レイフはくすぐる手を止めて、顔色を変え、そう叫んだ。
「病院に行かないと」
懇願するような目を上げるレイフの頭を撫でながら、ヘレナは微笑んだ。
「心配しないで、レイフ。クリスターは声がわりが始まったのよ。学校でも習ったことがあるでしょう? あなた達くらいの年から、男の子は皆、大人の声に変わっていくのよ」
「こえがわり…」
レイフは目を大きく見開き、呆然となって、呟いた。彼の注視を向けられて、クリスターは何やら気恥ずかしげに顔を背けた。
「大人の声…」
そう囁いた自分の声、相変わらず甲高くて弱々しい子供の声に驚いたように、レイフは口をつぐんだ。喉をそっと押さえた。
12分の差。
「でも、オレは、まだ…だよ…」
レイフは、クリスターが自分より先に変声期を迎えたことに激しく動揺していた。
「あなたも、もうすぐだと思うわ、レイフ。それ程差はないはずよ」
慰めるような母の声も、レイフの沈んでしまった気持ちを引き上げることはできなかった。
クリスターに置いて行かれてしまうと、レイフはいつも不安だったのだ。
クリスターにもレイフの不安が分かるのだろう、後ろめたそうな顔をして喉を押さえている。
突然、レイフはかっとなった。
「変な声! オレ、その声、大っ嫌いだ!」
そう叫ぶなり、ヘレナが止める間もなく、レイフはキッチンを飛び出し、家の外に駆け出していた。
なぜか裏切られたような気がして、しばらくクリスターの顔など見たくないレイフは思った。
(にいちゃんの馬鹿! また自分1人だけ先に行っちゃうなんて、ひどいよ。少しくらい待っててくれたって、いいのに)
無茶な要求だとは分かっていたが、それはレイフの正直な気持ちだった。
そのまま近くの公園に行って、ベンチに坐り、レイフはしばらの間1人でしくしく泣いていた。しかし、散歩やジョギングにやってくる人々の注視を向けられ、そのうちの何人かにどうしたの坊やと声をかけられて、さすがに恥ずかしくなった彼は家に引き返した。
(絶対、口なんかきいてやるものか)
夕食の時も、その後子供部屋で2人きりになっても、レイフは強情に口を開かなかったが、彼の我慢がもったのはそれまでで、一晩寝て目が覚めると、いつものように真っ先に上のベッドによじ登って、クリスターに向かって「おはようっ」と叫んでしまった。
そうすると、別にもういいやという気持ちになった。
クリスターを無視することなど不可能だし、そうすることで寂しくて仕方がなくなるのは、結局レイフなのだ。
またしても先を越されてしまったというこだわりはあるけれど、きっとすぐに追いつくから。
そう思って、レイフは自分を慰めることにした