「大丈夫、少なくとも私の周りでは、そういう計画とか、聞くことなんてなかったよ」
彼女は、少しほっとしたように見えたが、さらに話を続けた。
「アタシたち、今、そのことについて調べてるんです」
「今回の事件と、関係が深いようだからね」
「え、知ってるんですか!?」
「推測だよ。でも、あの事件の被害者の家族が今度は加害者になってるんだから、普通はそう考えるよね」
湧奈は、頷く。
「資料室には行ったのか?」
「はい、友達に見てもらいました」
「警察署には?」
「行きました」
「うーん……あとは、藤井さんかなあ?」
「藤井さん?」
「今回の事件の加害者じゃなくて、その家族の方。もしかしたら、まだ何か知ってるかもしれないしね」
「あ、そうか!」
湧奈は立ち上がり、言った。
「あの、手伝ってもらえますか?」
「もちろん」
宏忠は答えた。
次の日、二人は藤井家を訪ねた。呼び鈴を鳴らすと、
『はい、どちら様でしょうか』
意外に、落ち着いた声だった。
「数ヶ月前に伺った推関と笠石です」
宏忠は、『BAKU』という言葉を使うのを避けた。
『あ、はい』
相手は、普通に対応した。ただ、扉を開けて出てきたその人は、以前あった時よりも窶れて見えた。
「何のご用でしょうか?」
さすがの宏忠も、戸惑っているようだ。
「十年前の事件について、聞かせてほしいんです」
湧奈が言った。
「え……?」
相手は俯いてしまった。
「笠石さん……」
宏忠が止めようとしたが、湧奈は続けた。
「アタシも大切な人を失っています。だから、辛い気持ちは、思い出したくない気持ちは、分かっているつもりです。でも、お願いします!その事件を解かないと、アタシは失った仲間の信じた会社を信じることができないんです!胸を張って、この会社の社員だって言えないんです!」
今まで思っていたことを、全部吐き出した。
「……」
この被害者の妻であり、加害者の母は、俯いたままだったが、不意に顔をあげて言った。
「……私も、あの事件を有耶無耶にしたくありませんでした。でも、結局、解決しなくて……私は、何を話せばいいんですか?」
ほっと息を吐き出してから、今度は宏忠が口を開いた。
「以前、私が奈々子ちゃんのことで伺った時、沙奈さんのことについて『勘違いしている』と仰いましたよね?何か根拠があるのかと思ったのですが……」
母親は、何かを思いだしたようだった。
「中へ」
そう言って家の中へ走っていった。二人があとを追って中に入ると、もう、母親は何かを持って、階段を下りてきていた。
「これ……」
息切れしながら、彼女はそう言った。
「?」
睡眠薬だった。
「ご主人が使っていたものですか?」
「はい……」
息を整えながら、母親は答えた。
「あの日だけ、使っていなかったんです。それを私の母に言ったら、この薬に依存していたんじゃないかって、だから私は、自分をそう納得させていたんです」
「なるほど。しかし、禁断症状がでたとしても、いきなり死に至るとは」
「待って……ください」
突然、湧奈が言った。
「え?睡眠薬って、一日で効果消えるんじゃ……」
彼女が何を言っているのか分からず、宏忠は問い返す。
「ご主人はその日、飲んでいないという話をしているんだぞ?」
「でも、警察の簡易検査では、睡眠薬がはっきりと確認されてました!」
「!?」
少し間を空けて、宏忠が訊いた。
「睡眠薬を使わなかったということは、警察には言いましたか?」
「はっきりとは覚えていませんけど、確か、『普段から睡眠薬を使っていたか』って訊かれて、『はい』って答えただけだった気がします」
「……と、なると」
「誰かに大量に飲まされた可能性も……」
と、ここで湧奈の携帯が鳴った。
「あっ、すいません!」
見ると、修斗からのようだ。
「推関さん、修斗からなんですが……」
「でて」
湧奈は通話ボタンを押す。
「もしもし……」
『もしもし、湧奈、今、悟から連絡があった!』
「えっ!何て?」
『BAKUに見学にきた人の中に、文佳の恋人がいた』
「!?……な、名前は?」
『煤土准太(すすどじゅんた)』
「あのっ、煤土准太って知ってますかっ?」
これは母親に向けての問いだった。
「准太……あ!」
「知ってますか?」
「確か、文佳が付き合っているって……何度か家に来たことがありました」
『おい、お前今どこに』
「ゴメン、またあとで!」
修斗にそれ以上言わせず、湧奈は通話を切った。
「事件の日には来ていましたか?」
宏忠が訊いた。
「あ……」
8,真実
彼は電話を受けた。
「もしもし」
『もしもし、私』
「文佳か。捕まったって聞いたけど、電話なんてかけられんのか?」
それには答えず、文佳は続ける。
『私、もうすぐ死刑なんだ』
しかし、その声はとても落ち着いていた。
「そうか……」
男は不気味な笑みを浮かべた。
『……あのさ、私の実家に睡眠薬あったよね?』
「?」
『お父さんの遺品っていうと、あれが一番に思い浮かぶの』
「……」
『最期はそれ飲んで死んだ方がいいって言ったら、許してもらえてね。でも、お母さんに探してもらったら、ないって言うの。あの睡眠薬じゃなきゃ意味ないのに、なくしちゃったんだって。だから、結局絞首刑』
「……それは残念だな。でも、遺品はなくなってねえよ」
『え?』
男はそのまま立ち上がり、側にある机の引き出しの奧に手を突っ込みながら、続ける。
「なくなったのは、お前の父さんのやつじゃねえ」
『何言ってるの?』
「お前の父さんの使ってたのは、俺が持ってる」
男はようやくそれを見つけ、手に取る。
『!?……どういうこと?』
「お前だってBAKUの社員を殺したあと、ナイフは部屋に持ち帰ったろ?同じさ」
『ってことはアンタがお父さんを……』
「ああ、だいぶ飲ませてやったからな。よく寝られただろ?」
『許さない!』
「しかし、お前はすぐ死刑。死刑になるやつの話なんて誰も聞きやしないと思うけどな」
『……』
「じゃあな」
男が通話を切ろうとした、次の瞬間、扉が破られた。
「!?」
「准太、お前も終わりだと思うけどな」
悟が言った。
「くそっ!謀りやがったな!?」
そう、これは悟の作戦だった。前の日、湧奈たちから話を聞き、睡眠薬を調べたが、彼の指紋は見つからなかった。しかし、それを使っていたはずの被害者の指紋もないことが分かった。すり替えられていたと考えた悟は、文佳にそのことを話し、半信半疑の彼女に電話をかけさせたのだった。
准太は部屋の奥へと逃げた。
「無駄だ!行くぞ!」
仲間たちと共に、悟はそれを追う。と、突然准太が襲いかかってきた。
「……っ!」
思わず身をひいた悟の頬を血が流れる。
「通せよ」
准太は両手にナイフを持っていた。
「通せるわけねえだろ。お前、何人の人泣かせたと思ってんだ!」
「知るかよ!」
再び准太が攻撃してきた。悟はそれをかわす。
が、一撃が腕を掠めた。
「ぐっ……!」
「おら、どけよっ!」
准太が、一歩踏み込んだ。しかし、悟しか見えていなかったようで、他の警官に気がつかず、回り込まれて取り押さえられた。
「くそっ!放せっ!」
「終わったな……」
悟が負傷した腕をもう片方の手で押さえながら、呟いた。
BAKUの社員代表として、警察署に来た湧奈たちは、准太と対面した。文佳と、彼女の母親もいた。悟も准太の隣についている。
「結局、みんな、お前の計画だったってことか?」
「……」
悟の問いに、准太は答えない。
「文佳の父さんをお前が殺し、それをBAKUによるものだと文佳に思わせる。そして自分は社内見学に行き、BAKUの情報を文佳に送り、BAKU社員を、伸羅を、殺させた」
「……」
「社内見学の時の、他のメンバーは」
「あいつらは関係ねえ」
准太が口を開いた。
「……お前は、何でBAKUを恨んでるんだ?」
「BAKUに入れなかったから」
「え……それだけ……?」
湧奈が言った。
「あの後俺は何をやってもだめだった。住むところはあった。親の家が。……もう親はいねえけど。だけど、食事する金もなかった。……そんな時に、文佳に会った」
「私を、殺人の道具として、使った……!?」
「ふざけんなよ……!」
湧奈は強く拳を握りしめた。准太を睨みつける。
「俺はもう満足だ。死刑で構わない」
「開き直んな!」
「うるせえ女だな」
湧奈は、我慢の限界だった。
「こっ……!」
「止めろ」
宏忠が押さえた。が、湧奈は振り解いて、准太に向かっていく。
「待てっ、だめだ!」
宏忠以外の人間は湧奈の気迫に凍りついて動けない。湧奈は強く握った拳で殴りかかった。
「会社のためでもあるんだ!」
湧奈の手が止まる。宏忠は続けた。
「君が背負っているものは、君が思っている以上に大きいんだ。君の拳は、BAKUの拳だ。それを使ったら、マスコミは何て報道すると思う!?」
湧奈は殴りかかるそのモーションのまま、答える。
「『BAKUの社員が、暴力を振るった……』」
「そういうことだ」
「でもっ、それでもっ……!」
彼女はその手を握りしめたまま言う。
「駄目だ。君のためにもよくない」
「ぐっ……あっ!」
不意に、湧奈が手を開き、その場に崩れ落ちた。
「どうしたのっ!?」
明里が声をかけると、湧奈は泣き出した。
「『恨むな』って、伸羅がっ!」
「えっ?」
「そうだな」
宏忠が納得したように頷いた。
「え、何、どういう……?」
「北郷君が笠石さんに遺した言葉、湧奈さんに『自分を恨むな』って意味で言っただけじゃなくて」
「『人を恨むな』って、もっと広い意味だったんだ……」
湧奈は泣きながら言った。
「分かった……伸羅、分かったよ……」
数分後、湧奈は立ち上がって、准太を見て言った。
「死なせなんかしない。罪は生きてちゃんと償ってもらう」
「ちっ……!」
准太は舌打ちしたが、それ以上何も言わなかった。
「私も……」
文佳だった。
「うん。伸羅の分までちゃんと生きて償ってもらうよ。悟!しっかりやってよ!」
湧奈は涙を手で拭いながら言った。
「おう、まかせろ!」
数日後、准太は無期懲役、文佳は懲役十五年が決まった。
9,終章
BAKUは元通りになった。事件も解決し、社員の恐怖も収まってきた。湧奈はその分頑張らなくてはならなくなったが。
事件解決から一週間たったある日、湧奈は藤井家を訪れた。
「こんにちは!」
「ああ!バクさん!」
奈々子が彼女を迎えた。
「いや、アタシはバクじゃないから……アタシは湧奈だよ」
「湧奈?」
「うん」
「ああ、どうも」
彼女の母親が現れた。
家に入れてもらい、お茶を飲みながら、二人は話した。
「ありがとうございました。十年前の事件まで解決してくださって」
「あ、いえ、アタシは、別に……」
照れながら、湧奈は応える。
と、そこに沙奈が入ってきた。
「あっ……こんにちはー」
「……」
沙奈はしばらく黙って立っていたが、
「……すいませんでした」
呟くようにそう言い、
「え?……あ、いえ、気にしないで」
湧奈の言葉が終わる前に、二階に上がっていってしまった。
「すいません……」
「あ、いや、ホント、もう気にしてませんから!」
湧奈は心からそう思っていた。沙奈も反省しているのだ。それ以上何か言う必要などないだろう。
「じゃ、アタシ、お墓参りに行くんで、失礼します」
伸羅の墓は、BAKUの会社から、さほど遠くないところにある。湧奈は墓に花を添えた。
「伸羅、来たよ。事件解決したよ……」
しばらく、そうして墓に向かって話しかけていたが、目頭が熱くなってきたので、止めた。
「……アタシ、頑張るから。……ありがとね」
最後にそういって、湧奈は会社に戻った。
彼女の仕事場には、修斗が来ていた。
「修斗、どうしたの?」
「ああ、ちょっとな」
と、そこに別の社員がやってきた。
「これ、今とってきたやつ。頼む」
「ああ」
その社員から夢の入ったディスクを受け取ると、修斗は部屋を出ていった。
「どうしたの?」
「よく分かんないけど、夢を仕分け班にもっていってくれるっていうから」
「?」
修斗は、自分の仕事場に戻り、机の引き出しを開けた。そして封筒を取り出すと、その中に先ほどのディスクと一枚の紙を入れた。
「さてと……」
要は、突然部屋に現れた修斗を見て、心底驚いた。
「ど、どうしたの?」
「ああ、夢もってきた」
「え?でも矢波君は配達班じゃ……」
が、修斗はそれ以上何も言わず、夢の入った封筒を要に渡すと、部屋を出ていった。
「……あ、これ……!」
要が修斗に渡した封筒だった。中に入っていた紙を開いてみて、思わず要は笑ってしまった。
「何コレ……」
丸が書いてあるだけだった。しかし、要は笑い続けていた。周りの社員は何事かと不審がっていたが。
自分の仕事場に戻ってきた修斗は
「どこ行ってたんだ?」
雅史に訊かれ
「配達とお知らせ」
素っ気なく言い、そのまま仕事に出ていった。
宏忠は、久しぶりに他の班を回っていた。数年前とは、大分変わっていることに気づいた。
社内が明るくなった。若い班長が多くなってきたことが、その理由の一つだろう。応対班の音沢阿佐美は、今日も冷静ながら、部屋を和やかな空気で満たしているし、編集班の平河隆介も元気がある(……と、宏忠が思ったのは、隆介が明里から逃げているのを見たからである)。
「この会社の未来は明るいな」
たった今、午前〇時を回ったところだ。ある家の屋根の上に、湧奈はいた。
湧奈は、ウエストポーチから夢のコピー機をを取り出して、屋根に取り付けた。そして数分後、すぐに取り外して、またポーチに仕舞った。それが済むと彼女は屋根から飛び降りた。が、物音一つ立てず、軽やかに着地した。
「何してるの?」
「!?」
幼い声に彼女はかなり驚いた。
「こっち」
今彼女がいた家の隣の家。その窓から幼い女の子がこちらを不思議そうに見ていた。
「あちゃあ……起こしちゃった?」
湧奈は片手を頭に当てて言った。
「ううん。眠れなくてずっと起きてたの」
「そうなの。……アタシはBAKUの社員なの。夢をみんなに届ける仕事をしてるんだよ」
〈完〉
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