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作者:日-未知 当前章节:15276 字 更新时间:2026-6-23 02:25

「別にお礼言われることはしてないぞ」

厳密には電車代を貸したため、お礼は言われてもしかるべきだが。だが、佑がここで言ったのはそのお礼でないことは明白である。

「そんなことないです。僕、もし真鍋さんに会わなかったらずっと仁科君に謝れなかったかもしれない」

「いや、別に謝らなくてもいいんだぞ?というか ?まだ謝っていないだろうが」

そんな軽口に軽く笑顔を見せる佑。

「絶対僕は仁科君に仲直りしてみせますから。で ?その ?僕が言うのも変ですけど、仁科君のこと、お願いします」

第32夜

ただお金を貸してやればよかったのかもしれないが、そのまま真鍋は佑の家の近くまで送ってやった。

一人で夜歩けない年齢ではないと思うが、そのままにしておくのも夢見が悪い。

それだけでなく、普段の仁科、つまりは真鍋が知らない一学生である仁科のことを知りたいという部分もあった。

それで分かったことは、決して佑は仁科のことを嫌っているわけではないということだった。

話の端々に自分の放った言葉に対する後悔の念が浮かび上がっていた。だから、いずれは佑の方から歩み寄ることになるかもしれない。

後は仁科次第となるのだが ?たとえ時間がかかってももとの仲に戻るだろう、不思議とそんな確信が持てた。それ自体は真鍋にとってプラスではないのかもしれないが、今回ばかりは心底二人の仲直りを望む真鍋。

ふと仁科の顔が見たくなる。別に毎日会っていたわけではないが、ここ数日が妙に長く感じた。そんなことを感じたのは今回が初めてかもしれない。

だが ?メールを打つ手が止まる。

もう少し仁科には時間をやったほうがいいんじゃないか

ちゃんと仲直りするまで待ったほうがよいのではないか?

それ以前に、もう真鍋とはかかわりたくないと思っていたら。

『恋をすると人は臆病になる』とはよく言ったものだ。

「お、真鍋。何悩んでるんだ?」

高梨に後ろからどつかれ、ここが職場であることを思い出した。

これが休憩中でなければ上司に怒られただろう ?その上司に真鍋を怒る度胸があるかどうかは別として。

「あ?俺が?」

「あぁ、お前が。眉間のしわがいつもより深いぞ」

そう言われてしまい、真鍋は考え込むのを中断する。どうやら自分の苦悩は周りにも伝わってるらしい。

「おかげで周り、おびえてる」

周りを見ていると ?確かにそのとおりだ。多少表情を緩めると、周りの緊張も多少緩む。

「どうせあの子のことだろう?」

『まぁな』否定する理由がなかったので、認めておく。『あの子』の言葉に驚いた周囲に関しては一睨みで黙らせた。

大まかな事情を知っている高梨には効果なかったが。

「悩む暇があんなら、動いたらどうだ?」

文句言われる覚悟で肯定したが、高梨の不満は真鍋が想定したのとは別のところに存在したようだ。

「お前に言われるとはな。俺らのこと反対じゃなかったのか?」

従って、高梨の急な変わりようにはびっくりするしかなかった。以前反対したとは思えない。

「ま、考えてみたら、俺が反対する意味もないしな。ただ焼餅やいてただけだから」

真鍋の驚きに追い打ちをかける一撃。『焼餅』自体はよく耳にする単語ではあるが、高梨が真鍋に向かって口にするのは初めて聞いた。

それ以前に、男が男に焼きもちを焼くということ自体珍しいだろう。

「お前が ??」

ただ、彼の言動を深く思い出してみると、心当たりがある。彼が初めて仁科を見た時からおかしいという部分があったのではないか?

「そ。だって、今までろくに人とつるまなかったお前がなぁ ?お前のダチは俺だけだって自惚れてたのに ?」

「ま、それは否定するつもりはないけどな ?」

高梨の言っていることはただの自惚れではない。いくら真鍋が年中仏頂面でいたとしても、自ら進んで孤独に浸る趣味までは持っていない。

彼はそこまで根暗な性格の持ち主ではないし、その行為は自分の仕事上でもプラスにならないことは理解している。

よって、浅い付き合いならそこまで少なくはない。ただし、自分自身のことを言える、自分に対して好き勝手言ってくれる相手は高梨くらいだ。

「そっか。そんなことを言うなんてやっぱりお前も変わったよな。今までだったら『ふざけるな』くらいは言うはずなのに」

基本的にそんなケースになった場合には『ふざけるな』とは言わずに、無言の圧力をかけることが多いが、高梨の言わんとすることは理解し、真鍋も納得する。

仁科と知り合って確かに少しずつではあるが変わっている気もする。『人』というものをしっかりと見ることができるようになったのではないか。

「なんか悔しいな。あの子にいいところを持ってかれてるような気がする。これで俺は孤独か ?つまらない。

ま、それでお前がハッピーになるなら ?それはそれでいじくり甲斐がありそうだから、差っぴいて考えて ?ここはお前の恋を応援することにしよう」

彼がわざわざ『応援する』ということは、何かしらの目論見がある可能性は高いが、それをいちいち気にしても仕方がない。

「あぁ ?そうだな。せっかくだから、これからサボらせてもらうとするか」

職場でありながらもそれをまったく無視した言葉。変わったことは自覚しながらも、マイペースなところは大して変わっていない。

「おー、結果楽しみにしてるぞ」

と声をかけてくるのは、高梨ではなく上司。どうやら真鍋の身辺に興味深々なのは高梨だけではなかったらしい。

「あ、いいんですか?」

「浮いた噂がない真鍋がどんな女の子に狂ったかが気になるから」

そういえばこの上司も酒の席でこの手を話をしていたのを思い出した。

「あぁ、女の子じゃないですから」

仁科には悪いかもしれないが、あえて隠すつもりはなかった。

「なるほど。真鍋は熟女好みか」

そう答えるのも無理はない。ちなみに、真鍋にその類の趣味は全くない。

「残念ながら、女の子でも熟女でもないですよ」

う~ん ?上司は黙り込む。

「そういう趣味があるとは ?そりゃ、女っ気がないのも当然だな」

あっけらかんと上司もその事実を受け入れた。

「ま、成績さえ残してくれれば、後はどうしようと構わないが ?どうせ、サボるといってもその辺は抜け目がないんだろう?」

『当然です』即答だった。もともと真鍋は優秀な男だ。だが、仁科を守るためには今以上に業績を上げて足元を固めなければならない。

そして、少しでも彼が安心できる存在でいなければいけないのだ。

第33夜

珍しくメールをせずに直接電話をしたが仁科は出なかったため、『今日暇ならうちに遊びに来い』と、これまた珍しく留守電にメッセージを残しておいた。

もちろん万が一無視した場合の脅し文句も付け加えて。

堂々と仕事をサボった手前どうにかしなければいけないのだが、それは自分の都合だ。

仁科に押し付けてはいけない ?と言い聞かせていること自体、真鍋が焦っているということなのだが、そんなことはこの際どうでもいい。

仁科のことが心配 ?結局そんなのは建前だ。自分が彼のそばにいてやりたい、ただそれだけなのだ。

(ったく ?どうしてくれようか)

自分がそんな性格の持ち主だとは思わなかった。優しくない人間であると自覚していたはずなのに。子供じみた恋をしようなどとは思っていなかったのに。

それを捻じ曲げてしまうということは、それだけ仁科のことを愛しているということなのか。

落ち着いて部屋で待っていればいいのだろうが、あーだこーだ考えると落ち着かない。うろうろとしながら不審者の如く外で待つと、しばらくして目当ての人物の姿が見える。

「あ ?真鍋さん」

声をかける前に仁科が近寄ってくる。その後返事はなかったが、メッセージ自体は聞いていたらしい。

つまり、こちらに連絡する間を惜しんできてくれたようだ。にやけそうになるのをこらえ、渋面を作る。

「久しぶりだな。元気でやってるか?」

ただの挨拶も、仏頂面の真鍋を見たら詰問に聞こえてしまうらしい。恐縮しまくる仁科に苦笑しながら軽く頭をなでてやる。

「別に怒ってるわけじゃない。ただ ?拗ねてるだけだ」

『はい?』驚きのあまり目をまん丸にしたが、それを無視し、真鍋は続ける。照れ隠しに咳払いを加えながら。

「ったく、アレから連絡のひとつもないからな」

「えっと ?それは ?」

「それで、俺もいろいろと考えたわけだ。ひょっとしたら俺が鬱陶しくなったのかな ?と」

「そ、そんなこと!」

吹き飛んでしまうんではないか、そんな勢いで首を振る少年に対し、一気に愛しさが湧き上がってくる。

「それで、俺も大人だからもう少し位待っていてやろうか ?と思ったんだが、残念だけどどうも俺は想像以上に気が短い性格らしくてな。

自分でも意外だったが ?禁断症状になってしまったってわけだ」

回りくどい言い方をしているが、結局仁科に会いたかっただけだ。

「で、そろそろ答えをもらうのも悪くないと思ったわけ」

あの日、早急に答えは求めなかった。それなりに考える時間は与えたつもりだ。それでも仁科には答えを迷っている様子に見える。

それは、結論が出ていないのか、それとも、出ているけれども言いにくいのか ?。

「 ?分かりました」

それでも、ずっと返信をしなかった負い目もあるのだろう。律儀な少年は渋々と答える意思を表明する。

「返事が遅れてごめんなさい。

真鍋さんには本当に感謝してます。

佑に恋人ができて、俺振られて ?絶望してたのを救ってくれたのは、真鍋さんだけだったから。

あの時『たまたま』って言ってたけど、それがなかったら今頃 ?正直どうなっていたか分からない。

だから、真鍋さんには本当に感謝してるんです」

仁科の口から出る、感謝の言葉。その表情に全く嘘偽りは感じられない。

だが、彼とて長く生きているわけではない。その感謝の言葉の裏にある、おそらくは仁科が口にしたくない言葉に気づいてしまった。

今、仁科が迷っているのは、それを告げようかどうか。ここは『大人』である真鍋がけりをつけたほうがいいのかもしれない。

「そうか。まだ ?あの子のことが好きなんだな?」

申し訳なさそうに少年が頷く。どうやら自分は振られたということだ。理性ではそう判断していても、まだその実感はない。

「仲直りは ?できそうか?」

ふと、佑のことを思い出した。あの子も決して悪い子ではない。二人の間の溝を埋めるには時間が必要だろうが、いずれそれはできるだろう。

それなら、ここで退いてやるのもいいかもしれない ?結論を出しかけたが、できないことに気づく。

もしここであからさまに退けば仁科がそれを気に病むし、そんなことができるほど真鍋の気持ちは軽くはない。

「えっと ?その ?」

「ま、がんばって仲直りしてくれ。今度は二人で顔を見せに来い」

とりあえず終止符を打つのはやめておいた。恋人としての距離が遠いのであれば ?とりあえずお友達としてそばにいることを心がけようか。

第34夜

去っていく真鍋を追いかけることができなかった。

足がすくんで動くことができなかった。

仁科は真鍋を振ってしまったのだ。赤の他人である自分にここまで優しくしてくれたのに。

自分のことを好きだと言ってくれたのに ?。

真鍋は自分の気持ちを見抜いていた。真鍋自身のことは好きであること。ただ、佑のことを気にして身動きが取れないこと。

そして ?真鍋が仁科に対して抱く気持ちと同種の感情を抱いているかはまだ分からないこと。

それを口にすれば自分が気にするということを知っていて、仁科に圧し掛かる負担がないように、あえて彼のほうが幕を引いてくれたのだ。だけど ?。

(何でこんなに ?)

心が寒いのだろうか。喪失感で満ち溢れているのだろうか。

悲しいと思うのとは違う。胸が張り裂けるという表現もおかしい ?いや、全くそう思わないわけではないのだが、その一言で今の気持ちを表すにはかなり無理がある。

もっと、こう、心の底から凍りつくような ?だが、すぐその理由に気づいてしまった。

(もう ?真鍋さんとは ?会えない ?)

深い闇の底で絶望に支配されていた自分を引き上げてくれた一筋の光 ?自分はそれを手放してしまった。

(あれ ?なんで ?)

視界が歪む。両眼から滴り落ちるこの雫は何なのだろうか。佑のことを思い出してこうなるのなら分かる。

だが ?今仁科の頭の中には、真鍋のことしかない。何故、振ったはずの仁科が泣かなければならないのか。

(そっか ?)

ふと真鍋との出会いを思い出した。全ては佑と佐井が結び付いたことが原因だった。仁科もそこまで鈍感ではなかったから、二人の仲が次第に接近していたことは知っていた。

ただ、本人たちの口からはなかなかその言葉は出てこなかった。変に3人でいる時間が長かったため、佑も佐井もあぶれる仁科に対して何らかの気遣いをしたのかもしれない。鈍感だった佑はともかく、自分の気持ちを知っていた佐井は憐れんだのかもしれない。

もちろん、そのときはそんな気遣いが仁科にはありがたかった。もし二人が付き合っているということがただの憶測の範囲を超えてしまったら、どうしたらいいのかが分からなくなるから。

だけど、いざ事実を確認してしまうと、その衝撃はあまりにも大きすぎるものとなった。その言葉が出てきたときには笑ってお祝いしよう ?そう決めていたはずなのに、頭の中が真っ白となってしまった。

現実から逃げたくなった仁科は、酒を使うことにした。普段仁科は酒は口にしない。未成年だからそれは当然なのかもしれないが、もともと興味すらなかった。父親が勧めてくれることもあったが、それには目もくれなかった。

ただ、その時はどうしても失恋した事実を忘れたかった。真鍋に拾われる前の日にした自棄酒が生まれて初めてのお酒だったのだ。

そんなこんなで自暴自棄になっていたが、真鍋に拾われたのは幸運だったかもしれない ?しみじみと仁科は確認する。

もしお巡りさんに拾われていたら、両親に迷惑をかけることになっていただろう。いや、そんなことは大事なことではない。心がずたずたに引き裂かれた仁科を救ってくれたのが、真鍋だったのだ。

もしあの時自分を拾ってくれたのが真鍋でなかったのなら ?そう考えるとかなりぞっとする。

(真鍋さんは ?)

第一印象は、かなり怖そうな人だった。別に強面というわけでもない。普通に女性にもモてそうな印象だったが、如何せん纏っている雰囲気が問題だった。迂闊に近寄れない ?そんな感じだった。

ただ、話していくうちに怖いというよりは、不器用で優しい人だと思うようになった。言葉の端々に棘は感じたし、それで自分が傷ついたこともあったが、それでも自分の為に言ってくれているのが分かるようになって、真鍋を嫌いになることはできなかった。次第に真鍋という人間を知りたくもなった。

彼に告白されたとき、戸惑う一方で胸が高まったくらいだ。

つまり、自分の知らない間に真鍋の存在が大切なものとなっていたわけだが、今になって認めるのも悲しすぎる。

もっと早くそれ―失恋を乗り越えることができたのも真鍋がいたから―を受け入れていればよかったのに。そして、佑のことに固執せずに、真鍋のことも考えればよかったのに。

自分の傷を分かっている存在だからではなく、一人の人間として真鍋のことを見ていたら、もっと違っていたのかもしれない。

『これからも会ってほしい』そうお願いすれば、真鍋も渋々だろうが、首を縦に振ってくれるだろう。だが、そんなことを頼めるはずがない。それは、彼の自分に対する好意を利用することでしかないのだから。

「ったく ?これじゃ俺が悪者じゃないか ?」

第35夜

自分が振られたことは理解しているため、本当は真鍋も引き返すつもりはなかった。

仁科のほうを向いてしまうと未練が生じてしまいそうで嫌だったのだ。

だが ?顔は見ていないのに何故か仁科が泣いているような気がした。だから、つい振り向いてしまった。

それはただの妄想で終わる話ではなかった。遠くから確認したものではあったが、間違いなく少年は涙を流していた。

それからは真鍋も足を止めることができなかった。自分が年上だからおとなしく退こう ?そんな建前はもうどうでもよかった。

「真鍋 ?さん ?」

何かを言いかけたものの、それを封じて抱きしめてやった。だが、想像より強い力で引き離され、真鍋は戸惑う。

「ごめんなさい。本当に真鍋さんには悪いと思ってます。だけど俺には真鍋さんの気持ちを受ける資格なんかない!

だから ?もう俺には触れないでよ」

驚きのあまり言葉を出せなかった真鍋に対し、仁科自身の口から出たのは明確な拒絶の言葉。

だが、それを言われている真鍋より、口にしている仁科のほうが傷ついているように見えるのはなぜだろうか。

「アレから佑が謝ってきましたよ。佑にはまぁ ?完全に振られちゃいましたけど、つまりは3度目なんですけど、それでも俺がこの気持ちを抱くのを許してくれた。

『友達でいてほしい』と言ってくれた。

今はまだちょっとつらいけど、たぶん元に戻れると思うし、だから、俺にはもう真鍋さんがいなくても大丈夫なんですよ」

(俺がいなくても大丈夫 ?か)

さすがにその言葉にはショックを隠しきれなかった。どうやら仁科には自分がいなくても平気だ ?と思わせたいのだろうが ?自分が悔しいのはそれを言われたことだけではない。

心優しい仁科にそこまで言わせてしまったことだ。この言葉を吐く裏で、仁科はどれだけ自分を傷つけているのだろうか?

「だったら ?そういう顔して言ってくれないか」

再度仁科を抱きしめた。突き放そうとする動きはあったが、今度は力づくでそれを封じ込める。

今彼を独りにしてはいけない。仁科がどう思おうと、それは関係ない。真鍋自身の意志で彼を腕の中に抱きとめる。

「泣きそうな顔して言われても説得力ないぞ」

真鍋のことが必要ないというのであれば、そういう顔で言えばいい。別に何とも思わないわけではないが、その方がまだ真鍋だって安心できるのだ。

それなのに、なぜ仁科は『親に怒られて大切なものを捨てなければいけない子供』のような顔をして言うのか。

「別にそのまま無視してくれたっていいのに ?」

泣き顔は真鍋に見られたくなかったらしい。

「まぁな。本当は俺もここで身を退いてやろうかと思ったんだが、さっきそのためのシミュレーションをしたはずだったが ?その気もなくなったよ」

「でも、俺は佑のことが ?」

続きの言葉は強引に封じ込めてやった。

「いいよ。別に今は仁科があの子のことを好きでも構わない。

俺は ?妬かないといえば嘘になるけどな。親友と赤の他人じゃどう考えても俺の方が不利だ。

ただ、俺はお前を独りになんかしない。独りで誰にも知られずに泣かせるような真似なんかしない。

俺はお前のことだけを見ていくつもりだ。それだけは分かってほしい」

ゆっくりと、小さい子供に言い聞かせるように伝えてやる。

「だから ?俺と付き合ってほしいんだ」

第36夜

ごまかさずに伝えなければいけないのは、真鍋自身の気持ちだ。

自分が少年のことをどう想っていて、どうしたいのか。そして、仁科にはどうして欲しいのか。

好意を示されることに慣れていない少年には、分かるまで伝えてやらなければならない。

「何で ?何で真鍋さんはそこまでするんですか ?」

仁科が疑問に思うのも一理あるだろう。普通だったら『好きな人がいる』というだけで身を引くのだろう。少年がそれを選ばなければならなかったように。

真鍋もいろいろ考えてみるが ?結論は一つしかないのだ。

「それは ?お前が好きだからだよ」

理由は彼が好きだから ?それしかあり得ない。だからこそ、どんなことがあってもそばにいてやりたいのだ。

「その、真鍋さんの気持ちは嬉しいです。これは嘘じゃないんです。でも ?俺が真鍋さんの気持ちにこたえられる自信は ?」

だが、真鍋の想いに反して頑なに拒否しようとする仁科。そのたびに彼に傷ができているように見えるのは、決して気のせいではない。

「まぁ、そう思うのも無理はないだろうけどな。お前にはお前の思うところがあるみたいだし。だから、今すぐ俺を愛してくれ ?とは言わない。

いや、本音を言うとそうしてくれると助かるんだが ?じゃなくてだな、どんなに時間がかかってもいい。

少しずつでも、自分の気持ちに余裕ができたときにでも俺のことを見てくれれば、それでいい。

しつこくて悪いが、変な病気にかかったとでも思って諦めてくれ」

どんな形であれ、もう仁科を手放すつもりはない。好きな子を自分の知らないところで一人で泣かせるつもりは毛頭ない。

どうしても泣かなければならないのであれば ?せめて真鍋の腕の中で泣いてほしい。

「病気 ?ですか ?」

その例えに呆気にとられる仁科。

「病気が嫌なら、悪霊とでも言っておこうか?それとも ?ストーカーの方がいいか?」

さすがにいくら真鍋でも仁科にストーカー扱いされれば傷つくが。

「な ?何で物騒な例えしか出てこないんですか」

「やっと笑ったな」

久々に見た仁科の笑顔に真鍋の肩の力が抜けた。やはり仁科は笑っている顔のほうが格好いい。

「そりゃ笑いますよ。そんなところで変な例えしか出ないんですから。ここって一応シリアスな場面ですよね」

「あぁ、非常に申し訳ないんだが、俺はいたってシリアスだ。残念だが同じ男口説くのにギャグなんか言ってられない」

今度は盛大に吹いた。真面目な告白をしているのに笑われるというには釈然としない部分がある。

ただ、『シリアス』という言葉が会話で出てくる時点でおかしいのだから、これは仕方のないことかもしれない。

「 ?って、笑いすぎだろう」

「いや、真鍋さんって本当にモノ好きだと思って」

真面目な告白をしているのに『モノ好き』というのはどうなのだろうか?

「モノ好きで悪かったな」

 ?どうかとは思うのだが、『はいそうですか』とここで引き下がるわけにもいかない。真鍋も半分以上自棄だ。

「ったく、真鍋さんなら相手に困らないじゃないですか」

仁科が何度か口にする言葉。『真鍋なら相手は腐るほどいるはずなのに、なぜ仁科でなければいけないのか?』と少年は思っているのだろう。

人は理屈で好きになるわけではないのだが、それだけではダメだろう。仁科のどういうところを好きになったのかを教えてあげなければならないような気がした。

「確かに、俺は遊ぶ相手には困らない。まぁ、残念ながら最近はそこまで遊んでいるわけでもないが。

だが、付き合う相手は誰でもいいというわけではない。俺が好きなのは ?仁科、お前だけなんだよ」

どんなに性格は悪くても、真鍋だって人間だ。全く人を好きになったことがないわけではない。

ただ、根本的に彼は去る者は追わない性格で、どんなことをしてでも手に入れたいと思った相手は仁科が初めてなのだ。

「その、俺なんかのどこがいいんですか?だって、ハッキリ言って初対面は最悪でしたよ?ゲロ吐きまくってたし」

後から考えてみると、真夏の夜の大事件である。

「そうだな。最初は何だこいつはと思った。思えば出来心で持ち帰ったのがいけなかったんだな ?」

しみじみとその時のことを思い出す。あの行為は持ち帰って何かしようという打算や、彼の中に存在するかどうか分からない良心に基づいて行われたものではない。本当にあのときはただの気まぐれだったのだ。

倒れている美少年に一目ぼれ ?というのであればまだ格好がつくが、残念ながら拾った当時はそれどころではなかった。

「そうですよ。今だから言いますけど、俺自棄になって知らない男と寝たんじゃないかと ?と思ったくらいです。それなのに何もなかったし、おまけに食事まで奢ってもらったし。考えてみたら不思議なことじゃないですか」

確かに始まりはあまり良いものではない。別に運命的な出会いをしたわけでも(悪運ではあるかもしれないが)、ドラマにありがちな出会いをしたわけでもない。

それでも、今こうして一人の少年に心を奪われているのだから、縁とは不思議なものである。

「不思議か ?そういや俺『ケダモノ』とか言われてたな。そう考えてみたら不思議に思うのも仕方ないかもしれないが」

「あ、あれは ?」

「ま、それもいい思い出だ ?と過去形にするつもりはないんだけどな」

『話がそれたな』苦笑いしながら真鍋は続ける。

「最初はとんだ厄介を背負ったかと思ったが、お前と会うたびに放っておけないと思うようになったよ。

こっちとしてはもっと頼ってほしいと思うのに、周りに頼らず自分独りですべて解決しようと思ってるからな。

傍から見ているとかなりハラハラするが ?そんな生真面目さが俺は好きだな。それは少なくとも俺が持っていない部分だ。

独りの人間のことを想い続ける一途さも悪くはないも思うし ?それを俺の方に向けてくれると非常にうれしいが ?まぁ、その辺は割り切って考えることにしようか」

呆然と真鍋を見ている仁科のことは気にせず、真鍋は続ける。

「お前もすでに分かっていると思うが、俺は何らかのきっかけはあったとしても、人を愛することに理由は要らないと思う。

だが、後付けすることならいくらでもできる。お前のその顔、俺は好きだからな。残念だが、佑くんを見ても俺は別に何とも思わなかった。そりゃ、あの子はなんだかんだいって可愛いが」

真鍋の口から佑の褒め言葉が出る。それ自体かなり珍しいことだ。なお、仁科があまりうれしくなさそうな顔をするので(その理由まではわからないが)、不自然にならない程度に弁解はしておく。

「まぁ、可愛いが ?それだけだ。月並みで申し訳ないが、まさかマンガみたいなことをいうことになるとは思わなかったが、俺は男だからお前を好きになったわけじゃない。仁科だからこそ、好きになったわけだ。好きになった男の顔も好きになるのは当然だろう。

で、好きになってしまった男には、悲しんだ顔をするより、嬉しそうだったり、楽しそうな顔をしていてほしいし、俺自身がお前の笑顔を見ていたいんだ。ったく、本来俺はそんなことを思うキャラじゃないんだ。だが、最近どんどんおかしくなっていく気がするんだ。普段は冷血動物とか、悪魔とか言われるんだ。

そんな俺を仁科は変えてくれたんだよ ?」

第37夜

真鍋は仁科と出会い、愛することによって自分自身が大きく変わったことを改めて自覚する。

相手からコクられることは決してないではないが、こんなに真剣に自分の気持ちを伝えることなど、今までなかったのだ。

「俺にだって今までいろいろな出会いはなかったわけではない。

ま、男とそういった類の出会いはなかったが ?どちらにしろ俺自身を変えたのは、お前しかいないんだ。

仁科にとって俺は周りの人と同じ存在なのかもしれないが、俺にとって仁科はただひとりの存在だ ?ちょっと重いかもしれないが、それは分かってほしい」

「ったく ?仁科さんってば ?何でその顔で言ってくれますかね」

ほんのりと顔を赤くして少年はつぶやいた。以前に『破壊力がある』と仁科が評した真鍋の容姿。

今まで別に気にしていなかったが、それで仁科が陥落してくれるのであれば非常に助かる。この美貌(?)に感謝したい。

「何でも何も、この顔は生まれつきだ」

さらに顔を近付いて言ってやる。仁科の顔面から冷や汗が出ているのは気のせいではないだろう。

「だからその顔はきついですよ ?まったく。真鍋さんは俺を逃がしてくれる気はないんですね。参ったなぁ ?」

仁科は苦笑いをしているが、それでも目が笑っていないことに真鍋は気づく。

それは困っているというよりは、次に発するべき言葉を真剣に考えているように見えた。だから真鍋は黙って仁科の言葉を待った。

「俺、真鍋さんのことは好きです。一番最初 ?水族館で俺のことを好きだと言ってくれたとき、本当は嬉しかったし、実はドキドキしてました。

でも、正直に言いますね。まだ俺は真鍋さんのことをそういう意味で好きなのかどうか、分からないんです。

今までずっと佑のことだけ見てたから、急に言われても ?いや、急じゃないんですよね。真鍋さんは充分俺に考える時間をくれたんですから。

でも、今はまだごちゃごちゃで、俺自身心の整理がついていない状態で、どう返事したらわからないんです」

さて、どう返したらいいものか ?ひたすら頭を回転させて出した結論は ?やはり仁科の続きを待とう。

「でも、さっき真鍋さんが俺から離れていったとき、凄く哀しかった。何か大切なモノを失ったような気持ちになったんです。

その ?何て言えばいいんですかね。取り返しのつかないことをしたような気がして、後悔した。

俺がこうやっていられるのも真鍋さんのおかげなのに、なんでバカなことをしたんだろうって。

すごくわがままなことを言っていることは分かってるんですけど、俺としては、もう少しだけ、もうちょっとだけ真鍋さんにはそばにいてほしいんです」

「それは ?兄の代わり ?ということか?」

以前に『俺のお兄さんでいてください』といわれたのを思い出した。

仁科が独り立ちするには、まだ時間がかかりそうだから ?そういうことだからなのか。勝手に結論付けようとしたが、それを否定したのは仁科だった。

「そういうことじゃないと思います。そりゃ、前にそういったことはありますけど。でも、たぶんその時とは違います。

あのときは佑のことしか頭に入ってませんでしたけど、今度はもっと違った意味で真鍋さんのことを見ていきたい ?これが今の俺の気持ちです。

とりあえず今はこれしか言えないですけど ?その ?こんな俺でも真鍋さんは付き合ってくれるんですか?」

その顔に映る表情は、不安だろうか?それとも、真鍋を失うことに対する恐怖だろうか?瞳に映るその揺れを真鍋は見逃さない。

「残念だが ?お前のその『わがまま』とやらにつきあうほど俺は優しくはないけどな」

その厳しい一言に仁科が消沈する。

「 ?当然ですよね。ごめんなさい、俺がバカでした。そんな都合のよすぎる話、真鍋さんが聞いてくれるはずがない」

そんな今すぐにでも泣きそうな顔をする仁科に、最近ちょこっとだけ生まれた真鍋の良心が刺激されないはずがない。

『さすがに言い方を間違えたか』自分の口下手さを恨んだ真鍋は訂正することにする。

「いや ?『ちょっとだけ』というのが気に入らなくてだな。俺は使い捨てカイロか?」

十分温まったら、ポイ。

「そういうわけじゃないです。じゃぁ、聞きますけど、真鍋さんはずっと俺のそばにいてくれるんですか?

俺が真鍋さんのことを愛せる ?そんな保証はないんですよ?ひょっとしたら俺はずっと佑のことが好きかも知れない。

それに、真鍋さんが俺と一緒にいて得するのって俺だけじゃないですか」

第38夜(最終話)

仁科が不安を感じているのは、真鍋と付き合うことそのものではないように見える。

現に、仁科は真鍋の気持ちを否定しているわけではない。彼が恐れているのは、そのあとに待っているであろうもの。

「もし、俺が真鍋さんのことを好きになれなかったら、真鍋さんが俺のそばにいる意味なんかないじゃないですか。俺と付き合って何の得があるんですか!?」

真鍋が仁科に幻滅して離れることを恐れているということだろう。付き合わなければ失うこともない ?そう思っているのだろうか。

「思うんだが ?人付き合いに損得は必要なのか?俺としては損得で済む相手に告白するつもりはないが ?まぁ、そうだな、好きな奴と一緒に居られるなら得することだらけだから、その辺は気にしなくていい」

大切なのは、この次。

「言っておくが、俺はそんな『ちょっと』だけのお付き合いを望むつもりはないぞ。できれば末長いお付き合いをお願いしたものだ。

だから、お前が今俺のことをどう思っているかは、俺にとってはあまり重要ではない。大切なのは、これからのことだろう?」

これから仁科が真鍋のことを好きになれば、全く問題はない。仁科が懸念していることも、その時になったら考えればよい。そして、余計なことだとは思うが、一言加えておいた。

「それに、もしここで『はいそうですか』と引き下がったらさぼったのが無駄になるからな」

「あ ?そういえば、真鍋さん ?仕事は ?」

「だから、今日はさぼったんだ。どうせ向こうにいてもお前のことで仕事まで手が回らないだろうからな。

と、いうことで、俺はこのまま手ぶらで帰るわけにもいかない。仁科には俺をさぼらせた責任を取ってもらわないといけないんだ」

あまり偉そうに言っていいことでもないが、仁科には仁科なりに感じるものがあったらしい。理不尽な言葉対して嫌がる様子は見せなかった。

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