくなるのはなぜだろう。
病室に近付くたび ヒロに会うのが怖いのはなぜだろう。
昨日はあんなに会いたかったのに
……なんで??
今はね、 あまり会いたくない…。
トントン 冷静なフリをして
ノックをする。
本当は胸がはち切れんばかりに 緊張しているくせに。
いつものようなヒロからの返事はない。
「ヒロ…?」 ドアを開けると
泣き崩れているたくさんの人達。
ドア近くに立っていたエリさんが美嘉に近寄 り、
呟いた。
「弘樹今朝方に突然…」 エリさんの言葉が耳から耳へと通り過ぎる。
泣き叫ぶ声も… 風で揺れる窓の音さえも聞こえない。
ベッドで寝ているヒロのもとへと近付い た。
目を閉じて 眠っているヒロ。
昨日と変わらないよ。 なんでみんな泣いてるの??
その時
手に持っていた現像したばかりの写真が床 に散らばった。
散らばった写真に目もくれず ヒロの肩を揺する。
「ヒロ?もうすぐ昼だよ!起きないと…」 いくら揺すっても
ヒロは起きない。
「具合悪いの?今から美嘉が元気あげる よ!!」
買ったばかりのみかんキャラメルを箱から 一粒取り出し、 唇に挟んでヒロの唇へと運んだ。
一瞬二人の唇が触れ… その瞬間が好きだった。
冷たい唇。
…どうして??
「みかんキャラメル食べないと元気出ない よ!」
唇に置いたまま… 動かない。
「……ヒロ?食べたら美嘉から元気もらえ るんでしょ?早く食べて元気になってよ
っ!!」
唇で温かさを感じ 耳で鼓動を感じる。
触れる唇の温もりは 生きている証。
体で響く鼓動は 生きている証。
今は何一つ 感じることが出来ない。
「ヒロ強いもんね。喧嘩負けたことないも んね!!そうだよね?ヒロ…」
美嘉の問いに ヒロが答えてくれることはなかった。
偶然視界にはいった 床に散らばった写真。
写真を拾い 一枚一枚を手に取った。
カメラを買った日に 撮った写真。
ヒロが突然美嘉にカメラ向けて撮ったんだ っけ。
プチ結婚式をした時にノゾムが撮った写真。
【この先何があっても】【大好き!!】 二人とも照れくさそうな顔してるよ。
昨日撮った写真。 突然だったから 笑顔になれなかった。
「世界一最高の笑顔にしろよ!」 ヒロそう言ってたよね。
ヒロ… 世界一の最高の笑顔で笑ってるね。 幸せそうな顔してる。
この写真見て、
“この時も楽しかったけど今はもっと幸せ だね”
って二人で言うんじゃなかったの??
言おうねって 約束したじゃん。
昨日まで写真現像するの楽しみにしてたじ ゃん。
おいしそうにみかんキャラメル食べてたじ ゃん。
「またな!」 そう言って笑顔で手振って別れたよね??
………なんで突然。
これは夢だよ。 夢だよ。 夢だよね…??
床に散らばった たくさんの写真。
撮った覚えのない たくさんの写真。
一枚ずつ手に取り、 じっくりと眺めた。
写真に うつっていたのは…
美嘉の姿。 美嘉の顔。
お見舞いに来て、 疲れて寝てしまった時の寝顔。
病室の窓から撮った 帰って行く後ろ姿。
花瓶の水を 代えている姿。
下を向きながら
みかんキャラメルの袋をはずしているとこ ろ。
全部… 全部美嘉ばかり…。
ねぇ、 ヒロはずっと
美嘉を見守ってくれてたんだね。
カメラごしからも… 見守っててくれたんだ。
この写真でね、
ヒロがどれだけ想っていてくれたのかわか るよ。
バレないように フラッシュつけないで撮ったのかな??
薄暗い写真もあるし…
急いで撮ったのかな?? ブレてる写真もあるし…
窓から撮ったやつなんて反射しちゃってる し。
なんで美嘉ばっかり 撮ってるの??
本当 バカなんだから…。
写真を全て拾い集めると
再びヒロが寝ているベッドへと駆け寄っ た。
窓から差し込む陽射しが当たっているヒロ の顔。
陽射しが当たっている部分だけは温かい。 ヒロの手を布団からそっと出し、
指を絡めてぎゅっと握った。
握り返してくれることはもうない。 昨日まではあんなに温かかったのに…
今日はとても冷たいんだね。
いつもこの手を握ると、握り返してくれた。 この手で頭を撫でてくれたんだ。
ヒロの顔、
今にも起きて笑いかけてくれそうなんだ よ?
なんで動かないの?
ヒロの手を握りながら 涙を流した。
この涙はヒロには届くのかな。
美嘉ね、 今泣いてるよ。
いつもみたいに意地悪な顔で
「泣き虫~!」って言ってよ。
いつもみたいに子供のような笑顔で
「そこも好き」って言って抱きしめてよ。
「お前みたいな泣き虫で甘えん坊な女は俺 としか付き合えねぇ」って。
「俺強いから病気上等」って… どんなに憎まれ口聞いてもいいから
わがまま言っても弱音吐いてもいいから…
もう一度 美嘉って呼んで。
低くて優しい声で 美嘉って呼んで。
お願い。 お願いヒロ。
美嘉って呼んで? 呼んでよ…。
ねぇ、神様。 私はあなたを 一生恨むでしょう。
どうして。 どうしてヒロを 連れて行くんですか。
早すぎます…。
ヒロが突然逝ってしまった理由を 詳しくは知らない。
知っても、 ヒロが戻って来るわけじゃないから。
早期発見なら 助かっていたかもしれないんだって。
でもね、 発見されたときはもうほぼ手遅れで…
ここまで生きていたのが奇跡だって、 誰かが言ってた。
気付くのがちょっと 遅かったんだね。
ヒロもヒロの家族も、 ヒロが長く生きられないことを 本当は知っていた。
美嘉も……
ヒロが長く生きられないことは、 なんとなくわかっていたんだ。
でもね、 それでも良かったの。
奇跡が… 奇跡がね、
起こるかもしれないって思ってたんだよ…。
二人でなら、 奇跡は起こるかもって…
桜井弘樹 享年 20 才
2005 年 10 月 17 日 あなたは遠くへ
行ってしまった。
遠い遠い届かない場所へ行ってしまったん だ…。
その日 お通夜が行われた。
ただただヒロの青白い顔をじっと見つめ 繋がるはずもないヒロの携帯電話に
何度も電話をかけた。
まだ信じられないの。 心がついて行かないの。
だってつい昨日まで普通に話してたんだ よ??
突然会えなくなるなんて信じられるわけな いよ。
何が起こってるのか 実感出来ずにいる。
なんとなく… なんとなく気付き始めてるけど、 わざと気付かないようにしているんだ。
ずっと寝ないで ヒロのそばにいた。
ヒロがもしかしたら、 目を覚ますかもしれないから………。
日が明けて、 今日は告別式だ。
たくさんの花の中、 ヒロの写真が 笑っている。
「かわいそうに…」
たくさんの人達がヒロに向かって声をかけ る。
かわいそう??
ヒロ寝てるだけなのに。別にかわいそうじ ゃないよ。
……現実逃避。 今の美嘉にはこの言葉がピッタリだろう。 でも、しょうがないよ。今だけは許して…。
椅子に座ってボーッとしていると、 後ろから肩を叩かれた。
振り向くと、 そこにいたのは黒いスーツを着たノゾム。
その隣にはアヤ…。
「ノゾムから全部聞いた。…あたし…」
アヤの言葉を最後まで聞かず、 椅子から立ち上がり走って外に飛び出した
今は何も 聞きたくない。
「ごめんね。あたし許してくれるまで謝る から…連絡するから!」
アヤの叫び声を無視し、 無我夢中で走った。
着いた場所は病院。 ヒロが入院してた病院。
うつろな目のまま 階段を駆け上がる。
……ヒロがずっと入院していた 302 号室の 前。
ここに来れば 元気なヒロに会えるような気がして…
この病室に 何度もお見舞いに来たよね。
美嘉がこの病室のドアを開けるたびヒロは 嬉しそうに笑ってくれたの。
トントン
「失礼します」 ドアを開いた。
誰もいない。
あれ?おかしいな?? つい最近まで…
クリーンルームに移動するまではヒロここ にいたのに。
再びドアを閉め、 もう一度ノックをして ドアを開ける。
トントン
「失礼します」 一瞬だけ見える
ヒロの嬉しそうな笑顔。
しかしすぐに 消えてしまう。
飾られていた花も 折り鶴もない。 布団も綺麗に 畳まれたまま。
何度も何度も 繰り返した。
ヒロが現れるまで…。
「やめろよ!」
何度も何度もノックをしてドアの開け閉め を繰り返し、
いるはずのないヒロの姿をひたすら探す美 嘉の腕を掴んで止めたのは…
ノゾムだ。
美嘉がアヤの言葉を遮り走って病院に向かっ た時、
後ろから追い掛けて来たのだろう。
ノゾムの顔を一瞬ちらっと見たが、 美嘉は再び同じ行動を繰り返し続ける。
「やめろって言ってんだろ!」
ノゾムの言葉に 耳を傾けない。
聞こえてるけど… わざと聞こえないフリをしている。
「ヒロが生きてたら美嘉のそんな姿見たら 悲しむだろ…」
ノゾムの言葉に 手を止める。
……生きてたら?? 生きてたらって??
現実が襲って来る。 まるで津波のように、 激しく…恐ろしく。
ノゾムがポケットから 携帯電話を取り出した。
何回かボタンを押し…
「…これ読め。」
そう言って美嘉に携帯電話を差し出してい る。
震える手でノゾムから携帯を受け取り、 画面を見た。
メール受信:ヒロ
10 月 14 日
今から 4 日前 ヒロがノゾム宛てに送ったメール…。
携帯電話を握りながらノゾムの顔を見ると、 ノゾムは深く頷いた。
ボタンを押し、 受信 BOX を開く。
《ノゾムへ。俺はそろそろ死ぬかもしれねぇ。 なんとなくわかる。 俺が死んだら美嘉が一人になる。
本当は美嘉を一人にしたくねぇし俺も死に たくない。 だけどこれはしょうがねぇんだ。
俺が死んだら寂しがり屋の美嘉はきっとす げー泣くだろうしすげー落ち込むと思う。 だからもし俺が死んだらノゾム、お前が美嘉
を支えてやって欲しい。 美嘉に現実を教えてやってくれ。
そしてもしいつか他に美嘉を守ってくれる 男が現れたら、そいつに美嘉をよろしくっ て言ってやって欲しい。
俺が美嘉を守ってやれないのがすげー悔し いけど俺のせいで美嘉が一人で寂しがって いる姿を見るのが何より辛いから。 最後にノゾムお前は最高のダチだった。 幸せになれよ!いろいろありがとな》
全て読み終えて、 ノゾムに携帯電話を返しながら言った。
「…このメール変だね、ヒロ死んだりしない のにね…」