「だが ?お前を抱きしめてあげたいという気持ちに嘘はないんだよ」
それは紛れもなく本心だった。真鍋と仁科はお互いを知らなさ過ぎる。
仁科が真鍋に自分の性癖を白状したのは、真鍋が彼にとって他人でしかないからだ。
近くを通り過ぎてしまうからこそ、何だって言える。時間をかけて築きあげるような信頼関係なんかあるわけではないから、うわべだけの言葉では、傷ついている少年には伝わらないだろう。
だから抱きしめる力を強くするが、仁科は哀しそうにその腕を振りほどこうとした。
「真鍋さん ?気持ちは嬉しい。けど、これ以上は優しくしないで。普通に『大人』でいてよ。
じゃないと俺、もっと真鍋さんに甘えるかもしれない。わがままだって言うかもしれない。真鍋さん、男だめなんだろ?
可愛い女の子のほうが好きなんだろ?なら、そうでいてよ」
『期待するから!』と叫ばれて、やむなく真鍋はその腕を解いた。
「その ?悪かったな ?」
気まずそうに真鍋が謝ると、仁科は取り繕ったように笑顔を浮かべる。
「別にいいです。赤の他人のはずの俺の話を聞いてくれて、しかもそれを理解しようとしてくれて、ホントは嬉しかったし。
ただ俺失恋中だからさ、今こうされると精神的にやばいんだよね ?」
第8夜
『精神的にやばい』その続きを聞かなくても分かるような気がしたものの、『ほれ』そう言って仁科は真鍋の手をある一点に持っていく。
「なるほど ?と、いうことは、俺は対象に入るのか?」
「本当はタイプじゃないけどね。俺、どっちかと言うと可愛い子を押し倒したい奴だから ?」
それなら対象外だな、苦笑する真鍋。あっさりと言われ、ちょっとだけショックを受けたのは、口には出さないでおく。
「だけど ?真鍋さんになら ?なんて言うのかな ?」
「押し倒しても平気というやつか」
押し倒されている自分を想像して、ぞっとする。恋の痛手を背負っている少年が相手とはいえ、下になるのは本意ではない。
「まぁね。だけど ?その分だと嫌そうだ」
ため息をつき、傷ついた様子を見せる仁科。ホモセクシュアルではない以上「そんなことない」と否定することはできなかった。
「だけど ?抱きしめるのは平気なようだ。なら、俺がされればいいんだね。真鍋さんも男役ならあまり抵抗はないだろ?」
「まぁ ?どうだろうな」
そう振られ、暫く考え込む。男同士でいたしたことなどあるわけないが、不思議と仁科が相手であれば抵抗感はなかった。
認識していなかっただけでもともと真鍋にそういう要素があるのか、相手が仁科だからなのか ?。
「それなら真鍋さんが俺を ?って言いたいのは山々だけど、それはやめておくよ。ただでさえお世話になってるのに、そこまで甘えるわけにもいかないし。真鍋さんもほんとは男なんかとはしたくないだろ?」
「そ ?それは ?」
「言わなくても分かってるよ。真鍋さんは優しいから、俺を心配してくれてる。俺を独りにさせたくないと ?思ってるんだろ?」
「まぁ ?優しいかどうかはともかく、お前を独りにしたくはないとは思うな」
やさしいというのは気になるが、他は大体合っているので、認めておく。
「だからって気軽に男同士でできるわけないじゃないか」
確かに ?真鍋は苦笑する。今の彼にとって男同士というのは大した問題ではないのかもしれないが、仁科にとっては違うのだ。それを失念していた。
だから彼にとっては真鍋の選択が『気軽』に見えるのかもしれない。
「もちろん ?やろうとすればできないこともないだろうけど ?そんなことして気持ち悪いって言われたらさすがに俺も傷つくし。自分で言っておいて勝手な話だけどね。
真鍋さんの優しさにつけこんでるのは俺のほうだから」
「そうやってまた自分で完結させるつもりか?」
真鍋の言葉には、多少なりとも刺が込められていた。
別にセックスをするか否かではない。ただ、勝手に一線を引かれていることに腹が立った。
仁科に対する同情があったとしても、それは仁科が相手だからだ。もし他の少年を拾ったところで、ここまで苛立つかといえば、そうはならないと今なら断言できる。
もう少し真鍋を頼ればいいのに、甘えればいいのに。仁科にとって真鍋はただそれだけの存在なのだろうか?
「完結って ?」
真鍋のきつい口調に少年が戸惑うのがよく分かる。だが、この方がいつもの真鍋に近い。彼は仁科が思うほど『優しい』人ではない。
「全てを独りで抱え込んで、どうしたいのか、お前は。誰にも相談できない話?違うだろ?自分が相談しないだけだ。
勝手に壁作って、人を寄せないで、それで自分は不幸だと思っている ?悲劇のヒロインになったつもりか?」
第9夜
「違う!」
『悲劇のヒロインになったつもりか?』その痛烈な問いに慌てて否定する仁科を、確実に真鍋は追い詰めていく。
「違わないだろう?男同士 ?冗談ならまだしも、本気の話なら気軽にできるものではないさ。そのくらい俺だって理解はできる。もしこのことを話して誰かに嫌われたら ?普通だったら思うだろうな。
だけど、それで勝手に壁を作って、手を差し伸べようとする存在を拒絶して、何が楽しい?
勝手に手を振り払っておきながら、『誰も理解してくれない』と独り嘆いて ?いい身分だな。結局お前は逃げてるんだよ。
関係を壊したくなかった?違うな。怖かったんだよ。自分の気持ちを知られ、気持ち悪がられるのが」
我ながら最低な言い草だと思っている。本当に身勝手なのは、真鍋のほうかもしれない。
ただ頼られなかったからと傷ついて、八つ当たりをして、自分を正当化させようとする。別に仁科のことを考えて出た言葉ではないのだ。
「じゃぁ、どうすればいいんだよ!真鍋さんなら知ってるんだろ?」
もうこれは質問にはなっていない。先の見えない恋をしている少年の心からの悲鳴にしか聞こえなかった。
だが、そのおかげで真鍋も冷静になる。自分に適切なアドバイスが出来るとは思っていないが、第三者だからこそできることもある。
「逆に聞くが ?お前はどうしたいんだ?」
「え ??」
「このまま黙り続けて友達の顔をし続けるのか?それとも ?告るのか?今の状態だと、本当にお前、壊れるぞ?」
この状況を続けられるはずがない。何らかの形で動かなければ、仁科はいずれ押しつぶされる、そんな予感がする。それは決して外れることはないだろう。
そして、そんな仁科を見たら、絶対真鍋は悔やむ。
「本当に ?分からないんだ。佑には付き合ってほしいと思う。だけど ?やっぱり告白して嫌われるのは恐いし、今の関係は壊したくないんだ。
真鍋さんから見れば逃げてるようにしか見えないかもしれないけど、何だかんだ言って佐井も一応は大切な友達だからさ。
自分があきらめれば丸く収まるのかもしれない ?そう思うしかないんだよ」
「そうか ?」
真鍋にはもうそれしか言えなかった。そこまで自分で考えているのであれば、真鍋には入る余地がない。
「だが ?お前は決して独りじゃないからな。それだけは忘れるなよ」
どうしても伝えておきたかった。
これから先仁科がどんな選択をするかは分からない。黙り続ける可能性は高いが、ひょっとしたら告白するかもしれない。
それで彼らが付き合うことになるかどうかも不明だ。
付き合うことになればそれはそれでよいのだが、そうでなかった場合は、決して独りで抱え込まないでほしい。
「真鍋さん ?おせっかい」
人が珍しく心配しているのに ?真鍋にはぐさっと来る一言ではあるが、それを言っている仁科はあまり怒っているようには見えなかった。
「仕方ないだろう?俺だって男相手にここまでするような人間じゃないんだ。だけど ?今の仁科は危なっかしくて放っておけないんだよ」
「俺、そんなにやばい?」
「まさか ?自覚してないのか?」
それには大きなため息を隠すことができなかった。仁科は本当に自覚がないのだろうか。ただの冗談だと思いたい。
気づいていないのなら、本当に末期的症状だ。人には『冷たい』といわれ、そして男に興味のない真鍋ですらも「自分がいてやらないと」と思ってしまうほどだ。
それがやばくないのなら、何がやばいというのだろうか。
「いや ?」
途端、口ごもってしまう仁科。心当たりはそれなりにはあるのだろう。だが、それを危険だと思ってはいないようだ。
「まぁ、いい。これ以上は言わないでおく。だが、本当に思いつめすぎるな。
メアドだって教えてあるんだから、いつでもメールしてきていい。返事出せるようなら ?返事してやる」
「それじゃ、意味ないじゃん」
無茶苦茶な真鍋の言葉に苦笑する仁科。いつでも返事しろと言いたいのは、言わなくても分かる。
「仕方ないだろう。俺だって社会人なんだ。いつも携帯見れるわけじゃないんだ。というか ?基本的に人に教えないぞ、俺」
今回はやり場のないお金を処分するために仁科にアドレスと番号を教えてしまったが、普段はそんな真似は絶対しない。
仕事の付き合いで飲みにいく際にお酒の席で聞かれることはあるが、教えた記憶もない。
仮に何らかの拍子で教えたとしても、相当機嫌でもよくなければ返事はしないだろう。
「 ?そうだよな。真鍋さんもいつも仕事で疲れてるんだよな。それなのに ?本当にごめん」
「別に気にすることはない。俺が勝手にやってるだけだ」
それでも仁科に番号を教えたのは、彼自身の意思だ。確かに仕事疲れもあるのだが、不思議と仁科といるとそれも忘れてしまう。
もっともそれは ?別の疲れがあるような気もするのだが。それでも、彼といるのは心地が悪いわけではない。
第10夜
「ったく、これだからなぁ ?。真鍋さん、彼女作る気、ないの?」
やれやれ ?ため息をつかれる。本来ため息をつくのは真鍋のほうであるはずだが。
しかも彼女と、関連のない話題に行ってしまう。もし彼女を作る気があるのなら、仁科と一緒にいるわけがない ?それを少年は分かっていない。
「どこをどうしたらそこにつながる?」
「もてるのにもったいない。俺が女だったら、即抱いてと言うね」
「 ?今は言わないのか?」
「一応俺にだって男のプライドってものがあるからね」
「そんなプライド、あっても仕方ないだろう ?」
高校生は高校生なりに背伸びをしたいのかもしれない。ずっと親友を押し倒したいと思っていた人間が、急に押し倒されようと思うのも難しいだろう。
だが、そんな仁科が可愛く見えたのは、秘密の話。
「真鍋さんは男なんか好きにならないから当たり前のように押し倒すことしか考えてないけど、俺はそうも行かないんだよね ?」
「そういうものなのか ??」
「そういうものなんです。やっぱりアレを受け入れるのはなぁ ?」
「お前、あるのか?」
ぽつんと放った問いに、真っ青になって仁科は否定する。
「あるわけないじゃないか!想像しただけでぞっとする」
「ってことは、そんな感情を親友に抱いたわけだ」
にやりと笑った真鍋に、一気に固まってしまう仁科。
「そうなんだよなぁ ?。俺が佑と同じ立場だったら、やっぱり嫌かもしれない。
でも、好きになったものはどうしようもないんだ ?ホント、人の気持ちって難しいと思う。
自分でどうにかできればよかったのに ?」
軽くうつむき、口ごもる仁科。彼の言うとおり自分でどうこうできる程度の想いであれば、ここまで思いつめはしないだろう。
今までのが空元気だと思うと、痛々しく思う。真鍋ができることといえば ?。
「 ?また同情」
結局抱きしめることしかできなかった。まだ自分をさらけ出していない仁科には、何を言っても自分の気持ちは伝わりそうにはなかったのだ。
それでも、しっかりと伝えておきたかった。少年に解らせてあげたかった。ここに仁科のことを心配している人間がいることを ?。
「何とでも言え。どうせ俺の言葉なんか信じないんだろ」
こんな言葉を吐きたいわけではないのに、自分の気持ちを伝えられない ?そんなもどかしさから、つい真鍋の口調もきついものとなってしまう。
そんな真鍋を見て、仁科も落ち込んだ様子を見せる。
「ごめんなさい。真鍋さんのことを信じないわけじゃないし、怒らせるつもりもなかったんだ。
だけど、見ず知らずの人にこんなに優しくされたことってないから、調子が狂うんだ。
何で真鍋さんは俺にここまでしてくれるんだろう ?だって、真鍋さん、何かメリットってあるの?」
「あぁ ?それは ?ないなぁ ?」
育ち盛りの高校生から出る『メリット』にぎょっとする。高校生のうちから損得で人間関係を考える必要はない。
そんな感情は大人になってから嫌というほどすることになる ?と、自分らしくないことを思うことになる。
「でしょ?俺をどうにかしたいってんなら、納得もできる。
それなら俺だって、安心して身を任すことだってできる ?いや、そんなにホイホイついてくわけじゃないけど。
だけど ?真鍋さんの意図が解らないんだよね。だからちょっと怖いんだ」
仁科が一線を引きたがる理由が分かった。それは仁科と真鍋が他人だからだ。
これが友達同士なら、そんなことは思わないのかもしれない―もっとも、友達同士ならこんな話はできないのかもしれないが―。
だが、彼らは知り合ったばかりの関係。仁科が甘えつつも警戒するのは無理はない。
「仁科 ?お前、何で佑君のことを好きになったんだ?」
「え ??」
「こういうのって、しようとしてできるものではないだろ?それと同じだよ。俺がお前を心配するのに、理由が必要か?
そんなに必要なら ?そうだな ?お前に落ち込まれると仕事が手に付かなくなる ?それじゃだめか?」
それはまんざら嘘ではなかった。仁科を置いて出社したとき、ものすごく真鍋は心配していた。
安全面もあるにはあるのだが、それ以上に学校に行ったのかだとか、まだ酔いつぶれていやしないかだとか ?そんな思いをするくらいなら、近くにいてくれたほうが安心もする。
「ううん ?。それなら俺、真鍋さんのこと、信じてもいいんだね ?」
真鍋が柄にもなく丁寧に話して信じて貰おうとしているのに、仁科はまだ気がかりなことがあるらしい。
「な、何をだ?」
「俺を甘えさせてくれるんなら ?途中で放り出さないでほしいです。真鍋さんはそんなこと、しないとは思うけど」
第11夜
途中で放り出す ?仁科はそう思っているのだろうか。残念ながら真鍋はそこまで―放り出すような人間を相手にするほどやさしくはない。
「俺はそんな人間じゃないぞ。それに ?そんなことしたら、夢見が悪い。
だけど、何でもしてやれるわけじゃないからな。お前じゃないとできないことだってある」
仁科の不安はそこにあったらしい。今まで彼が手にすることのなかったであろう優しさだから、すがりつくのが怖いのかもしれない。
『失うことに対する恐怖』それは仁科も嫌というほど味わっているから、そう思うのも無理はない。
だが、真鍋にしてやれることは、真鍋を独りで歩けるよう支えてやることだけだ。
「 ?ありがと。おかげで安心した。んじゃ、真鍋さん ?友達からでよろしくお願いします」
ぎゅっと力を込める仁科を、優しく抱きしめてやる。
これではまるで恋人同士だ ?そう思ったが、恥ずかしさもあり、それには触れないでおいた。
だが男同士というのもなかなか悪くはない ?そう思うのは、もともと真鍋にその素質があったからなのだろうか。
それとも、腕の中の少年が仁科だからなのだろうか。それはまだ認めたくはなかった。できることなら、兄みたいな存在として、仁科のそばに付いてやりたかった。
「あぁ ?よろしく ?って ?ん ?んん?」
いきなり口を封じられた。しかも、同じ口で、だ。つまり ?キスというやつなのだが、それがなんともたどたどしい。
仁科が遊んでいないということが分かり、一安心する真鍋。とはいえ、不意打ちで奪われたのも癪だったため、仕返しをすることにする。
「ん ?ふ ?」
離そうとした仁科の口に、真鍋のそれをつける。仁科にそれを拒む素振りはなかったため、かなり調子に乗ってむさぼっていく真鍋。艶やかな仁科の唇は、同じ男と言えども全く抵抗はなかった。
「真鍋 ?さん ?キス上手すぎ ?俺、非常にやばいかも」
そうは言うが、本当にやばいのは、真鍋のほうかもしれない。男と口付けを交わすのならまだしも、それを心地よいと思ってしまったのだから ?。
「 ?どうやばいんだ?」
「えっち ?してほしい ?って言いたくなりそう」
「って、言ってるようなものじゃないか」
「まぁね。俺もあまり自分がゲイって思ってたわけじゃないから男としたいって思うことはあまりなかったけど ?真鍋さんは別格」
「それは嬉しいことだな」
とは言っていたものの、真鍋は素直に喜んではいなかった。仁科が自分に性欲を持つのは構わない。
そう思っている時点で危険水域に達していると言われてしまえば返す言葉もないが、それは彼にとって些細なことでしかなかった。
本当に大切なことは、今セックスすることが本当に彼にとってよいことであるか、だ。
「そう言いながら、あまり嬉しくなさそうなんだけど ?」
「まぁ、複雑なことは確かだな。本当に今して後悔しないか?」
「それは ?」
「お前が今フリーで誰も好きなやつがいないというのなら、成り行きでしたって構わないと思ってる。要は入れる穴が前になるか後ろになるかの違いなんだろう。
だが、仁科には好きなやつがいるんだろう?」
第12夜
「だけど ?それが叶うってわけじゃない」
好きな人がいても必ず想いが叶うわけではない ?それは当たり前のことのはずだが、胸に刺さる痛みを感じる真鍋。
「まぁな。お前の気持ちが佑君に通じるかは俺だってわからない。だけど、それをどうにかしないと始まらないだろう?
今の宙ぶらりんの状態でセックスしたって、俺もお前も気まずくなるだけだと思う ?違うか?」
佑を好きだという気持ちを閉じ込めるために真鍋とセックスしたところで、仁科に癒しは訪れるのだろうか?好きな人を裏切ったという罪悪感が生まれ、逆に傷つくだけでしかない ?そう思っている。
「 ?真鍋さんの言うとおりかも知れない。俺、頭どうかしてた。こんなんじゃただの逃げでしかないよな」
「別に ?逃げるなとは言わないけどな。ただ、つらいのはお前だぞ?」
真鍋は別に構わないと思っている。掘られた ?というのならショックはずっと残るだろうが、この分だと仁科は真鍋の意思を尊重するだろうから後ろの心配はしていない。
それに、ある程度年相応に遊びの回数も重ねているため、あまり性行為を特別なものだとは思っていない。
だが、仁科はどうだろうか?キスのひとつでどぎまぎする ?真鍋の印象では、そんなに遊んでいるような少年には思えなかった。
「そうだね。ここは大人の意見を受け入れることにする」
『それがいい』これだけ言って真鍋は黙り込んだ。別にセックスは急いでするものではない。本当に必要なときにすればいいだけのことだ。
だから、仁科も結論を急がないでほしい。じっくりと自分の選ぶ道を考えてほしい。
その手助けなら、惜しみなくしてやるつもりでいるのだ。
「俺 ?本当に真鍋さんには感謝してるんだよ。普通だったら厄介者だと思ってもいいのに、こうやって面倒見てくれて ?もし真鍋さんがいなかったら、俺、どうなってたかわからない ?」
「まぁ、それはタイミングだろ。俺じゃないやつが来たら、そいつがお前を持って帰るかも知れない。
そうでなくても、案外酔いが醒めてすっきりしていたかもしれない。
だから、あまり気にする必要はない。これはただの偶然でしかないから」
「偶然でもいいよ。真鍋さんに出会ったことに変わりはないんだから」
「ったく、その積極さを佑君に出してたら、もう少し違ったと思うんだが ?と思うのは、俺だけか?」
思わずどぎまぎしてしまうような台詞を吐いてきたため、照れ隠しに反撃する。
仁科はもう少し大胆になってもよかったのではないか。
あまり気を使いすぎて窮屈はしないのだろうか。
もう少し少年らしく伸び伸びしてもいいのに ?そう思ったが、そんな仁科も仁科なのだ。否定をしたくはなかった。
「実は俺もそう思った。まぁ ?こんな言葉を言えるのも、真鍋さんが相手だからなんだけど」
「それは俺が他人だからか?」
「それもあるけど ?真鍋さんならちゃんと受け止めてくれると思ったから」
「はは。ずいぶんと評価してくれてるようだが ?受け止めることと受け入れることは別なんだぞ?」
仁科が自分のことを評価してくれることは嬉しいし、真鍋自身もそれを望んではいたはずだが、過剰な期待を抱かせるわけにはいかない。
仁科、そして、真鍋自身のためにも、できることとできないことをわきまえておかなければいけない ?そう思うのは、大人の勝手なのだろうか。
「てか、普通は受け止めることができないんじゃない?」
「あぁ、そうだな」
仁科の的確なツッコミには、苦笑して返すしかない。普通仁科の抱くような気持ちは、受け止める前に拒絶してしまうものだ。
だから彼は、頭ごなしに否定しない真鍋に対し、感謝しているということだ。あまりひねくれる必要もないだろう。その好意は素直に受け入れることにした。
「まぁ、俺にはそれだけで充分なんです。ですから、今夜一杯は真鍋さんに甘えることにします」
「って、泊まるつもりなんだな」
確かに自分は持ち帰ると言った。この期に及んで帰すつもりもなかった。だが、こう泊まる気満々でいられると、調子が狂うことも確か。
先ほどとは違い、遠慮をしなくなったことを素直に喜んでいいのかどうか。
「もちろん。本当は明日もサボって真鍋さんと一緒にいたい気分だけど ?」
「それはさすがにまずいだろう」
「あいつらに勘ぐられるからね。だから、早朝にでも帰ります」
第13夜
結局その日仁科は朝早くに帰っていった。これでいつもの朝が戻ってきたのだが、独りで過ごす朝が寂しく感じるのは、やはり少年がいないからなのだろう。真鍋は思い出し、ふっとため息をついた。
他愛のないやり取りなら昼休みにメールでする。何かあれば連絡するだろうが、心配であるのには変わらない。こんなに自分は心配性だったか ?疑問に思う真鍋。
「おーい、真鍋、今日こそは飲みに行くぞ」
仕事帰りに同僚の高梨に誘われる。高梨とは高校からの腐れ縁である。
よく高校の友達は一生ものになると言われるが、それを地で行っているような二人だ。
酒を交わすこともしばしばあるのだが、ここ最近はお互いの予定から、中々一緒に飲めないでいた。
「そうだな ?ここ最近一緒に飲んでないし」
「だろ?最近お前、人付き合いが悪い。いつもは暇だからって付き合ってくれたのに。さては ?カノジョでも出来たか?」
「彼女じゃないから」
嘘偽りは全くないため、即答する真鍋。だが、高梨がそれで引き下がるような男ではないことは、長い経験からよく分かっている。
「なるほど、それなら彼氏か」
「なおさら違う」
ここは普通に否定しておく。後ろめたいことは何にもないのだが、過剰反応はしないほうがいい。それでは彼の思う壺だ。
「そりゃそうだ。お前なら女にもてないから男に走る ?ということはないからなぁ。
だけど ?妙に怪しいんだよな。ここ最近帰りもスピーディーだし。吐け、ここ最近、何があったんだ ?」
「何って、酔っ払いの少年を拾っただけだ」
別に黙っている必要もなかったため、白状する。
「なるほど ?それを食ったわけだ」
「それをどう思うのはお前の勝手だが ?酔いつぶれてそこいら中に撒き散らしたやつを見て、食欲が湧くと思うか?」
ネタにして楽しもうとした高梨の笑いが、引きつったものとなった。その現場を想像したのだろう。
「わ、悪かった。確かに食べたいとは思わないな」
いくら同性愛者でも、そんな場面に遭遇した相手を見て性欲が発生するとは思えない。
「だろう?後は ?悩みがあるようだから、聞いてやっただけだ。残念ながら高梨の喜びそうな話はないぞ」
「仰るとおりで。しかし ?真鍋ってそんなに人よかったっけ。俺が酔いつぶれたら、間違いなく捨ててくだろ?」
「勿論だ。それとも、拾われて一晩中看病されたいか?」
残念ながら真鍋にそのような趣味はない。もともと真鍋も高梨も酒には強いが、見慣れた顔を一晩見たって楽しくはない。
「俺、されたいけど。それで、思いっきり真鍋に甘えたい」
「お前、そんなキャラじゃないだろう」
真鍋に甘える高梨を想像し、ぞっとする。高梨もどちらかと言うと甘えさせるタイプで、全く似合っていない。
「だから、願望なんだよ。お前がお人よしじゃないせいで俺が結構頼られるから、たまには甘えてみたくもなるんだよ」
本人は軽い冗談で言っているが、本当にそう思っていたら、それは贅沢な悩みかもしれない。
仁科に会わせてみたらどうなるか ?案外気も合うかもしれないが、それはそれで気に食わない。
「でも、お前は俺を拾ったりはしないからなぁ ?ってことは、そいつ相当な美少年?」
「まぁ、いい線は行ってるぞ」
美少年だから拾ったというわけではないのだが、否定する理由はない。
「うらやましい。俺も甲斐甲斐しくされたい」
「冗談はここまで。飲みたくないなら続けても構わないが ?」
慌てて高梨は飲むと騒いだ。
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久々の酒 ?と言っても、数年ぶりの再開ではない。数日間一緒に飲まなかっただけ。
積もる話などあるはずがないから、何か特別なことがあるかといえば、そうでもない。ただ飲んで食って、上司の悪口を言って ?それだけだ。
ただ違うことがあるとすれば、高梨が泊まりたいと言ったことだけだ。何でこいつと ?と断りたいのは山々だったが、女はいないんだろう?と言われ、泊めざるを得なかった。
「妙な気起こすなよ」
と、高梨に言われ、むっとしながら真鍋は返す。
「起こされたくなければ帰ればいい」
「悪かった。冗談だって」
慌てて謝る高梨 ?このやり取りはあまりいつもと変わらない。
「しかし ?本当にお前も物好きだよな。普通野郎の部屋に泊まりたいとは思わないぞ?」
「それには俺も同意する。だけど、まぁ ?お前の部屋は気になるんだよな ?って、本当に俺は泊まっていいものなのか?」
自分から泊まらせろと言っておいてナニを言うか ?そう言い掛けたが、無遠慮な高梨が戸惑う原因に気づく。
(タイミング ?最悪だな)
部屋の前にうずくまる少年がいた。
誰かと問いただす必要もなかった。
真鍋の部屋に来る少年と言えば、仁科以外にはありえない。
来るなら来ると ?慌てて携帯を見る。
マナーモードを解除していなかったため気づかなかったが、着歴は一つの番号で埋め尽くされていた。
(なんて馬鹿な男だ、俺は!)
確かに仁科は時々メールは送る。だが、電話はしない。しかも、人間的にここまで連発することなどありえない。
彼は礼儀をわきまえているから、むやみやたらにかけない。かけるときは前もってその旨を伝える男だ。それがこうなるとは ?彼に何かがあったからに他ならない。
「真鍋さん、遅かった ?ね ?」
第14夜
ゆっくりと顔を上げた仁科には生気は宿っていなかった。
自分と高梨がくだらないことで酒を飲んでいた間、いつ帰るか分からない部屋の主を独りでずっと待っていたのだろうか ?痛む胸を押さえる真鍋。
「何だ ?恋人、いるじゃないか。ごめん、俺、考えなしだった」
真鍋の隣の高梨を見て、今にも消え入りそうな声を出す。
「邪魔するわけ ?いかないよな。すみません。俺、帰ります。ちょっと真鍋さんに会いたかっただけだから」
慌てて立ち上がり、帰ろうとする仁科。その表情はどう考えても『ちょっと会いたかった』ようなものではない。
今帰したら何をしでかすかわからない。真鍋も止めようとしたが ?それに割って入ったのは高梨だった。
「なーんかムカつくな ?」
「高梨?」
「そこのくそガキ。何悲劇のヒロインぶってるの?」
自分も似たようなことを言った ?漠然と真鍋は思い出す。結局似たもの同士ということか ?だがここはボケているところではない。
「高梨、言いすぎだろう」
「は、何処が?手前で勝手に待ってたくせに、人が来たら何か?帰ります?自分はかわいそうな男ですってか?馬鹿も休み休み言うんだな。
真鍋がこんなやつ気にかける理由が解らん。一番嫌うタイプじゃないか」
言いたいことを言って満足したのか、高梨が一息つく。彼は結構ズバッと言う性格だが、こういうところでは出してほしくない。
もう少し黙っておいてくれれば ?と思ったものの、彼の口を止めるのは不可能に近い。
「そーだよ。それは俺が一番知ってる。あなたみたいな素敵な恋人がいるのに、俺なんか気にかけてもらう価値なんかないし」
またもや自嘲する仁科。だが、想像に反し高梨は怒らなかった。
「一目見て俺の価値がわかるとは、通だな」
そのような通であっても嬉しくないような気はするが、指摘すると延々と解説しそうなのであえて口には出さないでおく。
「そういえば真鍋よ。あまり重要でないと思ったから流してたのだが、俺たち恋人同士に思われてたのか?」
「 ?そのようだな」
あまりにも不本意な誤解に不機嫌さを隠さない真鍋。何が悲しくて高梨と恋人同士にならなければならないのだろうか。
いくら仁科がその手の人間とは言え、男二人でいるだけでカップル扱いされても困る。
「少年よ、俺たち、そんなにお似合いか?」
「は、はい?」
ころっと変わった高梨の口調に戸惑っている。
「恋人同士に見えるのか?」
「 ?違うんですか?」
「いや、そう見えるのならそれでいいのだよ」
「よくないわっ」
暫く黙って二人のやり取りを眺めていたが、さすがにそれ以上は放っておくことはできなかった。イライラしながら真鍋は突っ込みを入れる。
「高梨 ?悪ノリもいい加減にしろ。仁科も変な誤解するな。俺と高梨はダチなだけで、変な関係は全くない」
「え ?恋人同士じゃ ?」
きょとんとする仁科。目をまん丸にして、可愛いと言えばかわいい。そんな彼を見て高梨は爆笑する。
「ははは、残念。俺はただこいつの部屋に泊まりにきただけの、清らかな関係です」
『男の部屋に泊まりくるのが清らかなのか』という疑問があるとはいえ、あっさりと高梨は否定してくれたが、まだ仁科には納得できない部分もあったようだ。
「 ?結局俺、邪魔者じゃん」
「そこなんだよね。何でそうやって無理やり理解しようとするかな。君はさぁ、ずっとそこで待ってたんだろ?」
「それは、俺の勝手だし ?」
「そう。待っていたのは君の勝手だ。別に俺らには君の都合など関係ない。
だけどな、そこまでしてこいつを待ったということは、真鍋に話を聞いてほしいということなんだろ?
だったら、俺なんか押しのけて聞いてもらえばいいじゃないか」
「そーだ。こいつのことなんか気にする必要はない」
高梨に乗じる真鍋。だが、高梨はそれはそれで不満なようだ。
「 ?冷たいぞ、真鍋。昔から言い続けてきたんだが ?お前にはやさしさというものはないのかね?」
「何でお前にやさしくしなければならないんだ」
即答で返す。だが、それに対しては高梨は不満は持っていなかったようだ。
「そうだな。お前って昔からそういう奴だな。自分に厳しいかは知らないけど、あんまり他人に対し優しくないの。
でも ?お前さん、優しくされてるじゃないか。珍しいぞ、こんなの。どうせなら ?本音のまま、甘えたらどうだ?」
「でも ?」
「あぁ、俺がいると出来ないよな。なら、俺は帰るか。真鍋、タクシー代、よこせ」
人から金を巻き上げる気か ?そう思いかけたが、それは高梨なりの気遣いであることに気づく。苦笑しながら財布から一枚取り出し、手渡してやる。
「サンキュー。あ、一応真鍋には言っとくか。ひょっとして俺がお前のこと ?と少しでも思ってるだろう」
「う ?」
残念ながら真鍋は即否定することが出来なかった。