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作者:日-未知 当前章节:15372 字 更新时间:2026-6-23 02:18

「っ…」

 それは知らない番号からで、胸がドキドキと早鐘を打つ。

 さっき女の子と一緒に居る陵二を見かけたばかりだ。

 彼のハズはない。

「出ないんスか?」

 車のキィを取りながら、皐の手元を覗きこんだ修也が問う。

「あ、うん、イヤ。仕事中だから……」

 本当は出たい。けれどこの状況で飛びつくのは、たとえ別人だとしてもいささか不謹慎だ。

「修也、これ今日の配達リスト。荷物はもう積み終わっているから、よろしく」

 電話の着信音を切り、受注書の束を差し出すと、修也は「わかりました」と受け取って、店を出て行った。

「あ、それじゃ、あたしもそろそろ行きますね」

 ほぼ仕上がっていたアレンジ作品を手に取ろうとする絵梨を止め、皐はきちんとそれを仕上げる。

「すぐだから、ごめんね、もう少しだけ待って」

 ほわほわとした綿毛のような八重ひまわり。

 華やかなダリアに目を惹く薔薇。

 どうすればこの花々が一番綺麗に輝くか。

 考え、探し出すのは心が踊る。

「うわぁ~綺麗!」

 完全に仕上がった作品を見て、彼女の顔がキラキラと輝く。この瞬間が一番好きだ。

 こんなとき、花屋を開いて良かったと心底思う。

「ちょっとした工夫でこんなに違うのね。――ねぇ高畑さん。このアレンジを学園祭の作品の参考にしてもいい?」

 器をくるくる回しながら問われ「もちろんだよ」と頷くと、絵梨が嬉しそうに笑う。

「学校に着いたら、花器に水を入れてあげてね」

「うん。わかった! いろいろ、ありがとね」

 絵梨は照れたようにはにかんで、店を出て行った。

 見送る先で携帯電話を撫でる。

 けれど、見慣れない番号は別のところで遊んだ、顔も覚えておらぬ男のもので、彼ではなかった。

 彼から電話が来たのは、それから一週間後のことだ。

 歓楽街に程近い駅は夕方になると人通りが多くなる。

 駅から出て来てキョロキョロと待ち人を探す人物も少なくない。

 今井陵二《いまいりょうじ》はそんな待ち人を待つひとりとして駅のベンチに腰掛けて、携帯電話をいじっていた。

 ゲームサイトで単純なゲームを繰り返すこと十五分。

 陵二はここに刻限どおりに着いたから、十五分は遅刻されていることになる。

「遅ェなぁ……」

 むしむしと熱い、くすんだ夜空を眺め、陵二は悪態をつく。

 空にはどんよりとした雲がうっすら掛かり、星なんか見えない。

 この地は大概そんなものだ。

 それを良いとも悪いとも思わないが、待たされるのは嫌いだ。

『陵二のバカ! バカバカ!』

 持て余す時間を得ると、ふいに傷つけた彼女の顔が浮かぶ。

『どうせ陵二は、私で手を打って色恋沙汰から手を引くビジョンなんか最初からなかったんでしょ』

 もう知らない。

 と、そう言って、菖蒲《あやめ》は陵二の元から去って行った。

「俺だって好きだったんだけどなぁ」

 見初めた時は煌めくようで胸が高鳴り、この子が欲しいと追いかけた。

 いつもそう。

 欲しいと思って声をかける。

 でも彼女の言うとおり、手に入れてしまうと目移りするのも本当で、そんな性分を陵二自身持て余している。

 女の子とダメになるとき、必ずと言っていいほど次のターゲットが見つかっている。

 意識して探した訳ではないと言い訳しながら、目の端で探しているのだろう。

 どうしてもあの名刺は手放せなかった。

 ぐしゃぐしゃにされた美しい和紙。

 菖蒲がそっとゴミ箱へ捨てたそれを、陵二はこっそり拾った。その行動こそが彼女を怒らせ、別れへの道を辿ることになったのだとしても、拾わずにいられなかった。

 二度目に名刺を見つけられたとき、菖蒲はひどく怒って陵二からそれを取りあげた。

 それが最後のチャンスだった。

 三度目に携帯電話に彼の名前が登録されているのを確認されたときには、自分ではダメなのだと彼女は悲憤し、去って行った。

 ガシガシと罪悪感で頭を掻く。

 菖蒲を傷つけておきながら、名刺の番号へと発信したとき、胸が高鳴って仕方なかった。

 新しい玩具を前にした子供のように、上がるテンションを抑えられない。

 そんなふうにして掛けた電話の先で、サツキはコロッと陵二のことを忘れていた。

 まさか忘れられているとは思っておらず、電話で「誰?」と問われた時は、酷く索漠《さくばく》とした気持ちになった。

『いいよ。逢おっか』

 そのくせ誘いは軽く応諾《おうだく》する。

 顔も覚えていないくせに。

 そう思うと俄然《がぜん》やる気が湧いてきた。

 定期的に駅からは、電車の到着と共に人がドッと出てくる。

 その集団に交じり出て来たあきらかに種類の違う人間に、陵二は視線を奪われた。

 例えるなら、サラリーマン集団の中に真っ赤なドレスのホステスが交じっているような錯覚を覚えるくらい、彼は異質だった。

 衣服はシンプルで胸許の開いたサマーセーターと細身のパンツというどこでも見るような格好なのに、どことなく夜の空気を纏っていて、何より雰囲気が違う。

 抑えつけられていた色気が漏れだしているみたいな、酷く婀娜っぽい姿で、他人《ひと》の目を惹いている。

「マズイな……」

 彼がここへ到着するまであと数メートル。

 メロメロにされそうで武者震いがする。

「待った?」

 彼はまっすぐ陵二の元まで歩いてくると、悪びれることなくふわりと笑った。

「待った」

 彼を仰ぎ、とりあえず素直に言ってみる。

「はは。ごめんね。仕事がなかなか片付かなくて」

「……仕事って水商売じゃねーの?」

 不躾にも単刀直入に問うたからか、彼は少しだけ驚いて「店に来てみたい?」と笑う。

「店? 店か……どうだろ? どんなとこ?」

 空気が上品で線の細いサツキは、水商売と言ってもマダム専用とかの高級ホストが似合いそうな出で立ちだ。

「ん~そうだなぁ……花で溢れた華やかな所だよ。お客さんは女の子が多いかな」

「ふーん。若い子向けのとこなのか」

「ん~……どうかな」

「何? 教える気は無ぇってこと?」

「ううん。知りたいなら教えるよ。行きたいなら連れて行くし」

 二パッとなつっこい笑みで、サツキは陵二の腕を取り、ベンチに座った彼を引っぱり上げる。取った腕はそのまま離さず、立ち上がった陵二の腕へとスルリと絡みついてきた。

 女の子とはまた違う、ふしぎな感触と共に花の香りが鼻腔をくすぐる。

 しかしここは天下の往来で、いくらサツキが綺麗だと言っても、見てくれは確実に男だ。

 慣れてなくてどうしたものかと当惑する。

「ふふ。そんなに困らないでよ」

 悪戯っぽい瞳で躯を離され、からかわれていたことを察した。

「ほんと性質《たち》悪いね」

「陵二ほどじゃないと思うよ」

 カッと革靴を鳴らして先に立ち、サツキは「どこ行くー?」と陵二を振り返る。

「サツキはどこ行きたいの?」

「ん~……ラブホ?」

「はぁ?」

 いきなりそこかよ。と、返す言葉もない。

「男同士ってそんなもんなの?」

 直情的というか何というか……。

「そんなもんだよって言ったら、そうすんの?」

「……いや、しないけど」

「だったらどこ行く? 初デートだし、飲みにでも行く?」

 悪びれず、媚びず、表情をくるくる変えて陵二をリードし、サツキは歓楽街の方へ歩いて行く。

「俺そっちで遊ばねーからぜんぜん知らないんだけど」

 小金くらいしかない学生の行動範囲なんてたかが知れている。

「大丈夫。そっちはおれのテリトリーだから」

 居酒屋やパブやキャバクラが立ち並ぶ目抜き通りを通りすぎ、裏手に入るとサツキはネオンの眩しい一軒の店先で足を止めた。

「ここは?」

「いろいろ集まるクラブだよ。わりと若い子も集まるから陵二も居心地悪くないと思う」

 ポリフォニーと看板の出ている重いドアを開けて入ると、テンションの高い音楽がワッと耳に流れ込んで来る。

 薄暗い照明の下、平日だと言うのに店内は人で賑わっていた。

 ここなら陵二が使うクラブとそう変わらない。と、そう思ったが、よくよく見ると踊っているのは男性同士や女性同士が大半を占め、スポットライトの当たる小舞台では半裸の男性がエロチックなダンスを披露している。

「そっか……いろいろ集まるって、そういうことか」

 螺旋階段の上には二階があって、吹き抜け部分を巡るようボックス席が用意されており、下界で踊る客を物色出来るようになっている。

「下に居るとナンパされるから二階に行こうか」

 圧倒されている陵二を促し、サツキが奥へ足を踏み入れる。

 カウンターで酒を出してもらうと、二人で螺旋階段を上がった。

 この店はサツキの空気と同じ匂いが棚びいている。

 異質で、扇情的だ。

 二階に上がると下から見えていたボックス席には仕切りがあって個室になっている。

 一階《した》から見上げれば全ての席が丸見えなのに、ここからは遮る壁と席への入り口であるパーテーションしか見えない。

 サツキは空いた席に陵二を誘導すると、二人並んで腰かけた。

 ボックス席なのになんで並んで座るのかと思ったが、かるく密着する席の向こうから、微かな喘ぎを聞いてハッとした。

「この音量で聞こえるってよっぽどだね」

 クスっとサツキが笑う。

「ここってそう言うところ?」

「そう言うって? ただ個室なだけの席だけど」

 ふふっと意味ありげにサツキが笑う。

「こっちからは丸見えじゃん」

 一階の客からはこの席は丸見えだ。

「ん。だから下からすっごい見られているね。隣りかな?」

 踊っている人間、飲んでいる人間、いろいろ居る客の中には、食い入るように二階を見ている輩も居る。

「俺、露出狂のケは無いんだけど」

「見られてると萎えちゃう?」

「サツキの言動が萎えちゃう」

「あはは」

 さりげないボディータッチ。

 耳を塞ぐ喧噪。

 あんまりにも騒がしいから、会話は耳許に唇を近づけて話すことになる。

 くすぐったいと身をよじられれば、その色気にドキドキとときめいて、スーっと太ももを撫でられれば扇情心を煽られる。

 上手《うわて》だ。

 強引には誘って来ない。けれどまるで警戒していない態度は陵二にすべてを許している。

「俺、サツキとはもっと時間をかけて近づきたいと思ってんだけど」

 声が聞こえるように頬がくっつきそうなほど密着して、本音を漏らす。

 するとサツキはフフッと嬉しそうに笑った。

「いいね。時間かけてよ」

 タンブラーをくるくる揺らして中の氷とカクテルを掻きまわす。

 そんな仕草すら、誘われているようで目眩がする。

「思ってただけ。――もうムリ」

 揺れるグラスをそっと取り、テーブルに戻す。と、同時に覆いかぶさるようにサツキの唇を塞いだ。

 なるべく下から見えない出入り口側に追い詰めて、衣服の裾から肌を撫であげる。

「んっ……」

 サツキの手が伸びる。

 陵二の背を撫でながら、片手でズボンのジッパーを外しにかかる。 

 股間をごそごそと弄られ、それにはキスを解いて耳許へ唇を寄せた。

「こら」

 そこまでするつもりはない。とそう言うと、心得たようにサツキはジッパーから手を離し、両手を背に回す。

 重なる唇。

 歯列を割って口腔の中へ侵入すると、するりと絡め取られ深くなる。

「んん…」

 捉まるように縋って来る腕。

 ――なぜだろう?

 綽然と陵二をリードし続けていたサツキなのに、背に回された手が微かに震えている。

 キスは巧みなのに。

 焦《じ》らされている。

 陵二《りょうじ》の仕草や態度の端々から、高畑皐《たかはたこう》はそれを感じていた。

 逢うようになって数週間。

 皐が彼と一緒にいられる時間は推定で三ヶ月しかないと言うのに、彼はなかなか皐に触れない。

「もういい加減、焦らされんのもウンザリ」

 昼間っから映画館なんかで恋人みたいなデートをして。

(あんな健全なデートなんて初めてだ)

 その後は雰囲気のいい夕暮れの公園を散歩。

(ワインレッドの鶏頭《けいとう》や可憐で白い玉簾《たますだれ》の花たちが綺麗に咲き乱れていて、見ているだけでウキウキした)

 穏やかで優しい時間。

 そしてときめきと些末な駆け引きが支配する、じれったい時間。

 ずっとサツキとして気に入った相手と即ベッドを共にして、その後も厭きるまでひたすらベッド。そんな関係ばかりを築いていたせいか、陵二のペースは慣れず戸惑う。

 触れてもらえないから、指先ひとつ自ら触れさせるだけでドキドキ躊躇う。

「もう、そんなのウンザリ。いい加減にヤらせろ」

 血走る瞳で皐は押し倒した陵二を見つめる。

 健全な公園での散歩の後、飲み屋に誘ってしこたま飲ませ、ようやくラブホに連れ込むのに成功した。

 淡い紫色に染められた部屋は狭いけれど置かれた小物のセンスがよく、皐はこのホテルが気に入っている。

 出入り口からいきなり見えるガラス張りのバスルームを過ぎ、サテンでするする滑るベッドに陵二を押し倒したのが数分前。

 跨って、服を脱ぐ。

「だーかーら、サツキ、ちょっと待てって」

 なんでそんなに飲むかなぁ~と、陵二は苦笑し乗っかるサツキを抑制する。

「なんで? こんなところについて来て、止《よ》せはないよな? しようよ。陵二だってこう言うの、嫌いじゃないだろ?」

「そりゃ、ね。でも今はまだ、あんま燃えてねーし」

「なんで?」

「サツキが俺のこと好きじゃないから」

 キッパリ言われ、ドキッとした。

 見透かすような瞳に、思わず視線を逸らす。

「そんなことないよ」

 好きだよ。と、呟いてみる。

 けれど本気を隠しているからか、思いのほかつれない態度になった。

「はは、なんだその棒読み。やっぱやめた。今ここでヤったら、明日から連絡つかなくなりそうだ」

「そんなことないよ!」

 つい、声のボリュームが上がった。

「サツキ?」

「そんなことない」

 好きだ。年甲斐もなく夢中になっている。

 始まった日から終わりが来るかもしれない三ヶ月を指折り数えて惜しんでいる。

「あれ、……なんか可愛いな」

 組み敷いた陵二の気配がゆらりと揺れる。男の気配だ。

「その気になった?」

「ん~~~もうチョイかな」

「チッ」

「ははは」

 とりあえず何でもいいやと、陵二のシャツに手を掛ける。

 半そでシャツにタンクトップの服装は意外に鍛えてある腕がチラチラ見えてセクシーだ。

「ほんとにする気?」

「もちろん」

 何気ない日常の中に居ても、その躯に触れることを許されていない気がして、彼に触ること自体緊張する。

 いちいちトキメク。それが何より歯痒くて嫌だ。

 そんな感覚を早く取っ払ってしまいたい。

「いいよね?」

 確認するように彼を窺いながら、そっと股間に手を伸ばす。

 いきなりかよ。

 そんな気配を察し、クスッと笑って見せた。

 すこし笑顔が引きつる。

 じっとりと緊張でてのひらが濡れているのは気づかれたくない。

「舐めるよ?」

 情けないけれど、手が震えてしまいそうで恐ろしく、跨っていた躯をずらして、ズボンのジッパーにキスをしながらそっと下げた。

 確認するようチラリと見上げると、煽られた顔を隠すように陵二がニッと笑う。

「ん。……いいよ」

 取りだした彼自信を見つめ、緊張が更に高まる。

 どうか彼が昂りますように。

 皐の見つめていた間、彼が男を連れていた記憶はない。

 自分を口説くくらいだからそれなりに経験はあるのかもしれないが、もし彼が勃たなかったら、洒落にならないくらい堕ちる予感がある。

 まずは挨拶のように先っちょをペロリと舐めてから、育てるように口に含んだ。

「んっ……」

 グンっと上がって来る気配が嬉しい。

 だんだんと弾力をもってくる感触に、皐自身も煽られる。

「っ……サツキ、……」

 陵二の指先が髪の毛に入り込んで来る。

 嬉しくてはむはむと刺激を与え続けていたら、グッとそこから引き離されてしまった。

「ッ! ……陵二?」

「……悪い。俺、奉仕されるより、する方が好きなんだ」

 そう言った彼の双眸《そうぼう》の色が違う。

 ドキリとする。

「りょ……うわっ!」

 いきなりぐるんと視界が回って、形勢逆転。

 ぼすんとベッドに押し倒されて、陵二が覆いかぶさって来る。

「……っ……」

 むき出しの胸の突起を彼はつまみながら、耳許に唇を寄せた。

「サツキ。先に言っとくけど、俺、男初めてだから」

「え……?」

「加減がわからないから、悦いとこ教えて」

 指の腹で突起を捏ねるように撫でられると、じんじんと快感が広がってゆく。

「ふっ……ん……」

 どうしよう。

 初っ端からこんなに触ってもらえるなんて思ってなかった。

 ノンケなら尚更だ。

 こっちがリードして自分で拡げて、跨るくらいで丁度いい。

 そっちの方が良い。

 特に彼が相手なら。

「んっ……そこ、悦い……」

 敏感な場所を教えながら、そっと自らの背後に手を伸ばす。

 脱ぎ散らかした衣服のポケットからローションを取りだし、片手で蓋《ふた》を開ける。

「へぇ、用意いいね。貸してよ」

 ひょいっとローションの入った小瓶を取りあげられて、驚いた。

「や、いいよ。自分でするから陵二は触って」

 誘うように彼の乱れた衣服をはぎ取って、彼の胸許にくちづける。

「いいよ、やらせて。痛かったら言えよ?」

 言うが早いか長い指先にローションを絡め、巧みな愛撫を織り交ぜながら、指先が恥部へもぐり込む。

「んんっ……あっ……」

 浅い狭間を撫でるように刺激しながら慎重に体内へ入ってくる。

「へぇ……けっこうスムーズ」

「慣れてるからね。誰でもこうだとは思わない方がいいよ」

「……ったく。萎えること言うなよ」

 意地悪するようにグッと内壁を撹拌《かくはん》されて、思わず素で声が上がった。

「いいね。やっと可愛くなってきた」

「や……」

 そっか、こいついきなり翻弄《ほんろう》するつもりでいるんだ。

 覆いかぶさり、再会される愛撫の濃さがそれを物語っている。けれどそれならこっちにだって考えがある。

 そう思うのに、彼の手が巧みでつい意識がブレて飛びそうになる。

 ひとつひとつ様子を見ながら触るから、悦いとこなんかすぐに見つかってしまう。

「んあッ……あっ……っ…」

 目を開けたらよけいに感じる。

 自分に触っているのが彼なんだ。

 直視できなくて不利になる。

「二本半くらい入れば、いける?」

 ローションでぐずぐずになった中は陵二の指先をなんなく呑み込み、それでは足りないとひくついている。

「んっ……い、…よ。キて」

 触って育てていた彼自身を誘導するように自分の恥部へあてがう。

 だめだ、リードなんか出来ない。

 入っただけでイケてしまいそうなほど昂っている。

「陵二……」

「ん? 挿れるよ?」

「ん……」

 覗きこむ顔は優しくて紳士だ。

 熱はない。

 きっと彼の下を通った数多くの女の子も、彼のこの優しい顔を不満な想いで見つめたのだろう。

 ――もっと夢中になって。

(そんな願い、バカみたいだ)

「ぅあっ……あぁ……」

 入って来る。

 抱きあう形で深く彼の屹立をうち込まれゾクゾクと上がって来る愉悦を逃がすことが出来ない。

「っ……りょ……じ…」

 好きだ。彼の腕に包まれて、幸福で仕方ない。

 好みなだけの男だったのに構われたらその分だけ好きになる。

「サツキ……」

 甘い声が直接耳に流れ込む。

 ゆるく使いだす腰の動きだけイケそうで、必死に彼にしがみ付いて我慢した。

「りょ……名前、呼ん、で……」

「サツキ……」

 サツキと、そう呼ばれることがせめてもの慰めだ。

 皐を形成しているのは昼間の高畑皐だ。

 花屋で働く花好きの店主。

 いくらサツキが傷つこうが、皐は無傷なはずだ。

 だから……。

「もっと……陵二……」

「ん、わかった」

 ズズッと深くなった繋がりと共に、動きが速くなる。

 陵二の息遣いが淫れる。

「サツキ……悦い……」

「はっ……あっ、……おれ、も……」

 もっといろいろしてあげたいのにダメだ。

 何も出来ない。

 ギュウっと痛む胸が躯と心を支配する。

「んっ……っ……んああっ――…」

 彼の背中に爪を立て、意識が真っ白になった。

 ドクドクと弾けたのはどちらの欲望か?

 わからぬまま、えも言われぬ幸福感に胸がしめつけられた

飽きられるまでの3ヶ月  6

 長かった夏休みが終わると、大学内には学園祭のムードがだんだんと高まってくる。

 今井陵二《いまいりょうじ》はそんな忙しそうな学生を横目に部室の密集している棟を目指して歩いていた。

 陵二のポケットの中には一本の鍵が入っている。

 菖蒲《あやめ》が一人で暮らす自宅の鍵だ。

 大学が始まってから菖蒲の友人に催促され、返していないことにやっと気づいた。

 しまったと思った矢先、その友人の女に散々嫌味を言われ、それを甘んじて受ける。

「つか、催促に来たんだから、ついでに返してくれてもいいのに……」

 直接手渡せと言った女の言動に他意を感じて眉間にしわが寄る。

『今ね、学祭用にフラワーアレンジメントの先生が花屋から来てんの。部長と菖蒲たっての希望だから、今なら絶対に部室に居るよ。行ってあげて』

 悪びれない笑顔は爽やかで、そのお節介に気づいていないのだろう。

「はぁ……」

 顔を合わせて何が起きると言うのか?

 すでに新しい相手がいると言うのに。そう思い、現在の恋人であるサツキが頭を過ぎる。

 とはいえ、彼は陵二が何をしようが怒りそうもないけれど。

 百戦錬磨の空気を持っている彼だから、特に時間をかけて行こうと思っていたのに、更にあっちは上手《うわて》だった。

「あんなに思いっきり襲って来る女なんかいなかったもんなぁ……」

 常に手綱を持っていたい陵二だが、彼が相手だと、たまにそれを掻っ攫われる。

 掴みそこなったまま暴走されたと思ったら、いつの間にか彼自らの手で手綱が返されているから敵わない。

 棟のガラス張りのドアを開けて建物の中に入ると、二階の華道サークルの会場を目指す。

 午後の棟内は賑やかだ。

 ところどころで話しかけてくる女の子の相手をしながら移動して階段を上がると、二階手前の踊り場で、ビデオカメラを持っている男と遭遇した。

「平《ひょう》?」

「お~陵二、なにしてんの?」

 陵二の友人である富沢平が、まるでパンチラでも狙っているかの格好で二階に向かってカメラを構えている。

「それはこっちのセリフ。……変態?」

「違ッ! え? そんなふうに見える?」

 慌てた平は、彼の所属する映画研究会の学祭作品の準備を現在しているのだと語った。

「なに撮んの?」

「恋愛感動大巨編! ってのは嘘だけど。――てか、陵二こそこんな所でどうした? 新しい彼女、たしか大学外だよな?」

 平の指す先には華道サークルと書かれた看板が掲げられている。

「ん。菖蒲に忘れ物」

「あ~なるほど。でも華道部、なんかやってるぜ? すっげぇ真剣にフラワーアレンジだっけ? その講習会みたいなのしてて入れねーの。あそこ綺麗な花がいっぱいあるから撮らせてもらいてーのに」

「へぇ……どうすっかな」

 菖蒲と付き合っていた時に顔を出していた華道サークルは、部長の佐藤絵梨が熱い華道家志望で、部室の棚には常に花が並び、どこからか購入してくるアレンジメント作品や花で溢れ返っていた。

『でもね。本当は絵梨、華道家志望とかじゃなくて、そこの花屋さんの店主さんが好きみたい。内緒よ?』

 耳打ちされた菖蒲の高い声がよみがえる。

「その講習会さぁ~絵梨ちゃんがすげー楽しそうなんだよ。だから邪魔できねーの」

 でれっと笑う平には、この菖蒲情報はさすがに言えない。

「んじゃ、出直すかな……」

 そう呟いて陵二が踵を返そうとしたとき、華道サークルの部室のドアがカラリと開いて、部員の女の子が数人出て来た。

「富沢くーん。とりあえず講習会は終わったからどうぞって部長が」

 どうやら平を呼びに来たらしい。

 はーい。と元気よく女の子について行った平に陵二も続いた。

 華道サークルの部室は十二畳ほどの広さで、奥まった窓ぎわ近くに置かれた長テーブルを囲むように、女の子がイスに座っている。

 出入り口付近には腰までの棚が並んでいて、上に華やかな花がたくさん飾られている。

「悪いね。ちゃちゃっと撮ったら次に行くから」

 平が挨拶してビデオを構える。その横で、陵二は菖蒲の姿を探した。

 一番奥の長テーブルの真ん中に男が腰かけている。

 そこをぐるりと女の子が取り囲んでいるのだが、その男にひと際近い位置に菖蒲は部長の絵梨と共に陣取っていた。

 たぶんあの見慣れない男がアレンジメントの先生と言う奴なのだろう。

 寝ぐせこそついていないが洗いざらしの髪は長めで、丸眼鏡がなんとも人の良さそうな雰囲気を醸し出している。

 真剣な講義が終わってひと息ついているのかテーブルにはお茶とお菓子が出ていて和やかだ。

 あそこに自分が割って入って行くのはなんだか気が引ける。

 とは思いながら、さっさと返そうと遠くから「菖蒲」と彼女を呼んだ。

「え? 陵二?」

 驚く菖蒲の向こうで、花屋の店主がいきなりむせる。

「ゲッホッ!」

「ちょ、高畑さん?」

「ゲホ、ゲホっ、へ、……へいき」

 水分が気管にでも入ったのか、陵二に背を向ける格好で随分と苦しそうにむせている。

「どんくさ」

「陵二、どうしたの?」

 集団から小走りに離脱してきた菖蒲が、陵二を仰ぎ見て小首をかしげる。

「これ」

 胸許に添えるよう置いていた菖蒲の小さな手を取って、そこにチョンと鍵を乗せる。

「あ……」

「千絵に催促されなきゃ忘れてた。ごめんな」

「いいよ。……返しに来てくれてありがと」

 ムリしているのが一発でわかる笑顔。

「いや……」

 来ない方が良かったのか、来てキッパリ切れて良かったのか、わからなくなる。

 ただ菖蒲は陵二の前から立ち去らず、突っ立ったままで、二人に手持無沙汰の空気が流れた。

「……華道の講習会だったんだって?」

「うん。絵梨がいつも買って来る花屋の店主さんを呼んでくれて……」

「へぇ。じゃ、毎回買って来ていた花はあの人が?」

 チラリと丸眼鏡の店主を眺める。と言ってもまだ背中しか見えていない。

「そうだよ。絵梨は高畑さんのファンだから」

「へぇ……」

 華道サークルに顔を出していたのは二ヶ月弱くらいのものだったが、花の綺麗な時期だったせいか絵梨の用意した花はどれもセンスがよく、あまり花に興味のない陵二も見惚れる逸品が多かった。

「だったら俺もファンかも」

 花を魅せるためならどんな小物でも使う心意気が好きで、無意識ではあったが楽しみにしていたのだ。

「俺もそっち行っていい?」

 ちょっとどんくさいけど、話してみたい。

 そう思ったのに、菖蒲は困ったように首を振る。

「ダメ。陵二が来ると、中心が陵二になっちゃうから。今はお花の話をしたいの」

「え~いいじゃん」

 駄々っ子みたいに甘えると、菖蒲の瞳に譲歩の色が乗る。

「じゃあ……」

 ちょっとだけね。と、続く菖蒲の声にかぶり、映像を撮り終わったらしい平が、グッと陵二の首根っこを掴んだ。

「ちょっと待った。オレこれから水泳部に行くんだけど、陵二も一緒に来いよ」

「はぁ? ヤだよ。勝手にひとりで行け」

 ぞんざいに追い払うと、ぷぅ~っと平が不満を表し、同時に菖蒲の瞳もキツくなる。

「陵二、もう新しい彼女、出来たんだね」

 完全に断言されてドキッとした。

「なんで?」

「だって水泳部って言えば伊野さんでしょ。あの子も絶対に陵二のタイプだもん。フリーなら行かないハズがない」

 本当に菖蒲はするどい。

 でも丁度いいか。

「ん……。もう居るんだ。新しい相手」

「でも菖蒲ちゃん。今度は陵二の方がその彼女に遊ばれてんだぜ」

 うひひと平が楽しそうに割って入って来る。

「陵二が?」

「平!」

「はは。怒ってる? でも年齢、職業、居所すら不詳って最強じゃね? どんだけ適当に扱われてんの」

「ちょ…」

「しかも極めつけは、なかなか逢ってくんないんだってさ~」

 見る間に菖蒲にともる同情の気色に、陵二はがっくり項垂れた。クソ平め。

「平。じゃあな。水泳部の伊野によろしく」

 これみよがしに伊野の名前を強調すると、平の視線が慌てて絵梨へ向く。

 絵梨は菖蒲の親友だ。とうぜんこちらを見ている。

「伊野に会いに行くんじゃねーよ。部室の風景を撮りに行くの! じゃあ、もう行くから」

 また撮らせてね~と、ささっと去る平を見送りひと息つくが、彼から出た言葉は戻らない。

 菖蒲の瞳には「どうしちゃったの?」的な同情が宿っている。

「や、んじゃあっち行くか」

 誤魔化すように笑いながら、陵二と菖蒲は絵梨の待つ集団の所へ向かった。

 けれどそこに花屋の店主の姿はない。

「あれ? 高畑さんは?」

 菖蒲の問いに絵梨が顔を曇らせる。

「なんか用があるってさっき帰っちゃった」

「あれ、マジで?」

 自然に会話に入って行くと、絵梨があからさまに嫌悪した顔で陵二を睨む。

「……陵二なんか呼んでないし。なんか用?」

 絵梨は陵二に冷たい。

 菖蒲と付き合った当時から放埓者だと心象は悪かったが、別れてもっと悪くなった。

 理由もなく嫌われるのは腹立たしいが、絵梨の辛辣な態度は菖蒲を思うゆえなのだと、そう思えばその態度もあまり気にならず、陵二はへらりと笑って見せる。

「いねーならいいや。じゃあな」

 軽く手をあげ踵を返すと、陵二の裾を菖蒲がグイッと引く。

「陵二、店主さん来週も来てくれるらしいから」

「ん。……わかった。気が向いたら行くよ」

 誘う声にさっきの同情の瞳が滲んでいる。

 あれだけの作品を作る人間なら話してみたい。そうは思っても、なんとなくもうここには来づらいような気もして、陵二は曖昧に笑って部屋を出た。

 パシムと部屋のドアを閉めると華やかで賑やかだった喧噪がフッと消える。

 平にいろいろ嘲弄されたからだろうか?

 無性にサツキに逢いたくて、廊下を進みながら携帯電話を取り出し、そのまま電話をかける。

 コール一回ですぐに出たサツキは様子が変だった。

『りゅ、じ? どした? なに?』

 まるで浮気現場にタイミングよくかけてしまったみたいな動揺っぷりに陵二は不機嫌になる。

「なんか掛けちゃ不味かった?」

『や……別に。どうしたの?』

 焦る声がだんだんと落ち着きを取り戻していく。

 それがますますあやしいような気がしたが、あえて何でもない振りをした。

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