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作者:日-未知 当前章节:10040 字 更新时间:2026-6-23 02:20

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附:【本作品来自互联网,本人不做任何负责】内容版权归作者所有!

『日本語版』[小説]甘い融点

業務報告書類をめく捲る手を止めたはしづめきょうじ橋爪恭司の眉間には、深い皺が刻まれてた。

「……なんなんだ、このりんぎしょ稟議書は」

交際費、と書かれた決裁書類を眺めながら、肩口に携帯電話を挟んだ恭司は、普段店の女の子に美声とほれぼれされる低く深い声を、ワントーン冷たく落とす。

『ご覧の通り、生花代に交際費です』

「花に交際費だあ!?ケタが違うだろうがゼロふたつも!」

電話の相手は秘書であり経営プレーンでもあるしぶさわ渋沢まさふみ雅史だ。動じない声に恭司は苛立ち、複写伝票の束をばしばしと叩きながら、せわ忙しなく煙草を吹かす。

「しかもこの[有限会社わしお鷲尾]て、とりかい鳥飼組の系列じゃねえかよっ。くどう工藤社長宛ってこれも、若頭の工藤じゃねえか!」

唸るような声を発する恭司の日に焼けた顔立ちは彫りが深く、男らしい意志の強そうな眉と高いびりょう鼻梁、切れ長の目もまた、夜の女たちには大変好評だ。

「おまえこれじゃ結局、鳥飼の方にミカジメ払うってことじゃねえかよ!」

『この商売で、筋を通すことは、どこに行ったって必要でしょう』

「筋モンに筋通してどうすんだよ!認めねえぞ俺は、絶対そんな経費申請通さないからな!」

おまけに185センチを準える長身には、きつく引き締まった筋肉が載せられ、三十代に入ってますます男ぶりを上げたという恭司の容貌は、一見すればややがたいのいいファッションモデルかといった華やかさがある。

しかし、野性的でエネルギッシュに過ぎるその視線と、身体中からにじ滲むみ出る迫力が、彼を甘いばかりの男ではいさせない。

『仕方ないでしょう。ここは東京なんですよ。地元とはわけが違います』

てんたん恬淡とした男の声は、いっそ恭司の苛立ちに拍車をかけてしまう。

「んなこた知ってるっつんだよっ」

顔色ひとつ変えていないであろう、親友でもある秘書に向かって口にくわえた煙草をぶつけてやりたい気分になるが、なにせ相手はいま、神奈川の本社にいるのだ。

忙しなく吹かされた、ピースの紫煙が満ちるここは、都内某所のとあるホテル。最上階にある責任者室は、恭司の会社では通例『支配人室』と呼ばれている。

造りは会社の事務所めいたビジネス仕様のものであるが、目の前には防犯カメラのモニターが映し出す映像がずらりと並び、入口フロアから各階の通路をすべて見渡せるようになっている。

昨年落成したこのブティックホテルは、名前を[ホワイティア]という。

内装外装共に、一流ホテルのそれを意識して作られたため品よく豪華で、一見すると普通のシティホテルのように映るが、入口に掲げられた「ご休憩」の文字に使用目的はおの自ずと知れた。

また入口から踏み込めばそこには無人のパネルフロントのみで、精算もすべて室内の自動精算機で行われるあたりも定番ではある。

モノクロームの映像は、ごくたまに映った人々の関係や人生を匂わせて、なかなか興味深い。

気が逸るのか、互いの身体を触り合いながらドアに消える男女や、はたまた後ろ暗さを露わに、俯いたままのきゃしゃ華奢な男の肩を抱いた、男のやに下がった顔。

(さすがに東京は、そっちのも多いな)

苛立ちを逸らそうと散漫な頭で考えれば、耳元からは血を凍らせるような渋沢の声がいんぎん慇懃に聞こえてくる。

「大体ですね、そうやって新店できるたびにへばりつくのやめて下さい。社長がいないおかげで業務が滞って仕方ない』

「ハシヅメのポリシーなんだよ。そりやジジイの代から続いてる慣例だ。自分の店は、自分で確かめる。なにが悪い」

『社長、なにを居直ってるんですか……』

どこがおかしいと言い切る恭司に、電話の向こうから聞こえたのは呆れ混じりのため息だ。

恭司は神奈川では有名な風俗チェーン、[株式会社 ハシヅメ]を担う三代目社長だ。

ラブホテル、ソープランドなど風俗関連の業種を掌握し、地元かわさき川崎を拠点に手広くやっている[ハシヅメ]の歴史は昭和初期にはじまる。

当時、地元のやし香具師と繋がりのあった祖父の代から、食うに困った女性を受け入れるために、公式買春宿一号店[カフェー喫茶・はし橋]が創立された。

以後、時流の変化や風営法改正にも負けず、暴力団傘下に誘致されそうになっても断り続け、「働く女性と悩める男にやさしい、明るくクリーンな風俗店経営」 をポリシーに、そこそこの繁盛を見せている。

実際その業績を裏づけるように、橋爪家の男たちはみな働き者で精力的だが、そのワーカホリックぶりがたたり、祖父は十五年前に他界、恭司の父であった先代も三年前に心臓を患って引退した。

そうして三代目はぼんくらと言われる定説を覆(くつがえ)すように、最も仕事熱心であるのが恭司だと、業界でも有名ではある。ただし、逐一自分の目で確認しなければ気の済まないワンマンぶりと、やや一本気に過ぎるのが、玉にきず瑕というのもおおむ概ねの評判だった。

『だいたい、先々代の時代と、いまと、どれだけ規模が違うと思ってんですか』

営業が軌道に乗るまでは、どうしても自分の管理下に置かずにいられないのは、恭司の悪い癖だった。自覚もしていて、居直っているからなおタチが悪い。

おまけに、とある事情でやや予定よりも急な開店だったため、いまだにこのホテルには責任の取れる管理職が据えられない状態で、いよいよ恭司のお出かけ好きに言い訳を与えてしまっている。

「―――さて?」

『さて……ですか……?』

むろん自身の会社の歴史も店舗数も、知っていながら空々しくうそぶいた恭司は、このあと続くだろう渋沢のねちねちとした嫌味から逃げるべく、電話を耳から遠ざける。

『ご存じないようですから申し上げますね。いまじゃあハシヅメのチェーン展開は全国を狙ってます。神奈川と静岡だけでホテルは七軒、イメクラとへルスは十二軒。今度の仙台東京ダブル進出でさらに一気に、店舗展開した軒数は―――』

「はいはいはいはい」

うるせーうるせーと呟きながら、空いた耳を小指でほじっていれば、そのふざけた姿が見えたかのように渋沢の声がさらに冷たくなっていく。

『そのすべてを優良店にするべく目指してるんなら、ちったあ人材確保の方にも力入れて下さい。社長が全部管理できるわけもないんだ、健全な風俗経営はまず男の優秀な人材なんだって、しょっちゅう言ってんのは社長でしょう』

正論ばかりを並べ立てる男の、うつくしく整った、だが能面のように無表情な顔を思い出せばうんざりして、恭司の浮かべた渋面も声もまるで、拗ねた子供のようになる。

「ったって、なかなかこう、いいのが見つからないじゃねえかよ。管理職こなせるような」

『ひとにはそれぞれ得意分野ってのがあるんです。なにもかもオールマイティにこなす人材なんかいまはなかなかいない、能力に見合った分担で決めればいいじゃないですか』

やんちゃさが覗くその表情は、秀でた額に降りる前髪のラフさも相まって、恭司の魅力をなんら損ねるものではなかった。

しかし、女性には大変好評な恭司のその色気は、当然ながらいま電話の向こうにいる男に一切効果はない。

『だいたい[チュッパリップス]の方も[気まぐれ仔猫]の方も全部顔出しすることないでしょう』

いま、血の凍るような声で渋沢が並べ立てたのは、風俗営業法第二条四項一号、営業分類五号営業店、つまりいずれもイメージクラブの名前である。

「ったってしばらくは様子見ないと、あっちの店長とマネージャーも新参だろうが」

『だからって社長みずから乗り込んでどうすんですか』

このたびの[ホワイティア]及び、イメクラショップの新規開店は、恭司の父の念願であった。

都内への初参入というその父の夢を、先だって心臓の弁膜を破裂させた彼の目が黒いうちに叶えようとしたため、やや無理なピッチでことを進めたのは否めない。

それでもまあ、優秀なスタッフとおのれのカがあれば、通る無理だと恭司は信じ切っている。

「だっておまえは忙しいじゃんか、そしたら俺しかいないだろ」

『―――…っ、誰のせいで俺がこんなに忙しいと思ってる!このボンボンが!』

しかし、巻き込まれる側はたまったものではないと、ついに冷静沈着な仮面をかなぐり捨てた渋沢は、十代の頃に武闘派でならしたという本性を見せて声を荒げた。

『そんな時間があるならいますぐ、そこにある書類に判子ついてファックスしろこのクソ野郎!』

「い・や・だ」

『いやだじゃねえ!ふざけてんのか恭司!』

「……ふざけちゃねえよ」

動じず、椅子に深く腰掛けなおした恭司は、それだけは譲りたくないと渋面を浮かべる。そこには、ただ意地を張っているだけでない、苦い矛盾を抱えた男の苦悩が見えた。

そうしてまた、いますぐにも握りつぶしたい稟議書を眺めて、深い吐息をする。

「渋沢。……俺はこの店に関して、どこにも後ろ暗いとこのないもんにしたいんだ」

『……存じ上げております』

声音に察したのか、渋沢もまた落ち着いたトーンに口調を戻した。

『それでも、東京です。ハシヅメの常識は通用しない。わかってるでしょう』

このあたりの風俗関係に関しては、シノギのなわばり争いが常にある。古く香具師との繋がりがあって、[ハシヅメ]には手出し無用の不文律があった地元の川崎とは違い、いずれの組かに話を通さなければならない。

暴対法施行以来、アンダーグラウンドに潜る一方の彼らの世界では、既に仁義も絶えて久しい。 

飲食店も遊技場も、それなりの組になんらかの挨拶料を納めているのが実際だ。『越境不適』、同じ組の系列であれ他人の領域ではシノギを削らないという約束も、実際には建前の話でしかない。

『街が違えば、当たり前のことだ。あんたが了承しないなら、俺が通すまでです』

食うか、食われるか。シンプルなパワーゲームはそれだけに、手段を選ばないものがある。

きれいごとばかりで生き残れないと、それは恭司もわかっているのだが。

「冗談じゃねえ、認めねえぞ!」

「バカ言ってんじゃねえよ!だったら喧嘩するってか、ああ!?』

神経が太く有能で、非常に我慢強くはあるが、渋沢は決して気が長い方ではない。聞き分けのない社長に堪忍袋も限界と、凄みの利いた声を出されるが、恭司もまた負けてはいなかった。

「喧嘩上等じゃねえか!」

取締役権限もある彼は、場合によれば恭司を無視しても仕事を進めることができる立場にある。しかしそれでも、できることならば説得しようとするのは、後々恭司のためにならないからだ。

経営も健全でそのため、つけいる隙はなく、それが却ってややこしい敵を作ってもいる恭司に代わり、その手の黒い取引を始末しているのは、この渋沢だ。

「そんなことで仕事が上手くいったって、俺は全然すっきりしねえよ!」

汚れ仕事をさせておいてなじ詰るのは卑怯と知っていながら、捨てきれない青臭さが恭司を苛立たせる。しかし、そんなことはとっくに承知と、彼はやり込めた。

『ふざけんな! いっぱし大人気取ってるんなら、まず誰とも面倒がなく過ぎる方法を優先しろ!』

「やくざと付き合いすんのが面倒がないってのか!」

『青臭いこといつまでも言ってんじゃねえよ、なんでもかんでも押し通せばいいってもんじゃねえだろう!金銭的にも仕事の付き合いでも、最小限のリスクで終わらせるべきだ!』

恭司が守るべきものは、自身のプライドなどではなく、店にいる女たちや社員なのだ。そう続けられればもう、返す言葉もない。

(くそったれ……)

渋沢の言うことがもっともであるのは、実際には恭司も重々承知している。この荒事の多い街で、どこにも挨拶をしないわけにはいかなかった。今回比較的穏健派である古株の鳥飼組と話がついたのは、正直ぎょうこう僥倖とも言える。

同じ街で敵対する武闘派のたがわ田川組が無理矢理に話を通してくれば、早晩乗っ取りにまで行きかねないのだ。

それすらわからないようでは、この仕事は続けられない。それでも恭司が駄々をこねるようにぶつくさと零してしまうのは、いつの間にかそうしたことに慣れて、なんの感慨もなくなってしまいそうな自分への、せめてもの戒めでもあった。

(かっこつけたって、所詮は……)

産まれた時から女の身体を売った金で生きて来た自分を、どうあがいても正当化はできない。

青臭くても、きべん詭弁でも、みずからの中に信念がなければ、腐るにはあまりに易い道だ。

だからせめて、よりどころにするなにかが欲しいのかもしれないと、自嘲気味に恭司は思う。そしてまた、こうして自分の汚さを知れと言われることも必要と、感じていた。

『おい、聞いてるのか!?』

「あーはいはい」

大体おまえは昔から、と続く嫌味にうんざりしつつ、学生時代そのままの渋沢の声には、正直ほっとしている。

汚れ仕事と知りながら毎度のフォローをする彼にしても、本来恭司が守るべき懐に入れた相手である。彼が泥にまみれることを正当化できるのも、至らない社長の青さをたしな窘める形であるからこその部分もある。

誰しも、自ずから望み、進んで汚れていきたくはないだろう。

(ぽちぽちと切り上げ時か……?)

口だけは反抗しつつも、内心納得しながら渋沢の小言を聞いていた恭司は、ふと視線を巡らせてはっとなる。

見やった先は、並列されたモニターのひとつ。先ほど、細い肩を抱かれたまま部屋に消えた男が、よろけるようにしてドアから飛び出してくる。

「……待て、ちょっと様子が変だ」

『なに?』

モニターには声は入らないものの、トラブルであるのは明らかだった。後ろから伸びる腕は、いま逃げまどう彼のそれからすれば二倍の太さがあり、長めの髪を鷲掴んでは壁に叩きつけている。

見たままの情景を伝えれば、クールな男は冷静な意見を吐いた。

『プレイの一環じゃないのか?』

「それにしちゃ様子が……」

渋沢の言う通り、納得ずくの性行為やただの痴話喧嘩であれば、関わる必要はない。

(いやこれは……マジか……?)

しかし、生まれながらの風俗屋であり、若い頃には地元で名が通るほどに暴れていた恭司の勘が、これはまずいと警報を発していた。

「おいおいおいおい、勘弁してくれ……!」

思わず叫んだのは、悲鳴を上げているだろう筆者な男の顔がモニターに向けられた瞬間だ。

「ありやどう見てもガキじゃねえか!」

『なに!?』

児童売春に関して規制法のかまびすしい昨今、男女の差なく未成年のそういうトラブルは重い。

公式に届け出をしているからこそ、そうした場合の縛りは多く、法的な罰則が社長である恭司にかかるのだ。

こうなればプレイだろうが痴話喧嘩だろうが、のっぴきならない事態になるのは目に見えている。面倒な、と舌打ちするなり、恭司は立ち上がった。

「話はあとだ、ちょっと出る!」

『おい!?無茶は―――』

やめろとわめく渋沢との通話を切り、エレベーターもまだるっこしいと恭司は階段を駆け下りた。

「ちっくしょう……冗談じゃない」

契約している警備会社はあるものの、連絡をして警備員が来るまでには大抵二十分はかかるのが常だ。また、この手のホテルではプライバシーの棟密性が重要なため、事態を見極めるまでは通報もはばかられる。それがただの痴話喧嘩であれば、逆にクレームを食らう羽目になるからだ。

(これだからおいそれと店長も決めらんねえんだよ……っ)

管理職がなかなか決まらないのも、こういう事態に対して、迅速に動ける男というのが年々減っているせいだ。面倒を嫌って状況を見過ごし、大事になるのはもっと困る。

元より、この手の場所へ未成年の出入りを見逃したというだけでも本来は完全にペナルティである。それでもおとなしくセックスだけして帰ってくれる分には、いちいち目くじらを立てられるものではないから、大めに見てはいるけれど――――

(あのままだとあのガキ、死ぬぞ)

恭司の精悍な額に嫌な汗が浮かぶのは、被害に遭っている相手が未成年というだけではない。

(あの男……完全に素人じゃない)

加えられる暴力のあまりの容赦のなさや、明確に急所を狙うやり方に、それこそ組の構成員である可能性をまず恭司は考えた。

ここしばらくは本社を離れ、なにがあっても動けるようにホテル内の防犯カメラで店内チェックをしていたのは、先ほど渋沢と話していたミカジメ料にも原因がある。

鳥飼と敵対する田川組の面子が妨害工作をしてくる可能性もあり、話が大きくなる前に自分の手で収束させたかったのだ。

非常階段を駆け下り、目的の階に辿り着いて重い扉を開ければ、細い悲鳴が聞こえてくる。

「―――……っあ、っすけて、やめ……!」

「るせえ、このオカマ、なに考えてやがる!」

鈍い音が聞こえ、その性質から見通しの利きにくいホテルの造りを苦々しく思いつつ、長い脚のストライドは少しもゆるまらない。

「ひ、い……っ、誰、かあっ!」

防音の利いたホテルでも、この叫びではさすがにわかってしまうのだろう。怖々とドアから様子を窺う裸の男女が見えて、ますます厄介だと恭司は現場に飛び込んだ。

「うらあっ! 舐めた真似してんじゃねえ、らあっ! 俺が誰かわかってんのか、コラ!?」

いましも、握った拳を鼻先に叩きつけようとしていた瞬間、恭司の鋭い声がそれを止めた。

「――――やめろ、なにしてる!」

汗を流しつつも、揺れることのない強い声で叫べば、ようやく視界に捕らえた男の肩がびくりと引きつった。

睨みを利かせて振り返った堅太りの男は一瞬剣呑な表情を見せ、しかし恭司の姿を認めた途端に、慌ててそれを繕うように卑屈な笑みを浮かべてみせる。

「こりやどうも……ハシヅメさん」

「……しのだ篠田さんとこの……確か、むらい村井だな?」

篠田というのは田川組の幹部で、しつこく恭司に『挨拶料』を求めていた相手だ。その会合の際、常にうしろについていたのがこの村井である。

なににつけ暴力でカタをつけるしかできないような、下っ端だ。

「あんたなにしてる、その子に」

「いや、ハシヅメさんには関係ない話で、こっちのことで」

最悪の予測が当たった、と十数センチ上からじろりと睨み下ろせば、村井はヘヘっと引きつる。そうして彼が慌てて指の足りない拳を下ろし腕をほどくと、ずるずると少年の身体は崩れ落ちた。

(ダブルビンゴか……)

もっぱらやられていたのは後頭部と腹部だったのだろう。少年の顔にはさほどの傷がなく、先ほどモニターで見たよりさらに若々しく、それだけに痛ましい。

どう見ても十代の少年でしかない被害者を見つめ、苦々しく恭司は告げる。

「関係ないったって、ウチの中でもめ事はごめんだ。あんたみたいな人は、そんなことは重々承知だろう」

「けどこいつ、ウチのシマで客取ってたんで。そしたら始末をつけるのは俺の仕事で」

(だったらなんでウチに来るんだ……っ)

未成年売春に村井の存在ときて、これがある程度仕組まれたものであるのはわかっていた。いずれにしろトラブルを起こし難癖をつけておいて、後始末を申し出るのが彼らの流儀ではある。

鳥飼との調停は、恭司にしても今日の今日知ったばかりだ。いい加減色よい返事をよこさないのに焦れて、脅しをかけに来たのだろう。

(渋沢に感謝だな)

結局今回もあの秘書が正しかったのだと吐息して、部屋に戻り次第稟議を通そうと決める。

目の前の男にも篠田にも、舐められたものだと腹は治まらないものの、さてどう収めるか、と恭司は一瞬で考えた。

(面倒がないのは、このままコレごと引き取らせるに限るが……)

ぐったりと動かない少年の姿に、哀れを覚えないわけでもない。どだい、冷徹になりきれるくらいなら苦労はしない恭司だ。それであとで、また渋沢に怒鳴られる羽目になるとは思ったけれども、口をついて出たのは、もっとも厄介である提案だった。

「あんたの仕事を邪魔したくはないが、そのボウズについては、俺が預かる。引き取ってくれ」

「……なあ!?」

案の定村井は目をむ剥いて、倒れ伏した少年を抱き上げる恭司を睨みつけてくる。

「それは、それなりの始末をアンタがつけてくれるってことだろうな……こっちゃあ面子かかってんだよ!詰も通さねえで立ちんぼやられたんじゃ、たまったもんじゃねえ!」

抱え起こし腕にした身体は、驚くほどに軽かった。小柄で華奢な身体に、ああまで容赦ない暴力を振るえる男の面子とはいったいなんだと、恭司は胸に黒ずんだ感情を覚えてしまう。

「話を通せばいいんだな」

わかった、と恭司の告げたそれは静かなものでさえあるが、ちんぴらの罵声など意にも介さないほどに、深い怒りと迫力に満ちていた。

「早晩、工藤さんに言っておこう」

「な……っ」

「あとのことは、そちら同士でやってくれ」

この街で組の名に属して生きる上は、鳥飼組を仕切っている工藤の名を知らないわけもないだろうとにら睨めつけ、恭司は懐から数枚の紙幣を取り出す。

「とっとけ。それから、……早く失せろ!」

「――――っ、くそ……」

舞い散った万札を尻目に気絶した少年を抱え上げれば、背を向ける一瞬、低く呻いた村井がそれでも、紙幣を掴み取るのが見えた。とりあえず今日は、これで引き下がるだろう。

瞳に浮かぶぶべつ侮蔑の光を隠そうともせず、歩き出す恭司の足取りは危なげなく、しかし怒りに満ちたものだった。

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