小说下载尽在http://bbs.txtnovel.com--书香门第【duansh1204】整理
附:【本作品来自互联网,本人不做任何负责】内容版权归作者所有!
クリスマスなんて、知りませんっ…!?
プロローグ
--------------------------------------------------------------------------------
「六本木の遮那王」なんて言われている社長だけれど、俺に言わせれば、 ヤな王だ。
学生時代、20歳そこそこでベンチャー企業を起ち上げたという伝説の男、風巻要司。
現在26歳の彼は、大手企業の株を買い占め、今や時代(とき)の男である。
185だという長身、欧米人とひけをとらないルックスの良さ。人目をひく恵まれた容姿。
切れ長の鋭い瞳。
ときどき目を細めて人の顔を見つめるので、視力が悪いのかと思っていたら、視力は1?8なのだという。
昨今0?0代も珍しくないご時世に、なんておめでたい視力なんだ。
おかげで、パソコンで遊ぶ社員や私用メールをやりとりする社員は皆無である。
社長のデスクは一般社員のデスクと同列に配置されており、そこから社員のパソコンの中味まで、驚異の視力で丸見えだからだ。
まあ、それはそれでいい。
この会社の仕事内容に、俺は不満を持っていないし、むしろ日々充実している。
俺はネットを使った仕事をばりばりやりたかった。
社名は『Ventーーヴァンーー』 フランス語で風の意味。
時折テレビやマスコミで取り上げられたりしているので、世間一般でもよく知られている社名と社長だ。
だから、この社長に憧れて入社する社員は少なくない。
俺、松尾永利もその一人だった。
今年の春、経済学部を卒業し、第一希望のこの会社に見事就職できた俺は、自分の仕事に誇りをもって今日までやってきた。
ずっと尊敬し続けてきた風巻社長。
入社後も、その尊敬の念は変らなかった。
自分もいつか社長のようになりたい。
彼の技を盗んで、自分も会社を興してみたい。
が、が、つい一月前、その尊敬と憧憬の思いが、一気に崩壊する事件が起った。
俺にとっては一大事件だ。あっちにとってはどうなんだかまったく計り知れないが。
とにかく、先月のあの出来事以来、社長への疑惑は深まり、彼の顔を直視できなくなってしまった。
だから俺は、今日も深い悩みの中にある。
その苦悩の理由はなんなのか、そんなこと誰にも言えない。言えるわけがない。
とにかくこの一ヶ月間、俺は黙々と自分の業務をこなすだけだった。
あれは悪い夢だったと自分に言い聞かせながら……。
きっとあの悪夢はすぐに忘れてしまうに違いないと思っていた。
が、いつまでたっても消えやしない。
そしてなんの問題解決もなせぬまま、ついに今日、恐怖のクリスマスイブを迎えてしまった。
オフィスの壁際に設置されている大型モニターに、がががっとノイズが入り、風巻社長の顔が映し出された。
移動中のリムジンに乗っている社長から、社員向けにメッセージだ。
朝9時ちょうど。朝礼の時間。
150人ほどいる社員は、全員モニター前に集合し、直立不動で社長からのメッセージを拝聴する。
「おはようございます。風巻です」
社長の挨拶に社員一同が
「おはようございます!」
大きな声でモニターに向かって挨拶をする。
社長といっても26才。いわゆるベンチャー企業のIT関連会社であるこのオフィスは、六本木ヒルズの高層ビル31階に構えている。
社名は『Ventーーヴァンーー』 フランス語で風の意味。
企業のウェブコンテンツ作成代行、管理、通販システムの管理、その他、ネット関連の隙間的なビジネスを行うのが主な業務内容だ。
形式張ったやりかたを嫌う風巻社長は、普段はスーツなどめったに着ない。いつもポロシャツにトレーナー、流行とかけはなれた変なパンツだ。
今日なんて、トナカイ柄のざっくりセーター姿だし。
とにかく、毎朝の朝礼に参加できないときは、こうして移動中のリムジンの中からメッセージを発してくるのだ。
彼は続けた。
「今日、12月24日は、わが社にとっても素晴らしい一日になるでしょう。
鎌倉新古都アウトレットの公式ホームページが、いよいよ今日の夕方、5時にオープンするわけです。
チームスタッフのみなさんは、すでに準備万端と思いますが、その最終チェックを怠ることなく、最後まで気を抜かずにがんばってください」
今我々がかかえている一大事業について、彼はまず触れた。
来年の年明け早々、鎌倉の駅前エリアに新しいアウトレットがオープンすることになった。
鎌倉の美しい伝統や文化、景観を守りつつ、新しいものもとりいれていくという
まさに“新古都”といったコンセプトをもつアウトレットだ。
鎌倉の老舗、海外の最新ブランドなど100以上の店舗がそのエリア一帯に立ち並ぶ。
それに先駆けて、今日、12月24日の夕方5時に、公式サイトがオープンするのだ。
本来ホームページといえば、午前0時に起動させるのが普通だが、
先方の事情で、ちょっと半端だがこの時間にオープンとなった。
来年の開店までは、アウトレットの宣伝、プレ情報などが主なコンテンツとなる。
実は、その責任者が俺なのだ。
「プロジェクトリーダーである松尾君をはじめ、スタッフのみなさん、大変お疲れ様でした」
いきなり俺の名前が告げられ、予想はしていたが、ドキンと心臓が一拍分はねあがった。
それから社長は他の業務についていくつか触れた後、少し間を置いて、穏やかに言った。
「ところで、今夜はクリスマスイブですね。しかも花の金曜日。みなさん、予定はどうですか?」
社員の間から、くすくすっと笑う声が漏れてくる。
「まあ、うちの会社には、クリスマスもイブもありません。と、去年までは言っていたのですが、今年はちょっと朗報を」
言いかけて彼は一呼吸置く。社員の反応をうかがうように。
「実は大手紳士服メーカー『トナカ』との提携が決まりそうなのです。
今から私は、トナカの代表取締役と会ってきます。
事実上の買収です。どうか話し合いが成功しますよう、みなさんぜひ祈っていてください」
士気に満ちあふれた社長の宣言に、社員一同から歓声があがった。沸き起こる拍手。
社長は意気揚々とした表情でふっと微笑むと
「私は必ずや、トナカを買収してみせます。勝算はあります。
そうしましたら、社員の皆様には、特別な臨時ボーナスをもちろん支給いたします。
私からのささやかなクリスマスプレゼントと思って、どうぞ期待して待っていてください。
必ずや私はみなさんの、いや、世間の期待に応えてみせます。
通常こういった話は、正式な契約が締結したあとに公表するものですが、私は前もって
勝利宣言することによって、より皆さんにも「ビジネス」の士気と闘志を高めてほしいと思い、そしてなにごとも有言実行であろうとするわが社のポリシーを伝えるべく、こうして社員のみなさんに、敢えてお話ししています」
力強い若社長の宣言に、社員一同から感嘆と尊敬のどよめきが起こる。
社長は自信満々の笑みをその端正な顔の上に浮かべると、左手をすっと挙げ
「では。本日の朝礼はこれにて終了」
社員一同の割れんばかりの拍手の中、モニターの画面がノイズとなって、やがて消えた。
思いがけない臨時ボーナス支給の話に、社員は沸き立つ。
「さすが、六本木の遮那王だ」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
六本木に若くして新風を巻き起こした社長は、世間からもそんなふうに評されている男だった。
臨時ボーナスか。
俺もたしかにそれには心が浮き足立った。
が、それよりも、鎌倉新古都アウトレットのサイトのことで頭がいっぱいだった。
そのウェブコンテンツを作成管理するのが、俺達のチームの仕事で、俺はその責任者なのだから。
新アウトレットの広報担当者と、メールや電話で何度もやりとりをかわす。
ホームページのアドレスを先方に送り、最終チェックをしてもらう。
最終的なOKを先方からもらえたのが、もう午後の2時近かった。
とりあえず、やった!
これであとは夕方5時を待つばかり。
俺は昼飯を食べそこなっていたことに今ごろになって気がつき、ビルの隣りのコンビニへおにぎりを買いに行った。
コンビニから戻ってくると、女子社員の木下さんが、ポインセチアの鉢植えを持って、窓際をうろうろしていた。
「なにしてるの?」
俺が近づいて声をかけると、彼女は
「あ、松尾さん。お疲れ様です。このたびは、鎌倉新古都アウトレットのホームページ開設、おめでとうございまーす」
華やかな声でお祝いをしてくれた。
「まだだよ。オープンは3時間後だし。これで終りじゃなくて、これからがスタートだからね」
俺は自分自身を叱咤激励するように答えた。
「あの、このポインセチアなんですけど、窓辺に飾ってもいいですよね?」
木下さんは、持っていたポインセチアを俺に見せ、許可をとろうとしている。
「そうだね。まあ社長も言ってるように、この会社にはクリスマスなんて関係ないけど、でも花くらい飾ってもいいよね。じゃあ、その出窓に置いとこうか。僕が運ぶよ」
俺は彼女から鉢を受け取ると、出窓に飾った。
すると彼女は、
「あの、松尾さん、これ」
差し出されたのは、サンタクロースのキーホルダーだ。
「これ、よかったらどうぞ」
「え? 俺に?」
彼女はうなずくと、他の社員に気づかれないよう、そっと俺の手に握らせた。
俺は驚いた。でも悪い気はしない。
彼女とは以前同じプロジェクトのメンバーだった。
そのとき残業などで、何度か一緒に食事をしたこともある。
プロジェクトが終わった後は、あまり話す機会もなかったが。
突然のプレゼントではあったけど、かなり嬉しい。
これはつまり、そっちの意味に受け取ってもいいのかな?
俺はおにぎりを食べながら、キーホルダーを片手でぶらぶらさせた。
周囲の社員たちは、自分の仕事に没頭してだれも俺のほうを見ていない。
他の連中にも、同じようにキーホルダーを渡したのだろうか?
特別な意味に受け取るのは、まだ早いかな?
そこが気になるところが、でも、ちょっと賭けてみようかと気になってきた。
思い切って誘おうかな。
だいたいクリスマスなんて、俺には一生縁がないと思っていたんだ。
高校時代、女子大生のお姉さんとつきあっていた俺は、クリスマスにこっぴどくふられた。
3時間も渋谷のツリーの下で待っていたのだが、彼女はなんと、他の男と俺の目の前を通り過ぎていったのだ。
俺のことなどそしらぬ顔で。
結局俺は、単に弄ばれただけだった。
もちろんこっちはまだ高校2年生で、むこうからみればただのガキ、お遊びだったんだろう。
お姉さんが、年下の少年を弄ぶ。ありがちな構図だったんだよな、今にして思えば。
半分やけになって渋谷の街をうろついてたら、変な男に声かけられて、付きまとわれて。必死で逃げまわったっけ。
そういうシュミの男がいるという話はきいたことがあったけど、初めて出会ったことだった。
自分がまさか男に声かけられるなんて、思ってもみなかった。
それ以来、女性不信とホモ嫌いが一気にやってきたんだ。
でも、木下さんならいいかも。
最近の女の子にしては珍しく純情そうだし、他の男と二股かける、なんてことはありえないだろう。
俺は、彼女のあとを追いかけた。
彼女は給湯室に向かったようなので、俺も飲みかけのお茶におかわりを淹れるつもりで、給湯室へ行ってみた。
給湯室の前まで来ると、奥から声が聞こえてきた。
「だから、松尾さんにあげることにしたの。あのキーホルダー」
木下さんの声がする。
俺のこと話しているのか?
俺は思わず立ち聞きしてしまった。
「そう、結局松尾さんにあげたんだ。よかったじゃない」
「松尾さんは、前に一緒に仕事したけど、すごくいい人だったから。仕事もできるし」
「でも、木下さん的にはいい人止まりなんでしょう? いつもそう言ってたじゃない」
もう一人の女の子は、木下さんと親しくしているらしい同僚だ。
え? いい人止まり?
俺はその言葉に、なにか雲行きがあやしくなるのを感じていた。
「でも残念だったね、風巻社長」
その同僚が言葉を続ける。
すると
「うん、残念だったけど、仕方ない。もうあきらめた」
その声は紛れもなく木下さん。
俺はえ?と思い、ますます耳を傾けた。
木下さんの声が続く。
「私、春に入社したときから、社長のことが大好きだったの。社長目当てで入ってくる社員は多いけど、私はもっとこう恋愛感情で好きだったんだよね。
だから何度もアタックしたんだけど。その度に、いつも笑ってるばかりで答えてくれなかった」
「でも木下さん、チャレンジャーだよ。すごいよ。あの社長にそこまでできる人いないって」
「ありがとう。だからあのサンタのキーホルダーが勝負だったの。
あれを受け取ってくれたら、告白しようって。でも昨日、あっさり断られちゃった。
ごめんね。自分にはもう好きな人がいるんだって……」
ぐすっ。
涙に声をつまらせているようだ。
俺はショックだった。
サンタのキーホルダーって、あのキーホルダーか?
なんなんだよ。どういう意味だよ、いったい。
同僚の子が彼女を励ましているのが伝わってくる。
「でも、すごいよ、木下さん。ほんとよくがんばったよ」
「私、勢いあまって、社長の好きな人って誰ですかって聞いちゃった。名前だけでも教えてもらえたら諦められると思って」
「うん、分かるよその気持ち」
「そうしたら、まだ自分の片思いなんだって。それもちょっと驚いた」
「え? あの風巻社長が片思い? 信じらんなーい。けどそれなら木下さん、まだ可能性はあるんじゃない?」
「ううん。無理みたい。その恋はすごくハードルが高くって、実る可能性はとっても低いって。
新しいビジネス展開するより勝算は少ないって……」
「へえ……あの自信家の社長がねえ……」
「だから、たとえその恋が実らなくっても、他のだれともつきあう気持ちは今はないんだって……」
「そう……切ないねえ」
「切ないよねえ」
それからぐくっと鼻を拭う音がした。あとは
「でもその相手ってだれだろう」
「あの負け知らずの社長が勝算がないなんて意外だね。不倫かな」
「うん、ゼッタイ不倫だと思う」
「きっとどっかの大会社の社長夫人とか。セレブのマダムだよ」
などと言い合うひそひそ声が聞こえた。
俺はそれ以上聞くに堪え切れず、だまって給湯室を後にした。
俺は自分のデスクに戻ると、キーホルダーを引き出しにしまった。
「代表取締役」のプレートがたったデスクをぼんやりみつめる。
整然と整理整頓されているその机。
ほとんどの社員はこの社長に憧れて入社する。俺の志望動機も例にもれずそうだった。
だけど最近、この社長のことが俺にはわからなくなっていた。
なにが、六本木の遮那王だ。
俺に言わせれば、ヤな王だ。
木下さんが可哀想だ。せっかく告白したんだから、デートくらいしてやったっていいじゃないか。
クリスマス直前に断るなんて、やっぱりオニだよな。
しかも不倫?
じゃあ、あれはなんなんだよ?
俺にあんなことしておいて……あれはなんだったんだよ?
木下さんのことより、自分自身の身の上に起きたことをぼんやり考える。
ぼうっとしているうち、周囲の目が気になりだした。
俺はその場にいづらくなり、パソコンを閉じると席を立った。
アウトレットも一段落したし、少し一人になりたい。
飲みかけのお茶だけ持って、俺は空いている会議室に移動した。
誰もいない静かな会議室。
さめた日本茶をすすりながら窓際に寄ると、ガラスの向こうの下界を見下ろした。
ずっと下のほうに見えるケヤキ坂通りにはフィギュアのような車が往来し、豆粒大の人間の頭が行き来している。
静かな空間で、俺は、1ヶ月前のことをまざまざと思い出していた。
★☆★☆★☆★☆★☆
★☆★☆★☆★☆★☆
★☆★☆★☆★☆★☆
1ヶ月前。11月20日。
その日、俺は、新規顧客の契約をとりつけた。
それが『鎌倉新古都アウトレット』の公式サイトを作成、運営していくという仕事だった。
しかもホームページづくりだけでなく、アウトレットの商品の通信販売、会員クラブの管理まで任されるという大規模なもの。
今年4月に入社した同僚の中では、一番早く一番大きな仕事を取りつけてきたことになる。
俺を含めたチームスタッフ4人で軽くお祝いした後、俺はさっそく夜遅くまで残って、アウトレットのサイトづくりのプランを練り始めていた。
獲得した仕事が嬉しくて夢中でプランを立てているうち、いつのまにかオフィスには俺一人になっていた。
夜の11時をまわったが、俺はなかなか仕事を切り上げようという気にならなかった。
11時半を過ぎたころだったと思う。
尊敬する風巻社長が、日帰り出張から帰ってきた。
「おう、随分青くなったな」
ケヤキ坂通りの両側を彩るブルー系のイルミネーションを見下ろしながら彼は言った。
「ええ、今日が点灯式だったんですよ」
俺は答えながら、彼にコーヒーを淹れるため立ち上がった。
数時間ぶりに椅子から立ったので、ケツが痛いくらいだった。
「いいよ、自分でやるから」
社長は俺を遮ってセルフサービスを申し出た。
「いえ。お疲れでしょうから。自分もちょうど休憩とるところだったんです」
俺が二人分のコーヒーをいれると、
「聞いたよ、新規契約とりつけたって」
彼は背後から声をかけてきた。
「はい」
答える俺の声も思わず弾む。
「それはおめでとう、松尾君。君の同期の中では一番の手柄だな」
「ありがとうございます」
俺がさらに声をオクターブ高くあげて礼を言うと、彼はうなずき、それからオフィスを出ていった。
しばらくして戻ってきた彼の片手には、ワインが携えられていた。
「隣りのコンビニで、チーズケーキとボジョレ?ヌーボー買ってきた。乾杯しよう」
なんだかすごく嬉しかった。すべての幸先がいいような予感がした。
社長が紙コップ二つにボジョレ?ヌーボーを注いでくれる。
手渡されたボジョレ?ヌーボーに、俺はしだいにほどよく酔っていった。
半分も飲まないうちに、ふわりとした感覚が体を生暖かく包み込んできた。
チーズケーキもうまかったので、すぐに平らげてしまった。
「下界はもうすぐクリスマスか」
社長は窓辺から六本木の町並みを見下ろしてつぶやいた。
彼は六本木を歩く一般人、普通人を「下界の人間」と呼んでいた。
そんな人を見下したような言い方も、彼が口にするとなぜか嫌味に聞こえず、むしろ彼にふさわしい表現な気がして、俺はますます尊敬の念を強くした。
今日も普通のトレーナーにジーンズ。すこしも気どったところがない。
185の長身、切れ長のきりりとした瞳。しかもその視力の良さ、視野の広さはパノラマサイズだ。
まさに六本木の遮那王だと、俺もその凛々しい横顔を拝みながら思っていた。
彼はその視力の良さを使って、イルミネーションの数を数え始めた。
俺も一緒に数えようとしたが、さすがに目が翳んでしょぼしょぼしてきた。
今日は一日サイトづくりプランでインターネットの画面を見つめていたので、目が疲れている。
俺は窓から目を離すと、両目を閉じて瞼を指で圧した。
「どうした?」
「あ、ちょっとパソのやりすぎで、目が翳んで」
「そうか。ご苦労さん。肩凝りもあるんじゃないか?」
「いえ、それは大丈夫です」
23才で肩懲りは情けないが、本当はかなり凝っている。
社長は俺の後ろに回ると、急に肩を揉み始めた。
最初はくすぐったかった。が、彼の大きな手で肩を揉みほぐされていくうちに、だんだん気持ちよくなってきた。
「どうだ、 気持ちいいだろう?」
「はい」
それから彼は、後ろから俺の顔を覗き込んできた。
「目薬、持ってるか?」
「はい」
俺は自分の机に戻って目薬をさそうとした。
が、あいにくきらしてしまって、逆さにふっても一滴も出てこない。
「どうした?」
「いえ、もうなくなっちゃったみたいで」
俺が答えると、彼は自分の「代表取締役」のデスクに行き、きちんと整理された机の上に置いてある目薬をつかんだ。
「これを使うといい」
「え……でも」
俺が遠慮すると
「君は今日からビッグプロジェクトのチームリーダーなんだ。ネットビジネスは目が命。
しっかり目に栄養補給してあげるように」
「はい。ありがとうございます」
社長の目薬なんて恐れ多いと思ったが、仕事が仕事なので必要だ。
俺は彼の目薬をお借りすることにした。
が、俺がいつも使っているものより容器の先端が細くなっていて、うまく液体が目に入らない。
液体がたらっとこめかみのほうに流れてしまった。
「泣いてるみたいだな」
社長は笑うと
「ほら、上向きな」
俺の左目、右目と順番に目薬を差してくれた。
少し垂れた液体を彼の長い指が拭う。
見慣れている彼の指先なのに、改めて間近見すると、爪や関節の辺りがとても綺麗な形をしていることを発見した。
例のトラウマで男に触れられるなんてイヤなはずなのに、なんだか社長の指先で目尻からこめかみをすうっと撫でられると、それが目薬を拭うためだとわかっていても、
変にドギマギするような、頬のあたりがふつふつと煮えてくるような妙な気分になってしまった。
「どうした、頬が赤いぞ?」
冷やかされてはっとしたときには、もう社長は俺から離れて目薬を自分の机の定位置
に戻していた。
「綺麗だな」
いつのまにか社長はグラスを片手に、窓べに寄り添って、ガラス張りの窓から外の夜景を見下ろしている。
「そうだ、電気消してみない?」
彼は思いついたように声を弾ませた。
「そうですね」
俺もちょっとおもしろくなって、社内の電気をすべて消した。
ガラスの向こうの世界、はるか下のほうで、青いイルミネーションがきらきらと点滅している。
「海みたいですね」
深い青さが真下一面に広がっているのを、俺はちょっと感動しながら見下ろした。
「ああ、海みたいだな」
社長も同意してうなずいた。
イルミネーションは下から見上げるものだと思っていたが、上から見下ろすのも、また綺麗なものだった。
「だけど、どちらかというと、青いダイヤかサファイアのように俺には見える」
社長はそう言い、少し頬を緩めて微笑んだ。
ブルーダイヤと聞いて俺も思わず
「タイタニックを思い出しますね」
なんて、なつかしい映画を思い出しながら相槌を打つ。
こうしてはるか下を見下ろしているうちに、なんだか吸い込まれるような引き込まれるような錯覚に陥ってくるから不思議だ。
「でも、ときどきこうしてると、ふっと飛び降りたくなったりするんです」
いつのまにか俺は、そんなことを口走っていた。酔いがまわっていたのかもしれない。
社長もいつになく優しげでおだやかな表情で、俺の話を聞いてくれている。
不意に俺は、誰にも言ったことのない話を打ち明けたくなってきた。
「俺、子供のころ、高層マンションに住んでたんです。でも両親はいっつも留守がちで。おばあちゃんに育てられたんです。典型的なおばあちゃんっ子」
「そう」
「お仕事が忙しいってことだったんだけど、つまりは二人とも他に恋人作ってたんですよね。ダブル不倫ってやつ。もう夫婦仲なんて冷え切っていたんですけど、俺がまだ小さいから離婚は出来ないって。それを俺の目の前で何度も言うんです。
お前がいるから離婚できない。お前さえいなければ自由になれるのにって。母親には何度も言われて」
「そうだったんだ」
「俺、何度もマンションの屋上から飛び降りようとしたんです。でもおばあちゃんがいたから、俺が死んだらおばあちゃんが悲しむだろうなって、それだけで思いとどまって」
「そうか」
「あのときの記憶が染みついてるのか、高層ビルにいると、俺、飛び降り欲求がわいてくるんです。まあ、人間の本能かもしれませんけど」
「それなら松尾君、よくこの会社に就職したね? 落ち着かなくない?」
「そうですね。でもきっと乗り越えたかったのかもしれません。そういう自分の限界とかに挑戦してみたかったのかも」
「そうか」
社長もそれ以上何も言わない。妙に静かになった。沈黙がちょっと息苦しい。
俺はなにか言わなくちゃいけないような衝動に駆られた。
「俺、この仕事に失敗したら、こっから飛び降ります。宣言します」
窓を見おろしながらいつのまにかそんなことを口走っていた。
俺としては、酔った勢いもあった。本気で言ったわけじゃない。
なんだかこの率先垂範の社長の波長にのせられたような、そんな気持ちにもなっていた。
すると、社長がいきなり紙コップを近くの机に置き、次の瞬間、その机を両手でバン!と強く叩いた。
「そんなこと言うな!」
彼は厳しい顔をして、突然声を荒げたのだ。
「飛び降りるなんて、2度と言うな!」
彼がいきなり怒りだしたので、俺は驚いて身をすくめた。
「え? 俺、何も本気で言ったわけじゃ……」
「本気じゃないならなおさら始末に悪い」
顔をしかめる社長。
「いえ……だって社長、いつも死ぬ気でたたかえって」
「そういう意味じゃない」
「でも俺、そのくらいの気持ちです。清水の舞台じゃなくて、この六本木ヒルズの高層ビルから飛び降りるくらいの気持ちで、俺、この仕事がんばり……まっ……んっ…?」
俺は二の句が告げなかった。
いきなり唇をなにかにふさがれたから。
生あたたかく、湿ったなにか……。
ワインのにおいがした。
そう、俺の口をふさいでいるのは、風巻社長の唇だった!
驚いて、俺は動けなくなった。
社長はいつのまにか、俺の腰に両手をまわして俺を捕獲していた。
そして、俺の唇から自分の唇を離すことなく、ずっとその体勢をくずさなかった。
俺は、ひっついたままの唇を引きはがそうとして、顔を背けた。
が、彼の両手に頬をはさまれた。俺の顔は固定されて動けなくなった。
彼の唇は密着したまま、今度は彼の舌が入り込んできた。
それから、彼は俺のワイシャツのボタンを外し、手を差し入れてきた。
乳首がつままれる。
っんんんっっ。
拒みたいのに、反対の声しか出てこない。
彼がようやく唇を離した。
その唇が俺の右耳に寄せられる。
「可愛い顔して……あんまり奇抜なこと言って脅かさないでくれよ」
彼はそうささやく。
脅かすって……脅かされてるのはこっちだろう。
言いかけたとき、その舌が俺の耳の中に差し込まれた。
「やめっやめてください!」
俺が言うと、彼はその舌を出し、今度は耳朶を軽く噛んだ。
耳から首すじに、じわっと毛が逆立つような感覚が沸き起こる。
それは、嫌悪感じゃなかった。
困ったことに、何か別の感覚だった。
すると彼は、舌を首筋にあててきて、舐めてきた。
「やめてください……猫じゃ、ないんですから……そんなところ舐められたって……」
「いや?」
彼は舐めるのをやめずに聞き返す。
いや……ではないらしい。
いや。本当はいやなはずだ。
どっちなんだ、松尾永利! しっかりしろ!
自分が置かれている状況を必死に理解しようと頭を働かせる。
社長が今していることは、もしかしたらまったく別の意味合いなのかもしれない。
ヒルズ族の新しい挨拶とか?
いや……まさか。そんなバカな……。
俺が戸惑っていると、彼は舌を鎖骨に降ろしてきた。
「深いな」
彼がつぶやく。
俺の鎖骨がでっぱって池のようになっているのを言ってるのだろうか。
「ここにキャンドルが立てられそうだな」
変な例えをされて、俺はようやく我に返った。
俺は社長を思い切り突き飛ばした。
いくら身長差があっても、俺だって男! 体力がないわけじゃない。
俺に突き飛ばされた社長は、机にぶつかった。
ワインの紙コップが床に落ちそうになる。
社長はさっと姿勢を正すと、紙コップをあわてて押えた。
すると彼はそれを持ち、一口飲んだ。
それからじわりじわりと俺のほうにせまってくる。
「な、なんですか」
後ずさりながら俺は言った。
「これ以上近づいたら、」
「近づいたら?」
「俺、ほんとにここから……」
「飛び降りるって言うのか? 」
彼の言葉に俺はうなずいた。
「なら、やってみろ。いますぐに!」
彼が迫る。
が、31階のガラス窓が開くはずもない。
俺はガラスに頭を押しつけた。
彼はもう一度ワインを口に含んだ。それから俺の顎を指でとらえ、上を向けさせると、ワインを口移しで飲ませた。
俺は抵抗したが、ぐっとワインは喉を通ってしまった。
俺の顎までワインが流れる。
顎のワインを彼は膝を折り曲げると丁寧に舐めとった。
俺の頭の中はもう真っ白だった。
「男同士でこういうのは、イヤか?」
彼が聞いてきた。
「あったりまえです!」
俺は精一杯の力をこめて拒否の意思を伝えた。
「ぜったい受け付けない?」
彼はなおも聞いてくる。
「ゼッタイいやです!! おとこわりでっすっ!!!」
こっちも頭に血がのぼっているので、力任せに怒鳴ってやった。
すると彼は、ただでさえつり上がっているその目をさらに細くつりあげて、俺の顔をじっと見つめた。
俺は羞恥心から顔をそらせた。
「かわいい顔しちゃって……気が強いんだな」
「な……なにを……」
「ま、そういうところがあるだろうと見越して採用したんだけどな。やっぱり俺の先見の明はたしかだったな」
「……視力自慢ですか?」
思わず言うと、彼はちょっと不意を突かれた顔をして、ははっと笑った。
「だけどね、松尾君。君はイヤだと思っていても、君の体はけっしてそうは思っていないみたいだよ」
彼は言いながら俺に再び手を伸ばしてきた。
そして、Yシャツのボタンがはずされた場所から、またもや指を差し入れてきた。
乳首が性感帯のネットになったように、快感が網状に広がっていく。
俺は思わず目を閉じた。
「ふつうの男は、そっちの気のない男なら、ここをいじられて勃ったりはしない。
気持ち悪がるか、せいぜいくすぐったい程度のはずだ。でも、君のここは、しっかり反応しているね」
「………」
「自分でわからない? 君の乳首はしっかり勃起しているんだよ、男の僕にいじられてね。
しかもほら、まだ右側しか触っていないのに、なぜか左までピクンって勃ち上がってる。
すごいね。自分で気づいてなくても、君はこっちの世界の人間だよ」
「……なにっ…」
言葉で嬲られるとは、こういうことを言うのだろうか。
つままれているのは右側だけのはずなのに、左の乳首まで、なぜか気持ちよさの網が大きく広がっているようだった。
そっちにも触ってほしい。指先でつままれたい。
俺の左乳首は、なんともアホたらしい主張をはじめているではないか!
「そこもいじられたい? こうしてつんつんつまんでほしい?」
わかっているくせに。わざと聞いてくる意地悪な男。
俺は自尊心をかけても、そこをいじってほしいとは口にしなかった。