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    第二十三章 シャム双生児の秘密

作者:日-横沟正史 当前章节:14208 字 更新时间:2026-6-23 02:19

   一

 金田一耕助の話はポツンと切れた。いや、わざとそこで話を切ったのである。

 いままでかれの語り来たったところは、すべて推理というよりは|憶《おく》|測《そく》である。しかし、金田一耕助はこの憶測に、それほど大きな|誤謬《ごびゅう》はないという確信を持っている。しかし、これからあとが話しにくいことなのである。三津木五郎をわが子と信じきっているらしい竜平に、どれだけ大きな失望を与えるかもしれないと思うと、金田一耕助はわれながら、その残酷さにたえられない思いがするのである。しかも、これから打ち明けようとすることは、もはや推理や憶測の域を脱して、りっぱな証拠があることなのである。

 竜平も急がなかった。おそらくかれは内心ジリジリする思いなのだろうが、いっぽうでは、相手の口からハッキリとした結論を聞くのが怖いのである。三津木五郎はじぶんの子ではないのか。金田一耕助の口ぶりからすると、どうもそこになにか重大なまちがいがあるらしい。もしあの若者がじぶんの子でないとすると、じぶんの子はどうしたのだろうか。金田一耕助はそれもしっているのであろうか。

 ふたりの緊迫した沈黙のうちに味の濃い時が流れた。

 きょうはこの季節にふさわしい雨である。茶室ふうに造られたこの離れの外には、シトシトと|小《こ》|糠《ぬか》のような雨が落ちている。ときどきスコン、スコンときこえる|鹿《しし》おどしの音も、この沈黙をいっそう味の深いものにしている。

 しばらくして金田一耕助はやっとノドの奥で|咳《しわぶき》をした。

「ときに……わたしのほうからお話しをすすめていくまえに、ひとつあなたにお聞きしたいことがあるんですが……」

「はあ、どういうことでしょうか」

 竜平はドキリとしたように|瞳《ひとみ》をすえて、金田一耕助のひたいを|視《み》た。かれにはどうやら、相手の質問の内容がわかっているようであった。

「いや、一昨日あなたはこの家のお座敷で、あしたの晚、刑部神社で重大発表があるとおっしゃってましたが、それはどういうことなんですか。ここで打ち明けていただくわけにはいかんでしょうか」

「それは、その……」

 竜平は口ごもった。耳たぶがすこし赤くなって、居心地が悪そうであった。二、三度|空《から》|咳《せき》をしたが、言葉はあとにつづかなかった。

「ああ、そう、それではわたしのほうから質問をつづけましょう。あなたはこの島に|莫《ばく》|大《だい》な投資をしていらっしゃる。ゴルフ場なんかはあなたの事業のうちでしょうけれど、刑部神社を建てかえて寄進なすった。その見返りはなんだったんですか」

 越智竜平の顔は苦痛にゆがんで、また二、三度空咳をした。金田一耕助は気の毒そうにその顔を|視《み》|守《まも》りながら、しかし、言葉はつづけた。

「先月の末、六月二十八日に神主の|守《もり》|衛《え》さんが上京して、丸の内のホテルヘあなたを訪ねていかれた。そのときあなたはあの高価な黄金の矢を寄進されたんですが、それについてあなたはあの人に、なにか交換条件を持ち出されたんじゃないんですか」

 図星だったらしく、竜平の顔面はいよいよゆがみ、ひたいにねっとり汗さえみられた。握りしめた|掌《てのひら》がヌラつくらしく、しきりに|膝《ひざ》でこすっている。

「あなたの口からいいにくければ、わたしのほうから申し上げましょうか。あなたは交換条件として、巴さんを要求されたんじゃないんですか」

 竜平は両の|拳《こぶし》を膝におき、いからせた肩に埋めた首をうなだれて、二、三度強くうなずいた。そして|唸《うな》った。

「わたしは……わたしはバカでした」

 金田一耕助の目に|惻《そく》|隠《いん》の情が動いた。気の毒そうにノドの奥で笑い声を立てながら、

「そう、あんまりお利口さんとはいえませんね。しかし、ここでお説教をするのはやめましょう。守衛さんはそれを承知したんですね」

「あの人は離婚届の書類を用意していました。そしてその場でじぶんの名を書きこんで|捺《なつ》|印《いん》し、巴にもきっと署名し、捺印させるといったんです。あとはわたしの誠意と情熱にまかせるといって笑っていました」

「しかし、そのことがどんなに巴さんのプライドを傷つけるか、あなたや守衛さんにはわからなかったんですね。これ一種の人身売買でしょう」

 竜平は突然、|怯《おび》えたような目で相手の顔を|視《み》|直《なお》すと、

「金田一先生、それ、どういう意味です」

「まあ、いいでしょう、いずれわかることですから。それよりもあなたその翌日、わたしに会われた。そして、このテープをお聴きになった」

 と、金田一耕助はボストンバッグのなかから、例のテープレコーダーを取り出すと、カチッと音をさせてそれにスイッチを入れた。

 竜平はいよいよ怯えたような目の色をして、テープレコーダーの吐き出す声を|聴《き》いていたが、やがて青木修三の断末魔の声が、

 ……|鵺[#「鵺」は底本では「鵺」の「夜」を「空」にしたもの。Unicode=9D7C]《ぬえ》のなく夜に気をつけろ。

 と、いう一節に到達すると、思わず両手で耳をおさえた。そのおもてには悔恨の色が濃いのである。

「あのときあなたはわたしに対してシラを切られたが、あとであなたは頭のなかで、なんどもなんどもこの言葉を、反復されたにちがいない。やがてあなたはこの言葉の意味を、了解された。いつかあなたに聞いたところでは、青木氏という人物、人間|到《いた》るところに女ありという主義だったそうですし、わたしの調査したところでも、そうとう色好みのようですからね。そういう人物にとって巴さんは、|猫《ねこ》に|鰹《かつ》|節《ぶし》だったんじゃないですか。あるいは巴さんにとっても、青木氏は猫に鰹節だったかもしれません。青木氏という人物、わたしは写真でしかしらないんですけれど、肉体的特徴がどこかあなたに似てますね。肩幅広く、胸板厚く、胴回りの太いところなど、ただしあなたはストイックな感じですが、青木氏のひとに与える印象は、まるでセンジュアルじゃなかったんですか」

 金田一耕助はそこで言葉を切ると、深くこうべを垂れている越智竜平に目をやって、

「失礼しました。すこし|饒舌《じょうぜつ》が過ぎたようです」

 ふたりはしばらく雨の音と、間遠うにきこえる、鹿おどしのひびきに耳をすまして無言でいたが、やがて越智竜平が顔をあげると、必死の面持ちで金田一耕助を視詰めながら、

「金田一先生、あなたがもう一日、いや二日はやく、このテープをわたしに|聴《き》かせてくだすっていたら……」

「守衛さんとああいう契約は、しなかったろうとおっしゃるんですね」

 竜平は二、三度強くうなずいた。悔いても悔いてもやまぬ悔恨の情が、めらめらと真っ黒な煙となってかれの全身を包んでいる。

「と、いうことはこのテープを聴いて以来、あなた巴さんの貞操になんらかの、疑惑を持たれたということですか」

「わたしは美しい夢を見過ぎていたようです。あの時分から、二十年以上の歳月が流れていますけれど、人間の本質に変わりはないはずと、思い込んでいすぎたのです。それにしても、金田一先生」

 竜平はまた怯えたように、金田一耕助のおもてに瞳をすえて、

「守衛さんは六日のうちに巴さんを説き伏せて、あの離婚届に署名捺印させ、わたしに渡すといっていたんです。そこで改めてわたしが巴さんにプロポーズして、その承諾をえたうえで、七日の晚、発表するという段取りになっていたんですけれど……」

「それが重大発表なんですね」

「そうです、そうです」

 竜平は首筋まで赤くなりながら、

「したがって、守衛さんはあの離婚届を、どこかに持っていなければならないはずなんですが、それ、発見されておりませんか」

「発見されておりません。もし身につけていたものなら、犯人が持ち去ったんじゃないですか」

「金田一先生! しかし、先生はいま犯人は三津木五郎という、あの若者のようにおっしゃったが……」

「しかし、わたしは付け加えておきましたよ。わたしの推理が万全といえるかどうかは、しばらく|措《お》くとして……と」

「それ、どういう意味なんです?」

「いえね、越智さん、この問題を煮詰めていくのはしばらくお預けとして、いま、三津木五郎の名が出ましたね、だから、ここでは三津木五郎の氏素性について、検討してみようじゃありませんか」

「そうですか。では、万事先生のおよろしいように」

 竜平はあきらかにガッカリしたようだったけれど、いっぽうでは怖い話、いやな話はすこしでも、さきに延ばしたいというのが人情である。ガッカリすると同時に、ホッとした顔色であったことも否めない。

「越智さん、あなた秘密は守っていただけるでしょうねえ」

「はあ、わたし、口は固いほうだという自信はあります。どういうことでしょうか」

 金田一耕助は無言のまま机にあった封筒を、竜平のほうへ押しやった。それはさっきから竜平も気にしていた封筒である。

「これをわたしに……?」

「手にとって裏を返してみてください」

 竜平はいわれるままに封筒の裏を返して、差出人の名前を読んだが、突然、脳天に|鉄《てっ》|槌《つい》でもぶち込まれたように大きく肩をふるわせて、

「これ、さっきお話のあった女が、磯川さんに|宛《あ》てて書いた手紙ですね」

「六月十六日とあるでしょう。ヒッピー姿の三津木五郎が訪ねていったその翌日、浅井はるが警部さんに宛てて書いたんですね。どうぞなかを読んでください」

 竜平はふるえる指で、封筒のなかから五枚の|便《びん》|箋《せん》を取り出すと、食い入るように読みはじめた。すぐ名状することもできないような興奮が、がっちりとしたかれの|体《たい》|躯《く》を揺り動かした。竜平はひととおり読み終わると、もういちどはじめから読み直して、やがて|炎《も》えるような目を金田一耕助にむけた。

「金田一先生!」

 と、大きく叫んでから、みずからじぶんを落ち着けようと努力しながら、

「こ、これ、どういう意味なんですか」

「お読みになったとおりですよ。浅井はるもこの|期《ご》におよんで、|嘘《うそ》は書かなかったでしょうからね」

「すると、三津木五郎というあの若者は、磯川さんの子どもだということになるんですか」

「越智さん」

 金田一耕助は世にもやさしい目で相手を視やりながら、|宥《なだ》め|諭《さと》すように言葉をえらんで、

「このことはあなたにとっても、大きなショックでしょうけれど、わたしにとってはもっともっと、大きなショックだったんですよ。警部さんとわたしは、ずいぶん長いつきあいですが、あの人にこういう大きな悲劇的過去があったろうとは、さっきこの手紙を読むまで、全然しらなかったんですからね」

「あの人はいま……?」

「今日の午後二時頃、岡山のほうへ帰りましたよ。その手紙をわたしに|遺《のこ》して……」

 昨夜勇と対決して、拝殿のほうから出てきたのが五郎にちがいないと確認されると、そのあと定吉が呼び出された。

「三津木さんは六日の晚、しじゅうぼくと行動をともにしていたように、いうておいでんさるそうですけえど、必ずしもそうじゃなかったです。あの火事騒ぎのあった前後の十分間ほど、ぼく三津木さんの姿を見失ってしもうたんです。どこへおいでんさったんかと、キョロキョロしていると、社務所のなかからソーッと出ておいでんさりました。そういえばあのときの三津木さんの顔色、ただごとじゃなかったと思います。なにかこう、幽霊でも見たようなきょうとい顔色でしたなあ。そうじゃけえど、そのことならこの警部さんもご存じのはずです。警部さんも三津木さんが社務所から、出てくるのん見ておいでんさりましたけんなあ」

 定吉はついで五日の晚のことについて聞かれたが、

「五日の晚ならぼく、三津木さんと終始いっしょでした。|宵《よい》の口から|錨屋《いかりや》へかえって寝床へはいるまで、片時もそばを離れたことはありません。ですけん片帆ちゃんが殺されたんが、あの大雷雨の最中じゃったとしたら、三津木さんにはりっぱなアリバイがあります。ぼくどこへ出ても証人になってあげます」

 その結果、守衛を殺したのが三津木五郎だとしても、片帆を殺害したのは別の人物だということになり、はなはだ妙な雲行きになってきた。

 しかし、ここまでくると磯川警部は、|俄《が》|然《ぜん》シャッキリしてきた。いままでの煮え切らぬ態度が嘘のように、五郎を取り調べるその態度口調は|峻烈《しゅんれつ》をきわめた。五郎はふてくされているようにはみえなかった。態度はいたって神妙なのだが、なにか心に期するところがあるらしく、ひとことも口をきかなかった。

 ここにおいて磯川警部は、断固五郎の身柄拘束という処置に出たのである。五郎は駐在所へ連行されて、留置場へ拘禁されたあとも、磯川警部に呼び出され、夜おそくまで取り調べを受けたが、ついに口を割ろうとはしなかった。

「わたしはそのあと、こちらへ引き揚げてきて、お世話になったんですが、警部さんは広瀬警部補と、錨屋の二階で|枕《まくら》を並べて寝たんです。ところがけさ広瀬さんに聞くと、警部さんゆうべ|輾《てん》|転《てん》|反《はん》|側《そく》して、あれじゃおそらく一睡もできなかったろうと、ふしぎがっていました」

「それで、岡山へかえっていかれたんですね」

「はあ、わたしも二時頃錨屋へいってみたんですが、県警の本部へいっていろいろ調査したいことがあるから、ちょっと帰ってくるといい出しましてね。そこで広瀬さんとふたりで、船着き場まで送っていったんですが、そのとき広瀬さんにかくれて、この手紙をわたしの|袂《たもと》にねじこむと、地蔵平へかえってから読んでほしい、あとは万事よろしく頼むと、連絡船に乗って島を出ていかれたんですが、いまから思えばいかにも寂しそうでしたね」

 金田一耕助はシーンとした目の色になり、虚空のかなたを凝視している。竜平はもういちど五枚の便箋に目をやると、それを封筒におさめ、金田一耕助のほうへ押し戻して、

「お気の毒です。長年捜し求めたわが子に、やっと巡りあったかと思うと、その子が殺人事件の容疑者とはね。考えてみればあまりにも悲惨です」

「わたしは警部さんが早まったことをしないかと、それを心配しているんです」

「早まったこととは……?」

「進退|伺《うかが》いを出すとか、辞職願いを提出するとか……それだけはなんとか食いとめなければなりません。いまや事件は解決一步手前なんですからね。わたしはなんとしてでもこの事件は、あの人の手によって解決してもらいたいと思っているんです」

「電報でも打っておかれたら……住所はご存じなんでしょう」

「ありがとうございます。では電話をちょっと拝借いたします」

 電話を外線につないでもらうと、郵便局を呼び出して、しばらく考えていたのちに、金田一耕助は一句一句に力をこめていった。

「スベテノナゾハトケタ ゴロウハハンニンデハナイ スグシマヘカエラレタシ キンダイチ」

 それから相手の住所氏名をもういちどいって受話器をおくと、待ちかねていたようにそばから竜平が口をはさんだ。

   二

「それじゃ先生のお見通しでは、あの若者は犯人ではないとおっしゃるんで……?」

 竜平の顔にはほっとしたような、|安《あん》|堵《ど》の色が浮かんでいる。かりそめにもわが子と思い、相手もじぶんを親と信じていた仲である。その若者が殺人犯人であるということは、竜平にとっても忍びがたいことであったろう。

「事後共犯、死体損壊の罪は免れないでしょうが、それも弁護の仕方によっては、情状が|酌量《しゃくりょう》されるでしょう」

「では、ほんとうの犯人は……?」

「ねえ、越智さん、一昨晚の刑部一族の聞き取りを、わたしは何度も何度も読み返してみたんです。ところがこれが支離滅裂で、だれでも犯人でありうるという結果が出ているんです。なにしろあの火事騒ぎですからね。しかし、三津木五郎がおのれの身を犠牲にしてでもかばおうとする人物はたった一人しかいない。だれですか」

「巴御寮人……」

 竜平の声はふるえている。

「そう、あの青年が母と信じ込んでいる女性ですね。五郎はあの人が拝殿からとび出してくるのを見たんでしょう。その顔色がただごとではなかったので、あとからそっといってみると、守衛さんが黄金の矢で刺し殺されている。そのとき|矢《や》|尻《じり》は左肺部でとまっていたんです。岡山から来られた岡田博士の解剖所見では、その一撃で被害者は絶命していたろうということです。それにもかかわらずなぜ二段構え、三段構えに矢を押し込んで、ああして|串《くし》|刺《ざ》しにまでやってのけたのか、このことがこんどの事件の最大の|謎《なぞ》だったんですが、これはすべて五郎のやってのけたことなんですね」

「つまり、女の力ではやりえない犯行である。したがって犯人は男であるということを、誇示しようとしたんですね」

「そうすることによって、母……と、思いこんでいる婦人をかばおうとしたんでしょうね。あなたは|憶《おぼ》えていらっしゃるでしょうけど、あの晚、|神《かん》|主《ぬし》が串刺しになっているときいて、あの婦人は卒倒しましたね。無理もありません。だれかじぶんの犯行に、手を加えたものがあるらしいとわかっては、だれだって驚かずにはいられないでしょうからね」

「片帆を殺したのもあの婦人ですか」

「もちろんそうでしょう。そうそう、片帆殺しに関するかぎり、五郎には完全にアリバイがあります。だから警部もいっそう迷ったことでしょうねえ」

「なぜまたげんざいのわが子を……?」

「越智さん、その答えはもう少し待ってください。スベテノナゾハトケタ……と、申しましても、それは神主殺しの件だけで、この島には、まだまだ解明しなければならぬ秘密が、たくさん伏在してるようですから」

 竜平は身ぶるいしながらかすかにうなずいたが、やがて固い決意を秘めた目を、きっと金田一耕助のおもてにすえて、

「それじゃ、金田一先生、最後にもうひとつ質問をさせてください。あの若者が警部さんの子どもだとすると、わたしの子はどうしたんです。あの婦人が生んだ子はその後どうなったんです」

「その質問なら青木修三さんが、まっさきに答えているでしょう」

「えっ?」

 金田一耕助は巻き戻したテープレコーダーに、またスイッチを入れた。

 激しい雑音のなかから青木修三は、振りしぼるような声で警告している。

 ……あいつは体のくっついたふたごなんだ……

 竜平の目が大きく見開かれた。いまにも|目《まな》|尻《じり》の張り裂けんばかりの目であった。|瞳《どう》|孔《こう》が大きく開いて、ギラギラと熱をおびた白い目には、血の筋が縦横に走っている。竜平の受けたショックが、いかに大きかったかうかがわれるようである。

「そ、そ、それじゃあの人、シャ、シャ、シャム双生児を産んだとおっしゃるんですか」

「ねえ、越智さん、刑部家はふたごの生まれやすい家系じゃないんですか。大膳さんがふたごの片われだといいますね。真帆ちゃん、片帆ちゃんがふたごですね。たまたまあなたのお子さんの場合、不幸にも体のくっついたふたごだったんじゃないんですか」

「そ、そ、そして、青木はその子を見たんでしょうか」

 金田一耕助はいったん|停《と》めてあったテープレコーダーに、またスイッチを入れなおした。

 ……あいつは腰のところで骨と骨とがくっついたふたごなんだ……

 金田一耕助はそこでまたスイッチを切ると、

「わたしははじめからこの一節に、深い疑問を感じていましたよ。青木修三氏は医者でもなければ人体生理学者でもない。たとえ生きてるシャム双生児を見たとしても、腰のところで骨と骨とがくっついているとは、どうしてわかったのでしょう。青木氏の見たものは骨そのものだったんじゃないでしょうか。つまり青木氏は、シャム双生児の|骸《がい》|骨《こつ》を見たんじゃないでしょうか」

 必死の面持ちで、金田一耕助の顔を凝視しつづけていた越智竜平は、そこでまた大きく息をのんだ。ノド仏をゴクリと鳴らすと、

「じゃ、シャム双生児はすでに死んでいると……おっしゃるんですか」

「ねえ、越智さん、シャム双生児みたいな|異形《いぎょう》のものが、たとえひと月でもふた月でもこの世に存在していたとしたら、評判にならずにいられないでしょう。それにわたしはまえに、産婦人科の先生から聞いたことがあるんです。日本でもちょくちょくシャム双生児が生まれることがあるんですよと。しかし、その先生はすぐ言葉をついでおっしゃいました。しかし、生まれても育たない、すぐ死んでしまうのがふつうだと……」

 両膝に握り拳をおいた竜平は、いまやこうべを深くたれて、金田一耕助の言葉を聴いている。肩で大きく呼吸をし、額にはまたネットリと汗が吹き出していた。竜平にとってこれほどショッキングで、これほど悲惨な真相はなかったであろう。

「しかし、わたしの推理にひとつ抵抗するものがあった。それはこれですけれどね」

 金田一耕助はまた停止しておいた、テープレコーダーにスイッチを入れた。青木修三はつづいて語る。

 ……あいつは步くとき|蟹《かに》のように横に|這《は》う……

「青木修三氏はシャム双生児の步くところを、じっさいに見たのでしょうか。見てそう断定したのでしょうか。ところがこの言葉は終わりのほうが非常に|不明瞭《ふめいりょう》で、しかも、雑音のなかに語尾が消えてますね。だから、青木氏はこういおうとしていたんじゃないでしょうか。……あいつは步くとき蟹のように横に這うんだろうとか、あるいは横に這うにちがいないとか……そのあとの……あいつは平家蟹だ……平家蟹の子孫なんだというのは、これはもう、青木氏の空想の産物から出た言葉ですね。青木氏もこの島が、平家にゆかりの深い島だということは知っていたでしょうから」

「しかし、そうすると、金田一先生、この島のどこかにシャム双生児の遺体の骸骨が、祭ってあるとでもおっしゃるんですか」

「それを申し上げるまえに、あの人がシャム双生児を産んだときの状態を、ここに再現してみようじゃありませんか」

 金田一耕助はしばらく打ち案じるように、虚空の一点を凝視していたが、やがて悩ましげな目を竜平にむけて語りはじめた。

「ここに浅井はるなる産婆がいます。浅井はるはもちろん変名ですが、本名がわかっていないので、ここでは浅井はるで話をすすめさせてください。さて、浅井はるは三津木貞子なる女性から、どこかで生まれて困るような子があったら世話をしてほしい。じぶんたち夫婦のあいだに生まれた子として、りっぱに育ててみせるからと頼んでおいた。ゆくりなくもその浅井はるがこの島に招かれて、ひそかに巴さんを診察し、妊娠していると断定した。そこで|困《こう》じ果てた大膳さんから、どこかに子どもを欲しがっている一家はないか、あったら世話してほしいと、これまた頼み込んだ。浅井はるにとってはこれこそ渡りに舟ですね」

 竜平は暗い目をして、無言のままうなずいている。これは世にも陰惨な話なのである。

「さて、そのおなじ浅井はるに磯川糸子もかかってきた。ときあたかも戦争末期の、日本中が大混乱におちいっていた時代です。三月十日の東京の大空襲を契機として、つぎからつぎへと大都市が|焼夷弾《しょういだん》攻撃をうけて|壊《かい》|滅《めつ》していった。そこで大膳さんは疎開としょうして巴さんをつれて、|播州《ばんしゅう》の山崎のちかくの温泉宿かなんかに隠れひそんだ。その山崎というのが三津木秀吉の郷里なんですが、そのときあなたのいとこの、吉太郎さんがいっしょだったということは、あなたも聞いていらっしゃるんでしょう」

 竜平はまた暗い目をしてうなずいた。

「さて、磯川糸子もおなじ時期に、おなじ場所へ疎開していった。しかし、このほうはほんとうの疎開で、岡山市もいつなんどき、やられるかもしれないという状態でしたからね。ただ疎開地として、巴さんとおなじ場所が選ばれたのは、浅井はるのすすめによるものでしょう。こうして子どもを切望してやまないひとりの婦人と、いまにも産気づきそうなふたりの婦人が、時期をおなじゅうして、おなじ方面に集まった。そのうち巴さんや大膳さんにはまた新しい悩みが持ち上がってきた。胎児が双生児であるということは、九か月目ごろにはわかるらしいですからね」

 竜平はあいかわらず暗い目をしてうなずいている。金田一耕助は委細かまわず話をつづけた。

「これには巴さんも大膳さんも弱ったでしょう。一人は引き取り手がきまっているものの、あとの一人はどうしよう……そういう深刻な悩みをよそに、月日は容赦なく経過していきます。そして月満ちて|呱《こ》|々《こ》の声をあげたのは、世にも異形な|双《そう》|生《せい》|児《じ》、シャムふたごであったとは……」

 金田一耕助はそこでポツンと言葉を切ると、そのあとへ|怯《おび》えたような声でつけくわえた。

「そこで、巴さんはどうしたでしょう」

「あの人が、ど、どうかしたんですか」

 竜平の声も怯えている。怯えて、|吃《ども》って、|捜《さぐ》るような目で金田一耕助の顔をうかがっている。暗い顔が引きつっていた。金田一耕助はそこでまた封筒から、五枚の便箋を取り出すと、最後から二枚目の終わりの二行を指さしながら、

「……わけてもいまから二十二年まえ複雑なる事情のもとに犯した罪の恐ろしさ……と、いうのはわかります。おそらくこれはシャム双生児のかわりに、磯川糸子がおなじ日に生んだ|嬰《えい》|児《じ》を盗んで、三津木貞子に渡したことでしょう。しかし、そのあとが少し大げさだとは思いませんか。……しかしその秘密を種にしていままで生きてきた|業《ごう》の深さ。……浅井はるがだれかを|強請《ゆす》っていたらしいことはたしかです。|莫《ばく》|大《だい》な預金が発見されてますからね。しかし、シャム双生児を生んだという事実だけで、そんなにまで強請れるものでしょうか。巴さんは浅井はるに徹底的に強請られるような何事かを、その際やってのけたのではないでしょうか」

「せ、先生、な、何事かとはどういうこと……?」

「越智さん、巴さんはそのとき悩みに悩んでいたんですよ。しかも、年齢もまだ幼かった。それがじぶんの腹から生まれた子が、世にも異形な、体と体がくっついたふたごであるとしったとき、あの人はきっと逆上したにちがいない。世を|呪《のろ》い、神を呪い、そういう異形のものを|身《み》|籠《ごも》らせたあなた自身を憎んだかもしれない。しかも、巴さんはそういうものは放っておいても、長く育つものではないということは全然しっていなかった。そこで発作的にそのシャム双生児を、殺してしまったのじゃないか。枕かなんかで、窒息死させてしまったのじゃないか」

 それは世にも陰惨な話である。|膚《はだ》も|粟《あわ》|立《だ》つほど|凄《せい》|惨《さん》な物語である。しかし、金田一耕助の語りくちは整然としていた。

「浅井はるはこの凄惨な秘密をしっていて不問に付した。しかも、磯川糸子の生んだ子を奪うことによってその場を|糊《こ》|塗《と》した。これなら、いまから二十二年まえ複雑なる事情のもとに犯した罪の恐ろしさ。しかもその秘密を種にいままで生きてきた業の深さという文章も、ヴィヴィッドに生きてくるとは思いませんか」

 ガックリと肩を落とした竜平は、力強くうなずいた。二度も三度もうなずいた。巴をそのようなデスペレートな行動に走らせたのは、すべて自分の責任なのだ。|所《しょ》|詮《せん》は実らぬ恋だったのだ。無理としりつつ押し通そうとしたじぶんの横車が、こういう悲惨な破局を招いたのだと、自責の念が胸をかむ。

「浅井はるはおろかにも磯川警部に手紙を書くまえに、刑部島のだれかに、電話でもしたんじゃないでしょうかねえ。磯川糸子の子が訪ねてきたということを。とっさに|嘘《うそ》をついて、その場を糊塗しておいたが、その子がそちらへいくかもしれないから、なにぶんよろしくというようなことを、いったんじゃないでしょうかねえ。相手が大膳さんだったかもしれないし、巴さんだったかもしれない。あるいは吉太郎さんだったかもしれない。しかし、そのあとで急に身の危険を感じ、磯川警部に手紙を書く気になったのでしょう。浅井はるにとっては警部さんこそ、この世でいちばんおっかない人物だったでしょうがねえ。まあ、そう思って読むと便箋の最後の一枚も納得がいくようです」

 そのあと長い、長い沈黙がつづいた。

 浅井はるを殺したのはだれなのか……。竜平はもうそれを聞く気力さえ失っていた。かれはもうすっかり|意《い》|気《き》|沮《そ》|喪《そう》している。|暗《あん》|澹《たん》たる思いが胸からこみあげてくるばかりである。それでもかれはあえて尋ねた。

「それで、金田一先生、青木修三はこの島で、シャム双生児の骸骨を見たとおっしゃるんですね」

「そうそう、それについて、こちらからお尋ねしたいことがあるんです。おとといの午後わたしは大膳さんに、|水《すい》|蓮《れん》|洞《どう》というのに案内してもらったということは、このあいだ申し上げましたね。土地の人は鬼の岩屋とよんでるそうですが」

「はあ」

「ところが、あの水蓮洞のほかにも、この島に|洞《どう》|窟《くつ》みたいなものがあるんじやないですかね」

「昔はあったそうです。|紅《ぐ》|蓮《れん》|洞《どう》という大きな洞窟が」

「ぐれん洞とはどういう字を書くんですか」

「紅の|蓮《はす》ですね。金田一先生は紅蓮地獄という言葉をご存じじゃありませんか」

「八寒地獄の第七ですね。そこへ落ちたものは酷寒のために膚が裂けて血がほとばしり、紅の蓮のような惨状を呈する、そこで紅蓮地獄というんだそうですね」

「そうそう、その紅蓮洞ですね。昔はずいぶん広い洞窟で、下の水蓮洞までつづいていたといわれています」

「いまはもうないんですか」

「明治二十六年の秋、このへん一帯猛烈な台風に襲われたんだそうです。そのとき刑部神社なんかも、|崖《がけ》|崩《くず》れと|地《じ》|辷《すべ》りで|埋《う》まってしまったんですが、紅蓮洞もそれ以来姿を消してしまったんです。この島に大きな|地《ち》|殻《かく》の変動があったらしいんですね。いまでは伝説の洞窟になっています。ただし、入口のごく|僅《わず》な部分だけは遺っておりますけえど」

「どこです、その入口というのは……?」

「なんならご案内してもよろしいんですけえど、金田一先生は、それじゃ紅蓮洞がいまでも遺っていて、そこにシャム双生児の骸骨が……」

 竜平はじぶんでじぶんの言葉に興奮してきて、終わりのほうは声がふるえた。

 藤田刑事が|多《た》|年《ね》|子《こ》の案内で、あわただしく離れ座敷へはいってきたのはそのときである。

「金田一先生、すみません」

 刑事は座敷へはいってくるなり、べったりと、そこへ両手をついて平伏した。

「藤田さん、どうしたんですか。なにかまたあったんですか」

 藤田刑事の顔色を見て金田一耕助はいちはやく、机上の封筒をふところにしまいながら腰を浮かした。越智竜平も中腰になっている。

「|真《ま》|帆《ほ》の姿が見えなくなったんです。先生の注意をうけて、ぼく、かたときもあの子から目をはなさなんだつもりですけえど、ほんのちょっとした|隙《すき》に、あの子の姿が見えんようになってしもうたんです。これ、ぼくの責任です。あの子にもしものことがあったら……」

 藤田刑事の目は血走っている。そうなのだ、この島ではなにが起こるかわからないということを、いま島にいるものはみんなしっているのである。

 朝からの雨が急に激しくなってきて、離れ座敷の外の植込みも、幽然として暗くなってきた。

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