饭饭TXT > 海外名作 > 《孤独的狮子在夜间哭泣(日文版)》作者:[日]未知【完结】 > 孤独的狮子在夜间哭泣.txt

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作者:日-未知 当前章节:15380 字 更新时间:2026-6-23 02:23

「新幹線の中でゆっくり拝見させてもらうよ」

「は、はいっ。よろしくお願いいたします」

喬允は深々と一礼し、福山医師が車両に乗り込むのを見送った。そして新幹線の発車を見届けると、静かに深呼吸した。

「これで、自分のできることはやった。あとは……」

あとは頭を切り替え、出水製薬のMRとしてではなく、三島喬允という一人の人間としてやるべき仕事を遂行する。選んだ道を迷わず進めばいいだけだ。

喬允は本多との待ち合わせ場所と時間をもう一度頭の中で復習してから、ゆっくりとホームを後にした。

本多に指定された喫茶店は、休日のせいか客の姿はまばらだった。平日ならきっと、灰色の背広姿のサラリーマンでいっぱいになるのだろう。どの席でも煙草が吸える店は最近では稀で、肩身の狭い喫煙者にとっては貴重な憩いの場だった。

本多は窓際の席で長い脚を優雅に組み、アンティーク風のコーヒーカップに口を付けている。近寄り難い空気を感じてしまうのは、彼の怪しげな素性を知っているからというより、その存在自体に息づく美と静謐のせいだった。巨匠が描く静物画のように、ある種宗教的な無垢と静寂があった。

「お待たせしました」

彼の周囲の空気を乱さぬよう、喬允は小声で呼びかけて、テーブルを挟んだ向かいの席に座った。本多は軽い頷きを返し、喬允が注文を済ませるまで無言のまま外を眺めていた。

やがて顔を上げ、たった今そのことに気付いたと言わんばかりに眉をひそめ、

「なんだ、休日だというのにきっちり背広を着込んで。ドレスコードはないと言ったはずだが」

「………」

そんなこと言われた覚えはないし、ドレスコードってパーティーに行くわけではないし、だいたいそう言う本多こそ一分の隙もないスーツ姿なのだ。

突っ込むところがありすぎて喬允は結局何も言い返せず、「さっきまで仕事だったんですよ」と穏当な答えを返した。

「仕事? 確かあんたは、製薬会社のMRだったな。日曜まで営業に駆り出されるのか」

「え、ええ、まあその……俺が担当しているドクターが学会で京都へ行くので、その見送りをしてきたところです」

「……同行するはずだったんじゃないのか?」

心配する風でもなくさらりと訊かれたせいか、喬允は正直な答えを返した。

「ええ、そのはずだったのですが……もういいんです。頭は切り替えました」

本多はそれ以上は追及せず、「では」と短い前置きを口にして事務的な説明を始めた。

「仕事の内容は、この前話した通りだ。今、私の足下にあるボストンバッグを男に渡し、金を受け取って私の元に届ける。それだけなんだが、いくつか注意事項がある。まあ言うまでもないことだろうが、相手がその場で金を出さなかった場合には荷物は渡さず、すぐ私に連絡を取る」

「分かってますよ。誰かみたいに相手のテリトリーに単身乗り込むような蛮勇は持ち合わせていませんから」

喬允の軽口には応じず、本多は続けた。

「それからもう一つ。初めての仕事だと相手にばれないようにすることだ。ばれた場合、いきなり暴力的な行為に出てくることはないだろうが、難癖をつけて金を渡すのを渋ったり、何かと面倒なことになる可能性もある」

「それは……具体的にはどうしたらいいのですか?」

「うん? まあ、堂々としてることだな。ビクビクしたり視線を泳がせたりしていたら、初めての仕事とばれなくても100パーセント足元を見られる。もしかしたら奴ら、ハジキをちらつかせてあんたを試そうとするかもしれん」

すっと背筋が冷える。生々しい恐怖が喬允を襲ったが、使命感がねじ伏せた。そんな危険の伴う仕事を、奏はこれまでやっていたのだ。やはり何としても繋がりを絶たねばならない。

しかし、そんな悲壮な決意を笑い飛ばすように、本多は言葉を追加した。

「ま、奴らの持ってるのは玩具だけどな」

「おも……ちゃ?」

「ああ。精巧に作られたモデルガンだ。弾は出てこないから、それがどうしたと堂々と見返してやればいい」

「はは、なんだ……」

確かに言われてみれば、一般人の運び屋にいきなり本物の銃を突き付けるような無茶な真似をするはずがない。どうやら、必要以上に気張っていたようだ。肩の力が抜けるのを感じた喬允は、ふと窓の外に目をやった。そして「ああ…」と声をあげる。

「桜が……もうそんな季節なのか」

喬允の視線の先に、淡い桜色がぽつりと灯っている。まだほとんど蕾だったが、いくつかは綻んでいた。本多もつられて視線を向け、

「そういえば、昨日開花宣言が出ていたな。それにしても余裕じゃないか。初仕事を前にして、桜の花に目が行くなんてな」

「余裕なんてありませんよ。春は少しずつ近づいていたというのに、今の今まで気付かなかった」

春の疼きを内部に抱え、今にも弾けそうに大きく膨らんだ桜の蕾を眺めながら、喬允は独白めいた静かな口調で語った。

「俺は昨年の冬に離婚したのですが、その頃よく考えたんですよ。来年の春、桜が咲く頃、俺はどうしているだろうと。相変わらず独りで、仕事に追われる単調な毎日を過ごしているのだろうか、と……」

そして本多に視線を戻し、こらえ切れぬ笑いを噛み殺し、

「まあ、こんなことに首を突っ込むことになろうとは、想像もできませんでしたが」

「それはそうだろうな」

本多の口許にも、一瞬だが笑みがかすめた。喬允は「さあて」と自分を鼓舞するように呟くと、本多の足下にあるボストンバッグを自然な仕草で抱え、立ち上がった。

「では、行ってきます」

「ああ、頼んだぞ」

喬允は店の外に出ると、もう一度桜の枝を見上げた。そして“退院したら一緒に花見に行こうな”と奏に呼び掛けると、指定された場所に真直ぐ向かったのだった。

<16>

生まれたての闇は、かすかに甘い匂いがした。綻びかけの桜だけでなく、萌え始めた若葉や柔らかな土が放出する春の吐息が、冷ややかな夜の空気をゆっくりと侵蝕してゆく。

―――春は淫らで狂おしく、我が心を掻き立て……

ある作家の言葉を思い出した喬允は、それを否定するように頭を振った。

春は苦手だった。作家の言う通り、春という季節には独特の淫らな質感がある。あけっぴろげな夏とは違う、霞みの向こうで何かが蠢くような、昏く秘めやかな陰翳を帯びた熱のようなものをそこかしこで感じる。理性の蓋をじわじわと腐らせる甘い瘴気を孕んだ熱を。

蓋の下で渦巻く腥いものの存在、鼓動に、普段は自分を律して生きている喬允も揺さぶられてしまう。もちろんそれは熱病のごとく一過性のもので、春が過ぎるとともにいつの間にか消え去ってしまうのだが。

しかし、今年の春にはいつもと異なる疼きが感じられた。それは、喬允がこれまで周到に隠してきた欲望の萌芽とも呼ぶべき不穏なざわめきだった。

喬允は思わず身じろいで立ち止まる。“欲望”という言葉と同時に脳裏に浮かんだのは、奏の柔らかな唇と濡れた舌だった。

そんなはずはない。自分だってこれまで、何人もの女性と関係を持ってきたのだ。そう自分に言い聞かせてはみるものの、意識の深層から表層へゆらりゆらりと浮かび上がってくるのはこれまで抱いた女の顔ではなく、強さと脆さと憂いを秘めた奏の顔。そして唇を触れ合わせた瞬間の、痺れるような心地よさ。

「血迷うな。俺には無理だ、無理なんだ……」

喬允は、自分でも根拠に乏しいと思わざるを得ない口先だけの宥めを繰り返しながら、再び歩き出した。

やがて視界が広く開け、取引場所である駐車場の跡地に着いた。本多によれば、近くに身を隠す物陰がない場所を選んだのは、相手が一人であることが確認できるからだという。

確かに仲間を潜ませておくことはできないが、車で乗り付ければ済むことだ。余り実のある防衛法とは思えなかった。

しかし喬允は躊躇せず、中央で待っている男から目を逸らさず真直ぐ向かっていった。本多の忠告に従ったというより、本能的な闘争心がそうさせた。

それからの出来事はあっという間だった。喬允が小さく頷いて合図を送ると、男は焦らすようにゆっくり近づいてきた。そして喬允のほんの数センチ手前でぴたりと止まり、じっと見上げた。

喬允は、脇腹に硬いものが押し付けられるのを感じ静かに見下ろした。そこには案の定と言うべきなのか、闇より黒くぬらりと光る金属の筒が。しかし黙って視線を戻し、それがどうしたと言わんばかりに嗤ってみせた。

男はフンと鼻を鳴らして金属の筒を仕舞い、手にしていた鞄を喬允の足下にどさりと投げた。喬允は持参したボストンバックを渡し、足下の鞄を持って背中を向ける。そして一度も振り向かず、来た道を戻っていった。

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「ご苦労さん。うまくいったようだな」

「ええ、お陰様で。ここに穴を空けられることなく帰ってこれましたよ」

人差し指を脇腹に当て目一杯の皮肉で応じる喬允を、本多は何故か真剣な目で見つめた。と思ったらいきなり腰を屈めて、喬允が指差したところに顔を寄せる。

「な、なんですかいきなり」

喬允の狼狽にも構わず、本多は身体を起こして淡々と答えた。

「どうやらあんたが目にしたのは、本物のハジキだったようだな」

「え? ど、どういうことですか?」

「銃油の臭いが服に付いている。銃の手入れに使う防錆油だ。火薬を使わないモデルガンを、わざわざ銃油でメンテする奴もいない」

「ということは……つまり………」

「ああ。モノホンだ。あんた、ラッキーだったな」

普段と変わらぬ無機質な声でそう言ってさっさと車に乗り込む本多を、喬允はぼうっと見送った。

怒るべきなのか無事を喜ぶべきなのか分からない。ただ一つ言えることは、本多は銃が本物の可能性も十分にあることを知りながら、敢えて嘘の情報を吹き込んだということだ。

そして自分はまんまとそれに騙され、銃を突き付けられても堂々と振る舞うことができた。

「おい、どうした。乗らないのか。送っていくぞ」

車の中から本多に呼びかけられ、喬允は妙に心地よい敗北感を味わいつつ助手席に乗り込んだ。

車のドアを閉めると、いきなり現金を差し出された。目測だが二十から三十万円ほどあるだろう。

「あんたの仕事代だ。受け取れ」

本多の言葉に喬允は首を振り、

「いえ、それは奏の治療費に使ってやってください」

「治療費はもう払ってある。これで奏と旨いものでも食いに行けばいいだろう」

「……分かりました。そうします」

喬允は素直に受け取って、上着のポケットに仕舞った。車はゆっくり発進し、喬允が漫然と景色を眺めている間に広い国道に出た。喬允ははっと我に返り、

「あの、どこへ行くのですか?」

送っていくぞと言われたけれど、よく考えたら本多が自分の家を知っているはずはなかった。

「奏のところだ」

「病院ですか?」

「いや、もうあそこにはいない。医者の許可も出ていないのに、勝手に抜け出して部屋に帰っていた。まったく、最後の最後まで困った奴だ」

「……すみません」

喬允が謝罪したのが可笑しかったのか、本多は滅多に曲線を描かない唇をたわめてかすかな笑みを浮かべた。そして、

「まあ、奏もあんたの言うことなら聞くだろう。我がままで扱いづらい餓鬼だが、精々大事にしてやってくれ」

そう言って、喬允の答えを求めるように切れ長の瞳を向けた。しかし喬允は無言のまま、眉間に皺を寄せた深刻な表情で俯いている。

「どうした。四大悲劇の主人公みたいな顔をして」

本多の揶揄に、喬允はわずかだが心が軽くなるのを感じた。フッと自嘲を刻み、

「一刻も早く奏に逢いたい。それは本心なんです。けれど、逢うのが怖い、触れるのが怖い。たぶん、今あいつに逢ったら俺は、どう接していいか分からずビクビクして、みっともない姿をさらすことになるでしょう」

絞り出すようにそう言って肩を落とす喬允に、本多は諭すでも宥めるでもなく、いつもと変わらぬ淡々とした口調で語った。

「怖いと感じるのは、目の前にあるものがあんたにとって“本物”だからだ」

「本物……?」

「さっき男から銃を突き付けられた時、あんたは大して恐怖も感じず堂々と応じることができた。それは、銃があんたにとって“偽物”だったからだ」

「本物だからこそ怖い……」

「ああ。だから怖がることを怖がる必要はないと私は思う。おかしな言葉だが」

「……いえ、何となく解ります」

それきり喬允は黙り込み、外を流れる景色を目で追った。やがて車は奏の部屋がある雑居ビルに近づいてきた。喬允は車内から部屋の窓を見上げ、

「明かりが消えてます。もう寝てるみたいですね」

「さすがに疲れているのだろう。ほら、部屋の鍵だ。これで開けて中に入るといい」

本多から鍵を受け取ったものの、やはり喬允にはまだ躊躇があった。これで鍵を開けて部屋に上がり、そしてどうすればいいのか。病室を訪れた時のように、『何でここにいるんだよ』と噛み付くように詰問されたら、何と答えればいいのか。

お前に逢いたかったから、心配だったから、それとも……愛してる、から?

「俺はどうすればいいんだ……」

自身に向けて呟いた切実な問い掛けに答えたのは、本多だった。隣からぬっと突き出された手には、一枚のディスクが。

「これは……何ですか?」

「見ての通り、DVDだ。ただし、裏流通のな。これにはずいぶん稼がせてもらった。あんたとはもう逢うこともないだろう。餞別だ。持って行け」

喬允は取り敢えず受け取ったものの、不審げに本多を見つめ、

「一体何のDVDですか?」

「今から五年ほど前か。奏が仕事でミスを犯し数千万単位の損失を出した。その埋め合わせをさせるために作ったものだ。これを見れば、あんたが悶々と抱え込んでる問いの答えが出てくるかもしれない」

「答え、が?」

「まあ、余り深刻にならず気楽に見るといい」

「分かり……ました」

本多の思惑は謎のままだったが、ともかく見れば解るだろうと言い聞かせて喬允は車を降りた。

「では、俺はこれで」

「ああ」

短い挨拶を交わして、本多の車は去っていった。遠ざかるライトを見送っているうちに、奏が彼と六年も付き合うことのできた理由が分かるような気がした。

部屋の中に入るのは、奏と再会した夜以来だった。あれからひと月半ほどしか経っていないのに、恐ろしく前のことに思える。

「色んなことがあったからな……」

喬允は感慨を噛み締めるように呟いて、奏の姿を探した。勝手に鍵を開けて入っていきなり部屋に現れた自分に、奏はどんな手厳しい反応を返すだろうか。

しかし『出ていけ』と言われたらその時考えればいいと喬允は鷹揚に構え、奏の名を呼んだ。そして返事がないのを確かめると、迷わず寝室へ。思った通り、そこに奏はいた。

ベッドランプの淡い陰翳に包まれた奏の寝顔は、喬允の記憶にある奏少年のものよりずっと端麗で、艶かしく、そしてどこか淋しげだった。

そういえば、ゲイであることをカミングアウトして以来、親と絶縁状態になっていると言っていた。奏の父親は確か、警察庁のエリート官僚だったはず。息子の生き方に理解を示すとは考えにくい。

絆と呼べる人との確かな繋がりを全て失い、その代わりただ刹那的な快楽のみを媒介とした希薄な人間関係を周囲に張り巡らせて生きてきたのだろう。

周縁は華やかだが、中心にいるはずの当人は空っぽ。癒しがたい重篤な孤独の澱が、この寝顔にはこびりついていた。

―――俺とお前は……似ているのかもしれないな

いつだったか奏に指摘されたが、その時は笑って否定した。奏の真意は今も分からないが、納得はできるような気がする。

絆と呼べる深い関係性を誰とも、妻とも築くことができず、奏が媒介とした快楽の代わりに、世間体や体裁によって周囲との関係を辛うじて維持している。そして、世界の中心にいる自分は虚ろな容れ物。確かなものなど、何も入っていない。

「奏……」

喬允はベッドの傍で腰を屈め、そっと呼びかけた。

「こら、お前。契約違反だぞ。無茶なことはしないって約束したはずだ」

奏が目を覚ます気配はなかった。相当疲れているのだろう。久しぶりに家に戻って、安心したのかもしれない。

もともと起こすつもりはなかった喬允は、柔らかな寝息のこぼれる唇にそっと口づけ、静かに部屋を出た。

リビングに戻ると、テーブル上のディスクが嫌でも目についた。暫し迷ったが、気楽に見ろという本多の言葉を思い出し、プレーヤーに挿入した。

しゅるしゅると音がして勝手に再生が始まり、画面いっぱいに濃密な闇が映し出された。人の姿は見えないが、かすかな息遣いや衣ずれの音が聞こえる。どうやら、闇の中に複数の人間が潜んでいるようだ。

その時、中央に明かりがともった。月明かりを模したような、ほの青く脆弱な明かり。その中にぽつんと佇むのは―――

「か、奏っ……」

それは間違いなく奏だった。五年前のものだと本多は言っていたが、確かに現在より若干幼い顔付きをしている。それでも、その身体からたちのぼる官能と頽廃の媚香は十分すぎるほど伝わってくる。

奏は全裸だった。両手首をまとめて縛られ、天井から吊るされた状態で座っている。全体は闇に沈んで見えないが、恐らくベッドの上だろう。シーツに刻まれた複雑な皺が、青いさざ波のように見えた。

『お…ねがいだから……はやく、はやく挿れてっ……掻き回して………』

熱い吐息混じりの懇願とともに、奏がくいっと腰を突き出す。すると、闇の中からぬっと腕が伸びて、皙く艶やかな奏の尻を無雑作に割り開いた。

『ほら、もっと見せてやれよ。ぐちゅぐちゅになったお前のアナルを』

“それ”が画面上にこの上なく淫らな像を刻んだ瞬間、喬允の喉が大きく上下した。

<17>

映し出された奏のそこは、蜜のような粘液を滴らせて赤く充血し、ただの排泄孔とは思えぬほど淫猥な質感を見せ付けた。

そこに男の太い指が無雑作に突っ込まれ、くちゃくちゃ派手な音をたてて掻き回される。すると奏は悩ましげに腰を振り、悲嘆の混ざった艶めかしい喘ぎを漏らした。

その姿態は眼球が火照るほど官能的で美しかったが、周囲を取り巻く男たちにはまだ物足りないようだった。どこからか、『もう一本いっとくか』とねばついた囁きが聞こえ、それに応じるように奏を弄んでいた指が引き抜かれた。

『ゆるして……もうゆるしてぇ……』

喉を詰まらせ哀願する奏の腰を、暗がりから伸びた二本の手が押さえ付けた。そして別の手が、奏の尻に伸びる。その手には注射器のようなものが握られ、有無を言わさぬ強引さで先端を尻の孔に突き刺した。

『いやだ……いやだぁぁ……』

必死の拒絶も虚しく、ピストン部分がゆっくり押され、中の液体が注入されてゆく。

『粘膜から直吸収だからな。けっこうキクぞ』

『おっ、もうキタんじゃねえの? 先っぽから涎垂らしてるぜ』

『可愛いねえ。ピンク色の竿なんて初めて見た。同じ生物とは思えねえな』

『ほら、最初は誰だ? 早くブチ込んでやらねえと、このまま昇天しちまうぜ』

相変わらず姿の見えぬ男たちの声が、周囲から聞こえる。まるで闇そのものが喋っているかのようだ。

やがてベッドがギシッと音をたてて波打ち、男の剥き出しの股間がフレームインした。どっしりとした下腹部には、蒼い鱗が禍々しくも美しい龍が彫られている。そこから隆々とそそり立つ陰茎は、尖端まで陵辱の意志が漲っていた。

所有者の顔は闇に沈んで見えなかったから、人としての個性が剥ぎ取られた分余計に、奏を犯す責め具としての存在感が際立って見えた。

カメラはゆっくりと奏の背後に回り、尻の中に赤黒い肉杭がめり込んでゆくさまを映し出す。顔の見えぬ陵辱者は両手で柔らかな尻たぶを掴み、左右に目いっぱい広げて結合部を晒してみせた。

『ひ……ぃぃぃっ………裂けるっ……裂け…るぅッ…………』

耳を覆いたくなるような奏の叫びも、男たちの獣欲を昂進させる効果しかなかった。

確かに、生々しい濡紅に染まり切った菊の花がひくひくと蠕動しながら男の逸物を呑み込んでゆく光景は淫猥の極致。そこに涙混じりの引き攣った悲鳴が重なれば、清廉な紳士でも達観した仙人でも、情慾の暴走を抑えることはできないだろう。

もちろん、喬允でも。

奏の中に自身を沈めた男は、腹筋を使って勢いよく腰を上下に揺らし始めた。と同時に、両手で掴んだ奏の腰をがくがくと揺らす。奏はのけぞって、涙を振りまきつつ悲鳴を上げた。

『あああーーーーッ、やっ、あ、あっ、ああっ』

その声には、明らかに先刻の叫びにはない官能の艶が混じっていた。両手を吊られたまま、顔の見えぬ男に後ろから犯される奏はまさに、檻の中で快楽を餌に飼い馴らされる淫獣だった。

それは目を背けたくなるような光景だったが、しかし、神々しいまでの美が確かに息づいていることを否定はできなかった。

カメラは再び奏の前面に回り、甘い苦悶に満ちた表情や首筋を流れる汗の珠を映した。さらに、平らな胸にぽつぽつと灯った双つの赤い突起が映し出される。それは男のものとは思えぬほど膨れ、今にも弾けて汁を滴らせそうなほど充血していた。

闇から生え出た触手のごとき手がそこに這い寄り、いやらしく愛撫し始めた。乳輪ごと揉み上げ、つんと勃ち上がった突起をくにくにと捏ね回す。芋虫のような太い指に弄ばれる赤い果実は食欲を刺激するのか、周囲から唾液を嚥下する生々しい音が複数聞こえた。

やがてカメラは奏の素肌を舐めるように上昇し、被虐の快楽に美しく歪んだ横顔を収めた。

すると、そのタイミングを見計らっていたのか、むきむきと血管が浮き上がったグロテスクな肉棒が、喘ぎの形に綻んだ奏の唇に押し込まれた。奏は苦しげに眉根を寄せつつも、抵抗せず従順に口淫を受け入れた。

『さすが、いい表情するな。たまんねえよ』

眉間に刻まれた悩ましげな皺は、男の嗜虐心を一気に煽り立てた。奏の口にモノを突き立てた男は、両手で頭をがっしり掴んで固定すると、腰を上下に振って奏の喉奥を犯し始めた。

『はッ……アソコほどじゃねえけど、想像以上にイイぜ』

男が腰を揺らすたびに、唇の端から透明の液体が溢れて奏の首筋から胸を濡らす。やがて男の動きは激しさを増し、奏の喉を今にも突き破りそうなほどの勢いに。

その間も下からの突き上げが止まることはなく、下と上の両方の口に男性自身を咥えさせられた奏は、全身を小刻みに震わせつつ執拗な陵辱に耐えた。

しかしその状態は長続きせず、二人の男は奏の中でほぼ同時に果てた。尻を犯していた男は股間をビクッビクッと揺らして中に射精し、口を犯していた男は頭を掴んだまま喉の奥目掛けて発射した。

奏は『んぐっ、んぐ、』と生々しい音を立てて注がれたものを飲み続ける。出し終えた男が口内から陰茎を引きずり出すと、飲みきれなかったものが唇の端からとろりとろりと滴った。

『あ……ふ………』

白濁でコーティングされ砂糖菓子のようにも見える舌を蠢かせ、濡れた吐息をこぼす奏。愉悦の中を彷徨う虚ろな眼差しや、粘液に濡れて妖しい光沢を見せる素肌、赤く腫れた半開きの唇など、全ての細部に強力な催淫効果があったが、その場にいる男たちはそういったエロスの澱より、直截的な快楽を求めているようだった。

官能の陰翳をまとった奏の艶姿を愉しむことなく、さっさと次の行為に移る。別の男たちが、代わる代わる奏の尻に突っ込んで掻き回し、中で射精する。その場で手淫に耽り、奏の顔や胸に掛ける者も。

奏はそのたびに背中を反らせ、髪を振り乱し、喉を嗄らして悲鳴を上げた。奏の性器は根元と上部の二箇所をきつく縛められており、ささやかな涙をこぼすことしか許されていなかったのだ。

画面の中で繰り広げられる性の狂宴。その全てを喬允は見た。それは喬允の理解を遥かに超えた不浄なる行為。すぐさま目を閉じ、一刻も早く見たことを忘れねばならぬほどの絶対的な穢れ……のはずだった。

なのに目を離すことができない。寧ろ惹き付けられる。嬲られているにもかかわらず、画面の中央で淡い光を放ち、女神のごとく君臨する奏に―――

「喬兄……なに見てんだよ………」

背後から届いた声は、不思議な色彩を持っていた。力強いような儚いような、怒っているような怯えているような。喬允はゆっくりと振り向き、声の主と対峙した。

「奏……起きたのか」

そう言って立ち上がろうとすると、奏はびくっと身じろいで一歩後ずさった。そしてくしゃっと顔を歪め、

「何でそんなもの見てんだよ!」

大声を張り上げたからといって、強く見えるとは限らない。余計に脆さを露呈してしまうこともある。

「……本多氏にもらった」

「本多……さん?」

「これを見れば、俺が抱え込んでる問いの答えが分かると言われた」

喬允は奏とは対照的な落ち着きをもって淡々と答えた。そしてゆっくり立ち上がり、

「で、答えが分かった」

そう言って、奏に向かって歩みを進める。奏は「来るな!」と叫んで背中を向け、逃げ出した。しかしあっさり喬允に掴まり、よろめきつつ腕の中に倒れ込んだ。

抱き着くことも突き飛ばすこともできず、ただ喬允の胸に身体を預ける形で暫し呼吸を整えたが、やがて弱々しい声で、

「あれが……俺の棲んでる異常な世界の一面だ。喬兄はこの前、俺の世界を非難した言葉は余りに独善的だったと言って謝ったけど、“実物”を見たら考えも変わったはずだ。どう? やっぱり『最低』だろ?」

「……ああ、最低だ」

喬允が答えると同時に、奏は両手で突き飛ばして腕の中から逃れた。しかし喬允は追い掛けて再び掴まえ、壁に押し付けて身体ごと拘束した。そして普段の優しく穏やかな声からは想像もつかない昏く淀んだ低音で、

「最低なのは俺だ。映像の中でお前を辱めていた男たちに、俺は自分の姿を重ね合わせて見ていた」

奏は小さく息を呑んだ。喬允の言葉に驚いたからでもあるが、下腹部に押し付けられた喬允の股間が硬く盛り上がって、尋常でない熱を伝えていたから。

「喬兄……」

奏はそろそろと手を伸ばし、雄々しく隆起するその部分を手のひらで包み込んだ。そして、布越しに伝わる脈動を感覚に刻み付ける。

「喬兄……欲情してくれたんだ。俺に……」

奏は喜びと戸惑いが混じった声で囁きながら、喬允の輪郭を慈しむように指でなぞった。すると手の中のものがビクビクッと蠢いて、さらに布を押し上げる。この下に充溢しているのは自分に対する欲望なのだと思うと、奏の胸に言葉では表せぬ感慨が込み上げた。

それに駆り立てられるまま喬允のベルトに手を伸ばし、長い指をもつれさせながら外す。そしてその場にすとんと膝をつき、じりじりとジッパーを下ろして灼熱の塊を解放した。

「か、奏っ……何を―――」

激しく狼狽する喬允を潤んだ目で見上げ、奏は切なく震える声で哀願した。

「これが最初で最後だから、俺の好きにさせて。気持ち悪かったら目をつぶってていいから……」

言い終わるや否や、奏は返答も待たず喬允の濡れた尖端に口づけた。それから唇をふわりと開け、赤黒く張り詰めた宝冠部にとろりと舌を這わせた。

「ぅッ………く、っ………」

頭が状況を理解するより先に、声帯が呻きを漏らした。喬允は激しく肩を上下させながら目を閉じたが、それは奏の言葉に従ったのではなく、突然襲ってきた快感に対する反射的な反応だった。

奏の映像を見ている間、少しずつ腰の芯に溜まっていった不穏な熱が一気に沸点を迎え、全身を駆け巡る。このままでは暴走する欲望を抑えることができないと、しぶとく残留している理性が必死に声を上げた。しかし、

「奏っ……やめっ………」

制止の言葉は荒い呼吸に掻き消された。だらしなく緩んだ唇からは、自分のものとは思えぬ野卑な吐息が漏れる。激しい飢えに苛まれた獣の喘ぎのような。

「んんっ………」

奏は時折喉を鳴らしながら、喬允の太竿を愛撫し続けた。根元に両手を添え、丁寧に舌を絡めてこすり付けては、喉の奥に突き刺さるほど深く咥え込んで口全体で吸い上げる。

そのわずかな舌の動き、熱い口腔のざわめきに、喬允の総身はこれまで感じたことのない浮遊感に襲われた。

「だめだっ、もう………」

強烈な射精感に抗うように、喬允は素早く目を開けた。すると、自身の股間に顔をうずめて一途な奉仕を続ける奏の姿が視界に入った。

奏はうっとりと目を閉じ、頬を紅潮させ、グロテスクな肉の棒を頬張っている。その神々しいほど淫らな顔が、先刻の陵辱の映像と二重映しになって見えた瞬間、喬允は自分の欲望に正面から対峙した。

奏の肩を押して口内から己自身を引き抜き、物欲しげに潤んだ瞳で見上げる奏の身体を押さえ付ける。そして下着の内側に手を突っ込み、尻の割れ目に指を這わせて奥をまさぐりながら、

「どう…すればいい? どうやったら“あれ”と同じことができる」

切羽詰まった声で問う喬允に、奏は秘部を愛する人の指で弄られている悦びに悶えながら必死に答えた。

「あれ、って……喬兄、まさか……」

「さっきの映像で、お前が男たちとやっていた行為だ」

躊躇うことなくきっぱりと答える喬允を、奏はきつく抱き締めると、

「こっちだよ。喬兄、こっちに来て……」

寝室を指差して優しく促した。欲望の餌食となった人間を禁忌の園へと誘う、七色の鱗を持つ美しい悪魔のように。

<18>

ベッドの上で身に着けているものを全て脱ぎ捨てた二人は、生まれたままの姿でじっと見つめ合った。

それはわずかな時間だったが、逞しい骨格や筋肉の隆起、そしてそれらをふわりと覆う滑らかな褐色の肌など、喬允という人間の造形を奏が記憶に深く刻み込むには十分だった。

やがて奏はおそるおそる手を伸ばし、裸の胸をぴったり密着させて抱き着いた。そしてほぅっと甘い息をつき、

「きもちいい……。喬兄の身体、温かくて大きくて綺麗で……人間性がそのまま身体的特徴になってる」

そう言って、背中に回した手で喬允の肩甲骨や背骨を慈しむように愛撫する。喬允もそれに応えて奏の背中を抱き締めようとしたが、奏は何を誤解したのか素早く抱擁を解き、申し訳なさそうに項垂れて謝罪の言葉を呟いた。

「ごめん、俺ばっかり気持ちよくて。裸の男と抱き合うなんて、喬兄は気持ち悪いよな」

「いや、そんなことは―――」

「喬兄はなんにもしなくていいから。ただ快感だけを追ってくれ。目を閉じてればたぶん、女とヤッてるのと大して変わりないはずだ」

喬允は反論したかった。奏と抱き合って、自分がどれほど心地よさを感じたか。触れ合った胸から直接伝わる奏の鼓動を、どれほど愛しく思ったか。間接照明の光を受け、身体の内部に光源を宿しているのかと錯覚しそうなほど美しく淡く輝く奏の肌に、どれほど惹き付けられたか。

しかし、そういった想いが真直ぐ奏の心に届くために必要な語彙を、喬允はすぐに見つけることができなかった。焦って安易な言葉を掛ければ、奏の心はさらに頑なになってしまう。そのくらいの心の機微は、喬允にも分かった。だから重苦しい無言を貫いたのだ。

「喬兄、仰向けに寝そべって。うん、そう、そのまま……」

言われた通り横たわった喬允の上にまたがり、奏はもう一度「目を閉じてていいから」と念押しした。

その気遣いにリアルな胸の痛みを覚え喬允は眉をしかめたが、すぐに神経は下腹部に集中した。奏の手が疼く雄を絶妙の力加減で握り、ゆっくりと上下に扱く。

腰全体が宙に浮くような快感に耐えているうちに、奏はローションを取り出して中身を直接自身の股間に垂らした。そして片手を背後に回し、自分で尻を弄る。

奏が何のために何をしているのか、もう喬允には分かる。奏は早々に指を抜き、十分にほぐれたとは言い難い菊門に喬允の尖端を押し当てた。ぬちゅ、とささやかにして淫靡な音がして、二つの濡れた粘膜が接着する。

「ぅぁっ……」

尖端が触れただけなのに、思わず声が漏れるほどの快電流が喬允の総身を走った。冷ややかで結晶めいた容姿からは想像もつかないほど、奏のそこは熱く爛れて喬允の雄に貼り付いた。

「ぁっ……ぁ………く…ッ………」

奏はそのままゆっくりと腰を落としてゆく。その喉から漏れる呻きも、眉間に深い皺を刻んだ苦悶の表情も、快楽より苦痛が先行していることを知らしめていた。

「かな…で……痛いんだ…ろ? もっと……広げないと……」

心と身体の全てが獣欲に支配されるギリギリの一歩手前で踏み止まった喬允は、奏の身体に対する労りを見せた。しかし奏は首を振り、

「いやだ……痛いくらいの方が、形がよく分かるんだ、だからっ……」

訴えかけるようにそう言って、次の瞬間、ズンッと勢いよく腰を落とした。

「ああああッ、あっ、あ、ふっ、うっ……」

悲鳴を上げてのけぞりながらも、奏は腰を上下に振って自ら奥へと誘い込む。喬允の形をより鮮明に体内に刻み込もうとする無意識の欲求のせいなのか、狭い筒肉をさらに収縮させて締め付けた。

「か…なでっ…………く、ぅ……ぅっ………」

奏の激しさに翻弄されながらも、喬允は先刻の奏の言葉を思い出していた。

『女とヤッてるのと大して変わりないはず』―――違う、全く違う。この痛いほどの締め付けも、粘膜の蠢きも、肉の中に突き刺す感覚も、女性との交わりでは感じることはできない。奏の方が受け入れる側、女性役であるはずなのに、決して受け身ではない。対等な存在だった。

「喬兄……ごめんっ、こんな……こんなことして……ごめ…ん……」

腰の大胆な動きとは対照的な弱々しい声で、奏は謝罪を繰り返した。その表情は悩ましげに歪んでいたが、快感に悶えるというより寧ろ悔恨に苦しんでいるように見えた。

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