「そうか。ではそうしよう。晶、お前は今日から妾(わらわ)のところで働け」
「え?あの…えっと…」
「あぁ、そうか。妾の方が自己紹介をしてなかったな。妾は神宮路揚羽。中学2年だ」
「僕は大学3年で……」
「ほぉ、大学生か。そのようには見えないが。まぁ、良いわ、今後の事も詳しい事は四ノ宮に聞け。四ノ宮、頼むぞ」
「かしこまりました、揚羽様」
四ノ宮さんが頭を下げると揚羽様は僕の顎から手を放し、スイッと立ち上がって目で蔵前さんに合図をして、蔵前さんはそっと襖を閉め去っていく。
襖が閉まり、四ノ宮さんは僕をにらみつけた。
「……なにか?」
「『あの』って言いやがったな……止めろと言っただろうが」
「止めろとはいわれましたが、僕は止めますって言ってません」
「コノヤロウ。シッカリしごいてやるからな!」
人によって態度を変えるヤツなんてたいしたヤツじゃないって思ってる僕はフフンと四ノ宮さんに反抗。
四ノ宮さんはそんな僕の態度にピクリと片眉を上げて、グイッと僕の襟元を掴んで、そのまま僕を引き摺るようにしてどこかに連れて行った。
暫く引き摺られながら、屋敷を案内される。
とにかく、この屋敷は広いが、どうやら使用されている部屋は限られている様子。
引き摺られたままで「一度で覚えろ」と四ノ宮さんにいわれてどうしようかと思っていたが、何とか頭の中に入った。
日本家屋の奥の方は揚羽様の私用の部屋だといわれ、まだ僕みたいな新参者は入っちゃいけないらしい。
何とか覚えてホッとしていると、四ノ宮さんは使用人の紹介をすると僕を使用人の洋館の方へ僕を未だ引き摺り連れて行く。
洋館は平屋の日本家屋と違い、木製だが3階建て。
1階が料理人や庭師の人たちのスペースで、料理人2人に庭師さんが2名の計4名。
食堂と、風呂そのほかもこの1階に集められている。
2階はメイドさん達の部屋。
6人居るらしいけれど、今は仕事中で会えないから夜に紹介されるらしい。
一番上の3階が執事さん達の部屋。
四ノ宮さん、蔵前さんの他にあと2人居るらしい。
3階の一番奥の部屋に連れてこられ、四ノ宮さんはドアを開いて言う。
「中に執事服がある。着替えて、お前のサイズの物を3セット持って俺の部屋に来い」
「着替えて、3セット……」
「5分以内にしろ」
「ご、5分?」
「何だ?出来ない事は無いだろう、ただ着替えて持ってくるだけの単純作業だ」
キラリと光る目に小さく「はぃ」と答えて、部屋に入ってみれば、荷物と服が山積。
(良くコレで持ってくるだけ、5分って言えたな……整理整頓ぐらいしようよ……)
ハァと溜息が出たものの、5分以内と言われているので、ガサガサ家捜しするように服を探し出して着替え、バタバタ四ノ宮さんの部屋に走っていって、カチャリとドアを開ければ、目の前に四ノ宮さんが仁王立ちした。
「……あ、あの」
「遅い。廊下は走るな。それに、部屋に入る前にはノックをしろ」
「す、すみません……でも、あの部屋の状態で5分は無いでしょう?コレでも必死だったんですから。それに、もう少し整理整頓を……ふぐぐ!」
僕が口を尖らせて、なってないのはそっちでしょうと言おうとすると、その尖った口を四ノ宮さんが指で摘まんで引っ張り、僕の口はまるでアヒルのクチバシのように伸びた。
腰を折って、僕と同じ目線になった四ノ宮さんがジトッとした目で見つめてくる。
「……文句を言おうとしたのはこの口か?」
「ぼ、ぼんくびゃなくって、いへんでふ!(文句じゃなくって意見です!)」
「ほぉ~まだ言うか?」
ニヤリと笑った四ノ宮さんは、パチンと僕の口を伸ばして摘まんでいた指を外し、腕を引っ張って部屋の中に入れた。
「ぅわ!」
急に力任せに引っ張り込まれたもんだから、バランスを崩して僕は持っていた服を床にばら撒いて、倒れこんだ。
辛うじて、服をばら撒いた事で両手があき、床に手をついた僕は、四つん這いになる。
「な、何するんですか!危ないなぁ!」
僕がそう言って床に座り込んで振り返れば、四ノ宮さんはドアを閉め、何故か鍵をかけて僕に近づき、フフンと笑った。
「何をするかって?決まってるだろう?楽しい楽しい躾のお時間だ」
本当に楽しそうに言う四ノ宮さんに、僕はさっきまでの威勢のよさは何処へやら?と言った感じでハハッと乾いた笑いを顔に浮かべて言う。
「し、躾って。あの、ま、間に合ってます」
「ドアをノックも出来ないヤツが何を言う」
怪しい微笑をたたえてジリジリと近づいてくる四ノ宮さん。
僕の動物的第六感が逃げろといっている様な気がして、僕は尻餅をついた状態で後ずさろうとしたが、僕の行動などお見通しといわんばかりに、足首をつかまれ、あっという間に四ノ宮さんは僕の上に四つん這いで覆いかぶさってきた。
「まぁ、そう逃げるな。はじめの内は優しく教えてやる」
「や、優しく?」
「あぁ、優しくな」
ニッコリ微笑んだ四ノ宮さんだったが、その目の奥になんだか企んでるようなそんな気が僕にはしてしようがなかった。
僕の上に四つん這いで覆いかぶさった四ノ宮さんはその体を近づけて、僕の頭と背中に腕をいれ、僕を抱き起こす。
抱き起こされれば自然と僕は四ノ宮さんの腕の中に納まっていた。
(わ、おっきい)
男同士で抱き合う事なんてないし、ふざけあう事はあってもこんなにスッポリと収まる事は無い。
だからか分らないけど僕は男の人の胸がこんなに広いなんてはじめて知ったような気がしていた。
そのせいだろうか、これだけの事なのに何だかドキドキしながら抱かれてる。
(ぼ、僕、何だか変?)
キュッと胸の前で手を握ると、顎の下に四ノ宮さんの手が滑り込んで、僕の顎をグイッと上に上げた。
「何だ?」
ジッと僕の顔を見て問いかけてくる四ノ宮さんに僕はしどろもどろに答える。
「な、何だって、それはコッチの台詞です」
「顔が赤いが?」
「つ、疲れたんです!行き成り色々ありすぎたから!」
「ほぉ、じゃ、こんな事したらどうなるのかな?」
「こんな事って……んふぅっ!」
ニヤリと笑った四ノ宮さんの顔が行き成り僕に近づき、僕は口を塞がれてしまった。
しかも、四ノ宮さんの口で!
ビックリして目を見開いたその視界には熱っぽく見つめてくる四ノ宮さんの切れ長な瞳がある。
嫌だと思ったのなら突き飛ばしてしまえばいいんだろうけど、不思議な事にそれほど嫌でもなく。
温かい四ノ宮さんの唇はとても柔らかくて、そして少し湿り気があって、僕の唇を全て包み込むのではなく、優しく僕の唇と重なっていた。
それがとても心地よくて、離れる事が出来ないわけじゃ無いし、軽く抱きしめられているから突き飛ばせばすぐに自由になれたのに僕はもっと重なっていたいと思ってしまう。
いつの間にか僕の両腕は四ノ宮さんの背中にまわって、キュッと四ノ宮さんを抱きしめていた。
ゆっくりと四ノ宮さんの唇が離れる。
「ぁ……」
思わず僕は離れて欲しくなかった唇に小さく声を出してしまった。
そのことに自分で気づいて下を向こうとしたが、それより速く、四ノ宮さんの鼻が僕の鼻にコツンとあたり、僕は下を向けずに視線だけを四ノ宮さんの顔からそらす。
「どうかしたのか?」
とても優しく響く四ノ宮さんの声は四ノ宮さんの薔薇の香りのする息に乗って僕の頭を包み込んだ。
『どうかしたのか?』そう聞かれて答えられるわけもなく、僕は黙り込んでしまった。
「何だ?さっきまでの威勢のよさはドコに行った?」
「い、威勢って」
「威勢の言いお前も嫌いじゃ無い」
僕の心臓がドクンと響く。
さっきから僕の心臓はちょっとおかしい。ドキドキドクドク、煩いほどに鳴り響いていた。
そして、四ノ宮さんから香ってくる甘い薔薇の香りに頭がボンヤリしかかってきていて、僕の鼻にくっ付いている四ノ宮さんの鼻先をジッと見つめれば、四ノ宮さんの鼻がフイッと動いて、僕の唇に再びあの心地よさが戻ってくる。
「ん、ぁ…」
完全に僕の思考は唇に集中し、ゆっくり瞼を閉じた。
僕の唇の上で揺らめく四ノ宮さんの唇は温かく湿って、鼻にかかる四ノ宮さんの息は相変わらず薔薇の香りがして、僕の頭の中は雲の上に居るかのようにフワフワと初めての感覚。
僕は今まで恋愛をしたことは無い。だから、キスなんてされるのは初めてで、それこそ初体験だ。
友達からの話や、色んな雑誌を見たりしてあこがれた時もあったけど、僕には自分が分かってなかったから実際にする事はないまま、今に至る。
自分が分からないというのは、つまり、僕が好きになって良いのは【男】なのか【女】なのかって言う所。
僕自身が男とも女ともいえない位置に居て、その状態でどちらを好きになれば良いのか迷っていたんだ。
ドキッと胸が高鳴る瞬間があっても、次の瞬間には頭の中で色々考えてしまって、結局、それ以上の感情に発展する事はなく、僕はきっと何もかも知らずに生きていくのかもしれないなんて思った事もあったけれど、そんな僕の唇は今、四ノ宮さんという存在に占拠されている。
一瞬の驚きはあったけれど、それよりも僕はこの心地よさに体を預けていた。
四ノ宮さんの腕の中に居るせいだろうか?瞼を閉じていると僕は四ノ宮さんに包まれて溶かされているような錯覚を覚えてしまう。
経験したことのない心地よさに意識が飛びそうになるのを、四ノ宮さんの背中に回した手で洋服をぎゅっと握ってこらえていた。
それは自然と自分から四ノ宮さんに近づく事になり、僕の体は余計に包まれるように四ノ宮さんの体温を感じる。
(ずっと、このままが良いな)
そんな事を考えていると、揺らめいていた四ノ宮さんの唇がゆっくり離れた。
「吉沢。お前、もしかして初めてか?」
「は、初めてって、何が」
「何がって、キスやら何やら全部だ」
「そ、そんなことは」
「嘘付け、されるがままでピクリとも動かん奴が経験あるとは思えん。そうか、初めてか」
何度も僕の顔に向かって「初めて」を連呼する四ノ宮さんにちょっとムッとして、唇を尖らせチラリと上目使いに四ノ宮さんを見れば、そこには少し嬉しそうにニヤニヤと微笑む四ノ宮さんの顔。
「そんなに笑わなくったって」
僕の呟きに視線を僕に向けた四ノ宮さんがフゥと僕の眉間に向かって薔薇の息を吹いてじっと見つめて言う。
「吉沢、それ反則だ」
「は、反則?反則って何?」
「はぁ…天然で気づいてないって所がまたヤバいな。ふむ、そこから教育していくか」
四ノ宮さんはいつも通りの偉そうな笑みを僕に向け、僕の体を横抱きにしてベッドの方へと連れて行った。
その四ノ宮さんの行為に僕の心臓はバクバク暴れ始め、体が熱くなってくる。
(え?えぇ?キスの後にベッドってヤバいんじゃ……に、逃げるべき?いや、でもこんなにしっかり抱きかかえられてると逃げるに逃げれない)
混乱する頭で考えている間に四ノ宮さんは僕を抱きかかえたままベッドに腰を下ろして、膝に僕を乗せたままグイッと自分のほうへ僕の体を引き寄せた。
「あ、あの、えっと。これはちょっとまずいんじゃ」
僕がオロオロしながらそういうと、四ノ宮さんはフフンと鼻で笑って僕を見る。
「まずいって?」
僕の肩をよりいっそう強く抱いて、体を密着させて聞いてくる四ノ宮さんはとても意地悪だと思った。
僕が呟いた「まずい」の意味を僕が言えないって分っていて聞いてくるんだ。
四ノ宮さんの勝ち誇ったようなその様子に、僕がぷくっと膨れて、むっと口をへの字にすればクククと笑う四ノ宮さん。
僕を逃がさないように抱きしめていた四ノ宮さんの顔が再び近づいて僕の唇をふさぐ。
(キスってこんなに気持ちよくって離れられなくなるもんなんだ……)
キスの魔力とはこんなに凄いものなのか。ぼんやりとしてくる頭の中、四ノ宮さんの揺らめく唇に全ての意識が集中した時、四ノ宮さんの片手が僕の腰から離れ、体の中心を這うようにあがってきた。
「ぁふぅ…ぁん」
服の上からだったが、四ノ宮さんの手は僕のお腹から両胸の間に、そして最後に僕の左胸の中心を転がすようにその手を動かし、僕は胸から発せられた電撃のような痺れに思わず重なる唇の間から声が漏れ出す。
(な、なんだろう?こんな感覚、初めて…)
キスの気持ちよさとも違う、心臓がさっきより強く激しく鼓動し、くすぐったいような、ぞくっとするようなそんな感覚が体中を駆け巡った。
「ンっ、あ、ふぅん!」
胸で四ノ宮さんの手が揺れ動くたび、僕の喉奥から自然と吐息が漏れ出す。
背筋がぞくぞくして、胸をそらせた時、僕の唇の隙間をこじ開けるように四ノ宮さんの舌が割って入ってきた。
「っ!んふぅ!」
僕は熱い舌が差し込まれて、さらにその舌が自分の口中をゆっくりと嘗め回していく事に驚いて、閉じかけていた目を見開いてみれば四ノ宮さんはいつも通り、とても挑戦的にニヤリと僕に視線を向ける。
(ぁう、僕の口の中を四ノ宮さんの舌が舐め回してる…)
四ノ宮さんの行動一つ一つ、行為そのものが僕を飲み込むように、僕の全てが四ノ宮さんに染められていくようなそんな感じがしていた。
(四ノ宮さん…)
口中で、僕の頬の裏側から上あごとなぞっていく四ノ宮さんの舌に僕は自然と自分の舌を絡ませる。
未経験の出来事だったけれど、僕の口の中にある四ノ宮さんの舌を僕の舌で嘗め回してみたいという衝動が生まれ、その感情のまま、僕は四ノ宮さんの舌を求めていた。
僕の頬に降り注いでいた四ノ宮さんの息がハァハァと荒くなり、その息遣いを感じるだけで僕は股間がキュンとし、もっともっと、四ノ宮さんを興奮させたいという願望が沸き起こる。
でも、僕はどうすれば良いのか全く分らず、四ノ宮さんの唇をついばんだ。
(四ノ宮さんが欲しい……)
男同士でそんな感情を抱く僕はおかしいのだろうか?でも、それが本当に素直な感情。
僕が自分の感情に戸惑っていると、四ノ宮さんは僕のシャツのボタンをはずし、僕の胸があらわになり、四ノ宮さんは唇を離した。
「細くて真っ白な体だな」
四ノ宮さんの視線が僕の体に送られていると意識するだけで僕はビクンと体を揺らしてしまう。
「もう少し、肉がついているほうが俺は好きだな」
「……じゃぁ、僕は嫌?」
僕がそっと視線を流し、四ノ宮さんを見つめれば、四ノ宮さんは僕の顎に口づけして、そのまま首から鎖骨へと唇を移動させた。
僕の肌の上に揺らめく四ノ宮さんの唇はとても熱くて、只、唇が触れているというそれだけの事なのに僕の口からは甘い吐息が漏れ出していく。
「ン…あぅ……」
四ノ宮さんの唇がちょうど僕の心臓の上にやってきて、四ノ宮さんはニヤリと微笑み、僕の肌に吸い付いた。
「痛っ。な、何?」
先ほどとは違い、その吸い付きはとても強くて、僕は思わず顔をしかめる。
「い、痛いよ、四ノ宮さん。はぅ!」
僕がそういって、逃げようと体を動かせば、四ノ宮さんは吸い付いたその場所に噛み付いてきた。ただでさえ、吸い付かれてジンジンとした痛みがあるのに、そこに歯を立てられ、僕は痛さに体をそらせる。
「…これでいい」
四ノ宮さんが顔を上げれば、僕の肌にはくっきりとした赤い印と、歯形が付いていた。
「こ、これでいいって。こんな内出血作って何が良いって言うんです」
「内出血か……色気も何も無い言い方だな。せめてキスマーク位言って欲しいもんだ」
「キ、キスマーク?」
「なんだ?キスマークも知らないのか?」
「し、知ってますよ、それくらい。っていうか、何でそんなのをこんなところに」
僕が四ノ宮さんのつけたキスマークを触って言えば、四ノ宮さんはフフンと偉そうに笑って、僕の唇をついばむようにキスをしながら言う。
「マーキング」
「マーキング?マーキングって猫とか犬が縄張り主張のためにやるアレのことですか?」
「そう。吉沢は俺の物だって言うマーキング」
「お、俺の物って。僕は別に誰のものでも……んぐっ!」
『誰のものでもない』そう言おうとした僕の唇を無理やりふさいだ四ノ宮さんの唇。
その唇はやっぱり心地よくて、僕は自然とその唇を求めてしまう。絡まってくる舌は僕の口の中を侵食して、僕はそれだけで夢見心地になっていく。
ぼんやりとしてくる僕の瞳に、力強く主張する四ノ宮さんの瞳が映りこみ、その瞳の力は僕の全てを包み込んで僕を支配していくようなそんな感じ。
「四ノ…宮さん……」
「いいか、お前は俺の物だ。今日、この瞬間からお前は俺の所有物、いいな?」
「しょ、所有物?」
「ココの連中はちょっとでも隙を見せればお前を味見するだろうからな」
「味見って?」
「ま、それはココで働いてれば分る話だ。とにかく、お前は俺のもので、俺以外の奴が触れることは許されないって言う意味でのマーキングだ」
『俺以外の……』そういわれて僕はドキンと心臓を鳴らし、それを合図にドキドキして、ギュッと四ノ宮さんに抱きついてしまった。
初めてキスした相手だからというわけではないけれど、僕は多分、四ノ宮さんのものになれたことが嬉しかったのだと思う。
「でも、四ノ宮さんはもう少し肉が付いている方が好きなんでしょ?僕で、良いの?」
「肉なんて食えば幾らでも付くだろ?良い悪いも関係ない、お前は俺の物と俺が決めたんだからそれで良いんだ。それと、そのマーキングは週一回必ず付けるからな」
「う、うん」
「返事は『うん』じゃなくって『ハイ』だ」
そういってニヤリと笑った四ノ宮さんは、僕をベッドに押し倒して、僕の体の洋服に隠れてしまって見えなくなる場所に沢山のマーキングを施した。
END
番外1
そんな出来事から約6ヶ月。
やっと僕もこの椿館の広さと部屋の位置を掴み始め、仕事にも慣れてきた頃、僕に揚羽様のお声がかかった。
実は初めて揚羽様に会って以来、僕が揚羽様と会うことは無く、広い屋敷の中、揚羽様がいらっしゃる場所へ入る事は許されておらず、勝手に入ろうものなら四ノ宮さんからきついお仕置きをされると聞かされ、僕はいの一番に入っちゃいけない場所を覚えたくらいだ。
一週間に一回とか言いながら四ノ宮さんは、ほぼ2日に一回といった感じで「マーキング」を僕に施していて、その最中、一度だけどうして入っちゃいけないのかって事と、お仕置きってどんなのか聞いたことがあった。
「揚羽様自身が特別な方なんだ」
「特別?特別って?」
「……そのうち分る。それと、揚羽様の機嫌は損ねない事だ。ココでの全ては揚羽様の心1つ。俺だって、揚羽様に捨てられればこの場にはいられない」
「四ノ宮さんでも?」
「俺だけじゃないさ、この屋敷にいる連中は皆そうだ。だからこそ、揚羽様の機嫌を損ねるような事をしたヤツには俺が直接、仕置きをするんだ」
「仕置き……ってどんな?」
「なんだ?結局吉沢はそっちに興味ありか?」
「ち、違っ、あっ!ちょっと……んっ!」
ニヤリと笑った四ノ宮さんはそのまま僕の質問をはぐらかすように僕の体にマーキング作業を行いながら一言「ココに居たかったら揚羽様の言う事には逆らわないようにしろ。ま、その前にお前は俺の言う事を聞け」と命令した。
自ら望んで入ってきた場所ではなかったけれど、今ココで追い出されれば確実に家というものをなくしてしまう僕はその言葉に従うしかなく、とにかく、入っちゃいけない揚羽様の場所には入らずにすごし、その結果、揚羽様に会う事は全く無かったのだ。
それが突然、呼び出されたりしたもんだから僕は何かやらかしたのかとドキドキと緊張しながら揚羽様のところへ。
揚羽様の居住スペースだと聞かされていた場所まで行けば、襖の手前に香月さんがいて、ニッコリ微笑みながら僕を迎えてくれる。
「あ、あの、揚羽様に呼ばれてきたんですけど」
「うん、聞いてるよ」
「僕、何かいけないことでもしたんでしょうか?」
オドオドと香月さんに小さく聞けば、香月さんはプッと吹き出して、そのままクククと堪え笑いをした。
「もしかして、慶に何も聞いてないとか?」
「え?」
「そうか~あの野郎、1人で楽しみやがって」
「楽しむ?ってどういうことですか?」
「晶君、ココで働き出して6ヶ月だろ?ちょうど6ヶ月経った時にまだココで働いてたら揚羽様からお声がかかるんだ」
「……それって、分ってた事ですよね?僕が知らされて無かっただけで」
「そういうこと。後で慶を怒鳴りつけてやるんだな」
クククと楽しそうに笑う香月さんとはちがって、僕は少しムッとしながら襖の前に座る。
(全く、脅かすだけ脅かして……絶対、今日こそ文句言ってやるんだ!)
そんな決意をしてお辞儀をすれば、香月さんが襖の向こうに声をかけ、中から以前聞いたのと変わらない子供の声が聞こえて、襖が開き、僕は6ヶ月ぶりに揚羽様と対面する事になった。
以前は着物姿の日本人形のような格好をしていた揚羽様だったが、趣味が変わったのか今回はフリルのいっぱいついた黒い系のドレスに帽子を被ったゴスロリ系でサラサラした長い黒髪はクルクルと巻いて黒い巻髪のフランス人形のよう。また、畳の部屋だと言うのに外国製のごてごてした彫刻のついた椅子に座っているから少し不思議な感じ。
(……揚羽様の趣味っていったい)
僕がぼんやりそんな事を考えながら揚羽様を眺めていると、揚羽様は手に持ったフリルとモワモワした毛の付いた扇でチョイチョイと僕を手招きし、立ち上がって揚羽様に近づけばトスンと後ろで襖の閉まる音がした。
襖が閉まるとは思ってなかったし、香月さんが入ってくるものだと思っていた僕は思わず振り向いてしまう。
「別にとって食いはせんから安心しろ」
振り向いた僕に揚羽様がそういい、僕は「はい」と小さく返事をして揚羽様の1メートルほど前まで来て正座すると、スイッと立ち上がりひらひらスカートを揺らして僕の目の前に腰を下ろした。
「どうじゃ?少しは慣れたか?」
「は、はい、戸惑う所もありますが、仕事も屋敷にもかなり慣れました」
「そうか、それは良かった」
ニッコリ微笑んだ揚羽様に少しホッとして僕も表情が緩んだ。が、瞬間ニヤリとした揚羽様は扇の先端を僕の顎にあて、グイッと僕に上を向かせる。
「うぁ、え?あの……」
突然の事にオロオロとした僕に揚羽様はフフンと鼻で笑って扇を引っ込め、少し悪戯な微笑みを僕に向けた。
「しっかり、マーキングしてもらってるようだの」
「あ、えっと、その」
「ククク、良い。ココではそれが普通じゃ。逆にマーキングが無かったらお前は逃げ出していたかもしれんしな」
「逃げ出す……」
「素っ裸で飛び出していったヤツも居ったぞ。ま~この屋敷を探りに来た阿呆じゃから、相応のお出迎えをさせてもらったに過ぎんがな」
(素っ裸?探りに来たって?揚羽様って一体何者なんだろう?)
ホホホと楽しそうに笑う揚羽様の言葉の色んな場所に僕は疑問符を浮かべていたが、そんな事はお構い無しに揚羽様は更に続ける。
「で、そのマーキングは四ノ宮か?」
「はい、四ノ宮さんです」
「この半年、ずっとか?」
「そ、そうですけど。あの……」
「ふ~ん、四ノ宮のお気に入りって言うわけか。お前は受けなのだろう?四ノ宮はどう見ても攻めだからな」
「は、はぁ…(ってか、女の子がこんな事口に出すってなんだかな~)」
僕が少し揚羽様のちょっと下品な面に眉をゆがませると、揚羽様はそれが楽しいかのようにクスクス笑い、四つん這いになってニッコリしたと思った瞬間、すばやく僕の唇に自分の唇を重ね、間髪入れず舌をねじ込んできた。
「ンぐっ!」
驚いて体を後ろにのけぞらせたが、揚羽様が唇を離す事無く、そのまま僕の体の上に乗ってきて、まるで揚羽様に押し倒されたような形で僕は唇を奪われ続ける。
(え?えぇ?!ど、どういう事?!)
見開き驚きと疑問の瞳を揚羽様に向けたが、揚羽様は満丸で吸い込まれそうに綺麗な瞳で見返してきて、僕はドクンと心臓が跳ね上がるのを覚えた。
ドキドキする僕の心を知ってか知らずか揚羽様は少し色っぽい吐息を漏らし、僕もつい、四ノ宮さんとのクセで、口の中にある舌に舌を絡め始める。
捕まえようとすれば逃げる揚羽様の舌使いは四ノ宮さんと比べると四ノ宮さんの方が上手いけど、とても巧みで僕の頭の中心は揚羽様の甘い苺のような香りも合わさって溶けそうになってきた。
(あ……ヤバいかも)
僕がこのまま揚羽様に酔って溶けるのはまずい思い始めた時スッと揚羽様は僕から離れ、ゆっくり立ち上がり僕を見下ろす。
「フフフ、なるほど、良く調教されているようだ。四ノ宮に良く似た舌使いをする」
「あ、あの……」
「あぁ、すまぬな。ビックリしたか?」
クスクスと笑う揚羽様はクルッと向きを変えて始めに居た場所にあった西洋風の綺麗な彫刻が施された黒い椅子に腰掛け、僕は未だぼんやりとする頭のまま体を起こして座りなおし、揚羽様を見た。
「す、すみません。一体どういう」
ハッキリしない頭のまま聞くと、揚羽様は扇を開いて仰ぎながらニッコリ微笑む。
「本当ならココに勤めて半年の者は童に試されるのだ。そして本家に上がる」
「ほ、本家?試される??」
「ふ~、本当に四ノ宮は猫可愛がりしているのだな。何も聞かせてないとは。あの阿呆、言わねば免れるとでも思ったのか?」
「免れる?」
「ま、四ノ宮にキレられても童も困るでな」
「え?四ノ宮さんより揚羽様のほうが偉いんじゃ……」
「吉沢、意外にお主は古い考えを持っているんだな。年功序列という考えはこの椿館では通用せぬぞ。更に言えば、ココの人間関係を知りたければ良く人を観察する目を持つ事。この椿館、上下関係だけではないからな」
(年功序列とは思ってないんだけど。にしても複雑なんだな、ココの人間関係って)
四ノ宮さんの言葉や態度からココでの権力者的立場は揚羽様だと理解していた僕にとって、揚羽様の言葉は少し意外だった。
しかし、基本的に自分が一番下だと理解しておけば良いかと思っていたので、人間関係を知ろうとは思ってなく、揚羽様の言葉に僕は「はぁ…」と気のない返事を返す。
「フフン、さては吉沢、人間関係など必要ないと思ってないか?」
「え?!いや、その…」
「甘いな。ココは外の世界以上に人間関係を観察、理解するべき場所だ。まぁ、吉沢は拾い物だからな、理解しろと言われて理解も出来まい。全ては四ノ宮に聞けば分かることだ。四ノ宮の甘やかしもあるから吉沢に関しては試しも本家上げも無しじゃ。お主は本家に雇われておる訳でもない、ただの行き倒れじゃものな」
「あのぉ~話が見えないんですが」
「四ノ宮に聞くが良い。童が『ど阿呆、好きにせぃ』と言っておったと言えば教えてくれるじゃろ」
「ど、ど阿呆…」
「あぁ、あと四ノ宮に感謝することだな。そのマーキングのおかげでこれまで貞操が無事だったのだからな」
ニヤリと笑った揚羽様はパンと軽く手打ち、スッとあいた襖の向こうに居る香月さんに「四ノ宮を呼んで吉沢を引き渡せ」と頼んで部屋の奥へと消えていった。
揚羽様が奥に消え、香月さんがここで待ってろと言うので僕は暫くの間、襖の外の廊下でボケッと待つ。
揚羽様の部屋が近いせいか人通りは無く、静かな中で背を壁につけてジッと古めかしい廊下の電灯を眺めていた。
この屋敷に来て半年、はじめは戸惑ったココでの生活も慣れてきて、大学も無事進級。
生活に必死であまり考えた事はなかったが、あの揚羽様と言うのは一体何者なのだろうか?
神宮路家と言うのは昔は財閥と呼ばれた大きな家らしい。
四ノ宮さんはあまり教えてくれないが、メイドさんは結構おしゃべりで、食事をしている時や家事の手伝いをしている最中に上手く話せばポロポロ話が出てくる。
お金持ちで様々な事業を展開していて、政治の裏でも暗躍しているらしい。
でも、その話も女の子の噂話と言う感じで信憑性があるか無いかはさっぱりだ。
話してくれるメイドさんもメイドの中では下の方で、僕よりも年下の子ばかり。
上のほうに行けば行く程口は堅くて、メイド長の茜さん等はチラリと僕を見ると必ずチッと舌打ちをしていく。
この屋敷に働く人は大抵みんな口が堅い。
僕に至っては口が堅いというより、この屋敷の事を他の人に話した所で信じてもらえないだろうと話さないだけなんだけど。
久しぶりに何もしていない時間が出来、色々ぼんやり考えていると、廊下の向こうから背筋を伸ばし、いつも通りキリキリ歩く四ノ宮さんがやってきた。
「あ、四ノ宮さ…」
僕が声をかけ終わらないうちに、通り過ぎていく四ノ宮さんに手を取られ、引きずられるようにその場を後にする。
ただスタスタと前を歩いていく四ノ宮さんが何だか怒っているように見えた僕は質問をすることなく黙ってついて行った。
四ノ宮さんの部屋にやってきて中に入ると四ノ宮さんはドアを閉め、呆然と立っている僕のほうへ向き直り、頭から足のほうへと視線を走らせてから僕と視線を絡める。
「あ、あの、四ノ宮さん?」
雰囲気的にそういう時の四ノ宮さんはご立腹されているのだと学習している僕は逆らわないようにしようと唾を飲み込んだ。
ニッコリ微笑んだ僕の笑顔に四ノ宮さんの口がへの字に曲がる。
「俺に連絡せず、勝手に揚羽様の所に行ったな」
どうやら僕が勝手に揚羽様のところへ行った事に怒っているようだったけれど、僕は揚羽様に呼ばれたから行っただけでどうして怒られなきゃならないのか分からないままコクリと頷いた。
「だって、揚羽様の言う事は聞かなきゃいけないって四ノ宮さんが言ってたから」
「だとしても!一言俺に言ってから行くだろう?普通」
「…四ノ宮さん、用事があるって出かけてたじゃないですか」
あまりにも自分勝手な言い分の四ノ宮さんに、少々ムッとした僕が頬を膨らませてフンと背中を向ければ、四ノ宮さんのため息が後ろから聞こえる。
「それに、香月さんが言ってましたけど、これって定例みたいじゃないですか。教えてくれないなんて。僕、恥かいたんですからね」
「ふん、教えてやるつもりなんて無かったし、揚羽様の所に行かせるつもりも無かったんだよ」
「え?」
「前もって手を回そうと思ってたんだが、揚羽様の方が一枚上手だったんだ。まさか俺の留守を狙うとは……」
「はぃ?」
「しかも絶対企んでたはずだ。俺に用事を言いつけて遠ざけたんだからな」
ブツブツと呟いてイライラしている四ノ宮さんの声に少し振り向いて見れば、四ノ宮さんは珍しく爪を噛んで少々焦った風な表情をしていた。
四ノ宮さんのおかしな様子に僕は首をかしげて聞く。
「あの、四ノ宮さん。企んでたとか、一枚上手とか何の事ですか?」
覗き込んで聞く僕に視線を落とした四ノ宮さんはいきなり僕の洋服を脱がせ始めた。
「ちょ、ちょっと四ノ宮さん!昼間っから何を」
シャツのボタンを外され、僕は慌てて開かれたシャツを掴んで閉じたが、四ノ宮さんの手は僕のベルトにのびて僕は後ずさってその場にしゃがみこむ。
突然の事に僕ははだけた胸を隠すように体にシャツを巻きつけた僕に四ノ宮さんは覆いかぶさるように床に両手をついて、僕をその両腕の中に閉じ込めた。
「隠すな」
「隠すなって…隠すに決まってるでしょう。こんな昼間から」
「今更隠さなくてもいいだろ?お前のは全部知っている」
「ぜ、全部ってそりゃそうでしょうけど…」
どんな状況になっても偉そうな四ノ宮さんの言葉の一つ一つに僕は思わず赤面してドキドキさせられてしまう。
もじもじと後ずさる僕の背中に腕を回した四ノ宮さんは、僕を抱きしめて視線を下にフンと鼻息をかけた。
「分かっていると思っていたが、まだお前は分かってないようだな」
「な、何がですか?」
「俺はやるといったらお前の事に関しては俺はやるってことをだよ」
「わ、分かってますよそれ位」
「なら隠すな。脱げ」
シャツを抑えている僕の手首を握って無理やり手をどかそうとする四ノ宮さんに抵抗する。
「理由くらい教えてくれてもいいでしょ!マーキングは…昨日した所じゃないですか」
上目使いに睨みつけて、少し恥かしいけれどマーキングの事を口にした僕。
そんな僕に「それは反則だって言ってんだろ?」と言って少し頬を赤くし四ノ宮さんは視線を外してムッと口を尖らせた。
じっと見つめる僕の視線にチラチラと四ノ宮さんの瞳がぶつかって、最後には四ノ宮さんがため息をつく。
「分かったよ。全部話してやるから、とりあえず全部脱げ」
「え?いや、どうしてその話の流れで全部脱げになるんです?」
「いいから脱げ。脱いで体を全部俺に見せろ」
「…だから、どうしてそうなるのかと言う部分の説明は?」