すると俺の反応をうかがっていた目の前の男は、俺のネクタイをつかみ、その先っぽで
俺の左乳首をつんつんと刺激した。
「あっ」
思わずへんてこなうわずった声をあげてしまう。
「こんなもんでちょっと先っぽをいじられただけなのに、もうそんな甘ったるい声を出すの? そんなに気持ちいい?」
男は言いながら、さらにネクタイの先端で俺の乳輪に沿ってまるく輪を描くように
くるくる刺激し始めた。
俺の乳首はそのくすぐったいような感触にさらに異常なほど敏感になり、もう乳首全体が
ピンと張り詰めて、前に張り出してしまいそうだ。
背骨のほうまで甘い疼きに痺れていく。
「ここがこれだけ勃起してるんだから、下のあれなんて、もっと大変なことになっているんだろうね」
彼は、俺のネクタイをといた。
俺は彼の手をつかんで動きを阻止しようとしたが、酔ってふらふらした体には力がはいらず、彼と互角に戦えない。
それでも必死に抵抗を試みる。
だが、一日中ネット漬けでぼんやりとした頭、全身にだるい疲労感を覚えていた俺は、
悔しいが目の前の男の力に勝つことができなかった。
知らないうちに俺の背中は、ガラス窓にぐいっと押しつけられていた。
そして、いつのまにか、手首をネクタイで縛られてしまっていた。
信じられない!
すごい早業だ!
「ほ、ほどいてください……」
俺が懇願すると、彼は
「うん、いまほどいてあげるよ」
と優しく答えた。
俺はほっとした。
が、その安堵もつかのま。なんと彼は、今度は俺のズボンのベルトに手をかけたのだ!
「ほどいてくださいって言ってるじゃないですか!」
俺は切羽詰まった声をあげた。
「うん、だから、今ほどいてあげるよ。このベルトをね」
彼は答えながら、こともなげに、ベルトをズボンから抜きとった。
「!」
俺はもうどうすることもできなかった。
窓ガラスに押しつけられ、手首を縛られて、しかも今度はズボンのベルトまで……。
これからされることがあまりにも生々しく想定され、俺の体はただこわばって本当に動けなくなってしまった。
暴漢などのおそろしい目に遭ったとき、なぜ逃げなかったんだ? どうして抵抗しなかった? よく被害者がそう責められる。
だけど、本当にそうなんだ。
恐怖に体が凍りついて、手も足も動かせなくなる……そんな事態がほんとにあるんだ!
俺はそれを、生まれて初めて体験した。
「鬼畜!」
俺は思わず叫んだ。
唯一自由の許された口でしか、目の前の鬼を退治することはできなかった。
そして、そんな俺の気持ちを見透かすように、鬼は俺を見下ろした。
やがてゆっくり、ズボンのジッパーが下げられる。
静寂なオフィスに、カチャカチャという金属音が、玩具のように鳴り響く。
俺はオモチャか?
イケナイ遊びにつきあわされる、玩具なのか!?
そんなのはいやだ!
「お願いです。もうこれ以上はやめてください」
俺はプライドを捨て、最後の懇願をした。
彼はじっと俺の目を見つめている。
俺は堪え切れずうなだれた。
「やめてあげるよ、いつだって。君の体が少しでも“嫌がって”いるのならね」
彼は、言葉の尻のほうで語気を強めた。
つまり……俺の体は? 俺の全身は……心と真逆の反応をはじめているというのだろうか?
俺の頭はさらに混乱を深めていった。
こんがらがって、もうなにも考えられそうにない。
だんだん肩から力が抜けて、脱力感をおぼえていく。
その間に、俺の股間、ジッパーのあたりに、ふたたび熱いものがあてがわれた。
彼が俺のズボンのジッパーを下ろすとき、彼のその長い指先が俺の下着に触れ、布越しに彼の指の熱さを感じる。
彼もそれに気づいたのか、一度下ろしかけたジッパーをふたたびゆっくり上に引き上げる。
そしてまた、ジーッとゆっくり下に引き下げていく。
それからまた引き上げて……。なんどもジッパーを往復してゆく彼の指。
その度に俺の敏感な性器は、布越しに刺激を受けてしまうので、どうしたってその部分が、ムクムクと反応してしまう。
「気持ちいい? こんなふうに擦られて、すごく感じているんだね?」
彼が耳元でささやいた。
「……」
その声にさらにゾクッとさせられ、俺の下半身の性器は下着の覆いの中でさらに大きさを増してしまう。
「直に触って欲しいだろ? 下着の中に手を突っ込まれて、ぎゅって握られたいだろう?」
彼のいやらしい挑発に、俺は首を大きく横に振った。
「ふーん、なら、このままでいいの?」
彼はふたたびジッパーを上につりあげた。
「でもね。松尾君。君のジュニアはすっかり大きくなっちゃって、もうチャックがあがらないみたいだよ。ほら、つっかかっちゃう」
たしかに、彼がジッパーをあげようとすると、俺の性器にぶつかってもうそれ以上あがらない。
「はやく素直になったほうがいいと思うよ。このままじゃ、君のジュニアが気の毒だ」
ひどい言われようだ。
「俺のジュニアのことなんて、もうほっといてください!」
こっちもいたたまれなくなって思わず口走った。
すると相手は、プッと吹き出した。
「おもしろくなんかないです!このすけべ社長!」
信じられないが、そう言ったのはたしかに俺の声だった。
そして俺はようやく思い出す。目の前の男が、こんな淫乱なことをしているのが、まぎれもなくわが社の社長だということを……。
だが彼はますますおもしろがっている。
「代表取締役に向かって、六本木の遮那王に向かって、なんてすばらしい美辞麗句だ。
最高の誉め言葉だよ」
「……ふざけないでください! 」
「もっと怒って! 怒るとますます可愛いね。女性社員の比じゃないよ」
「いい加減にしてください!」
「僕は六本木の遮那王だよ、わかってる?」
「あ、あんたなんか……シャナ王でもなんでもない! イヤな王様だ、ヤな王だ!」
俺が混乱した中で言うと、彼はしばらく沈黙した。それから
「あはははは。これは傑作だ」
声高らかに笑い飛ばすと
「ますます気に入ったよ、松尾君。本気になりそうだ」
ほ、本気になりそう?
ならこれは、やっぱりただのからかい? 酔った勢い?
ふざけるなーーー。
叫ぶよりも、情けなさすぎて涙が出そうだった。
これ以上なにか言うと、泣き出してしまいそうなので、俺はぎゅっと唇を痛いほど噛み締める。
するとそのエロ社長は、俺のジッパーを完全に下ろし、今度はトランクスの前部のボタンをこじあけた。
彼の指がはじめて下着をくぐりぬけて、直に俺の性器にぶつかった。
「あっっん」
俺はあられもない声をあげてしまった。
情けないし悔しくてたまらない。
だけど、仕方ないのだった。
ビンビンにはりつめたペニスに直に触れられれば、どんな男だって、たとえゲイでなくたって、全身身震いしてしまう。
いや。しかもこのエロ社長は手慣れているのか、それとも男同士だから泣かせどころをよく心得ているのか、俺の急所をダイレクトに握ってきた。
思わず、んぐっと喉が大きく鳴ってしまう。
彼は俺のむき出しにされたペニスを両手で包み込むようにすると、先端から根元にかけて、
徐々に両掌で圧迫しながら、順番に快感を押し出すように握り締めていった。
まさに、俺の中で眠っていた「快楽」の波を目覚めさせ、絞り出すようにギュッと強く圧迫してくる。
俺はあまりの気持ちよさに身悶えして、連続して押し寄せる欲情の波に溺れまいと歯を食い縛った。
だけど‥‥飲み込まれていく。
社長は手を止めることもなく、さらに俺のペニスの裏側を指先ですうっと撫で上げた。
「あ、ああーーー」
俺はこらえきれず悲鳴のような声をあげてしまう。
「がまんしなくていいんだよ。もう出したいだろ」
それが彼の最後の言葉だった。
次の瞬間、彼が俺の前に両膝をついたのだ。
そして彼は口を大きく開けると、俺のペニスを、その内部に深々と飲み込んだのだった。
ペニスの裏筋、先端、カリの部分。俺の分身の敏感な部分すべてが、あますところなく彼の舌によって舐めあげられてゆく。
さらにその唇の弾力で、ペニス全体が締めつけられる。
「も、出ちゃいます……社長、離れてください!」
俺はあわてて彼の髪をつかみ、口を引き離そうとした。
が、間に合わず、欲情の液を俺は彼の口の中に放ってしまった。
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あれから1ヶ月か。
仕事に没頭しつつ、あのときのことは忘れるよう努力してきたが、こうして一人ぼうっとしていると、イヤでも思い出してしまう。
本当にとんでもない社長だ。
なんで尊敬なんてしていたんだろう。
他の社員はどうなんだろうか?
同じようなこと、されているのだろうか?
他の社員も餌食にされたかどうか気になるが、そんなこと誰にも聞けやしない。
なんだか、思い出しているうちに、体の奥がムズムズしてきた。
俺はそっとネクタイを持ちあげると、半分に折り、下のほうの先端をワイシャツの上から胸の辺りに当ててみた。
じんわりとした快感が、胸周辺に沸き起こる。
と、そのとき、ドアをどんどんとノックする音がした。
俺ははっとしてネクタイを手放した。
ドアが開き、アウトレットプロジェクトの一人が入ってきた。
「松尾さん、社長がお戻りになりました! 」
風巻社長は、ついにトナカとの提携を締結させたらしい。
いつのまにかシャンパンが用意され、紙コップが社員全員に配られている。
「では、だれに乾杯の音頭をとってもらおうかな」
すると彼は、ドアの前に突っ立っていた俺に目を注いだ。
「松尾君、アウトレットのほうは万端?」
社長然として聞いてくる。
「あ、はい。あと2時間後のオープンを待つだけです」
俺が答えると、社長は満足げにうなずいた。
「では、松尾君に乾杯の音頭をとってもらおうかな。トナカ提携、いや、買収とはっきり言っていいだろう。トナカ買収と、本日オープンになる鎌倉のホームページ。二重の祝いをかねて」
彼は目を細めて俺の顔を見つめると、よろしくとばかりに目くばせした。
俺の近くにいた女子社員が俺に紙コップを手渡すと、風巻社長自らがそれにシャンパンを注いでくれた。
紙コップに祝い酒……
なんか覚えのある構図で、俺の手は一瞬震えた。
が、150人の社員の前で震えるわけにはいかない。
将来はこの男を追い越すんだ。
独立して自分の会社を興すんだ。
俺にはその目標があるから、怯みたくなかった。
震える手に力を込めて、俺はその手を高く掲げた。
「では、トナカ買収と、鎌倉新古都アウトレットウェブコンテンツ開設に乾杯!
Ventーヴァンー発展を祈って、かんぱーい。あと、それからもう一つ」
俺はちらっと社長のほうを見た後、
「それから、メリークリスマス!」
俺の声に、150人が紙コップをぶつけあってざわざわとシャンパンを飲んでいく。
すると、社長は俺の肩をとんとたたき「ご苦労さん、いい音頭だった」とねぎらった。
そして
「メリークリスマスは余計だったけどな」
そう言って少し微笑んだ。
それから彼は例の大型モニターの前に立つと、全社員を見回した。
最近朝礼ではモニターでの登場が多かったのだが、久しぶりの生社長の登場に、社員の意気も高揚している。
「今朝朝礼で話した“臨時ボーナス”のことだけど。実は、このシャンパンがそのボーナスってことで」
社長の言葉に一時社員は呆然。それから「えー」「それはないっすよ、遮那王」などのブーイングが沸き起こる。
そんな社員の様子を、彼は頭一つぶん高い目線で見渡すと、ははっと笑った。
「冗談だよ。1週間以内に、全員の口座にささやかながらボーナス振り込むから。まあちょっとしたクリスマスプレゼントだと思ってくれ。蚊の涙くらいの金額で申し訳ないけどな」
30分ほどで、にわか祝賀会はお開きとなり、社員たちはそれぞれ業務へと戻っていった。
風巻社長はそれぞれのセクションに声かけしながらまわったあと、一番最後に「鎌倉新古都アウトレット」チームのデスクにやってきた。
「あと90分後だね。楽しみにしてるよ」
そう激励して出ていった。
が、しばらくすると社長はまた舞い戻ってきて、俺のデスクに近づいてきた。
緊張で俺の背筋はこわばりはじめる。
「松尾君、ちょっと悪いけど、中根君をお借りしてもいいかな?」
俺の右隣にすわっている中根は、アウトレットチームの一員だ。
こっちの仕事は一段落したので、俺は「はい、どうぞ」と答えた。
中根は俺と同期入社、ぽちゃぽちゃとした色白の男で、黒縁のまるい眼鏡をかけている。
ハリー?ポッターが大人になってぽっちゃりしたらこんな感じなのかと思えるタイプだ。
中根は社長に連れられて会議室に入っていった。
俺は先ほどの自分の行為を思い出し、なんてお下劣だったんだと反省し、少し落ち込んだ。
30分ほどすると、中根だけが戻ってきた。
社長はそのまままた出かけたらしい。
中根は椅子に腰を下ろすと、なぜかぼんやりしたりためいきをついたりしている。
そのうち、眼鏡を外して目尻を人差し指で拭ったりしはじめた。
泣いている?
社長になにか厳しいことでも言われたのだろうか?
俺は最初、見て見ぬふりをした。
が、そのうち俺の右側で、すすり泣く声が聞こえてきた。
違う!?
俺は咄嗟に判断した。
厳しいことを言われたんじゃない。
なにか……されたんじゃないだろうか?
俺は一月前の自分の身に降りかかった災いを思い起こしていた。
この30分間、なにがあった?
俺は、これ以上知らぬ振りをすることができなかった。
「中根、なにか言われた?」
俺が聞くと、彼はびくっとしたように体をぶるっと震わせて俺を見上げた後、首を大きく横に何度も振った。
必死に否定しているといった様子だ。
「いえ、なにも言われてません」
同期の連中にも敬語を使う彼。
「もし、俺になにかできることがあったら、なんでも相談して。中根はアウトレット一生懸命がんばってくれたんだ。君に文句言うなんて許せないよ、あの社長も」
俺が語気を強めて言うと、中根はますますムキになって、なんでもないですからと否定する。
それから彼は、自分のパソコンで作業を続けた。
キーボードをガチャガチャ強く叩いている。半分やけになっているように。
画面がフリーズしたらしく、彼はいらいらした調子でパソコンの頭をばんばん叩いた。
その必死ぶりが、ますます気にかかり、俺は深い確信へと結び付けていった。
俺にはよくわからないが、中根のような色白のふくよかなタイプは案外ゲイにもてるのかもしれない。
風巻社長の好みということもありえる。
きっと、いやぜったいに、そうだ。
この30分間、会議室で……社長は中根を……。
その証拠に中根は頬を紅潮させて、ぜいぜいはあはあ息を荒く吐きながら、キーボードを乱暴に叩き続けている。
間違えない!
俺は、とたんに腹が立った。
あのエロ社長、手当たり次第社員に手を出しやがって!
もう許せない。
俺は、自分自身がされたことへの怒りも込めて、同僚の分まで断固抗議すべきだと思った。
社長はどこだ!
俺は、バンと机に手をついて立ち上がると、会議室に向かおうとした。
と、その直後、
「わああーーーーー」
いきなり背後から雄叫びが聞こえた。
驚いて振り向くと、中根がパソコンに向かって体をぶるぶる震わせている。
俺が近づくと
「わ、わわわあ……」
彼は画面を指さした。
「どうしたの?」
俺も画面を覗き込む。
「データが、消えてしまいましたあ!」
彼の言葉に、俺の頬はひきつった。
「データ? データってまさか……」
「はいっ。アウトレットのです」
「鎌倉新古都アウトレットのウェブコンテンツのデータ?」
「はい」
「…………………………!!!」
俺の背筋は凍りついた。
いくらアドレスを入力しても、画面には真っ白なものしか出てこない。
自分のパソコンでも確認する。
だめだ。開かない。
どのコンテンツ、どのコーナーも開かなかった。
TOPページなどは、「このURLは存在しません」だって……。
困った。
バックアップをとっていたのでそれでトライしてみたが、どうもうまくいかない。
「す、すいません……」
泣きそうな顔の中根。
アウトレットに入っている約100の店舗も、それぞれに簡単なホームページをつくっているが、それも開かない。
やっといくつか開いたと思ったら、なんと上書きされ、中根が以前やっていた仕事のデータに書き替えられていた。
「す、すいません。なんかガチャガチャいじってたら、データが以前のと書き替えられちゃったみたいですっ…」
そのあと中根は、フロアに突っ伏して、ふわーーーと号泣した。
幼稚園児のようなど派手な泣き喚きに、周囲の社員たちもびっくりして集まってくる。
20人くらいの社員たちが中根と俺の周囲を取り巻き、事態を知ると、彼らは自分の仕事を中断させて、アウトレットサイト原状回復に尽力してくれることになった。
ありがたい。そして本当に申し訳ない。
中根はフロアに頭を打ちつけて、すみませんを連発している。
とにかく今は彼を責めるより、一刻も早く復旧させねば!
が、いろいろ試みたが、元の完成された状態に戻すことはどうも無理なようで、このままでは、サイトコンテンツを一から作りなおさなくてはならないようだ。
「仕方ない。一から作りなおそう。そっちのほうが早そうだ」
俺はそう決断して、宣言をした。
かくして、プロジェクトと関係のない社員たちをも巻き込んで、ホームページづくりが一から始まった。
とにかく、100店舗分すべてが独立したコンテンツを持つ、というのがこのホームページの売りなのだ。
そこに各店舗の新情報を随時更新掲載していくのがうちの仕事である。
つまりホームページが100個あるのと同様なのだ。
時間は午後4時過ぎ。
5時のオープンにはもう確実に間に合わないことが決定した。
俺はまず、鎌倉アウトレットの広報担当に電話をした。
本当は直接行くべきなのだが、鎌倉まで出向いている時間がない。そんな時間があったら復旧にかけるべきだ。
広報担当もかなりあわてて、すぐスポンサーに相談すると言ってきた。
広報担当者はけっこう温和な40代くらいの男性なので話しやすいが、その「スポンサー」が難関だ。
このアウトレットプロジェクトに多額の資金を投資したのは、鎌倉エリアでは有名な名士の一人で、100年近く続く名家の主人なのだ。
日乃原さんというその名士は、御歳80になるのだけど大変お元気。お元気過ぎるうえ、代々頑固な家系の主人として周囲から恐れられているという噂。
今までも「鎌倉文化を守る会」やその他いろいろな活動に投資をしていて、気に入らない相手には、ところかまわず怒鳴り散らすという人だ。
広報担当者が間に入って怒られるのでは申し訳ないので、俺は直接その日乃原さんに連絡をとることにした。
俺が、サイト開設が遅れそうだと告げてあやまると、彼は電話口で怒鳴りつけてきた。
「これだから今の若者は信用ならんのだ!」
開口一番がそれだった。
「六本木なんとかなんて青臭い若者が好き勝手に犬の子供を生むようにボンボン会社をたておって! 今の若者は御恩と奉公というものを知らん。
よいか、男たるもの、一度会社に入社したら一生涯、死ぬまでその会社に奉公するのだ。
それでこそ、男子の生きる道。それが武士の魂というものだ」
「はい、おっしゃる通りでございます」
俺はケータイを握ったまま、ぺこぺこ頭をさげるしかなかった。
こりゃやばい。直接謝罪にいったほうがいいだろうか。プロジェクトメンバーのだれかを派遣するか、それとも俺が今から鎌倉へ飛ぶか。
「あの、今からそちらへ詳細をご説明にあがります」
俺が言うと
「そんなことはしなくていいわい」
との返事。
「謝罪や説明などいらん。いいか、わしはホームページ開設の時間が遅れたことをとやかく申してるのではない。そうではなく、一度約束したことを違える、それが問題だといっているのだ。武士に二言はない。約束を守れないことを言っているのだ」
「はい、ごもっともでございます」
「こんなんじゃ、このプロジェクトへの投資は考えさせてもらわなくてはな……」
俺は蒼ざめた。
全身が凍りつく。
「おたくのような軟弱な会社に仕事を依頼するようなプロジェクトは、ろくなもんじゃない。このプロジェクト自体も見直さなければならん」
「そこをなんとか……」
「とにかくこうしている暇にもはやく復旧させなさい」
「はい、また後ほどご連絡させていただきます」
俺はケータイを切った。
やはりホームページは開けない。
本来、アウトレット広報担当セクションがネット事業部としてウェブ管理もおこなうはずだったらしいが、事業が拡大されることになり、急遽、外注に出されたのである。
それをうちが引き受けたというわけだ。
当初のうちは、来年の実店舗オープンにさきがけての宣伝が主なコンテンツになるが、その一番大事な宣伝効果をもたらすはずの公式サイトが、いつまでたっても「Not found」では、イメージダウンになってまう。しいては、アウトレット全体のイメージダウンにつながりかねない。
データを1から入力すべく尽力はしたが、時間は無情にも刻々と過ぎていくのだった。
他の社員たちは、「社長にも早く連絡を」と俺にすすめた。
が、俺はぎりぎりまで社長に連絡したくなかった。
できるかぎり自分の力で乗り切りたい。責任なら自分がとりたい。
それに、中根はなんでそんなミスをしたんだ?
そうだ。あのときからだ。
社長に会議室に呼ばれ、戻ってきてから様子が豹変したんだった。
つまり、事の原因は社長?
あのバカエロ社長が変なことするから、こんな事態にまで発展したんだ!
そうだ、すべての原因はあの風巻要司にある!
俺は社長に対する怒りを抑えることが難しくなってきた。
夕方4時45分。
ホームページ稼働予定の15分前。
やはり社長に知らせないわけにはいかないと思い、不本意ながら、はじめてメールで連絡を入れた。
メールの返信はすぐに来た。
「松尾君、状況は把握した。
本当はすぐにかけつけたいけど、俺は今からパーティに参加する。トナカとの提携を祝うパーティだ。
買収とはいえ、向こうは大手老舗ブランド。プライドがあるし、表向きは対等提携だからな。あちらの顔も立ててやらないと。
マスコミ発表むけのド派手なクリスマスパーティをあちらさんが用意してくれて。
“自分のところは身売りしたわけじゃない。対等な提携だ。うちのほうがVent=ヴァン=と提携してあげたんだ”ぐらいのイメージを世間に印象づけたいんだろう。
そういうわけで、とにかく俺はそのパーティを抜けだせない。
とりあえず、松尾君、鎌倉アウトレットの担当者とは頻繁に連絡を取りあうように。
ああ、担当者よりも、もっと強敵がいたっけな。
日乃原のじいさんだっけ?
あっちのほうにもよくよく事情を説明しておくように。
鎌倉武士の御恩と奉公に、ロマンスを感じておられる方だからな。
できる限りのことをして、1分でも1秒でも早く原状回復させるしかないだろう。
逐一連絡をとって、現況を正直に伝えたほうがいい。それでは、健闘を祈る。遮那王」
パーティか。
こっちがすったもんだしている間に、向こうは優雅にクリスマスパーティ。
でも、仕方ない。彼の言うとおり、1分でも1秒でも早く復旧させるしかないのだ。
夜の9時。
ある程度、完成に近づいてきた。復旧の目処が少しだけついてきた。
俺は担当者に現況を説明したあと、ふたたび恐怖の日乃原さんに連絡を入れることにした。
お叱り覚悟でケータイをする。
ところが日乃原の爺様は、先ほどより少し穏やかな口調になっていた。
「まあ、コンピュータなんぞというものは人間の頭脳より劣っているんだから、しかたあるまい。
そういうこともあるじゃろう。
では、明日の正午まで。それまでに復旧させなさい。
それ以降は受け付けない。正午を過ぎても復旧できぬようなら、他の会社に仕事を任せることにするから、その覚悟でおりなさい」
「ありがとうございます」
猶予を与えられ、俺は感謝の意を述べてケータイを切った。
俺はスタッフに
「明日の正午までってことで延ばしてもらえた。これに甘えないで1時間でも1分でも早く復旧させよう」
声高く気合を入れた。
日付がかわって、25日。土曜日。
午前0時を15分ほど過ぎたころ、チーム4人だけが残っているオフィスのドアが、ギ一と遠慮がちに静かに開いた。
社長が入ってきたのだ。
社長はめずらしくスーツ姿にネクタイを着用している。
彼は無言のままスーツの上着を脱いで自分のデスクの椅子にかけると、すぐにこっちのパソコンに向かって歩いてきた。
彼は状況をさらっと確認すると、何も言わず、残りのコンテンツのアップロードをみずから手伝い、サイト完成へと引っ張ってくれた。
かなり疲弊しているスタッフ4人の中に彼が加わったことで、スピードが一気に加速した。
今日の正午までと言われていたが、午前8時か9時くらいにはあがるだろうと俺は予測していた。もちろん今夜は徹夜覚悟だった。
が、社長のサポートが加わって以降、消滅したコンテンツはどんどん復旧していき、
原状回復が近づいてきた。
最後にTOPページの最終確認をし、そのお知らせ部分に稼働時間がおくれたことへのお詫び文を俺がアップして、ホームページは完成となった。
5人が息を飲んで見守る中、ホームページは無事稼働された。
100店舗分のコンテンツ、通販、会員募集コンテンツ、鎌倉の文化や歴史おもしろ図鑑、
すべてのサイトが無事に閲覧可能となった。
やった!!!!!!
一段落すると、社長は会議室で着替えてくると言って出ていった。
そうだった。パニックにまぎれてすっかり忘れていた。
事の元凶をさっそく取り調べしなくては!
俺は社長の後を追うように、勇み足で会議室に行くと、閉じられたドアをバンと勢いよく開け放った。
社長は部屋の奥のほうでスーツからふだんの服に着替えようとしていた。
「着替え中なんだけど、ノックぐらいしてくれないかな」
おどけた調子で言う。
ネクタイをといている最中だった。
「久しぶりにネクタイしたけどきついね。まあ、相手がトナカだったからね。先方の顔を立てるためにも、いちおうそれなりの格好をしないとね」
俺の手は震えていた。
そして、俺はいきなりそのネクタイをつかむと、いつのまにか社長の頬にこぶしをのばし、殴りつけていた。
彼は唖然としながら、頬をおさえる。
「どうした ? いきなり……」
社長は怒ってはいなかった。ほんとうに予想外だという顔だ。
「身に覚えがないとは言わせません……」
「ああ、あのこと」
彼は素直に認めてうなずいた。
「その話は、ちょっとここではしづらいな。君とは一度ゆっくり話したいと思っていた。
今度ゆっくりどうだろう。そうだ、明日なにか予定ある?」
「はあ?」
「あるならしかたないけど、もし時間あったらデートしない? 俺、ほんとは今夜のイブに君とデートしたくて、パーティ早く切り上げて帰ってきたかったんだけどさあ」
高校生のようなおバカな口調で言うと、彼は俺のほうに手を伸ばして、顎を指ではさみ込んだ。
「イブには君と過ごしたいって思ってたんだ、前からずっとね」
「ふ……ふ、ふざけるな!」
俺はもう完全にぶちきれた!
人をからかうにもほどがある!
「よくもそんなことが言えますね、社長。俺にあんなひどいことしておいて、その上今日は中根君ですか? 」
「え? 中根君?」
「ええそうです。社長が彼に迫ったんでしょう。彼、ショックを受けて……」
「………」
社長は否定しない。認めているのか?
「そ、それに社長にはちゃんと好きな人が、本命がいるそうじゃないですか。
不倫だか社長夫人だか知らないけど、自分の恋が実らないからって、なにも社員に
しかも男の社員にちょっかい出す事ないでしょうが!
これ以上犠牲者を出さないためにも、僕は断固とした態度をとらせていただきます!」
言った!
言ってしまった!
すると社長はふっと微笑んだ。
だから、人を見透かしたようなそんな眼で見るなって言ってんの。
それから彼は
「まあ松尾君、落ち着いてくれ」
やけに穏やかに言うと、椅子に腰を降ろした。
「中根君がどうしたって? あと不倫がどうとかってのもよくわからないのだけど‥‥」
しらを切るつもりか?
「だから、あなたは、日陰の恋愛をしているから、その満たされない気持ちで手当たりしだいだれかれかまわず誘惑して……」
「ちょっと待った!」
「??」
「俺はそんなことしていない。いや、一度だけだ。1ヶ月前のあの日、君に」
「え?」
「誓ってもいい。他の社員には何もしていない」
「だって中根君はなんだかすごくさっきからショックを受けてっ……」
俺が混乱しながら言いよどんでいると、会議室のドアが静かに開いた。当の中根が入ってきたのだ。
「松尾君、ごめんなさい。僕、実は……さきほど社長に呼ばれたのは……」
中根は風巻社長に遠慮がちに目を向ける。
「社長、あのお話のことで、僕は……」
「ああ、こうなったら言ってもいいだろう」
中根と社長との間には、やはりなにやら秘密裏の事があるようだ。社長のほうがそれを説明しはじめた。
「実は中根君には、今度、トナカ提携後の新プロジェクトの仕事を手伝ってもらうことになってね。
まあ来年からになるから、まだ口外しないようにって言っておいたんだ」
俺にわかるように解説してくれた。
俺が驚いてまばたきすると、社長はにこっとして続けた。
「やっぱり黙っていたのがよくなかったのかな。なんでもオープンにする有言実行のポリシーを変えるのは、かえって混乱のもとだったのかもしれないね」
「…………」
「まだアウトレットの仕事が始まったばかりだったからね。松尾君にはもうすこし一段落してから言おうと思っていたんだ。
ただ、中根君は入社当時から、チャンスがあればアパレル関連の仕事をやってみたいって希望があった。そうだったね?」
風巻社長は中根に目を向けた。あたたかい部下を思いやる上司の眼差しだった。包容力のあるその表情に、俺ははからずもドキリとさせられた。
普段もじもじしている中根も、認められたのが嬉しかったのか
「そうなんです。僕は学生時代、服装とか全然興味なくてセンスなくて女の子にもモテなくて。オシャレなんてぜんぜん無頓着だったんです。
だからその反動か、社会人になってから異様にオシャレとか男のファッションとかに興味がわいてきて。そういう仕事をしてみたいって、社長にお願いしてあったんです。そうしたらいきなり、トナカと合併したから紳士服の管理とか通販部門を任せるって辞令が降りちゃって……それで嬉しくて興奮して舞い上がっちゃって、さっきは放心状態になっちゃって、本当にご迷惑おかけしてごめんなさい」
「え……じゃあ、さっき泣いてたっていうか、涙ぐんでたみたいだけど……それは……」
「そう、嬉しくてつい泣いちゃった……」