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台風一過で、素晴らしく秋晴れの休日だった。台風で倒れた彼岸花は、健気に起き上がって赤い花を咲かせている。絶好の洗濯日和だと、俺の旦那は朝から洗濯機を回しまくり、ただいま、干す場所がなくなって、ようやく諦めた様子だ。
ベランダは、たくさんの洗濯物に占領されて、歩けるだけのスペースもない。そこから眼下へ目をやると、彼岸花がたくさん、田んぼの土手に咲いている。
「あれ、昔、毒やから触ったらあかんって言われたんや。」
「ふーん、ほんまはちゃうんやろ? 俺、触ってたけど死んでないで。」
「本で調べたら、毒やのうてクスリやって書いてあった。まあ、あんまり効果のある薬にはならんかったらしけどな。 ?茎と根に毒はあるけど生で食わんとあかんらしいし、吐き気とか下痢くらいなもんやねんてさ。」
しかし、祖母は、まるで触ることで毒が回るとでも言うように、俺を戒めた。小さい頃だったから、俺も今みたいにひねくれていなくて、ちゃんと、それに従った。今でも触ったことはない。迷信ということではないが、あれは墓場に似合う花だ。毒があるから、土葬した遺体を動物が掘り出さないために植えられていた。そういう経緯があるから、彼岸花と呼ばれている。
「それ、誰に言われたん? 」
「 ばあちゃん ?」
「元気なんか? 」
「いや、もうおらへんよ。あの人がおらへんくなって、俺は家に存在する意味がなくなったからな。」
祖母が育ててくれている間は、それなりに家族というものが俺にもあった。それがなくなって、他の血縁者との繋がりが薄いことに気付いたのだ。別に、おかしいということはなかったが、どうしても、馴染めなかった。家族であるための儀式のような食事なんてものも興味がなかった。育ててくれた祖母には申し訳ないが、俺には、家族という関係が育たなかったらしい。
「可愛がられてたんやな、おまえ。」
唐突に、俺の頭を撫でて、俺の旦那は、ぽつりとそう言った。
「ん? 」
横に同じように立っている俺の旦那は、微笑んでいた。
「せやないか、それぐらい心配してもろたってことやろ? ばあちゃんは、目に入れても痛ないって思ってたんとちゃうか? 」
「せやろか? 」
「せやなかったら、おまえ、俺と、ここで暮らしてないやろ? ちゃんと人を好きになれるんは、そういう感情を誰かからもろたお陰や。」
「 また、恥ずかしいこと言いよるで ?」
そうかもしれない。少し壊れてはいるが、この旦那と暮らすことを認めたのは、俺だし、この旦那が一緒にいるのが当たり前で、ないことは考えられないようにはなっている。その感情は、親の遺伝子なんかでなくて、おそらく育ててくれた祖母に与えられたものだ。
気持ちの良い風が吹いて、眼下の彼岸花が揺れている。今は、知識があって、それが毒でないことを知っている。だが、知らない時は、それを信じていた。それは、祖母に絶対の信頼があったからだ。
「ええ風やな? 」
「せやな。買い物行かんでええんか? 」
「たまには外食せーへんか? 」
「俺は別にかまへんけど 片道二時間とかは、いややからな。」
「そこまで行けへん。」
「ほんなら、一時間か? 」
「まあ、そんなとこやな。夕方、洗濯物取り込むまで待ってくれ。」
ハタハタと風ではためいている洗濯物は、まもなく乾くだろう。今日は、秋分の日で、彼岸だったかと気付いた。
「墓参りとかええんか? 」
旦那も気付いたのか、そう言い出した。
「 覚えてない 」
俺の生家の墓は、近所にあるのだが、もう二十年以上行ったことがないから正確な場所がわからない。それに、あそこにあるのは、ただの骨だ。あそこに祖母がいるわけではない。
「ばあちゃん、どんな人? 」
「普通。」
「 ?それ、人の評価として、どーなん? 」
「普通に、ごはん作って、普通に、朝起こしてくれて、普通に、「おかえり」って迎えてくれたから、普通や。」
「俺かてやってるやんけ? 」
普段、旦那が俺を叩き起こし、食事の用意をして、「おかえり」 と、出迎えてくれる。ただし、決定的に違うところがある。
「おまえ、俺を嫁にした段階で、普通やないやろ? 」
「あー確かに、一般的ではあらへんわな。ははははは しゃーないやろ、おまえ、俺の理想の嫁やったんやからさ。性別うっかりしただけやんけ。」
からからと旦那は笑って、奥へ入った。それを見送って、また、眼下へ目をやる。ひとつ、旦那には言えないが、俺は、この花が好きな理由がある。たまたま調べて知った花言葉に、俺は、ちょっと笑った。忌み嫌われる花なのに、そんな健気な言葉が載せられているのが、とてもおかしいと思ったからだ。たぶん、一生言うことはないだろうが、俺が秋に死んだら、あの花を棺おけ一杯に入れて欲しいと頼みたい。
?
花言葉は、「想うのはあなた一人」と「また会う日を楽しみに」 だからだ。
(第二篇)撒娇
少し涼しい夜だった。ふう、と、肩の力を抜くように息を吐いて、だらだらと家路を辿る。あまりにも暑い日が続いたので、こういう夜は有難い。ちょうど、半月ぐらいの丸い月が、山の上にあって、それが少し雲にかかっている。日中に、雨が降ったから、そのせいでもあるのだろう。
もう歩いている人間のない道は、静かで、とても気持ちが良い。
盆休みなかったから、そろそろ草臥れてるな、俺 ?
サービス業なので、盆休みというものは、基本的にはない。旦那も、公務員だからないので、わざと、その時期に休みは取らないのが、いつものことだ。だが、どうしても家族がある人間は墓参りだとかの用事があるから、何日かは休みを取る。いつもより、ちょっと忙しくなるので、大抵が残業だ。
この週末は、きっちりと休もうと思いつつ、歩いていたら、前から足音がした。ふと、前方に顔を向けたら、気楽な格好の俺の旦那がいた。
「おかえり。」
「なんや? コンビニか? 」
「いいや、ええ月夜やから、迎えがてらに散歩してたんや。」
「お疲れさん。」
「それは、俺の台詞ちゃうか? 」
「そうか? わざわざ、迎えに来てもろたんやから、俺が言うほうがええんちゃうか? 」
二人して、距離を縮めて向かい合った。月夜だから、相手の顔が良く見える。風呂に入ったらしく、少し髪が濡れている、俺の旦那は、へらへらと笑っている。
「涼みがてらに散歩してただけや。礼を言われるほど、たいそうなこととちゃう。」
くるりと、旦那は向きを変えて、俺と並んで歩き出す。そうでっか、と、俺も同じように歩き出す。しばらくして、並んでいて触れた手が、ゆっくりと沿うように延ばされて、俺の手を掴まえて握りこんだ。
「おい。」
「ええやないか。これがしたかったから、迎えに来たんや。 お手手繋いで、みな、かえろーや。」
調子っぱずれの歌を歌い、花月は、ふらふらと、その手を振っている。ええ年して往来でするこっちゃない、と、ツッコんだものの、俺も手を外すつもりはない。
とても良い月夜なので、ふたりで一緒に、それを感じるというのは、とても楽しいことだ。ついでにいえば、こういうことをしたがる時の花月は、甘えたい気分であるらしい。いくつになっても、甘えたい気分というのはなくならない。いつもは、俺が甘えているが、たまに、花月も甘えたくなるらしい。身体を重ねるようなものではなくて、ちょっとした触れ合いをして、それが楽しいと思うような簡単な甘え方だ。
涼しなったから、人肌が恋しくなるんかなあー ?
ぶらぶらとハイツまで歩いて、前後になって階段を上った。その時も、手は繋がっていて、玄関を入ると手は離れた。
「おかえり。」
「ただいま。もう、ええんか? 」
「とりあえず、メシの支度せなあかんからな。」
「さよか、えらい呆気ない。」
「いや、メシ食ったら、ちょっとベタベタさせてもらう。ほんで、週末の予定なんてものを話し合おうやないか。」
「ああ、俺も、それ、考えとったんよ。」
どかどかと廊下を進みつつ、俺は、ネクタイを外し、スーツを脱ぐ。それを花月が、ほいほいと取り上げている。
「涼しいとこへでも行こか? ほんで、たまには、ええメシでも食うぐらいでどうやろ?」
「ええんちゃうか? 」
居間に辿り着いた途端に、ズボンとワイシャツも脱いで、パンツ一丁で、どかりと居間に座り込む。ぼおーっと一息ついたら、すかさず、軽いものが食卓に用意されて行くのが見えた。
「そこで寛いでんと、メシをちゃっちゃっと食え。」
「はいはい ?え? うなぎ? 」
「うん、うなぎやけど、茶漬けやからさ。冷たい緑茶をかけて、わさびで食べ。」
小ぶりのどんぶりの中身は、大葉と茗荷とうなぎが載っていた。そこに、わさびが、どかっとトッピングされて、ペットボトルの冷たいお茶をかけられる。さらさらと喉越しよく通っていくと、わさびが効いていて、さっぱりしていた。付け合せは、きゅうりともずくの酢の物で、これも、あんまり酸っぱくない。
さらさらと十分とかからず、それを食べると、どんぶりを食卓に置いた。疲れているから軽いものだが、ちゃんと夏バテ用になっているのが、なんともいえない気遣いだ。
「ごっそさん、おおきに。」
「そらよかった。」
食卓に、何気なく置いた俺の手に、俺の旦那は手を添わせる。どうやら、今日の甘え方は、手を繋ぎたいらしい。
「たまには、腕枕したろか? 」
「それ、ええな。ひとつ、頼むわ。」
「けど、本格的なんは、明後日まで待ってくれ。」
「おう、待たしてもらうで。」
俺のする腕枕は、あまり本来の腕枕ではない。上手でないので、腕がしびれてしまうからだ。枕の下を通して、花月の頭は枕の上だ。それでも、それで満足ではあるらしく、花月は、ほっと息を吐く。女性のように柔らかい胸はないから硬いのだが、心音がはっきり聞こえて心地良い、と、言う。
たまに、甘えられるのは悪くない。お互いがお互いに寄り添える相手だから、一方通行ではない証拠だと思う。
「とりあえず、風呂入れ。そうでないと、汗臭くてかなわん。」
「 せやろな。俺、自分でも臭いもんな。」
あはははは ?と、添わせていた手を離して、ふたりして立ち上がる。そろそろ涼しい夏の夜。
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