饭饭TXT > 海外名作 > 《kiss in the rain(日文版)》作者:[日]hisaka【完结】 > 书香门第论坛《kiss in the rain日语原版》作者:[日本]ケイト【中篇完结】 .txt

文章简介

作者:日-hisaka 当前章节:15397 字 更新时间:2026-6-15 18:50

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附:【本作品来自互联网,本人不做任何负责】内容版权归作者所有!

分類:[恋愛> 同性愛 ]

作者:hisaka(作者名で検索) 掲載サイト:TRACE 作品の長さ:中編(完結)

検索キーワード:ボーイズラブ,切甘,過去

[冒頭あらすじ]

カフェオーナーの桐谷は、冷たい雨の降る夜にアキと名乗る大学生と出会う。事情を抱えて大阪から出て来たらしいアキを桐谷は家に置くことに決め、二人は互いに惹かれ合うが― 〔R18〕

「おにーさん、俺とセックスしない?」

先に口を開いたのは、相手の方だった。

1月も下旬にさしかかろうとした、冷たい雨の降る夜。天気予報によれば、今晩にかけて低気圧が列島を覆い、気温も一段と下がるらしい。

今朝は頼りない光を雲間から覗かせていた太陽も、午後には灰色の厚い雲の向こうに消えてしまった。静かに降り出した雨は途切れることなく、夜へと向かって少しずつ、その勢いを増していった。

桐谷(きりや)が仕事場を出た時から既に本降りの雨だったが、帰路の途中、傘を叩く雨の音はますます強くなった。靴やコートの肩を濡らして自宅マンションにたどり着いた時には、大して時間はかかっていないにも関わらず、すっかり体温を奪われてしまっていた。

雨は嫌いじゃないが、今晩の雨は冷たすぎる。いっそのこと雪に変わってくれた方が、体感温度は幾分ましになるのではないか。そんなことを考えつつ、桐谷はエントランスで畳んだ傘に付いた水滴を払った。

周囲に人気はなく、少し遠ざかった雨音だけが、包み込むように響いている。小さな路地に面していて戸数も少ないこのマンションは、いつの時間帯でも騒音とは縁遠い。

いつもより重い足取りでエレベーターに乗り込んだ桐谷は、急激に疲れが押し寄せて来るのを感じて目を閉じた。

もう既に日付は変わっている時刻。普段に比べるとかなり遅い帰宅だ。

桐谷は自室のあるフロアを歩きながら、パンツのバックポケットに入ったキーケース探った。その手馴れたはずの動作でさえ、かじかんだ指ではひどく億劫に感じられる。

玄関の前に立ち、ようやく取り出したキーケースを開いて、収まっているいくつかの鍵の中から自室のものを選び出そうとした時だった。

フックが緩んでいたのだろうか、それともいつもより動作が荒かった所為なのか。

手にする前に鍵は手元から音も無くするりと抜け落ちた。

廊下の照明を受け、鈍く反射しながら落ちていった鍵は、小さく乾いた音をたててコンクリートとぶつかる。斜めから着地した鍵はその衝撃で思いのほか滑り、ドアから少し左手に位置する、非常階段の踊り場の前で止まった。

桐谷は小さく一つ白い息を吐いた。

何度かフロアに靴音を反響させてから、軽く屈んで足元へと腕を伸ばす。

冷たい金属の塊に指を触れた、その時。

右の視界の隅に、見慣れない“何か”が映った気がした。

建物の一番端に位置する非常階段は、普段通りの殺風景さでそこにあるはずなのに。

怪訝に思い向けた視線の先に――

人が、いた。

上半身を壁に預け、足を投げ出した格好で階段に座り込んでいる、若い男。

特に驚いた様子もなく、感情の見えない目をこちらに向けている。

この寒さには不釣合いな薄着をしているのは何故なのか。恐らくまともに雨に降られたのだろう、耳にかかる髪は濡れている。

五秒か、十秒か、それ以上か。目が合ったまま、互いに動かなかった。

先に沈黙を破ったのは、相手の方だった。

「おにーさん、俺とセックスしない?」

緩慢な口調とは対照的に、その顔はひどく悲しそうに見えた。

「何やってんだ……こんな所で」

男の発した突拍子もない言葉に呆気に取られつつも、桐谷はまず至極当然の疑問を口にした。何か特別の事情がない限り、こんな寒い日にこんな場所に座り込んでいる理由は無いはずだ。

しかも文字通り、濡れ鼠で。

「…雨宿り」

ゆっくりと返ってきたその声は、細く掠れていた。

「…風邪ひくぞ。ガキは早く帰って寝ろ」

そう静かに言った桐谷に、男が口元だけで小さく笑った。

言い捨てて、部屋に入るのは簡単だった。

そもそも今夜は疲れている。一刻も早く風呂に入って寝たい。

見知らぬ男に構っている理由も暇も、桐谷には無いはずだった。

けれどそうすることが出来なかったのは恐らく、男の見せた笑みにあまりにも力がなかったからだ。

視線を落として笑ったその顔は白く、生気が感じられなくて。

このまま放っておけば、この雨に掻き消されてしまう。柄にもなく、そんな気に駆られた。

――どうかしている。

「ほら」

近付き立たせようと掴んだ男の腕は驚くほど冷たく、そして骨の細い腕だった。

一体どれくらいの時間、ここに座っていたのだろう。

「家はどこだ?」

「んー…あっちの方」

問うた桐谷の肩越しを、男は明らかに適当な仕草で指差してみせる。

「―話にならないな。迷子なら警察行くか?」

「やめてや、それは。冗談きつい」

僅かに顔をしかめた男の発する言葉が関西のイントネーションだということに、桐谷は初めて気が付いた。

警察という単語にあからさまに嫌そうな反応を見せたことと併せて、桐谷は厄介な事に足を突っ込みかけている自分を自覚しつつも、再び訊ねた。

「何でここに居る?」

「…別に理由なんかないよ。ただの通りすがり。…もうええし、放っといて?――雨止んだら、どっか探しに行くから」

淡々とした、どこか投げやりな口調だった。

「探すって何を」

「…寝る相手と、場所」

抑揚の無い声で言った男は、自嘲気味にまた微かに笑って続ける。

「―もう行ってや。はよ家入らな、おにーさん寒いで」

「こっちの台詞だ」

「大丈夫やって

「大丈夫じゃないだろ。身体冷えてるぞ

雨がいつ雪に変わってもおかしくないような気温の中、雨に降られた身体のまま長時間外に居て、一体何が大丈夫なのか。しかも首元が広く開いた薄手のニットとデニムという軽装で、マフラーなどの防寒具も一切身に付けていない。

男は自分の体温を確かめるかのように左右の手で反対側の腕に触れると、すっと目を伏せた。

「そんなに気にしてくれるんやったら今晩……拾ってや」

乾いた声と、変わらず感情の読めない表情。

言葉とは裏腹に、何かを期待しているようには全く聞こえない声音だった。

一向に弱まる気配を見せない雨がアスファルトの地面に落ちる音と、排水管を伝った雨水がぽたぽたと落ちる規則正しい音だけが、周囲を支配していた。

吐く息は、冷たい空気に白く滲んで溶けていく。

「――忘れて」

男は独り言のように呟いて、これ以上会話をする気はないという意思表示のように頭を壁に預け、目を閉じた。

また雨音以外、何も聞こえなくなる。

目を閉じた男をじっと見つめながら、桐谷もしばらくの間黙っていた。

―この時俺はこの特異な状況下で、出会ったばかりの目の前の男をどうすべきかについて不思議と特に迷いも葛藤も感じてはいなかった。

ただ、この男の纏う空気から目が離せないのは何故だろう、と考えていた。

結論は多分、最初から決まっていたのかもしれない。

大きく一つ溜め息をついてから、桐谷は口を開いた。

「来い」

「……え…?」

声に反応して目を開けた男に、桐谷は目線で自室のドアを示す。

「待っていても今晩は多分、雨は止まない」

雨が結びつけた偶然。

それがアキと俺の出会いだった。

「ほら」

リビングのローテーブルに置いたマグカップから、ふわりとカフェラテの香りが広がる。

「めっちゃいい匂い…ありがとう」

両手で包むようにしてカップを手に取った男は、ゆるやかに立ち昇る湯気に少し目を細める。その顔には、風呂で温まった為か色が戻っていた。色素の薄い柔らかそうな髪はまだ濡れたままで、桐谷の貸してやったパーカーとスウェット地のパンツを着込んで、ソファの隅に座っている。

親しい限られた人間以外を家に上げることの滅多にない桐谷は、自分のとった行動の大胆さに少なからず戸惑いを覚えていた。

部屋に来るように言うと、男は驚いた顔をしてしばらく固まったが、腕を引き半ば強引に立ち上がらせると、大人しくついてきた。まずはその冷え切った身体を何とかさせようと部屋に入るなりバスルームへと押し込んで、その間に濡れた服を乾燥機に放り込み、カフェラテを淹れた。

「おにーさん。。。キリタニさんっていうんや」

寝室で着替えを済ませてリビングに戻った桐谷に、男が呟くように言った。どうやらテーブルの上に無造作に置いたままだったダイレクトメールを目にしたらしい。

桐谷はキッチンで自分の分のカフェラテを注ぎながら、これまでの26年余りの人生でもう何度してきたか分からない訂正を口にした。

「キリヤ、だ」

「キリヤ?―…これ、下は?何て読むん?」

「リヒト」

ハガキを手に取った男は、へえ、と小さく呟いて、指で宛名欄を辿りながら一字一字を確かめるように読み上げる。

「…桐谷、理人」

「そう。―お前は?」

「―俺…?」

手元から顔を上げた男は、桐谷と目が合うと、逃げるようにまた視線を落としてから言った。

「……アキ」

「それだけか?」

桐谷が問うと、しばらく逡巡するような素振りを見せたのち、うん、とだけ小さく答えた。

どうやら自分の素性を明かす気は一切ないらしい。それきり黙った“アキ”に、桐谷は小さく溜め息をついた。

「何か食うか?」

桐谷が空になったカップをシンクへ置きながら訊ねる。するとアキは、少し戸惑ったような表情で桐谷を見ると、大丈夫、と言ってふるふると首を横に振った。

「―晩飯は」

「食べてへん、けど…」

「ならとりあえず何か腹に入れろよ」

ぽかんとした表情を向けるアキを横目に、桐谷はキッチンの冷蔵庫を開けた。

手早くオイルパスタとサラダを作り、ダイニングテーブルに並べた桐谷が、食っていいぞと声を掛けると、アキは感嘆の声を上げた。

「凄い。。。店のやつみたい。ほんまに食べてもいいん?」

その言葉に内心で苦笑しつつ頷くと、アキはありがとう、と言って笑顔を見せた。

アキの食べ方や、カトラリーの扱い方はとても綺麗で、男にしては華奢な手を器用に使ってパスタを口へ運ぶ。

めっちゃ美味しい、と何度も言っては桐谷を見るその無邪気な表情は、数十分前のそれとは別人のように感じられた。

「桐谷さんは、食べへんの?」

キッチンのシンクに腰を預けてアキの様子を観察しているだけの桐谷に、アキは不思議そうな目を向ける。

「もう食ってきた」

そう返しつつ時計を確認すると、既に深夜1時を回っている。

「俺も風呂入るから、食ったら髪乾かして寝てろ。ベッド使っていいから」

寝室のドアを目線で示して、キャビネットから取り出したドライヤーをアキの前に置くと、桐谷はバスルームに向かった。

見ず知らずの人間を家に上げ、部屋に一人にするなどという事は、とても頭のいい行動とは言えない。普段の自分からは考えられない軽率な行動だという自覚はあったが、桐谷はそれらを全て今日の疲れのせいにすることに決めて、シャワーの蛇口を捻った。

桐谷が風呂から出ると、アキはソファの隅で座った格好のまま眠っていた。

ダイニングテーブルに目をやると、器などは既に無く、きちんと揃えて流しに置かれている。

頭を少し傾けて微かな寝息を立てるその顔は、関西訛りの喋り方から受ける印象とは対照的に、どちらかと言うと硬質で、繊細な造りの顔立ちをしている。

「コラ、そこで寝るな」

「んー…」

声を掛けても、アキはくぐもった声を出して身じろぎする反応を見せただけだ。

桐谷は小さく嘆息して、初めて口にする名前を呼んだ。―本名なのかは定かではないが。

「アキ」

起きろ、と続けると、名前を呼ばれたことに反応したのか、うっすらと目を開けた。

「ここで寝てもうちには余分な布団がない。ベッドで寝ろ、風邪ひくぞ」

「……うん…」

「うんじゃない。動け」

理解しているのかいないのか、虚ろな目をこちらに向けるばかりで、動く気配はなさそうだ。

しばらく黙っていると、その目は再びゆっくりと閉じられた。

桐谷は一瞬、もうこのままここで寝かしてもいいかとも思ったが、2シーターのソファはそれなりに身長のある男が寝るには少し窮屈だ。

さらにいくら暖房をつけたままでいたとしても、やはりここに居ては身体が冷えるだろう。

桐谷は考え直して、今度は盛大に溜め息を着いた。

上半身を屈め、アキ身体の下に手を差し入れて抱え上げ、ベッドルームへ向かう。

抱えたその身体は細く、やはり少し冷たかった。

ダブルベッドのリネンに寝かせ、身を離そうとした時、するりとアキが首に腕を絡めてきた。

寝惚けているのか、と口を開くよりも前に、アキが桐谷の首筋に顔を埋めて、囁いた。

「せえへんの…?」

少し掠れた、色を含んだ声。

微かな吐息が首筋に触れる。

その声音で、アキの言わんとしていることは察することが出来たが、あえて訊いた。

「―何を?」

「…セックス。男はあかん?」

言って、埋めていた顔をゆっくりと上げる。

濡れた瞳と、薄く開いた唇。目にかかる前髪の影。

その表情は、先程パスタをうまそうに頬張っていた姿からは想像出来ないぐらい、大人びて見えた。

「いつもこうやって誘ってるのか?」

耳元で低く冷静な声音で訊いた桐谷に、ぴくりとアキが反応をみせる。

「何してもええよ。。。?桐谷さんがして欲しいことも、何でもする――」

言いかけた唇を、桐谷は手の甲でぐっと塞いだ。

至近距離でアキの顔を見据える。

「。。。自分の身体を粗末に扱うな。くだらねぇこと言ってないでさっさと寝ろ、バカ」

目が合ったまま固まったアキの髪をくしゃりと掻き雑ぜ、乱暴に上掛けを放る。

そのまま明かりを消して、桐谷は寝室を離れた。

恐らくアキは、誘うことに慣れている。

それも、身体の繋がりだけを求めるセックスに。

誘う台詞を口にしながら、濡れたその瞳の奥に感情は見えなかった。

桐谷は溜め息をついて、冷蔵庫から取り出した缶ビールを一口呷る。

それ以後、寝室は静かで、桐谷がベッドに入った後も、アキが何かを言ってくる事はなかった。

隣に感じた気配で目が覚めた。

暗い室内。聴こえるのは、静かな雨音だけ。

そういえば、今日は隣で寝ている奴がいるんだということを思い出し、桐谷は再び目を閉じた。

無意識に、隣から聞こえてくる寝息を確認しようとするが、微かに耳に入ってきたのは予想した規則正しい寝息ではなく、浅く不規則な呼吸だった。

怪訝に思い、隣で眠っているはずのアキの姿を確認すると、こちらに背を向けた姿勢で、ぎゅっと背中を丸めていた。

「―アキ?」

静かに訊ねると不規則な呼吸が、一瞬止まった。

「どうした」

返事はない。

再び聞こえ始めた微かな呼吸音とともに、肩が小さく上下しているのが見える。

その肩にそっと触れると、細かく震えていることに気付いた。

「…寒いのか?」

しばらく間をおいてから、姿勢を変えないままアキは小さく首を横に振り、口を開いた。

「。。。ごめん、起こした。なんもないから、気にせんとって」

「震えてる」

「なんもないって」

「こっち向け」

ぐっと肩に触れた手に力を込める。

「や。。。っ」

アキの身体に少し乗り上げるようにして、無理やりこちらを向かせる。

薄暗い室内で、表情ははっきりとは見えなかったが、その頬が濡れていることは分かった。

「何泣いてんだ」

「泣いてへん」

「嘘吐け」

逸らそうとする顔の頬に手を触れ、光る筋を指でなぞると、アキはぎゅっと目を瞑った。

「ごめん、俺、やっぱええわ…!――帰る。。。!」

アキは唐突に言って、桐谷の身体を押しのけ勢いよく半身を起こす。

すぐさまベッドを出ようとするアキの腕を、桐谷は咄嗟にぐっと掴んで引き戻した。

「――っ」

ぎし、っとベッドがきしんで、アキは後方にバランスを崩して片肘を着いたが、再び身を起こし、桐谷の掴んだ腕を振り解こうと力を込める。

「コラ。。。!」

桐谷は舌打ちして強い力で腕を引き、アキの上半身をそのまま胸に抱き込んだ。

「いきなりどうしたんだ。―落ち着け」

アキはもう一度帰る、と掠れた声で言って、しばらく抵抗を見せていたが、抱き込む腕に力を込めるとやがて大人しくなった。

「帰るって…何時だと思ってんだ。どこに帰る気だ?家か?」

「。。。。。。」

サイドテーブルに置かれた時計に目をやると、針は3時半を示していた。

「ここに居ろ」

まだ少し震えている身体をあやすようにアキの髪に触れる。

―何だって常に身体が冷たいんだ、こいつは。

「やめて…」

小さくアキが呟く。

「やめてや……優しくせんとって」

その声は涙に震えていた。

「優しくせんとって…」

桐谷は何度もそう呟くアキの身体を宥めるようにその背を抱きながら、いつの間にか眠りに落ちていた。

翌朝、桐谷が目を覚ますと、アキは腕の中で大人しく眠っていた。

規則的な呼吸。目元は少し赤い。

桐谷はそっと身体を離して、上掛けをアキの肩まで掛け直し、ベッドから出る。

ブラインドの隙間から外を覗くと、雨は上がっているようだった。木々の葉から零れ落ちる雫が、朝の光を柔らかく反射している。

桐谷はキッチンの冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出し口を付けると、煙草に火をつけた。

ゆっくりと立ち昇っていく煙とともに、昨夜の映像が、脳裏を巡る。

―アキは一体何者で、どういう事情を抱えているのだろうか。

昨夜階段に座り込んでいた時は、どこか全てを諦めているかのような表情をしているように見えた。

かと思えば無邪気に笑顔を見せたり、誘うような顔をしたり、泣いたり。

掴みようのない、アンバランスな印象を受けた。

桐谷は出会ってから半日も経っていない人間のことに考えを巡らせていることに少し戸惑いを感じて、そんならしくない自分を誤魔化すように、まだ長い煙草を灰皿に押し付けた。

起きてすぐ煙草を1本吸ってからコーヒーを沸かすのは、毎朝の癖に近い習慣だ。

朝に弱い桐谷は、たいてい出勤時刻から逆算してアラームをセットする。そのため朝食を作る習慣はなく、何か申し訳程度に口に入れる日が多いが、今朝は珍しくキッチンに立った。

無難に野菜とツナ、そしてボイルした小海老を使ったサンドを作る。それをカットしてから、桐谷はシェルフから皿を二枚手に取った。

ダイニングに皿とカップを並べていると、香ばしい匂いに誘われたのか、寝室のドアが開く音がした。

目をやった先には、所在なげに立っているアキの姿があった。

「朝飯、出来てるぞ」

声を掛けた桐谷と目を合わせたアキは、戸惑いを強く浮かべた表情でスウェットの生地をぎゅっと掴んだ。

「桐谷さん…ごめん……昨日俺、わけわからんかったよな。ちょっと何か、寝惚けてたみたいで」

アキは迷惑かけてごめんなさい、ともう一度謝って俯いた。

その顔があまりにも深刻そうで、桐谷は苦笑してしまいそうになるのを堪えつつ返した。

「気にするな」

乾燥させておいた服に着替えたアキに、桐谷はダイニングの席に着くよう示す。

顔も洗ってきたのか、アキは少しすっきりとした表情になっていた。

アキの前にサンドの乗った皿を置くと、昨晩と同じように目を輝かせ、黙々と食べ始めた。

「めっちゃ美味しい。凄いな、桐谷さん」

「これぐらい誰でも作れるだろ」

大袈裟なコメントに冷静に返しつつ、桐谷はカップにコーヒーを注いだ。

「桐谷さんて、何の人?」

早々とサンドを平らげたアキが、桐谷に訊ねた。

「何の人…?職業か?」

「そう。あ、俺当てる」

言ってアキはしばらく桐谷をじっと見ながら考え始める。

「―分かった。美容師ちゃう?」

「美容師?」

「何となく、雰囲気が。めっちゃ男前やし」

「………」

確かにそう言われた事は過去に何度かあったが、別段髪型に気を使っている訳ではなく、当たり障りのない黒髪のミディアムだ。

服装も至ってシンプルなものを好むのに、指摘される理由が桐谷にはよく分からなかった。

「違う?自信あってんけどな。じゃあー…ショップ店員とか」

「はずれだ」

「ほんなら料理めっちゃ上手にしはるし、コックさん?」

この問答が当たるまで続くなら、もう正解を言ってしまいたいと思っていたところだった。

「。。。当たらずとも遠からずだな。仕事場は飲食店だ」

「飲食店?」

「カフェダイナーだ」

「へぇ。。。!そうなんや。やからコーヒーマシンみたいなのが色々キッチンに並んでるんか」

感動したように言うアキに小さく苦笑して、桐谷はカップに口を付けた。

アキは不思議な話し方をする。

関西訛りに話すその言葉には不似合いなほど、抑揚がない。

低くも高くもないその声は静かな印象だったが、空気によく通る。

「お前、歳いくつだ?」

「俺?。。。19」

突然話題の矛先が自分に転じためか、アキは少し緊張した面持ちになる。

「学校は?」

「大学、行ってる」

「毎晩こうやって人の家を渡り歩いてるのか?」

昨晩の様子から、桐谷は何となくそんな印象を受けていた。

「えっと…、毎晩ではないよ」

「ちゃんと帰る家はあるんだな?」

矢継ぎ早に質問を重ねると、アキは一瞬、言葉に詰まった。

「2か月前までは。。。大学の寮に住まして貰っててん。けど、門限守らんとか、無断外泊とか、素行悪いって追い出された。―やから今は、大学の体育棟で寝たり何やらしながら適当に過ごしてる」

「体育棟…?」

―一体何を言ってるんだ、こいつは。

「雨風しのげて安全やし、シャワーあるし、ロッカーもあるし、慣れたら結構快適やで」

何でもないことのようにアキは言う。

体育棟なるものが一体どのような場所なのかはあまり見当がつかなかったが、恐らく更衣室に近いようなものなのだろう。

「お前なぁ。。。。。。何て生活してんだ。追い出されたんなら新しく家借りるなりしろよ。。。。金がないのか?」

「あるよ。バイトしてるし、貯金もあるし」

「じゃあ何で」

すっとその表情に陰が差したのを、桐谷は見逃さなかった。

「。。。狭い部屋に、長いこと一人でおるんが苦手やねん。―やから何か、改めて部屋借りる気にもなれんくて。。。フラフラしてる」

桐谷は理由を訊ねるか迷ったが、目を伏せたアキの表情を見て、訊くべきではないと感じた。

「。。。実家は?」

「。。。。。。大阪やで」

小さな声で答えて俯いたアキに、そうか、とだけ返した。

触れないでくれ、と全身で訴えてかけて来るかのような空気があった。

「で、昨日は何であそこに居たんだ?」

尋問されてるみたいや、とアキは困ったように言ったが、質問には応じた。

「昨日はもともと、違う人の家にいてん。適当に声掛けて。。。。けどいきなりその人、注射器持って近付いて来て。。。これはやばいと思って飛び出してん。そしたら雨降って来るし、上着持たんと部屋出たからめっちゃ寒いし。。。何かもう色々めんどくさくなって、たまたま通り道にあったこのマンションに入ってん」

―注射器。。。!?

桐谷は耳を疑ったが、アキの顔は冗談を言っているようには見えない。

呆れて声が出ず、桐谷は心の底から溜め息をついた。昨夜から一体何度目だろう。

「お前。。。そんな節操なく誰とでも寝てるのか?」

訊ねると、アキは口元だけで小さく笑った。

昨晩の非常階段で見せた表情とシンクロする。

「一緒のベッドに入って何もして来んかったんは、桐谷さんが初めてやった」

「。。。。。。」

確かに、昨日のように誘えばノーマルな男でも落ちるかもしれない。

「それから。。。こんなに自分のこと喋ったのも初めてや。おいしいごはん食べれたんもめっちゃ久々やったし。。。ほんま、ありがとう」

そう言って、アキは微笑んだ。どこか、見ているこちらの心が疼く様な、笑顔で。

「あ、あと」

「何だ」

「あんなに優しく抱き締められたんも、初めてやった。罪な男やね、桐谷さん」

からかうように言ったその表情は、どこか切なげに見えた。

「。。。今晩はどうする気だ?体育棟か?」

「どうかな。。。未定やけどまあ、適当に」

答えて時計を見たアキが、あ、と呟く。

「今日1限出なあかんし、俺そろそろ行くな」

言ってイスから立ち上がる。

桐谷の脳裏に、再び昨晩からの映像が巡った。

アキには危なっかしい雰囲気がある。その一方で、律儀で無邪気な側面も覗かせる。

それらが相まって醸し出されるアキの独特の空気に、桐谷は少なからず惹きつけられるものを感じていた。

「どうかした?」

テーブルの上の皿やカップを整えるアキの顔を黙って見ている桐谷に、不思議そうに声を掛けてきた。

「アキ、好物は何だ?」

我ながら幼稚な切り出し方だとは思った。

唐突に投げられた質問に、アキは手の動きを止めて小さく笑う。

「桐谷さんって質問が唐突やな。―好物って、食べ物?」

「ああ」

「うーん。。。何やろ。。。。。。あ、俺グラタン。。。。グラタンがめっちゃ好きやなぁ」

目を細めながら言ったアキは、どこか何かを懐かしんでいるように見えた。

「じゃあ、今日の晩飯はグラタンだ」

「。。。え?」

「戻って来い。今晩もここに」

「え。。。?どういうこと。。。?」

ぽかんとした顔をしたアキに、桐谷は苦笑混じりに返した。

「そういうことだ」

アキが玄関を出る時、桐谷は手持ちの中では最もサイズの小さいコートを差し出した。

紺色で細身の、モッズコート。

「着とけ」

「ええの。。。?」

これも返しに来いと告げると、アキは少し間を置いてから頷いて、おずおずと受け取ったコートを羽織った。

やはりサイズは大きいようで、肩や袖がだぶついている。

「ここから駅まで行くのか?」

「う。。。うん」

「道は分かるか?」

「うん、。。。大丈夫」

「なんで。。。」

言いかけて、一度言葉を切る。

「ん?」

「何で。。。桐谷さんは俺に。。。そんな親切にしてくれるん?」

「さあな。俺が訊きたいよ」

自分でもはっきりとした理由は分からなかった。

単なる気紛れだったのかもしれない。

その身を置く状況を聞いて、同情のようなものを感じたからかもしれない。

ただ、アキの纏う空気に興味を惹かれたことと、今日の夜も見知らぬ誰かを誘うアキの姿を想像すると、心がざわついたことは確かだった。

アキはドアのノブに手をかけて、しばらく俯いてたが、やがて何かを決心したように顔を上げた。

ドアを開けながら、桐谷を振り返り、口を開く。

「桐谷さん、俺な、名前。。。マチムラアキホって言うねん。明るいに船の帆で、明帆」

「。。。そうか。綺麗な名前だな」

そう言って目を細めた桐谷に、アキは今度は曇りのない笑顔を見せて、静かに部屋を出て行った。

大通りから逸れた脇道に店を構える「NICO」というカフェダイナーが、桐谷の仕事場だった。

テーブル席とカウンター席を合わせても20席に満たない小さな店で、従業員の数も桐谷を入れて3人しかいない。

店内は、床、壁、天井、そして剥き出しになっているダクト類もすべて白で統一され、内装は使い古した木材やアンティークで揃えられている。

ドリンク類はもちろん、フードメニューにも力を入れている店として、若者から支持を得ており、午後からは満席の状態が続くことも多い。

店長でありオーナーである桐谷は、毎日オープン前の9時から店に入り、20時頃には他の従業員にクローズを任せて仕事を上がる、というサイクルが基本として定着していた。

「桐谷さん、今日もごはん食べてから帰ります?」

仕事を上がる準備をしていた桐谷に、従業員の川島が、作業の手を止め声を掛けた。

今日は週の頭ということもあり、客の姿は珍しくまばらだった。

照明を絞った店内は、ゆったりとした空気が流れている。

「いや、今日は家で食うよ」

「あら、めずらしいですねー。最近はずっとこっちで食べてから帰ってたのに。―昨日はあれからちゃんとごはん、食べました?」

桐谷にはもう1店舗、オーナーを務める店がある。昨夜はそちらの店舗に顔を出す用事があり、さらに事務仕事が溜まっていたため、何か手伝いましょうかと気に掛ける川島を帰した後、0時近くまで事務所に詰めていた。

「食ったよ、ちゃんと

苦笑混じりに返すと、川島は安心したような笑顔を見せた。

川島は普段から、コーヒーばかり飲みすぎてはいけないだの、緑黄色野菜が足りていないだの、仕事が溜まっていても事務所には泊まるなだの、事ある毎に桐谷の健康状態を心配する。

「今日はおうちで何か作るんですか?

「グラタン」

「え、グラタン。。。?」

一呼吸置いて、くすくすと川島が笑い出す。

「おかしいか?」

「ふふ、ごめんなさい何か、桐谷さんが家でグラタン作って食べてるところ想像したらちょっと可愛いなーって思って。何グラタンですか?」

「何がいいと思う?」

「うーん。。。。。。トマトとバジリコとか。。。あとはきのこと鶏とか、どうでしょう?」

「どっちもうまそうだな。参考にするよ。―じゃあ、俺上がるから、後よろしく。何かあったら連絡して」

「はーい。お疲れ様です!」

キッチンから顔を覗かせたもう一人の従業員の岩本と、元気よく手を振る川島に手を上げて、桐谷は店を出た。

自宅に戻り、シャワーを浴びてから桐谷はキッチンに立った。

男の一人暮らしにしては手入れが行き届きすぎているキッチン。

仕事で毎日調理をしているが、自身が摂る食事もほぼ毎食自炊をしている。

仕事でもプライベートでも、料理をすることは好きだった。

個人的にグラタンを作った事はなかったが、以前店で出していたため、レシピの概要は頭に入っている。

具材をどうするかまだ決めかねていた桐谷は、冷蔵庫を開けた。

手早く2人分を調理し、後はオーブンに入れるだけの状態になったところで、オーディオのFMから22時を告げる時報が鳴った。

グラタンの焼き時間は短いから、食べる直前に焼き始めればいい。

すぐに使えるようオーブンの主電源を入れておいたが、23時を過ぎてもアキは戻って来なかった。

”二度と来ない”という可能性も十分あるとは考えていたが。

今朝の戸惑った表情が思い浮かぶ。

恐らくアキは普段、同じ人間の家に再び帰ることはない。

何となく、そういう印象を受けた。

嘆息して冷蔵庫から缶ビールを取り出し、一口呷ると、不意に思い立って、桐谷は玄関に足を運んだ。

我ながら意味の無い行動だとは思ったが、身体が動いた。

想像通り、扉の向こうにはいつもと同じ静かな夜の風景と、冷えた空気があるだけだった。

―何やってんだ、俺は。

自嘲して扉を閉めようとした時、直感が走った。

瞬時に、その直感は確信に変わる。

非常階段。

昨日と同じ場所。

桐谷は迷わず部屋から出て、踊り場の前に立った。

―。。。やっぱり。

階段の隅にうずくまる人の姿があった。

その手には、今朝桐谷が貸してやったコートを大事そうに抱き、膝を抱えて俯いている。

「アキ」

名前を呼ぶと、びくっと反応し、顔を上げた。

目が合った瞳は、揺れているように見えた。

「。。。どうした?何で入って来ない?」

再びアキは視線を落とす。

返答はない。

「アキ。。。?」

近付いて屈み、目線の高さを合わせる。

「黙ってたら分からない」

ここに居るということは、帰って来るという意思はあったのだろう。

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