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0,序章
たった今、午前〇時を回ったところだ。夜の町。町、と言っても小さなもので、この時間になるともう、辺りは静まり返っている。
ある家の屋根の上に、二つの人影があった。男と女だ。二人とも若く、まだ二十代前半というところだろう。
女の方が、ウエストポーチから何か小型の機械を取り出して、屋根に取り付けた。しかし数分後、すぐに取り外して、またポーチに仕舞った。それが済むと二人は屋根から飛び降りた。が、物音一つ立てず、軽やかに着地した。
「何してるの?」
「!?」
幼い声に二人はかなり驚いたようだ。
「こっち」
今二人がいた家の隣の家。その窓から幼い女の子がこちらを不思議そうに見ていた。
「あちゃあ……起こしちゃった?」
女が片手を頭に当てて言った。
「ううん。眠れなくてずっと起きてたの」
「そうなの。……えーと、アタシたちはね、BAKUだよ」
「バク?」
「そ。獏って聞いたことない?」
「えーと、夢を食べちゃう?」
「そうそう。アタシたちは夢を扱う仕事してるの」
「食べるの?」
「食べない食べない。……うーん、簡単に言うと」
「湧奈、そろそろ次の場所行かないと……」
男が言った。
「え、あっ、やばっ!」
「あっ、待って」
「ゴメン、あとはパパかママに聞いてねっ。きっと知ってる
はずだからっ!」
そう言うと、二人は暗闇に消えていった。
1,夢を届ける会社
夢の配達会社BAKU。この地域ではよく知られている会社である。
「あなたの家にも、夢を届けます」
CMも毎日見かける。
この会社の基本的な仕事をまとめて言うと、夢を見ている人から夢を分けてもらい、それを、夢を見たいと願う人の所へ運ぶというものだ。
また、社員には、夢を分けてもらいに行くコピー班、その夢を楽しい夢、怖い夢などに仕分ける仕分け班、分けられた夢に出てくる人などをチェック?編集し、個人情報を守る編集班、それを届ける配達班、そして、客の夢に関する要望を受ける応対班がある。
北郷伸羅(きたさとしんら)は二十一歳で、この会社に入社して二年目を迎えた。
伸羅は高校時代にその会社に憧れるようになった。高校卒業後、一年制の『夢』に関する専門学校に通った彼は、二十歳でBAKUに入社することができた。
彼が所属するコピー班は、夜中の勤務が基本となる。今日も午後十時半に家を出て、十五分ほどかけて、十一時前に会社に到着した。
「やあ、北郷君」
「こんばんは」
推関宏忠(すいせきひろただ)だった。彼はこの会社の大ベテランで、今年で五十五歳になる。そして、伸羅のいる第四コピー班の班長を務めている。温厚な性格で、二十三人いる班員たちからの信頼も厚い。右も左も分からなかった伸羅に、一つ一つ丁寧に教えてくれたのも彼だった。
「そうだ、君は研修室に行って」
「えっ、あ、はい」
「君たちの働きが評価されたみたいで、まだ慣れていない新人に教えてやってほしいって要望が上から来てね」
「!」
「そんなわけで、頼んだよ」
「はいっ!」
「笠石さんにも私から言っておくから先に行って準備してるといいよ」
「分かりました!」
自分の働きが評価されるなど、初めてのことだ。嬉しくて仕方がなかった。
「まあ、湧奈のおかげかな……」
笠石湧奈(かさいしゆうな)は同期で同い年であった。その関係で湧奈と組むことになったのだった。彼女は影の薄い伸羅とは対照的によく目立っていた。快活な彼女は運動神経もよく、伸羅が苦労して身につけたコピーの流れも、難なく身につけてしまった。影が薄くなるのはもはや当然だった。しかし、同時に、伸羅にとって彼女の存在は心強かったのだ。
伸羅は『第二研修室』の部屋の前で立ち止まった。この第二研修室は第三コピー班と共同で使用されている。
「……なんか、いつもと違う空気だな」
中から聞こえる声の雰囲気が、いつも練習にくるときと違った。
「こんばんは……」
そっと入っていくと、教えていた一人の男がこちらに気づいた。
「あっ、口頭での説明終わったらすぐなんで、ちょっと待っててもらえますか?」
「分かりました」
伸羅は部屋の後ろの壁に寄り掛かり、扉の方を見ていた。が、焦り始めた。湧奈がこないのだ。
「何でこないんだろ……?」
時間が過ぎていく。
「……それでは、今から実際にやってみますが、今回は社内で高い評価を得ている北郷さんと笠石さんにお願いしたいと思います」
が、湧奈はまだ来ていなかった。
「あれ?」
「……すいません、まだ笠石の方が」
扉が勢いよく開かれた。
「ハァ、ハァ……」
よほど急いで来たようで息を切らしている。
「あ、湧奈さん……?」
「ハァ、は、はい……」
とりあえずホッとした伸羅だった。
「……それでは、始めます」
さすがの湧奈も緊張しているようだ。
「まずは、この会社の屋根から隣の屋根に跳ぶところから始まるわけですが……」
「あの、それはここではできないので……」
「え?あ……ごめんなさい……」
「飛び降りるときや屋根の上を移動するときには、必ずコレの電源を入れてください」
湧奈に代わって伸羅が話し始めた。屈んで、履いている靴の踝の辺りを押した。
「これで屋根の上を走っても音はしませんし……」
言いながら家の模型の屋根の上を走る。
「高いところから飛び降りても大丈夫です」
屋根から飛び降りた。
「慣れないうちは結構怖いですけど。とにかく、これを使いながら、先ほども説明があったように夢の提供を求められているお客様の家をまわるわけで……」
背中をつつかれ、振り向くと湧奈がこちらを向いて手を合わせている。代わって、と言っているのだろう。伸羅が一歩下がると、彼女が前に出て話し始めた。
「夢を探すときにはコレを着けてください」
湧奈はゴーグルのようなものを装着した。
「……それでは、夢の『コピー』を行います。使うのはこの機械です」
湧奈はいつものウエストポーチから小さな正六角形の機械を取り出した。
「夢が見つかったら、その家の屋根の上にコレを置いてスイッチを押す、とこれだけです。簡単です」
湧奈はそれを慣れた手つきで行った。
「そして、コピーした夢は仕分け班に持っていく、とこういう流れです」
「はい、お二人ともありがとうございました」
「あ、いえ……失礼します」
こうして今回の研修は無事に終わった。
「……ゴメン、伸羅!」
「いや、いいんだけど……なんかあったの?」
「昨日、眠れないって言ってた女の子いたでしょ?」
「?うん」
「あの子に夢届けられたらなあと思って、配達班の人たちにお願いしてたんだ」
「なるほどね……それで、どうだった?」
「うん、できるかどうか調べてくれるって」
「よかったね」
「うん!」
2,不眠の少女
研修の一件から数日たったある日のこと。
「伸羅」
出勤してきた伸羅のところに湧奈がやってきた。何か悩んでいるような様子だ。
「どうしたの?」
「あのね、この前の女の子……夜はずっと起きてるんだって」
「え?」
「昼と夜が逆転しちゃってるんだよ」
「あ、そうか……」
「夢届けられなくはないらしいんだけど……」
「確かに昼も出勤はつらいよなあ」
湧奈は首を振った。
「違う。その子、放っておけないよ」
「……そういうことか……。でも、そういうことに関しては
僕ら知識ゼロだよ?」
「いや、アタシだってそれは分かってるよ。けど、なんとかしたくて、だから……その……」
少し、間が空いた。
「?」
「……伸羅、付き合って!」
「ええっ!?」
「『女の子が眠れる方法探し』に。お願い!」
「……あ、そう……え、うん、いいよ……」
「ありがとっ!……どしたの?」
「いや、なんでも……ない……」
力が抜けて崩れ落ちそうになっている伸羅を、湧奈は不思議そうに見ていた。
次の日。午後二時前。伸羅は会社の前に立っていた。本当は一時半に待ち合わせのはずなのだが……。
「来ない……」
道行く人が、こちらを一瞥する。伸羅はこれが嫌で時間ギリギリに来たというのに、彼女はまだ現れない。
「ここで、いいんだよな……」
不安になり始めた頃、ようやく今回の計画立案者がやってきた。時間はすでに二時半になろうというところ。
「アレ?伸羅、早いね」
「いや、どちらかっていうと……」
「え?……待って、約束の時間って」
「一時半」
「うそぉ、アタシ二時半だと思ってた」
「……行こうか」
この謎を解く証拠がないと悟った伸羅は歩きだした。
「……で、どうやって調べるの?」
「ええと、ね」
湧奈は少しの間下を向いていたが
「あの女の子の家に行って……」
と続けた。明らかに無計画だった。
「……分かった。とにかくそこに行こう」
二人は『藤井』という表札のある家にやってきた。女の子のいる家だ。二人の記憶が正しければ、だが。
湧奈が呼び鈴を押す。
『どちら様でしょうか?』
「あ、えーと、BAKUの者です」
『BAKU!?』
驚いているようだ。
「あの、こちらに女の子いますよね?その子のことで……」
『ええっ!?あの子が何かしたんですか!?』
「いえっ、そうではなく……」
『??』
一生続きそうなので、伸羅が交代した。
「その子が夜寝られるように、僕らに何かできないかと思ったんです」
『……何でそれを?』
「前に、この近くに仕事で来たときに、その子と話したんです」
『BAKUってそんなこともしてるんですか……』
「あー、いや、これは僕らの自主的な活動です」
『……中へどうぞ』
中に入ると、女の子の母親と思われる女性が迎えてくれた。
「わざわざすみません」
「いえ……。それより、どうしてあの子は……?」
「私にも、よく分からないんです。……奈々子があんな風になったのは最近のこと……六歳になってからなんです。昼間はほとんど寝てて……小学校の休み時間ですら寝てるらしいんです……」
「うわ、すご……」
「それで、夜はほとんど寝ないんですね?」
「そうなんです」
伸羅は目を瞑って唸っている。
「何か心当たりはないんですか?」
「いや……今は夜は何もないですし……」
「……分かりました。僕らも色々調べてみます」
「はあ、お願いします」
家を出た二人は、別に意味もなく通りを歩く。
「……謎だね」
「うん……ただ」
「ただ?」
「今浮かんだ。こういうの得意そうな人」
「え!?」
伸羅は携帯を取り出した。
「今かけてもいいかなあ?」
「大丈夫だよっ」
湧奈が根拠もなく言う。
「ま、とりあえずかけてみるか……」
しばらくコールしていると、繋がった。
『もしもし、北郷君?』
「はい。今、いいですか?」
『いいよ』
「推関さんって、心理学とか得意ですか?」
『心理学?……まあ、大学で少しやってたにはやってたけど』
「やっぱり。あの今来られますか?場所は……」
十数分後、推関宏忠がやってきた。
「推関さん!?」
湧奈が驚くのも無理はないが、伸羅は精神的に辛いときにはいつも彼に助けてもらっていた。だからこそ、心理学に関係すると思った瞬間、彼の顔が浮かんできたのだった。
「……それで、何があった?」
二人がそれを説明すると、宏忠は
「そうか……」
と、言ってしばらく黙り込んでいたが、
「その母親は『今は』って言ったんだね?」
「え?あ、はい」
「そうか。その子に話は訊いたかい?」
「あ、いえ、まだ……」
「……うん。よし、じゃあ、その子に話を訊こう。だいたい見当もついたし、その子に少し訊けば確実だからね」
「え?」
三人は再び藤井家を訪れた。
「すいません。度々」
「いえ。……何か分かったんですか?」
「えーと」
「少しお伺いしたいことがあるのですが」
宏忠が言った。
「はあ」
「あの、確か、ご主人は他界されてましたよね……?」
「えっ……」
「あの事件のことは聞いたことがあって……」
あの事件?
伸羅は気になったが、訊くことはできなかった。
母親は泣きだした。
「推関さん!何でそんなことっ……!?」
湧奈が口を挟んだ。
「……申し訳ない。しかし、奈々子ちゃんが夜寝ないのは、それが原因なのではないでしょうか?」
「……?」
宏忠は続ける。
「会おうとしているんですよ。会ったことがないお父さんに」
「そんな、でも、主人の死については話したはず……」
「……奈々子ちゃんと話をさせてもらえませんか?」
母親は、頷いた。ちょうどそのとき、玄関の扉が開いた。
「ただいまぁ」
「……奈々子ちゃん、だね」
「……?」
宏忠に驚き、戸惑っていたが、その後ろに続いた伸羅と湧奈を見て、少し安心したようだ。
「あっ、この前の」
「こんにちは」
「バクの人」
「そうそう。このおじさんはアタシたちの上司……って言っても分かんないか、同じBAKUの人だよ」
「ふうん」
「どうして夜寝ないの?」
「秘密」
奈々子に話す気はないようだ。
「……お父さんを待ってるんだよね?」
「え?何で知ってるの?」
不思議そうな顔をする奈々子に、宏忠は微笑みかけた。
「おじさんはね、魔法がつかえるんだよ」
「魔法?」
「そう。……あのね、お父さんはもう帰ってきてるんだよ」
「え?どこに?」
「夜寝ていれば会えるよ」
「えっ?でも、お父さん、いつも夜家にいたって、お母さん、お父さんはお星様になったって言ってて、だから、夜起きてたらお星様がたくさんあったの。でも、どれがお父さんか分かんなくて、でも、夜起きてれば前みたいに私のところにくると思うから……」
奈々子は一気にそう言った。
「……うん。でもね、お星様になったお父さんは、目を瞑らないとわからないんだよ」
「そうなの?」
「うん。だから今日は夜寝てみてね」
奈々子はまだ納得がいかないようだったが、頷いて見せた。
宏忠は最後に、母親から父親の写真を借りた。
三人が藤井家を出ると、辺りは夕日で赤く染まり始めていた。
「いいんですか、あんなこと言って?」
「……私たちはBAKUだろう?」
そう言って、宏忠は先ほどの写真を取りだした。
「あっ、そうか!」
湧奈は携帯を取り出した。
「もしもし」
『もしもし?あ、湧奈か。何か用?』
「そこで仕分けられた夢の中に、『大切な人と話す』……そんな感じのない?顔は今から送る写真の人でお願い」
『……あのさぁ、湧奈個人の楽しみのために夢ほしいんなら、ちゃんと応対班を通じてよ、って前にも言ったじゃん』
「今回は仕事だって!」
「その電話使って、夢頼んだことあるんだ……」
隣にいる伸羅が呆れたように言った。
「いや、それはっ……!」
『なんだ、仕事なの?分かった』
「お願い!」
『ただし!』
「……何?」
『あたし、ホントは今月昼の勤務なんだよ』
「……分かった。今度なんか奢るよ……」
『サンキュ!』
「……ちぇっ!」
通話を切ると、湧奈はブツブツと呟いていたが、とにかく、上手くいった。
次の日の朝。伸羅と湧奈、そして宏忠は再び藤井家を訪れた。と、ちょうど奈々子と母親が外に出てきた。
「あっ、バクさん」
「いや、アタシたちはバクって名前じゃないんだけど……」
「昨日、お父さんに会えたよ!」
「それはよかった」
奈々子につられて、宏忠も微笑んだ。
「あ、学校行かなきゃ。またね!」
「うん」
「ありがとうございました」
奈々子が走っていくのを見ながら、彼女の母親が言った。
「あの子、本当に嬉しそうでした。きっと、これからは夜寝るようになると思います」
「お力になれてよかったです」
「お二人も……」
これは伸羅と湧奈を見て言った。
「あ、いえ、僕は何も……」
「どういたしまして!これからもよろしくお願いしまーす!」
四人がそうやって話していると、再び扉が開いた。
「……!お母さん!その人たち!」
高校生くらいの少女がこちらを睨み付けている。
「娘さんですか?」
「ええ……」
母親は少し動揺しているようだ。
「BAKUの方ですか?」
少女の言葉には刺があった。
「ええ。そうですが……」
宏忠が答える。
「お帰りください」
「なっ……!」
言い返そうとする湧奈を伸羅が止めた。
「帰って下さいっ!」
「沙奈!」
母親に叱られ、『沙奈(さな)』と呼ばれた少女は渋々学校に向かっていった。
「……すみません」
「あの子、何かあったんですか?」
「うちには娘が三人いるんです。あの子は長女に影響されたみたいで……」
「その子はBAKUが嫌いなんですか?」
「あの……気にしないで下さい。勘違いしてるんだと思いますから……」
「?」
その後、彼女がそのことについて話すことはなかった。
「……なんだったんだろ?」
帰り道、湧奈が呟いた。
「どこの家庭にもあることだよ」
宏忠が答えた。が、その顔はなぜか悲しそうに見えた。
「推関さん、今回の件、本当にありがとうございました」
伸羅は少し戸惑いながら声をかけた。
「また困ったことがあったら、いつでも言ってね。私にできることなら、協力するよ」
宏忠はいつもの明るい表情に戻った。
「はい!」
伸羅は改めて、この人を大きく感じたのだった。
3,封筒
午前十一時半。伸羅はまた、会社の前で湧奈を待っていた。しかし、前とは気持ちが違う。
「早いね!」
湧奈は言ってから、念のため訊く。
「……十時半だった、とかないよね?」
「ないない」
伸羅はテンションが低かった。……いや、もともと低いが、今日はさらに低かった。
昨日のことだった。湧奈に、一緒に食事に行かないかと誘われた。伸羅はすぐに受けたわけだが、そのあとに、湧奈はこう呟いたのだ。
「……あいつと二人はなあ……」
伸羅は、今日何度目か分からない溜息を吐いた。
「?伸羅、大丈夫?」
「うん、まあ」
「……あ、そういえば、」
「!」
「今日、もう一人来るから。……って昨日言ったっけ?」
「いや……」
「まったく、この前の件で働いた分奢れって言ってきてさ」
「……」
「伸羅?……あっ、来た来た」
伸羅はその方向を向いた。そして、
「えっ?」
「ん?」
相手の方も、伸羅を見て驚いているようだ。
「明里、北郷伸羅っていうんだよ。アタシと同じコピー班の」
「ええっ?ちょっと湧奈、聞いてないよ?」
「何を?」
「だから……ああ、違うのか」
湧奈の顔を見て、明里は言った。
「は?何?」
「いや、もういいよ。北さ……いや、伸羅、ヨロシク!」
「……女の人だったのか……」
「うん?」
「ああ、いや、何でもない。よろしく……えっと……」
伸羅は湧奈を見る。
「え?あっ、そかそか、編集班の室橋明里(むろはしあかり)だよ。入社式の時に知り合ったんだ」
「え、この人も?」
「あは、アタシあちこちウロウロしてたから」
「あ、えと、よろしく」
「うん!」
よく笑う人だなあ、というのが伸羅の明里に対する第一印象であった。
「……ああっ!」
「……どうしたの?」
「あたしも一人呼んじゃった……」
「いいけど、アタシは四人分も奢れないからね?」
湧奈は念のため、というように言った。
「分かってるって。……ってアレ?あそこにいるじゃん」
三人がそちらの方を向くと、相手もこちらに気づいたようだった。
「なんだ、明里いたんだ」
「要……あたしさっきからここにいたよ?」
「あのさ……」
湧奈が声をかけた。
「え?あっ、そうか。……えっと、この子は仕分け班の籤先要(くじさきかなめ)だよ」
「ちょっと、『この子』ってやめてよ。同い年なんだし」
「気にしない気にしない!……そろそろ行こーよ」
「うん。そだね。じゃ、ヨロシク、要」
喫茶店に向かう女三人組の後を、少し距離をおいて、伸羅は追いかけた。
その店の四人席に腰を下ろしてから、湧奈は言った。
「伸羅……なんか、ゴメンね……」
「あ、いやいいんだけど……」
正直居づらかったが、そうも言えず。
「まあドンマイってことで!」
明里は気楽にそういって、話題を変えた。
「ところでさ、湧奈、矢波修斗(やなみしゅうと)って人知ってる?」
「ちょっと明里!?」
なぜか要が慌てる。
「矢波?」
湧奈はそれを気にもとめず、記憶をさぐっていた。……しばらくして、
「……知らないな」
しかし、伸羅はその名前を知っていた。
「そっかあ」
「……あのさ」
「うん?」
「多分、知ってると思う」
「ホントッ!?」
「うん。僕と同じ大学にいたやつで、BAKUにも一緒に入社したんだよ」
「ラッキー!伸羅、あのね」
「待ってよ!」
またも要が割って入った。
「……なんでよ?」
「だってさ……」
今度は湧奈も疑問を感じたようだ。
「明里のことなんだから要が入ってくることないんじゃ」
「私のことだもん」
「……へ?」
伸羅と湧奈は、同時に言った。
「……へへっ」
明里は誤魔化そうと笑った、が誰にも通用しなかった。
「余計なお世話だよね、それ」
湧奈は明里に説教し始めた。
「……で、どうする?」
伸羅は、一応要に聞いてみた。
「修斗に何か用あるんでしょ?」
「……」
要は少し考えるような様子を見せていたが、
「……よく会う?」
「うーん、最近はあんまり会わないなあ」
「そう……」
「ああ、でも、会おうとすればいつでも会えると思う」
「じゃあ、さ。これ、渡してもらったりできる?」
少し厚みのある封筒だった。
「え?ああ、いいけど……これは?」
「えっと、夢……」
それだけ言うと、要は下を向いてしまった。
「……?そう、分かった」
「お願いします!」
「!あ、ちょっと!?」
次の瞬間、要は立ち上がり、店を飛び出していった。
「いい?あんたさあ……って、え!?」
「要!?」
湧奈と明里も驚き、そちらの方を見たが、要の姿は、もう見えなかった。
「……伸羅、要に何言ったの!?」
「え!?何も言ってないって!」
「ホントに?」
「あたし、行くよ。ちょっと心配だし」
そう言うと、明里も店を出ていった。それを見送った湧奈は、伸羅の側にある封筒に気がついた。
「それは?」
「ん?コレ?籤先さんが修斗に渡してくれって……」
「何入ってるの?」
「分かんない……」
「ふーん……」
湧奈は封筒をじっと見ている。
「中、見てみようか」
「いや、マズイでしょ」
「だよねえ……」
彼女は天井を見上げた。
「……でもさ、これってラブレター……」
「まさか!」
「そうだって。アタシ恋愛には敏感なの」
「それも違うと思うけど……」
「何で?」
「え!?いや……」
「まあいいや。それ、修斗……だっけ?……に渡したら後で中身訊いてみよ?」
「それっていいのかなあ……?」
「いいのいいの……って、あぁ!?」
「どしたの?」
「払ってない……お金……あの二人……」
「あ」
「……」
湧奈はそっと請求書を置くと、
「伸羅、アタシ行」
「いやいやいや、協力しよう」
その次の日。伸羅は『第一配達班』という札が掛けられている扉を叩いた。
「はい?」
「失礼します……あの、修斗はいますか?」
「修斗?ああ、いますよ」
その男性は机に突っ伏して寝ているもう一人の男を呼んだ。
「おい、修斗、呼ばれてるぞー」
「……ん?ああ、伸羅かあ」
修斗は大きく伸びをしてから、伸羅のところにやってきた。
「……お前、寝てていいの?」
「ああ……今暇だし……」
また伸びをしつつ、修斗は言った。
「で、何?」
「ああ、えっと……修斗、籤先要さんって知ってる?」
「籤先?……うーん、知らない」
「そう」
「あ、まてよ?……そうだ、この前の講習の時に仕分け班にいたな。でも、少し話しただけ」
「そうなんだ」
「で、そいつがどうかしたのか?」
「うん、コレ渡してくれって」
「?何?」
「分かんない。湧奈はラブレターじゃないかって」
「はぁ!?」
「僕も、その時はないって思ったんだけど、今になって思えば、そんな気もするんだよなあ」
「でしょ?」
「!?」
気がつくと、湧奈が立っていた。
「いやあ、気になって気になって」
「こいつが、前お前が言ってた湧奈?」
「うん」
「ヨロシクー」
「……まあいいか。よし、中見てみるか」
修斗は封を切った。
「うわあ、なんかワクワクするね!」
「いいのかなあ……」
封筒から出てきたのは、夢を記録してあるディスクと手紙だった。
「あれ、ディスク?」
「えーと」
修斗は折り畳まれた手紙を開いた。
「『これを次の住所の場所へ配達お願いします。この夢は早く届けたかったんです。友達に訊いたところ、矢波君が一番速いということだったので、お願いすることにしました』……だって」
「……あれ?」
「違った?」
「ほれみろ。仕事の依頼だ」
「なあんだ、つまんないの」
湧奈は戻っていった。
「……あー、まあとにかく、仕事は引き受けるんだね?」
若干の気まずさを感じながら、伸羅は言った。
「おう」
修斗の方は特に気にしていないようで、そう言うと部屋に戻っていった。
部屋に戻った修斗は、もう一度手紙を開く。
俺は一回も速いなんて言われたことねえし……
「……」
「どうした?」
先ほどの男性が声をかけた。
「いや」
修斗は手紙を机にしまった。
「仕事だ」
部屋に帰る途中、伸羅は要に会った。
「あ、伸羅、渡してくれた?」
「うん、引き受けたって」
「よかった」
「でもなんで、この前は急に」
「あ、それは……その、自分でもよく分かんなくて……じゃあね!」
それだけ言うと、要は走っていってしまった。
「……?」
要が息を切らして走ってきたので、明里は驚いた。
「何、どうしたの!?」
「ハア、ハア……危なかった……」
「何が?」
「明里が余計なこと言うからだよ!?」
「ああ、そのことかあ。でも上手くいったんでしょ?」
「うるさい、明里だって」
「あああ!?わかったって、もうしないって」
入社から、もうすぐ二年が経とうとしていた。
4,大仕事
その、いつもとは違う依頼の内容に、さすがの彼女も動揺した。
「え?あ、はあ……」
「……お願いできますかね?」
「……えっと、上に訊いてみないと分からないので……。また、連絡します」
「あ、はい、お願いします」
受話器を置くと、すぐに彼女は立ち上がった。
「……まあ、やってみるか」
湧奈は、夢集めが一段落し、部屋に戻っていた。伸羅は、まだ帰ってきていない。今までは、基本的に二人で行動していたが、仕事に慣れてきて、最近は別々に行動している。
今、部屋にいるのは湧奈と宏忠の二人だけだった。
「……笠石さん」
「はい?」
コーヒーを片手に宏忠は続ける。
「伸羅君とは上手くやっていけてる?」
「え?あ、ハイ」
「二人なら上手くやっていけると思って組ませてたわけだけど、無理してない?私は勧めただけだから、他の人と組んでもよかったんだよ。……今さら言うのもなんだけど……」
湧奈は、なぜ、急に宏忠がそんなことを言うのか疑問に思いつつ、正直に答えた。
「いえ、無理してなんかいません。伸羅はいい人だし」
宏忠は少し間を空けて、
「……北郷君は……」
部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
入ってきたのは、
「阿佐美?」
大学からの友人である湧奈に片手をあげて返事しつつ、阿佐美は宏忠に言った。
「今、いいですか?」
「どうした?」
「BAKUを見学したいっていう依頼が来たんです」
「見学?」
宏忠は、少し驚いたようだった。
「はい、五人。社長に訊いてみましたら、各班に確認をとって、それでよかったら受けようってことになりまして……」
「なるほど。……ああ、私はいいよ」
「ありがとうございます。……あと、もう一つあるのですが……」
「うん?」
「夢を、こっちで創作してくれないかと」
「?」
「アタシ達で自由に作っていいってこと?」
湧奈が訊いた。
「うん。どんな夢かわからない方がワクワクするからって」
「……」
宏忠は黙って下を向いている。
「……明後日会議を行うので、その内容を考えておくようにお願いします」
「……分かりました」
宏忠は答え、さらに続けて言った。
「これは大仕事になりそうだな。音沢さん、また後で色々連絡に回ってもらうかもしれないから、その時はよろしくお願いします」
「はい!」
阿佐美は、気合いを入れ直したようだった。