はぁぁ………
俺の脱力感といったら、半端じゃなかった。
一気に空気を抜かれてぺしゃんこになったタイヤの心境。
すると風巻社長が、中根の肩をぽんと叩いた。
「これを機に、同僚のやつとはタメ口きくといい。来年は君も新しいプロジェクトリーダーだからね。
それに春からは新入社員も入ってくるし」
俺はなんだかおかしいやら情けないやらバツがわるいやらで、泣きそうになってしまうのを精一杯こらえていた。
★☆★☆★☆★☆★☆
アウトレットサイトの最終チェックをして後片づけが終わった頃には、午前2時をまわっていた。
中根を含めチームのメンバーは全員引き上げていった。
今オフィスに残っているのは、俺と風巻社長の二人だけ。
彼はすっと窓に近寄ると、
「ああ、もうライト消えちまったな」
外を見下ろしてつぶやいた。
結局着替えずに、スーツ姿のままの彼。その姿が新鮮で、そしてなんだか眩しかった。
「ええ、ライトアップは午前1時くらいまでですからね」
俺は彼から視線をそらせると、鞄を持ちながら答えた。
「帰りどうする?」
「この時間ですから、仕方ないです。タクシーで」
「送って行こうか、リムジンで?」
「いいえ」
「俺の車に乗るのはイヤ?」
「っていうより恐れ多いです」」
「目薬貸そうか?」
「いえ、新しいの持ってますから」
俺が社長の好意を断るようは返事を繰り返すと、彼はその切れ長の目でじいっとこっちを見つめた。
俺のほうがなにか言わなくちゃという気になって
「もう俺、大丈夫ですから。飛び降りたいなんて考えてませんから」
そんなことを言ってしまった。彼は
「ああ、わかってる」
うなずくと
「今日は本当にご苦労さん。明日、いやもう今日だな。今日の土曜と明日の日曜、ゆっくり休んでくれ。それじゃ、お先に」
片手を軽くあげて出ていった。
俺もほんとうはこのまま帰るつもりだったが、社長と一緒に帰るというのがなんとなく気が引けて、鞄をおくと、少し資料の整理をしてから帰ることにした。
15分ほどで整理を終えると、オフィスの電気を消し、俺は帰宅の途についた。
と、エレベーター前に風巻社長が立っていた。
俺を待っていてくれた?
内心ぎょっとしたが、逃げるわけにもいかず、オフィスに引き返す理由も浮かばないので、仕方なく、一緒にエレベーターに乗ることに。
二人きりのエレベーター。
予想通り、息苦しいことこの上ない。
「やっぱり俺のリムジンに乗らないか?」
少し距離を置いて俺の後ろに立っている社長がそう言った。
「ちょっと時間ずれちまったけど、せっかくのイブだったし」
顔は見えないが声がマジっぽい。
やばいぞ、なんて答えたらいいのだろう。
俺が気のきいた答え方を模索していると
「なーんてな。冗談だ」
気まずさを打ち破るように彼は笑った。
またしても揶揄われているようで、俺は憮然とする。
が、なぜか今の俺の心境はいつもと違ったものだった。
「送って行く」
という彼の言葉に、ほんの少しだけなにかを期待していた自分がいるのだ。
そして、それを冗談だとやり過ごした彼に、なぜかちょっとがっかりした気分になったのだ。
送ってほしいのだろうか、俺は本心では?
俺は自分で自分の気持ちが判断できなくなっていた。
突発的な仕事のアクシデントで、身も心もはりつめ、疲弊しきっている。
冷静な判断ができなくなってるのかもしれない。
だけど、なぜだろう。
彼の車に乗りたい、乗せてほしいという衝動に、確かに俺はかられたのだ。
リムジンにひかれたわけでもクリスマスイブに酔わされたわけでもない。
リムジンは広すぎて落ち着かないし、イブはとっくに過ぎている。
だけど‥‥そんなことよりも、俺は今この人と一緒にいたかった。
身長だけでなく、すごく大きな存在に見えるこの風巻社長のそばに、もうしばらくいさせてほしかった。
ずっと一緒に……。
俺が、お願いしますと言おうとした直前。
彼はふっと笑った。
「別になんにもしないから。変なことしないし」
途端、俺はがっかりした。
なんだという失望感が襲ってくる。
今この瞬間、彼ともっと触れ合いたい。近くなりたい。
エレベーターという空間に二人きりだから?
妙に胸騒ぎがする。
エレベーターは、ようやく一階に到着した。
俺には短い数十秒だった。もっと時間が欲しい。
ドアがあいた瞬間。
俺はすこし踵をあげると、隣りの男の頬にキスをした。
──風が止まる──
風巻社長は本当に驚いたという顔で、切れ長の瞳を大きく見開き、目を白黒させながら俺を見つめている。
まつお?
彼の唇が俺の苗字の形に動く。
「あの……リムジンで送ってください。ただし、なにかしてください。
その……この前みたいなこと……この前よりもっとすごいこととかもっ……俺、社長にされるなら……その……」
「本気で言ってるのか?」
「冗談でこんなこと言えません」
「松尾……」
「あ、でも、社長のほうがきっとおイヤですよね。俺、迷惑ばかりかけてるし、
今日だって中根のこととか勘違いして……。失礼しました。俺、タクシー拾って帰り……ま……」
いきなり、腕を掴まれた。
ぐいっと引き寄せられるように。
次の瞬間、俺の体は、エントランスホールの大きなクリスマスツリーにガサッと押しつけられていた。
それからの社長の技は早かった。
無言のうちに、いつのまにか俺のネクタイがはずされている。
社長は自分のネクタイもといていった。
どちらが誘導したわけでもなく、お互いにネクタイの先端で乳首をかすめて刺激しあって感じていることを確かめあう。
彼が俺のスーツを脱がせているうち、俺の髪に、ツリーの電飾のコードがひっかかった。
彼はそのコードをつまみあげると、思いついたように俺の手首にくるりと巻きつけた。
そのコードで俺の両手首がぐるぐるぐるっと縛られていく。
なにか変態的な行為がはじまるのかと、俺は一瞬ぎょっとする。
それから彼は、俺の腰の辺りの電飾のコードも引っ張り出すと、いつまにかむき出しになっていた俺のペニスに巻きつけて、それでしごきはじめたのだ。
「気持ちいい?」
き、きくなーーー!
しかも彼は、その半分を自分の分身にも巻きつけて遊んでいる。
やっぱりエロ社長、さすが変態だったんだ!
しかも彼の変態ぶりは、それだけでは終わらないような予感がした。
彼は一旦手を休めてクリスマスツリーを見上げると、
「うーん、ちょうどこのサイズだろうな」
独り言のように言って、ツリーのオーナメントに手を伸ばした。
ツリーにはサンタやトナカイ、姫りんごやドライフルーツ、雪の結晶など、様々なオーナメントが吊り下がっている。
その中から、社長は一番小さな姫りんごを一つとりはずした。
真っ赤な本物そっくりの姫りんごのおもちゃ。
彼はそれを掌に握りながら、俺に
「これからちょっとお前が今まで体験したことのない世界を教えてやる。しっかりツリーにつかまってろ」
と言った。
なにがはじまるのか、俺にはまるで予測できなかったが、とにかく俺は言われるままにツリーにがしりとつかまった。
「少し脚を開いて。尻を高く上にあげるんだ」
「え?」
その命令に、彼が要求していることがようやくわかってきた。
そうか、つまり男同士のハードなプレイ。
噂には聞いたことがあったが、それがいよいよ実行されるんだな。
俺は緊張感に身を硬くした。
できれば避けて通りたい儀式だ。
だがここまできて拒否などしたら、骨のない男と笑われそうで、俺は弱みを見せたくなかった。
何事も経験だ。
そんな決意で俺は少し脚を開き(少し恥ずかしいが、身体検査程度に思えば耐えられるだろう)、それから臀部に力をこめてすっと腰を高くした。
俺の臀部に、社長の骨ばった大きな手が当たってくる。
彼のその手が俺の両方の丘を撫でていく。少しくすぐったいので俺は身をよじった。
「動くな。これから入れるからな。できるだけ痛くないように慣らさないと」
「入れるって……まさか」
「そう、これだ」
言うや否や、俺の背後の穴に何かまるい異物が挿入されてきた。
大きくないので苦痛はないが、その異物がさきほどの真っ赤な姫りんごであるということは感触から明らかで、俺はさすがにたじろいで、
「そんなもの、入れないでください」
首だけひねって抗議した。
が、社長は
「最初からいきなり本番はつらいだろ。ちょっとでも慣らしたほうがいい。
それにこのサイズはぴったりだ。さすが俺の目に狂いはなかった」
満足そうに答えるのだった。
ここでもさりげなく視力自慢か。
あげく彼は身を屈め、首を俺の下半身の位置まで落すと
「よく吸いついてるな。りんごが完全に入ったぞ。お前のここ、やっぱり素質があったんだな」
俺の恥部を覗き込むように観察しながら嬉しそうな声色を出す。
りんごが完全に入ったって……。
俺の背後の穴は、もちろん生まれて初めてこんな異物を迎え入れているわけだが、
そのモコモコ感が最初は気色悪かった。
だが、中に完全に収まってしまうと、姫りんごの形ぴったりに、穴の内部の筋肉が伸縮運動をはじめ、徐々に違和感が薄らいでいった。
「なかなか具合が良さそうだ。この次は本物のリンゴを使おうかな」
社長の言葉に俺はひいっと喉を引きつらせる。
「そのリンゴ、どうするんですか?」
思わず聞くと、社長の言葉は、
「決まってるだろ。もちろん、その後で食べるんだよ」
聞かなきゃよかった。
俺は激しく後悔をして尻を振ると、穴から姫りんごを吐き出した。
社長がそれを拾う気配がしたので
「やめてください! 汚いです!」
俺の叫びはエントランスホールいっぱいに響き渡る。
「そんな大きな声だすな。守衛室まで聞こえるぞ」
社長は声を低くして俺を叱った後、
「汚くなんかない。記念に持って帰ろう」
仕立てのいいスーツの上着のボケットにその姫りんごをしまったのだ。
俺は生きた心地がしなかった。
俺の選択は間違ったのかもしれない。
「間違った……」
心の中だけで後悔したつもりだったが、なぜか相手に聞き取られていたらしい。
「え? なにが間違ったって?」
この男、目だけじゃなくて耳もいいのか!?
「あなたと一緒にいたい、側にいたい。エレベーターの中でそう思った。
もっとこの人の大きさをよく知りたいって。
でも、一瞬だってそう考えたのは、間違えだったって言ったんですっ!」
俺はもうなにも隠さなかった。
すると相手はしばらく手を休めて考えこんでいたようだが
「大きさ? 大きさなら、これでどうだ」
自分のイチモツを自分自身でしごきはじめた。
ひょえ! 真性の変態野郎!
俺は目をそらしながら、手首の電飾コードをはずしてくださいと頼んだ。
とにかく、他人の自慰行為を目の前で見せつけられてはたまらない。
それくらいなら、俺が慰めてやったほうがいい。
俺は手首を解放されると、社長の前にひざまづく。
そして両手を使って彼の勃ちあがったものをしごきはじめ、ゆるゆると口の中にくわえ込んだ。
「初めてにしてはうまいな……」
お誉めの言葉をいただいた。
社長の手が、俺の前髪をぎゅっと強く握り締める。
腰がガクッと振動しているのが俺の口から頬の張りまで伝わってくる。
俺の頬の張りが太鼓みたいにぶるぶる震えた。
「悪いが、がまんできそうにない。そろそろ本番にいってもいいかな」
社長がうめくようにささやいた。
「入れてもいいか?」
聞かれて、俺はうなずいた。
もうここまできたら後戻りなんてできやしない。ここでうじうじしたら男がすたる。
俺は潔く社長のすべてを受け入れる準備と決心をした。
社長は予想以上にゆっくり丁寧に、俺の中に入り込んできた。
モノ自体は丸太みたいに太くてかたいが、だけど乱暴に突き進んだりせず、俺の体の具合を気遣いながら事をすすめている感じだ。
挿入されるのは確かに痛いが、社長の心づかいに多少は救われる。
社長が俺の背後で動くたび、ツリーの葉っぱがガササガと揺れている。
俺はツリーの幹に両手を伸ばすとがしっとつかまった。
ツリーにぶらさがっている金色のボールが俺のペニスにあたり、敏感な部位を擦りつけてくる。
こんなもんに感じるわけないと思っていたが、おかしくなるくらい感じまくってしまう。
中途半端な刺激がかえって俺の皮膚感を敏感にさせ、その玉がペニスの先端やそりかえった裏側にあたるたびに気持ちがいい。
「痛いか?」
後ろから聞かれたときには、すでに痛みは薄れていたので、俺は首を横に振った。
静かなエントランスホールいっぱいに、クチュクチュという湿った音が響き渡る。
オフィスのビルにはおよそ似つかわしくない音だよな。
彼は俺の背後でゆっくり腰を動かしながら、そっと手を俺の前にまわしてきた。
俺のペニスを握ったとき、彼の手に金の飾り玉があたったのか、最初は邪魔だと思ったらしく払いのけた。
が、やがてそれは使えると気づいたらしく、俺のペニスにその玉をあてがうと、その上から手で押しつけて、俺のペニスを玉で擦りつけるような悪戯をしはじめた。
今まで味わったことないそのくすぐったいようなかさかさとした感触が、ペニスの裏筋にあたり、俺のペニスの裏筋から根元、亀頭までが、ボールころころ攻撃によって変な感じに刺激される。しかも社長が上からそのボールを円を描くように転がしながら圧迫するので、俺のペニスはもうはちきれそうになってしまった。
「いいのか? 気持ちいいんだよな? こんなふうにされて……感じているんだな?」
彼のささやきに、俺はうなずいた。
「はい、社長」
すると彼の背後の動きが一気に激しくなった。
俺もそのスピードに合わせて腰を動かす。
俺のペニスはクリスマスツリーにつきささりそうな程猛々しくなり、背後の穴も無意識に
キュッと締まっていくのが自分でもわかる。
その締めつけが社長の“自身”をさらに気持ちよくしているらしく、しばらくすると社長はうっと小さくうめいて動きを止めた。
彼が俺の中で放つと同時に、俺も一気に放った。
互いに放ったものをティッシュで拭い取って綺麗にした後、俺たちは無言で服を着はじめた。
おろしたズボンをはきかけたとき
「だれだっ!?」
守衛室のほうから声がした。
大変だ!
懐中電灯で照らしながら長い廊下を守衛が歩いてくる音が聞こえる。
「逃げろ!」
社長の号令で俺たちはズボンをずりあげ、コートと上着を掴むと、乱れた服装のまま駐車場までダッシュで走った。
一番奥に一台だけ停まっているリムジンに乗り込むとドアを閉める。
社長が運転席。俺がサイドシート。
一呼吸おき、互いに見つめあうと、二人とも髪がぼさぼさで頬が紅潮していた。
お互いの必死の形相をからかいあって、俺たちはわはははと笑った。
それから真顔に戻ると、俺たちは自然と顔を近づけてキスをした。
余韻を残すようにゆっくり唇を離すと、社長が言った。
「そうだ。まだ言ってないことがあった。俺が不倫してるとかって噂でもあるのか?」
さっきの俺の話を気にしているらしい。
「あ、いや、俺が勝手に思いこんでただけ、とんだ早とちり、すみません」
「言っておくけど、俺が会社をたてて6年になる。魅力的な男も女もたくさんいた。数え切れないほどの人達と出会ってきた」
「はい」
「だがな、社員の中で手を出したのは、お前にだけだ」
「……」
「はいって返事は?」
「…あ、あの、一つだけ伺ってもいいですか?」
「なんだ。その改まった口調は」
からからと笑う社長。
「あの社長、どうして俺なんですか? 俺なんて、いつも早合点したりあわてたり、すぐムキになって失敗したり、ろくな業績をまだ会社に残してもいないのに……」
俺の問いに、社長は、少しの間黙り込んでいた。が、やがて
「だから、そこかな。そこに惚れたのかも」
「はい?」
「だから、いつも早合点したりあわてたり、すぐムキになって、まあ失敗もあるだろうけど、けど前向きで一生懸命で。トラブルに直面したら、なんとか乗り越えようと前向きにがんばって……そういうところが、こうなんていうか、放っておけない感じっていうか……。とにかく、お前のことが気になりだしたらもう止まらなくなって。なんでかな、自分でもようわからん」
そして
「あんまり照れるようなこと言わせるなよ」
俺の頭を軽く小突いた。
「正直、俺にとってははじめての片思いだったんだ。まあ、ご覧のとおり、俺には学生時代から恋人に不自由した経験なんてなかったし。男の恋人にしろ女の恋人にしろ、いつもだれかが隣りにいた」
はあ、さり気なく今度はモテぶり自慢まで……。
「だから、今度の恋はすごくハードルが高いと思ってた。君はたぶんストレートで男なんかに興味ないだろうと思ったし、ひょっとして、株買収より勝算は低いかも、なんて実はかなり悩んだりして」
え?
俺は彼の言葉にドキッとした。
ハードル……勝算が低い……
どこかで聞いたセリフじゃないか。
じゃあ。あの言葉はもしかして……。
胸が一杯になって俺が何も言えずにいると、社長は俺にやわらかい声色で号令をかけた。
「だから松尾永利君。はいって返事は?」
「……はい」
俺は心をこめてうなずいた。
光栄です、六本木の遮那王。
心の中で俺は、ずっしりとしたこの気持ちの重みをかみしめていた。
その後、社長みずからがリムジンのハンドルを握り、駐車場を抜けだした。
★☆★☆★☆★☆★☆
★☆★☆★☆★☆★☆
一人住まいの俺の部屋に到着すると、まず彼を先に入浴させた。
その後俺が入浴を済ませて出てくると、寝室のベッドの上で、社長は寝息を立てていた。
一緒に風呂に入ろうとか言ってたわりには、即効熟睡だな。
ふうん、遮那王はこういう顔して寝るのか。
薄く唇なんか開いちゃって、けっこうお気楽な顔してらあ。
俺が静かに立ち去ろうとすると
「行くな!」
命令口調の声がした。ぎくっとして振り返る。
起きたのかと思ったら、彼の瞼は閉じられていた。
「行くな、そんなところから飛び降りたら……」
寝言で弱々しいかすれ声で彼がささやく。
とても日ごろの大言壮語の男とは思えない弱々しい声。
俺は驚いて彼の顔を覗き込んだ。
目を閉じたまま動かない彼の、右腕だけが突然すっと動いた。
その腕が宙をさまよい、俺の手首をつかんできた。
「俺のおやじは、ちいさな零細企業の社長だった」
「え? 風巻さん?」
「大会社から独立して会社を起ち上げたんだ」
「………」
「けど、当時は今みたいに簡単に起業なんてできなくて、おやじに協力してくれる人もほとんどいなくて、結局その会社もうまくいかなくて………。そのオフィスが入った高層ビルの屋上から、おやじは飛び降りた。……俺が、小学校3年生のときだった」
「!」
「だから……俺は負けたくない。一番トップまでのぼりつめてやる。おやじの代りにおやじの分まで……俺がのしあがってやる……」
「かざ…まき……さん……」
「だから俺は、簡単に飛び降りるってわめくヤツとか、逃げたら楽になれると考えるヤツは許せない……許せないんだ」
「…………」
俺の胸の中に、ジンと熱いものが染み入るように浸透してきた。
その熱いものがなんなのか、自分でもよくわからなかったが、胸の一番奥まで、それはじわじわと這うように染み込んでいった。
「はい、社長。わかりました」
俺は彼の寝顔に返事を返した。
それが聞こえたのか、彼は少し微笑んだように唇を緩めると、眠りの続きに陥ったようだった。
俺はすごくすごくその男が愛おしくてたまらなくなり、彼の額にキスをした。
★☆★☆★☆★☆★☆
翌朝7時半。
俺は隣りで寝ている風巻さんをちらりと横目で見やった。
肩が毛布から飛び出している。俺はその形のいい肩のラインに沿ってくちづけると、毛布をかけてやった。
パジャマのままリビングに移ると、日乃原さんに電話を入れた。
心からのお詫びをし、これから鎌倉まで謝罪にうかがいますと申し出た。
すると、日乃原さんは御機嫌で豪快な笑い声をたてた。
「いや。もう、よいよい。君たちもよくやってくれたよ。今度のことは水に流そう。わしは心の広い人間じゃからな」
「では、アウトレットへのご援助はいままで通りに」
「あったりまえじゃろ。武士に二言はない。一度投資すると決めたからには約束を果たすまでじゃ」
「ありがとうございます!」
受話器に向かって俺は深々と頭を下げる。
「ところで君は、いい上司に恵まれているのう」
「はい?」
「君のところの将軍様は、たいした男じゃ」
なんのことだろう? 将軍って?
「風巻社長のことでございましょうか?」
「そうそう。彼が昨日謝罪しにわざわざ来てくれたから、まあ、わしの怒りもおさまったようなものじゃ」
「社長がそちらまで? 鎌倉まで伺ったのでございますか?」
「そうじゃよ。聞いてないかね? なんでも大事なパーティを抜け出して鎌倉まで車飛ばして来たらしい。自分でリムジンを運転してな」
そうだったのか。彼はそんなこと一言も自分で話さなかったな。
「それで、わしの前に土下座して謝罪してくれたんだよ」
「え?」
土下座して?
「うん。まあ実際にアウトレットに店が建つのは来年だからな。実害や損失が出たわけでもない。ホームページを楽しみに待ってくださった皆様には、多少のイメージダウンにつながったかもしれないが、なあに、それもこれからのサービス提供で挽回していけばいいことじゃ。それよりも、君のところの社長は、六本木の牛若丸と呼ばれておるそうじゃが、なかなか骨のある男じゃな。噂では、今まで一度も負け知らずで、ビジネスでミスしたことも、ビジネス相手に頭を下げたこともなかったと聞くが……。おそらく土下座なんぞは初めてじゃないかのう」
「…………」
経緯を聞かされながら、俺の意識は奥のベッドルームのほうへ自然と移行していった。
胸がいっぱいになる中で、俺は電話を終え、受話器を置いた
ベッドルームに戻ると、彼は上体をベッドの上に起こして伸びをしていた。
俺は今の電話の内容で、頭の中がいっぱいだった。
「あの、社長」
唇が小刻みに震えてくる。
「昨日、社長はパーティ抜け出して鎌倉に……」
「ああたくさん眠った~。なんか腹減った~。あったかぁ~いコーヒーのみたーい。お砂糖2個にミルクたっぷりね。お?ね?が?い?。ながとしく~~ん」
社長はお姉言葉で体にしなをつくると、俺に甘えるようにおねだりした。彼のそのおふざけぶりで、俺の言いたかったことは遮断されてしまった。
俺はなにかがふっきれたようなさわやかな気持ちになり、話題を切替えた。
「社長。朝ご飯食べたらどっかお散歩にでもいきましょ。今日はクリスマスですから。どっかにでかけましょう」
「うーん。いやだ」
「え?」
「朝ご飯食べたら、も1回寝る!」
2度寝宣言をするだだっこ社長。
「だってせっかくの土曜日だもん。丸一日休みとれたの超久しぶりなんだもーん。今日くらいなんにもしないで、だらだらすごしたいのう」
「ま、たしかにそうですよね。今日くらいのんびり過ごしましょうか」
俺がうなずくと、社長の顔はいつものきりりとした表情となった。そして腕を伸ばして俺の片手をつかまえる。
「では、モーニングサービスキッスを」
手をつかまれた俺が前のめりによろけたのをいいことに、俺の唇に下からキスを授けてきた。
やがて彼は唇を離すと
「では。今日のクリスマスの予定は決まりだな。一日中ベッドの中でうだうだしたり、エロエロすること」
「うだうだはいいんですけど……」
エロエロするってなんだ。そんな表現日本語にないぞ。
「社長、正しい日本語を使わないと……」
「ん? なんだ?」
日乃原さんに叱られます。と言いかけて俺は言葉を引っ込めた。
今日は仕事のことなんて抜きにしたい。
社長がせっかくそう言ってくれているんだから。
その社長が俺の前で大きなあくびをしている。
150人の社員の前ではぜったい見せない真抜けた顔だ。
マスコミにもしばしば登場し、難しい顔つきで株だの次世代ビジネスだのを説いて回る風巻要司社長だけれど。
こんなお気楽な顔を見るのはきっと俺だけなんだろうな。
俺はちょっと優越感にひたりながら、コーヒーを淹れるためキッチンに向かった。
すかさず社長もくっついてきて、キッチンに立つ俺の背後に体をピチッと密着させると、俺の前部に手を回してきた。
俺がその手をほどこうとすると、俺の股間の反応を確かめつつ
「なにイヤがってんだ。もうここはモーニングハッピーじゃないか」
日本語でも英語でもないようなデタラメ語をつかって俺を攻めたててくる。
それから彼は
「そうだ、昨日の姫りんご。どこいったっけな」
オモチャをさがすガキのように、ドタドタ走りながら寝室へ戻っていってしまった。
やっぱりこいつ……ただの風巻エロ司。
六本木の遮那王なんて呼ばれている男だけれど、俺にいわせれば………。
===========おしまい===============
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