饭饭TXT > 海外名作 > 《在背后拉扯头发的是谁(日文版)》作者:[日]ペンギン3世【完结】 > 在背后拉扯头发的是谁.txt

文章简介

作者:日-ペンギン3世 当前章节:15362 字 更新时间:2026-6-23 02:19

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FILE1 影

 世の中には無数の霊がいると言われている。

 自縛霊、浮遊霊、悪霊……。

 私はそれらの霊を恐いと思ったことがない。

 例え霊を見たとしても、驚きはしても、恐怖はしない。

 なぜなら、霊が何者なのかを知らないからだ。

 あかの他人の霊なんて実際は恐くない。

 私は、そう思っていた。

 その日、私は憂鬱だった。

 高校2年といえば楽しいことがたくさんあると思っていた。

 だが、現実は違う。

 恋も、遊びも、学校も、特に楽しくはない。

 友達もいるし、男に告白もされたけど、中学時代に抱いていた夢とはギャップがある。

 心から、楽しめないのだ。

 もしかすると、私はまだ、あの時の出来事を引き摺っているのかもしれない。

「あぁ。暗いこと考えるのは、もうやめよ」

 私は制服のスカートを脱衣所の棚に入れた。

 浴室のドアは水蒸気でびっしり埋め尽くされている。

 先に入っていた弟が湯船の蓋を閉め忘れたようだ。

 そのため脱衣所から浴室に入ると、ほんのりと暖かかった。

 湯船に手を入れると、湯の温度は少しぬるめだった。

 ザブーン。

 私は洗わないまま、湯船に入った。

 入浴剤で緑色になった湯があふれる。

 風呂に入ると気分が少しだけ良くなった。

「田中君と付き合おうっかな」

 私は告白され、返事を保留にしている田中君の事を考えた。

 田中君は普通の男子高校生だった。

 好みのタイプではないが、選り好みしていると20歳なのに処女とかいう、みっともない女になりかねない。

 シュポシュポシュポ。

 湯船から出ると、私はポンプ式のシャンプーに手を伸ばした。

 セミロングの髪はロングだった頃より手入れが楽だ。

 だけど、シャンプーの量というのは変わらないものだ。

 頭を洗い始めると、泡立ちが良過ぎたためか、目が開けていられなくなった。

 その時である。

 私は嫌な気配を感じた。

 ジーッ。

 視線を感じるという言葉はオカルト用語ではない。現実で用いられる言葉だ。

 私は確かに視線を感じたのである。

 無論、風呂場には誰もいない。

 シャーッ。

 慌てて頭のシャンプー液を洗い落とす。

 目を開けると、曇りきった鏡が見えた。

 そのままでも若干、うら若き女の裸体を確認することができた。

 背後から視線を感じたが、鏡に映ったのは私だけだった。

「えっ」

 不意に、それを見つけたとき、私は絶句した。

 風呂場には一人しかいなかったが、水滴のついたドアにぼんやりと別の女の顔が浮かび上がっている。

 灰色で、半透明の、明らかに生身の人間ではない女の顔だ。

 恐怖映画ならキャーッと金切り声を上げるが、真に恐怖すると声などでない。

 私は目を見開き凍りついた。

 見知らぬ人間の霊など恐くはない。

 だが、知っている人間の霊は、奈落に突き落とすほどの恐怖を私に与えたのだった。

FILE2 携帯

 霊を目撃してから数日が過ぎた。

 霊体験というのは笑い話にはなるが、真剣な相談には向いていない。

 また、あれから彼女の姿を見かけることはなかったので、目の錯覚という風に思い込むこともできた。

 私は釈然としない気持ちを抱えたまま親友の佐優梨と並んで下校していた。

 黄色で埋め尽くされた銀杏並木を親友と一緒に歩いていると、沈んでいた心が癒された。

「あの映画見た?。呪いのインターネット」

 佐優梨は学校での愚痴から急に話題を変えた。

 やや脱色した髪と細身の体が印象的な女はちょっと自分勝手な所があった。

 私は受け身タイプだから、二人は親友になれたのだが、時には戸惑う事もある。

「まだ見てないけど、恐いらしいね」

「恐いよ。女の子の首がぐるぐる回転して取れてしまうシーンなんて凄く恐いんだから」

 佐優梨は満面の笑みを浮かべてホラー映画の話をした。

 私はホラー映画は苦手だった。

 元々、嫌いだったが、あの一件以来、特にホラーやサスペンスを避けるようになった。

「どんな物語なの」

 佐優梨が映画の話をしたそうなので、私は映画の内容を尋ねた。

 ぷくっと佐優梨の頬にえくぼが浮かんだ。

 彼女もあの一件を経験しているのに、ホラーは平気のようだ。

「ある日、ネットサーフィンしていたら、おかしなホームページに行き着くの。それは心霊写真サイトなんだけど、それを閉じようとすると、あなたは呪われましたっていう文字が浮かび上がるの」

「うわぁ。恐そう」

 思わず腕が鳥肌になった。

 背筋には氷でなぞられたような寒気を感じた。

 映画の予告編をテレビで見ていたので、光景をリアルにイメージしてしまったのだ。

 佐優梨はまだにこにこと微笑んでいた。

 が、猫のような愛くるしい顔が突然曇った。

「あ、そうだ。最近、私に変なメールがきたんだ」

「どんなの」

 佐優梨はピンクの携帯電話を取り出した。

 しなやかな細い指を動かしてメールを開く。

 太陽光が反射している液晶画面に私は目を凝らした。

 画面には一文だけが表示されているが、簡単には読めなかった。

「ろこしやしぶ、ってだけ書いてあるんだ」

「ほんとだ」

 確かに、メールにはそう書かれていた。

 ろこしやしぶ。

 どう頭を捻っても意味を見つけだせない言葉だった。

 暗号か、または本当に意味のない言葉のどちらかだ。

 佐優梨は携帯を折り畳むと、またいつもの笑顔を浮かべた。

「これって、よくあるチェーンメールだよね」

 私は佐優梨に同調して頷いたものの、すぐにあることを思い出した。

 そして、慌てて自分の携帯を確認した。

「そんなメール、私にも来た。内容は違ったけど、似たようなのが」

「どんなの」

 佐優梨は好奇心旺盛な目を見開いた。

 当時は気に止めなかったが、私も妙なメールを受け取っていた。

 だが、佐優梨のとは内容が違っていたように思う。

「ほら。これ」

「のいろてるの。ほんとだ。書いてある事は違うけど、似てるね」

 私に送られてきたメールも一文だけだった。

 のいろてるの。

 これまた、全く意味不明のメールだ。

 佐優梨はくすっと笑って、ある仮説を出した。

「流行ってるんだよ。このチェーンメール」

「そう、なのかな」

 釈然としなかったが佐優梨の仮説は荒唐無稽ではなかった。

 不幸の手紙のような流行を誰かが作ろうとしている可能性は否定できない。

 また、それ以外の仮説を立てられないから、佐優梨の仮説の信憑性は高まったのだった。

FILE3 先生

「あ。高橋さんと伊藤さんじゃないの」

 私たちは不意に誰かに呼び止められた。

 声は大人の女性の物だった。

 反対側の歩道で水色のミニスカのスーツを着た女性が手を振っていた。

 女性はばたばたとした足取りで道路を渡ってきた。

「えっと。誰ですか」

 私と佐優梨は顔を見合わせた。

「中学校の担任を忘れたの」

「ひょっとして池田先生ですか」

「そうよ。やっと思い出した」

 私は懐かしさと驚きを感じた。

 池田先生のイメージは黒髪と地味な服だった。

 それが今は茶色の髪に水色のスーツだ。

 すぐに思い出せないのは無理もない。

「先生、髪の色、変えたんですか」

「そうなの。ちょっとした気分転換でね」

「その方が若く見えますよ。ねっ」

「うん。似合ってますよ」

 私と佐優梨は池田先生に見とれた。

 今の先生からは大人の色気が感じられた。

 ただ、私と佐優梨は完全には再会を喜べなかった。

 先生が外見をがらりと変えなければならない理由に心当たりがあったからだ。

「そういえばあなたたち、岡崎さんのお墓参りにはちゃんと行ってる」

 池田先生は心当たりにいきなり触れてきた。

 私は思わずびくっと体を震わせた。

 封印してきた過去の傷に釘がささったような気がした。

「いえ。最近はちょっと」

 こういう時、佐優梨は平然としている。

 一瞬、頬を引き釣らせたが、すぐに笑顔を繕ってみせた。

「ダメよ。お墓参りには行かないと。岡崎さんが亡くなったのはあなたたちの責任ではないけれど関係はあるでしょ」

「また、いつかいきますよ」

「そうそう。暇なときにでも」

 私も笑顔を演じた。

 話題を変えたかったからだ。

 池田先生は微笑んでいたが瞳の奥に影が差していた。

 先生もあの一件を乗り越えられていないのは明白だった。

「もぅ。行かないつもりね。言っておくけど、お墓参りって馬鹿にしちゃいけないのよ」

「どうしてですか」

「知っている霊を見てね。その人のお墓参りにいかないと殺されてしまうのよ」

「はははは。そんな、まさか」

「心霊話ですか」

 科学的な根拠のない話に私と佐優梨は困惑した。

 先生はそんな事をいうタイプではないから余計に戸惑わされた。

 だが、池田先生は真剣な顔だった。

 冗談ではないというのはすぐに伝わってきた。

「これは実際あった話なの。私のおばさんがね。そのおばさんはお墓参りとかが嫌いで祖母のお墓参りに行ったことがなかったの。そしたらある夜、祖母の霊が枕元に現れたんですって」

 私は一人、息を飲んだ。

 風呂場で見た霊は岡崎忍だった。

 葬儀の後、お墓には訪れていない。

 一滴の冷や汗が背中を流れ落ちた。

「それで、その叔母さんどうなったんですか」

「すぐにお墓参りに行ったら霊は出なくなったんだけど、その話をある寺の住職にしたら、危ないところでしたねって言われたんだって。どうも知り合いが枕元に出るのは危険みたいね。生前に遺恨がなくても霊に殺されることがあるそうだから、お墓参りにはいかなきゃダメよ。って、あなたたちどうしたの。顔が真っ青よ」

 池田先生は私と佐優梨の顔面が蒼白になっていることに気づき、目を丸くした。

 佐優梨は途端に笑顔になったけど、私は作り笑顔もできなかった。

「いや。なんでもないですよ」

「ごめんなさいね。脅かすような事言っちゃって。私はお墓参りの大切さを伝えたかっただけなの。それじゃ、先生は用事があるから失礼するわね」

 池田先生は左手首の時計を見ると、慌てて立ち去っていった。

 私と佐優梨は先生の後ろ姿が小さくなるまで見送った。

 そして、二人っきりになると、ごくりと生唾を飲んだ。

「ねぇ。美保。岡崎さんの霊って見たことある?」

「お風呂場でちらっと、ね」

「私もベットの横に立ってたことがあったの」

 佐優梨も霊を見たようだった。

 しかも、岡崎さんの霊を、である。

 私はぎゅっと唇を噛み締めた。

 恐怖が足下から徐々に這い上がってくるような感覚がする。

「でも幻覚よ」

 佐優梨は私の手をぎゅっと握って言った。

 彼女の手は暖かくて力強かった。

 私も霊など信じてはいない。

 今まで幻覚だと思い込んできたのだ。

「だけど、先生は霊に殺される事もあるって。しかも、私たちには殺される理由があるし」

 私は無意識で禁断の台詞を口にしてしまった。

 佐優梨は反射的に言葉を発した。

「何言ってるの、あれは事故よ」

「わかってるわ。私も、あの問題をぶり返すつもりはないよ」

「落ち着いて。霊なんてこの世にいるはずないわ。私たちは誰にも殺されたりなんかしないし。恨まれる理由もないの」

 私は佐優梨と一緒にいてよかったと思った。

 佐優梨はちょっと気が強くて我がままな性格をしているが、こういうときは頼りになった。

「うん。わかってる」

 佐優梨のために、何より自分自身の将来のためにも、私はあの一件が不幸な事故だったと、改めて思い込むことにした。

 だが、一度開いた記憶の蓋は簡単には閉じられないものだ。

 私はあの日の記憶を思い出してしまった。

FILE4 過去

 季節は秋だった。

 中学時代の最大のイベント、修学旅行が間近に迫っていた。

 私は普通に楽しみにしていたが、佐優梨は別の企みを持っていた。

「岡崎さん。修学旅行の自由行動、一緒にしない」

「え。でも、私は」

「小野君なら、サッカー部の友達と一緒でしょ。彼、部の友達を大切にしてるから、彼女とはいえ二人でってわけにはいかないよね」

 だいたい、このような会話があったと、その場に居合わせた友人に教えてもらった。

 私は驚嘆した。

 佐優梨をすぐに女子トイレに呼び出して話を聞いた。

 3階奥の女子トイレは不便な場所にあるので生徒が来ることはほとんどない。

 ピンクのタイルで埋め尽くされたトイレ内に窓はなく、何となく息苦しい感じがした。

「岡崎さんと一緒に自由行動するって本当」

 私は開口一番に言った。

 聞き間違いではないかという思いはあっさりと否定された。

「そうよ。今、誘ってきた」

 佐優梨は淡々と答えた。

 中学時代の佐優梨は髪をショートにしていた。

 だが、気の強そうな顔は今とさほど変わっていない。

「どういうつもりよ。佐優梨。岡崎さんを嫌ってたんじゃなかった?」

「大っ嫌いよ。だって、私が好きだって知ってたのに、小野君に手を出したんだから」

 佐優梨と岡崎忍は2年の夏前までは友達関係だった。

 一時期は佐優梨は私より岡崎忍と仲が良く、焼きもちを焼いたこともあった。

 その二人の間に亀裂が入ったのは、小野君が原因だ。

 佐優梨は小野君を小学校時代から愛していた。

 何度か告白をしようとしたが、愛が強すぎてできなかったのだ。

 岡崎忍は佐優梨から小野君にどう接すればいいかの相談を受けていた。

 それなのに、岡崎忍は小野君に告白し交際を始めたのだった。

 佐優梨が烈火のごとく怒り、岡崎忍を憎んだのは言うまでもない。

「だったらどうして」

 私は不安を抱いた。

 佐優梨は根は悪くないが、やや暴走する所がある。

 案の定、たくらみ顔で微笑んでみせた。

「ちょっとしたいたずらをするの。そうでもしなきゃ、私のプライドが許さないのよ」

「いたずら?」

「自由行動で川下りがあるでしょ。そこで彼女を突き落とすの」

 修学旅行先には川下りをできる場所があった。

 川下りは自由行動の範囲だから選択しない班もあるが、ほとんどの班が選択する修学旅行の目玉的な場所だった。

 私たちも当然、川下りを楽しむ予定だ。

 佐優梨はその川下り中に岡崎忍を突き落とすと言った。

 私が恐くなったのは、岡崎忍のある弱点を知っていたからだ。

「何言ってるの。彼女、泳げないのよ」

「美保だって岡崎さん嫌いでしょ」

「私は」

 佐優梨にストレートに聞かれ、私は狼狽した。

 恨みを引き摺る女ではないが、岡崎忍に対しては違っていた。

 意識的に顔を合わさないようにしてきたのだ。

 自らの悪感情を封印するために、だ。

「彼女、陸上部だったのに、2年の時、バレー部に急に入ってきて、美保をレギュラーの座から引き摺り落としたんでしょ」

「その事は今でも恨んでる。陸上部じゃレギュラーになれないけど、バレーならなれそうだって言ってたし。それに自分の好きなようにチームを変えてしまったし」

 私はバレー少女だった。

 うまくはなかったが、バレーだけを愛していた。

 中学校のバレー部は弱かったが、みんな一生懸命に練習に取り組んでいた。

 私はバレー部が大好きだった。

 2年の秋。岡崎忍が陸上部からバレー部に転部してきた。

 バレー部ならレギュラーになれそうだったと、岡崎忍は臆面もなく話した。

 運動神経の良かった岡崎忍は私からレギュラーの座を奪った。

 それだけでなく、岡崎忍は自分の嫌いな部員を排除していった。

 私が好きだったバレー部は岡崎忍によって壊されたと言っても過言ではなかった。

「そういう女よ。岡崎って」

「だけど、やりすぎじゃない?」

 私も岡崎忍に仕返しをしたいと思っていた。

 だが、泳げない人間を川に突き落すことには抵抗があった。

「大丈夫だって。川下りといったって穏やかな川だし、大人もいっぱい一緒にいるのよ。ちょっと水に入る程度よ」

 佐優梨は明るく言った。

 ちょっと困らせるくらいならと私は同調した。

 向こうは川下りのプロだ。

 安全対策だってきっとしっかりしている。

 思えば、この予測が悲劇の始まりだったのだ。

 私と佐優梨と忍は同じ船で川下りを楽しんだ。

 前日が雨だった影響で川の水流は予想よりも激しかった。

 そのため紅葉が始まった渓谷の景色を楽しむ余裕はなかった。

 ザブーン。

 船先が激しい水しぶきをあげた。

 ばちばちと雨粒が船上に降り注ぐ。

「キャーッ」

「川下りって結構スリルあるね」

「うん。もう、体中びしゃびしゃ」

 私と佐優梨は川下りを楽しんでいた。

 防水用のビニールシートはほとんど役に立たなかった。

 中学校のブレザーの制服はぐっしょりと濡れている。

 私は心のどこかで計画が中止になることを期待していた。

 佐優梨は隣の忍と楽しそうにはしゃいでいた。

 彼女の笑顔から悪意は微塵も感じ取れなかった。

「岡崎さん。楽しんでる」

「うん。もう、最高」

 忍も川下りを楽しんでいた。

 難所と呼ばれる場所では佐優梨に抱きついたりしていた。

 こうして見ると仲の良い友達に見える。

 が、佐優梨は難所を越えたところで私に耳打ちをしてきた。

「ねぇ。ここなら流れも穏やかだからいいんじゃない」

「そうね」

 船は川幅の広い流れの穏やかな所を通っていた。

 佐優梨がやる気なので私はここで計画を実行することに同意した。

「じゃ、やるわよ」

 ぽつりと、そして心底楽しそうに佐優梨は呟いた。

「見て。あそこに動物いなかった」

 激しい流れが一段落し呼吸を整えている忍にわかるように、佐優梨は山の急斜面を指さした。

 所々剥き出しの岩が見える斜面は確かに鹿などがいても不思議ではない場所だ。

「えっ。どこ」

「ほら。あそこ」

 佐優梨は忍に密着して、斜面を指差し続けた。

 これが邪悪な計画だと知るよしもない忍は愛らしい目で動物を探した。

 が、突如として景色が一変したはずだ。

 ドン。

 鈍い音がしたと思うと、次には派手な音がした。

 バシャーン。

 計画通り忍は深緑色の川に転落したのだった。

「あぁっ。大変。岡崎さんが川に落ちた」

 佐優梨は見事な演技力で驚いてみせた。

 バシャバシャと忍は川の中でもがいている。

 船に二人いる船頭の顔色は一気に強ばった。

「何だって。この先は激流になってるぞ。早く助けろ」

 舟先にいた船頭が観光客をかき分け船尾に走った。

 忍は水面に顔を出すのが必死の状態だ。

 泳げない上に水を吸った服がもがくことを邪魔していた。

 船と忍は水流が増した川の流れにどんどんと流されていく。

「まずいぞ。もうすぐ激流に入る」

 船尾で舵をとっていた船頭は悲鳴に近い声を上げた。

 船は白い水飛沫を上げる激流に接近していた。

 もう一人の船頭は長い棒を岩場に突き刺し、強引に船を忍の方へと動かした。

 がくっと船上が揺れたと思うと、私が手を差し出せば届きそうな位置に忍がいた。

「岡崎さん。捕まって」

 私は必死に手を伸ばした。

 忍は溺れていて、浮いていることだけで限界に見えた。

「うぷ。うぷ」

「どうした。早く船のほうに来い」

 忍は一掻きすれば私の手の届く場所にいた。

 船頭は忍に泳ぐように促した。

「彼女、泳げないんです」

「ちっ。もう少し船を寄せるぞ」

 長い棒と腕を限界まで伸ばして船頭はもう一度、岩をついた。

 船はわずかだけ移動した。

「岡崎さん。私の手に捕まって」

 忍は気力を振り絞って腕を伸ばした。

 私も手を差し出した。

 腕は限界まで伸びていたが、体をもう少し傾ければ、彼女の手に届く。

 その時だった。

 忍は私と佐優梨を睨み付けてこう言ったのである。

「ゆ、許さないわよ。うぷ。私を突き落としたでしょ。うっ。警察に訴えてやる」

 結局、忍は救助されなかった。

 船と忍は激流に突入し、忍は溺死した。

 警察は安全対策を怠った事故として、川下りの職員数名を起訴した。

 私と佐優梨が罪に問われることはなかった。

 これが、私が封印していた記憶の一部始終である

FILE5 悔恨

 私と佐優梨は銀杏並木から住宅街へと移動していた。

 閑静な住宅地に佐優梨の自宅がある。

 夕方を過ぎるとマイホームへ急ぐ車が目に付いたが歩

行者はあまりいない。

 だから、私はあの一件の感想を話せたのだった。

「その時、私は手を伸ばせたけど、それ以上、伸ばさな

かったの」

「何言ってるのよ。手を伸ばしても助からなかったわ」

 佐優梨は憤慨した。

 多分、忍を突き落した彼女のほうが罪悪感に苛まれて

いたはずだ。

 怒りはその現れだった。

「うん。警察も事故ってことで処理したもんね」

「そうよ。考えるのはもうよそう」

 少し佐優梨は早足になって歩いた。

 空は夕焼けに染まっている。

 こういう風景の中にいると人は感傷的になるものだ。

「だけどさ。岡崎さんは事故だって思ってないよね」

 私は胸に引っかかっていた言葉を吐き出した。

 幽霊が幻覚だったとしても、心の整理をしない限り、

私たちはまた幻覚を見てしまうはずだ。

 佐優梨はくるりと上半身を反転させた。

「わかったわ。お墓参りにだけいこう。そこで懺悔すれ

ば幽霊騒ぎもおさまるわ」

 にっこりと佐優梨は微笑んだ。

 私と同じで過去に区切りをつけたかったのだ。

 お墓参りが霊を鎮める効果があるかどうかではなく、

自分たちのために、私と佐優梨は日曜日に墓地に行くこ

とにした。

 岡崎忍の墓は郊外の寺の境内にあった。

 山を切り開いたような場所に灰色の墓石が雑然と並ん

でいた。

 立派な墓から板に名前を刻んだだけの墓まで色々な物

がある。

 私と佐優梨は手分けをして岡崎忍の墓を探した。

 池田先生によれば、山側から三列目にあるという。

「あった。岡崎忍って書いてある」

 私が忍の墓を見つけた。

 墓は立派だった。

 手入れは行き届いていて、華やかな花も飾られている。

 私と佐優梨は忍の墓の前で並んだ。

 なんとも言えない微妙な感情が胸に去来した。

 先に佐優梨が言葉を発した。

「あれは事故だったの。私たちの責任じゃないの」

「岡崎さん。成仏してね」

 私は早口でそう言った。

 全てを懺悔しようかとも思ったが、誰かに聞かれてい

るような気がして、それはできなかった。

 だが、こうして墓参りを済ませると、心の中の重石が

取れたような気がした。

「よし。お墓参りもしたし。これで幽霊は出てこないわ

 佐優梨も同じ気持ちらしく、清々しい笑顔を浮かべた。

「なんか、ちょっとだけすっきりしたね」

 私と佐優梨は久しぶりに心の底から笑いあって忍の墓

を後にした。

 寺の山門に差しかかったとき、私たちは袈裟を着た男

と出くわした。

「ほぉ。若いお二人だけでお墓参りですか。感心ですな

 男は寺の住職のようだった。

「あ、こんにちわ」

 私たちは挨拶だけをして通り過ぎようとした。

 が、住職は私たちの進路に立ち塞がっていた。

「亡くなられたのは、ご友人ですかな」

「はぁ。そうですけど」

 渋々、私は住職と話をした。

 こつこつと佐優梨はスニーカーで石畳を叩いた。

 露骨に迷惑そうな気配を出してやり過ごそうとしてい

るのだ。

 住職は大きな顔にすっとぼけた笑みを浮かべている。

 私たちの気持ちを慮る気配はない。

「それにしては妙ですな。お墓参りなのに手ぶらとは。

さては、何か妙な体験をしましたかな。例えば、霊体験

とか」

 住職はギョロ目をひん剥いて言った。

「い、いえ」

 佐優梨は驚きながらも否定したが、私は反射的に肯定

してしまった。

「どうしてわかるんですか」

「あ。美保」

 私は口元を慌てて押さえた。

 失言だった。

 なぜなら、私たちは霊を見て悩んではいけないのだ。

 岡崎忍の死が事故死ならば私たちは霊など見るはずが

ないのだ。

 住職は軽く坊主頭を撫で、怪しげに笑った。

「ほっほっほ。何があったかは聞きませんよ。私は御仏

に使える身ですから。ただ、一つだけアドバイスをする

ならば、恨みの強い霊はお墓参りくらいでは除霊できま

せんよ」

 住職の目は全てを見透かしたような神秘的な輝きを放

っている。

 私は住職の話に引き込まれていた。

 忍が霊になって私たちの前に現れているならば、墓参

りくらいで許してくれるとは思えない。

「どうすればいいんですか」

 私は切実に訴えかけた。

 住職は手に数珠を掛け、胸で両手を合わせた。

「罪があるならば、それを償うことです。勇気がいるこ

とですが、人に真実を話すのです。そうすれば霊は成仏

してくれるはずです」

 住職はそれだけを言って寺に入っていった。

 佐優梨は忍を川に突き落とした。

 私は忍を助けられそうだったが、助けなかった。

 この真実を人に話さなければ除霊はできない。

 恐らく、人とは忍の両親であり、警察であろう。

 住職の言葉は私の心に釘を打ち付けたのだった。

FILE6 ラストメール

 寺からの帰り道。

 私と佐優梨は河川敷を歩いていた。

 昼間の河川敷は平和な光景が広がっている。

 犬を散歩させる婦人。ランニングをする男。野球をす

る少年たち。

 皆が楽しそうだった。

 だが、私たちの気分は最悪だった。

「冗談じゃないわよ。あのクソ坊主」

 佐優梨は住職に怒っていた。

 河川敷に落ちていた空缶を力一杯蹴りつけ怒りをぶち

まけた。

「佐優梨。どうする」

 私は怒りよりも動揺の方が強かった。

 どこかで決着をつけなければならないと思っていた矢

先だったからだ。

 ただ、真実を話すことには抵抗があった。

「どうするもこうするもないわ。あんなの嘘に決まって

るじゃない。坊主ってああいう説教が好きなのよ」

「そう、だよね」

 私は佐優梨と一緒で良かったと思った。

 もしも一人だったら住職に全てを話ていたに違いない。

 非科学的な霊に怯えて、人生を台無しにしてしまって

いたはずだ。

 佐優梨は淡々とした表情で言った。

「お墓参りだってしたんだし、霊なんてもう出てこない

わ。なんなら、どこかで御はらいしてもらったらいいし」

 その手もあるな、と私は思った。

 霊が出て来ても御はらいをすれば退けられる。

 別に霊に怯える必要はないのだ。

 チャカラララーン。

 タリラリララーン。

 不意に私と佐優梨の携帯の着信音が鳴った。

「えっ?。二人の携帯が同時に鳴った」

「由紀よ。あの子が同時にメールを送ってきただけだっ

て。合コンしようとかって」

「だよね」

 由紀とは高校の友達で、私と佐優梨とよく一緒に遊ん

でいる仲だ。

 近々、合コンをする予定がある。

 メールの一斉送信をしてきた可能性は十分にあった。

 私は慣れた手つきでメールを開いた。

 画面には一文だけが刻まれていた。

「こ、このメール……?」

「例のチェーンメールだ」

 佐優梨の画面にも一文だけのメールが写し出されてい

た。

 佐優梨の画面には、ろこしやしぶ。

 私の画面には、のいろてるの。

 内容は前回と変わってはいなかった。

「こんなときに変なメール送ってきやがって」

 佐優梨は眉を釣り上げて激怒した。

 悪戯なら最悪のタイミングだった。

 最悪のタイミング……。

 私は嫌な予感がした。

「ちょ、ちょっと待って。もしかしたら、もしかするん

じゃない」

「何言ってるの」

 私は佐優梨の携帯電話を奪い取った。

 食い入るように二つの画面を見比べた。

 突発的に浮かんだ閃きは、徐々に言葉に変換されてい

く。

「もしかしたらよ。このメールは私たち二人にだけ送ら

れてきてるんじゃない」

 もちろん、確証はない。

 だが、否定する確証もまた、ないのである。

「誰がそんなもの送ってくるのよ」

 佐優梨は苛立って言った。

 そんな暇な人間がいるだろうか。

「心当たり、あるでしょ」

 私は即答した。

 そうなのだ。

 私たちには心当たりがある。

「そんな事あるわけないじゃん」

 否定した佐優梨だったが、顔色が青ざめた。

 霊として存在するのならば、不可能ではないのではな

いか。

 私は佐優梨にも見えるように二つの携帯を持ち替えた。

「もう一回考えてみようよ。私のメールが、のいろてる

の」

「意味わかんないよ」

 そう。のいろてるの、の意味を解明する手がかりは何

一つない。

 私はそれでも思いつくままに言葉を続けた。

「佐優梨のメールが、ろこしやしぶ」

「これも意味不明よ。ただのチェーンメールだって」

「交互に読むんじゃない」

 閃きの確信部分がようやく姿を表わした。

 メールが二人にだけ送信されたとするならば、二つの

メールに関連がある可能性が高い。

 佐優梨は円らな瞳を左右に動かして文字を読んだ。

「ろのこいしろやてしるぶの。やっぱり目茶苦茶よ」

 佐優梨のメールを先にした場合は意味不明の言葉にな

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