饭饭TXT > 海外名作 > 《恶灵岛(日文版)》作者:[日]横沟正史【完结】 > [金田一耕助ファイル19] 横溝正史 「悪霊島 下」.txt

    第十九章 もしも|烏《からす》が騒がなかったら.2

作者:日-横沟正史 当前章节:12123 字 更新时间:2026-6-23 02:19

 とたんに紫電がサッと下界を掃いていき、すぐその直後に耳をつんざく雷鳴が鳴りはためいたが、その稲妻の光りのなかに浮きあがった顔を見て、

「あっ、あ、あなたは……」

 と、大声で叫んだが、その声で金田一耕助は目を覚ました。

 目が覚めると全身流れるような汗である。いまズブ濡れになった夢を見ていたのは、この寝汗のせいだったかもしれないと思いながら、座敷の隅にあるボストンバッグからタオルを取り出し、寝間着の浴衣を|肌《はだ》|脱《ぬ》ぎになって、ゴシゴシ体を|拭《ふ》いていたが、気持ちの悪いことおびただしい。

 気持ちの悪いのは肉体的な疲労のせいばかりではない。肉体的な疲労は、ぐっすり寝たおかげでいくらかとれた感じだが、それにもかかわらず、かれは精神的な不快感を|払拭《ふっしょく》することができなかった。

 金田一耕助はタオルで顔を|拭《ぬぐ》い、肌脱ぎになった背中をゴシゴシこすりながら、|深《しん》|淵《えん》を|覗《のぞ》くような目をして、シーンと虚空のある一点を|凝視《ぎょうし》している。いま見た夢のあとを追うているのである。

 それは金田一耕助のもっとも好まざるところである。かれは論理から飛躍した直感だの、第六感だのを極端に排撃する。いわんや夢のお告げだのは|沙《さ》|汰《た》の限りである。それにもかかわらずかれはいま、夢のなかで蓑と笠の人物の顔を見てしまったのである。

 金田一耕助はじぶんでじぶんに腹を立てている。その夢自体が不愉快きわまりなきものだったが、そのことが今後の自分の推理に、偏見だの先入観をもたらせはしないかと、金田一耕助はそれを|危《き》|惧《ぐ》して、腹の底がかたくなるほどの不快感をおぼえるのである。かれはこの理由なき夢の|痕《こん》|跡《せき》をふり落とそうとするかのように、首を激しく左右にふったが、そのとき|襖《ふすま》の外に足音がして、

「目がお覚めんさりましたか」

 越智|多《た》|年《ね》|子《こ》の声であった。

 金田一耕助はあわてて浴衣の肌を入れると、|蒲《ふ》|団《とん》のうえでキチンと居住まいをなおして、

「はあ、すっかり寝坊してしまいまして……」

「はいってもよろしゅうございますか」

「さあ、さあ、どうぞ」

 越智多年子ははいってくると、カチッと音をさせて窓際のスイッチをひねったが、とたんに座敷のなかが明るくなった。

「ああ、もうこんな時刻なんですか」

 |枕下《まくらもと》においた腕時計を見ると、六時を少しまわっている。

 金田一耕助が地蔵平の越智竜平邸の離れへ引きあげ、朝昼兼帯の食事をご|馳《ち》|走《そう》になったのち、寝床のなかへ身を横たえたのは、七月七日の正午ごろのことだったが、いま六時だとすると六時間眠ったことになる。それでもまだ睡眠が足りないのか、それとも変な夢を見たせいか、頭の一部がチクチク痛むようである。

「ずいふんうなされておいでんさりましたけん、よっぽどお起こししようかと思うたんですけえど……」

「そんなにうなされていましたか。夢を見てうなされるとは、まるで子どもみたいですね」

「いいえ、本家もうなされていたようです。それだけみんな疲れとるんでございましょう」

 本家というのは越智竜平のことだが、かれはどんな夢を見たのかと思いながら、

「おかげで寝汗でぐっしょりでした。拝借したこの浴衣台無しにしてしまいました。さっそく|洗《せん》|濯《たく》しておいてくださいよ」

「はれまあ。ほんならさっそくお|風《ふ》|呂《ろ》へおはいりんさったら。いま本家があがったばっかりですけん。そのまにお食事の支度をしておきますけえど」

「はあ、そうお願いしたいんですが、そのまえにこの際、ちょっと|叔《お》|母《ば》さんにお尋ねしたいことがあるんですけれど」

「はあ、どういうことでございましょうか」

 多年子は浮かしかけた腰をおろして、寝床のうえにいる金田一耕助の|瞳《ひとみ》を真正面から|視《み》る。ある種の期待からか緊張が、彼女の体の線をかたくしているようである。

「もし、差し障りがあったら、お答えいただかなくてもよろしいんですけれど……」

「いいえ、わたしの存じておりますことなら、できるだけお答えするつもりでおりますけえど……」

「はあ、ありがとうございます」

 金田一耕助はペコンとひとつ頭をさげると、

「じつはこちらへくる船のなかで耳にしたのですが、こちらのご主人越智竜平氏は、若いころ、刑部巴さんと駆け落ちなすったことがおありだそうですね」

「はあ、あれは終戦のまえの年でしたけん、昭和十九年のことでした」

 多年子の答えはむしろその質問を、待ちかまえていたようである。

「そのとき、あなたはさぞ驚かれたでしょうね」

「はあ、島中は大騒ぎでしたぞな。なにしろ時局が時局でしたし、それにみんな寝耳に水のことでしたけんな。わたしもそれは、駆け落ちちゅう非常手段に訴えたことにはびっくりしましたけえど、うすうすは察しておりましたけんな、ふたりの仲を……」

「ああ、そうですか、越智氏と巴さんがねんごろになってるってことを叔母さんはご存じだったんですね」

「はあ、わたしぐらいのものだったんじゃございませんか、ふたりの仲を知っていたのは。……それですけん、駆け落ちしたあとで、どうしていままで隠していたとおいいんさって、ずいぶん|錨屋《いかりや》のおじいさんにいじめられたもんでございます」

「なるほど、駆け落ちするまえから、そういう仲になっていらしたとして、しかも、それをあなた以外にだれもしらなかったとすると、おふたりはどういうとこで|逢《お》うていらしたんですか」

「それが……」

 多年子もさすがに言いよどんだが、それではならじと思いなおしたのか、キッパリとした調子になって、

「金田一先生はご存じですかどうですか、あのお宮の背後に千畳敷きいうのがございますけえど」

「はあ、その千畳敷きならよく存じております。いちめんに|楢《なら》や|櫟《くぬぎ》が生い茂っているなかに、七人塚というのがございますね」

「はあ、あの七人塚のほとりなんですの、ふたりが忍び逢うていたのは」

「あっ、なあるほど。すると、草を|褥《しとね》にというわけですか」

 金田一耕助は思わず白い歯をこぼしたが、それも若さの特権であろうと、内心|羨《せん》|望《ぼう》の念を禁じえなかった。熱い血をたぎらせているふたりにとっては、暑さも寒さも苦にならなかったのであろう。多少肌寒いような夜であっても、抱き合ってしまえばお互いの血が、相手の体を温め合い、お互いの息使いや鼻息が、お互いを鼓舞し合い、|鞭《べん》|撻《たつ》し合い、はてはわれを忘れて抱き合ったまま、草を褥に狂ったように転げまわったことだろう。

「なにせ巴さんはいまも昔も、千畳敷きのうえの神社に住んでおいでんさりましょう。越智の本家はその時分|小《こ》|磯《いそ》にございました。いまはもう見るかげものう崩れ落ちてしもうておりますけえど、昔納屋だったところに、いま吉太郎さんが住んでおいでんさります。そうですけん本家は巴さんに|逢《あ》いとうなると、小磯の家を出て、|新《しん》|在《ざい》|家《け》を抜け、地蔵坂から地蔵峠と、一里の山坂を越えて千畳敷きまでお通いんさったわけですわな」

 それも若さの特権だろうと、金田一耕助は目で|頷《うなず》いた。一里はおろか|叡《えい》|山《ざん》の僧はその昔、|麓《ふもと》の坂本の遊女屋へ通うのに、|高《たか》|下《げ》|駄《た》はいて七里の山坂を下ったというではないか。

「ところが千畳敷きまで|辿《たど》りつくと、本家が巴さんを呼び出すわけでございますけえど、まさか正面切って呼び出すわけにはゆきませんでしょう。まだだれにも内緒の仲でございますけんな。そこでふたりのあいだに合図がきめてございましたそうですけえど、その合図というのがおかしゅうございますんよ」

「はあ、どういう合図だったんですか」

「金田一先生はトラツグミという鳥をご存じでございましょうか」

 金田一耕助は内心ドキッとしたのをおもてにも見せず、

「はあ、存じております。声も聞いたことございます。姿は見たことはありませんけれど」

「あの鳥、夜も鳴くでしょう、平家物語に出てくる|鵺[#「鵺」は底本では「鵺」の「夜」を「空」にしたもの。Unicode=9D7C]《ぬえ》というのは、あの鳥のことだそうでございますね」

 金田一耕助はまたギョッとしそうなのを包み隠して、

「わたしもなにかの|註釈本《ちゅうしゃくぼん》で読んだことがございます。鵺[#「鵺」は底本では「鵺」の「夜」を「空」にしたもの。Unicode=9D7C]というのはトラツグミだって」

「それにあの鳥の鳴き声、|真《ま》|似《ね》るのにわりに簡単でございますわね。ホーッ、ホーッって」

「あっ、なあるほど。するとトラツグミの嶋き声が|逢《あい》|曳《び》きの合図になっていたというわけですか」

「金田一先生はしっておいでんさるかどうか存じませんけえど、この島は平家に縁の深いところでございましょう。ことに巴さんの家は平家の|公《きん》|達《だち》の|末《まつ》|裔《えい》でございますわね。それですけん、平家物語に出てくる鵺[#「鵺」は底本では「鵺」の「夜」を「空」にしたもの。Unicode=9D7C]の鳴き声を呼び出しの合図にしようと、そう本家がお決めんさったんじゃそうですん」

「あっはっは、越智さん、なかなかロマンチストでいらっしゃる」

「ほんまになあ。わたしどもみたよな行かず後家には、|羨《うらや》ましい話ですけえどなあ」

「あっ、叔母さんは生涯独身でいらっしゃいますか」

「金田一先生、わたしにだって若い時がございましたんよ。好きな人もおりました。でも、その人、昭和十二年|上海《シャンハイ》事変が起きると、まっさきに兵隊にとられて戦死してしもうて……戦後はそげえなこと、いっさいお構いなしじゃそうですけえど、そのときはすっかり年を取ってしもうて、だあれも|洟《はな》もひっかけてくれませんけんなあ」

 あとで聞くとこの多年子と竜平は、叔母|甥《おい》とはいうものの、たった十二しか違わないそうである。

「はれまあ。わたしとしたことが、とんだ愚痴をお聞かせして、お恥ずかしゅうございます。堪忍してつかあさい」

「いや、心からご同情申し上げます。それもこれも戦争のせいで、日本全国いたるところに、叔母さんみたいな気の毒なご婦人が、たくさんいることでしょうからねえ」

 金田一耕助は月並みな感懐をのべておいて、

「ときに越智さんと巴さんが、そういう関係になられたのは、昭和十九年の何月ごろ?」

「七月のことじゃったというとりましたけん、ちょうどいまごろのことでございましょう」

 なるほど、その季節なら草の|筵《むしろ》でもけっこう事は足りたであろう。

「それで駆け落ちなすったのは」

「八月のなかごろじゃったと|憶《おぼ》えとります」

「それで、どのくらい長く駆け落ちさきで潜伏しておられたんです」

「ちょうどひと月でしたぞなあ。あの人もそうとうの用意しとったんでしょうけえど、座してくらえばなんとやらで、お金に困っていとこの吉太郎さんに調達を頼んできたところが、その吉太郎さんが錨屋のおじいさんにその手紙、見せてしもうたんじゃけんな。あのときもえらい騒ぎでしたぞなあ」

「そうして連れ戻されるとまもなく、赤紙が来たというわけですね」

「それもこれも、錨屋のおじいさんの策略じゃという評判でした。本家という人は、この島の網元の後取り息子に生まれたばっかりか、年は若うてもようできた、働きもんちゅうことになっとりましたけん、島には必要欠くべからざる人間いうわけで、徴兵にはかからんことになっとったやさきでしたけんな」

「それでは越智さんもさぞご無念でしたろうね。あの人としては巴さんとのあいだに、既成事実を作りあげ、それによって錨屋の旦那を、納得させようと思っていたところが、ウラ目もウラ目、大ウラ目に出たわけですからね」

 と、金田一耕助はそこで言葉を改めると、

「ときに叔母さん、わたしがなぜ越智さんの昔の秘めごとを、根掘り、葉掘り、こうしてお尋ねしたかと申しますと、じつはその間、巴さんが妊娠なすったというような事実はないか……それをしりたいんですけれどね」

 多年子はギョッとしたように、金田一耕助の顔を|視《み》|直《なお》したが、すぐには返事ができかねたのか、無言のまま着物の|膝《ひざ》を|撫《な》でている。

金田一耕助は言葉をついで、

「妊娠なすったとすると、当然出産なすったわけですが、こういう島ですからね、巴さんみたいな立場の人が出産なすったとしたら、すぐ島中にしれ渡ってしまうと思うんです。そういう事実はなかったですか」

「それがねえ、金田一先生」

 多年子は膝を撫でるのをやめ、なにか思いつめたような目で、金田一耕助の顔を視やりながら、

「もしかりに巴さんが、駆け落ちさきで妊娠おしんさったとすると、十九年の八月か九月ちゅうことになりますわねえ。もしかりに八月の終わりとすると、九、十、十一、十二、一、二、三……」

 と、指折りかぞえながら、

「わたしはお産をしたことはございませんけん、よう存じませんけえど、昔からよく|十《と》|月《つき》十日と申しますでしょう。そうするとお産は昭和二十年の六月か七月ということになりますわなあ」

 三津木五郎の生まれたのは、昭和二十年の六月二十八日である。

「はあ、はあ……それで……?」

「ところが、その時分、巴さんはこの島にはおいでんさらなんだんです。疎開しておいでんさったんです」

「疎開を……?」

 と、金田一耕助は目を丸くして、

「こんな島にいて……?」

「それというのがその時分、このへんよう敵の飛行機が飛んだもんですん。瀬戸内海には海軍の|要衝《ようしょう》がたくさんございましたでしょう。ここからずうっと西へいくと、どこかの島で毒ガスを製造しているいう|噂《うわさ》もございました。そげえなこと、お|上《かみ》のほうではひた隠しに隠しているつもりでも、すぐしもじもまでしれてしまいますぞなあ。しもじものわたしでさえしっとるぐらいのことですけん、敵も承知じゃったにちがいございません。それでよう偵察機たらいうもんが、このへんの上空を飛んだもんですん。巴さんはそれですっかり|怯《おび》えておいでんさったところへ、三月十日の東京の大空襲からというもの、つぎからつぎへと各都市がやられましたでしょう。あれは神戸がやられてからまものうのことでしたけえど、大膳さまが急に巴さんを連れて疎開おしんさったんですん」

「どこへ……?」

「|播州《ばんしゅう》の山奥じゃということでしたけん、まえに駆け落ちして、隠れとったところとちがいますでしょうか。吉やんなら詳しいことしっとりますけえど」

 播州の山奥といえば、三津木五郎の生まれた|宍《し》|粟《そう》郡山崎も、播州の山奥だといっていた。

「吉やんというのは吉太郎くんのことですね。あの人がどうしてしってるんです」

「そうじゃかとて、あの人がお供したんですけん。いまから二十二年まえいうても、錨屋の旦那はもうおトシでしたけんな。吉やんがお名指しでお供したんですん」

 吉太郎と巴の縁は思いのほか深いのだと、金田一耕助はいまさらのごとく思いしらされた。もしそのとき巴がお産をしたのだとしたら、吉太郎はそれをしっており、そして、その子がどのように処分されたか、それもかれはしっているはずである。かれはその子が三津木五郎だと気がついていないのだろうか。

「疎開いうてもそげえなこと、だれも信じてはおりませなんだぞな。みんな内緒でお産しにいったんじゃろうと、陰口きいておりましたけんな」

 多年子はボツンと|呟《つぶや》いて言葉を切った。

   二

 金田一耕助は木の香も新しい湯舟につかって、のびのびと両脚を伸ばしている。

『|蜃《しん》|気《き》|楼《ろう》島の情熱』の志賀恭三もそうだったが、長い海外生活を送った男が、故郷へかえって家を建てるとき、かれらはできるだけ外来ふうを|嫌《きら》うらしい。この地蔵平の越智竜平の家は、志賀恭三が建てた蜃気楼みたいな奇抜さはないが、洋間といったら二十畳敷きくらいの応接室があるだけで、あとは全部和室になっているらしい。

 風呂場などもそれで、|総檜《そうひのき》の湯舟はまだ木の香も新しく、ゆったりとふたりははいれるくらいの広さをもったそこは、なみなみとたたえた湯加減もちょうどよろしく、|股《こ》|間《かん》にタオルをおいたまま、のびのびと両脚を伸ばしていると、全身の細胞という細胞から、疲れがドンドン抜けていくような快感を覚えずにはいられなかった。

 どこかに|鹿《しし》おどしがしつらえてあるらしく、スコン、スコンというまの抜けた音がきこえるのも、眠気を誘うようである。そういえば、金田一耕助の世話になっている離れなども、どこか茶室ふうにできていた。

 こうして、湯舟に身を浸している金田一耕助をはたから見ると、いかにも虚脱と空白の快感に、全身|溺《おぼ》れているようにみえる。じっさいかれはこのままなにも考えずにいたいと思っている。このまま行動を起こさずにすんだら、どんなに仕合わせだろうと考えている。

 しかし、そのいっぽうではそんなことは許されない。この島ではこうしているうちにも、なにが起こるかしれないのだという焦燥感が、ジリジリとかれをとろ火にかけるように痛めつける。つまり金田一耕助の心理はいま、|懶《らん》|惰《だ》の快感を希求する欲望と、自己に課せられた任務を、できるだけ完全に遂行したいという責任感との|板《いた》|挟《ばさ》みになって、振り子のように揺れ、かつ動いているのである。

 金田一耕助はいま湯舟に身を浸したまま、多年子から聞いた話を、ボンヤリと頭のなかで|反《はん》|芻《すう》している。

 大膳と巴と吉太郎の三人が、疎開先からこの島へ引き揚げてきたのは、昭和二十年八月十五日正午、終戦の詔勅がラジオを通じて、全国津々浦々まで流れてから、一週間ほどのちのことだったという。するとそれはおそらく八月二十二、三日ごろのことだったろう。

巴の出産が六月二十八日だったとして、それから約二か月は経過している。二か月あれば産後の肥立ちも十分で、巴の健康状態も|原《もと》に復していたことだろう。

 金田一耕助はまた巴が疎開するまえに、産婆らしき女が刑部神社へ、出入りしたふうはなかったかと、いまから二十二年まえの浅井はるの年かっこう|風《ふう》|貌《ぼう》を語ってきかせたが、多年子はそれには気がつかなかったといっている。

 しかし、金田一耕助はいま確信めいたものを持っているのだ。

 三津木五郎はその父三津木秀吉の、四十二歳のときの子どもだったといっている。そのとき母の貞子はいくつだったか聞き|洩《も》らしたが、かりに三つちがいの夫婦とすると、三十九歳だったわけである。しかも、五郎は夫婦のあいだに恵まれた、はじめての子宝だというから、ずいふん遅い初産だったというべきである。かりに秀吉が二十五歳、貞子が二十二歳のとき結婚したとしても、結婚後十七年目にしてはじめて妊娠したということになる。世の中には結婚後十年以上もたって、妊娠出産する夫婦もなくはないが、それはたいへん珍しいケースである。いわんや十七年目においてをや。

 ひょっとすると三津木秀吉夫婦は、自分たち夫婦のあいだに恵まれる子宝について、絶望し、|諦《あきら》めていたのではないか。それにもかかわらずかれらは切実に子どもを欲した。そこで|識《し》り合いの産婆に、どこか要らない子どもがあったら世話してほしいと申し込んでおいた。そのおなじ産婆が刑部神社へ招かれて、巴の体を診察し、てっきり妊娠と断を下した。

 刑部神社では巴が出産しては困るのである。その子の父は網元とはいえ漁師ごとき下司下郎である。格式高き刑部神社の一人娘の婿としては言語道断である。もしそれ巴が無事に出産したあとへ、越智竜平が生還してきて、その子をタネに強引に結婚を申し込んできたら、断わるにも骨が折れるだろう。そういう意味でもその子をひそかに消しておく必要があった。と、いって生まれた子を殺すわけにはいかない。たとえ|嬰《えい》|児《じ》といえどもそれを殺せば殺人である。

 刑部神社ではさぞ困ったことだろうが、そこへ産婆から持ち出されたのが、三津木夫婦の申し出である。刑部神社では渡りに舟とそれに乗ったことだろう。そこで大膳が巴をつれて、三津木貞子の住む宍粟郡山崎のちかくの温泉宿かなにかに疎開と称してひそかに隠れひそんだ。吉太郎をつれていったのは、屈強の若者を護衛としてほしかったのにちがいない。

 すべてはうまくいった。昭和二十年六月二十八日、巴の腹からかわいい男の子が|呱《こ》|々《こ》の声をあげた。その子はその場で待ちもうけていた、三津木貞子に手渡され、五郎と命名されて今日まで無事に成人した。……

 そこまでは金田一耕助の推理に矛盾はない。しかし、そのあとに心にひっかかるものがあるのをどうしようもなかった。金田一耕助はその産婆を、下津井で殺害された浅井はると決めてかかっているのだが、それにしては浅井はるから磯川警部に|宛《あ》てた手紙のなかには、|腑《ふ》に落ちかねる節々がある。

「いまから二十二年まえ複雑なる事情のもと犯した罪の恐ろしさ。しかもその秘密を種にしていままで生きてきた|業《ごう》の深さ」

 とはどういうことだろう。

 たしかに浅井はるのやったことは非合法的なことである。法に触れることだろう。しかし、彼女の|斡《あっ》|旋《せん》がなかったら、巴の腹の子は水にされていたかもしれないのである。浅井はるはそれほど良心にとがめることはないのではないか。

「しかもその秘密を種にしていままで生きてきた業の深さ」

 とはこれまたどういう意味だろう。浅井はるがだれかを|強請《ゆす》っていたことはたしかなようだが、ただ嬰児斡旋という事実だけで、あれだけ|莫《ばく》|大《だい》な金額が強請れるものだろうか。

 さらに不可思議なのは、

「いまにだれかが|妾《わたし》を殺しにくるのではないかと思えば、生きている空もございません」

 と、いう一節である。

 いったいだれが彼女を殺しにくるというのであろうか。あやうく水にされかけた不要の子を、他に周旋したという秘密だけで、彼女はなぜ消されなければならないのだろうか。

 なにかある!

 金田一耕助はおのれの|識《し》りえた事実の底に、さらにもうひとつ、なにかあるのを痛感せずにはいられなかった。いままでに識りえたデータを集めて、もうひと皮むけば、ここにもっともっと空恐ろしい秘密が伏在しているのではないか。

 湯舟に身を浸した金田一耕助は、しばらく虚空のある一点を凝視していたが、その空恐ろしい秘密がなんであるかわからぬもどかしさに、首をはげしく左右に振ると、ポチャンと湯を大きく鳴らして身を起こした。

 しかし、その金田一耕助にただひとつ分明したことがある。テープに|録《と》られた青木修三の伝言のうち、

「鵺[#「鵺」は底本では「鵺」の「夜」を「空」にしたもの。Unicode=9D7C]のなく夜に気をつけろ」

 と、いう一節である。

 若き日の越智竜平は巴と|忍《しの》び逢うとき、トラツグミの鳴き声を、呼び出しの合図にしていたという。しかも、かれは平家物語の鵺[#「鵺」は底本では「鵺」の「夜」を「空」にしたもの。Unicode=9D7C]の項を巴に教え、それを鵺[#「鵺」は底本では「鵺」の「夜」を「空」にしたもの。Unicode=9D7C]の|啼《な》き声だと、ロマンチックな少女の感傷に訴えていたらしい。

 竜平と巴がいつどういう機会に結ばれたのか、そのことはいまとなってはどうでもよい。いまでも思いこんだらひたむきで、強引で、押しの一手の越智竜平は、血気盛んな若年時代、よりいっそう強引でひたむきだったろう。そのひたむきさと強引さで、かれは若き日の巴を口説き落として関係をつけた。もちろん結婚を前提としての肉体的交渉だったのだろうが、そこに幾多の困難が予想されたので、あらかじめ、抜きさしならぬ既成事実をつくっておいて、改めて結婚を申し込むつもりだったのであろう。

 いずれにしても、はじめて異性の味をしった若き日の竜平と巴は、|渇《かつ》するがごとく相手を求め合ったにちがいない。そのとき竜平は二十二、巴は十七であったという。竜平は夜な夜な血の騒ぐのを覚え、やがてはその血の騒ぎに耐えかねて、小磯の家を抜け出し、地蔵坂から地蔵峠と、四キロの山坂を踏破すると、千畳敷きへ駆け着けて、トラツグミの鳴き声で巴を呼び出し、七人塚のほとりの草を褥に、互いにひしと抱き合って、若き日の情熱を|謳《おう》|歌《か》しあったことだろう。十代の五つちがいは大きい。当時お人形のように可愛かったといわれる巴は、五つ年上の男の|逞《たく》ましい情熱に押し流されて、|唯《い》|々《い》|諾《だく》|々《だく》、男のいうままになっていたことだろう。それからひいて駆け落ちという非常手段に発展していくのだが、しかし、それはすべて二十年以上も昔の話である。

 しかし、テープに遺された青木修三の、

「鵺[#「鵺」は底本では「鵺」の「夜」を「空」にしたもの。Unicode=9D7C]のなく夜に気をつけろ」

 と、いう警告は現代の出来事を語っているのだとしか思えない。

 千畳敷きでトラツグミの鳴き声を発すると、そこにどういう反応が起こるかということを、青木修三はしっていたのではないか。しっていたとするとだれに教えられたのか。

 青木修三は色好みの男だったという。写真で見ても|淫《いん》|蕩《とう》|的《てき》な|匂《にお》いが強い。それがことしの五月十九日の晚、パジャマのうえにレーンコートをひっかけて、人知れず錨屋を抜け出し、二キロの山坂を越えて千畳敷きへ出掛けていった。かれもまた血の衝動を抑制しかねたのではないか。と、するとかれの血を騒がせた女性というのはいったいだれか。

 金田一耕助はそこでふとさっき夢に見た、蓑と笠の中の人物の顔を思い出し、湯舟のなかではげしく身ぶるいしたが、多年子叔母さんが湯殿の外へきて、

「金田一先生」

 と、声をかけたのはそのときである。

「いまお宮から駐在の山崎さんがお見えんさりまして、|神楽《か ぐ ら》|太《だ》|夫《ゆう》さんの聞き取りとやらをはじめますけん、はよう来てつかあさいというておいでんさります」

「あっ、そう、いますぐ出ます」

 金田一耕助が思わぬ長湯に赤面していると、

「むこうに夕食のお支度ができておりますけん、召し上がってお出掛けんさったら」

「はあ、ありがとうございます。越智さんは?」

「あのひとはひと足さきに失礼して、いま応接室でゴルフ場のことで係りの人と、打ち合わせをしとおります」

 こういう際にも仕事のことが、なおざりにならないところがいかにも竜平らしいと、金田一耕助は苦笑しながら、いっぽうでは安心している。

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