「じゃ、われわれはさきにいて、いろいろ準備しときますけん、あなたがたはあとからきてつかあさい。金田一先生、いきましょう。藤田くん、きみも来い」
社務所から出ていこうとすると、
「ああ、ちょっと、ちょっと」
と、あとから村長が呼びとめて、
「墓を掘るとすると、墓掘り人足が必要じゃけえど、巴御寮人、吉やんはいまこのお宮にいるのけ」
「はあ、いつものところにいるはずですけえど」
いつものところとはあの納屋のことだろう。
「いや、村長、そのご心配には及びません。それらのことはホテル建設現場の作業員がやってくれることになっとおりますけん。金田一先生から越智さんをとおしてお願いしてあるんです」
「いや、広瀬さん、これはやっぱり吉太郎さんに|采《さい》|配《はい》をふるっていただこうじゃありませんか。きょうの……」
と、いいかけて金田一耕助が腕時計を見ると、針はもうすでに九日の午前一時を指している。
「きのうの埋葬の責任者ですから、また采配をふるっていただこうじゃありませんか」
「ああ、そう、じゃあの人もつれてきてつかあさい」
三人は社務所を出ると、わっとばかりに報道陣に取りかこまれた。
広瀬警部補は報道陣のてんでにさしている、傘の下に埋まりながら、
「きみたちもおそらく察しているだろうが、われわれはこれから墓地へいく。きみたちの取材を拒否しようとは思わんけん、なんなら一緒についてきたまえ」
かくて三人を取りかこんだおびただしいマスコミの連中が、降りしきる雨のなかをもみあうようにして、地蔵平の墓地へおりていくと、そこにはほどよい位置に、三台の投光器がすえつけてあり、墓地のなかは文字どおり昼間のような明るさである。そのなかに、越智竜平の要請によって派遣されてきた、数名の作業員が防水帽と防水服に身をかため、てんでにシャベルだのスコップだのを手にして待機している。雨は遠慮容赦なく、それらの人びとのうえに降り注いだ。しかし、越智竜平の姿はどうしたのか、それらのなかに見えなかった。
「金田一先生、すぐにはじめますか」
「いや、礼儀としても刑部家の一族の到着を待つべきでしょう。それにやっぱり吉太郎さんに、最初の|鍬《くわ》|入《い》れをしてもらわなきゃ」
金田一耕助はいやに吉太郎にこだわっている。
その吉太郎はまもなく大膳や村長、三人の御寮人と一緒にやってきた。かれは例によって|鞣革《なめしがわ》のオーバーオールを着て、|長《なが》|靴《ぐつ》をはいているから、こういう大土砂降りのなかの|泥《どろ》んこ作業には、うってつけの服装である。大きなシャベルを担いでいて、|怪《け》|訝《げん》そうに渋面をつくっている。
やがてその吉太郎によって二本の墓標がとりのぞかれ、最初の土がしゃくいあげられると、作業員はふた手にわかれて、ふたつの墓を暴きはじめた。ふたつの穴がしだいに大きくなってくるにつれて、その場にいあわせた人びとの興奮も、しだいに大きくなってくる。
カメラマンたちはそれぞれ適当の場所に位置をしめて、この決定的瞬間を撮影しようと、かたずをのんで待機している。もし、それ真帆の死体でも出て来ようものなら、それこそその写真は、世間に一大センセーションをまき起こすだろう。
そのなかにあって、いちばん興奮しているのは、なんといっても藤田刑事であろう。じぶんがいい出したことが実現したのだ。人が悪いようだが、かれは衷心から真帆の死体の現われるのを、祈らずにはいられなかったであろう。いつかかれは服を泥まみれにして、両手で土をしゃくいあげていた。
やがてふたつの穴からふたつの柩が、それぞれ白い肌を現わしはじめた。その場にいあわせた人びとの興奮はその頂点に達し、全神経をそちらのほうへ集中していた。したがっていつのまにか金田一耕助の姿が、この墓地から消えているのに、だれひとりとして気がつかなかった、広瀬警部補以外には。
その金田一耕助はいま、刑部神社を支える|石《いし》|垣《がき》の下の道をとおって、千畳敷きへとはいってきた。かれの携えている懐中電灯の光りを見たのか、むこうのほうでも懐中電灯を振る人物があった。近づいていくと越智竜平である。竜平はぴったり身についた防水服を着て、頭にも黒い革のナイトキャップのようなものをかぶっている。
「こちらへ」
言葉少なにいう竜平のあとについて、刑部神社の石垣の角を曲がると、そこに|苔《こけ》むした狭い石段が石垣沿いについていて、その石垣の|麓《ふもと》に人間ひとり身をかがめて、潜れるくらいの|龕《がん》がくりぬいてあり、そこに下の|水《すい》|蓮《れん》|洞《どう》のなかにおさまっているのとおなじような、五輪の塔がまつってあることはまえにもいっておいた。
越智竜平がまずその龕のなかへもぐりこんだので、金田一耕助も身をかがめ、合いトンビの|裾《すそ》をたくしあげながらあとにつづいた。五輪の塔の背後は空洞になっていて、懐中電灯の光りで見まわすと、そこは四畳半ほどの広さの|洞《どう》|窟《くつ》になっている。天井もふつうの日本家屋くらいある。壁も天井もまた床も、なんの鉱石かしらないが、小さな粒子がいちめんに、星のようにキラキラと輝いている。
「われわれはむかしここを、『星の御殿』とよんでいたんです」
竜平が思わず|洩《も》らす述懐を聞いて、金田一耕助は|暗《くら》|闇《やみ》のなかでニヤリと笑った。
「なるほど。若き日の巴さんを|鵺[#「鵺」は底本では「鵺」の「夜」を「空」にしたもの。Unicode=9D7C]《ぬえ》の声で呼び出して、ここで愛し合っていらしたんですね」
竜平はテレ臭そうな|空《から》|咳《せき》をすると、
「それにしても、金田一先生はお人が悪いですね」
「それ、どういう意味ですか」
「墓地のほうへ島中の注意を集めておいて、人しれず|紅《ぐ》|蓮《れん》|洞《どう》を探検しようとなさるんだから」
「いや、それというのも藤田刑事の言葉から思いついたんですよ」
「と、おっしゃると……?」
「あの人がね、真帆ちゃんはあの墓場のなかに、いるんじゃないかといい出したんです。しかし、それ、西洋大奇術みたいじゃありませんか。箱の中に美人がはいったり、消えたり。……それからヒントをえて、ぼくも手品師のトリックを使ったらどうかと思いついたんです。墓地のほうへ注目を集めておいて、ほかで仕事をするというのは、これ奇術師のよく使う手ですからね」
「それでは金田一先生は、真帆ちゃんが墓地に埋められているなんて、はじめから信じちゃいられなかった……?」
「はあ、もちろんですけれど、いまは確信をもっていえますね。真帆ちゃんはあそこにいないと」
「どうしてですか」
金田一耕助は懐中電灯の光りを床にむけると、
「あれ……」
そこから身をこごめて小さなものを拾い上げた。黒いリボンでつくった喪章であった。
「これ、真帆ちゃんのものですよ。きょうの葬式、男でも喪章をつけていた人がありましたが、それはみんな腕章でしたよ。女性はみんな喪服でした。真帆ちゃんだけが喪服がなかったので、胸に喪章をつけていたんです」