饭饭TXT > 海外名作 > 《孤独的狮子在夜间哭泣(日文版)》作者:[日]未知【完结】 > 孤独的狮子在夜间哭泣.txt

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作者:日-未知 当前章节:15377 字 更新时间:2026-6-23 02:23

チャンスは今しかないという声と、そんな恥ずかしい真似はやめろという声が、頭の中でぶつかり合う。それが決着を迎えるより早く、奏は本能に従って顔を近づけ、喬允の唇に自分の唇を重ねようとした。が、その寸前で喬允はぱちっと目を開け、咎めるような口調で、

『こら、奏。今、俺の顔にいたずらしようとしてただろ』

喬允が本気で怒ってはおらず、そもそも奏が何をしようとしていたか全く分かっていないのは一目瞭然だったが、奏は狼狽えた。

自分の性癖が人と違うということはすでに自覚済みだったから、その『異常な』世界に『正常な』喬允を引き込もうとしてしまった罪悪感や、自分のことを幼馴染みとして特別に可愛がってくれている喬允を欲望の対象として見ている後ろめたさに、奏は今にも押し潰されそうだったのだ。

肩をすぼめ、目に涙を浮かべて何度も謝る奏を、喬允は驚きを隠さず見つめる。が、すぐに飛び起きて奏の震える肩に手を置き、本気で怒ってるわけじゃないことを伝えた。

しかし優しい宥めの言葉も、肩から伝わる手の温もりも、奏にとっては良心の呵責を増幅させるだけの甘い毒だった。

あの時のことを、喬允が覚えていてくれたのは素直に嬉しい。しかし、あの時奏がしようとしていたこと、そしてその源泉に渦巻く激しい感情を喬允が知ることは一生ないのだと思うと、途方もなく虚しくなってしまうのも事実だった。

奏はやつれた溜め息を吐き、

「やっぱり……逢わないままでいた方が楽だったな……」

思わずこぼした本音半分強がり半分の呟きに、背後から問いが返ってきた。

「俺の……ことか?」

奏は慌てて振り返り、戸口に立つ喬允に向かい合う。喬允は見る者の胸に切ない痛みをともす淋しげな笑みを浮かべていた。

普段は整髪剤で営業マンらしい爽やかな髪型にしているのだろうが、今は乱れて顔に掛かり、濃厚な色気を漂わせていた。

ネクタイを外し、ボタンを上半分開けて、皺だらけのシャツを着ているにもかかわらず、喬允の持つ生来の気品や清潔さは少しも損なわれていない。はだけた襟元から覗く胸筋は想像以上に固く締まっており、滑らかな皮膚で覆われていた。

そこにきつく口づけて、所有の痕跡を残したいという欲求を必死に抑えていると、その奏の努力を嘲笑うかのように喬允がゆっくり近づいてきた。

奏はたまらず横を向いて、視界から喬允を追い出す。すると喬允はそれを拒絶の仕草と受け取ったのか、ぴたりと足を止めて、

「何か……お前を不快にさせるようなこと言ったかな。俺はそういうの疎いから。元々お前は繊細な奴だし」

「別に……不快になんかなってないよ」

「そうか、それならいいけど。これまでも、小さなサインを見逃してしまったせいで、ちょっとしたずれが修復不可能な亀裂にまで広がるという痛い経験を何度もしているからな。よく妻を苛立たせたよ。そんなことやってるから俺は―――」

「奥さんの話は聞きたくないっ……」

奏は切羽詰まった叫びで喬允の言葉を断ち切ると、すがるような目で喬允を見つめた。奏の態度や表情には、拒絶と希求という相反する要素が入り混じっており、喬允は近づくことも離れることもできずただその場に立ち尽くした。

相手が何を求め何を望んでいるのか察する能力に長けているはずの喬允だったが、肝心な時に使いものにならない。もしかして、医師相手の接待という場でしか発揮できない能力なのかもなと、自虐的な考えすら浮かんだ。

喬允には長く感じられたが、実際には僅かな沈黙が流れただけだった。奏は取り繕うようなぎこちない笑みを浮かべて、

「なんか、ごめん、喬兄……」

「い、いや、それは俺の台詞だ。色々迷惑かけたな。そろそろ帰るよ」

「えっ……もう?」

もっといて欲しい、ずっといて欲しいという本音を呑み込んで、奏は「送っていくよ」とあっさり応じた。ここが引き際だと分かっていた。これ以上一緒にいたら、すでに揺らぎ始めている感情のバランスが決定的に崩れてしまう。

「今、上着と鞄を持ってくる」

「ああ、悪いな」

シャツのボタンを締め、気休め程度に皺を伸ばす喬允を置いて、奏は上着と鞄を取りに行った。

しかしすぐに戻ろうとはせず、自分のポケットから取り出したライターを片手で弄びつつ暫し考え込む。やがて手にしたライターを喬允の鞄にそっと滑り込ませると、何食わぬ顔で戻って喬允に手渡した。

「今、車を出すから」

「いや、いい。そこまで迷惑かけるわけにはいかない。休日にすることなんてないし、のんびり電車で帰るよ」

「喬兄は怪我してるんだよ。今日一日くらいは安静にしてないと」

奏はそう言って車のキーを手に取り、さっさと玄関に向かった。喬允は慌ててその背中に呼びかけ、

「お前、ここ自宅兼事務所なんだろ? 依頼人が訪ねてきたらどうするんだ。空けちゃまずいんじゃないのか?」

「ああ、それは大丈夫。依頼がある時はまず俺の携帯に連絡が入ることになってるから。依頼内容を聞いて、引き受けるか断るか決めた上で直接会うことにしてる。で、何かこれ以上俺とのドライブを拒む理由はある?」

奏のからかい混じりの問いに、喬允は苦笑しつつ「ありません」と答える。そして「じゃあよろしく頼むな」と告げて、奏の後に続いて部屋を出た。そして近くの駐車場に留めてあるシルバーグレーの車に乗り込むと、自宅のある大体の場所を教えた。奏は驚いた様子で、

「え、そんな近くに住んでたんだ」

「ん? ああ。最近引っ越したんだよ」

奏の運転する車は十五分ほどで目的地周辺に着いた。喬允は窓から外を指差し、

「ああ、あれだ。あのマンションの五階に住んでる」

対して奏は「へえ」と気のない返事をして、喬允の指が差す方をちらと一瞥だけした。

車で送ると言い張ったのは喬允の住まいを知るためでもあったが、いざその場所を眼前にすると、むらむらと込み上げる鉛色の感情に胸腔が圧迫されてまともな呼吸すらままならなくなる。

自分が決して共有できぬ喬允の空間が、あそこにはある。そしてそこには、何の煩悶も苦労もなく喬允の傍にいることのできる女性がいるのだ。

「奏、この辺りでいいよ。ありがとう」

「あ、ああ。じゃあ停めるよ」

車が路肩に停車すると、喬允は奏の方を向いて微笑み、

「本当に逢えてよかったよ。奏、またな」

親愛のこもった別れの言葉を差し出した。しかし奏は視線を合わせることができず、下を見たまま「うん……」と煮え切らない返事を返した。そして濃厚な躊躇を引きずったままポケットから名刺を取り出し、

「ここに連絡先とか書いてあるから。何かご用命の際は遠慮なくどうぞ」

「ああ、でも庭もないしな。犬も飼ってないし」

「だから、そういうアットホームな依頼は受けてないって。嫌な上司を失脚させるためのスキャンダル作りとかなら協力できるけど」

「残念ながら、そういう予定はないな」

「だろうね」

喬允は暫し受け取った名刺を見つめていたが、やがて上着のポケットに仕舞って上から軽く叩き、

「ま、何かあった時はよろしくな」

屈託ない口調でそう言うと、車を降りて去っていった。奏は遠ざかる後ろ姿を見送りながら、これで良かったのだろうかという自問の嵐に耐えていた。せっかく再会できたのに、これでまた繋がりが切れてしまったのではないかと。

しかし、これで良かったとも思う。喬允の連絡先を敢えて聞かなかったのは、もし知ってしまったら逢いたい欲求をそのまま行動に移してしまうと分かっていたからだ。

喬允のことだから、奏が逢いたいと言えばすぐに時間を作ってくれるだろう。しかし一度逢えば欲求が収まるものではない。もっと逢いたい、早く逢いたいとエスカレートし、次に逢えるまでの時間が苦痛になり、挙げ句自分を抑え切れなくなって喬允に迷惑をかけることになる。きっとなる。

奏は自分の厄介な性格をきちんと把握していた。尤も、自宅の場所が分かったのだから、連絡先なんて簡単に調べられてしまうのだが。

奏は、喬允の鞄にこっそり忍ばせたライターのことを思った。喬允があれの存在に気付き、誰のライターだろうと考えを巡らせ、もしかしたら奏のを間違って持って帰ってしまったのかもしれないと思い、あの名刺を頼りに連絡してくる可能性は何パーセントだろうか。

もし喬允が連絡をくれたら、その時は神様だか仏様だか知らないけど『逢ってもいいよ』と許可してくれたのだと解釈してしまおう。もし何も連絡がなかったらその時は、その時は―――

「もう、やめよう。こんな……一方的で不毛な恋愛は……」

自分でも嫌になるほど真実味のない呟きを残して、奏は車を発進させた。

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奏が自宅に戻ると、そのタイミングを狙い澄ましたかのように電話が鳴った。まさか、こんなに早く連絡してくるはずがないと思いつつ、つい鼓動が弾んでしまう。

「はいっ」

受話器を取って勢いよく応じると、『私だ』と返ってきた。期待の分だけ反動も大きく、奏は失望を隠そうともせず「何だ、あんたか」と低い声で返した。しかし電話の相手は機嫌を損ねた様子もなく、

『何だ、とはご挨拶だな。誰を期待していたんだ?』

「別に。で、何の用?」

『仕事だ、奏』

「今日は休日だけど」

『それはそれは、気が付かなかった。今後注意するとしよう』

奏はちらと肩を竦めて、

「それで、何をすればいいんだ」

「ああ、今から説明する」

背後から直接答えが届き、奏は素早く振り向いた。そこには、ロングコートを肩から羽織った長身の男が、携帯電話を耳に当てたまま立っていた。奏は眉を吊り上げ、

「勝手に入ってくるなっていつも言ってるだろ? 本多さん」

『本多』と呼ばれた男は、微笑なのか嘲笑なのか窃笑なのか判然としない神秘的な笑みを浮かべ、ゆったりとした動作で携帯電話を仕舞った。

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本多は肩に掛けたコートをソファの上にふわりと投げかけた。暗い青みのかかったスチールグレイの背広姿には気品と色気があり、一見すると超一流企業のエリートビジネスマンか英国紳士だったが、薄い灰色の瞳を支配する剣呑な輝きが、その第一印象を見事に裏切っていた。

それは数々の修羅場を経験してきた者特有の、虚無と非人間性の結晶に他ならない。彼の冷ややかな気品は、喬允から感じられる馥郁たる上品さの対極にあるものだった。

「あの男が部屋にいる間、気を利かせて外で待っていたんだぞ。勝手に入るくらい構わんだろう」

本多は感情の起伏が全く感じられない口調でそう言うと、さっさと本題に入った。

「仕事の内容は単純だ。こちらが指定する金融機関のATMで現金を下ろす。十箇所で計五百万。そのうちお前の仕事料として二十八万引いて、残りをこの公園で待っている男に渡す、それだけだ」

本多が持ってくる仕事の内容は、いつもこんな感じだった。誰のなのか分からない口座から金を下ろして見知らぬ男に渡したり、中身の分からぬボストンバッグを運んだり。もちろん奏は、金の出所やバッグの中身を質すことはしなかった。

それに、本多の素性についてもよく分からない。付き合いは長かったが、彼が堅気の人間なのかいわゆる『筋者』なのかも知らない。いずれにしてもまともな人間でないことは確かだったが、それはお互い様だから奏は気にしていなかった。

「公園の場所はここで覚えろ。この地図はすぐに処分する」

本多に渡された地図を暫し見て、奏は黙って返した。そして上着を手に取り、部屋を出ようとする。すると本多はその肩を掴み、

「そこまで急ぐことはない。それより、お前の大事な幼馴染みをここに運ぶのを手伝った礼はないのか?」

奏はゆっくりと振り向いて、手にした上着を投げ捨てた。そして本多の正面に跪き、目の前で雄々しい隆起を見せる股間にそっと手を伸ばした。

布地の下に潜む生ける凶器の巨きさを窺わせる隆起を指でなぞりながら、片手でベルトを外しジッパーを下ろす。そして下着の奥から熱い肉塊を導き出すと、奏はしっとりと潤いを帯びた唇を押し付けた。

「すげえ熱い……血流がじかに伝わってくる……本多さん、もしかして溜まってる?」

「ああ、確かに。ここのところ厄介な仕事続きでな」

「おまけに、昨夜はいきなり呼び出されて酔っ払いを運ばさせられたし」

「全くだ」

奏は片手で大きく張り出した先端を揉みながら、青黒い血管の浮き上がる竿に舌を這わせた。それが発散する熱や卑猥な輪郭を写し取るようにねっとりと、執拗に。

「物欲しそうな顔だな、奏」

本多の揶揄めいた指摘に、奏は艶笑を返し、

「当たり前だろ。こんなデカくて太いの見せ付けられたら、誰だって物欲しそうな顔になる」

そう言って大きく口を開け、すでに粘液の薄膜で覆われた亀頭をぬるりと咥え込んだ。本多は「そういう正直なところが好きだ」と普段通りの無感情な口調で囁きながら、己の逸物をしゃぶる奏の頭を優しく撫でる。

その手の動きには大人の余裕が見えたが、奏が喉をすぼめて吸い上げると、それに反応してほんの一瞬だが五指がビクッと強張った。

奏の中に本多に対する恋愛感情は存在せず、六年前に拾ってもらってからの腐れ縁、文字通り身体だけの関係だったが、彼が性的な戯れの最中に時折見せるこうした微かな反応、冷ややかで隙のない外見の奥に潜む雄の鼓動には、好ましいものを感じていた。

「奏、そろそろ出すぞ」

本多は口内ではち切れんばかりに膨れ上がったモノの所有者とは思えぬほど事務的な口調で告げると、奏の口内に射精した。

喉奥の粘膜が爛れそうなほどの熱流に耐えつつ嚥下し続けたが、本多の秘めたる精の勢いは凄まじく、あっという間に奏の許容量を超えてしまう。

口の端から濃厚な白濁を垂らしながら、目を閉じて一途に喉を鳴らす奏の白皙の美貌に嗜虐欲を煽られぬ雄がいるはずもなく、本多は他の愛人たちが見たら歯噛みして悔しがりそうなほどの獣欲と愛執も露わに、股間に顔をうずめる奏を見つめた。

やがてひと通り出し切るといったん引き抜き、付着した残滓を簡単に拭って乱れた下半身の体裁を整えた。

奏は口内に溜まった最後の精を嚥下すると、ゆっくり瞼を持ち上げ、優雅にしなる睫毛の奥から真直ぐ見上げる。

とろりと潤んだ瞳には、情欲の燠火が燃えている。それは何度瞬きをしても消えることはなく、奏の双眸を美しく輝かせた。

本多は手を伸ばし、奏の口端から顎に滴る触手のような粘液を長い指ですくう。そして淫らな綻びを見せる濡紅の唇に塗り付けた。

「舐めろ」

本多の命令を、奏は絶妙の淫笑で受け入れる。あんたに命令されたからではなく、俺が欲しいから舐めるんだと言わんばかりの笑み。

それは虚勢ではなく、本能的なものだった。抱かれる時でも100パーセントの受け身にはならないという、雄としての本能。そして奏はその表情を裏切ることなく、白いものの付着した舌をちらと閃かせながら、本多の指を丁寧に舐め始めた。

さらに舌と口全体を使って指を締め付け吸い上げる。その動きは、下のさらに淫靡な口が与える快楽を思い出させる巧妙な罠でもあった。

本多がそれに気付いた時はすでに遅く、罠に搦め捕られた後だった。切羽詰まった内情を露出するようなことはさすがになかったが、普段の優雅で緩慢な身のこなしからは想像できないほどの荒々しさで奏の身体を抱え上げ、そのまま奥の寝室へ。そしてつい先刻まで喬允が寝ていたベッドの上に放り出し、息つく間もなくうつ伏せの姿勢で押さえ付けた。

「………っ」

胸の奥、心があるとかいう場所から込み上げてくる熱い塊を、奏は奥歯を噛み締めて必死に抑え込んだ。

シーツに刻まれた浅い襞、そのひとつひとつにこもった喬允の匂いが、奏の感覚を侵蝕してゆく。それはある意味、身体を犯されるより官能的な体験だった。

記憶にある喬允少年の匂いは陽に灼けた肌の匂いだったが、今、奏の感覚を包み込んでいるのは成熟した雄の匂い。奏はシーツに顔をうずめながら、その匂いが喚起する喬允の身体を、はだけたワイシャツの間から覗く胸元や骨張った温かい手を思い出した。

そんな奏の心情になどもちろん構わず、本多は素早く奏の下半身を剥いた。そして勝手知ったるといった手付きでサイドテーブルからローションを取り出すと、程よく締まった尻に直接垂らした。

そして淡い陰翳を見せる谷間に滑らせ、まだ固く閉じている陰孔の襞を指先で引っ掻きながら、長い指をつぷっと突き刺す。そのまま尺取り虫のように屈伸させて根元まで埋め込むと、指を激しく揺り動かして蜜壺全体を広げた。

「あぅっ、ぅ……ぅン………」

愛情や優しさなどかけらも感じられない必要最小限の前戯だったが、だからこそ奏は何も考えず酔えた。甘い口づけを交わしたり素肌を愛撫したりといった戯れは、恋人同士だから心地よいのだ。

自分と本多のような関係が求めているのは、陰部と陰部の直接的な交わりから生まれる動物的な快楽だけ。あらためて言葉で確認し合ったことはなかったが、本多は暗黙のうちにそれを了承していた。

尤も、動物的な快楽以外の悦びで結び付いた関係など、奏はこれまで誰とも築いたことはなかったのだが。

指にまとわりつく筒肉の柔らかさや熱で爛熟度を測る本多は、まるで医者か科学者のようだった。「そろそろいくぞ」と抑揚のない声で告げると、いったん体裁を整えた股間を再び解放し、雄の象徴を取り出した。

そして両手の指を孔に挿れて左右に開き、充血してとろりとめくれ返る陰唇に切っ先をぐいと押し当てた。奏の腰がひくんと揺れたがもちろん構わず、そのままずぶずぶ沈める。

「ぅぁっ………ぁ、ぁ……く…………」

狭い蜜壺がみしみし音を立て、本多の形に広げられてゆく。身体が征服される悦びと雄の本能としての屈辱とのせめぎ合いに悶えつつシーツに爪立てると、喬允の匂いがふわりと鼻先をかすめた。

その瞬間、括約筋に自然と力が入り、突き立てられた陰柱を締め付ける。自分の無意識の行動に、奏は虚しさと浅ましさを感じずにはいられなかった。

「んあっ、あッ、ああっ……」

奏はシーツを手繰り寄せ、熱い喘ぎを染み込ませた。誰かに抱かれたり誰かを抱いたりするたびに、『相手が喬允だったら』と考えてしまう時期があった。それでもいつの間にか自分なりに心の中で決着をつけ、それ以降は虚しい空想に縛られることなく快楽に没頭することができていた。

しかし今、自分を犯す男の面影に喬允の顔を重ねずにはいられない。今日の再会によって、心の最奥部に“危険物”として仕舞っておいた願望が、ゆっくりと表層部に浮上し始めているのは間違いなかった。

奏は歯を食いしばり、喉の奥で自戒の言葉を繰り返した。駄目だ、あの人のことを考えるな。あの人は“正常な”世界で幸せな日常を営んでいるのだ。自分との接点はもはや、過去の思い出しかないのだから―――

「うぁっ、あ、いいっ、イク……ッ………」

先端ぎりぎりまで引き抜いては、亀頭の張り出しを誇示するようにグリグリとねじ込む。そんな本多の荒々しい注挿がもたらす刹那的な快楽に、ほんの一瞬だが喬允の面影が上書きされる。奏はシーツにしがみついて、はしたなく腰を振りつつ艶めく放出を遂げた。

「中に出すぞ」

憎らしいほど冷静な声で宣告した本多は、激しく揺さぶっていた奏の腰を両手で掴んで引き寄せた。そして尻が潰れるほど強く自身の股間に押し付けて、煮え立つ精漿を奏の中にぶちまけた。

眉間に刻まれた淡い皺は、本多という男が見せる表情の変化でも最大級、最高級のものだった。彼のこんな艶めいた顔が見られるなら悪魔に魂を売ってもいいと言い募る人間は、男性女性問わず幾らでもいるに違いない。

「あ、はあっ……ああ………」

しかし奏にとっては、本多も束の間の快楽を与えてくれる人間の一人に過ぎない。びゅっびゅっと一定の律動を保って本多の種が尻の奥に注がれるのを感じていると、どうしようもない虚しさが込み上げてきた。

それは、射精を終えた男に必ず訪れる心身の冷却なのだろうが、奏にとっては、心が求めるものから目を背けて手近な快楽ばかりを追っている自分への罰に思えた。

いつかきっと、悦びも幸せも眩い光も、何も感じられなくなるのだろう。ずっと見えないふりを続けてきたが、虚無の深淵はすぐ間近に迫っていたのだ。

「……奏、誰のことを考えていた?」

鋼の逸物をずるりと引き抜いた本多は、艶かしい光沢を見せる剥き出しの下半身を投げ出したまま横たわる奏に問う。その声に非難の響きはなく、むしろ面白がっている風だった。

もちろん奏も、そんなことで本多が怒るなんて思っていない。というより、これまでの長い付き合いで、本多が怒ったところを見たことがない。ただからかっているだけだと分かっていたから、ちらと一瞥して「忘れた」と素っ気なく返した。すると本多は奏の身体を仰向けに転がして両足を抱え、上からのしかかり、

「ゆうべ、私が運ばせられた男か」

本多は追及を重ねた。彼が奏の内面やプライベートをここまで気に掛けるのは珍しいことだった。

奏は「あんたには関係ない」と言って誘うように自ら腰を浮かせ、濃厚な白濁をとろとろ垂れ流す後孔を見せ付けた。その効果は絶大で、本多は喉を大きく上下させて自身を無雑作に掴み、再び奏の中に押し込んだ。

当然の物理的反動として、内部に溜まった精液がグジュグジュと溢れ出る。しかし本多は構わず腰を上下させ、快感に媚びるように絡み付く奏の肉を汁を弾かせつつ犯した。

そして奏の中に二度目の精漿をたっぷり注ぎ込むと、射精直後とは思えぬほど僅かの乱れもない声で、

「つまり、六年前の“自殺未遂”はあの男が原因ということだな」

確認するようにそう言うと、身体の交わりを解いて奏の足をそっと下ろした。そしてまず自身の始末をしてから、汚れた奏の下半身を無雑作に拭いつつ、

「奏、もうあの男には逢わない方がいい」

奏はくすりと笑い、「ずいぶん優しいんだな。気持ち悪い」とからかい混じりに返す。本多は片方の眉を微かに持ち上げて、

「私は元々優しい男だ」

「へえ。それは初耳だ」

「私は真面目に忠告しているんだぞ」

珍しく不愉快げに声をたわめる本多に奏は微笑みかけ、

「ああ、分かってる。ありがとう」

感謝を伝えたのだった。

<6>

「ああ、三島君、ちょっと」

営業所で資料整理をし、さてこれから担当病院の医局に向かおうかと腰を上げかけたところで、課長に声を掛けられた。

何を言われるか凡その見当はついている。喬允は額を曇らせつつも何とか笑顔をこしらえて、「何でしょうか、近田課長」と明るく応じた。しかしその努力も虚しく、近田は眉間に芝居がかった縦皺を寄せて、

「例の飯山大学病院の『セフィロゾール』の件、どうなってる?」

「あ、はい。薬局長の承認はもらってますので、あとは福山ドクターの許可を得られれば―――」

「そんなことは分かっている! ドクターへのアプローチはどうなっているかと訊いているんだ」

喬允の返答を苛立たしげに遮って、近田は一方的に追及した。薄くなりかけた生え際をがしがしこすって、喬允を威圧的に見下ろす。尤も、痩せぎすの小男である近田には大した迫力もないのだが。喬允は淡々と、

「はい。何度か医局で面会させていただきました。お陰で、顔と名前は覚えてもらえましたよ。今度、ランチを兼ねた説明会を開く予定です。その準備を進めているところで」

「顔を覚えてもらっただと? 正気か? 君は。『セフィロゾール』だぞ。第三世代よりスペクトラムが広い第四世代セフェムだぞ。採用が決定すれば、年間五億、いや六億の売り上げが―――」

「お言葉を返すようですが、スペクトラムが広いからこそ、処方にはより厳密さが求められるのではないでしょうか」

今度は喬允が言葉を遮った。本当なら、こちらこそ『正気か?』と返してやりたいところだった。

『セフィロゾール』は第四世代セファロスポリンの抗生剤で、喬允が勤める出水製薬が現在最も売り込みに力を入れている新薬だった。

第三世代に比べて抗菌スペクトルが広い、簡単に言えば薬の作用範囲が広い。だから近田が言うように大量の処方が見込めるのかもしれないが、喬允はその考え方には賛同しかねた。

副作用の懸念ももちろんだが、抗生剤使用の裏には、耐性菌の問題があるからだ。

どんな強力な抗生剤でも、それに対する耐性を持った菌は必ず生まれる。その耐性菌を殺すためのさらに強力な抗生剤を開発しても、耐性菌の方もそれに合わせて進化する。これでは全く埒が明かない。

抗生剤の濫用が耐性菌の進化を助長していると言われても仕方ない状況が、現在起きているのだ。

それにもう一つ。近田は“顔を覚えてもらっただけ”と考えているようだが、相手は大学病院の外科部長。面会まで漕ぎ着けるのにどれだけ苦労したか。いつ訪問しても、医局前の廊下には面会待ちの他社MRがずらっと並んでいる。もちろん、会ってもらえるという確証などない。

そんな中で何度も面会し、顔と名前を覚えてもらい、説明会の約束まで取り付けたのだ。よくやったと労いの言葉の一つも欲しいくらいだった。

とはいえ、近田が何に苛立っているのか、喬允は分かっていた。彼は、喬允のような地味なやり方が気に食わないのだ。

どんな高名な医師でも所詮人間。多額の交際費に物を言わせた接待攻勢で落とすのが、一番手っ取り早いと考えていたし、そうすることで自分が管轄する営業所の業績を上げようと焦っていたのだ。

案の定、喬允に反論されたことで近田はさらにヒートアップした。顔を真っ赤にしてヒステリックに喚く。

「そういうことを言ってるんじゃない! さっさとテコ入れして採用の確約を取り付けろと言ってるんだ。それが君の仕事だろうが。臨床データはほぼ揃っている。そのほとんどが『著効』だと聞いているぞ」

「はい、仰る通りです」

淡々と返す喬允に苛立ちを隠さず、近田はずいと顔を寄せて、

「だったらもう、あとは接待でひたすらお願いするだけじゃないのか? 高級クラブを借り切ってもいい。そうだ、以前接待で使った京都の料亭は評判が良かったぞ。あそこは美人の芸妓をたくさん抱えているからな」

「いえ、何度かお会いした印象ですが、福山ドクターは宴席や女性のいるお店など、騒がしい場所はお嫌いのようです。お酒もあまりお召しにならないとか……」

「君はまだまだ経験不足だな。そう言って接待嫌いを誇示する医者に限って、本音は誘って欲しくて仕方ないんだよ。特に大学病院の外科部長ともなれば、相応のプライドもあるだろうからな。こっちがしつこく誘って、そこまで言うなら付き合ってやるかといった体裁を用意すればいいだけのことだ」

近田の言うことも一理あった。確かに“隠れ接待好き”とも呼ぶべき医者はいる。しかし喬允は、福山医師は違うと感じていた。

彼には、自分を良く見せたいという色気が全く感じられない。お世辞にも愛想がいいとは言えないが、その純朴で飾らない人柄に喬允は親近感を持っていたのだ。

だから彼が「騒がしい場所での接待は嫌いだ」と言ったら、それは言葉通りに違いない。しかし、女性がお酌をしてくれる場所で高い酒を飲むのが嫌いな男なんているはずない、という固定観念の塊である近田には、何を言っても通用しないだろう。

―――こういう時、あいつだったら自分のやり方を貫くんだろうな

喬允はふと、奏のことを思った。周囲に流されず、自分が正しいと思ったことを堂々と主張する。そんな奏の姿に、喬允は昔から少なからず羨望と憧れを抱いていた。

そう、高校生の頃、教師らが理不尽な校則を押し付けようとしたことがあった。その時、無力な生徒会に代わって理路整然と反論したのは、一年生の奏だった。喬允は生徒会OBだったにもかかわらず、何も発言できず奏の背中を見守るしかできなかったのだ。

奏ならきっと社会に出ても、理想を妨害する現実に正面から立ち向かって克服しようとするに違いない。もちろん、失敗した時の責任を全て負う覚悟で。

喬允には分かっていた。自分に欠けているのはその覚悟であると。責任を負うのが怖いから、人に言われた通りにやる。そうすれば失敗しても、誰かのせいにできる。『近田課長に言われたからやったんです』と言い逃れができる。

『喬兄はまだ理想を捨ててないんだろ?』―――奏の問いが蘇る。確かに捨ててはいないが、目的としての実際的な意味はすでに失われ、壁に貼った標語と同じで飾って眺めるだけの、中身のない代物に成り下がっていた。

―――結局俺にはこういう生き方しかできないんだ

喬允は自嘲混じりに呟きつつ、「何とか交渉を進めます」とだけ返事した。近田は渋々ながらも納得した様子で頷いたが、すぐに皮肉っぽい口調で、

「君だって、渡邊元課長の仇討ちがしたいだろ? 君は特に可愛がられていたからねえ」

近田の言葉には、複雑な背景があった。渡邊は優秀なMRで、喬允が勤務する営業所の元所長だった。

そして派手な接待に頼らず地道に医師との信頼関係を築いていくタイプということもあり、喬允は尊敬していた。渡邊も喬允の熱心な勤務態度を見込んで、飯山大学病院への抗生剤売り込みという大きな任務を与えた。

しかしその直後、渡邊が担当のシェア八割を保っていた大手病院にライバル会社である相模製薬のやり手MRが乗り込み、あっという間にシェアが逆転するという事態が起きた。

さらに、出水製薬の渡邊というMRは臨床データの捏造をしているという根も葉もない噂まで流され、その責任を負わされた渡邊は地方に飛ばされたのだ。

その際渡邊は後任者である近田に対し、三島喬允は優秀で真面目なMRだから自分が与えた任務を遂行させてやって欲しいと頼み込んでいった。そういう経緯があったからこそ、喬允は今、『セフィロゾール』売り込みを一任されているのだ。

そして因縁めいたことに、渡邊が左遷される原因を作った相模製薬のやり手MRが、今度は飯山大学病院に第四世代セフェムの抗生剤『セフェプロン』を売り込もうとしているという噂が届いていた。もちろんターゲットは、外科部長の福山医師だ。

このやり手MR、丸山という男だが、渡邊の件からも分かるように、自社製品を売り込むためならどんな手でも使う。特にその接待の凄さは語り種になるほどだった。つまり、喬允とは対極にいるMRということになる。

近田の言う『渡邊部長の仇討ち』とはつまり、そういう事情を指摘しているのだ。

渡邊には恩義を感じているし、丸山のやり方には強い反発を覚えている。しかし当然ながら、そんな私的な感情ばかりで動いているわけではない。

喬允は「私怨で仕事をするつもりはありませんので」とさらりと言い返した。すると近田はさすがに気まずそうに顔を背け、「そんなことは分かっている」と言ってようやく自席に戻っていった。

喬允はほっと息をつき、あらためて外出の仕度をしようと鞄の中を整理した。すると、指先に金属らしきものが触れた。

「ん? なんだ?」

それは銀色のライターだった。もちろん、現在は非喫煙者の喬允のものではない。誰かのを間違って鞄に入れてしまったのかと思い、所内の人間に訊いたが誰の持ち物でもなかった。考えられる可能性は、あと一つ。

「奏のを持って帰ったのかもしれないな……」

喬允はもらった名刺を取り出して、連絡先に電話をしたのだった。

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「奏、悪いな、わざわざ」

待ち合わせ場所に到着すると、奏はすでに来ていた。道行く女性の熱い視線を一身に集めていたが、本人はまるで気にしていない様子だった。

そういえば、昔からそうだった。女子生徒から絶大な人気があり、他校に複数のファンクラブまであったにもかかわらず、浮かれることなくむしろ冷ややかな眼差しで、周囲に群がる女性を眺めていたような印象が強い。

なのに何故“あんなこと”をしたのだろうと喬允は自問しかけたが、すぐに打ち消した。もう終わったことだ。今さら六年前のことを蒸し返しても仕方ない。

「そうだ、まず忘れないうちに返しておく」

喬允はポケットからライターを取り出して、奏に差し出した。金属のライターは、喬允の体温で温かくなっていた。

「はは、なんかずっとポケットに入れてたから温まってるな。悪い」

そう言って笑う喬允から奏はライターを受け取り、両手で包み込むようにして握り締めた。途端に、頬や耳が薔薇色に潤んでゆく。喬允は大きく目を開け、

「どうした? 顔が赤いぞ、奏」

「な、なんでもないよ……」

「そうか? でも耳まで赤くなって―――」

「なんでもないって! それよりどうする? 時間があるなら、どっかでお茶でも……」

喬允は「ああ」と気さくに返し、

「それなら俺の家に行こう。ここから近いし、ゆっくり話せる」

そしてすたすたと歩き出した。奏は驚きを隠さず、慌てて追い掛けて、

「で、でもっ、今日は休日だし、邪魔しちゃ悪いよ」

「なに遠慮してるんだ。どうせ一人なんだから構わないさ」

「え?」

奏は思わず聞き返したが、喬允は構わず先を歩く。程なくしてマンションに到着し、奏は緊張と興奮と悦びがごっちゃになった複雑な感情の糸玉を呑み込んだまま、部屋に上がった。

必要以上に敏感な嗅覚が、仄かな喬允の匂いを感知する。そう、ここはまさに喬允の空間だった。他の人間の気配は皆無。奏はきょろきょろしつつ、

「あ、あのさ、喬兄。奥さんは? あと、確か子供もいるって……」

奏の問いに、喬允はきまり悪げに頭を掻いて答えた。

「ん、ああ。実はな、その、離婚したんだよ」

「りこん?! いつっ?」

目を剥いて驚く奏に、喬允はちらを肩を竦めて、

「三カ月前、かな」

「なんでこの前会った時に教えてくれなかったんだよ」

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