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    第二十四章 墓を暴く

作者:日-横沟正史 当前章节:15413 字 更新时间:2026-6-23 02:19

   一

 警察から|埋《まい》|葬《そう》の許可がおりたので、|刑部《おさかべ》|守《もり》|衛《え》と同|片《かた》|帆《ほ》の遺体を収めたふたつの|柩《ひつぎ》が、刑部家先祖代々の墓地へ埋葬されたのは、七月八日の午前中のことであった。

 国の方針としては火葬を奨励し、出来るだけ土葬を少なくしようとしているのだが、それでも全国の何パーセントかは、土葬の風習がいまでものこっている地方があるそうである。刑部島なども数少ない風習を固執している島なのである。

 まえにもいったとおりその日はこの季節にふさわしく、朝からシトシトと雨が落ちていて、いかにも非業に死んだふたりの|亡《なき》|骸《がら》を葬むるにふさわしいかと思われた。

 納棺から出棺まですべての儀式は、その時分まだ島にいた磯川警部や広瀬警部補、その他大勢の刑事や警官たち立ち合いのもとに行なわれたのだが、金田一耕助や越智竜平も会葬者として参列していた。

 儀式はもちろんすべて神式で執り行なわれた。倉敷や玉島から迎えられた三人の神職や、二人の|巫女《みこ》たちによって、それはいとも厳粛に執行された。

 こんな場合役に立つのは吉太郎である。納棺はいっさい吉太郎の手ひとつによって執り行なわれた。本来ならば妻でもあり、母である|巴《ともえ》御寮人が手伝うべきだが、ふたつの遺体がふたつとも、世にもむごたらしい状態なので、女性の|脆弱《ぜいじゃく》な神経では、耐えうるところにあらずということで、吉太郎が大膳からいっさい|委嘱《いしょく》されたのである。吉太郎は持ちまえの神経の図太さから、黙々として頼まれただけのことはやってのけた。もちろんこの|納《のう》|棺《かん》にも磯川警部や広瀬警部補が立ち合っていた。

 ふたつの柩が刑部家の株内のものに担がれて、刑部神社の正面石段を下っていったのは、七月八日の午前十一時であった。ふたつの柩のうえには二つ巴の紋所を、金糸銀糸で|刺繍《ししゅう》した大きな|幟《のぼり》が打ちかけられ、そのうえに赤い大きくて古風な傘がさしかけられていたが、ひとつの柩に四人ずつついている担ぎ手は、みんなズブ|濡《ぬ》れであった。

 行列の先頭には正装した主祭神主が立ち、その背後にふたつの柩がつづく。そのあとに二人の助祭神主と二人の巫女、それから巴御寮人。その背後には倉敷の御寮人の澄子と、玉島の御寮人玉江のあいだにはさまって、|真《ま》|帆《ほ》が|蹌《そう》|踉《ろう》として步いていく。女性はみんな喪服だけれど、真帆にはまだ喪服の用意がなかったので、セーラー服の胸に喪章をつけている。彼女は左右からふたりの御寮人に支えられて、辛うじて步いているふうである。真帆の顔は異様にねじれ、ひきつれ、目が|尖《とが》り、ときどきもの|凄《すさま》じい|痙《けい》|攣《れん》が、彼女の全身をゆさぶってやまなかった。これは片帆の死体がこのうえもなく、凄惨な状態で発見されたと聞いたときから、彼女を襲う発作なのである。

 さて、この三人の背後から大膳と村長の|辰《たつ》|馬《ま》、株内の連中、そして、その後に|神楽《か ぐ ら》|太《だ》|夫《ゆう》の七人が一団となってつづいている。荒木定吉も会葬者のなかにまじっていたが、三津木五郎の姿は見当たらなかった。越智竜平が三津木五郎の逮捕の報を聞いたのは、この葬式が終わったあとだった。

 その越智竜平は、金田一耕助と肩をならべて行列のいちばん最後からついていった。そのふたりの背後からついてくる磯川警部や広瀬警部補は会葬というより、この葬式の監視というところであろう。真帆から目を離さないようにと金田一耕助に注意されていた藤田刑事は、それとなく行列のそばにくっついて、まえへいったりあとへさがったりしている。

 奇妙なことにはこの葬式は会葬者より、見物のほうが多かった。

 越智竜平の要請で帰島した人びとのうち、一部はけさの船便で島を離れていったが、大部分はまだこの土地に残っていた。この事件のなりゆきやいかにという好奇心のために、足止めされた連中も多かったが、なかには松蔵のように、本家の竜平ととっくり相談して、もし島に仕事があるならば、帰島してもよいと考えているものもある。故郷忘れじがたしで、松蔵のほかにもおなじことを考えている連中も少なくなかったが、その人たちは今度の事件で、竜平がこの島に|嫌《いや》|気《け》がさして、やりかけた事業から手を引いてしまうのではないかと、心配しているものもある。松蔵などもそのひとりであった。

 いずれにしても、刑部神社の石段下から地蔵平の墓地まで、沿道はギッチリ|人《ひと》|垣《がき》で埋まっていた。その人たちは葬式の行列が通りすぎると、ゾロゾロとあとからついてくる。その人たちのうえから、暗い小雨が容赦なく降りそそいでいた。

 刑部神社から墓地までそう遠くはない。地蔵平の墓地にはテントが張られ、その下には祭壇がしつらえられていて、おびただしい|榊《さかき》の枝が用意されていた。祭壇のすぐそばに大きな墓穴がふたつ、黒い口を開いているが、これらの準備すべては、昨夜本土から招かれてきた三人の神主の指示にしたがって、ほとんど吉太郎ひとりの手によってなされていたものである。その吉太郎自身は葬式の行列とはべつに、ひと足さきに墓地へきていた。

 葬式の行列がすっかり墓地へのみこまれたとき、その周囲は|十《と》|重《え》|二十《はた》|重《え》と見物の衆に取りかこまれた。なかには墓地の入口にある松の枝に登って、見物している不届きな連中もある。あいかわらずマスコミが大勢詰めかけていて、しきりにカメラのシャッターを切っている。

 かくて告別の儀式は型どおり行なわれ、ふたつの柩はふたつの穴の底におろされた。うえから榊の枝が投げ込まれ、そのあとから最初の土が巴御寮人の手によってしゃくい込まれた。そして、それらの柩がすっかり土に覆われてしまうまで、多くの人が目撃していたのである。しかも、ふるえながらもシャベルをとって、棺を覆う土をしゃくい込んでいる真帆の姿も、多くの人によって目撃されていた。

 金田一耕助と磯川警部、広瀬警部補の三人は、そのあと一同と別れて山を下り、|新《しん》|在《ざい》|家《け》の裏通りにある駐在所へ|赴《おもむ》いた。三津木五郎を|訊《じん》|問《もん》するためであるが、それに失敗したあと、磯川警部がとつぜんいい出して連絡船で、島を離れていったことはまえにも述べた。そして、その日の夕方になって真帆の|失《しっ》|踪《そう》が、藤田刑事によって金田一耕助のもとにもたらされたのである。

「先生、すみません。先生にあれほど強くあの娘から目を離すなといわれながら、こんなことになってしもうて……あの娘にもしものことがあったら、みんなこのぼくの責任なんです。主任さんからもだいぶんお目玉くろうたんですけえど」

 地蔵平の越智家から刑部神社へむかう途中、藤田刑事はくりかえし、くりかえしそれをいっては、いまにも泣き出さんばかりである。

「広瀬さんはいまお宮のほうにいるんですね」

 船着き場で磯川警部を見送った金田一耕助は、広瀬警部補といっしょに地蔵坂を登ってきて、あの墓地のふもとで|袂《たもと》をわかち、金田一耕助は地蔵平の越智家へ、広瀬警部補は刑部神社へ赴いたのである。

「へえ、大膳や巴にいろいろ聞いておいでんさりますけえど、いっこうらちがあかんようで……」

「真帆ちゃんの姿が見えないのに、気がついたのは何時ごろ……?」

「いまから二時間ほどまえのことでしたけん、五時ごろのことでしたろうか」

「それじゃ、広瀬さんがお宮へいかれたときはまだいたんですね」

「それがもうひとつハッキリせんのです。主任さんが真帆に会いたいおいいんさるんで、探してみて、はじめてあの娘の姿が見えんことに気がついたんです」

「それで……」

 と、金田一耕助がいいかけたとき、藤田刑事が足をとめたので、ふりかえってみるとそこは墓地のすぐそばであった。さきほどとは打ってかわって人影もなく、シーンと静まりかえった墓地の、新しく建ったふたつの墓標のうえに、さきほどからにわかに強くなってきた雨が、しぶきをあげて降りそそいでいる。それを|視《み》|詰《つ》めていた藤田刑事がなに思ったのか、急にはげしく身ぶるいをしたので、金田一耕助はふしぎそうにその韻を見やりながら、

「どうかしましたか」

「いやあ、わたし頭がどうかしとるんです。あんまりきょうといことが、つぎからつぎへと起きるもんですけん、頭がボケてしもたんですん。警察のもんがこげえなこというと、人にバカにされますでしょうけえど……」

 藤田刑事は悲しげに、みずからボケたという頭を左右にふると、

「ときに、金田一先生、先生、さっきなにかいいかけておいでんさりましたけえど、それどげえなこってす」

「ああ、そうそう、それで、あなたが最後にあの娘を見られたのはいつごろのこと?」

「それももうひとつハッキリせんのです」

 と、藤田刑事はいよいよ悲しげに頭を左右に振りながら、

「埋葬が終わったあと、先生や警部さん、主任さんたちは新在家へ下りておいきんさったでしょ。刑部家のもんはみんな神社へ引き取りました。わたしもそれについていったんですけえど、そのときは真帆もたしかにおりました。お宮へ帰るとちょうど昼過ぎでしたんけん、われわれにまで昼食のお振る舞いがあったんです。こげえなとき役に立つのは倉敷の御寮人の澄子で、あのおなごがいっさい|采《さい》|配《はい》をふるうとったようです。われわれは例の社務所で飯をパクついたんですけえど、そのとき一度か二度真帆が奥から出てきたんを、見たもんがあるちゅうんですん。ですけえどわたしはそれを|憶《おぼ》えとらんのです。わたしは真帆は奥でみんなのもんと、一緒にいるもんじゃとばあ思い込んで、みんなと一緒にいさえすりゃ安全じゃっと、安心しきっていたんですけんな」

「そうすると、それ何時ごろになりましょうか。あの娘が奥から一度か二度出て来たのを、だれかが見たというのは……?」

「二時ごろまでじゃなかったでしょうか。われわれが刑部家の一族のもんのあとにくっついて、お宮へ引き揚げてきたんが、ちょうど一時でしたけんな。刑部家の一族のもんはそのまま奥へはいり込み、われわれはそれを見送って、社務所にたむろしていたんですけえど、そこへ奥から御飯を盛った大きなお|櫃《ひつ》や、|味《み》|噌《そ》|汁《しる》入れた大きなお|鍋《なべ》、|漬《つけ》|物《もの》を山盛りにした大きなお鉢が、刑部家の株内のもんによって担ぎ出されてきたんです。その采配を振っとったんが、さっきもいうたとおり澄子です。そのあとわれわれはてんでに飯を盛り、味噌汁をお|椀《わん》にしゃくい込み、漬物をつついていたんですけん、社務所はちょっとした火事場騒ぎでした。それが終わったんが二時ごろでしたけんな、そのまに真帆が一度か二度、社務所に顔を出したとすると、二時ごろまでじゃろうということになるんですけえど」

「それが五時ごろには、姿が見えなくなっていたとおっしゃるんですね」

「金田一先生は主任さんとご一緒に、新在家からこっちへ登ってこられたんでしょ」

「はあ、墓地の下の|岐《わか》れ道のところでわかれて、わたしは地蔵平のほうへいったんです」

「主任さんはその足でお宮のほうへ来られたんですけえど、あの人も真帆のことが気になっておいでんさったとみえ、来るとすぐあの娘に会いたい、尋ねたいことがあるとおいいんさって、その旨奥へ通じたところが、真帆の姿が見えん、どこにもおらんちゅうところから、騒ぎが大きゅうなって来よったんです」

「とにかく、お宮の周辺には姿が見えんということなんですね」

「そうです、そうです。みんなで手分けして探してみたんですけえど、どこにも姿は見えんのです。奥では押し入れのなかからご不浄まで探してみたというとりますけえどな」

 ちょうどそのころ、二人は一本松の街灯の下まで来ていた。街灯にはもう|灯《ひ》がはいっていて、その光りのなかに、斜めに降りしきる大粒の雨が、銀色になって光っている。時刻はもう七時を過ぎていて、さしもに日の長いこの季節でも、あたりはもう幽然として暗くなっている。

 一本松の下の小道は、きょうも雨に|濡《ぬ》れた雑草に覆われて、見え隠れになっているが、それを見ると藤田刑事は、また激しく身ぶるいをした。

 むりもない。いまから三日まえの五日の晚、真帆のふたごの片割れが、この小道を下って|隠《おん》|亡《ぼう》|谷《だに》へ下りていったのだ。そして、そのあとを追っていったとおぼしい|蓑《みの》と|笠《かさ》の人物が、雑草のなかへ足を踏み入れたところを、いま留置場にいる、三津木五郎と荒木定吉のふたりに見られている。そのふたごの片割れの片帆は、世にも凄惨な死体となって発見された。

 一卵性双生児というものは、顔かたちが似ているのみならず、その運命まで共通するのではないか。真帆もきょう片帆のあと追って一本松から、隠亡谷へ下りていったのではなかろうか。

「しかし、あの猛犬はもういないから大丈夫ですね」

「え? 先生、いまなんとおいいんさった」

「あの|阿《あ》|修《しゅ》|羅《ら》はもういないから、真帆ちゃんがこの道を通って、隠亡谷へ下りていったとしても、大丈夫だろうといったんですよ」

 藤田刑事は|怪《け》|訝《げん》そうな目をいからせて、

「先生にどうしてわたしがいま、考えていたことがおわかりんさったんです」

「いやあ」

 金田一耕助はニコニコと、白い歯を出して笑いながら、

「わたしもいま、おなじようなことを考えていたからですよ。しかし、ねえ、藤田さん」

 金田一耕助は笑顔をひっこめ、急に厳粛な顔になると、

「一卵性双生児というものは、その運命まで共通しているように思われがちですが、必ずしもそうではなさそうですよ。げんに錨屋の大膳さんなども、天膳さんという一卵性双生児の兄弟がおありだったそうです。その天膳さんというのが巴御寮人の祖父になるんですね。ところがその人は、巴御寮人の母なるひとがうまれてからまもなく、海難事故で死亡したそうです。それに反して大膳さんはあのとおり、元気で長命していらっしゃる。だから一卵性双生児が運命まで共通しているというのは、迷信というよりほかはありませんね」

「そうであってほしいんですけえど……」

 藤田刑事は|蚊《か》の泣くような声である。

「それよりも藤田さん、真帆が隠亡谷へ下りていったかどうかは別としても、どういう方法でかあなたがたの目を盗んで、刑部神社を脱出して、新在家から|小《こ》|磯《いそ》へ走り、連絡船で島を離れたという可能性はありませんか」

「いや、それもいちおう考えたんですん。お宮の周辺にはわれわれ警察関係のもんのほかに、マスコミの連中が大勢張りこんでますけんな、その可能性は薄い思うたんですけえど、げんにどこにも姿が見えん以上、そうとしか考えられません。そこでさっそくわたしの同僚が三人、山を下りていったんですん。ところがきょうの二時以後小磯から出る連絡船は、二時半に出る便ですけえど、それには磯川警部が乗っておいでんさって、先生がた船着き場まで、見送っておいでんさったんでしょう」

「そうそう、あの船に真帆ちゃんが、乗っていなかったことはたしかでしょうね」

「そのあと五時に出る便もあるんですけえど、さっきかかってきた電話では、それにも乗っとらなんだそうです。そのあともう一便八時の終便がありますけん、念のために、それまで見張っとるようにということになっとおります」

「新在家や小磯のどこかに、潜伏しているというようなことは……?」

「新在家へいったとすると、|錨屋《いかりや》か村長の家ということになりますけえど、そのどっちへも立ち寄ったふうはなさそうだというとるんです。さっきの電話によりますとな」

「片帆ちゃんの場合ははじめから島を出るつもりでしたから、ああして身のまわりのものをバッグに詰めておりましたが、今度の場合はどうなんです。真帆ちゃんなにか持ち出しているんですか」

「いや、それがないけんおかしいちゅうことになっとりますん。ですけんじぶんの意志で身を隠したんじゃのうて、やっぱりだれかにどこかへ押し込められとおるのか、それとももうすでに殺害されて、死体がどこかに隠されとおるのか……」

 藤田刑事はそこでまた激しく身ぶるいをした。

 元来、この刑事はそれほど空想力の発達しているほうではない。それにもかかわらず妙に怯えて、顔面を硬直させているのは、この島ではなにが起こるかわからないという、先入観に支配されているからであろう。それに今夜の天候のせいもあったかもしれぬ。雷こそともなっていなかったけれど、さっきからいよいよ激しくなってきた雨足は、片帆の殺された五日の夜を連想させる。その時分この刑事はまだこの島にはきていなかったのだけれど、いろいろ話には聞いているのだろう。

「とにかく急ぎましょう。広瀬さんがお待ちかねでしょうから」

   二

 土砂降りのなかを刑部神社の石段を登っていくと、お宮のなかには|煌《こう》|々《こう》と電気がついていた。この事件の関係者にはそれほどの必要はないのだけれど、境内にひしめくマスコミ関係の人びとの便宜を思って、|灯《あか》りを明るくしてあるのだろう。この人たちはみんな錨屋に宿泊しているのである。したがって錨屋から借り出してきた、錨の紋所のついた古風な番傘が、境内いちめんに花開いていた。レーン.コートを用意してきたものはまだよかったが、そうでないものは傘をさしていても、薄いシャツを通して、土砂降りの雨が肌にしみとおるのである。

 藤田刑事のあとにつづいて、金田一耕助が境内へ足を踏み入れると、とたんにマスコミに取りかこまれた。

「金田一先生、ふたごの一人がまた|失《しっ》|踪《そう》したそうですけえど、先生のお見込みは?」

「また殺されたんとちがいますか」

「三津木五郎ちゅう男が、駐在所に留置されとるようですけえど、あいつが犯人ちゅう見込みですか」

「磯川警部が岡山へ帰ったようですけえど、あっちにもなにかあるんですか」

「この島で蒸発したもんが|仰山《ぎょうさん》いるそうですけえど、真相はどうなんです」

「そのことと今度の事件と、なにか関係があるんですか、ないんですか」

 土砂降りの音にかき消されまいと、口々にわめく声をほどよくあしらいながら、金田一耕助が藤田刑事のお|尻《しり》にくっついて、社務所のなかにとび込むと、カウンターのむこうのソファでは、広瀬警部補がタバコを吹かしながら苦り切っていた。灰皿のなかに|吸《すい》|殻《がら》が山のように盛りあがっているのは、心中のいらだちを示すものだろう。

「いやあ、遅くなってすみません。みちみちこの人から事情を聞いていたもんですから。真帆ちゃんの姿が見えなくなったんだそうですが……」

 金田一耕助は着てきた合いの|二重廻《にじゅうまわ》しをぬいで、バタバタと滴を切っている。

「いったいどこまで手を焼かせる気か。これであの娘にもしものことがあっておみんさい。わたしゃこれですぜ」

 と、右手で首を切るまねをしながら、苦が笑いをして、

「まさかクビにはなりますまいが、左遷は疑いなしですな。どっか辺地へ飛ばされるんでしょう。やれやれですわい」

「その代わり、これ近年にない大事件でしょう。それをみごと解決なすったら、こんどはそれこそ昇進疑いなしでしょうな」

「え? 金田一先生!」

 広瀬警部補は目をかがやかせて、

「それじゃ先生のおツムじゃこの事件、もう解決しとるとおいいんさるんで」

 まさにそのとおりである。それもこれも三津木五郎が、口を割るか割らないかにかかっているのだが、金田一耕助は口を割らせる自信は十分に持っていた。切り札は浅井はるから磯川警部にあてた手紙である。それは地蔵平にある越智竜平の屋敷の離れ、|床《とこ》|脇《わき》においてあるボストンバッグのなかにおさまっている。しかし、このことはまだここでは発表すべきではない。

「いや、まあ、お互いに解決しようと努力しているんじゃありませんか。わたしは磯川さんに失敗させたくない。その磯川さんの留守中に事件が解決したとしたら、みんなあなたの功績になるんじゃありませんか」

「うっふっふ、そげえにうまくいきますかな」

 半信半疑という顔色ながら、さっきまでの苦が虫を|咬《か》みつぶしたような渋面とはうってかわって、満面笑みくずれんばかりである。この警部補の野心はまず県警の本部に移って、それからさらに腕を|揮《ふる》い、警部から警視へと昇進することである。

 それにこの警部補は磯川警部から聞いているのである。金田一耕助という人物は捜査当局に協力してくれても、決してその功を奪ったりはしない。あの人は|縺《もつ》れた|謎《なぞ》の糸を慎重かつ綿密に、ひとつひとつほぐしていくことだけに、人生の|歓《よろこ》びを感じているらしい。だから謎の糸が縺れに縺れているほど、あの人は生きがいというものを覚えるらしいのである。だからわれわれはあの人に協力しても、決して阻害したり、邪魔者扱いにしてはならない。最後は必ず功をわれわれに譲ってくれる人である。ただしなかなか手のうちは見せない人だから、われわれは根気よくあの人に協力しなければならないと。

 警部のいうことが真実だとすれば、刑部島のこの事件こそ、小柄で貧相で多少|吃《ども》るくせのある、いたって|風《ふう》|采《さい》のあがらぬこの男にとって、世にも|恰《かっ》|好《こう》の課題ではないか。これほど縺れに縺れた事件はよもあるまい。この|錯《さく》|綜《そう》した事件の謎を、この男はいくらかでもほぐしているのであろうか。磯川警部はこの男を神格化しすぎているのではあるまいか。

 そこで、広瀬警部補は|溜《た》め息まじりに|呟《つぶや》いた。

「それにしても警部さんもひどいや。よりによってこんなときに島を離れるなんて。あの人なんの用事があって岡山へかえっておいきんさったんです」

「それは警部さんもいうておられたじゃありませんか。荒木清吉ともう一人、この島で蒸発したと信じられている淡路の人形遣い。その人たちの捜索願いが出ているかどうか、それを調べてくるといってらしたが……」

「しかし、金田一先生、そげえに昔の話がこんどの殺人事件に、関係があるとおいいんさるんですか」

「ないとはいえませんね。すべてはこの島で起こったことですから」

「関係があるとすれば、どういうふうにつながってくるんです。わたしみたいにここの悪いもんにはサッパリわけがわかりませんけえど」

 警部補は苦笑しながら自分の頭を指さして、それから意地悪そうに目玉をくりくりさせた。

「金田一先生にはそのことが、わかっておいでんさるんで? 得意の推理というやつで」

「いやあ、推理というほどじゃありませんが、想像はついています。しかし、それを発表するには、もう少し確かめたいことがありますから、ここではご勘弁ください。そうそう、それに警部さんは錨屋の経済状態についても、調査してきたいといってらっしゃいましたね」

 経済状態という言葉がこの警部補に、なにかを思いつかせたらしく、急に身を乗り出して、声をひそめ、

「そうそう、その言葉で思い出しましたがね、ゆうべわれわれが三津木五郎をしょっぴいてここを出たあと、奥では|大悶着《だいもんちゃく》があったそうですよ。これ刑部家の株内のもんから聞いたんですけえど」

「大悶着とおっしゃると?」

「いえね、倉敷の御寮人の澄子と、玉島の御寮人の玉江から、遺産の分けまえを要求してきたんですね。これ法的にはなんの権利もないわけですけえど、まあ、これだけ門戸を張っていれゃ、まんざら知らん顔もでけんわけです。ところが|蓋《ふた》を開けてみれば、守衛の財産てえもんはほとんどないんだそうです。みんな巴の名義になっとるんですな」

 このことは金田一耕助にとっても初耳だったので、思わず、

「ほほう」

 と、目を丸くした。

「せんからこのお宮の財産、全部巴のもんだったんだそうです。あのおなごがここの家つき娘ですけんな。それをこんど建てかえる際、越智氏が法的にはすっかりそれを踏襲したんだそうです。いちばん手っ取りばやく、金に替えられそうなあの黄金の矢にしてからが、受け取ってきたんは守衛ですけえど、法的には巴の財産目録にはいっとるんじゃそうです」

「それで巴御寮人はどういってらっしゃるんです、いくらかでも澄子さんや玉江さんに分配するとでも……」

「それがねえ、あの女もきつい女じゃとおみんさい。ビタ一文出すのはいやじゃ。わたしはあんたがたに|恨《うら》みこそあれ、お金を出さんならんような義理はなんにもない。とっととここを出ていっておくれといきり立つ。倉敷の澄子ちゅうのんは、わりとおとなしやかなおなごじゃそうですけえど、玉島の玉江というのんはひと|筋《すじ》|縄《なわ》ではいかん女で、売り言葉に買い言葉。たがいにいいつのっているうちに、あわやつかみあいにもならんず勢いじゃったそうで、おなごちゅうもんは、ひとつ曲がってくるとほとほと怖いと、その株内のもんも|呆《あき》れ返っておりました」

「まあ、倉敷にしろ玉島にしろ死活問題ですからね。で、結局その納まりはどうなったんです」

「ゆうべは仏がまだこの家におりましたけんな。でまあ、埋葬でもすんだらとっくり話し合おうと、錨屋のじさまが仲裁を買って出て、どうやらその場は納まりがついたんじゃそうです。じゃけえど、その株内もんがいうには、結局、大膳じさまのふところから慰謝料が出て、それで納まりをつけるんじゃろうが、錨屋もちかごろは苦しいらしい、守衛の極道のおかげで、さんざん金を使わされとりますけんなと、株内のもんはいうとりました。それもこれも巴の古傷のせいじゃけん、ほんとに物事ははじめが肝心じゃっと|溜《た》め息まじりでしたな」

 錨屋の大膳は倉敷や岡山市内に、地所家作をたくさん持っていて物持ちである。そういううしろ|盾《だて》があるもんだから、守衛も好き勝手なことが出来るんだと、いつか金田一耕助は磯川警部とともに、下津井港の汽船の待合室で、山下亀吉氏なる人物から聞いたことがある。磯川警部はそういう刑部大膳の経済状態を、調査のためもあっていったん岡山へ帰ったのであろう。

 しばらく沈黙がつづいたのち、金田一耕助は思い出したように尋ねた。

「それはそうと真帆という娘は、どういう服装をしていたんです。葬式からかえって|着《き》|更《が》えでもしたんですか」

「いや、ところがあのままだそうですよ。あの子はこの春高校を出たばかりだし、それにまさかこげえなこと起こるとは、予想もでけんことですけんな、まだ喪服が作ってなかったんですな。ですけん高校時代の制服のセーラー服に、胸に喪章をつけておりましたろう。いまでもあのままの姿でいるはずだと、巴御寮人はいうとるんです」

「なにも持ち出した気配はないんですね」

「巴御寮人はそういうとります。ですけん、そう遠っ走りはでけんはずじゃと思うたんですけえど、念のために小磯の|波《は》|止《と》|場《ば》へ手をまわしたちゅうことは、ここにいる藤田くんからもお聞きんさったろう」

「はあ、それは|伺《うかが》っています」

「ところがねえ、金田一先生」

 広瀬警部補はニヤニヤしながら、

「この藤田くんが妙なことをいうんですよ」

「妙なこととおっしゃると……?」

「あっ、主任さん、それいわんといてつかあさい」

 藤田刑事は首筋までまっかになって、あわてて両手で相手を制した。

「わたし頭がボケてしもうて、ついあげえなアホなこというてしもうたんですけえど、いまから考えると、穴があったらはいりたいくらいですけん」

「まあ、いいじゃないか。参考のために聞いておいていただこうじゃないか。この藤田くんの説によると、真帆はけさ埋葬されたふたつの棺の、どちらかのなかにいるんじゃないかというんです」

 金田一耕助は|呆《あき》れたように、目を大きく|視《み》|張《は》って、

「しかし、真帆ちゃんはあのとき柩のそばにいたじゃありませんか。わたしはこの目で真帆ちゃんが、ふたつの柩のうえに土をしゃくい込むのを見ていますよ」

「ですけん、そのあとでもう一度墓を掘り起こして、どちらかの棺桶に真帆の死体を隠したんじゃないか。つまりそれまで一時どこかへ隠しておいた死体をですね。いまこの島でいちばん安全な死体の隠し場所は、あそこしかないと藤田くんはいうとるんですけえどな。金田一先生はどうお思いんさる」

「なあるほど」

 金田一耕助が目をショボつかせるのを、うわ目使いに視やりながら、

「この島ではなにが起こるか、わかったもんじゃないと思うたもんですけんな。よもやと思うようなことが、つがからつぎへと起こりよります。それですけん、ついそげえなこと考えてみたんですけえど、金田一先生はどうお思いんさる。さぞバカなやつじゃとお思いんさるでしょうなあ」

 藤田刑事は背中を丸め、顔をまっかにしながらも、必死の目なざしで相手の顔を視詰めている。金田一耕助はすぐには語らず、歯を食いしばり、|膝《ひざ》においた両手の|拳《こぶし》を握りしめたまま、なにを考えているのか、虚空のある一点を凝視していた。

   三

 その夜の十二時過ぎになっても、真帆の消息はつかめなかった。

 刑部神社の境内にたむろしている、マスコミの連中はしびれを切らして、しだいにジリジリしてきたが、その時分になって刑事たちの動きがなんとなく、あわただしくなってきたようなのを、敏感なかれらはピーンと感知していた。

「おい、デカさんの出入りがいやに激しくなってきたじゃないけ」

「なにか新しい進展が、あったんじゃないじゃろうか」

「真帆とかいう娘の消息がわかったんじゃないけ」

 雨のなかに立ちつくす、かれらがヒソヒソささやきかわしているとき、とつぜんひとりが大声でわめいた。

「おうい、みんなちょっとあれを見い。あそこ墓場じゃないけ。空が真っ昼まみたいに明るくなっとるぞオ」

「そうじゃ、そうじゃ、あれは墓場じゃ。けさふたつの|棺《かん》|桶《おけ》を埋葬した墓場じゃ。墓場にまたなにかあったのけ」

 なるほど、刑部神社から指呼の間にある、地蔵平の墓地にはなにか、よほど強烈な投光器でも備えつけてあるとみえ、真っ暗な夜空がそこだけ明るい光りの幅に切り裂かれ、降りそそぐ激しい雨が、銀色に光って走っている。

「だけどよう、あげえな強力な投光器を、どこから工面して来よったんじゃろ」

「ゴルフ場わきのホテルが目下、昼夜兼行で工事を急いどるじゃろうが。あそこから引っ張ってきよったんじゃないけ」

「そうすると、金田一さんが一役買ってるにちがいないぜ。あの人が越智氏と|昵《じっ》|懇《こん》じゃけんな」

「いったいこの真夜中に、墓場でなにをやらかそうというのけ」

 報道陣がくちぐちに騒いでいるところへ、さっきいったんそこを出ていった、藤田刑事が足早にかえってきた。

 まるで|獲《え》|物《もの》にたかるハイエナのように、わっと群がりよってくるマスコミの連中をかきわけて、藤田刑事は社務所のなかへとびこんだが、そこには広瀬警部補と金田一耕助のほか、奥から出てきた大膳と村長の辰馬、巴と澄子と玉江の三人の御寮人が、それぞれ|怯《おび》えたような顔をひきつらせて立っていた。

 この三人の女の三人とも、目がもの凄く尖り、|唇《くちびる》がわなわな|痙《けい》|攣《れん》しているのは、いままで奥で行なわれていた、慰謝料問題が依然難航していることを物語るものだろう。

「なんじゃと……? 墓を暴く……? そ、そ、そげえな無茶な!」

 寄る年波のうえあいつぐ事件、さらにそのあとにつづく慰謝料問題の|紛糾《ふんきゅう》で、さすが剛気な大膳もすっかり|惟悴《しょうすい》して、役者のような大きな目のふちに黒い|隈《くま》ができている。

「するとなにけ。真帆がお墓のなかに一緒に埋められているとでもいうのけ」

 村長の辰馬は依然として|居《い》|丈《たけ》|高《だか》だが、それを聞くとそばから澄子が、瞼際に朱を走らせて、

「そ、そ、そげえなバカな。真帆ちゃんならふたつのお棺が埋葬されたとき、わたしどものそばにちゃんとおいでんさったんですぞな。そのあと一緒にこっちへ帰ってきたものを……」

「いや、それはわれわれも認めとるんです。ですけえど、島中こげえに探してみても、どこからも見つからんちゅことになると、あそこしかもう探すところがないわけですけん」

 防水帽と防水服に身を固めた広瀬警部補は、だれがなんといおうとも決行するつもりらしく、いまにも出発しそうな身構まえでいる。そのそばには、合いの二重廻しを肩から引っかけた金田一耕助が、目をショボショボさせながら、手持ち|無《ぶ》|沙《さ》|汰《た》そうに立っていた。

「それじゃかとて、墓を暴くなどというこは、まことに由々しき問題じゃ。きみなんの権利があって、いや、どういう資格があってそげえなことをやろうというんじゃ」

 村長はあいかわらず居丈高である。

「ごもっともです。責任はいっさいぼくが負います。問題はみなさんに、立ち合っていただけるかどうかということです。この土砂降りのなかをまことに恐縮ですが、出来たら立ち合っていただきたいんですけえど、もしおいやなら、われわれだけでも決行するつもりでおりますけん」

 広瀬警部補はのっぴきならぬ顔色を見せて、断固としていい放った。

 大膳はまだ戸惑いを隠しおうせぬ顔色で、

「金田一さんはどうじゃな。あんたもこの発掘にご賛成なんかな」

「さあ、わたしにはなんの権限もないんですが、さっき主任さんもおっしゃったとおり、あそこしかもう探す場所がないもんですから」

「それじゃ金田一さんは、真帆があそこで生き埋めにされとるとおいいんさるんで?」

「生き埋めはないでしょうねえ。寂しい場所は寂しい場所ですが、あのとおり道からすぐですからね」

「じゃあ、殺されてから埋められたと……?」

「さあ、とにかく捜査陣としてはあそこよりほかに、調べるところがなくなったもんですから」

 金田一耕助はノラリクラリと、当たりさわりのない返事をしながらも、

「とにかく、主任さんの要請ですから、立ち合っておあげになったらどうですか。こちらさんにとっては大事な場所ですから」

 と、それだけはかなり熱心に勧誘していた。

 そこで結局五人のものが|鳩首《きゅうしゅ》協議の結果、五人が五人とも立ち合うことになった。三人の女としては、三人だけであとに残るのが|憚《はばか》られたのであろう。

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