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待ち合わせは真鍋の部屋だった。迎えにいこうとしたものの、それは仁科に断られる。
本人曰く『気を遣わせたくない』らしいが、それは仕方ないかもしれない。彼の家に行こうものなら、誰かに見つかる可能性だってある。
「すいません、お待たせしました」
時間一分前になって仁科がやってくる。急いだだけあってか、汗だくだ。
「いや、遅れてはいない。そこまで急ぐことはないだろう」
「あ?間に合いました?よかった。実はさっきまで着るものを探してまして」
本当に遅刻寸前だったらしい。別に遅れたところで怒りやしないのだが、こういうことに関しては律儀そうだ。仁科がそう思うのも仕方がない。
(別に服に迷う必要はないんだけどな ?)
仁科であれば、ナニを着たって似合う。
今日着ている物だって同年代の少年たちに比べればはるかにシンプルだが、却ってそれが仁科の魅力を引き立てている。
服が仁科を消してしまうようなことがない。育ちのいい少年に見える ?いや、実際に育ちが良いのだろうが。
「 ?どうかしましたか?」
怪訝そうな顔をする仁科。さすがに仁科を観察していたとはいえない。苦笑いしながらその事実をごまかす。
「いや、なんでもない。忘れ物がなければ、行くぞ」
それで、休日にいい年をした男二人がやってきたところは水族館。子連れ以外は想像通りカップルが多い。
中にはしっかりと魚を観察している人もいるにはいるのだが ?自分の世界に入っている人もかなり多い。まぁ、楽しみ方は人それぞれ、とやかく言う筋合いはない。
ちなみに仁科はどうなのか ?しっかりと観察している様子。楽しければそれでいいか。かなり久々にきた水族館で、年甲斐もなく楽しむことにする。
「あ ?あの魚 ?」
仁科に言われ、目の前を見ると、そこにはド派手な熱帯魚。
「あぁ ?」
「捌いたらおいしいですかね ?」
第23夜
『へ?』間抜けな顔して仁科のほうを見る。『綺麗』とか『可愛い』とか言うかと思ったのに、『捌いたらおいしい』とは意外すぎる言葉。
「あ、今驚いてる」
「そりゃ、驚くに決まってるだろう」
悪友の高梨だってそんなことは言わない。
「俺が『捌いたらおいしい』と言ったから?」
どうやら固定したイメージを抱かれて拗ねているらしい。そんな様子はある意味年相応で見ていてほっとする。
「そうだ。いや、お前に限らずここで言うものじゃないけどな ?」
「え?そうですか ?」
「あぁ。だって ?あんなど派手な魚見ても、おいしそうだと思わないぞ、普通 ?。見るには綺麗だが、食べるには毒々しい」
そのくらいは仁科も分かっているだろう。たぶんこれは真鍋に構ってほしいから。
出会ったころに比べれば、かなりの進歩だろう。今も多少遠慮している部分もあるが、以前に比べれば笑顔が増えた。
「あぁ、そうか ?ひょっとして、すし食べたいのか。それとも、刺身か?」
「それこそこんなところでの台詞じゃないでしょう。俺が言うより生々しいじゃないですか」
即突っ込みを入れられ、苦笑する。
どうも自分は仁科の笑顔を見ていたいらしい。誰だってつらそうな顔をするより笑っていたほうがいいのだが、仁科に関してはちょっと意味合いが変わってくる。
他人のことなんかどうでもいい真鍋が思うのだから、それはとんでもないことなのだ。
「まぁ ?水族館で魚が食べたいというのは俺らくらいしかいないだろうな」
『ですよね』というのと同時に周りの魚が逃げる。これはただの偶然でしかないのだろうが、そのタイミングのよさに仁科が笑う。
「真鍋さんにおびえたんだ」
「否定できないところが悲しいな」
ただでさえ人も寄り付かないのに、魚も逃げるなんて ?。
「冗談です。なんだかんだ言って真鍋さんは優しいです」
仁科はよく彼のことを優しいという。他人に言われれば平気で無視できるであろうこの言葉も、仁科に言われるとかなりむずがゆいものがある。
「俺が優しいなら、他のやつ、みんな優しいじゃないか ?」
真鍋に優しいという人間などいないのだから、もし真鍋が優しかったら ?という論理はある意味間違えていない。
「ほんと ?この人自覚ないんだから ?」
あ~あ、ため息をつく仁科。
「自覚ってどんな自覚なんだよ ?」
「いーや、なんでもないです」
自分から振っておきながら ?そう思ったが、これ以上突っつくのはやめておいた。
考えてみると、仁科と話すのは心地がいい。
無口というわけではないが、真鍋はあまり人と会話を楽しむ性格ではない。それなりに人に気を遣わなければいけないからだ。
気兼ねなく話せるのは付き合いの長い高梨くらいなものだ。仁科は彼とはタイプは違うのだが ?何故だろう。
「まぁ、俺なんかよりお前のほうが優しいと思うけどな」
良くも悪くもそれが仁科に対する印象。ただ、周りのことを気にしすぎだ。もう少し自分のために生きてもよいのではないだろうか。
「俺褒めたって何も出ないですよ」
少し赤くなって返す。そんな彼も年相応で可愛い。
(可愛い ?だと?)
何気なく自分で思ったことに焦る真鍋。同性に対してそう思うことも問題だろうが、それ以上に誰か一人の人間に対しそう思うことのほうが問題だった。
たとえば同僚の子や、テレビに出ている子に対して他人事のように思うのとは全く違う。仁科に対して感じるのはそこらへんで使われるものではない。
「あのー ?どうかしましたか?」
そんな真鍋の沈黙を不思議に思ったのだろう。恐る恐る聞いてくる仁科。
「いやー ?可愛いなと思って」
第24夜
「そうですね、小さい魚もいるし ?」
仁科に対して『可愛い』と言ったはずなのだが、本人には全く伝わっていなかった。
そのまま仁科に話を合わせてもよかったのだが、そうしなかったのはちょっとしたいたずら心が芽生えたからか。
「いや、お前が」
「へ?」
「いや、なんでもない」
聞き返されたので、少し赤くなりながら咳払いしてごまかす。いったいこの場でなんてことをしゃべっているのだろうか。彼らしくもない。
だが ?仁科に聞こえてしまったようだ。真鍋に負けぬほどの赤さとなる。
「そんなこと言われたの ?初めてです ?」
それもそうか ?納得する真鍋。
確かに仁科はあまり「可愛い」というタイプではない。
童顔というわけではなく年相応に見た目も整っているし、背が低いわけではない。
ただ見た目がいいと終わってしまうわけではなく、恋愛感情を抱く対象になることは間違いない ?と、恋に疎い真鍋ですらこう思う。
同年代の女の子は彼のことを「カッコいい」と表現するだろう。テニスをしたら似合うんじゃないか ?などと、勝手に思ってしまう。
「それならアレか?カッコいいと ?」
「真鍋さん 俺で遊ばないでください」
『別に遊んでるわけじゃないが ?』心の中でだけ反論しておいた。遊んだつもりで言ったわけではないことが、逆に厄介だった。
それがお遊びならどれだけよかっただろう。『冗談』で片付けることが出来るのだから。
「悪かったな」
そんな心のうちを隠して、兄みたく軽く頭をたたいてやる。仁科は恥ずかしがっただけで、拒否する仕草は見せなかった。
「ったく、その顔、やっぱり破壊力が ?」
『破壊ねぇ ?』半眼で仁科を見つめる。そこまで自分の見た目が悪いのだろうか。
別に自分がナルシストだとは思わないが、そこまで悪いものではないと自覚している。しかも、相手は自分を悩ます存在だ。『破壊』といわれて嬉しいはずがない。
「いや、素材がいいんだから、ぐらっときちゃいますよ ?」
仁科の言う『破壊』にはそういう意味があったらしい。もちろん悪く言われるよりはよく言われるほうがいいのだが ?。
「素材はってことは、中身はだめだってことか?」
「そんなこといってないですけど。ひょっとして真鍋さん、拗ねてます?」
「いや、ただのツッコミ」
中身が壊滅的だということは、彼自身がよく分かってる。仁科は過大評価をしているだろうから、客観的な評価にはならない。
(さすがに男同士でする会話じゃないよな ?)
まるでこれは恋人たちのデートだ。他のカップルのことを笑えない状況にある。居心地が悪いようでいい ?そんな変な空気を感じる真鍋。
仁科と一緒にいるだけで自分の心がざわめきだって来る。
これでは自分が仁科に ?。
第25夜
(そうか ?愛してるのかも ?知れないな)
仁科に惚れている ?その事実を当たり前のように認めることが出来た。今まで男に恋したことはないが、仁科が相手なら男同士でもありだと思える。
ただ、ハードルはかなり高い。仁科は幼馴染に片想いをしているのだ。
失恋したとはいえ、それを簡単に切り替えられるような器用な性格ではないことは短い付き合いではあるが、知っている。
真鍋は、そんな彼が好きなのだ。だからこそ自分がそばについてやりたい。
「真鍋さん ??」
「いや ?今度来るときは ?俺とじゃなく、お前が本当に愛した奴とこれるといいな」
それなら、心から笑っていられるから ?口には出さずに、気持ちだけはこめておいた。
仁科は笑っていたほうがいい。別に気を使ったものではない。心からの笑みを。そんな仁科が魅力的なのだから。
自分に欲がないといえば嘘になるが、本当に大切なことは ?好きな人が心から幸せであることだ。
「真鍋さん、俺といて ?つまらないですか?」
想像ができなかった仁科の答え。
「は?」
質問の真意がわからず返事に戸惑っていたところ、それを肯定と受け取ってしまったようだ。
「ごめんなさい、俺浮かれてた。
真鍋さんとここに行きたいってわがまま言って、ホントは昨日までずっと凹んでたけど、それでも真鍋さんついてきてくれて ?でも、本当は俺みたいな男じゃなくて ?」
謝る仁科は、今にも泣きそうだった。『あぁ、そうか』それで即理由に思い当たる。
仁科は勘違いしている。孤独を恐れているのだ。彼にとって真鍋は兄のようなもの。
そして、自身の性癖を隠さないで済む数少ない存在。
そんな真鍋が『他の人と ?』と言うのだ。それを仁科と一緒にいたくないと受け取ってしまったらしい。
どのようにして誤解を解けばいいだろうか?
「悪いけど、いい年の男が付き合いだけで水族館になんか行かないぞ?」
恋人持ちならまだしも、それと縁が全く無い真鍋ならなおさら。だからこそ仁科に押し付けたのだ。結果として自分も行くことになろうとは思わなかったが ?
「お前じゃなきゃ断ってたとこだからな」
それは紛れもなく事実だった。
「ホント真鍋さんって人がいい。でも ?ありがとう。何だか元気でた」
安心した様子を見せる仁科。それなりに身長があるためすっぽりと入るわけではなかったが、それでも抱きしめてやる。
やっていることは性別の問題があるだけで周りと同じようなことだったが、別に構わなかった。
「真鍋さん、ここ、人前!」
公衆の面前に晒されじたばたしているが、力ずくでそれを封じる。良くも悪くも真鍋は周りを気にするような性格ではない。
「別に ?周りのことなど気にする必要は無いだろう。窮屈すぎて ?疲れないか?」
真鍋のようにあまりにも無関心すぎるのは問題だが、仁科のようにあれこれ考えすぎるのもどんなものだろうか。
子供なら子供らしくもう少しのびのび ?とは思ったが、そんな仁科も好きなのだから仕方が無い。
「どうだろ。ずっとこんな感じだったから分からない ?」
その言葉を聞いた瞬間、仁科に口付ける真鍋。何人かがこちらを見ていたが ?真鍋はそんなことを気にする性格ではないのだ。
第26夜
「ま、ま、ま ?!」
突然キスされ、驚きで二の句が告げない様子の仁科。
だが、そんな彼を無視して続ける真鍋には、少年をからかうような空気はなかった。
「ずっとそうやって生きてたのか?お前独りで ?」
真鍋の瞳には甘さはひとかけらもなく、相手を射抜いてしまいそうな強い光が宿っていた。
彼が愛している少年は気を遣いながら自分の心をすり減らしてきたのだろう。
自分で抱え込むことしかできなかった想いを胸に、ずっと苦しんで ?。
「それとき、きすは ?」
「何、ただ、したかっただけだ ?」
そんな彼の視線の強さが和らいだ。真鍋の言っていることは嘘でもなんでもない。
仁科が好きだからだとか、独りでいたのが痛々しかったからとか、後付はいろいろできるが ?結局のところは発作的にしたものなのだ。
「真鍋さんって ?結構無節操?」
呆れ顔で見てくる仁科。曲がりなりにも真鍋は男。女と遊んだことはあるが、このようにキスをしてあきれられることはなかった。
「無節操でいられるほど、相手がいないんだけどな」
「それ、絶対嘘。真鍋さんなら相手に困るはずがない!」
う~ん ?返答に困る真鍋。確かに仁科の言うとおり「相手に困る」訳ではない。ただ、困るほど需要もないというのが真相。
自分を美化しまくるこの少年をどう説得しようか、それを考えると急に仁科が真顔になる。
「そうだね、真鍋さんが付き合う相手に困るはずなんかない。本当だったら、こんな休みの日には ?」
「いや、ごろごろしてるぞ」
シリアスな空気に引きつりかけた真鍋が珍しくボケるが、仁科には聞こえていない。
「本当に真鍋さんには感謝してる。
赤の他人である俺の面倒を見てくれて、こうやって時間も作ってくれて ?もし貴方がいなかったら、俺今どうなってたか分からない。
俺も、もう少しがんばるから。佑のこと、過去のことでいられるようにするから ?真鍋さん、そのときまでは俺のお兄さんでいてください。
他の人のものには ?ならないでください ?」
途切れ途切れに紡ぎだされる言葉。その一言一言から、彼の傷が伝わってくる。無理やり前を見ようとしている。
だが、独りで歩くことを恐れている。そんな彼に自分は何をしてあげられるのだろうか ?。
「悪いが ?そのお願いには答えるつもりはないな」
第27夜
『本当に真鍋さんには感謝してる。
赤の他人である俺の面倒を見てくれて、こうやって時間も作ってくれて ?もし貴方がいなかったら、俺今どうなってたか分からない。
俺も、もう少しがんばるから。佑のこと、過去のことでいられるようにするから ?真鍋さん、そのときまでは俺のお兄さんでいてください。
他の人のものには ?ならないでください ?』
仁科の口から途切れ途切れに紡ぎだされるその言葉。一言一言から、彼の傷が伝わってくる。
自分ひとりでどうにかしよう ?無理やり前を見ようとしている。だが、その一方では独りで歩くことを恐れていた。
二つの相反する気持ちに仁科は押しつぶされそうになっている。そんな彼に自分が出来る事はなんだろうか?
『悪いが ?そのお願いには答えるつもりはないな』
考えて出たのが言葉なのだが、仁科が一気に凍りつく。それをいいことに真鍋がまくし立てる。
「何故お前が俺の兄でいなければならないんだ。
残念だが、俺はそこまで人格者じゃない。ついでに、『そのときまでは』ってなんだ。
お前が佑君のことを過去にしたら、俺は用済みってことか?納得いかないな」
「真鍋さん ??」
「ったく、『お兄さん』と『そのときまでは』って、余計じゃないか?兄だったら ?恋愛できないだろうが」
表面上はかなり冷静に見せているが、内心はかなり緊張している。
誰かに想いを告げる機会などほとんどないものだから、真鍋も限界点に達しているのだ。
自分よりもはるかに年下の、しかも同性にここまで心を奪われるとは思ってもみなかった。
とはいえ、あまりにも冷たい表情と、放たれたその言葉のギャップに、目を丸くする仁科。
「それってつまり ?」
「お前が好きだってことだ」
「 ?は、はいーーー?」
想像を絶する仁科の驚きように、真鍋の緊張も一気に吹き飛ぶ。
「ははっ。お子様にはまだ早かったかな」
「お子様だなんて!」
そのくらいは否定しなくても分かっている。お子様では片付けられないほど、一途に恋をして彼は深い傷を背負っているのだ。
「まぁ ?だから、俺も焦るつもりはない。仁科がもう少し元気になったら、そのときは俺のことも見てくれるとうれしいかな」
「え ?え ?」
「気を長くして待ってるんで、そこ、よろしく」
第28夜
『お前が好きだってことだ』
「はぁ ?」
つい一日前の出来事を思い出し、仁科はため息をつく。
昨日の出来事であるはずなのに、どうしても先ほどのことに感じてしまう。
真鍋は返答する時間をくれなかった。
勝手に「待ってる」と片付けて ?結局それからは普段と変わりなかった。
それは、自分が答えることが出来ないからだと知っていてのことだ。
( ?嬉しいかも ?)
真鍋のことは好きだ。本人及び彼の友人らしき男は真鍋のことを優しくないと言っているが、それは大嘘だ。本当は真鍋はとても優しい。
(だけど ?)
真鍋の想いに応えられる自信がない。
確かに彼の気持ちは嬉しいが、今は佑のことで精一杯で、ほかの事は頭には入らない。
それに ?やっぱり不安もある。今までそんな好意を受けてきたことはなかったから、どうしたらよいのかが解らない。
真鍋の差し伸べてくれる手を取りたいと思う一方で、怖いという気持ちがある。
どうも真鍋は待っていてくれるらしいが ?もしその手をとったら、今度は捨てられることにおびえなければならない。
「はい ?」
急に携帯が鳴る。その主は ?夏休み、頭を冷やすのにはちょうどいいときには決して出たくない相手だった。
「佐井 ?いったい何の用?」
「今から時間取れない?」
「いや、忙しいんだけど」
わざわざ佐井が呼び出すのだ。あまりいい内容だとは思えない。
「あれ、仁科って逃げる気?男の癖に」
「それを言うなら佐井は女の子なんだから ?」
「あ、それ、セクハラ ?」
「それはおあいこだろ?で、何処に行けばいいの?」
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佐井に呼び出されたのは、以前真鍋と食事をしたファミレスだった。
ここ自体普段学校帰りに利用する場所で、別に何も不思議はないのだが、以前佐井や佑と遭遇したこともあったため、どうも居心地が悪い。
どうせ佑がらみか ?苦笑いしながら待っていたが、目の前に現れた人物は、想像できなかった人間だった。
(嵌めやがったな ?)
何を意図しているのかは分からないが おそらく佐井が仕組んだのだろう。
その可能性に気づかなかった仁科は舌打ちをする。佑の隣には佐井はいなかった。そうすると、佑も同じ ?いや、複雑な手口で呼び出したのかもしれない。
こんなまどろっこしい手を使うのだ。さすがに仁科の名前を使って呼び出しはしないだろう。
「その ?久しぶり」
「あぁ ?」
相手にかける言葉が見つからなかった。普段仁科と佑はいろいろと会話をすることも多いが、夏休み前に気まずい別れ方をしてしまったため、会話のきっかけがつかめない。
空気は重くなる一方だった。
「佐井は?」
「 ?分からない」
「 ?そう」
会話もとぎれとぎれになる。こういうときに佐井がいてくれれば、適当に言い争いをして気を紛らわせることも出来るのだが、佑が相手だとそうも行かない。
今までけんかをすること自体なかったものだから、こんなときどうすればいいのかが思いつかないのだ。
第29夜
絶縁状態の仁科と佑に気のきいた会話ができるわけではなく、しばらくの間硬直状態が続いていたが、話題は佑のほうから振ってきた。
いつも仁科の方が話題を振るので、これ自体はかなり珍しかった。
「その ?仁科くんって ?」
「ホモかって?」
「その ?」
『今でも信じられない』その言葉に仁科は再度沈黙した。信じられないのではなく、信じたくないのだろう。
友達としてそばにいて、佑が男に興味を持ったという話は全く聞かない(それは極めて自然なことではあるが)。
普通に佐井のほうばかり見ていて、仁科はただのオトモダチのうちの一人でしかなかったのだから。
「ったく、本当に ?鈍いんだから。前にも言ったとおり、俺はずっと佑のことが好きだったんだ」
コーヒーカップを持つ姿は冷静であるように見えるが、手がかすかに震えている。
本当は仁科だって仲違いしたままではいたくない。大切な友達だからこそしっかりと想いを伝えたいとも思うし、この気持ちが叶わなくても、元の友達としてやっていきたいのだ。
「ずっと僕のこと、そんな目で見てたんだ」
佑の瞳に浮かんだのは、嫌悪か、それとも蔑みか。以前『気持ち悪い』と言ったときよりも、はるかに拒否反応の強いものだった。
(やっぱり ?こんなものか)
目の前の現実に仁科は失望する。同じ男に性欲の対象として見られれば、普通は誰もが嫌がるということは分かっている。真鍋や高梨が例外なだけだ。そのくらいは仁科だって分かってる。それでも ?。
「最低」
たった一言。ただ、仁科を傷つけるには充分すぎた。
「うん、そうだね」
冷え冷えした答えに、あからさまにびくっとする。自分で仁科を軽蔑するような言葉を吐いておきながらそのような反応をするのは、普段佑には激甘だからだ。
仁科が相手を凍らせる視線を贈るとは思っていなかったようだ。
「言われなくてもそのくらいは俺だって知ってるよ。でも、佑は今俺がどんな気持ちでいるか分かる?ずっと好きで、でも、やっぱり男だから告白できなくて、佐井と仲良くなってるのを見ているしかできなくて」
「そんなの ?勝手だよ」
「そうだね。勝手に好きになったのは俺だから。でも ?でも ?」
本当は逆切れであることくらい知っている。
それでも、ずっと想いつつけてきたという事実が仁科の口を止めることを許さなかった。
「俺だって好きな奴に最低だって言われて何とも思わないわけじゃないから。言いたいことはそれだけ」
これ以上佑の顔を見ていたくなかった。どうせ嫌いになれないことくらい、分かっているから。
だから、無理やりその席を離れる。佑が止めようとしていた気がしたが、見なかったことにした。そうでもしなければ、泣いてしまいそうで嫌だったから ?むりやり感情を封じ込め、彼は元凶に電話する。
『はい ?え?仁科?』
電話の主、佐井が驚いている。てっきり佑と食事中とでも思ったのだろう。
「うん、もう終わったから」
そう、自分の想いを告げてしまった時点で何もかも終わってしまったのだ。
『え ??』
「言ったとおり。じゃね」
『ちょっと待って!』そんな佐井の言葉は無視し、電話を切る。ひょっとしたら仲直りしてほしかったのかもしれないが ?これでよかったのかもしれない。
いずれ終わってしまう関係であれば、それが来るのが早いか遅いかの違いしかないわけだから。だったら ?変な希望を持たないうちにつぶしてしまったほうがいい。
(真鍋さん ?俺、泣いてないよ ?)
見た目よりはるかに心配性な真鍋は、今日あったことを言うと、『今すぐ来い』とでも言いそうだ。
だから、仁科は今日だけは真鍋に連絡はしないことにした。絶対彼に甘えてしまうことが分かっているから。
そのぬくもりを手放せず、ずるずるとおぼれてしまうことが目に見えているから。せめて今日だけは独りでいたかった ?。
第30夜
(う~ん ?俺、悪いことしたかな ?)
会社からの帰り道、独り悶々とする真鍋。人から恨まれる自信はそれなりにあるのだが、今回の件ばかりは見当がつかない。
(やっぱり告ったのがまずかったか)
あれから仁科からメールが来ない。今まではほぼ毎日のようにやり取りをし、真鍋が送ったらほぼ確実に返信が来たのだが、ここ最近は何の音沙汰もなかった。
(変わったな、俺も)
今までそんな気持ちになると思ったことはなかった。
休日はいつも携帯はマナーモード。バイブはつけない。出るのは会社からの電話のみ。本当に用事があるのなら、何度か電話するだろうから、その場で気付かなければまず一発では出ない。
出るとしたら真鍋の性格をよく知っていてしつこく電話する高梨くらいなものだ。
(独りで泣いてなければいいが ?)
『便りがないのがよい便り』というが、急に連絡がなくなるのも不安だ。
余計な心配だと分かっていても、今まで誰かのことでここまで頭を悩ませたことがないものだから、適当なところで ?ということもできない。
(俺が過保護なだけか ?って ?)
どんなに気にしても返事が来ないのだから仕方がない。会社を出、駅の改札を通ろうとしたところに一人の少年が右往左往している。
定期を落としたのか?邪魔だから探すのなら別のところで ?隣を通り過ぎようとしたところで真鍋が硬直する。
「え ?君は ?」
驚かないはずはない。その少年は仁科の片想いの相手、佑だった。この時間からすると、予備校にでも行っていたのだろうか。
「そういう貴方は ?どなたですか?」
真鍋はずっこけた。
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藪蛇だったか ?とは思っていたが、わずかではあったが真鍋のことは覚えていた。
じっと顔を見たところ『あの時レストランにいた ?』と思い出してくれた。どうも少年萱原佑はあることで頭が一杯だったようだ。
「財布 ?忘れたのか?」
「いえ。ただ、定期入れを忘れてしまったみたいで。もう予備校もしまってるし、明日取りに行きます」
そう言って財布から小銭を出そうとしたところでため息をつく。どうも中身が想像以上に少ないらしい。
「いいよ。そのくらい、貸してやる」
本来だったら『あぁ、そうですか。大変だね』で済ますのだが、会話してしまった以上は仕方がない。これは真鍋なりの気遣いだ。
曲がりなりにも仁科の友人であるのなら、お金のことはしっかりしてそうだ。定期を忘れたとはいえ、あげるといったところで受け取らないことは、簡単に予想が出来る。
「その ?有難うございます」
そんな珍しい真鍋の気配りを受け取ってくれたらしい。
「気にするな。この分は、後で仁科に渡してくれればいいから」
何気なく言ったつもりだった。仁科が振られたということは忘れていなかったわけではないが、別にそれは問題ない。普通はその事情を知っていることが変なのだから。
ただ ?問題は ?それを聞いた佑の表情が暗くなったことだ。
「ん ??どうした?」
その名前を聞いて嫌悪感を示すのであれば、真鍋も違和感を覚えなかっただろう。
「その ?仁科くんと仲いいんですか?」
探りを入れてくる少年。
「んー ?どうだろな。悪いわけじゃないが ?」
まぁ、仲は悪いわけではない。もちろん、よいわけでもないが。それ以前に、ここ最近会っていないため、答えのしようがない。
「そうですか ?彼、なんか言ってましたか?」
「何かって?最近会う機会がないからよくわからん。たぶん君のほうが詳しいんじゃないか?」
「それは ?その ?」
そんな質問に歯切れの悪くなる少年。胸騒ぎがする。もし、真鍋の予想が真実であれば、急を要する事態だ。
今こうしている場合ではないのだが ?さすがに目の前の少年を放っておくわけにもいかなかった。
「残念だけど、俺のほうには連絡は入っていない。何かあったら友達の君に連絡が入ると思うが。
あいつに何かあったのか?」
「それは ?」
再度の沈黙で二人の間の溝を確信する。
おそらく仁科と佑は喧嘩した。今度は絶縁関係にまで発展したか。それなら、仁科の件については触れないほうがよいかもしれない。
うかつに言葉を発して、仁科の心象を悪くする必要はない。
(だが ?妙だな ?)
仁科と佑の関係が悪くなっていることは決定的事実だ。
もし悪くなっていないのであれば、仁科だって真鍋に連絡を入れているはずだ。
今音沙汰がないのも、『甘えるわけにはいかない』と逆に真鍋に気を遣ったから ?そう考えると辻褄が合う。
ただ、ひとつ理解できなかったのが佑のことだ。縁を切ったのは明白なのに、どうも仁科のことを心配しているようにも感じる。
だから真鍋は一つの賭けに出ることにする。
「一応俺はこの前会ったんだが ?」
『そうですか』すこしほっとした様子を見せる佑。後は彼のほうから口を開くのを待つだけだ。慌ててこちらのほうから口を開く必要はない。
「知ってるかもしれないですけど、この間仁科君に告白されて、でもやっぱり男同士だから、断るしかなくて ?。これから僕はどうしたらいいと思いますか?」
第31夜
仁科は親友である萱原佑に片想いだった。
自身の抱える想いに耐えられなくなった少年は告白し、そして振られた。そこまでは仁科本人から聞いて知っている。
ただ、つい最近―おそらく連絡が来なくなった日―にも何かがあった。それが、佑の言った『この間仁科に告白されたけど断った』ということだ。
つまり、仁科は二度も拒絶されたことになる。
「どうしたらいい ?ねぇ ?」
自然と真鍋の声が低くなる。佑は仁科を傷つけた張本人だ。どうして彼にアドバイスをしてやる必要があるのだろうか。
それに、佑は全然分かっていない。
「なんかおかしくないか?」
「ごめん ?なさい ?」
泣きそうになって謝る。普通の感性を持つ人間であれば、その今にも壊れてしまいそうな脆さに罪悪感を覚えるのかもしれないが、真鍋には痛くもかゆくもない。
彼に対し温情をかける必要性を真鍋は微塵も考えていない。
ただ ?それでも仁科が本気で好きになった少年だ。それを考えるとこれ以上は責めることもできなかった。
「本当に大切なのは、どうこう『したらいい』じゃない。君自身がどう『したい』か ?それじゃないのか?」
「僕は ?」
答えに詰まる佑。そんな彼に少しだけ手助けをしてもよいのだろうか?
「ホモが気持ち悪いのなら、突き放してしまえばいい。告白されたから必ずその気持ちに応えなければいけないなんて決まりはないんだ。
周りはどう思うかなんかあまり気にしなくたっていい。君は同性からそういう眼で見られたんだ。そして、それは気持ち悪いものだった。怒る権利はあるだろうが」
完全に言葉を失った佑に、今度は優しく諭してやる。
「でも、本当はそれだけじゃないんだろ?まぁ、あまり心地はよくないようだが、それでも友達でありたいと思ってる ?そんなところかな」
無言で頷き、彼の気持ちを確認した。
「だったら今の君の気持ちを伝えるべきだと思うけどな」
「僕に ?それが出来るでしょうか ?」
佑が後ろ向きになるのも仕方がない。
「ま、それは身勝手な考えだろうな。世の中そんなにうまくいくわけがない。
『手ひどく振ったけど自分のお願いには応えてほしい』というのは、相手からみるとあまりにも虫のよすぎることだろ。俺だったら土下座されても断る。
だから、出来ないのならしなくて構わないぞ。別に俺がそれで困るわけではないから」
と、あっさり。ひょっとしたら泣いてしまうかな ?とは思ったが、佑は真鍋が思っていたほど馬鹿な少年ではなかったようだ。
「その、聞いていいですか?真鍋さんは仁科君のこと ?」
別に他意があったわけではないのだが、そんな一言でも気づいてしまったようだ。
その理由は真鍋の表情が険しくなかったからなのか。
もっとも、高校生と社会人が知り合っているという時点でただの知人ではないということなのだが。
しかも、性癖という簡単に他人に話せないことを知っているのなら尚更。
「ま、そういうことだ。俺はあいつのことが好きだ。だから、個人的に言わせてもらうと君らが仲悪いままでいてくれたほうが助かるんだけどな。
そうすれば自然と俺しか頼るやつがいなくなる ?ま、それはそれで不幸かもしれないが」
「その ?ありがとうございます ?」