「どうして……会ってほしくないんだよ」
すると喬允は横を向いたまま、怒ったように答えた。
「どうしてって、決まってるだろ。妬けるからだよ。俺から見たって、あの本多氏は男として魅力的だ。美形なのはもちろん、洗練されていると同時に、どこか危険な香りもする。俺みたいな平々凡々のサラリーマンなんかよりずっと、お前とお似合いだ。だから―――」
言葉を遮るように、奏が抱き着いてきた。
「嫉妬……したんだ」
「ああ、したよ」
奏は喬允の背中に腕を巻き付けたまま顔を上げ、相手の魂をも融かすほどの熱い眼差しを真直ぐ喬允に注いだ。そして、
「喬兄は俺のこと……どう思ってる?」
「それは、昨夜ちゃんと伝えたはずだぞ。お前言うところの“ヘンな告白”で」
途端に、奏の顔が三割増しで赤くなる。瞳は涙の予感を秘めて大きく膨らみ、切なく震えた。
「じゃあなんで……ゆうべ一緒に寝るの嫌がったんだよ」
泣く寸前の子供みたいな声だと我ながら思わずにはいられなかったが、もはや意志の力ではどうしようもなかった。
「あ、あれは……その……あのまま一緒に寝たら、我慢できないと思ってな……」
「我慢できない……って?」
「いや、だから……あの時、風呂ん中で交わしたキスの余韻がまだ身体に残ってて………それで、お前への欲望を抑える自信が……」
奏は理解不能とばかりに眉間に深い皺を刻んだが、すぐに喬允の言わんとすることを察して叫んだ。
「なんで我慢するんだよッ。バッカじゃねえの!」
「バ、バカとはなんだ。風呂でのぼせてへろへろのお前を、無理やり抱くなんてできるはずが―――」
「そういう時は無理やりしていいんだよ! 欲望をそのまま吐き出していいんだよ! あああ~~~っ、なぁんでこんな男に惚れたんだ、俺はっ」
色んな感情が一気に吹き出して収拾がつかなくなり、奏は半ば恐慌状態のまま喬允を突き飛ばした。そしてどかどかと足音を荒らげて寝室に駆け込み、ベッドに飛び乗って布団を被ろうとした。が、すんでのところで喬允に掴まえられ、腕の中に拘束される。
「離せよッ」
喚きつつ暴れる奏を押さえ込み、喬允は真剣な声で質した。
「もしかしてお前……俺に拒絶されたと思ったのか?」
奏はキッと視線を尖らせて睨み、
「ああ思ったよ! やっぱり男と一緒のベッドは嫌なんだってね。身体を重ねたのも好きだって言われたのも風呂場でキスしたのも全部、俺の妄想だったに違いないって。そしたら哀しくて、苦しくて………」
続く言葉は涙と直結していた。だから奏は必死に呑み込んだ。それを見透かしたように、喬允は静かに問う。
「泣いた……のか?」
奏は唇を自嘲の形に歪め、
「泣いたよ。いいトシした男がさ、毛布の端を噛み締めてべそべそ泣いた。みっともないったらない―――」
迂闊だった。気付いたら喬允の胸にきつく抱き締められていた。これ以上濃密な温もりを与えられたらきっと、感情の制御ができなくなってしまう。それは分かっていたから気を付けていたのに。
「お前も、泣くことがあるんだな」
頭上から降ってくる喬允の言葉に、奏は思わずむくれる。
「当たり前だろ、そんなの。あんたにはどんだけ泣かされたか」
「そうか……いや、これまで一度もお前の涙を見たことがなかったから……」
喬允は途中で言葉を呑み込み、「ああ、そうか」と声を上げた。
「そうか、お前、俺の知らないところでずっと泣いてたんだな。ごめんな、気付いてやれなくて」
喬允の優しさは媚薬のごとく、奏の涙腺を刺激した。
「ん……ぅ、ぅっ………」
愛する人の前で流した初めての涙は温かく、そしてかすかに甘かった。
<21>
「奏……」
あやすような包み込むような柔らかな声で名前を呼ばれ、奏はゆっくりと顔を上げた。目と目が合うと同時に喬允は手を伸ばし、まだぎこちなさの残る指先で奏の頬を撫でる。頬を濡らす涙の跡を辿り、目尻へ。
「こら、まだ泣いてるのか」
「も、もう泣いてないよ」
ふいと横を向く奏の目元に小さな輝きを見つけた喬允は、そこに唇を押し付けてちゅっと吸い上げた。そしてにやりと笑い、
「涙の味がするぞ」
「しない」
「いや、する。ほら」
奏の唇を素早く塞ぎ、舌に浸透する涙の味を伝えるため口腔内に滑り込ませた。そしてすぐさま奏の舌にこすり付ける。
奏も積極的に舌を差し出して応えたが、ねっとりと絡み合う舌が粘糸を紡ぎつつ離れると、いたずらっぽく唇を吊り上げて、
「やっぱり、しない」
「ああ、そーですか。はいはい」
喬允は楽しげに目を細めてそう言うと、奏の身体をあらためて抱き締めた。奏はようやく手に入れた自分だけの温もりに、うっとりと微睡む。すると頭上から躊躇いを含んだ問いが降ってきた。
「お前の代わりに俺が仕事をしたこと、本多氏から聞いたって言ってたけど、彼に……会ったのか?」
細かいこと気にするなあと思いつつ、「会ってないよ。電話で聞いた」と奏は答えた。それを聞いた喬允は明らかにほっとした様子で、「そうか…」と呟く。しかしさらに神妙な調子で、
「その……今後プライベートで本多氏に会ったりするのか?」
「え? そんなつもりないけど……」
「じゃあ、他の男は? お前のことだからきっと、そういう関係の人間は何人もいるんだろ? 彼らと会って、それで、その、セックスとかするのか?」
問いの意味を咀嚼するのに時間を要した。やがて奏は眉を逆立て、「はあ?」と尖った声で聞き返し、
「何だよそのバカな質問! どうして俺が他の男とセックスするんだよ。俺は喬兄の恋人なのに。ていうか、もしかして……」
最初は勇ましかった口調は徐々に萎れ、ついに今にも消え入りそうに掠れつつ、
「……恋人だって思ってるの、もしかして俺だけなのかよ」
「違う! そうじゃなくて、お前は、恋人がいても他の男と関係を持つことについて、何とも思わないんだろう? 言ってたじゃないか、気持ちよければいいって。またあのゲイバーへ行くのか? それで、ら、乱交パーティーに参加するのかっ?」
何か言わねばと唇が逸るばかりで、肝心の舌が強張って動かない。奏は口をぱくぱくさせて喬允を見上げたが、やがて「ああああ~~~」と嘆きとも溜め息ともつかぬ声を上げてかくんと肩を落とし、
「言った……確かに言った。でもあれは……あれは……」
何と説明すればいいのか分からない。あの時の言葉は本心からのもので、嘘ではなかった。奏は呼吸を整えて再び喬允を見つめ、
「気持ちよければ誰でもよかったのは本当だ。俺にとって、喬兄以外の人間はみんな同じだったから。来る者は拒まず、その日の気分で選んだりして」
喬允にとっては刺激が強い言葉かもしれないが、それが事実だった。奏はオブラートで包むことなく、本音の言葉をそのままぶつけた。
「俺にとって喬兄は唯一絶対の人なんだ。だから喬兄でなければ誰でもよかった。重いだろ? 分かってるよ。でもこれ以外に言いようがないんだ……」
確かに重い告白だった。しかし喬允には、その重さは神聖さと同一だった。恭しく受け取って胸奥にそっと仕舞い込む。そして奏の腰を抱き寄せ、
「だったらもう、二度と、あんな破廉恥なパーティーには参加しないな?」
「しないよ! 当たり前だろっ」
「男に声掛けられても、関係を持ったりしないな?」
「しないって! 喬兄以外の男なんてっ―――」
続く言葉は喬允の唇に吸い上げられた。さっきの口づけより明らかに荒っぽく、切羽詰まった心情がこもっている。
奏は口内を犯される悦びに酔いながら、もう言葉は必要ないのだと思い知った。こうして触れ合って、お互いの熱情をじかに感じるだけで、全てが伝わるのだと。
「はっ……ぅ……ン………」
舌先をくちゅくちゅと交わらせていると、突然肌の上を微電流が走った。喬允の熱い手のひらが、シャツの上から胸を撫でているのだと気付いた時にはすでに、小さな突起が薄い布を押し上げていた。
喬允の手のひらがその上をかすめるたびに、頭の奥がじん、と痺れる。さらに、三本の指で布ごとつままれ、グリッとねじられると、下半身にダイレクトに響いた。
「男もここが感じるなんて。こんなに乳首が勃ってる」
喬允は感じ入ったようにそう囁きながら、奏のシャツを素早く脱がせた。そして露わになった突起に舌を這わせる。奏は喉の奥で「く…ッ」と悶え、
「感じるよ。吐息が掛かっただけでも」
「そうか……可愛いな。ピンク色で、ぷっくりしてて」
喬允はその部分に吸い付いて唇で挟み込むと、やわやわと揉んで柔らかくもありまた硬くもある絶妙の弾力性を愉しんだ。
「ゃッ………ぁ、ぁっ……………ああッ」
ひと際甲高い嬌声は、喬允に下着の奥で張り詰めたモノを握られたから。奏は大きな羽根枕に背中を預け、喉を反らせて快感を謳った。
「ああっ、いい、いいッ」
喬允の大きな手に包まれて、奏の竿ははしたないほどの悶えを見せた。ちょっと上下に扱かれただけで、尖端の小さな窪みが甘い樹液を垂れ流す。あっという間に喬允の手は濡れそぼり、動かすたびにぬちゅぬちゅと艶めかしい音が漏れた。
完全に息の上がってしまった奏は、何とか体勢を立て直そうとする。するとその努力を嘲笑うかのように、さらなる快美な刺激が襲った。
奏は快感と同量の驚きに見舞われ、言葉を失う。半開きの唇から湿った吐息を漏らしつつ快感の源泉を確かめると、大きく広げられた脚の付け根に顔をうずめる喬允の姿が。
「い、嫌だっ、喬兄……」
喬允は奏の竿を握ったまま、濡れた尖端に舌を這わせていた。小さな窪みに舌先をねじ込み、つるりとした亀頭を舐め、口内に含んで吸い上げる。
当然ながら全ての動作はぎこちなかったが、ぎこちないくらいの方が奏にはよかった。でないと、あっという間に昇り詰めて喬允の口に放出してしまっただろう。
「そんなことしちゃ……だめだっ………」
心は必死に制止するが、肉体は貪欲に求めてしまう。二つのベクトルがせめぎ合い、一つの熱流となって全身を駆け巡った。
奏は喬允の頭に手を伸ばしたが、そのまま押し退けるはずがもっとしてとねだるように撫でてしまう。指に触れる喬允の髪の感触すら快感を昂進させる媚薬のようで、奏は愉悦の浅瀬で戯れるように四肢を震わせ悶えた。
「奏……」
囁くように名を呼ばれ、奏は官能にけぶる瞳を向けた。喬允は、喉奥からせり上がる熱を苦しげに嚥下してから、情慾にかすれた声で、
「ここ……広げるにはどうしたらいい?」
訴えかけるように訊ねつつ、谷間の奥で静かに陵辱の時を待つ菊花をおそるおそる指で撫でた。奏はふわふわと頷き、
「指……挿れていいよ……」
「でも、何かその、ローションみたいなものは……」
「大丈夫。必要ないくらいどろどろになってるから」
喬允は「そうだな」と神妙に答え、ごくりと喉を鳴らした。そして奏の最も貪欲で最も淫らな場所に、指をほんの少し含ませた。
途端に周囲の肉がきゅぅっと収縮し、奥へ奥へと誘い込むように蠕動を繰り返す。そして、あっという間に根元まで収まった喬允の指を、恰も咀嚼するかのように締め付ける。
「奏、すごい、お前のここ……。今にも融けそうなほど熱くて柔らかいのに、指が千切られそうなほど強く締め付けてくる……」
こんなあからさまに欲情した自分の声を聞くのは初めてだった。喬允は驚きを反芻しつつ荒い呼吸の隙間から絞り出すようにそう言うと、さらに指を増やし、奥を捏ねるようにくいっと曲げた。
「ああッ、は、う………」
背中を反らしてビクビクッと腰を揺らし、蜜状の喘ぎを漏らす奏。その悩ましげに歪んだ顔を、喬允は指を揺り動かしつつ燃えるような目で見つめた。
「奏……綺麗だ……とても綺麗だよ」
在り来たりな言葉に、その芯で疼く情念が艶めかしい光沢を与えた。さらに執拗に繰り返されるにつれて、狂気めいた淫靡な翳を帯び始める。
「綺麗だ、綺麗だ………奏、もっと………」
もっと乱れてくれ、もっと狂ってくれ。内心の叫びに呼応するように、喬允の指は激しく奏の中をまさぐる。奏は甘美な責め苦にのけぞり、髪を振り乱して喬允自身との結合をねだった。
「はや…くっ……早く喬兄の挿れてっ……」
しかし喬允は応じず、指による陵辱に没頭する。股間の逸物はすでに鋼の硬度で布地を突き破りそうなほどだったが、敢えて放置した。挿入した途端頭の中は真っ白になり、あっという間に果ててしまうだろうと分かっていた。
だからその前に、もう少しだけ、狂おしく乱れる奏の嬌態を見ていたかった。美しく気高き猫科の王、或いは男を惑わす<ファム?ファタル>が、快楽に翻弄され嬲られるさまを。しかし、
「犯して……喬兄、犯してっ……」
大きく脚を広げ、喬允の指を呑み込んだ局部を晒したまま、誘うように腰を上下に揺らす奏。それは喬允の表層的な願望を吹き飛ばすほど強力な催淫効果をもたらした。
気が付けば喬允は奏の上にのしかかり、引き千切らんばかりに荒々しくネクタイを緩め、ベルトを外して猛る雄を解放した。その仕草は、喬允が普段は決して人に見せることのない、いや、これまで恐らく誰にも見せたことのない剥き出しの獣性そのものだった。
奏はほんの一瞬、全身を責め苛む肉の欲望を忘れ、初めて見る陵辱者としての喬允、その凶暴な美に陶然と酔った。
いつもは清潔感を損なわぬよう丁寧に整えられている髪が、今は乱れて顔に掛かり、表情に険しい陰翳を刻んでいる。その向こうで煌めく双つの黒瞳に見据えられ、奏の背筋に甘い戦慄が走った。
この瞳は今、自分を欲望の対象として見ているのだ。そう思っただけで奏は、まるで全身の血が媚薬と化したかのような甘痒い疼きに襲われ、たまらず悶えた。
「ああ……喬兄、かっこいい………」
奏は陶然と呟きながら、喬允に向かって両手を差し伸べる。しかし喬允はその手を取らず、奏の上に覆いかぶさって唇を重ねた。
奏はほとんど条件反射的に口を開き、舌の侵入を誘う。間をおかず入ってきた喬允の舌は、妙にぬるぬるしていた。先刻の口淫の名残り、つまり奏自身が分泌した粘液が付着しているのだとすぐに気付いたが、奏は素直に受け入れた。
自分のものなんて死んでも舐めたくないと思っていたが、喬允の口内で“浄化”されたせいか平気だった。そして次の瞬間、尻の奥に熱く張り詰めたものがぎゅっと押し当てられ、奏の総身はぞくりと波打った。
この感触は、すでに知り尽くしているはずだった。しかしそれは紛れもなく未知の、息を呑むような感触だった。たぶん、これから何度喬允と身体を重ねても、そのたびに初体験のような悦びと驚きと感動に見舞われるに違いない。
それはある意味当然の心理なのだ。同じ夜などないのだから。同じ口づけなどないのだから。そう、二度目はない。全てが等しく“初めて”なのだ。
「あっ……ああ……はっ……ん………」
みしっ、みしっ、と肉を掻き分けて熱い塊がねじ入ってくる。狭い蜜壺は喬允の形に広げられ、粘膜には喬允の鼓動が響く。もう一つの心臓のように、奏の中でどくん、どくんと命の律動を刻む。その時、奏の感情は飽和状態となった。心に収まりきらぬ想いが次から次へと溢れ出す。
「ああ……好きだ……喬兄……」
喬允の背中に五指を立ててしがみつき、何度も何度も繰り返す。
「好き……どうしよう……好きだ……すごく好き……死ぬほど好き………」
「かな…でっ……」
喬允も応えようとしたが、言葉にならない。腰の動きの方が雄弁だった。引き抜いては突き刺し、突き刺しては掻き回す。
「ああっ、あ、はっ、う」
内臓ごと押し上げるような喬允の激しい注挿に、奏の筒肉はもつれ絡まり、濡れた悲鳴を上げる。
喬允が繰り出す一回一回のストロークは重く深く、身体の芯にズンと響いた。そのたびに奏の性器は電流が走ったかのように跳ね、尖端からとろり、とろりと溢れる樹液が腹の上に薄く濁った水たまりを作った。
「あっ、いい、きもちいい………んッ、もっと、もっと……」
爪先で宙を蹴り、切なげに快感を謳う奏だったが、喬允はすでに限界だった。
「だめだっ、奏、もう………」
弱々しく頭を振って白旗を挙げる。そのかすれた声もまた色っぽく、奏の性感帯を刺激した。ほとんど無意識のうちに腰をはね上げて自ら奥を抉ると、それに触発された喬允がさらにぎりぎりと股間を押し付けてくる。ぐじゅっと生々しい蜜音が結合部から漏れ、次の瞬間、
「イックぅ……っ………ぅ、ぅぁ……ぁぁぁぁッ」
喬允の背中を抱き締めたまま、奏は熱烈な放出を遂げた。それとほぼ同時に喬允の喉が「ぐッ…」とうなり、魂まで犯すかのような荒々しい動きがぴたりと止まった。
「んっ……あ……ん………」
先に射精を終えた奏は、恍惚と目を細めて尻の奥へ神経を集中させる。耳朶に掛かる猛々しい呼吸に連動して、びゅく、びゅく、と熱い精が注ぎ込まれるのが分かる。徐々に熱を帯びて重くなる腰は、これ以上ないほど生々しい愛の証だった。
「いいよ……もっと、もっと出して………」
そして喬允が出し切った後もなお、奏の貪欲な蜜壺は、突き刺さったままの愛しい雄を離すまいとするように締め付けたのだった。
<22>最終話
「ああああ~~~」
ベッドの中、喬允は頭を抱えてうなっていた。身体がひとつに溶け合うような激しいセックスを終えた後の、気怠い無為のひととき。生まれたままの姿で抱き合って、秘めやかなピロートークや睦み合いで愛情を確かめる甘い時間のはずなのに。
奏は眉をひそめ、不審げに問う。
「どうしたんだよ、喬兄」
「い、いや、まだ陽のある時間に、背広のまま無理やりをお前を抱くなんて……すまん、こんな自堕落なことは二度としない」
ベッドの周囲には、二人分の服や下着、使用済みティッシュの残骸などが散乱していた。特に喬允の脱いだ服には皺や染みなど、行為の痕跡が濃厚に刻まれている。確かに自堕落な光景と言えるかもしれない。しかし、
「……何で謝るんだよ。無理やりじゃないだろ。それに、陽のある時間の性交を禁止する法律でもあるのか? また東京都の条例改正?」
「そういうことじゃない。つまり社会人としての常識―――」
奏は喬允の言葉を遮るように反転して背中を向けた。そして冷ややかな声で、
「喬兄てほんと、たまにバカなこと言うよな」
「バカとはなんだ! 確かに俺はお前ほど賢くはないが……」
こちらに向けられた皙く滑らかな背中に、喬允は声を尖らせて言い募る。奏はそれに漫然と耳を傾けながら、小さく溜め息をついた。
本当に、バカで真面目で真直ぐで、呆れるほど綺麗な男。それはどんな宝石をも凌いで輝く、喬允の美点であることはもちろん分かっている。でも、この性に関する固陋さだけはいただけない。すでに奏の頭の中は、喬允との目眩く妄想劇で飽和状態なのだ。
あんなことも、こんなことも、あわよくばあんなことまで―――等等。それを実現させるためにも、少しずつ喬允を“教育”していく必要がありそうだ。
「とにかく、風呂に入ってちゃんと着替えよう。それからあらためて今後の話をしよう」
真面目くさった声でそう言ってベッドから出ようとする喬允の腕を掴み、奏はベッドに引き戻した。そしてとろりと潤んだ蠱惑の瞳で見上げ、
「喬兄、もういっかい……」
「な、なんだよ……」
「もう一回、しよ?」
ストレートな欲望を、悩ましげな陰翳にくるんで差し出す。喬允はあからさまにたじろぎ、視線を泳がせつつも首を振る。
「な、何言ってんだ奏。ほら、もう起きるぞ。お前もちゃんと着替えて―――」
「したくないならいいよ。一人で風呂入ればいいじゃないか」
冷たく突き放して、再びふいと背中を向ける奏に、喬允は慌ててすり寄った。
「こら、不貞腐れるな。いいか? 俺は…………ぅっ、」
喬允はいきなり顔をしかめ、喉を鳴らす。奏が、柔らかな尻を喬允の股間に押し付けてきたのだ。ちょうど谷間に陰物が挟まれる。奏はそのままゆっくり腰を上下させ、
「喬兄の、まだこんなに元気じゃないか……」
「馬鹿っ、やめろっ……」
やめろと言いつつも、喬允は身体を離そうとしない。そういう正直なところも愛おしくて、奏は思わず笑みをこぼす。実際、半勃ちだった喬允の陰茎はあっという間にムクムクと硬起した。
その変化をダイレクトに感じ取った奏は、悦びと陵辱への期待に弾む胸を抑えつつ、双丘を掴み上げて大きく開き、奥の陰孔を剥き出しにした。そしてさらに腰を突き出して、先刻の結合の余韻に微睡む濡れた窄まりをぬるぬるとこすり付けた。
ひと際大きく張り出したカリの部分に引っ掛かり、奏は思わず声を上げる。この淫靡な行為とは対極にある、甘えたような愛らしい喘ぎ。ふと覗き見えた娼婦と処女の共存に、喬允の胸は激しく掻き乱された。
「かっ、奏……だめだ……」
なおも弱々しい声で制止する喬允に、奏は追い討ちをかける。
「ね、喬兄、この中はまだ柔らかくて熱いよ。早く、早く挿れて……」
ぺったり付着した陰部と陰部からくちゅ、くちゅ、と漏れ聞こえる粘ついた音は、粘膜同士の濃厚な交わりを連想させた。その瞬間、喬允は身体の芯に熱渦が生じるのを感じた。
「くっ……そ………」
喬允は普段滅多に口にしない罵りの言葉を吐き出し、奏の腰を乱暴に抱え上げた。そして呼吸を整える間もなく、そそり立つ男柱の尖端を谷間の奥に宛てがい、そのまま一気に押し込んだ。
「ああああーーーーッ、あっ、あ、はぅっ……ん……」
獣の姿勢で後ろから貫かれた奏は、余りの衝撃に全身を痙攣させた。身体を内側から灼かれるような痛みに、生理的な涙が溢れる。
しかし喬允の肉杭を打ち込まれるたびに苦痛の鍍金は剥がれ、甘美な快感がじわじわとしみ出してきた。それは身体中に伝播し、指先から足の爪先まで犯してゆく。
「はあっ、あ、あっ、ん……」
喬允の突き上げは荒く猛く、奏の糜爛した筒肉を容赦なく責め立てる。喬允の動きに合わせてずちゃッ、ぐちゅ、と艶音が漏れ、様々な体液が奏の内股を舐め伝う。やがて二人は共に絶頂へ駆け上がり、ほぼ同時に果てた。
「んっ………く…ふ…ぅ…ン………」
奏は仔犬のように鼻を鳴らして射精しつつ、下腹にずしりと響く喬允の重さを賞翫したのだった。
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まるで、覚えたての快楽に狂う二匹の獣だった。喬允と奏はそれから何度も交わり、熱い精漿を捧げ合った。
行為の後、喬允はもちろんだが、誘いをかけた奏もさすがに正気に返り、自分たちの獣じみた交合を反省した。
激しい羞恥に襲われつつ身体に付着した痕跡を洗い流し、どろどろのシーツを取り替えて何とか体裁を整えた時には、すでに日はとっぷりと暮れていた。
「やっと、これからのことが話し合えるな」
「う、うん……」
二人はベッドの上に仰向けで寝転がり、天井を見つめながら話した。恥ずかしくて目を合わせることができなかったのだ。喬允はコホン、と空咳をしてから呼吸を整え、あらゆる雑念を振り切って口を開いた。
「俺は、今住んでる部屋を引き払うつもりだ。ちょうど来月が契約更新なんだ。それで、もう少し広い部屋に引っ越そうと思う」
「うん……」
「そ、それで、だ。もし、もしお前が嫌じゃなかったら、その、一緒に住まないか?」
「…………」
いきなりの沈黙返しに、喬允は激しく狼狽する。横を向いて奏の表情を確かめたいけれど、怖くてできない。天井を見つめたまま慌てて言葉を継ぐ。
「い、いや、ここは住居兼事務所なんだろう? それにしては手狭だと思うんだよ。だからここは事務所専用にして、家から通う形にしたらどうだ? もちろん、お前一人に家事を押し付けるようなことはしない。それに……」
喬允は途中で気付いた。本当に言いたいこと、同居を提案する理由はこんなことではないと。
「……ごめん、奏。そうじゃない。ここが狭いからとかそういうことではなくて、俺が、お前と一緒にいたいんだ。お前の呼吸とか温もりを感じていたいんだ。もう……独りは嫌だ」
心の奥の奥に仕舞い込んでいた本音。それをさらけ出した心地よさを喬允が反芻していると、傍らに投げ出していた手がきゅっと握られた。
繋がった手から伝わるさざ波のような震えを感じて初めて、喬允は奏が泣いていることに気付いた。柔らかな夜の興趣を乱さぬよう、静かに、声を殺して。
「奏、傍にいてくれるか?」
相変わらず天井を眺めたまま、喬允が澄んだ声で問い掛ける。再び沈黙が返ってきたが、もう狼狽することはなかった。やがて、隣からすんすんと鼻をすする音が聞こえ、そして、
「うん……」
喬允は手を握り返し、喜びを伝える。あとは黙って、奏の涙が引くのを待った。
「何だかこうしてると、昔を思い出すな。夜、喬兄と一緒に河原に寝転がって星を見てた」
奏の声に、涙は混じっていなかった。喬允は思い出を透かし見るように目を細め、
「ああ。懐かしいな。あの時と同じだ」
「あの時は、手は繋いでなかったけど」
「はは、そうだな。……繋ぎたかったか?」
「そりゃあ、もちろん。そういう目に見える繋がりに、どれほど憧れていたか。でも今は、それほどでもないな。見えない繋がりを感じていられるから」
奏がそう言うと、喬允は繋がった手をゆっくり持ち上げて二人の視界に入れた。そして握っている奏の左手、その薬指を優しく撫でた。まるで、そこに誓いの輪が嵌められているかのように。
「喬兄……」
喬允の意図を察した奏は、熱い塊が再び込み上げるのを感じつつ、見えない誓いの輪に思いを馳せた。
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コーヒーの香りで目覚めるなんて、何年ぶりだろう。喬允はゆっくりと目を開けて、遮光カーテンの隙間から射し込む日の光をぼぅっと眺めた。
「喬兄、起きた?」
「ん……ああ、今……」
布団の中でうんっと伸びをして身体を起こすと、すっかり身仕度を整えた奏が近づいてさっとカーテンを開けた。と同時に、光の洪水が視界を満たす。喬允は無意識のうちに呟いた。ああ、もう春なんだな、と。
「朝食の用意はできてるから。喬兄はもう少しゆっくりできるだろ? 俺はこれから仕事なんだ」
柔らかな朝日の中で微笑む奏に対し、喬允は思わず眉をひそめ、
「仕事? ずいぶん早いんだな」
「ああ。庭の柿の木を切って、壊れた戸棚を直す。依頼人は一人暮らしの老人だから、朝が早いんだよ」
「奏、お前……」
奏は照れ隠しなのか、くるりと背中を向けた。そして、
「鍵は持ってるよな? 出る時は鍵掛けてって。それじゃ」
素っ気ない口調で言い置いて、部屋を出ようとする。喬允は口許が綻ぶのを抑えきれず、弾んだ声で、
「気を付けろよ、まだ慣れない仕事だろ?」
「平気平気。俺は何でもできるんだから」
「はいはい、そーですか」
喬允は苦笑混じりにそう言って、微かに赤らんだ奏の頬に春の訪れを重ねた。
不器用な大人の、不器用な恋の物語。
(Fin)
小说下载尽在http://bbs.txtnovel.com--书香门第【duansh1204】整理
附:【本作品来自互联网,本人不做任何负责】内容版权归作者所有!