┃━━ ﹏ ━━┃★★.. ★★.. ★★.. ★★.. ★★.. ★★.. ★★.. ★
小说下载尽在 httpbbs.txtnovel.com---书香门第【duansh1204】整理
本作品来自互联网,本人不做任何负责!内容版权归作者、出版社所有。
╭╮╮
╲◤ ╭╮╮
╲◤ ╭╮╮
╲◤
01-ハジマリ
無機質な壁と天井。何の面白みもないそれが、ずーっと続く光景。
此処はとある廃校の中。昼間でさえ気味が悪いが、夜となればもっと気味は悪くなる。明かりはついているが、中途半端なそれは恐怖を逆にそそるだけ。
普通なら誰も近づきたがらない。もし近づく者がいるとすれば、それはきっと肝試しか罰ゲームにちがいない。
そんなさびれた場所に、とんでもない悲鳴が響いた。
「ギャアアアアア!」
この声を人が聞いたら、誰しも『何事!?』と驚いて顔をあげるだろう。とてつもない声をあげていたのは一人の青年だった。高校生くらいだろうか、真っ青な顔をして廊下をかけている。
幽霊でも出たか……と思いきや、違った。
「待って」
青年が出した悲鳴に続き、小さな声で別の声が聞こえる。
もちろんこちらの声の主は彼ではない。彼の後ろにいた人だった。暗くて姿はよく確認できないが、確かに廊下を走る彼を追いかけている。青年はその人から逃げていた。
「たすけてくれええええ! 誰か、あああ殺されるうううウゥ!」
そして、何故逃げているのか。その答えは、追っている人が手に持っているものにあった。
包丁。普通なら野菜や刃物を平和に刻むべき道具を手に持ち、なまはげの如く振りかざして追っている。
しかも持っているのじゃ一本ではない。いや、確かに手には一本しか持っていないが、腰にたくさんつけている。まるでタガーナイフが何かのように袋に入れてぶらさげており、用があれば次々抜いて刺せるようになっていた。
「いやあああああああ!」
声をあげると、逃げる体力をロスするだろう。しかし恐怖のあまり叫び続け、彼は必死に廊下を走る。
追いかけている人はというと、こっちはこっちで必死に追っている。だがスピードが遅く、逃げる彼にはとても追いつかない。見ている間にだんだん距離が広がっていって、もう少しで彼は逃げ切れそうだった。
あと少し。あと少しで、彼は逃げ切れる。
だがその刹那、追っ手は手に持っていた包丁を投げた。腕はおそろしく的確で、それは回転したりせず実にまっすぐ青年に飛んだ。
「ひいッ!」
とっさに右によけた彼。と、さっきまでいたところに包丁がグサリと刺さる。硬い床に突き刺さるのを見る限り、相当な威力であるらしい。
的中したら十中八九、彼は死ぬ。
一本、二本、三本、四本。料理のための道具を間違った使い方で扱いつつ、追っ手はひたすらそれを投げつける。
腕は良い。しかし彼は右に左に動いて避けていた。おまけに二人の距離は広がる一方である。
「はぁ、はぁ………」
そうこうしているうち、彼より先に追っ手の方がバテたようだった。やがて荒い息をはき、ピタリと立ち止まった。しかし投げるのはやめず、やがて一本の鋭い刃が、逃げる彼の服を切り裂いて傷をつけた。
「いッ――」
彼は一瞬顔をしかめた。だが足は止めずに傷を抑え、階段を下り、下の階に行く。
「はぁ、はぁ、はぁ――っ……」
あいたドアからまっすぐ中に飛び込んだ。荒い息をなんとか殺し、追っ手がここまで追いかけてこないことを確認し、彼はここでようやっと休息を得た。
「あぁ、どうして」
ようやく、一息ついた彼。しかし落ち着いたところで、頭に浮かぶのは疑問符だけだった。
だがそれも尤(もっとも)だ。こんな廃校の中、包丁を持った人に追いかけられるなんて。まずあり得る状況ではない。
あの、包丁を持った子は何者だ。そして彼はどうして、こんな場所に足を踏み入れたのか。
そのきっかけは些細なことだった。だがその『些細なきっかけ』に到達するまでの道のりは、彼にとって悲哀の連続だった。
不純異性交遊もしない。悪い友達もいない。酒も煙草も万引きもしない。学校での成績はいつも平均点より上をキープ。特に秀でていわけではないが、宿題はほぼかかさずやるし、真面目でズル休みもまずしない。
彼は良くも悪くも『普通』な学生だった。が、先日、とんでもなく酷いことがおきた。
それは人によっては「なんだ、そんな事」と言ったかもしれない。だが彼にとっては足元が崩壊しそうな出来事。
まず一つは、返された模擬テストが、五教科、揃(そろ)いも揃って悪い成績でかえってきたこと。一番自信があった数学でさえ平均点と同じ点数で、あとは全部それより下。合計点は、彼の志望校にはとても到達していなかった。
それでかなり凹んだが、あくまでこれは模擬のテスト。まだ本番までには時間がある。彼は「じゃあ、これからはもっと真面目に、心を入れ替えて勉強しよう」と思った。
己の決心を強めるため、願書を提出するついでに、市役所にいって戸籍もとってきた。
しかし、それが彼にとって第二の地獄となった。戸籍を見ると、驚いたことに彼は今、自分を育ててくれている父母の実子ではなかった。
いや正確には、父は確かに自分の父だった。だが母の名前が違っていて、そして別の人の――彼が今まで「母親だ」と思っていた人の「養子」となっていた。
相当なショックだった。すぐに親のもとにかけて問いただした。が、結果は戸籍の通り。
それで彼は絶望に陥った。父親も父親だが、今まで母と思っていた人が赤の他人だったなんて……と。
精神的にあまりに酷く追い詰められ、もういい加減首でもつろうか、それとも屋上から飛び降りようかと、そこまで彼は考えた。だがそんな鬱(うつ)っぽい考えとはまた別に、妙に暴れたい気分になった。
その日から彼はヤケになり、家を飛び出して夜の街をほっつきまわった。今まで足を決して踏み入れなかった場所を歩いてみる。
……が、ただそれだけ。何をする予定も計画もなく、ついでに金もない。大人であれば酒浸りになろうところ、変なところで根がまじめな彼はそんな事をしようと思わなかった。
それ所か、アンダーグラウンドな世界を目の当たりにし、自分がひどく場違いな気がして、逆にまたひどく気を滅入らせてしまった。
そんな折、ふとした事でチラシを手にした。
そのチラシは、見たところ宗教勧誘のもののようだった。その内容は、こう。
『永遠の命を手にしてみませんか? 自然界に生きる本物のフェニックス-ベニクラゲの不死のライフサイクルを利用した再生秘術。本団体のみが有している世界最先端の科学技術に、貴方も身を委ねましょう。入会費?年会費一切不要! 詳細は以下にて』
ダサいというか何というか、低級なセールスさながらのあやしさ丸出しの文句。チラシはそれを、恥ずかしげもなく堂々記していた。
そこで彼は考えた。フェニックスといえば不死鳥だ。しかしベニクラゲとは一体何ぞや。鳥とクラゲに何の関係がある? などなど。
まともな状態だったらそんなもの、仮に手にしたとしても即座に無視してゴミ箱にいれ、後はきれいに忘れていたことだろう。
だがその時の彼は鬱が半分、ヤケが半分の少々まともじゃない状態だった。またそのチラシに書いてある地図は、彼がその時いた場所から近かった。そこで彼はついつい、そこに足を踏み入れてしまった。
夜の一時もまわった遅い時間だというにもかかわらず、建物には明かりがついていたし、門も解放されていた。
そこへフラフラと引き寄せられるように入った彼を、出迎えてくれたのは見知らぬ人が二人。彼らは「ようこそ」と変に明るい声をかけ、彼が持っていたチラシを見て「体験希望ですか?」と尋ねた。
彼は体験というのが何なのかよく分からなかったが、勢いに押されて頷いた。すると彼らは、彼の肩を抱くようにして建物の中に引きずって行った。
気がつけば彼は十二畳ほどの部屋に入れられていて、イスに座らせられ、数人の人と一緒に黒板を前にてレクチャーを受けることとなっていた。
学校の授業と大して変わらぬ雰囲気。そして時々耳に入ってくる単語は「不死」だの「再生」だの、そんなものばかり。
いったい何が何であるやら。学校でのクセが出て真面目に聞こうと努力はしたが、しかしその時彼は、眠くて眠くてしょうがなかった。
時刻は午前一時を回ってすでに二時。こんな時間まで起きている事は普段なく、そのせいか彼はそのまま寝入ってしまった。
それがいけなかったに違いないが、机の上につっぷして、ぐっすりと……
02-セツメイ
そして目を開けたら、椅子に座って机に伏せていたはずの彼は、柔らかいソファーに横たわっていた。何だろうと思いつつ、彼がまだ覚醒しきっておらずに重い頭をなんとかあげると、ひとりの男とまともに目をあわした。
ギョッとするというより「あれ?」という感じでぼーっとした。だが状況を理解するより前に、男から『まず顔を洗え』と言われてタオルを渡され、部屋の隅にある洗面所を指さされた。
よく分からなかったものの、とりあえず頭をシャッキリさせようと指示に従い。そうして顔がすっきりしたところで、彼は改めて周囲を見渡した。
灰色の壁や床には黒い無数の模様が入っており、ともすると蛇の皮のようだ。上にはシャンデリア、窓はなく、ただ壁には大きな鏡が数個かかっていて、シャンデリアの明かりを反射している。そして隅っこには、今彼が顔をあらった洗面台。奇妙な部屋だ。
こうして暫く見回していると、タオルを渡してくれた男が彼に近寄った。
「目が覚めたか」と聞き、うんと答える彼に「はいどうぞ」と。渡してくれたのは一枚の紙。そして「今から試験を受けてもらいます」と言った。
彼が、それは何と聞くと、男は紙を見るように指示してきた。だが、そこにはとんでもないことが記してあった。
私は本講習を受け、内容に納得し、我が心身の苦痛を神仏に捧げることを誓い、入団前試験に参加することにする事に了承致します。
わずか一行、数文字ではあったが、内容は彼をびっくりさせるに十分だった。
講習とは何の事なのだろう。内容に納得? 苦痛? 神仏? 入団試験? どれもわけがわからない。
しかも下にはサイン欄があり、まぎれない彼自身の字で署名があった。だが彼には全く覚えがない。そのため、男に言った。
「嘘だろ、俺こんなのにサインしてない!」
そう叫んだ。だが、男は妙に間延びした声で答えた。
「でもアナタの名前がここにあるじゃないですかぁ」
「そんな! ……実験て何だ。テストって何。金かかるわけ?」
「料金? いいえ、そんなものは一切かかりません。アナタ説明受けたでしょう」
「え?」
「講習、受けましたよね? そこでこのサインをしたはずですよ」
言われて彼が頭に思い描いたのは、あの黒板を前にした学校の授業みたいなレクチャーのことだった。
内容はさっぱり覚えてないが、確かに受けた。だがサインはした覚えがない。
チンプンカンプンになる彼に、しかし男は言う。
「まだ寝ぼけているんですかぁ。しっかりして下さいよ。これから試験なんですからね」
「テストだとぉ?! ちょ、待て。それやったらどうなるんだ。即入団か?」
「いえ。それだけで確率するわけじゃありません。……まぁ私どもとしては入団してくださるのが有難いのですが。でもその前に、試験にパスするか否かが問題ですね」
「……」
男の一言で、その時の彼は黙った。
つい先ほど、ここに来た時は鬱とヤケで『どうにでもなれ』と思っていたが、こういう突拍子のないことを突きつけられると変にまともになるもので、ここにきて急に自分が大事になったのだ。
もう死のうだとか怪しい繁華街をほっつき回ろうという気は全くなくなり、家に帰ってはやく休みたいと願った。試験にパスする事が入団へのカギならば、適当に済ませて不合格になって帰ろう。
――と、思ったのだが。
「説明にあった通り、テストは非常に厳しいですよ。合格するまで帰れません」
「……へ?」
「泊まりがけになる可能性もあります」
「そんな。困るよ! 俺、だって――」
「だって?」
「だって……」
だがここで彼はまた、別の感情を心に思った。
それは先の「家に早く帰ってやすむ」というのとは全く別のもので、全く相反するものだった。
こんな所で妙な試験をする気はない。帰りたいが、帰ってもどうってことはない。そもそも逃げ出したいと思って来て逃げれたのに、何故わざわざ帰る必要がある? このままいればいいじゃないかと――。
「う、うーん……」
家に帰りたい気持ちと、帰りたくない気持ち。その両方が相まって、彼は動けなくなった。いっそ此処にとどまって、今までとは違う暮らしを体感してみようかとすら考えてしまった。
そしてそんな彼をよそに、男はチャキチャキと言った。
「食糧と住居はこちらがもちます。その代り、働いてもらいますよ。テストは八時半からです。今は七時、あと一時間半ですね。ご飯、用意できていますから――」
「え、ちょっと待って。七時?!」
「はい」
言われ、慌てて彼は手持ちの腕時計を見てみた。確かに七時だ。だが。
「ええ、まさか俺、ずーっと寝てたの?!」
「はい。いつ頃から寝ていらしたのかは僕は存じませんけどねぇ、でも全く起きないので、此処にこうして連れてきたんです」
「お前が?」
「ええ。重かったですよ」
「ちょ、それじゃそのテストとかなんとか、その説明、俺……」
「まったく」
聞いてないよ!と言おうとした彼を、男はため息で遮った。
「聞いてないなんて言い訳は通用しませんよ。現にこうしてサインがあるんですから」
「そんなぁ。クーリングオフって適用できない?」
「無理ですね。だいたい、金がかかわっていませんもの。アナタは僕達から何かを買ったわけじゃない」
「あ、そうか」
「しかし困りましたね。それじゃアナタ、試験の内容はまるきり?」
「うん」
「しょうがない」
男は再度溜息をはいた。
「それじゃ、ご飯を食べながら聞いて下さい」
「ご飯ってどこ?」
「こっちです」
といって男は壁にかかっている、ひときわ大きな鏡に手をかけた。
「どうぞ」
アッサリと促す。が、彼は驚いた。
「それ、鏡じゃなかったの?!」
「鏡ですよ。扉も兼ねてますけど」
「へぇ……」
確かに、人の身長よりも高くて大きく、ドアノブもついている。
だが装飾が周りにゴテゴテされてノブがまぎれ、傍目にはそれと分からなかった。
ずいぶんおしゃれな――いやむしろこれは隠し扉? そんなものをくぐると、中にはまた似たような部屋が続いていた。
壁や天井の模様もシャンデリアも全く同じ。だが違うのは、ソファーがなくてテーブルがあり、上に食料が乗っていることだった。
03-カミサマホトケサマ
ロールパンに目玉焼き、炊き込みごはんにシャケの切り身。豚肉の生姜焼きが添えてある皿には、なぜかポテトサラダとひじきの煮物が同席している。
さらに手前にはサシミがあって、携帯用のしょうゆパック。そしてその横にはポタージュに杏仁豆腐。
メニューが豊富なのはいいが、和洋折衷(わようせっちゅう)すぎる。要するに一貫性がない。
「けっこう豪華だけど…ね、何でこんなバラバラなの?」
「残り物だからです。アナタが起きるのが遅かったから」
「へぇ~…って、え。残りってまさか、これ全部誰かの食べ残し?」
「違いますよ、失敬な。いくらなんでもそんなの出しません。衛生的に問題がある。でも、いらないなら食べなくていいですよぉ」
「いや要る! 食べる!」
何のかんの言って、食べ物を前にすると食べずにいられないのが成長期の青年の性(さが)。
彼は食器を下げようとした男の手を留めて奪い取った。早速ロールパンを口の中に押し込み、続いて好物のサシミを食べに入る。
「さっき行ったように、試験は八時半からです。八時二十分くらいになったら移動し、それから十分ほど重要なポイントだけおさらいします」
男は言う。
「なのでそれ以外で、試験の内容にかかわることを教えましょう」
「あ、ちょ、その前に。場所は?」
「ここから近い廃校ですよ。うちが貰い受けて試験場所にしています。で、場所の案内は僕がします」
「そりゃどうも」
返事をしながら杏仁豆腐をすすり、シャケの切り身を食べ、ご飯をかっこむついでにポテトサラダをついばむ。
一つ一つは何てことのない普通の食材だが、こんな取り合わせで食べたことは一度もない。
「このテストはね、試験者と体力と運、精神力を見るものです。というか、痛い目にあわせるのが目的ですね」
「いたい?」
「はい。大変ですよぉ…アナタはこれまで会ったことのないような恐ろしい目、痛い目にあう。刻まれ、ちぎられ、貫かれ、そして死ぬ」
「死ぬ?!」
「……で、死んだら不合格です。やり直しってことになりますよ」
「おいおいおいおい」
食事をかっこみつつ、彼は思わず待ったをかけた。
「死んだら試験なんでもう出来ないだろ?」
「できますよ。いくらでも」
男はあっさりと言った。
「ああそうそう、で、失敗したときの『再試験』ですが。一回目は無料ですけど、二回目以降はお金かかりますので。そこのところ宜しく」
「いやいや、だから死んだらムリだって」
と言いつつ、死ぬというのは何らかの比喩だろうと少年は思った。
どんな試験であれ、失敗したら死ぬなんてひどい。が、死んだら再試験なんて出来るわけがない。
死者が生き返るわけはないし、第一人を殺したら此処だって無事じゃ済まないはずだ。立派な殺人事件になる。
目玉焼きをつっつく彼に、男はさらに続ける。
「話が前後しますけどねぇ、たとえ入団をしなくても、この試験には合格するまで何度でも受けて貰うことになります。
精神的?肉体的な苦痛や痛みをアガガー様に捧げ、現世のケガレを落とすことが目的です」
「アガガー様って誰」
「全知全能なる我らの神様です」
「…………」
オカルトがかった話が出て、彼は少し渋い顔になった。早い話引いた。
アガガーなんて神様は初耳だし、いや何より、こういうあからさまなのが今時あるとは驚きだ。
せめてもうちょっと婉曲して言ってくれれば…だが男は気にせず続けた。
「試験に合格した者はケガレが浄化されたとみなされ、祈りを捧げることが許されます。そして希望すれば、入団が許可されます。
試験に合格しなかった者は、まだケガレが浄化されていないとして、合格するまで試験を受けてもらいます」
「それさぁ、もうパスしなかった時点で解放してあげたら」
「一度祈りを捧げ、仕えると決めたものはもう変更出来ません」
「……」
入団は自分の意志で決められるのに? なんか変な話だ。
しかしこの強引さ、エセ宗教団体らしいといえばらしい。まだ試験に金をぼったくられないだけマシかもしれない。
――とはいえ、二回目以降は金がかかるとか言っていた。
男は『一度で合格できれば』なんて言っていたが、どうせ一度や二度でパスする試験じゃないんだろう。たいへんなのに捕まってしまった。
「ちなみに僕は一度で試験をパスしました」
「え、嘘?!」
「本当ですよ。だって何度もやると金がかかりますし」
「……」
ケロッと言われ、彼は頭を混乱させた。
試験者を何度でも強制受験させ、金をとる組織じゃなかったのだろうか?
いやでも油断は禁物だ。第一、男の言葉に証拠がない。
なんとかして逃げ出さないと。家に帰るにせよ帰らないにせよ、危なそうな匂いがする。
こんな妙な輩にぼったくられるのは嫌だと、彼はここを脱出しようと考えた。
「で、でも俺さぁ…あの、家がキリストだから。実はその、あんまりこういうのは…ほら、俺んとこ一神教だし」
「今の宗教は関係ありませんよぉ。かくいう僕だって家は神社です」
「え、ホント?!」
「はい。此処から遠い場所だから、言ってもどうせ分からないでしょうけど。小さい神社ですし」
「でもさ、そしたらアンタは神社の息子さんってわけ? こんな事やってていいの?」
「いいんです。家は姉が継いでますから」
「そーじゃなくって、宗教的に」
「それは全然。我らが仏?清廉大使様は、信者の宗教に関わらず、自分に祈りと苦痛を捧げるものをお守りくださいますから」
「は? え、ちょっとまって。大使様? さっきお前、アガガー様とか言わなかった?」
「呼び名は変われど、信じる者は救われます。大事なのは心です」
男はケロッというが、それに彼はポテトサラダを詰まらせた。慌ててポタージュで流し込む。
「待て待て待て。いくらなんでも変わりすぎだよ。しかもさっき『神』と言ったはずなのに『仏』になっているし」
「神仏混合って言葉を知りませんか? 神も仏も、もとは一緒です」
「それを言うなら『神仏習合』だよ。混合しているのはアンタだろ。それにもとは違うよ、神仏習合ってのはな…」
「まぁ、とにかくです。神様でも仏様でも、苦痛と痛みを捧げることが目的のこれ、生半可なテストじゃありませんよぉ。心して下さいね」
「ふーん…」
とはいえ、イメージが湧かないので中途半端な返事しかできない。
神様や仏様に「捧げる」といえば、彼の頭にあるのはお賽銭や食べ物、はては生贄(いけにえ)だ。
それが「苦痛と痛み」だなんて抽象的すぎる。
しかしこの男、本当に信者なのだろうか。何かかなりいいかげんっぽいが――しかし、まだそれについて熱弁されないだけマシだろう。
それより、もっと気になることがあった。『テスト』『試験』というが、項目は何だろう。
筆記? 面接? 実技? その他?
「さて。そろそろ食べ終わったみたいですね。まだ時間はありますから、ちょっと待っててください」
「食器はどうすればいいの?」
「ああ」
男は綺麗に空になったそれを見た。
「今回だけは僕が特別に片づけておいてあげましょう。でも今度からは自分で用意して、自分で片付けるんですよ」
「……用意?」
「自炊するんです。でもそれはまた後での話。さっきの部屋に戻っていなさい。時間がきたら呼びますから」
04-ニゲルコト
「うぅ…」
だが、今思えばあれが間違いだった。
一昔前の工事現場のような薄い明かりの下、包丁でケガをしたところを様子見、彼は深いため息をついた。
――あの時、食器を片付けるフリして逃げるチャンスを伺えば良かった。
あの後、男は行ってしまって自分は部屋に戻された。しかし時間まで何もすることがなく、彼はただ胃の中の物の消化と吸収に努めることになった。
それでも部屋に入れられてすぐ、逃げれないかとあがき、扉という扉ならぬ、鏡という鏡をチェックした。
だが唯一あいた鏡はトイレへのドアで、食事をした部屋をはじめどこからも鍵がかかっていて出入り出来なかった。
脱出が叶わず、結局悩みながら、さっきまで寝ていたソファーに横たわることに。
そうして心に思ったのは、自分がどうすればいいのかということ。
日常に絶望し、ヤケになって夜の街に出歩いた。
しかし今まで真面目に生きてきた自分、どうにもこうにも場違いで――…結局居場所がなくて、たどり着いたのが此処だった。
此処は自分を受け入れてくれたものの、得体も素性も知れない場所だ。薄気味悪いったらありゃしない。
だが家に戻ったって気が滅入るだけだ。いっそ死ぬことも少し考えたが、それにはまだ現世に未練があった。
中途半端すぎる自分を責め、だけどどうしようもないのだとさらに諦め。
男の言う、テストが何なのかはその時まったく分からなかった。でも逃げ出せないし、逃げ出してもろくなことがないし、ならやってみようって…
だが、こんな目に会うことが分かっていれば、まだ家に帰って鬱になっていた方がマシだったかもしれない。
後悔先にたたずと言う言葉があるが、今がまさにそれだ。
溜息をつきつつ、彼は腕時計で時間を見てみた。
「まだ十二分しかたってないのか。あーあ…」
今、彼がすべきことは、この廃校の中を一時間逃げ回ることだ。……はっきり言う。バカバカしい。
一分いくらで逃げた分だけお金がもらえるというなら話は別だが、そうでなければ何の得があってこんな事をと思う。
しかしこれが例の「試験」である。追いかけられるという恐怖、傷つけられるという痛み。それらが相まった精神的圧迫。
それらに耐えることで身をきよめ、自分が受けた苦痛をナントカという――呼び名はその時によってバラバラだから何とも言えない――神仏に捧げる。
これこそ今彼に課せられた使命であり、そして。
「しかし、本当に殺されるかもな」
そして、試験の内容は生半可なものではない。本当に命を狙われる。
殺された者や、自分で立って歩けないほどの大けがを負った者が不合格で、そうでない者は合格。
これは試験の直前に説明された事だったが、あのときは『まさか殺されるなんて冗談だろう』と思っていた。
が、今の状態を見る限りまんざらでもなさそうだ。
「まさか包丁が飛んでくるなんてなぁ」
あれは本当にびっくりした。
逃げろといわれてもアテがなく、よく分からないままぼーっと歩いていると、先の包丁を持った子とばったり出くわし、結果こうなったわけなのだが。
いや「まさか」と最初は思った。全く、よくもまぁ躊躇(ちゅうちょ)なく人に包丁なんて投げられるものだ。
「もう、ようするに誰にも会わなきゃいいんだよな」
だが、ずーっとここに隠れて、誰とも会わないでいればいい。
彼のも任務はあくまで「逃げる」ことであり、その他は何も要求されていない。
時間はあと四十八分だ。それまでひたすら息をひそめて…
と、思ったが。
向こうの方で、扉を開ける音がした。それとすぐ分かるガラガラッ…という音。
「――?」
誰かが扉をあけ、部屋の中に入ったらしい。
追手か? あるいは他の試験者か?
試験者は何も彼だけではない。他にもいる。だが彼は、自分と同じ運命をたどる彼らの顔を知らない。相手も自分の事を知らない。
協力しあえることが望みだし、それは禁じられてはいないが、お互い分からないので会ってみなければなんとも言えない
いやそれより、もし追っ手だったらどうしよう。
ガラガラッという音がもう一度響き、そして、今度はより近くから、またその音がした。
――近づいてきている。
もしかして、それは追手で、部屋をチェックしているのだろうか?
だったらたまったものじゃない。部屋は隠れるには持ってこいだが、閉鎖空間なので逃げるには難しい。
彼はそーっと扉を開け、きょろきょろと廊下を見渡し、そこから一気に飛び出した。
足音をたてないように、そーっと、そーっと歩く。
教室の扉を開け閉めしていたのが誰かは知らないが、まだ中にいて出てこないらしい。なら、今のスキに。
しかし、天は彼に見方をしなかった。
角を曲がってしまえばもう自分の姿は見えなくなる。そう思って、勢いよくそこを曲がった彼。
だがその瞬間、こともあろうに、先ほど包丁を持って自分を追い回していた子とばっちり鉢合わせをしてしまったのだ。
「いた…」
相手が包丁を構えると同時に、彼はギャーッと声をあげ、まわれ右をしてダッシュで廊下をかけた。しかしだ。
「誰?」
悲鳴を聞きつけたのか、行く手のドアから人が顔をのぞかせた。
メガネをかけた、何かけだるそうな顔をした男だ。だがそんな事はどうだっていい。とにかく、今はあの包丁を持った子から逃げないと。
そう思い、男を通り過ぎようとした瞬間。
「ぐえっ」
いきなり男が飛び出してきて、彼に体当たりをぶちかましてきた。
またこれがなかなかのダメージで、彼は楽々ぶっとばされて廊下の壁に叩きつけられ、床にべしゃっと落ちた。
「捕まえた」
体当たりしてきた男は自分を見下ろし、かなり高圧的な目つきで見下ろしてきた。
彼にしてみればそれだけでも十分気に入らない。が、四の五の言っていられないのは、その後ろからはぁはぁ息を切らして、包丁を構える子が姿を現したからだ。
改めて見れば、その子は自分より少し年下のようだった。体が小さく、手前の男の後ろに立つとほとんど見えない。
だが、体がデカかろうとチビであろうと、手に持っているものが危なくていけない。
名前も知らない、その子は虚ろな瞳で彼を見て……包丁を構え、思いっきり振りかざした。
それが自分に降ってくると思われた、その瞬間に、彼は高飛車に自分を見下ろしている男の腕を引っ張った。
勢いにつられ、ガクッと男が倒れこむ。とそこに、包丁を持った子が――
「あっ」
「うわっ」
間一髪、危険に気がついたその子が腕をわずかにずらしたおかげで、包丁の切っ先は男の背中を免れた。
「チッ」
男が事なきをえてしまった事に短く悪態をつき、彼は自分の上に倒れこんでいる男をのけて脱出した。
「この……姑息な!」
包丁を持っている子より、危なく刺されそうになった男の方が怒って立ち上がる。だがその時にはもう、彼はダッシュで廊下を走っていた。
「待て!」
男は怒鳴って追いかけてきた。が、待てと言われて待つような人は誰もいない。
…それが普通なのだが、しかし彼はピタリと立ち止まった。
「うっ」
あまりに彼が勢いよく立ち止まったので、すぐ後ろにいた男は彼を追い越し、数歩前に出てしまった。
それを逃さず、彼は男の腕をまたひっぱり、己の体も利用して相手をぐるっとまわした。
「!?」
そして、包丁を持って追ってきた子に男を投げつけた。鈍い音がして二人が倒れこむ。
「仲良く寝てな!」
そう言って彼は、わき目もふらずに逃げ出した。
05-チョウリシツ
「はぁ、はぁ…ッ」
気がつけば、彼は一階までおりていた。すぐ近く、上にあるプレートを見ると『調理室』と書いてある。
「調理室か」
彼は息を切らしながらそれを見つけた。廃校だからろくなものはないだろう。が、もし包丁の一本でもあれば儲けものだ。そうでなくても、教室の中なら隠れる場所がある。おまけに此処は一階だから、イザとなったら窓から逃げてもいい。校庭だって範囲の内だ。
しかし一番いいのは、この廃校から逃げ出すことだ。そうすればすべてが終わる――がしかし、それは出来ることでは無かった。
というのも、試験者が逃げられる範囲は決まっていて、その外には見張りがいるからだ。そして彼は聞いていた。ルールを破ったら即不合格だが、それだけじゃなくて「恐ろしい目」にあうと。
具体的にどう恐ろしいのか、そこまでの説明は受けてないので分からない。が、この流れからして亀甲縛りに拷問であってもおかしくない。試してみる勇気は、彼には無かった。だからこの場所から逃げようとは考えなかった。
とにかく、何とか状況を打開しようと調理室の中に入る。しかしそこには先客がいた。
「!」
「あ、こんにちは。じゃない、こんばんは」
扉を開ける音を聞き、その人は顔をあげて挨拶をした。
「どうも、先に失礼していますよ」
「そ…れは、どうも」
やけにほがらかに言う。相手は、先のメガネとは違う、また別の男だった。
所々はねたショートヘア。年は、おそらく二十歳くらいにはなっている。細めだが体つきはしっかりしていて、背も彼より高い。もし相手が凶器を持って襲いかかってきたら、体格の関係上ちょっとまずい。
だが、その男は彼に何もしてこなかった。そうではなく、ただ普通に教室の中に立っていた。
「少し息を切らしていますが、大丈夫ですか?」
「……あんた、誰?」
「あ、初めまして。自分はエイリスと申します」
「変わった名前だな。洗礼名かなにか?」
と彼は訪ねたが、男――エイリスは薄く笑うだけだった。それを見て、直感的に思う。
どうも怪しい。何かが――変だ。ご丁寧に自己紹介をしてくれることも然り、どうして自分を恐れない? もし同じ試験者であれば、自分を見て追手かと疑い、まずその確認をして然るべきだ。それが無いということは…
彼は即座に逃げた。が、向かったその廊下の先から誰かの足音が聞こえてきて、慌ててリターンすることになった。
やむをえず、再び例の調理室の中に入り込む。